folder 1984年リリース、Paul主演による同名映画のサウンドトラック。UKではチャート1位、日本でもオリコン6位にチャートインしている。本人による脚本・シノプシス制作、長らく封印状態だったBeatles ナンバーのリメイクなど、何かと話題性が高かったこともあって、EUを含む他国のチャートでも健闘している。
 ただ、アメリカではビルボード最高21位と大きくはずしてしまい、Paulファンの間では、「この辺から凋落が始まった」とされている。

 今でこそ、80年代作品のデラックス・エディションがリリースされて、やっと再評価が始まったかな?という空気になっているけど、今のところ『Pipes of Peace』で止まっており、その後の計画はどうやら未定っぽい。ファンもそうだけど、Paul自身やその周辺も、その辺についてはあまり触れたがらない雰囲気になっている。やっぱ黒歴史認定なのかな。
 俺はPaul の熱狂的なファンではないので、細かいところまでは詳しくはない。ないのだけれど、金がなくてヒマはあった学生時代、80年代ロキノンやレココレを、それこそ舐めるように熟読していたため、大よそのエピソードは印象に残っている。

img_1

 まったく下調べしないで、Paulの80年代を思いつく限りで書いてみると、
 -Wingsでの初来日公演を行なうはずが、まさかの麻薬所持による逮捕拘留からスタート。裁判やら手続きやらで活動停滞中、盟友John Lennonが暗殺されて、さらに気持ちはトーンダウン。何もやる気が起きず、無為に引きこもってる間にWingsは自然消滅してしまう。「こうしてちゃダメだ」と思ったのか、第一線に復帰すべく、久々のソロ・アルバム制作をスタート、取り敢えず景気づけにStevie WonderやMichael Jacksonなど著名アーティストとコラボ、どちらも大ヒットする。ただしMichael とは、Beatlesの楽曲著作権を横取りされてしまい、以来没交渉になってしまうオマケ付き。この辺から何かとケチがつき始め、原作・脚本を手がけた主演映画(このアルバムのこと)を制作するも、こっぴどくメディアに酷評された上、興行的にも大失敗してしまう。全世界生中継のライブ・エイドでは、大御所としてトリを務めたはいいけど、「みんな知ってる有名な曲がいいだろう」と思って選曲した「Let It Be」(なるようにしかならない)、「イベントの趣旨を理解していない」と、これまた英国マスコミにボロクソに叩かれる。それまでは「あのBeatlesのオリメンだから」と、そこそこ敬意を払っていたマスコミも掌を返し、露骨に「Paulは終わった」などと酷評するようになる。テクノは辛うじて齧ったけど、ニューロマやポスト・パンクの波には到底着いてゆけず、次第に地味なポジションに追いやられてゆく。ただ、当時のPaulはまだ40代半ば、隠遁するには早すぎる年代である。再度第一線に立つことを目論むが、Johnの不在以降、書かれた曲はどうにも小さくまとまった作風で、いまいちキレが足りない。なのでBeatles時代のメソッドの再履修、他のアーティストとの共作を思いつく。そこで選ばれたのが、元10ccのEric Stewart 。「ちょっと凝ったコード進行とメロディを書く」という特性を見込んで抜擢したのだけど、あまりに似た音楽性と、「あのPaulとコラボできるなんて」とEricが必要以上にリスペクトしてしまったため、コラボ・マジックは産まれず、さらにこじんまりとした出来になっちゃったのが『Press to Pray』。言ってしまえば、似た者同士が組むわけだから、最小公倍数的な箱庭ポップになってしまうのは致し方ないことで。しかもBeatles時代の「対等のパートナーシップ」という設定が、のっけから崩れてるわけだし。そうか、僕と同じようなタイプじゃダメなんだ、全然正反対のソングライターじゃないと。Johnとの作業はいつも真剣勝負だったし。で、次にタッグを組んだのがElvis Costello。彼がJohnタイプだったのかどうかはともかく、確固たる自身の世界観を持ってることは周知の事実だった。一応、最低限の敬意は払ってくれるけど、実際の作業に入ると、「あれはダメ」「これはイケてない」とはっきり言い、時にはボロクソにけなしたりもした。この時点ですでにレジェンドとなっていたPaul に対し、ここまで辛辣な、よく言えば対等の立場で物言いできる者はいなかったため、それが逆に創作面での刺激となった。『Flowers in the Dirt』の好セールスと旧ソ連でのライブの成功が弾みとなって、久し振りにワールド・ツアーをやろうと思い立つ。いろいろ吹っ切れたこともあって、これまで頑なに封印していたBeatles ナンバーを、これでもかとたっぷりセット・リストに組み込む。ライブ活動引退後の後期のナンバーも入っていたこともあって、そりゃもう大盛況、すっかり自信を回復するに至る―。
 多分、こんな感じだな。

