ちょっと古くなったけど、去年の紅白の話。あまり格式ばったことをせず、ゆるい繋がりのうちの一族だけど、唯一、年末限定のルールというのが存在する。そんな大それたものではなく、「みんな揃って紅白を見る」というのが、ここ30年近く続けられている。
大みそかの夜、俺一家と妹一家とがオードブルや酒を持ち寄り、テレビの前でだらだら、みんなで飲み食いする。一族の顔合わせが目的なので、テレビはそんなに主役ではない。目当ての歌手以外は流し見して、ゆる~く四方山話に戯れるのが恒例である。
今回の紅白で注目していたのが、初出場の米津玄師、それと大トリのサザンだった。メディア露出がほとんどない米津の生歌に興味があったし、俺のDNAにガッツリ刷り込まれているサザンは、どうしたってはずせない。あと、林檎とエレカシ宮本が見られれば充分かな。そう思っていた。
全然期待してなかったユーミン、オープニングの様子でスタジオ別録りかと思ってたら、颯爽とステージへ移動、鈴木茂らレジェンド級ミュージシャンを従えて歌う「やさしさに包まれたなら」には、度肝を抜かれた。ていうか、途中から俺、鈴木茂と小原礼しか見てなかった。星野源がらみで細野さんも出ればよかったのに、と勝手に思っちゃったりして。
MISIAが登場したのは、米津のあとだった。俺的には期待通りだった米津のパフォーマンス、あとはサザンまでにソバ食っちまうか、と思っていた矢先のことだった。
その2日前、MISIAは「レコード大賞」のステージに立っていた。そこで披露された2曲は、いずれもドラマのタイアップ、壮大なスケール感を余すところなく表現したバラードだった。
そこで歌われた「アイノカタチ」を、MISIAは再び紅白のステージで歌った。相変わらずの安定感。何しろおととい聴いたばかりなので、わざわざ注目するほどではなかった。俺のメインディッシュは、最後のサザンなのだ。
エンディングに差し掛かり、そのままキレイに終わるのかと思っていた。誰もがそう思っていたはずだった。
でも、なんか違う。余韻のあと、何だかざわつくような違和感。まだ何かやるのかな?
ちょっとしたブレイクの後、MISIAのハイトーンなロング・ヴォイスが響き渡った。明らかに空気が一変した。テレビ出演での、いつものかしこまったMISIAとは、明らかに違う。
あっ、
「つつみ込むように」だっ!
得体の知れない強烈な力で、俺はテレビ画面に引き込まれた。年越しそばを食っていた手は止まった。MISIAに心を持ってかれてしまった瞬間だった。
単なるピッチの正確さ・音域の広さだけではない、圧倒的な歌のうまさ。全身全霊で音楽に打ち込むミューズの一挙手一投足は、それまでの出演者のパフォーマンスとは次元が違っていた。あっという間の3分間だった―。
その後の石川さゆりと布袋寅泰の嚙み合わないコラボ、そしてトリの嵐は、予想していた通り、印象のカケラも残さなかった。ラストに登場、大御所サザンのエンタメ精神全開、サプライズだったユーミンとのコラボは、生番組ならではの臨場感にあふれていた。
しかし。
とにかくMISIAが圧巻だった。MISIAの圧倒的なちゃぶ台返しには、サザンも米津も林檎ちゃんも吹っ飛んでしまった。
夫婦そろってMISIAのスゴさを語りあった、平成最後の大晦日なのだった。
それまで俺はMISIAの熱心なファンではなかった。ドラマや映画の主題歌で起用されることが多いため、意識はしなくとも、何となく聴いた気になってはいる。いるのだけれど、ただそれだけだ。わざわざ追い求めるまでのことはしていない。
ザックリ俺の印象をまとめると、
デビュー → 「everything」 → オリンピックのテーマ曲 → タイアップ多数。
だいたいこんな感じ。多分俺だけじゃなく、ライトユーザーも似たような印象だと思う。異論があるなら、男らしく認めるよ。
こうして並べてみると、和製R&Bのディーヴァというイメージは初期だけで、「everything」の大ヒット以降は、バラード中心の印象が強い。リリースされた瞬間から名曲認定されていた「everything」 のインパクトは、とてつもなく強かった。この曲によって、MISIAのパブリック・イメージは決定づけられたと言える。
そんな感じで、「すっかりバラード職人になっちゃったよなぁ」と思っていた矢先での、紅白のパフォーマンスである。心臓を鷲づかみにされた俺は、すっかりMISIA熱に取り憑かれていた。
年が明け、MISIAの音源をかき集めてみた。一度気になったら、とことん掘り下げるのはマニアの性分だ。
先入観をできるだけ排除して聴き進めていったところ、ストレートな王道バラード系は、破綻なく安心して聴けるトラックが多い。偶発性を極力避け、バランスも取れている。重厚なストーリー性を持つドラマ演出とも親和性が高く、映像との相乗効果でグレードも上がる。
