前回のPSY・Sの続き。
初期PSY・Sの2作『Different View』と『PIC-NIC』は、当時の最新鋭マシン:フェアライトCMIの性能に重点を置いたサウンドで構成されていた。今なら一周回ってエモいと言えなくもない、極狭ダイナミック・レンジのチープな音質をベースに、でもそれだけじゃあまりに素っ気なさ過ぎるんで、アクセント的に挿入された最小限のバンド・アンサンブル、そしてチャカのヴォーカル。
もともと大阪のライブ・シーンをホームグラウンドとし、グルーヴ感あふれる生演奏をバックに、エネルギッシュなジャズやファンクを歌っていた彼女だったからして、松浦雅也謹製による、一部のブレもないシーケンス・ビートに合わせるのは、さぞ至難の業だったと察せられる。有機的なリズムをもねじ伏せてしまうヴォーカライズを敢えて封じ、打ち込みサウンドと同期させるスタイルは、ひとつのチャレンジだった―、とは、振り返ってから言えることで、当時は単にノリで「やってみた・歌ってみた」程度の軽い動機だったと思われる。
そんな2人が作るサウンド・プロダクトに呼応して、地に足のついた非現実感とも言える世界観を演出していたのが、駆け出しの作詞家兼バンドマン兼歯医者見習いのサエキけんぞうだった。敢えてベタなシチュエーションやストーリー展開を用い、平易な言葉の多用による意味性の排除は、サウンドを主とした松浦のコンセプトと相性が良かった。
シンプルな言葉のリフレインの揺らぎから生ずるグルーヴ感が秀逸な「9月の海はクラゲの海」から、うしろ髪ひかれ隊や水谷麻里など、小銭稼ぎのアイドル仕事まで易々こなす、振り幅の大きいサエキのバイタリティーは、「言葉への過剰な期待を持たない」という共通項で、松浦と同じベクトルだった。だったのだけど。
彼らが所属していたCBSソニー邦楽部門は、80年代に入ってから、長らく主流としていたアイドル・ポップスからの路線拡大を図っていた。ハウンド・ドッグやストリート・スライダーズ、尾崎豊らを輩出したSDオーディションによって期待株を発掘し、時にバンド運営にも介入する担当ディレクターとの二人三脚によって、商品価値を上げていった。
磨けば光りそうだけど、アラが目立つ金の卵を、地道なキャンペーンとメディア・ミックスの物量構成で認知度を上げてゆくのがセオリーであり、次第に80年代ソニー隆盛の必勝パターンとして確立していった。地道なライブとキャンペーン回りで場数を踏み、決して普段着にはなり得ないアブストラクトなコスチュームと、性急なカット割りが印象的なPVを大量オンエアすることが、手間と時間はかかるけど、ヒットへの近道だった。
初期PSY・Sはライブ活動を行なっていなかったため、こういった必勝パターンのルーティンとは違うルートを歩んでいた。スタジオで長時間過ごすことを苦に思わない、ガチのシンセオタク:松浦が外に出るのを嫌ったのと、正直、ライブ映えするサウンドではなかったことも、その一因である。
ていうか、『PIC-NIC』までの彼らに対し、ソニーがどの辺まで期待していたのかと言えば、ちょっと微妙なところである。必勝パターンに当てはめづらい彼らのポジションは、いわば若手育成枠、セールス実績を急かされる・または期待される存在ではなかった。
当時、同じくCBSソニーに所属していたシンセ・ユニットであり、ジャンル的にかぶる存在として、TMネットワークがいた。松浦同様、生粋のシンセオタクである小室哲哉が描くプログレ・ポップ・サウンド、そして小室みつ子による古典SFファンタジーを主題とした歌詞世界は、デビュー当時、マス・ユーザーに響くものではなかった。
ただ、制作スタッフとして参加した渡辺美里「My Revolution」のヒットを契機に大きく路線変更、シーケンス・パートを減らしてパワー・ポップ成分を添加、ハードなギター・プレイをフィーチャーした「Get Wild」で一気に注目を浴びることになる。
リリースされてから35年も経つというのに、最近も「Get Wild退勤」がトレンド入りしたように、いまだ強烈なイマジネーション想起とテンション上げを喚起させるサウンドであり、小室の最高傑作であることに異論はない。