03_big

 Wings時代のライブでも、ファンサービス的にいくつかのBeatlesナンバーはプレイしていたのだけど、あくまで添え物的なポジションであって、本格的にリメイクするのは初めてだった。何しろミュージシャンが主演、しかもガチなドラマじゃなくて半分ミュージカル仕立ての映画なので、サウンドトラックを自身で担当するのは、まぁこれは自然の流れ。ある程度、集客を見込むためには、全曲オリジナルにこだわらず、過去のヒット・ナンバーも交えて、というのも契約のひとつだったのだろう。
 この頃のBeatles著作権はすでにMichael の手に渡っており、いくらかの金が彼のもとに自動的に流れることは、ちょっとシャクだったかもしれないけど、まぁそれも仕方のないこと。Beatlesの楽曲をフィーチャーさせるかどうか、それだけでスポンサーの出資具合が全然違ってくるのは、素人の俺でも想像がつく。音楽アルバム制作と違って、映画制作には多くの人間が絡んでくるし。
 Paul的には、過去の栄光を利用することを素直に受け入れられなかったかもしれないけど、何をやってもケチがつき始めていた時期だったため、そんなことも言ってられない。ここらで一発、デカい花火でもぶち上げないと。

 自分で書いた曲を自分でやるわけだから、普通に考えれば、二流のカバー曲よりも出来は良くなるはずである。だって、本人だもの。
 セルフ・カバーの場合、ちょっと難しいのが原曲アレンジとの距離感である。ほんとそのまんまのアレンジでやってしまうと、「見事な再現」という好評より、「前より良くないね」という悪評の方が、往々にして多くなる。これも当たり前の話で、初演の時とはテンションも違ってるし、声質だって確実に変わっている。完璧な再現というのは、あり得ないのだ。
 そういった批判を回避するため、またプレイし飽きた楽曲に新味を付け加えるため、まったく毛色を変えたアレンジを試すケースもある。8ビートをスロー・バラードに変えたり、アコギやストリングス・ヴァージョンにいじってみたり。でも、そういうのって大抵、オリジナルを超えるレベルになることは稀で、あんまり良い評価は聞かない。初体験に勝る衝撃を再現するのは、それだけ至難の業なのだ。
 とにかく批判されるのがイヤ、でもニーズに応えなきゃ、という経緯でもって、非常に消去法的な選択となるのが、ライブ・ヴァージョン。生演奏による再現というエクスキューズがあるため、スタジオ・ヴァージョンほどの完成度は求められないし、観客の状態やアーティストのコンディションによっては、大化けする可能性もある。多少ミスったり奇抜なアレンジにしたとしても、あくまで一過性のものなので、正直「やっちゃったモン勝ち」である。

41Y0CCXAGKL

 で、『ヤァ!ブロード・ストリート』。原題も大体こんな意味だけど、リアルタイムで聴いていた身としては、こっちの方がしっくり来る。もちろん、Beatles映画との強引なドッキングによる邦訳だけど、ちゃんと意味が通じてるのはさすが老舗東芝EMI。この頃までは、詩情あふれるタイトル付けが、名人芸の域に達していた。これも広い意味で言えば、ロスト・テクノロジーだよな。
 今もライブでは、Beatlesナンバーを積極的に取り上げているPaulだけれど、このアルバム以降、スタジオ・ヴァージョンのリメイクは行なわれていない。80年代特有の平板でフラットな音場は、流麗なメロディばかりを引き立たせたため、「歌のあるイージー・リスング」的なサウンドになってしまったのも、不評要因のひとつである。何やってたんだよ、George Martin。
 映画製作については、Paulにとっては「永遠の弟分」であったGeorge Harrisonがそこそこ成功していたので、「じゃあ僕も」と安易に手を出したんじゃないかと思われる。ただ、スタッフや同業ミュージシャンからも人望の厚いGeorgeと比べ、何かと「俺が俺が」と前に出たがるPaulとでは、性質がまったく違っちゃってるわけで。
 ひとりのカリスマがプロジェクトを引っ張ってゆくのは、音楽業界ではよくあるケースだけど、確立された分業体制が敷かれた映画製作においては、そのメソッドも通用しない。いくら脚本執筆兼主演俳優だったとしても、独断による進行は許されないのだ。
 畑違いというのを思い知らされたのか、その後のPaul、映画業界とはしばらく距離を置いている。久々に「パイレーツ・オブ・カリビアン」でカメオ出演を果たしたけど、あれってKeith Richardsへの対抗意識なのかな。