和製R&B、いわゆるディーヴァ系のダンス・チューンは、その時代ごとのトレンドをコンテンポラリーに吸収し、決してマニアックに寄り過ぎないプロダクションになっている。海外の最新サウンドをそのまま移植するのではなく、国内市場向けにほど良くマイルドに翻訳して、伝わりやすく、かつ洗練されたものに仕上げている。
90年代R&BやヒップホップをルーツとしたMISIAの感性はもちろんのこと、それを支える優秀なブレーンやクリエイターの助力も大きい。そして、そのような才能を引き寄せる吸引力を持つMISIAのパーソナリティ。真摯なアーティストの周りでは、自然発生的に良質のコンテンツが生まれるという、理想的なサイクルが実現している。
まぁそんな分析は後付けで、単純に俺のツボに最もハマったのが、このアルバムだった。バラード・タイプにもR&Bタイプにも当てはまらない、彼女のキャリアの中では新規路線、言ってしまえばイレギュラーな方向性の作品である。
オリコン最高11位、レギュラーのオリジナル・アルバムと比べれば、若干低めのチャート・アクションとなっている。「Soul」はまだ受け入れられるとして、「Jazz」というワードが、MISIAの固定ファンにはイメージしづらかったんじゃないか、というのがファン歴の浅い俺の私見。
ただ、タイトルに「ジャズ」が含まれてはいるけれど、このアルバムでのジャズとは、世間一般でイメージされるところのソレとは微妙に違っている。今回のプロジェクトでの共同プロデューサー黒田卓也のコーディネートによって、参加ミュージシャンはジャズ・フュージョン畑のメンバーが多いけど、演奏アプローチは、いわゆるスタンダード・ジャズとは明らかに別ものである。
インタビューでも答えているように、MISIAにジャズの素養はほぼない。彼女にとってのジャズとは、かしこまった既存のスタンダード・ジャズではなく、90年代のR&B〜ヒップホップ・カルチャーの成長過程で取り入れてきたジャズの要素、DJによるミックスCDの中で効果的にサンプリングされたフレーズだ。「ジャズ」と言い切るにはおこがましく、「ソウル」を並列させたのは、狭義のジャズではないことへのエクスキューズだったと言える。
ただ、既存ジャズのフォーマットに縛られず、あらゆる他ジャンルとの交流によって、新たな潮流が生まれつつあるのは、全世界的な傾向である。日本でもようやく知られるようになったカマシ・ワシントンやロバート・グラスパーの周囲では、ソウルもフュージョンもAORも何でもアリ、ジャズ・フュージョンの枠ではくくれない音楽がボコボコ生まれている。
まだまだ日本では一般的ではないけれど、彼女なりのソウル・ジャズ/フューチャー・ソウルの萌芽が見られるのが、このアルバムだ。
普通、MISIAほどのキャリアのアーティストがジャジー路線に走ると、芸のないスタンダード・ナンバーか、ディナー・ショー風になるかのどちらかだけど、彼女の場合、どの路線でもない。唯一のカバーが甲斐バンドなのは意表を突かれたし、既発表曲のリ・アレンジが多くを占めているけど、現在進行形ジャズをベースとしているため、前向きな姿勢が強い。
単に年相応の芸風になったのではなく、先進的な音楽を追い求めていったらコレだった、このメンバーだった、ということなのだろう。黒田卓也やマーカス・ミラーを始め、世界レベルのミュージシャンらが、MISIAの才能に導かれて、このプロジェクトに集結した。金やプライベートな付き合いだけで動くメンツではない。彼らの共通言語はひとつ、「面白い音楽」だ。
そんなつわもの揃いの中で長く揉まれながらも、歌を離れたMISIAは、可愛らしいくらい飄々としている。気負いのないその無邪気さは、真摯に音楽と向き合う姿勢の裏返しでもある。
音楽の女神に愛されたMISIAは、これからもそのまんまだろう。彼女は常に、音楽のことを考えている。
いまこの瞬間にも、MISIAは進化している。
MISIA SOUL JAZZ SESSION
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MISIA
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1. BELIEVE
オリジナルは1999年リリース、3枚目のシングル。イントロ前の「I Believe…」というセリフはそのまま使用。R&Bタッチの軽く跳ねるリズムが心地よかったオリジナルと比べて、生のリズム・セクションによるビートは太く腰が据わっている。ドラムとベースが野太いおかげで、MISIAのヴォーカルもエモーショナルで力強い。
「愛してる」というフレーズを重層的に聴かせられたことの一点で、このアンサンブルは成功している。いや、他の部分もいいんだけどね。
2. 来るぞスリリング
クレジットを見て、作曲が林田健司という時点ですごく納得してしまった。単調なアッパー系ではなく、抑制しながら華のあるファンクを奏でることにおいて、確かに彼の右に出る者はいない。重くなりがちなファンクをサンバのリズムで彩ることによって、MISIAのヴォーカルが映えるような構造。