だって、「アスファルトタイヤ切りつけながら暗闇走り抜け」ちゃうんだよ。こうやって書き出してみると、文脈的にまったく意味不明だけど、それを強引に成立させてしまう世界観の強さ、そして時代や世代を超えて、聴くとアドレナリンを絞り出してしまう魔力を秘めている。聴いてるうち、背後で車が爆発し、銃弾の雨が降り注ぐ。行ったこともないのに、深夜の首都高を爆走した気になってしまう。
すごいよな小室。ていうか「Get Wild」。
リアルタイムで週刊連載を読み、単行本全巻揃えていた、ガチの「シティー・ハンター」ファンだった俺的に、地上波アニメの成功は、「Get Wild」抜きに語れないと思っている。かなりマンガチックにデフォルメされたストーリー/エピソードはともかく、連載初期のハードボイルドな世界観を巧みに活写したタイトルバックは、制作スタッフの強いこだわりと商業性とが。奇跡的なシンクロを見せた好例である。
80年代、アニメの社会地位は今とは比べものにならないくらい低い時代だった。マンガ・アニメはガキ向けの娯楽といった扱いで、大人になっても見てるのは、変態扱いされる時代だった。
今で言うアニソンとJ-POPとは、まったく別の文化圏で棲み分けされており、互いのジャンルでクロスオーバーすることは、かなりのレアケースだった。マクロスやガンダムの主題歌・挿入歌がいくら売れようと、世間一般的には「別枠」と捉えられていた。ていうか、J-POPから「そっちの世界」へ足を踏み入れると、半永久的に「アニソン歌手」という烙印がついて回り、二度と「もとの世界」へは戻れないとされていた。飯島真理なんか、今も黒歴史的に話題引っぱってるもんな。
で、アニメの世界観と程よい距離感を取り、それでいてJ-POPとしても高いクオリティだったため、一般ユーザーにも波及することになった「Get Wild」は、その後のアニソン界のひとつのメルクマールとなった。無理にキャラクターの名前をねじ込んだり、ストーリーやテーマに寄せなくても、主題歌としての機能は果たせるし、作品の選定さえ間違えなければ、オリコン上位を目指すことも可能である、と。
ひとつの成功例は、同時にひとつの既得権を産むことになる。「Get Wild」のブレイクによって、主題歌枠はソニーの独占となり、次々に推しのアーティストをねじ込むことになる。
「Get Wild」の後、同様のシンセ・ポップ/ソニー枠でPSY・Sが主題歌を担当することになったのは、こういった事情によるものである。
で、話は前後するのだけど、『PIC-NIC』のリリース後、PSY・Sはライブ活動を開始する。この松浦の心境の変化が自発的なものだったのか、はたまた外部からの要請だったのか。その辺の細かい事情までは不明だけど、多分どっちもアリだな。チャカが「やりたい」と言ったのか、はたまたソニー系アーティストとのコラボが多くなっていた松浦の覚醒だったのか。
どちらにせよ、ある程度の外部要因、直接・間接的にソニー側からの巧みな誘導、または柔和な圧力があったことは間違いない。アルバム制作2枚を経て、そろそろ育成枠からの脱却、ファームから卒業の頃合いだった。
松浦がNHK-FM「サウンド・ストリート」のパーソナリティを務めたことが、ひとつのきっかけだった。番組内の企画として、月ごとにテーマソングを作るにあたり、楠瀬誠志郎やバービー:いまみちなど、異色タッグの楽曲が多く生まれた。
「ソニーつながり」ということ以外、ほぼ接点のなかったアーティストとの作業は、何かとめんどくさく根気のいるものだけど、ある意味、めんどくさいことを好む松浦じゃないとできないプロジェクトだった。頭でっかちなプログラミングだけでは表現しきれない、生演奏や歌の力は、彼の音楽的語彙に大きな刺激を与える結果となった。
幅広い支持を得ることができる大衆的なメロディとサウンドを学習し、自分なりに咀嚼した成果が、3枚目 『Mint-Electric』で大きく花開くことになる。シンセの存在感を薄めたオーソドックスなポップ・サウンドは、同時進行で音楽監修を手掛けていたアニメ『TO-Y』サントラでも強く打ち出されている。
