1985年リリース、デュラン・デュランのアンディ・テイラーとジョン・テイラー、そこにロバート・パーマーとシックのトニー・トンプソンを加えたスーパー・グループのデビュー・アルバム。この手の単発プロジェクトにしては、サウンド・プロダクションもかっちりまとまっており、US6位・UK13位と、本家にも匹敵する売り上げを記録した。いまの日本に置き換えると、関ジャニと鈴木雅之と中田ヤスタカを集めたようなものか。いやちょっと違うか。まぁいいや。
重低音ドーピングを受けたパワステの大味なサウンドは、16ビートのシンセ・ポップを基調としたデュラン・サウンドとは、大きくかけ離れていた。ていうか、実際の音楽よりむしろ、ロココ調のチャラい王子様ルックに羨望のまなざしを寄せていた少女たちにとって、その変貌ぶりは素直に受け入れがたいものだった。
とはいえ、そんなアンチの声より、絶賛の方が大きかったのは、世界的なセールスが証明している。フロント2人はさておき、熟練のヴォーカルと緻密なサウンド・プロダクション、スタジオそのものが楽器の一部であり、ブランドとなっていたパワー・ステーション謹製のサウンドは、大ざっぱなハード・ロックが大好きな日米を中心に、大きなヒットとなった。
「アンディとジョンの2人が、ヴォーカリストとしてリスペクトしていたロバート・パーマーにオファーをかけたことから始まったプロジェクトにトンプソンが加わり、さらに同じシックのバーナード・エドワーズが加わってアルバム製作中」というニュースは、当時も大きな話題となっていた。エイジアやハニー・ドリッパーズなど、大物バンドのメンバーによるスーパー・グループが続々結成されていた時期である。
実力的には申し分ないメンツが顔を揃えるのだから、単純に考えればどのグループだって、自乗・三乗の効果を上げそうなものだけど、大抵はそんなうまく行かない。9人イエスやファーム同様、八方美人的に気を遣いすぎて、何ともショボい仕上がりになってしまうのが常だけど、そんな中でもパワステ、質実ともに高いクオリティをクリアしている珍しいケースである。
ただ、そんな80年代の大型プロジェクトのほとんどが、アーティスト側の自発的な動機ではなく、レコード会社主導のもと進められていたことが、明らかになっている。ネーム・バリューはあっても単体セールスはちょっと弱いアーティストを、まとめ売りすることで話題性を煽れるし、アーティスト側にとっても、ゼロからプロジェクトを立ち上げる手間も省けるしで、双方にとって悪い話ではない。
デュランの中で、最もソロ・プロジェクトに積極的だったのがアンディだった。ハードでシンプルなロックンロールをこよなく愛する彼のストレスは、キャリアを重ねるのと比例して増大していった。
80年代初頭ニューロマ・ムーヴメントの流れでブレイクを果たしたデュランのヒット曲は、当時の主流にならい、主にシンセ主体で構成されていた。MTVやラジオでもオンエアされやすい、ブロック・コードやシーケンス中心のライトな質感のサウンドだったため、ギターの出番はあまりない。軽快なカッティングやエッセンス程度のオブリガードはあるにせよ、決してサウンドの中心ではない。
当時のデュランのサウンドにギターが必要だったかといえば、ほぼ貢献度は薄い。ていうか、ないに等しい。売れるためと割り切ってお子様向けポップを演じてはいたけど、次第に不満タラタラになったとしても、何ら不思議はない。
バンマスであるニック・ローズ以下、過半数のメンバーは、従来のデュラン・サウンドに不満はなかった。特にサイモン・ル・ボンなんて、自己顕示欲とナルシシズムの塊だから、自分がフロントで目立って歌えりゃ、サウンドなんて何でもいいわけだし。
アンディの要望を受け入れて、もっとギターをフィーチャーしたサウンドにシフトするのも、ちょっと無理がある。すでにデュラン・デュランは単なるポップ・バンドではなく、多くのスタッフを抱えたビッグ・プロジェクトになっていた。
