好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

Joni Mitchell

邦題『恋を駈ける女』…。まちがってはいないけど。 - Joni Mitchell 『Wild Things Run Fast』

folder 1982年リリース、11枚目のオリジナル・アルバム。名だたる豪華メンツを取り揃えた演奏陣、そこから生み出される作品クオリティは、安定のアベレージをクリアしている。ただ実のところ、ジャズ路線へ大きくシフト・チェンジして好評を期した『Caught and Spark』をピークとして、セールス的には下降線を描きつつあった。
 このアルバムも、鳴り物入りで創設されたゲフィン・レコードへの移籍第1弾として、またコンテンポラリー・ロック・サウンドへの路線変更というのが話題になったけど、結果はUS33位UK32位という、まぁまぁの結果。言ってしまえば、まぁそこそこ。
 ただこの人、もともと営業成績に躍起になるタイプのアーティストではないことも、ひとつの見方。いくら時流のサウンドに乗ったからといって、突然ブレイクするようなジャンルの人ではない。
 例えばVan Morrisonのように、レコード会社としての企業メセナ・文化事業としての側面を維持するため、「レコード会社の良心」「象徴的存在」的なポジションの人は、必ずいる。固定ファンはガッチリ掴んでいるので、そうそう大ハズレがないのも、彼らのようなアーティストが重宝される理由のひとつである。この辺の大御所が名を連ねていると、ラインナップにハクが付くしね。

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 で、前回のSuzanne Vegaが、プロデューサーMitchel Froomとの出会いによって音楽性が変わり、共有する時間が多くなったことから、プライベートを過ごす時間も多くなり、公私ともどもパートナーシップを結ぶに至った、と。ここまで書いた。
 ちょっと露悪的にザックリまとめちゃったけど、考えてみればコレ、一般社会でもよくある話だよな。俗っぽい話だと、要は職場恋愛みたいなもので。有能な先輩・上司に憧れて、指導を受けたり仕事帰りに飲み屋でグチったりしてるうち、なんかいつの間にかくっついちゃったりして。
 Suzanne の場合、一般社会の上司・部下という関係性ではないけど、サウンド・プロデュースの技術スキルに長けたFroomと作業しているうち/相談しているうち、何となく打ち解けあっちゃって、気が合っちゃった次第。
 全部が全部じゃないけど、多くのアーティストの場合、ヒラメキや発想力には長けているけど、商品としてまとめる力・構成する能力が欠けている人も多い。楽曲には絶対の自信があるけど、コーディネート力がおぼつかない、また駆け出しでそのノウハウが足りない者は、外部の助力が必要となる。いわゆるプロデューサー、またはエンジニアというポジション。
 「思いつく人」と「まとめる人」、本来は対等の立場でなければならないけど、普通はプロデューサーの方が作業能力に長けているので、よほどの大物じゃない限り、どうしても作業を仕切る人間の方が立場が上になってしまう。てきぱきセッティングしたり工程表を整然とまとめたり、そんな側面に、「思いつく人」は惹かれてしまう。

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 パートナーによってコンセプトが変わったという点では、JoniもSuzanneと似たようなものだけど、キャリアの長さや業界内ポジションを比べると、Joniの方が断然上であるため、単純にひと括りにはできない。Joniの場合、ミュージシャンに憧れるというよりは、むしろ憧れられる立場、同業ミュージシャンにもリスペクトされる側の人である。
 もともとフォーク/シンガー・ソングライターの枠でデビューしたJoniだけど、まずデビュー・アルバムのプロデュースが、当時フォーク界隈でブイブイ言わせてたCSN&YのDavid Crosby だった、という時点で、すでに大御所感を漂わせている。
 男女の関係になったのが、プロデュース前だったのか後だったのか、その辺は諸説あるけど、まぁ多分ラブ&ピースの時代だったから、本人たちも覚えていないのだろう。ほぼ同時進行で、同じグループのGraham Nash とも付き合っていたらしいけど、まぁその辺もラブ&ピースといったところで。

 ただ単に惚れた腫れただけなら、そこらのグルーピーと変わらないし、リスペクトされようもないけど、彼女の場合、その肉食的なセックス・アピールをも上回るほどの音楽的センス・才能も有していた。
 ポピュラーのカテゴリには収まりきれない、変幻自在のコードワークを支えるのが、誰もマネできないギターのチューニング。一般的なEADGBEという定番チューニングでプレイすることの方が稀で、ほとんどの楽曲は、自ら考案した50種類以上のチューニングでプレイするのだから、こりゃとんでもないギター・オタク。並みの才能で追いつけるものではない。
 そんなテクニカル面でのリスペクトだけじゃなく、情熱的かつオープンな恋愛体質をさらけ出すものだから、そりゃ周囲が放っておくはずがない。いわゆる「モテキ」が延々続く状態。また本人も、チヤホヤされてまんざらじゃなかったのか、その後もJames Tylorと付き合ったり、Leonard Cohen に熱を上げたりしている。
 いわゆる「恋多き女」という異名を持ちながら、そんな世俗的な評判すら吹き飛ばしてしまう完成度と求心力を持った作品を連発していたJoni 。Steven Tyler やMick Jaggerに通ずる肉食系の出で立ちは、強烈なフェロモンを放っていた。いわゆる整った美人ではないけど、異性を惹きつける匂いがあるんだな。