強い吸引力とカリスマ性を放つGASPサウンドの再現が難しく、映像化することは不可能と思われていた『TO-Y』だったけど、アニメでは最初から「再現不能であること」を前提に制作されている。演奏シーンはイメージ喚起のインストに差し替え、他アーティストの楽曲のみソニー系アーティストに置き換えたり、周到にマニアからの非難を回避している。
「少年サンデー」連載作品という、いわば「シティー・ハンター」同様のシチュエーションであり、これまでの狭いシンセ・ポップ村より広い客層へアピールするサウンドが必要だった。
サントラに同時収録されているバービーやゼルダ、スライダーズの音圧と肩を並べるには、正直、当時のフェアライトではスペックが全然足りなさすぎた。
彼らの路線変更は、様々な要素が同時進行で変容し、このタイミングで制作体制にも変化が生じる。作詞のメインライターが松尾由紀夫に変わったことは、地味に大きな変化だった。
で、その松尾由紀夫の人となりについては、正直これまで関心がなかったため、ちょっと調べてみた。もともと雑誌編集者が本業で、仕事柄、音楽業界とも付き合いが多く、何かのはずみでオファーを受けるうち、少しずつ手を広げていったらしい。
80年代に入ってから、日本の音楽業界はジャンルの多様化が急速に進んでいった。単純な物量だけではなく、旧来歌謡曲の文法に固執した既存の専業作詞家では、新世代の感性を表現できなかった。
既存の文法概念に囚われない、プロの作詞家には書けないストーリーや話法を求め、レコード会社のディレクターたちは、あらゆるジャンルから人材を求めた。松尾もサエキもプロの言葉の使い手ではなかったけれど、自由な発想に基づく目新しさには長けていた。
時に極端なエキセントリックに走ってしまうサエキに比べ、松尾の選ぶ言葉は、ごくオーソドックスなものが多い。本業ミュージシャン兼歯医者であり、自ら歌うことも多いサエキに対し、松尾の場合、言葉へのこだわりは薄い。
サエキと違ってアーティスト・エゴや表現欲求といった感覚が薄い分、発せられる言葉は軽い。悪い意味じゃなく、耳障りのよいサウンドには、彼のような曖昧なイマジネーションの方が、相性がいい。
キャッチコピーの羅列のような松尾の歌詞は、軽い分だけ汎用性は高い。最大公約数的マーケティングに基づいた、明快なコマーシャリズムを意識した文脈は、ニーズに応じた結果だった。
ムーンライダーズ一連の作品も含め、俺はサエキの歌詞は嫌いではないのだけど、一般ウケするかといえば、ちょっと微妙なモノが多い。「バカ野郎は愛の言葉」は効果的なアイロニーの傑作だけど、「君にマニョマニョ」まで行っちゃうと、ちょっとハイレベル過ぎる。
イメージ喚起の能力は強いけど、散文調でキレ味良く後を引かない、まるで発泡酒のような松尾の歌詞は、クリエイター松浦との相性が良かった。流暢なストーリー仕立てではなく、耳障りよくキャッチーで、インパクトを重視したコピーライティングのメソッドを応用した彼の言葉は、中期以降のPSY・Sのサウンドを支え続けた。
強靭なドラマツルギーを持つ阿久悠や、繊細な言葉の綾を編む松本隆の言葉は、独特のアク、または微かな引っ掛かりを残す。それがひとつの個性となり、ある種の共感を呼び覚ます。ヒットする曲とは、多かれ少なかれ、心のさざ波を喚起させる。
基本、無味無臭で、オファーに応じて淡い彩りを添える松尾の言葉は、あくまでサウンドに準ずるものであり、強いメッセージ性はない。キャラが薄い分、曖昧なイメージ優先にならざるを得ず、普遍的なスタンダードになるには、ちょっと押しが弱い。
コンポーザー松浦の美意識として、セールス向上のためとはいえ、ウェットな叙情性やセンチメンタリズムを主題にすることを好まなかった。中途半端なメッセージや意味深な暗喩は、緻密に構築したサウンド・プロダクションに対しては、むしろ邪魔になる。
極端な話、歌詞なんて何でもいいし、中身も極力薄い方がいい。冷静に考えると、「電気とミント」ってなに言ってんの?となってしまうけど、何となく言い得て妙、アーティスト・イメージを伝えるのには、最適なキャッチコピーである。
ただ、隙間を埋めただけの空虚な言葉とは、歌う立場からすれば、ストレス以外の何ものでもない。解釈の余地のない、ベタなラブ・ストーリーや刹那な言葉は、感情の込めようがない。
歌唱スキルが高ければ高いほど、そんな切なさが溜まってゆく。発せられる言葉は、どこにもたどり着けず、キレイさっぱり何も残らない。残るのは、歌い手の徒労感ばかり。