しかもこれ、コーラスも入れず独りで歌ってるんだよな、それだけでも驚愕モノ。ソロのヴォーカルだけで間を持たせてしまうMISIA、映像を見ると、目が釘付けになってしまう。Raul Midonのスキャットがウリみたいだけど、正直MISIAだけでいいや。
3. 真夜中のHIDE-AND-SEEK
オリジナルは2015年のマキシ・シングルに収録。ストリングスやコーラスも導入したゴージャスなアシッド・ジャズ~ネオ・ソウル的なアレンジに対し、ここではスムース・ジャズに寄ったサウンドなので、ちょっとブレイクといった趣き。
ベースの疾走感がすごく好きな曲。
4. 運命loop
このアルバムのために用意された新曲。晩年のマイルス・デイヴィスとのコラボが有名なマーカス・ミラーが、ベースで参加している。マーカスのソロはあんまり追っかけて来なかった俺だけど、ゲスト参加の際は、大抵アクの強いスラップ・ベースを弾き倒しているので、すぐにわかってしまう。
相変わらず主役をバックアップなんて考えてない、リード・ベースみたいなプレイだけど、それに引けを取らないMISIAもツワモノ。
5. オルフェンズの涙
オリジナルは2015年リリースのシングル。『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』のテーマ曲として書き下ろされた、とのこと。ガンダムは大好きな俺だけど、ファースト・ガンダム以外は認めない原理主義者のため、全然知らなかった。しかも紅白でも歌っていたとは。見てたはずなのに、全然記憶にない。当時の俺にMISIAがヒットしなかった証でもある。
改めて紅白の動画を見ると、長崎平和公園というロケーションでゴージャスで分厚いサウンド、ドラマティックなバラードである。この辺が俺にはピンと来なかったんだろうな。
ここでのヴァージョンはもちろんストリングスもなく、ほぼ骨格だけのアンサンブル。なので、MISIAのヴォーカルが前面に出たミックスになっている。アニメ絵的にはオリジナルなんだろうけど、純粋にMISIAを聴くなら、俺的にはこっちだな。
6. It's just love
2000年リリース、2枚目のオリジナル・アルバム『LOVE IS THE MESSAGE』に収録。アコギをフィーチャーしたオーガニックR&Bが、ここではホーンが取って代わってジャジーなアレンジ。
オリジナルの軽めのビートとシンクロするように、流れるような歌い方をしていたのに対し、ここでは情感を込めたエモーショナルなヴォーカルによって、言葉に説得力を持たせている。語感や響きだけではなく、込めた意味合いを伝えるため、時に苦し気になりながら。
17年の歳月は、確実にMISIAを成長に導いている。
7. The Best of Time
バンマス黒田卓也のホーン・アレンジが光るソウル・ジャズ風バラード。サビのユニゾン・コーラスの黒光り感と、案外コロコロ変わる曲調に翻弄されてしまう。歌う方も演奏する方にとっても難易度が高い曲だけど、そこをサラッと何気ない顔でプレイしてしまえるところに、このコンボの底力を感じさせる。
8. 陽のあたる場所
1998年リリース、2枚目のシングル。俺でも誰でも知ってる超有名曲のリアレンジ。変にオリジナルとの差別化でかけ離れたアレンジにせず、リリース時のフレッシュさを残しているのは正解だったと思う。オリジナルよりややテンポが速く、ベース・ラインが強くけん引している印象が強いけど、ヴォーカルの艶感がアンサンブルをうまくまとめている。
9. 最後の夜汽車
ラストはちょっと意外、甲斐バンド1977年のアルバム『この夜にさよなら』より。甲斐バンドのファンだった俺的には超有名な曲だけど、多分MISIAファンには未知の曲だったと思われる。
Netflixドラマ『Jimmy〜アホみたいなホンマの話〜』主題歌としてフィーチャーされたのだけど、このドラマ、諸般の事情で一旦お蔵入りしてしまったため、当初リリースのインパクトが失われてしまったのが悔やまれる。
ちなみにこの曲、明石家さんまが昔からのお気に入りだったことは、甲斐バンドファンの間でも有名だった。
スポットライトは どこかのスターのもの
陽の当たらない場所を ぼくは生きてきた
甲斐もさんまも、最初から順風満帆じゃなかった。ここに至るまで、挫折もあれば辛酸も舐めてきた。希望はあまりにも茫漠として、そして曖昧だ。でも、前には進んでいきたい―。
さんまがMISIAを指名したのは意外だったし、また彼女がオファーを受けたことも意外だった。ソウルっぽさのかけらもないロッカバラードを、MISIAがどう歌いこなすのか…。
全然杞憂だった。未知のエリアでも、MISIAは常に進化を続けている。湿っぽくなり過ぎず、器用過ぎず、自分の歌として消化している。
でも、甲斐とさんまとMISIA。男2人はわかるとして、この組み合わせは奇妙でおもしろい。
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