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 夭折の天才ベーシストJaco Pastoriusと付き合い始めてから、彼女の音楽性は変化する。今度はジャズ。一度虜になったら、のめり込んじゃう人なのだろう。
 フォーク人脈で固められていた、これまでのスタッフも総代わり、8枚目のアルバム『Hejira』では、ジャズ/フュージョン系のミュージシャンがバックを務めることになる。
 こうやって書いてると、「男の趣味でコロコロ態度を変える女」みたいだけど、これもちょっと違う。まず「アーティストであること」が大前提としてある彼女にとって、大切なのはアーティスティックな活動から生み出される作品であり、そこから派生するパフォーマンスである。湧き上がってくるインスピレーション/着想を具現化するため、その才能やビジョンに吸い寄せられてきた男たちを利用してきた、という見方が正しい。
 普通に考えて、この時点で業界内でも盤石のキャリアを築いていたJoniなので、単に惚れた男の気を引くため、大して才能のない男を無理やりキャスティングするとは思えない。音楽的才能のないジゴロや、単に口の上手い男に入れ上げることも、ちょっと考えずらい。
 そりゃラブ&ピースの時代をくぐり抜けてきた人だから、ちょっとしたつまみ食いや、ワン・ナイト・ラブ的なものもあっただろうけど、でもそれはそれ、利用価値がなければハイそれまでよ。継続的な関係になったり、私情を交えたキャスティングにはなり得ないのだ。

 別な意味で言えばJoni 、公私混同は甚だしい。ただ、それは女として、1人の芸術家としての所業である。逆に言えば、完全なビジネスライクに基づいた関係性を築くのが難しい人なのだ。
 彼女と関わるからには、深く深く、持てる力のすべてを差し出さなければ、対等に付き合えない。いや対等じゃないよな、「差し出す」っていう時点で、上下関係ついちゃってるもの。Joni自身はそこまで思ってないんだろうけど、そんな邪気のないところが、彼女の天才性を支える所以、音楽の神に選ばれる点なのだろう。
 で、Jacoの話に戻すと、まぁいろいろ原因はあるけど、ソロ活動を開始したあたりから、様子がおかしくなる。Weather Reportでの確執も相まって、アルコールやドラッグに溺れて自暴自棄な言動が目立つようになり、2人の蜜月は終わりを告げる。
 その別離は同時に、Joni のジャズ/フュージョン時代の終焉も意味していた。同じ路線で3作も続けば、大抵のことはやり切ってしまう。あとは「ジャズ」というジャンルの掘り下げであって、新たな可能性を探る作業ではない。
 良くも悪くもひと区切り、何かとそろそろ潮時だった。

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 で、その総決算的ライブ・アルバム『Shadows and Light』の後、リリースされたのが、この『Wild Things Run Fast』。ワールド・ツアー後、カリブ海でバカンス中だったJoni 、解放的な気分も手伝って、地元のディスコへ行ったところ、当時、隆盛だったSteely DanやTalking Heads、Policeのサウンドに触れて、新たな着想を得ることになる。
 恐らく、この前後でゲフィンへの移籍のオファーはあっただろうし、それなら移籍第1弾はちょっと豪華に派手めに、といった考えもあったんじゃないかと思われる。いくらヒット・チャートを狙うアーティストじゃなくても、世間のトレンドもちょっとは頭に入れて置かなければならない。どれだけ高尚な芸術品とはいえ、流通に乗せた時点で、それは商品/ポップ・ミュージックであることを意識しなければならない。

 Jacoとのパートナーシップ解消後、どのタイミングでLarry Kleinが関わってきたのかは不明だけど、彼女がコンテンポラリー・サウンド、いわゆるヒット・チャートに入る音楽と並べても遜色ないサウンドを作るにあたり、彼が重要なファクターであったことに異論はないはず。
 Jaco同様、Larry もまたベーシストであることは、単なる偶然ではない。もっぱらギターやピアノなど、メロディ楽器を操ってきたJoniにとって、骨格となるリズムを司るベースの存在は、必要不可欠なものだった。
 フォーク時代、彼女から見たポピュラー・ミュージックの主流は、単調な8ビートかディスコの4つ打ちが多かった。そんなリズム・バリエーションの狭さでは、自身の楽曲を過不足なく表現するにはキャパ不足であり、柔軟性の高いジャズへ向かったのは自然の摂理。
 それがパンク以降をを経て、お手軽なポップ・ソングだけじゃなく、様々なジャンルを取り込んだ音楽性を持つ前記のアーティストらが、ヒット・チャートを賑わすようになった。ジャズやラテン、レゲエをごく自然に吸収して、質が高く、しかもヒットまでしているのだから。
 Joniにとっても、参戦しやすい環境になった。

