好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

Marvin Gaye

まだまだ出てくるマーヴィンの未発表音源(まだあるよ、きっと) - Marvin Gaye 『You're the Man』

folder ローリングストーン誌のウェブサイトで公開されている『幻の未発表アルバム15選』という記事があるのだけど、これがなかなか面白い。評価の定まったアーティストの未発表アーカイブものは、確実なニーズが読めることもあって、近年ではコルトレーンや殿下の発掘モノが記憶に新しいところだけど、世の中にはまだまだ、知る人ぞ知る未発表作品が埋もれたままになっている。
 ビートルズやボウイのように、何曲か差し替えて世に出た作品もあれば、ジェフ・ベックやキッスのように、もはや知るのは本人のみといったモノもあったりして、こういうのっていろいろ想像して楽しめる。キッスなんかは正直俺、そんなに興味ないんだけど、幻のアルバムにまつわるエピソードや経緯を知りたくなるのは、ベテラン・ユーザーならわかってくれるんじゃないかと思う。ルイス・シャイナーが『グリンプス』を著した想い、俺には手に取るようにわかる。
 ここに載ってる以外にも、毎年のようにお宝音源をリリースしているディランなんかは、まだまだネタがありそうだし、キャリアの長いポール・マッカートニーなんかも、掘り下げればいくらでもありそう。
 ニール・ヤングが唯一、2枚ピックアップされているけど、イヤイヤ、まだこんなモンじゃない。現在進行形で自身のウェブサイトで大量のアーカイブを公開しており、しかも新作もリリースし続けているため、今からファンになっても、絶対追いつけない。
 他にも、「細けぇことは後回し」と連日連夜セッションを重ね、まとめるのは後で考えるはずだったのが、志半ばで亡くなっちゃったジミヘン、ここにはリストアップされていないけど、真面目にしっかり楽曲を書き、コンセプトもある程度まとまっているのに、体が弱くてレコーディングが進まないパディ・マクアルーンなど、人にはそれぞれ事情がある。

 ローリングストーンというメディアの性質上、主にロック中心のラインナップなのだけど、唯一のソウル勢で選ばれていたのが、マーヴィン・ゲイ。
 今ではだいぶ名誉回復した『離婚伝説』リリース後、妻には去られ、セールスもドン底になっていたマーヴィンは、起死回生の一発として、時流に合わせたディスコ・チューン「Love Man」をレコーディングする。マーヴィン的には、次世代のセックス・シンボルとして頭角をあらわしていたリック・ジェームスや殿下を蹴散らして、再びスターダムに返り咲くビジョンを描いていた。
 そんな皮算用で、「Love Man」をメイン・トラックに据えたアルバムを制作していたのだけど、またタイミングの悪いことに、450万ドルもの追徴課税がマーヴィンに課せられる。支払いを済ませるには稼がねばならず、手っ取り早い手段として、ワールド・ツアーを行なうことになった。
 なったのだけど、借金返済のためという、すごく後ろ向きな動機のツアーだったため、マーヴィンのテンションは上がらなかった。無気力なステージは客にも不評で、ほどなくツアーは中止となる。プロモーターからの損害賠償もあってさらに借金が増え、追い詰められた彼は自殺を図ることになるのだけど、これはまぁ余談。
 そんなドサクサもあって『Love Man』セッションは中止に追い込まれ、その後も再開されることはなかった。ずっと後になって、当時の編集アルバム『In Our Lifetime』のデラックス・エディションに一部が収録された。ボツ曲を集めたアルバムのさらにおまけ。ヒドイ扱いだな。

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 マーヴィンが所属していたモータウンは、黎明期~全盛期にかけて、シングル中心の戦略で知られていた。当時のメイン・ユーザーがティーンエイジャーだったこともあって、単価の高いアルバムには、あんまり力を入れていなかった。
 「すでにリリース済みのシングル曲をいくつかと、ちょっとデキの悪い穴埋め曲、それでも足りなかったら、適当なカバー曲を少し」というのが、当時のアルバム構成の定番だった。「バラ売りでそこそこ儲けたけど、せっかくだからまとめ売りして、もう少し資本回収しとっか」というユルい方針のもと、特にソウル系のアルバムはそんな方針で作られていた。
 いたのだけれど、時代は変わる。ラジオ・オンエア用に3分程度でまとめられていたヒット・ソングは、60年代中盤あたりから、5分・6分と長くなってゆく。それに伴って、アルバムに求められる役割も、徐々に変化してゆく。
 単なる寄せ集めでしかなかったベスト・ヒット的なアルバムは徐々に減り、代わりに、一貫したテーマで括られたコンセプト・アルバムが主流となってゆく。明るい未来を信じていれば、すべてオッケーでハッピーだった頃とはうって変わり、ベトナム戦争やら公民権運動やら物騒な事象を反映してか、メッセージ性の強いアーティストが台頭するようになる。
 人畜無害なポップ・ソングがリアルに響かなくなった者たちが彼らを見い出し、そして時代のカリスマとして祭り上げた。その影響は広範に渡り、もっぱら歌詞やメッセージには無頓着だったソウル/ファンク系のアーティストにも、深く浸透してゆく。これがニュー・ソウル。

 で、この当時、すでに世界的なディストリビューターとなっていたモータウンは、そういった新しい潮流には慎重だった。どれだけ大規模なグローバル企業とはいえ、根っこはベリー・ゴーディが一代で築き上げた個人企業である。裸一貫でのし上がってきたオーナーの鶴の一声は絶対で、どれだけトレンドが変化しようとも、旧来の方針を崩すことはなかった。
 誰からも愛される、人畜無害なポップ・ソウルは、根強い需要のあるジャンルだった。ゴーディとスモーキー・ロビンソンによって確立されたヒットの方程式は、一般企業でいえば社是や営業方針のようなものであり、そう易々と変えられるものではなかった。
 モータウン黎明期から深く関わり、社内ではそれなりのポジションを築いていたはずのマーヴィンでさえ、経営陣にとっては、コマの一つでしかなかった。「歌いたい歌」と「歌わされる歌」とでは大きな差があり、入れ込み方も違ってくるのだけど、方程式にはずれたサウンドを許すレーベルではなかった。
 ナット・キング・コールのようなシンガーになりたかったマーヴィンにとっては、代表的ヒット曲である「Ain't No Mountain High Enough」も「Stubborn Kind of Fellow」も邪道でしかなかった。「本当の自分はこんなんじゃないんだ」と思い詰める反面、あくまで仕事と割り切りながら、ステージではにこやかに振る舞っていた。
 とはいえ、ゴーディの姉アンナと結婚していたマーヴィン、多少は製作に関与できる立場にあったことを利用して、スタンダード・ナンバー中心のアルバムをいくつかリリースしている。正直、自己満足の極みであんまり面白い作品ではなく、実際売れ行きも良くなかったけど、オーナー親族だからできたワガママと言える。
 ちなみにこの夫婦の年の差は、なんと17歳。アンナ41歳に対してマーヴィン24歳。全然関係ないけど、小柳ルミ子と大澄賢也が13歳差だった。ペタジーニなんて25歳差。だから何だってんだ。