もはやメンバーの主張だけでは、方針を決められない。勝手なことをすれば、EMIが黙っちゃいない。
アンディのわがままだけじゃなく、メンバー全員がデュラン・デュランの活動にストレスを感じていたこともあって、世界ツアー終了を区切りに、バンドは一旦活動休止、各自長期バカンスを兼ねたソロ活動に入る。
どのバンドもそうだけど、長期のツアーは心身ともに相当の負担を強いられる。ここでのリセットは、いわば必然だった。
ここでメンバーは二手に分かれ、パワステとアーケディア、2つのプロジェクトが立ち上がる。サウンドでカテゴライズすると、いわばデュランの本家と分家といったところ。
シンプルにデュラン・サウンドのヴァージョン・アップとなったアーケディアは、場違いなロック・スピリットを持つアンディ不在を前提に、耽美路線にさらに拍車をかけた。デヴィッド・ギルモアやグレース・ジョーンズ、土屋昌巳やら坂本龍一という支離滅裂な豪華ゲストを招いて、既存路線のデフォルメに徹した。
デュランのコア・ユーザーは、主にティーンエイジャーの女性だったため、繊細かつナルシシズムなアーケディアのサウンドは、彼女らには抵抗なく受け入れられた。ちょっとバタ臭さが強くて日本では本家ほどのヒットには至らなかったけど、UK30位・US23位とスマッシュ・ヒットを記録している。
で、パワステ。ソロ活動開始は決定したけど、なかなか準備が進まない。デュランというベース・モデルがあってのアーケディアと違い、ゼロから組み立てなくてはならないため、プリ・プロダクションにはどうしても時間と手間がかかる。
ましてやアンディ、志こそ高いけど、基本は単純なギター・バカ、フレーズを考えたり短いソロを弾く分にはともかく、曲作りの才能はあんまりない。デュラン脱退後、元セックス・ピストルズのスティーブ・ジョーンズと製作した初ソロ・アルバムも、ほとんどスティーブ作にもかかわらず作曲クレジットからはずしたため、トラブルになっちゃう始末。
もう1人のテイラー、ジョンなんてデュラン以外の目立った活動はほぼなく、一時は農夫になると宣言して脱退、再結成までは田舎に引っ込んでいたヘタレときてる。これじゃ、音楽的な貢献も望めない。
アンディのビジョンを具現化するなら、「まずは手っ取り早くオーディションを開いて、イキのいいヴォーカリストとドラマーを確保、合宿形式で集中セッションを行ない、アンサンブルを固めてから肩慣らし的に小規模のライブ・ツアーを実施、さらに手応えを掴んでからレコーディングに入る」のがセオリーだけど、机上のビジョンばかりが浮かんでは消えたりで、ちっとも前に進まない。
やる気も熱意も充分あるけど、肝心の行動が伴わない。「明日から本気出す」的に、計画だけで満足しちゃうタイプだな、アンディ。
で、その辺は最初っから見抜いていたのか、チャチャっとお膳立てに動いたのが、EMI。「ちょうど」ソロ・アルバム製作中で、大々的に売り出そうとしていたロバート・パーマーのスケジュールが空いていたため、アンディらに打診する。
当時のロバート・パーマーは、いわば通好みの中堅どころ、デュランにもハード・ロックにも縁のないブルー・アイド・ソウル・シンガーだった。デュランのファンの多くは彼の存在を知らなかっただろうし、当然俺も知らなかった。「誰だこのオッさん?」てな感じで。
業界パーティで挨拶したことがある程度の薄い関係でしかないし、ぼんやり夢想していたハード・ロック・タイプのシンガーじゃないけど、適当なメンツもいないから断る理由もない。て「俺ギター弾きまくれるんだったら、なんでもオッケー」とか何とか言ったかは不明だけど、アンディはEMIの提案を受け入れる。無論、従うジョン。
さて次は。肝心のドラムがいない。
せめてサウンドの要となるドラムくらいは、自分たちで探した方が良さげだけど、脳内で「世界最強のバンド」を組むことで精いっぱいのアンディ、それすらもしない。ドラマティックで運命的な出会いがあるとでも思ってるのか?