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 ここから始まるロック/ポップ路線はしばらく続き、例のごとく、公私にわたるパートナーシップも並行して継続することになる。
 ちなみにJoniとLarry、その年の差13歳。世代も違えばキャリアも違う、当時駆け出しセッション・プレイヤーだったLarry、そして大御所Joni。よく交際OKになったよな、どっちの立場からしても。ゲスい見方だと、若いツバメを囲い込んだとしか思えないもの。これもミューズの、また動物的フェロモンの為せる技なのか。
 別離後のLarry は、その後もJoniと友好的な関係を継続している。ていうかこの人、別れてから誰かに足を引っ張られたり、ゴシップを暴露されたりって、ないんだよな。別れ方もスマートなんだな。きっと。
 で、Larry、もともと表舞台に出しゃばる人ではなかったけど、その後も裏方として、たびたびグラミーにノミネートされるアーティストをプロデュースしていたりして、着実にキャリアを築いている。別れた後、仕事もなく落ちぶれて消息不明になっちゃったら、面目ないけど、結果的に若い才能を発掘し、独り立ちできるまで育て上げたことは、Joni の功績のひとつと言える。



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1. Chinese Café / Unchained Melody
 フュージョンほど複雑ではなく、手数も少ないけど、歌に寄り添うプレイを聴かせるVinnie Colaiutaのドラムは、AORサウンドとの相性も良い。でもこの当時のVinnie、まだFrank Zappaのバンドにいたんだよな。よくこんな人、引っ張ってこれたもんだ。Steve Lukather (g)が参加したことでポップ性が増しているけど、正直、ここでのプレイは大人しい。これまでと勝手が違うセッションだから、まだ緊張しているんだろうか。
 ちなみにどの辺が「Unchained Melody」なのか、ちょっとわからなかった。映画「ゴースト」を観てない俺に、誰かわかりやすく教えて。

2. Wild Things Run Fast
 セッションの順番はちょっと不明だけど、ここでLukatherが本気を見せる。わかりやすいディストーションは、Joniが求めていたはずであろう「いまイケてる音」の理想像。メンバーにロック野郎が1人入っただけで、サウンドがここまで違っちゃうのは、やはり彼のポテンシャルの成せる業。そして、コーディネートしたLarryの功績でもある。



3. Ladies' Man
 ここでギターがチェンジ、常連Larry Carltonが登場。リズム・セクションは変化ないけど、こういったシャッフル系のビートになると、Lukatherの大味なダイナミズムより、繊細さが求められる。慣れ親しんだジャズ・テイストの楽曲だと、Joniのヴォーカルも心なしか軽やか。ロック的なヴォーカル技術は持ってなかった人だし、その辺は無理もない。
 ちなみに目立たないけど、コーラスにLionel Richieが参加。Diana Rossとの「Endress Love」が大ヒットして、キャリア的に最ものぼり調子だった頃の彼の声を聴くことができる。多分、セールス・ポイントだったんだろうな、彼の参加って。

4. Moon at the Window
 再び、空間を感じさせるフュージョン・サウンド。こちらも常連Wayne Shorter (s.sax)が参加しており、Joniとデュエットしてるかのようなメロディアスなプレイを披露している。ただ、4分弱とコンパクトにまとめ過ぎちゃったのが、もったないところ。それとLarry、大御所に囲まれても動ぜず、手数の多いベース・プレイ。ベーシックが4ビートでスローな分だけ、若気の至りでこれくらい走っても正解。

5. Solid Love
 ギターを担当するのは、Larryと並んでその後の常連となるMike Landau。Lukather同様、Boz Scaggsのバックバンドで脚光を浴び、互いをリスペクトし合い褒め合ったり、何かと気持ち悪いギター・コンビである。同じロックにカテゴライズされる2人であり、
 正直、どちらもバカテクなのだけど、何となくJoniの中では、コンテンポラリーなAORをLandau、力強いハードネスをLukatherと使い分けているようである。その結果、「やっぱ激しいのはムリね」と悟ったのか、その後のセッションではLandauにお呼びがかかることが多くなる。