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 実質的な婿入り状態でストレスも溜まっていたのか、「俺がやりたい音楽はこんなんじゃねぇんだ!」と開き直って作られたのが「What’s Going On」だけど、当初はこの曲、シングル・リリースが危ぶまれていた。
 モータウン社内で毎週月曜の朝に行なわれるシングル選定会議にて、ゴーディはこの曲に難色を示した。従来のベルトコンベア・システムから明らかにはずれたメッセージ性とサウンド・アプローチは、ヒット仕掛け人の興味を引かなかった。
 取り敢えず稟議は通ったけど、出荷枚数を絞ってリリースされた「What’s Going On」は、予想を超える大ヒットとなる。そればかりでなく、リリース当時から時代を、いやソウル・ミュージック全般を代表するアンセムとして、不動の地位を確立した。
 その反響も冷めやらぬうちに、突貫工事で同名アルバムが制作されることになる。

 で、さらにその後、アルバム『What’s Going On』リリース以降のセッションを中心にまとめたのが、この『You’re the Man』。『What’s Going On』と『Let’s Get it On』との空白をつなぐミッシング・ピースという位置づけである。
 とはいえマーヴィン、この時期に何もしていなかったわけではない。ていうか、まとまった形にはなっていないけど、かなり多くの音源が残されている。
 『What’s Going On』の成功によって、いわゆる社会派ソウル・シンガーというポジションを得たマーヴィン、期待のかかった次回作として、政治問題に焦点を当てた「You’re the Man」をリリースするのだけど、これがUS50位の大爆死。思いっきり肩透かしになった影響で、この時のセッションはほとんどがお蔵入りしてしまう羽目となった。今回のアルバムは、これが核となっている。
 ちなみに他の収録曲だけど、良い意味で言えば、バラエティに富んでいる。言ってしまえば、まとまりがないとも言える。
 モータウン所属のルーティンとして、従来路線のポップ・ソウルも入っていれば、前述の自己陶酔型スタンダード・バラードなんかも脈絡なく収録されている。共通しているのは同時期のレコーディングというだけで、そんな支離滅裂なラインナップを強引にまとめたのが、『You’re the Man』というアルバムなのだ、って結論。
 ある程度まとまったコンセプトで行なわれた『Love Man』セッションとは、成り立ちが大きく違っている。
 なので、ひとつのコンセプト・アルバムとして捉えるのではなく、いわゆるドキュメンタリーとして、「この時期のセッションをざっくりダイジェストでまとめました」的な、ビートルズの『Anthology』みたいなアルバムと考えた方が、スッキリする。

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 とはいえ、伏魔殿と化したモータウンの倉庫には、まだ手つかずの未発表音源が、膨大に残されているはず。『What’s Going On』なんて、10年ごとにデラックス・エディションがリリースされているけど、常に発掘音源が追加されているもの。
 まだまだあるよ、きっと。


You're The Man
You're The Man
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Marvin Gaye
Motown Records (2019-04-26)
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1. You're the Man
 ソウル・チャートでは7位と健闘したのだけど、大統領選挙を皮肉った題材が白人層には不評だったのか、総合チャートでは大苦戦してしまったシングル。そんなフィルタリングとは無関係に、マーヴィン流ソフト・ファンクの完成形として成立している。丁寧に重ねられた多重コーラス、コンガやパーカッションを多用したオーガニックなリズム・パターン、FunkadelicやIsley Brothersの影響もそこかしこに窺えるギター・カッティングなど、どれもこれまでに培った文法だけど、それらがすべて高いレベルにブラッシュ・アップされているのが、この曲の完成度を押し上げている。
 『Let’s Get It On』デラックス・エディションには2つのオルタネイト・テイクが収録されており、ヴァージョン1はだいぶ完成形に近いけど、ヴァージョン2はリズムがモッサリかつ無駄なストリングスが勢いを殺してしまっている。この辺はモータウンの従来の流れなんだろうな。



2. The World Is Rated X (alternate mix)
 初出は1986年、コンピレーション・アルバムのプロモーション・シングルという、何だかよくわからない経緯でリリース。言っちゃえばラジオや雑誌への宣伝で作られたモノなので、チャートに入るはずもなく、一般に知られる前に幻となってしまう。
 タイトルからして物々しそうだけど、「You’re the Man」より一般ウケしそうなエモーショナルなポップ・ソウルなので、セッション丸ごとボツになってしまったのは、とんだトバッチリ。オフィシャルに発売されたのはその6年後、コンピレーションの未発表目玉トラックのひとつとして、やっと日の目を見た。

3. Piece of Clay
 レア・グルーヴ界隈では、プログレッシブな長尺イントロが印象的なファンク・チューン「Share My Love」で知られ、ロック好きにはマーク・ボランの最期の恋人として知られるグロリア・ジョーンズ。モータウンの伝説的なプロデューサー・チーム「クラン」の重要メンバーだったパム・ソーヤーが、グロリアとマーヴィンを引き合わせて作られた、ゴスペルライクな泥臭いバラード。冒頭の長いディストーション・ギターが強いインパクトだけど、なんか全体的にジェフ・ベックっぽい。
 プロデュースのアクが強すぎるためか、マーヴィンのキャラはちょっと薄め。

4. Where Are We Going? (alternate mix 2)
 『Let’s Get It On』デラックス・エディションが初出となった、かなりポップ寄りのチューン。手掛けたのは、当時、ブルーノートとモータウンを股にかけて、ソウル/フュージョンのヒット・アルバムを連発していたミゼル・ブラザーズ。ジャズ界の大御所Donald Byrdにすり寄って、ライト・フュージョンのアルバムを作らせたり、ジャクソン5を泥臭くない大人のポップ・ソウル路線に導いたりなど、どんなアーティストでのポップでライトにイメチェンしてしまうのが特徴。過剰なプロデュース・ワークが持ち味であるけれど、それでいてキャラクターや持ち味を殺したりはしない、なかなか策士の兄弟である。
 当時のマーヴィン定番のソフト・ファンク風味はほとんどないけど、成長したポップ・ソウルといった点において、マーヴィンとの相性はかなり良い。せっかくなら、もっと彼らとのコラボレーションを聴きたいところだけど、今のところ存在が明らかになっているのは、これと「Woman of the World」のみ。
 いやいや、もっとあるでしょホントは。