ライト・ユーザーへの波及力は薄いけど、程よいサブカル風味がニッチな評判を呼んだ初期2枚では、実験的プロジェクトとして、敢えてそういった制約を楽しんでいる様子もあった。それまで経てきたライブ・パフォーマンスとは真逆のアプローチであるPSY・Sのコンセプトは、ゲスト的なスタンスで関わるなら、「これはこれでアリかな?」といった感じで。
ただ、これが本格的にパーマネントなユニットとなると、ちょっと話は違ってくる。空虚な言葉と作りもの感満載のシーケンス・サウンドは、シリアスなシンガーにとっては重荷となる。
フェアライトをフロントに据えたサウンド・プロダクションから一転、『Mint-Electric』以降は、チャカの歌を活かすアプローチに変化している。広くアピールしづらいテクノ・ポップにこだわらず、同世代のバービーや楠瀬誠志郎のエッセンスを吸収し、攻めの姿勢に転じることになる。
そんなサウンドの変化に合わせて、新たなパートナーとして選んだのが、松尾だった。彼の描く世界観、モダンな言葉遣いやシチュエーションは、同時代性を意識したサウンドとの相性は良かったのだけど、歌い手チャカが求めるリアルなドラマ性には少し欠けていた。
どこか上滑りする言葉と歌、そしてサウンドとの最適解を見つけるため、その後の彼らは試行錯誤を繰り返すことになる。密室的スタジオワークの極致とも言える『Atlas』にて、純正テクノ・ポップの落とし前をつけて以降、彼らは角の取れたポップ・ユニットに変容してゆく。
1. Simulation
ちょっとサイバーなジャズ・テイストのオープニング・イントロは、いつ聴いても新鮮。引き出しの広さだけじゃなく、こういった音像を具現化できる松浦のセンスが光る。単なるシンセオタクじゃないんだよ。
なぜ私たちは ケンカをしないんだろう
なぜ別れ際が そっけないんだろう
もしかすると Simulation 恋を真似てるだけ
ライトで薄っぺらい80年代の上辺を取り繕った恋愛関係をソフトにぶった切る、サエキの歌詞とは対照的な、力強いパワー・ポップにヴァージョン・アップされたサウンドとのコントラストが絶妙。これまでと比べ、チャカの熱量も高い。
2. 電気とミント
これ以降もほぼ作られていない、彼らにとって唯一のロックンロール・ナンバー。BPMの速いシンプルな8ビートは、サイバーパンクな疾走感が茶華のヴォーカルとフィットしている。
「シマウマはペシミスト」やら「金星でつなわたりコンテスト」やら「まつ毛の先でスパーク」やら、ひとつずつ抜き出せば意味不明で雰囲気重視、そんあ細けぇことは抜きにして、勢いで押し切っちゃえ的に、松尾のコピーライト的歌詞が炸裂する。
変に思わせぶりじゃなく、中身がないけどなんかキラキラしてる言葉の羅列は、本文でも書いたように、松浦の理想に適っていた。
3. 青空は天気雨
バラードの割りには案外重いドラム、そのコントラストで凝ったコーラス・ワークが印象的な、彼らの中では人気の高い曲。いま聴くと、デジタル・サウンドとはもっとも相性の悪いアルト・サックスがちょっと浮いてる感じはするけど、コンテンポラリーに寄せるには、必要な音だったのかね。
バラードという特性上、松尾の歌詞はシンプルなラブ・ストーリーを端正に完結させているけど、その意味性がちょっと…、といった印象。叙情的な渡辺美里を意識して書いてるようだけど、逆にあざとさの方が見え透いてしまう、というのは厳しすぎるかな。「意味なんかいらねぇんだよっ」とコンソールの前で独りごちる松浦の背中が見えてしまう。
ちなみにこの曲の一番の聴きどころはイントロ前、グウィーンとスライドするベースの音。本筋とは関係ないけど、そこが一番カッコいい。
4. TOYHOLIC
OVA『TO-Y』のために制作され、実際にアニメの中でも使われていた記憶はあるのだけれど、調べてみるとサントラ(正確にはイメージ・アルバム)には収録されていない、多分にいろいろ大人の事情云々で収録されず、どっちつかずになってしまった不幸な曲。浮遊感のあるメロディとサウンド、丁寧にフラットに歌われたチャカのヴォーカルも世界観にフィットしているので、周辺事情を考えなければ、普通にいい曲。