さらにさらに。それより先に、現場を取り仕切るプロデューサーを探さなければならない。これまでデュランのレコーディングでは出番も少なかった2人、細々したスタジオ・ワークなんてできるはずがない。誰かしら後見人が必要になる。
これまたEMI仕切りと思われるけど、当時売れっ子だったナイル・ロジャースに白羽の矢が立つ。この時期のナイルを押さえようとしたことから、相当の予算が組まれていたことは察せられる。
とはいえ、当時ばかすかヒット作を量産していたナイル、スケジュール的にフルタイムで関わるのは難しかった。同時期にミック・ジャガーのソロ・デビュー作も手がけていたため、そりゃそっちを優先するわな。
EMI了承の上、「ちょっとは手伝うから」という口約束のもと、プロデューサーを同僚バーナード・エドワーズに委ねる。「それならついでに」と、EMIとナイルの合意もあって、空席だったドラムにトンプソンをねじ込む。
アンディとナイルとEMI、これで三方丸く収まった。ていうかデキ過ぎだな、これって。
そんなこんなでメンツが揃い、どうにかレコーディングにこぎ着けたパワステ。コンソールで加工されたドラムは腹に響くし、ギターもギャンギャン鳴っている。でもカッティングは明らかにナイルだよな。16ビートをリズミカルに刻むなんて、アンディには至難の技だ。
結果的に、アンディ当初の構想とはだいぶズレた、ハード・ロックとブルー・アイド・ソウルとファンクが混在したサウンドが展開されている。なので、メインであるはずのデュラン組の存在感は薄い。
確かにデュラン楽曲と比べて、アンディのギターが前に出ていることは多いけど、さして個性が際立っているとは言いがたい。さすがにギター・リフがメインの「Get it On」では存在感をアピールしているけど、正直、ほぼ完コピだもんな。他の曲においても、「あってもなくてもどっちでもいい」ソロやオブリガードばかりで、コピバンの域を出ていない。
サウンド・メイキングを丸投げされたシック組の使命は、ヒット・アルバムを作ることだった。単に体裁を整えるだけじゃなく、採算が取れる作品じゃないと、彼らが受けた意味がない。直属のオファーはデュラン組だけど、事実上、彼らはEMIの命を受けて動いていた。
当時、ほぼ同時進行・ほぼ同じプロダクションで製作されていたのが、ロバート・パーマーの次回作『Riptide』 だった。このアルバムのほとんどのトラックで言えることだけど、デュラン組のパートをミュートしちゃえば、まんま『Riptide』になってしまう。その逆で、『Riptide』のバック・トラックにアンディのギターをダビングしちゃうと、パワステになってしまう。
そうなると、考えることは誰だって同じ。『Riptide』セッションでリズム・トラックをまとめ録りすれば、かなりの効率アップになる。ギャラは2回分もらえるし時間短縮にもなるしで、シック組のメリットは計り知れない。
EMIも、その辺はうっすら気づいていただろうけど、彼らとしては手段はどうあれ、納期に間に合うよう完パケさえしてくれればよいのだから、余計な詮索はしてこない。
問題は、片手間で相手にされたアンディ。直のクライアントなため、無下な扱いはできない。
なので、アンディにはスタジオに入って思うがまま、とことん気持ちよくギターを弾いていただく。ピッチがちょっとズレたって構いやしない。出来はどうであれ、彼にご満足いただくことが重要なのだ。
あとは編集で直すかナイルに弾き直してもらうか、はたまたこっそりカットしてしまうか。細かいことにはこだわらなさそうなので、多分気づかない。
ジョン?取り敢えずクレジットだけ適当に載せといて、あとはPV専従。賑やかし担当で出演させとけば、これも問題ない。
―といったいきさつで、みんなの顔も立ち、八方丸く収まった。誰も損してない。
Power Station
posted with amazlet at 19.06.06
Power Station
Capitol (1991-08-21)
売り上げランキング: 73,631
Capitol (1991-08-21)
売り上げランキング: 73,631
1. Some Like It Hot
冒頭のボトムの太いドラム・サウンドだけで、もう優勝。細やかな小技とテクニック、そしてパッションをベースとしたフレーズと響き。全世界のティーンエイジャーはこの音にノックアウトされたのだった。特にダイナミック・レンジの狭いサウンドにしか縁がなかった日本の中途半端な田舎の高校生にとっては、刺激が強すぎた。食い物の違いから来るパワーの違い、スタジオ名が象徴するような高電圧から繰り出されるサウンドの威力は、アメリカの底の深さを感じさせた。