 色々とけなされることが多いアルバムだけど、ひとつだけ。
 ある意味、アルバムの主題となっている「ひとりぼっちのロンリー・ナイト」、これだけは別格。どれだけアルバムや映画がけなされようと、この曲を悪く言う人は、ほぼ皆無。いるのかな。いたとしても、ごく少数のひねくれ者だ。


ヤァ!ブロード・ストリート
ポール・マッカートニー
EMIミュージック・ジャパン (1995-11-08)
売り上げランキング: 47,041



1. No More Lonely Nights (ballad) 
 UK2位、USでも最高6位を記録した、Paulソロでは屈指の出来となった名作バラード。映画の主題を飾る楽曲として、敢えてベタなコードで書いたと思われるけど、それがうまくハマったのは、ある種の開き直りもあったのだろう。やればできる人なのだ。
 ライブではほぼプレイされることはないけど、80年代ソングのスタンダードとしては定番となっており、どのレビューでもこの曲の悪評は聞かない。映画本編やBeatlesナンバーについては、みんなボロクソに言ってるのに。
 Pink Floyd解散して間もなかったDave Gilmourがギターを弾いているのだけど、Floyd時代より生き生きと、ベッタベタに情緒あふれるソロを奏でている。正直、全キャリアを含めて彼のベスト・アクトと言ってもよいくらい。リマスター盤では他のヴァージョンも収録されているけど、Gilmourの音があるかないかで、テイストがまったく違っている。ダンス・ミックスなんて、どうにも気が抜けちゃってるし。



2. Good Day Sunshine
 サントラなので、劇中モノローグからスタート。中期『Revolver』からのセルフ・カバー。ちょっぴりテンポとキーを落としたのは、映像のテイストに合わせたんじゃないかと思われるけど、気が抜けちゃってるんだよな。ドラムが少し大きめにミックスされてる以外、アレンジはほぼ変わらないはずなのに。あ、変わってないからつまんないのか。

3. Yesterday
 世界で最もカバーされた曲として、Beatlesナンバーの中でも広く知られており、それを自身でキッチリ歌い直すわけだから、それなりに気合も入れてたはずなのに、何これ。単に昔の自分をなぞっただけじゃん。お子様向けのビート・バンドとして天下を獲りつつあったBeatlesが、一種のチェンジアップとして投げた変化球を、20年近く経ってから同じ球筋で投げたって、通用するわけないじゃないの。

4. Here, There and Everywhere
 『Revolver』というアルバムは、Beatlesにとって、またPaulにとっても大きなターニング・ポイントであったこと、そこまでのインシアティヴをJohnが握っていたこともまた、周知の事実である。その『Revolver』でやり切れなかったこと、ビート・バンドとして活動していたBeatles的なサウンドを一旦チャラにして、スタンダード・ナンバーとして蘇生させたかった、というのが、Paulの真意のひとつである。普通なら全アルバムからもっとバランス良く選曲するところを、『Revolver』から4曲もセレクトしているのだから、当時からどこか煮え切らない想いがあったのだろう。
 シンプルなアコギのアルペジオ、添えもの的なクラシカルなホーン・セクションなど、オリジナルと構造は変わらないけど、ここではその普遍性が良い方向に作用している。

220px-Give_My_Regards_to_Broad_Street_(poster)


5. Wanderlust
 2年前にリリースした『Tag of War』収録曲のリメイク。大したインターバルじゃないし、アレンジも大筋では変わらないのだけど、劇場での響きを意識したのか、奥行きのあるミックスが功を奏し、最後はドラマティックに締めている。地味な小品だけど、メロディ・メーカーとしてのPaulの面目躍如。