作詞のあさくらせいらは、松尾同様、80年代を中心に活動してきた人。調べてみると、ribbonを中心に女性アイドルへの提供が多かったらしく、こういったメランコリックでいて不思議少女的でいて、回りまわって普通の世界観、といった印象。後味が残らないという意味では、松浦の理念に適っている。
5. Lemonの勇気
偏屈なシンセオタクだった松浦が一念発起し、不特定多数の大衆に向けて制作した、この時点で最高レベルの楽曲。イヤでも盛り上がってしまうオーケストレーション、スクエアではあるけれどグルーヴィーなリズム・セクション、そして鳴きまくるギター・ソロ。すべてに隙がなく、聴き手をきちんと想定して書かれたポップ・チューン。
サエキのくせに前向きで、サエキのくせにキラキラした、まるで松尾をパクったような歌詞世界になっているけど、むしろ松浦のキャッチ―な部分をえぐり出したような、本人的には多分恥ずかしいだろう、「勇気」といったワードを敢えてタイトルに盛り込んでしまう、公開羞恥プレイ。
のどを潤す 愛が枯れてしまっても
光感じる 瞳開き 見つめるのさ
チャカはともかく、斜に構えたサブカル世代の男2人が、敢えて前向きな言葉を用いた「勇気」。その辺を、もっと評価されてもいい。
6. Sweet Tragedy
で、レコードではここからB面だったのだけど、リアルタイムではここから先を聴いた記憶があんまりない。A面が盛りだくさんで満足しちゃったのか、正直、この曲以降を聴いたのはCD買ってからで、そんなわけで印象が薄い。
アルバム中、平均1~2曲は収録されている、ノリの良いポップ・チューン。高校生当時は気づかなかったけど、Tragedyって悲劇の意味なんだよな。意味が分かると、ちょっとセンチメンタルな歌詞もスッと入ってくる。
ヴォーカリストゆえ、発語快感やフィーリングを優先した歌詞の世界観を論じるのは野暮だけど、チャカの意向を優先したのか、アウトロのブルース・ハーモニカが入っているのは、ミスマッチ感が一周回って、逆に面白い試み。まぁ、たまに違う要素を入れるのは悪くない。
7. Long Distance
当時で言えば、アメリカのスタジアム・ロック、サバイバーっぽい力強いイントロから始まるけど、歌が入れば相変わらずのチャカ節。何かしたかったんだろう。
作詞の杉林恭雄は、当時、同じソニーのオルタナ・ポップ・ユニット:Qujila(くじらのリーダー。一筋縄では行かない屈折したポップスという点では、中身は全然違うけど、志としては似ているところが多かった。
バック・コーラスで存在感を発揮しているのが、まだブレイク前の楠瀬誠志郎。この数年後、「ほっとけないよ」でほっとけないポジションにまで昇りつめることになる彼だけど、当時は男性ソロ・シンガーにとっては分の悪い時代だったこともあって、地味な存在だった。シーケンス/アコースティック双方に対応できる彼の声質は、貴重なバイ・プレイヤーだった。
8. Cubic Lovers
リアルタイムではあまり聴いてなかったけど、CDで聴くようになってから改めて「いい曲じゃん」と気づいた、フワッとしていながら地に足のついたポップ・ソング。ここまで前面に出していたバンド・アンサンブルを最小限にとどめ、シンセオタク・モード全開で、それでいてヴォーカルを活かすよう配慮して作られている。
「ノイズのカレイドスコープ」やら「キュービックの恋人たち」やら「プリズムの虹」やら、深追いすると迷宮入りしてしまう松尾ワールドが炸裂しているけど、あくまでヴォーカル&インストゥルメントをメインとして考えるのなら、イメージ優先の松尾の歌詞は正しい。「何でもかんでも、自己主張入れりゃいいってもんじゃないんだよ」と、心の中で叫ぶ松浦の背中が見えてくる。
9. ガラスの明日
ラストは大団円、という感じでアッパーなロック・チューン。こういったサウンドだとチャカのフィールドだし、実際、歌詞も自分で書いているのだけど、ちょっと不完全燃焼。サビはどうにか勢いで持たせているけど、Aメロの歌い方がうまく消化できていない。
もうちょっと弾けてもよかったんじゃね?と思ってしまうけど、レコーディングに充分時間が取れなかったんだろうか。はたまた松浦が強引にOKテイクにしちゃったか。