US6位・UK14位を記録した先行シングル。ロバート・パーマーとトンプソンはもちろんだけど、ここではアンディのギター・ソロも、テクニカルとまでは言わないけど、曲調とマッチした名プレイ。
2. Murderess
明らかにストーンズやフェイセズを意識した、泥臭いタッチのロックンロール。バーナードが随所にエフェクト的にシンセでフレーズを足しているのだけど、これがちょっとウザい。当時としてはモダンなサウンド・メイキングだったんだろうけど、素直にシンプルなアンサンブルにしときゃよかったのに。
ロバート・パーマーだけど、いや歌うまいんだけど、この曲に合うヴォーカルって、やっぱハイ・トーン・ヴォイスだよな。サビの部分なんてキーを落とした感じだし。
3. Lonely Tonight
ロバート・パーマー/バーナードによる楽曲で、作曲にデュラン組はかかわっていない。なので、要は『Riptaide』。自分で書いただけあって、キーやピッチも無理がない。プリセットっぽいシンクラヴィアも、ある意味、ファンクネスを引き立たせている。明らかに後付けしたようなアンディのソロ、なかなか豪快で悪くないんだけど、曲調とはミスマッチ。アンディ・ファンは間奏ソロだけ聴いて満足しよう。
4. Communication
先日、ボウイ『Tonight』のレビューでちょっとだけ触れたデレク・ブランブルが作曲で参加。「使えねぇ奴」的な扱いで書いちゃったけど、疾走感あふれるこの曲は結構好み。やるじゃんブランブル。
これもロバート・パーマー主導のファンク成分多めのロック・チューン。いくらブレイクしていなかったとはいえ、この辺はやっぱベテランだな。きちんと自分の魅せ方を把握した曲作りとヴォーカライズ。
ちなみにデュラン組、なんか腰の座ってない軽いコーラス、それと短めのギター・ソロのみ。ドラム・プレイは重く、それでいながら軽やか。トンプソンの良さがうまく演出されている。
5. Get It On (Bang a Gong)
多分、俺を含むアラフィフ世代だと、「Get it On」といえばこのヴァージョンで初めて知った人が多いと思われる。当時、T.Rexは泡沫扱いで、再評価されるようになるのはもう少し後。ていうか、このヴァージョンがきっかけで再注目されたはず。
まぁ歌パートはほぼ完コピ、リフもそのまんまだけど、間奏はオリジナルよりも長く、そこでのデュラン組の健闘ぶりは特筆に値する。ほんのちょっとだけど、ジョンのスラップ・ベースはいつもハッとしてしまう。バーナードが代わりに弾いてたら興ざめだけど、そうでないことを祈りたい。
6. Go to Zero
デュラン組が製作に絡んでいないため、『Riptide』成分はかなり多め。これもジョンのベース・プレイがカッコいい。と言いたいところだけど、アンディの単調なプレイがそう思わせてしまうのか。
7. Harvest for the World
オリジナルはアイズレー・ブラザーズ1976年のヒット曲。ちょっとカントリー・ロックっぽさも漂うソウル・チューンだったのが、ここではソリッドなハード・ロックxでまとめている。唯一、アンディがヴォーカルで参加しており、これがなかなか味がある。わざわざ出張ってくるくらいだから、アンディの選曲だったと思われる。
余談だけど、ジョージ・マイケルもWham!時代に「If You Were There」という曲をカバーしている。日本ではそうでもないけど、アイズレーのリスペクトされ具合が窺える。
8. Still in Your Heart
ストリングス・シンセをメインとした、このアルバム唯一の正調バラード。考えてみれば、ここまでずっと、全力疾走のチューンばかりだったよな。『Riptide』にもデュラン組にも、ましてやシック組にも当てはまらない、なんとも奇妙な味わいの曲。なぜかギターの代わりにサックス・ソロまで入ってるし。
最後まで盛り上がるまでは行かず、どうにも中途半端なテンションで終わってしまう。う~ん、なんで入れたんだ?
So Red the Rose
posted with amazlet at 19.06.06
Arcadia
EMI Europe Generic (2004-02-23)
売り上げランキング: 49,702
EMI Europe Generic (2004-02-23)
売り上げランキング: 49,702
Universal Music LLC (2012-03-02)
売り上げランキング: 94,204
売り上げランキング: 94,204