5. I'm Gonna Give You Respect
 ここから4曲は、自らアーティストとしても活動していたプロデューサー:ウィリー・ハッチが手掛けている。代表作とされるのが、映画『Foxy Brown』のサウンドトラックで、シングルでは目立った成績は残していない。
 如何ともしがたい泥臭さと垢抜けなさは、いわば古き良きモータウンの伝統に則った作風ではあるけれど、時代的にはちょっと乗り遅れている印象。マーヴィンの繊細さにアグレッシブなストリングスやブラスを加えた『Foxy Brown』を作った人だから、センスはいいはずなのだけど、まぁプロデューサーとしては無難なサウンドになっちゃうんだろうな。

6. Try It, You'll Like It
 同じ泥臭さでも、これはまた別路線で、サザン・ソウルに挑戦したナンバー。サウンドはしっかり作られているし、マーヴィンも頑張ってシャウトしてるけど、まぁ柄じゃないんだよな。

7. You Are That Special One
 マーヴィンというより、ミラクルズやテンプスなど、和声コーラス・グループに歌わせた方が映えるチューン。もっとリズム・セクションを大人しくさせて、10年後にレコーディングしたら、「Sexual Healing」並みに化ける可能性も窺える。

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8. We Can Make It Baby
 エモーショナルなポップ・ソウルという点においては、充分な秀作。ウィリーにとってもマーヴィンにとっても、いわばルーティンとなったセッションだけど、商売っ気に走れば、保守的なファンにはそれなりに好評だったはず。こんな良質な楽曲が埋もれてしまうとは、モータウンの品質基準が相当高かったか、それともやはり、時代の変化だったのか。

9. My Last Chance (Salaam Remi remix) 
 エイミー・ワインハウスやフージ-ズを手掛けたプロデューサー:サラーム・レミがリミックスを手掛けている、ってのがウリになるのかどうか、そんなツッコミは抜きにして、まぁ良質のポップ・バラード。単にメロウに流れ過ぎず、メリハリの効いたオケがバランスをうまく取ってるけど、こういう曲ならスモーキー・ロビンソンの方がうまいんだよな。

10. Symphony" (Salaam Remi LP mix) 
 テイストとしては『What’s Going On』のラストを飾るバラード「Wholy Holy」に近い。2019年の感覚でリミックスしているおかげもあって、サウンドにエッジが立っている。なので、こういったバラード特有のモワッと感はかなり軽減されている。

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11. I'd Give My Life for You (Salaam Remi LP mix) 
 ゴージャスなオーケストラをバックに、陶酔しながら歌うマーヴィン。本人がやりたいと言ってるのだから、周囲がどうこう言うのはお門違い。まぁモータウンがプレッシャーかけるのは当然として、一般ユーザーからすれば買わなきゃいいだけの話だし。

12. Woman of the World
 再びミゼル・ブラザーズのプロデュース。コーラス・アレンジやコール&レスポンスに古き良き伝統を引き継いで入るけど、基本リズムやアンサンブルは、マーヴィンの意向が大きく反映されている。ドナルド・バード『Street Lady』が初出だけど、オリジナルはこっち。これもソフィスティケイトされたポップ・ソウルとして高レベルだけど、当時のファンク路線とは違うよな、やっぱ。

13. Christmas in the City
 クリスマスをテーマとしたインスト。ソウルの枠を軽く飛び越えたムーグの独創的な使い方なんかは、のちの「After the Dance」にもリンクしている。まぁクリスマスっぽさなんかないので、テーマに捉われる必要はない。

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14. You're the Man (alternate version) 
 『Let’s Get it On』デラックス・エディションのヴァージョン2の方。前述したように、まだ手探り状態っぽいデモの段階。まぁ設計図のひとつとして、歴史的資料としての位置づけ。

15. I Want to Come Home for Christmas
 ベトナム戦争で捕虜となった友人や弟に捧げられた、帰還を願うクリスマス・ソング。当初、シングル発売の予定だったが、泥沼状態だったベトナム関連をテーマとすることをモータウンは良しとせず、当時はお蔵入りとなった。
 演奏やアレンジは至ってシンプルに、ストレートに思いのたけを込めたヴォーカルは、この時期では群を抜いたクオリティ。ブリッジ部分のクールなモノローグを挿入するあたり、この辺は稀代のサウンド・クリエイター:マーヴィン・ゲイのセンスが炸裂している。

16. I'm Going Home
 1995年にリリースされた4枚組アンソロジー『The Master (1961–1984)』で日の目を見た、『What’s Going On』セッションの未発表曲。マーヴィンにしては珍しい、シンプルなブルース・スケールのナンバー。そりゃマーヴィンだから、それなりの形にはなっているけど、やっぱ何かフィットしないよな、当たり前だけど。

17. Checking Out (Double Clutch)
 ラストも『What’s Going On』セッションのアウトテイクだけど、最後にとんでもないものが。ほぼダビングなし、ファンク・スタイルのスタジオ・セッションに、マーヴィンのポエトリー・リーディングで構成された一品。真摯なメッセージをストレートに伝えるため、メロディを抜いた語りという手段はとても有効だけど、まぁシングルにしてもアルバムに入れるにしても、ちょっと難しい。やってみたはいいけど、収まりどころがなくて未発表になったと思われる。なので、見方を考えれば、こういったコンピレーションに入れるのが、最もフィットする。



The Master 1961-1984
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MARVIN GAYE/BEST OF.
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ある意味、究極の羞恥プレイ - Marvin Gaye 『離婚伝説』

folder 商業主義が強くなり過ぎた既存ソウル・ミュージックのアンチテーゼとして、70年代初頭に興ったニュー・ソウル・ムーヴメントは、1976年のStevie Wonder 『Songs in the Key of Life』を頂点として、その後は緩やかな衰退の道を辿ることになる。
 Donny Hathawayは心身ともに疲弊し切って入退院を繰り返していたし、Isaac Hayes はとっととニュー・ソウルに見切りをつけてディスコに鞍替え、その特異な風貌を生かして俳優業にも手を染めていた。Curtis Mayfieldも次第にニュー・ソウル路線に行き詰まりを感じ、それでディスコに手を染めてみたけど、これがもう目を覆っちゃうくらいの駄作の連発、レアグルーヴ・ムーヴメントで再評価されるまでは、リタイア同然になっていた。栄枯盛衰。