6. Ballroom Dancing
 「そうだ、僕はもともとロックンローラーだったんだ」と急遽思い立ち、チャチャッと作ってしまったロックンロール。Jerry Lee Lewisオマージュのピアノをメインとした8ビートに、シンセの上モノを乗っけてビルドアップさせ、何も考えず楽しそうに歌うPaul。ほんとこういったのが好きなんだな、というのはわかるけど、どこかフヌけたムードがいただけない。優しすぎるんだよな、ちょっと。原初の荒削りなロックンロール回帰へは、もう少し時間が必要だった。

7. Silly Love Songs
 1976年リリース、Wingsとしては最大のヒット・ナンバー。UK2位・US1位獲得によって、完全にBeatlesの影を払底した、と絶賛された。簡単なコード進行なのに、展開が目まぐるしく変わって、しかもそれが違和感なく進行してるという、ポップ職人Paulの技がそこここで光っている。よく言われていることだけど、リード楽器としてフィーチャーされたベース・ラインもまた絶品。
 あまりに完成されているため、この曲もアレンジはほとんどおんなじ。でも、楽曲に秘められた疾走感は見事に再現されている。

127805_full

8. Not Such a Bad Boy
 ちょっとマイナー調のロックンロール。このアルバムの中では数少ない書き下ろし曲で、多分、こんなのだったらいくらでも書けるんだろうけど、変に腰のすわってないポップ・チューンよりはグルーヴ感てんこ盛り。スタジオ・ライブ的なラフな感じは、90年代以降のアルバムに引き継がれる。

9. So Bad
 前作『Pipes of Piece』からのリメイク。シングルとしてUS23位にチャートインしている。まぁこれもほぼ原曲通り、Curtis Mayfield的フィリー・バラードをリスペクト下、全編ファルセットによるバラード。きっちり破綻なく作られた小品として、このアルバムももっと評価されるべきなんだけど、地味なんだよなやっぱり。俺的には気に入ってるんだけど。



10. No Values 
 大味なアメリカン・ロックなテイストのロック・チューン。野太い男性コーラスなんて、まさにハード・ロック。一応、このアルバムが初出ではあるけれど、もともとWings時代に書かれた曲で、当時のデモ・ヴァージョンがYouTubeで聴くことができる。当然、ラフな仕上がりのWingsヴァージョンより、しっかり練られたこっちのヴァージョンの方がサウンド的にまとまっており、バンド・アンサンブルも安定しているおかげで、Paulのテンションも高い。

11. For No One
 「Paulが書いた曲の中で好きな曲のひとつ」とJohnも絶賛した、『Revolver 』収録曲。『Help!』の中の「Yesterday」は、あくまでサプライズ的なポジションだったけど、ソングライターとして飛躍的に伸びつつあった時代のPaulの傑作。構造としては「So Bad」と変わらないのだけど、考えてみれば20年も前からすでに完成の域に達していたということ、そしてまた、技巧的な意味合いで言えばそこからほとんど変化していない、ということに気づかされる。
 成長が止まった、って意味じゃないよ。テクニカルなんて、ひとつの側面に過ぎないんだし。

12. Eleanor Rigby - Eleanor's Dream
 「あの名曲に続きがあった」or「オリジナルを発展させた完全版」といったコンセプトで作ったと思われる、9分に及ぶ大作。オリジナル3分追加パート6分といった構成。映画のプロットとシンクロさせたポケット・シンフォニーは、映像と組み合わせることによって完結するのだろうけど、正直、ハズしちゃった感が強い。まだクラシックに色目使うのは早かったでしょ。

303129_full

13. The Long and Winding Road
 ここまでほぼ原曲通りのアレンジだったけど、ここに来てサックス・ソロによるオープニングで新たなテイストを付け加えている。もともとムーディなバラードにウェットなホーンを入れることによって、AOR感が増している。バラードはとことん感傷的に仕上げたがる、Paulの性格がよく出ている。

14. No More Lonely Nights (playout version) 
 1.の解説にも書いたけど、別アレンジによるアップテンポ・ヴァージョン。あぁこういったアングルもあるんだね、といった印象。ただそれだけ。「こういった切り口もあるんですよ」とでも言いたかったんだろうか。

15. Goodnight Princess
 初リリース当時はLP・カセットとも未収録、CDのみのいわばボーナス・トラック。ラウンジ・ミュージック的なインストなので、取り立てて書くこともない。器用過ぎるんだよな、この人。


PURE MCCARTNEY
PURE MCCARTNEY
posted with amazlet at 17.08.08
PAUL MCCARTNEY
CONCO (2016-06-10)
売り上げランキング: 51,756