 それまで保守的だったソウル・ミュージックの世界に、ジャズやアフロなど異ジャンルの要素を積極的に取り入れたニュー・ソウルは、お手軽なポップ・ソウルよりずっとソフィスティケイトされたサウンドで構成されていた。ブラック・ミュージックのメイン・ユーザーがブルー・カラーの黒人層だけでなく、ホワイト・カラーの白人層リスナーの割り合いが多くなったのは、ニュー・ソウルの影響が大である。他愛ないステレオタイプのラブ・ストーリーが多かった歌詞も、ベトナム戦争から着想を得た反戦や環境問題、人種差別にも鋭く切り込む内容が多くなった。
 シリアスな事象をシリアスに語るスタンスは、何も彼ら独自のものではなく、むしろ白人フォーク/ロック勢の成熟に呼応して生まれたものである。左翼的なスタンスを表明することが、アーティストとして最もヒップであったのが、60〜70年代前半のミュージック・シーンである。

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 ただ人間、事あるごとに眉をひそめ、人生の意義だ精神の深淵だについて考え続けることは肩が凝る。みんながみんな、音楽に哲学を求めているわけではないのだ。部屋に独り籠ってレコードのライナーノーツを読み漁るより、外に出てみんなでディスコでフィーバーすることも必要なのだ。
 グダグダな結末となったベトナム戦争の終焉と前後するように、ニュー・ソウルのアーティストはことごとく失速するか、ディスコへ鞍替えすることになる。

 1978年のビルボード年間シングル・チャートのトップ100リストを見てみると、上位はほぼBee Gees一派の独り勝ちとなっている。トップ10中、Bee Geesが3曲で末っ子のAndy Gibbが2曲、これだけでもう半分を制覇しており、当時のディスコ・ブームの勢いがどれだけだったのかが象徴されている。
 で、ロック系でチャートインしているのはもっと下、やっと15位でClapton が登場。続く16位がStonesだけど、これが「Miss You」。やっぱディスコだ。ずっと辿っていくと、John Travolta やChicも顔を出しており、全体的にロック系は影が薄い。1978年といえば、ちょうどパンク/ニューウェイブで一旦トドメを刺されちゃった頃なので、分が悪かったのだ。
 別の見方として、これをモータウン縛りで見てみると、10位にCommodoresが入ってるのみ、かつては「ヒット・ファクトリー」とも称された60年代の栄華と比べると、かなり深刻な状況になっている。しかも彼らもディスコだし。稼ぎ頭だったJackson 5は独立、Diana Rossはハリウッドに行ったままだったし、Stevieも『Secret Life』なんて、ヒット性無視したアルバム作っちゃうし。

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 チャート的には目立たなくとも、新たな方向性を模索して前に進んでいるだけ、彼らはまだ良い。そんな彼らを横目で見ることすらやめてしまい、すっかり後ろ向きにひねくれちゃったのが、お待たせしましたここでMarvin登場。
 この時期に限らず、彼の歩んできた道のりは常にこじれて歪んでいたのだけど、特に70年代はプライベート面でのトラブルが頻発していた。

 何しろ、活動休止して本気でアメフトの選手を目指したり、Nat King Coleのようなジャズ・スタンダード歌手への憧れが過ぎるあまり、会社の方針に沿ったポップ・ソウルのヒットの見返りとして、ジャズ・スタンダードを集めた自己満足アルバムをリリース、しかもそれが全然売れず周囲に白い目で見られても、それでも好きだからしつこくコンサートでもわざわざ1コーナー設けて悦に入ったりして、こうして書いてると、なかなかめんどくさい男である。
 これって典型的なミッドライフ・クライシス、若いうちに会社の敷くレールに乗って、いつの間にか中堅ポジションになっちゃったけど、自分で成し遂げた感が薄いので、まだ別の可能性があるんじゃないかと思い立って一念発起、突然会社を辞めてバックパッカーとして世界一周に旅立つサラリーマンと思考は一緒だな。

 普通のサラリーマンも大スターどちらにも言えることだけど、いくら思い立ったとはいえ即行動は困難、これまでのしがらみを整理することは容易ではない。好調不調はあれど、Marvinは終始モータウンの稼ぎ頭だったし、ほぼ創業当時からのメンバーだけあって、それなりに営業責任も負わざるを得なかった。単なる生え抜きだけならまだしも、社長Berry Gordyの実姉Anna と結婚しちゃってるので、良く言えば出世街道まっしぐら、悪く言っちゃえば会社とズブズブの関係である。ここまで外堀を埋められては、会社中心の人生を送らざるを得ない。
 彼がAnna と結婚したのは1963年。モータウンは設立から4年、Marvinも24歳と、まだどちらも成長過程を歩んでいる段階だった。ちなみに彼に対して当時のAnna、なんと17歳年上の41歳という年の差婚だった。普通に考えて、Marvinからのアタックとは考えずらく、やり手中年女性の手練手管による若いツバメの籠絡、といった感が強い。
 まぁほんとのところは2人だけにしかわからないので、熟練の技に翻弄されたのか、それとも純粋な恋愛結婚だったのか、今となっては不明。でも、その後10年に渡って婚姻関係は続いて一男を授かっているし、当時はツアーだレコーディングだでMarvinも家を空けることが多かったから、たまに逢うことで新鮮が保たれていたんじゃないかと思われる。

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 デュエットにおける最高のパートナーTammi Terrell とのロマンスが「あった」とか「なかった」とか、三面ゴシップ的な噂は当時から囁かれていたけど、実際のところはそれほど色っぽい関係ではなかったらしい。四六時中、仕事で顔を突き合わせているため、恋愛対象として見るには双方ともあまりに近過ぎてしまい、むしろ兄妹のような関係だった、というのが近年の通説になっている。
 当時のアルバム・ジャケットやポートレートを見ればわかるように、水も滴るセックス・シンボルとして売り出されていたMarvinだからして、生涯女性の影が切れることはなかった。往年のスター伝説によくある乱痴気騒ぎも一度や二度ではなかった、とは当時の事情通、または関係者の弁。ほんとかよ。
 年上女房ゆえの余裕か、はたまた芸人の妻としての心構えだったのか、Anna はそんな彼の所業を諌める素振りは見せなかったようである。まぁ、「亭主元気で留守がいい」とはよく言ったもので、彼女自身も悠々羽根を伸ばしてセレブライフを楽しんでいたんじゃないかと思われる。

 音楽キャリア的には『What's Going on』を契機とする、「静謐でありながらグルーヴィーなジャジー・ソウル」という新境地を見いだし、ここからニュー・ソウル期に突入する。ただ、未曽有の成功と引き換えに増大するプレッシャーはハンパなかったのか、同時にますますセックスとドラッグに耽溺するようになる。
 1973年、その後2番目の妻となるJanis Hunterと恋に落ち、一男一女を授かるのだけれど、すでに別居中だったAnnaとの関係を清算していなかったため、事態はグタグタになる。泥沼のプライベートから刹那的に逃避するため、ますますドラッグにのめり込むMarvin。
 それでもこの時期、『Let’s Get it on』 〜 『I Want you』といった、後世に残る名作を連発しているのだから、人ってわからぬもので。

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 いつまでもはっきりした態度を示さないMarvin に痺れを切らしたAnna、遂には彼に見切りをつけ、離婚に向けて訴訟を起こすことになる。Marvinへの請求額は100万ドル。当時の貨幣価値はよくわからんけど、いくらトップスターとはいえ、右から左へ簡単に動かせる金額ではないことは確か。ていうか、これってもはや単なる夫婦間の問題じゃなくって、Marvinが相手にするのは事実上モータウンだし。勝てるわけねぇよなぁ。
 長きに渡る示談交渉の末、支払い能力のないMarvin に課せられたのが、次回リリース予定のアルバム印税を、慰謝料の補填に充てること。Anna 側としては、最初からそんな筋書きだったんじゃないかと思われるけど、わかっていながらできるだけMarvinを消耗させることが目的だったのだろう。
 その思惑通り、長期化した裁判によってMarvin、心身ともに大きく消耗した。安定した地位と家庭を棄てるほどの熱愛だったJanisとも不仲になり、結局、短期間で離婚という結末を辿る。そりゃそうだよな、大抵の不倫カップルって慰謝料・養育費が負担になるから、将来性が限定されちゃって、結局あんまりうまく行かないんだよな。
 で、結審後は当然だけど、モータウンの中でも微妙なポジションとなってしまい、活動も次第に地味になってゆく。会社側としても、正直、積極的なプロモーションはしたくなかっただろうし、ぶっちゃけ「契約満了したらとっとと出てけ」とまで思ってたことは想像できる。

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 そんな経緯で製作されたのが、この『離婚伝説』。原題は『Here, My Dear』だけど、正直こっちの邦題の方がしっくり来る。しっかしこんなタイトル、よくモータウンが許したよな。
 恐ろしくネガティヴな内容ゆえ、ディスコグラフィの中でも鬼っ子扱いの期間が長かった『離婚伝説』。数少ないレビューを読んでも、詳細なのは制作経緯ばかりで内容に触れられることはほとんどなく、聴く前から気持ちが萎えてしまった『離婚伝説』。CBS移籍後の復活作『Midnight Love』が名盤過ぎたうえ、しかもそれが遺作となってしまったがため、どうしても影が薄い『離婚伝説』。印税稼ぎと早期の契約消化が目的なのか、ソウルにしては珍しく2枚組の大作で、高くて買いづらい『離婚伝説』。
 ただ、近年はデラック・スエディションでリリースされるなど再評価の兆しが見え、またソウルというジャンルにおいて、私小説的スタイルの作風のパイオニアとして、以前より間口は広がっている。
 ベーシックのサウンドは、「多重コーラス+マイルドな響きの複合リズム」という路線を確立した『I Want you』の進化形なので、先入観を抜きにすれば、熟成された後期Marvinを堪能できる。


Here My Dear
Here My Dear
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Marvin Gaye
Motown (1994-04-05)
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1. Here, My Dear
 『Let's Get it on』的ネチッこいギターを弾くのは、これがMarvinセッション初参加となるGordon Banks。以後、彼は最期まで最良のパートナーとしてMarvinに尽くした。荘厳と鳴り続けるフェンダー・ローズを操りながら、全編モノローグで通すMarvin。
 語られる内容はタイトル通り、Annaへの愛の言葉。泥沼離婚にもかかわらず、自己憐憫にも満ちた独白で幕を開けるのは、穿った見方をすれば揉め事にならぬための事後対策とも取れる。冒頭から怒りをぶつけて名誉棄損で訴えられるとシャレにならないし。ていうか、そんな歌詞をモータウンが通すはずもないか。
 当時の邦題『ある男のひとりごと』。そのまんまやないけっ。

2. I Met a Little Girl
 シームレスで続くこちらも『Let's Get it on』風サウンドでまとめられている。ただ内容が内容だけにヴォーカルに覇気が薄く、ファルセットにも力がこもっていない。歌詞は思いっきり後ろ向きな内容なだけに、正直、歌詞の内容さえ無視すればサウンド的にはMarvinサウンドの完成形。いつまでもエンドレスで聴いていられる桃源郷。
 ちなみに邦題『愛の試金石』。

3. When Did You Stop Loving Me, When Did I Stop Loving You
 ここからメロディは不穏に満ち、モノローグも少し不安げになっている。これが演技だったとしたら、すごい人たらしだよな、この人って。
 ソフトなファルセット・コーラスにシンプルなリズム・セット、薄くかぶせたローズを基本サウンドとして、そこにアクセントとしてサックスを噛ませてしまうところが、彼の絶妙なセンスを感じさせる。2分過ぎの唐突なシャウトが好きで、時々聴きたくなってしまう曲。後年、Daryl Hallがソロ・アルバム制作時、この曲にインスパイアを受けて「Stop Loving Me, Stop Loving You」を書き下ろしている。
 邦題は「涙のむこう側」。



4. Anger
 安めのTVサントラにでも収録されてそうな、幕間的なメロウ・ファンク。「Let’s Get it on」を共作したEd Townsendと再度タッグを組んでおり、確かにその時代のテイストが強い。
 タイトル通り、邦題もそのまんま「怒り」。一応、人生への苦悩や精神的な苦痛に対しての怒りをテーマとしているらしいけど、まぁ正直、Annaへの怒りだよな、これって。Marvinも聖人ではないのだから、自己憐憫だけじゃなく、内に秘めた怒りだって外に出したっていい。でも、内輪でグチるだけならまだしも、記録媒体で流通させる類の内容じゃないよね、これって。それとも、究極の羞恥プレイか?
 一応、カナダではシングル・カットされたらしいけど、チャートインせず。

5. Is That Enough
 ここからアルバムB面。スムース・ジャズの先駆け的な、フュージョン色の濃いトラックに乗せて、脱力系のヴォーカルを披露するMarvin。楽曲としては、後期Marvin好きにはたまらない世界ではある。でも邦題は「恋鎖反応」。凝りすぎたがあまり、逆に笑っちゃうタイトルで損してる。サックスの音色はジャズ成分は薄く、ソウル風味が強いので、退屈にならない。

6. Everybody Needs Love
 再びEdとの共作。やっぱり「Let’s Get it on」の世界。そっちに混ぜちゃっても判断つかないし、むしろもっと早く正統な評価が得られたんじゃないかと思われる。今となっては「隠れた名曲」扱いだけど。
 邦題は「愛の重さ」。原題と全然違うじゃん。誤解されやすいタイトルばっかりつけやがって。

Marvin Gaye

7. Time to Get It Together
 ここまで脱力系やらスムース・ジャズっぽい、まったりした音が多かったけど、数少ないアップテンポ・ナンバー。とは言ってもBPMは早いけど得意の複合リズムによって、性急な印象はない。
 効果的なファルセットの使い方、ドラッグ禍や自身の鬱病を告白する歌詞など、リアルな緊張感がクオリティを押し上げており、この時期の彼の作品の中でも秀逸の出来栄え。でもやっぱり邦題が「時の流れにまかせて」。確かにその通りだろうけど、なんでテレサ・テンなの。でも考えてみれば、こっちの方が先に出てるか。

8. Sparrow
 ここからアルバムは2枚目に突入。オープニングはデキシーっぽいホーンによって彩られたジャズ・ナンバー。ソウルMarvin好きなら常識だけど、彼のスタンダード・チューンははっきり言って面白くない。この曲もホーン・セクションがメインとなって、Marvinのコーラスもサウンドの一部として引っ込んでいる。ちょっとフリーが入ったErnie Fieldsのサックス・ソロがちょっと面白いけど、全体のムードにはあってないよな、これって。

9. Anna's Song
 ついに真っ向から、Annaへの思慕や悔恨を歌い上げるMarvin。過剰なエコーと薄いバックトラックは、もう彼の独壇場。作ってるときはほんとこんな気分だったのだろうけど、二度と聴き返したくなかったんだろうな。作ってから後悔してしまう類のウェットなバラード。
 中島みゆきも「うらみ・ます」は一発録りだった、とのことだし、この曲からも同じ臭いを感じる。邦題は「別れた女へ」。そのまんまやないけ。

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10. When Did You Stop Loving Me, When Did I Stop Loving You (Instrumental)
 多少のヴォーカルは入っているけど、まぁほぼカラオケ的なトラック。サックスがヴォーカル代わりに唸っている。こういうインタールード的なインストって、普通は1~2分程度のコンパクトなものだけど、ここでは何故か6分以上も尺を取っている。正直、必然性はあまり感じられない。収録時間のバランス調整で引き伸ばされた、と言われても素直に納得してしまうくらい、正直冗長な曲。
 逆の見方をすれば、冗漫な婚姻生活を象徴するため、敢えて引き伸ばしたのかもしれない。考え過ぎかな。

11. A Funky Space Reincarnation
 シングル・カットされ、R&Bチャート最高23位、ポップ・チャートでは106位を記録。これまでのMarvinシングルのアベレージはクリアできていないけど、従来のアーバンなグルーヴィー・ソウルではなく、同時代に活躍していたPerliament / FunkadelicやEarth, Wind & Fireから着想を得たスペース・ファンクは新境地。長すぎるのがちょっと惜しいけど、この路線はもう少し進めてもアリだったんじゃないかと思われる。だってカッコいいんだものMarvin。
 邦題はそのまんま「輪廻」。いや確かにその通りだけど、売ろうとする気がまるで見られない。何やってたんだ、当時の日本盤ディレクター。



12. You Can Leave, but It's Going to Cost You
 Marvinお得意のジャジー・ソウルだけど、ジャズ成分はこのくらいに抑えておいた方が彼の場合、ヴォーカルも多種多様で面白い。かしこまり過ぎると、途端につまらなくなってしまうのは、遂に最期まで治ることはなかった。邦題は「愚かな代償」。これもその通りなんだけどね。しかしネガティヴなタイトルばっかりだな。

13. Falling in Love Again
 細かく刻まれるリズム・パターンと、程よく情熱的なサックス・ソロ。「What’s Going on」が好きなライト・ユーザーにも聴きやすい、様々なレアグルーヴのコンピにも使われることの多いグルーヴィー・チューン。ほんと、このアルバムに収録されているのが惜しいくらいの出来である。「I Want You」にでも収録されていれば、もっと早く注目されていたかもしれないのに。4分強というコンパクトなサイズの中に、Marvinの良質なエッセンスが詰め込まれている。
 邦題「男は夢追い人」。ここに来て開き直ったな。

14. When Did You Stop Loving Me, When Did I Stop Loving You (Reprise)
 最後はほんとあっさり、1分に満たないエピローグ。長い曲ばっかりだったので、ここに来てやっと一息。でも、同じ曲を意匠変えて3回も繰り返すのは、ちょっとやり過ぎだったんじゃないかと思う。



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ブラコン・サウンドの始まりがコレ - Marvin Gaye 『Midnight Love』

folder 1982年リリース、オリジナルとしてはMarvin生前最後の作品。当時US7位UK10位というチャート・アクションは「あれこんなもんだったの?」という印象。ただアメリカではトリプル・プラチナム獲得というデータもあるので、相当息の長い売り上げ動向だったことがわかる。
 明確に表れた数字もそうだけど、その後数十年に渡るメロウ系R&Bの方向性を決定づけた一大名曲「Sexual Healing」が収録されているおかげもあって、Marvinとしては後期の名盤として位置づけられているアルバムでもある。あるのだけれど、反面、この曲の印象が強すぎて、他の収録曲は影が薄い。正直、俺も他にどんな曲が入ってるのか、つい最近まで知らなかった。何度も繰り返し聴いているので、知らないというのは正確じゃないのだけど、あまり印象に残っていないのは確か。それくらい「Sexual Healing」のインパクトが強すぎるのだ。

 基本のリズム・セクションをしっかり組み立て、その上にホーンだコーラスだ混声ヴォーカルだ鍵盤だパーカッションだと、これでもかというくらいまで音を重ねてサウンドに厚みを出す。アンサンブルが安定してくると、今度は必要のないパートを抜いていく。サウンドのバリエーションは減衰するけど、その分、各パートの受け持つ比重が大きくなり、結果的にひとつひとつの音は太くなる。さらに必要な音だけを残し、全体をビルドアップしてゆくと、最後には強靭なリズムが残る―。
 これがJBを始祖とするファンクの基本的な流れであり、これまでのMarvinの音楽性の変遷も同様なのだけど、このアルバムの場合、ちょっと事情が違っている。構築された音からマイナスしてゆく作業ではなく「最初から条件が限られていた」という点において、ニュアンスが違ってくる。結果的にはリズムの強さは残ってるんだけどね。

 モータウン創成期から在籍していたMarvin、その卓越した才能は誰もが認めるものだったけど、レーベル・オーナーBerry Gordyの姉Annaと結婚することによって、社内での立場はさらに盤石のものになった。レーベルの要請に応じてヒット狙いのポップ・ソウルを歌いながら、もともとの志向であるスタンダード・ジャズのアルバムもリリースされていたのは、オーナー一族の威を借りていたからに他ならない。セールス的には充分な売り上げとは言えなかったけど、モータウンからすれば、それまでの貢献に応える功労賞的なもの、穿った見方をすれば、一種の税金対策でもあったのだろう。
 自己陶酔の色彩が強い一連のアルバムからは、Marvinのメロウな感性がほとばしっており、従来のモータウン・ユーザーにアピールするものではない。ただ労務管理的な視点で見れば、時にこういったガス抜きをしておくことによって、何かと弄しやすくなるし。

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 そんな感じで、肩までどっぷりモータウンの社風に浸かり、幹部クラスの立場を謳歌していたMarvin だったけど、Annaとの別離を機に状況は一変する。もともとMarvin自身、それほど彼女に興味があったわけでもなく、交際に積極的だったのはAnnaの方である。Marvinとしては一種の政略結婚という判断で入籍しただけで、当初から愛情はなかった、というのが定説となっている。
 ハナから愛情がないのだから、冷めようもない。すれ違いの生活が続いた末、結局は離婚という結論に落ち着くのだけど、そうなるとMarvin の社内での立場も変わってくる。
 いくらレーベル内でもトップの稼ぎ頭とはいえ、所詮、経営陣は身内で固めた同族企業、一旦外様になってしまえば待遇も違ってくる。膨大な慰謝料を支払うために2枚組大作『Hear My Dear』をリリースするのだけど、これがセールス的には大幅に苦戦したため、目論見が狂ってしまう。最後にはGordy一族に身ぐるみ剥がされてしまった上、モータウンとも契約解除、自己破産の憂き目に会ってしまう。
 ちょっと冷静に考えれば、オリジナル2枚組のソウル・アルバムなんて、そうそう売れるはずもないのに、手っ取り早く稼いで楽になろうと思ってしまったのが、そもそもの転落の始まりである。まぁ、それだけ追い詰められていたのだろうけど。

 捨てる神あれば拾う神あり、とはよく言ったもので、そんな落ちぶれた彼を支援する者がいた。
 彼の名はHarvey Fuqua 。Marvin ソロ・デビュー前に所属していたドゥーワップ・グループMoonglows のリーダーで、彼をエンタテインメントの世界に導いた恩師である。かつてはFuqua自身もモータウンに所属していた縁もあって、その後もMarvinとの交流は続いていた。
 wikiを見ると、Fuqua自身はヒット・メーカーというよりは、裏方的なコーディネーター、もっと言ってしまえば仕掛け人・フィクサーという印象が強い。そんな人物だからして、失意のどん底にあったMarvinに、純粋な好意だけで手を差し伸べたとは思えないのだけど、まぁ結果的にはみんなが丸く収まったわけで。
 あらゆる方面へのツテを持つFuquaの助力によって、なぜか新天地ベルギーにてコロンビアとの契約を取り付け、第2の黄金期に突入したのは周知の通り。

 かつてのMarvinなら、自身の声を重層的に組み合わせたコーラスで空間を埋め、柔らかなアタック音のコンガやパーカッションによって有機的なポリリズム・ビートを配し、David T. Walkerのまったりしたギター・プレイをあしらったりしていたのだけど、ここではそれが一変している。これまで培ってきたレコーディング・テクニックをすべてチャラにして、最小限で調達したパーツを無駄なくシンプルに活かしたサウンド・デザインになっている。
 名作『I Want You』で完成を見た分厚いコーラスは影を潜め、エコーも最小限にとどめている。小さなバジェットという条件下、シンセやキーボード、リズム・ボックスの基本的なシーケンスもMarvin 自身が行なっており、そこで浮いた予算をブラス・セクションとGordon Banksのギターに投入している。曲によってはコンガやドラムも自身で叩いているのだけど、まぁもともとドラマーでデビューしているのだから、その辺はお手の物だとして。何しろ予算が限られているのだ。
 自社スタジオを構えていたモータウン在籍時には気にも留めなかった、スタジオや機材のレンタル費用などにもシビアにならざるを得ず、サウンドとしてはチープである。演奏パートだけ聴いていると、デモテープ・レベルのクオリティの楽曲もある。もう少し予算と時間があれば、サウンドもじっくり熟成されるのだろうけど、そうしちゃうと「Sexual Healing」のニュアンスも失われてしまうわけで、なかなか難しいところ。

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 時代を彩った名機TR-808を駆使して創り上げられた名曲「Sexual Healing」について散々語られているのが、「経済的な事情が云々〜」というのが定説となっている。いるのだけれど。
 ちょっと穿った見方かもしれないけど、いわゆるアナログ・レコーディングの頂点を極めたMarvinに、「このサウンドしか選択肢がなかった」というのもちょっと考えづらい。確かに予算は少なかったはずだけど、ヨーロッパ諸国にだって、無名でも腕利きのミュージシャンはいくらでもいるはずだし、ましてやMarvinが一声かければ、手弁当でレコーディングに駆けつける者も少なくなかったんじゃないかと思われる。いくら没落したとはいえ、それだけのネーム・バリューはあったわけだし。
 むしろ、「Marvin 自身が能動的にこのサウンドを選んだ」と考えた方が自然である。
 このアルバムがリリースされた80年代初頭とは、70年代の長いエピローグの最中であり、まだディスコ・ムーヴメントの残り香が漂っていた時代だった。特にソウル系のアーティストは、猫も杓子もディスコ・サウンドに手を染めており、若手もベテランもその潮流に飲み込まれていた。
 もちろん、そのブームに乗っかったからといって、誰もがヒットにありつけたわけではない。むしろ、一定の評価を築いていたベテランほど、風当たりは強いものだった。年月を経て熟成されたサウンドを捨て、時流に迎合して変に若作りしたベテランの醜態は、嘲笑の的になるケースの方が多かった。
 そういった失敗例を横目に見ていたのか、安易に流行りに乗っからなかったMarvinの姿勢は、結果的に正解だった。もしかすると、モータウン時代に何曲かシャレでディスコ・アレンジを試していたのかもしれないけど、今のところそれっぽい音源が発掘された話は聞かない。
 キンキラのジャンプ・スーツに身をまとい、不慣れなステップをキメるMarvinも見てみたい気もするけど、…いや、ないなやっぱ。

 と、ここまで書いて気づいたことがある。
 -これって、UKニューウェイヴの流れと似てるんじゃないの?
 ストレートなロックンロールへの原点回帰を謳ったパンク・ムーブメントがひと段落し、80年代初頭のイギリスのミュージック・シーンは、一時的な真空状態に陥った。既存のロックを混乱に招き、破壊の後の再生に至るまでは、幾らかのタイムラグがあった。大きなムーヴメントに育つ動きはなかったけど、その分、アイディア一発・ハッタリとも言える新機軸の音楽が続々生まれていた。
 楽器もロクに弾けないくせに、「ロックじゃなければ何でもいい」とうそぶいて実験的なサウンドを提示したwire 。既存の楽器にとどまらず、叩いて音のなる物なら何でも素材として取り入れ、今でもインダストリアル・ミュージックのレジェンドとして君臨するEinstürzende Neubautenなど、従来の概念では捉えきれない音楽に日が当たり、続々メジャー展開しつつあったのが、 この時代である。
 オールド・ウェイヴに属するMarvinが、そんなUKシーンの動静を本気で追いかけてたわけでないだろうけど、その余波は確実に受け止めていたんじゃないかと思われる。


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1. Midnight Lady
 日本ではMC Hammerの元ネタとして有名なRick James 「Super Freak」のベース・ラインからインスパイアされて制作した「Clique Games/Rick James」を元に作られたナンバー。あぁややこしい。
 今でこそ70年代終盤のディスコ・ファンクの一翼を担ったオリジネイターとして一定の評価を得ているRick だけど、当時はそのビジュアルの特異さから、色モノ的扱いの域を出ず、まともな評価がされていなかった。
 そういった色メガネを外し、チープな音色のサウンドでも充分グルーヴ感を引き出せることに着目したMarvin の慧眼は鋭い。
 ヴォーカル的には初期のポップ・ソウル的なアプローチで、中期のウェット感を抑えることによって、サウンド全体の疾走感を演出している。中盤のドラム・ブレイクにいつもドキッとしてしまう。

2. Sexual Healing
 前に出過ぎないリズム、尾を引きすぎないカッティング、全編に薄く漂う雰囲気シンセの調べ。
 いわゆる「ブラコン・サウンド」のパーツをすべて詰め合わせた、Marvinサウンドの最終形。この後のメロウ系ブラコンはここに端を発しており、無数のヴァリエーションが今も増殖中。
 アルバム・リリースと同時にシングル・カットされ、US3位UK4位という成績を収めてるけど、前述したように、この曲はチャート・アクションのみで語られるものではない。ここ日本においても、男性ソロ・ヴォーカリストといえば、尾崎紀世彦や松崎しげるに代表される熱情シャウト中心の傾向が強かったけど、Marvinによるソフト・タッチのソウル・チューンは新たな方向性の位置づけとなり、後に徳永英明を輩出する下地となった。



3. Rockin' After Midnight
 8.のB面としてシングル・カットされた、1.と同じ方向性のダンス・ファンク・チューン。細かく刻まれるギターのフレーズはスパイス以上のアクセントを添えている。モータウン時代ならもっとまったりしたアレンジだったと思われるけど、限定された条件を最大限に活かしてるのが、このナンバー。でも、ロックじゃないよね?

4. 'Til Tomorrow
 2枚目のシングル・カット。USブラック・チャートでは31位。往年のフィリー・ソウルをヴァージョン・アップしたような、『I Want You』期を思わせるメロウ・チューン。年季の入ったファンには人気の高いナンバーでもある。間奏のサックスがAORっぽいのは時代を感じさせる。でも、好きだ、こういう世界。

5. Turn On Some Music
 デモテープを思わせるシンプルなリズム・パターン。構成パーツも多くはない。けれど、Marvinマジックが最も強く放たれているのが、実はこの曲。
 このアルバム・セッションで大活躍しているJupiter-8のウニョウニョした音色、奥に引っ込んだミックスのホーン・セクション。あとはほぼMarvinの声しかない。それだけでここまでの世界観を形作ってしまうとは。

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6. Third World Girl
 タイトル通り、秘境のジャングルの中でのMarvinの雄たけびからスタート。エスニック・ムードの先取り感がほのかに感じられる。シンセのエフェクト音でいろいろ遊んでるうちにできちゃったような、そんないい意味でのお気軽さが窺えるナンバー。間奏のブルース・ハープはご愛嬌といったところ。

7. Joy
 3枚目のシングル・カットとして、USブラック・チャート78位を記録。1分に及ぶイントロがカッコいい。ダンス・ミックスとかリリースしていれば、新たな方向性が見つかったかもしれない。そのくらい、ダンスフロア・ライクなファンキー・チューン。
 なので、ここでの主役はMarvinというよりむしろギターのGordon。軽快かつムダのないカッティングはずっと続いてても飽きない。中盤のコンパクトなソロも簡潔にまとめている。ラストはサックスを中心として、なんかグダグダに終わる。

8. My Love Is Waiting
 ソウル・レビューの終わり、Marvinによるディナー・ショーの締めくくりを連想させる、モノローグからスタートする爽やかなグルーヴ・チューン。2.のアンサー・ソング的なコード進行・メロディを持ち、このアルバム全体が「Sexual Healing」を軸として発展していったことを示している。
 作り込まれているけどラフな感触は、海辺のドライブにもピッタリ。ギターの音色がいい。




 既存のフォーマットを借りるのではなく、新たにフォーマットそのものを創り上げてゆく行為は、時代を彩るアーティストとしての使命である。まだ何者でもなく、また何も持たぬ若い才能に秘められているのは、正体不明のパワーであり、恐れを知らぬ無方向性だ。
 そういった動きに触発されたかのように、原初的な響きのリズム・マシンを操るMarvin 。古き筵を捨て、新たに生まれ変わったひとりの男は、未踏の新境地を切り開いた。過去からの決別と、既存概念からの脱却を図って。
 そう考えた方が、この変節はスッキリする。


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北海道の中途半端な田舎に住むアラフィフ男。不定期で音楽ブログ『俺の好きなアルバムたち』更新中。今年は久しぶりに古本屋めぐりにハマってるところ。
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