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6. Be Cool 
 再びジャズ・スタイル。この頃のShorterは、Weather Report内がゴタゴタしてて、活動にブレが生じ始めていた頃。フュージョン・ブームの低落の上、トラブルメーカーだったJacoの脱退もあったりなど、テコ入れが必要となっていた。
 Jaco繋がりで共通の話題も多かった2人、このアルバムでは「ポップじゃない」フュージョン・スタイルのプレイに徹してる。フレーズ自体はポップだけれど、Joniの歌が安易なポップに流れるのを阻む。そんな2人のせめぎ合いを前に、周囲は黙ってバッキングに徹するしかない。

7. (You're So Square) Baby I Don't Care
 彼女の長い歴史の中でも、すっごくわかりやすい8ビートのロック・チューン。若手が多いメンバーもこの曲はプレイして楽しかったんだろうな。アウトロのリズム・プレイはやたらテンション高いし。でもね、やっぱこういったロック・スタイルなら、ギターはLukatherの方が合ってたかな。音圧が違うもの。

8. You Dream Flat Tires
 ちょっとブルース・タッチのロック・ナンバー。3.ではその他コーラス扱いだったライオネル・リッチーが、ここではがっつりデュエットで熱いヴォーカルを披露。とても「Endless Love」や「Say You, Say Me」と同じ人とは思えない。元Commodoorsだし、芸の幅が広いのは、むしろ当たり前。
 こうなると、やっぱJoniのヴォーカルの色気、いわゆるスケベ心が足りないのがちょっと惜しい。もうちょっとポップ・フィールドに合わせてくれれば、「Easy Lover」クラスのヒットになったかもしれない。



9. Man to Man
 最初のストロークを聴いて、Larry Carltonが弾いてるのかと思ったら、クレジットを見るとなんとLukather。こんなしっとり落ち着いた音も弾けるんだ。まぁ彼クラスなら普通にできるか、もともとセッション・ミュージシャンだし。ただの直球ハード・ドライビングだけじゃないのだ。
 このくらいのロックとジャズの中間、程よいAOR路線はやっぱりしっくり来る。言っちゃ悪いけど、やっぱりこの辺が彼女の適性でもあるのだ。でもJames Taylor、久しぶりにコーラスで参加しているけど、ちょっと浮いている。せっかくなら、きちんとデュエットさせてあげればよかったのに。

10. Underneath the Streetlight
 サウンドはフュージョンとハード・ロックのハイブリッド、ていうかTOTO。サウンド・デザインのモチーフとして、彼らの存在が念頭にあったことは明白だけど、やっぱ合わねぇよな、シャウトするJoniって。
 リズム・アプローチも目新しいものがあるけど、人には適正というものがあって、そうなるとこの曲なんかは習作の域を出ない。まぁやってみたかったんだろうな。

11. Love
 ラストはしっとり、ここでShorterとLukatherが初顔合わせ。基本、Shorter & Joniによるジャズ的アプローチの中、テンション・コードを効果的に使ったシンプルなプレイのLukather。ジャズ・セッションによくある「せめぎ合い」ではなく、それぞれが醸し出す音によって空間を満たす、有機的なインタープレイが綺麗に幕を閉じる。






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べ、べつに売れたかったわけじゃないンだからねっ!! -Joni Mitchell 『Chalk Mark in a Rain Storm』

folder 1988年リリース、前作『Dog Eat Dog』より約3年ぶり、彼女にとっては13枚目のオリジナル・アルバム。US45位UK26位という成績は、80年代のJoniとしてはまぁアベレージはクリア、と言った程度のそこそこの成績だったけど、本国カナダでは最高23位、初のゴールド・ディスクという栄冠を手にしている。もともと瞬間風速的なセールスを上げるタイプのアーティストではなく、地道なロングテール型の売れ方をする人なので、回収までの期間は相当要するけど、採算が取れる程度には売り上げが見込める、レーベル的には収益の目算が手堅い人でもある。
 一般的な知名度はそこまで高くはないけど、同業者からの評価は総じて高いので、「Joni Mitchell好きなんだよね」と言っておけば、何となく通ぶれるというメリットもある。矢野顕子やVan Morrisonも同じような空気感があるよな。

 CSN&Y「Woodstock」を代表とする、「ちょっと屈折したコード・ワークを自在に操るシンガー・ソングライター」として登場したJoniの活動のピークが70年代にあったことは、ほとんどのJoniファンが頷くところである。
 一般的な抒情派フォークの一言ではくくれない、彼女が本当の意味でオリジナリティを発揮するようになったのは、Weather Report勢をはじめとしたジャズ/フュージョン系セッション・ミュージシャンとの積極的な交流によって生み出された『Court & Spark』以降の作品群からである。

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 それまでポピュラー・ミュージックのメインとされていたロックが、70年代に入ってからは急速に疲弊していったのと前後して、ジャズやソウルのエッセンスを付加したソフィスティケートされたサウンドが喧伝されるようになる。大部分のAOR作品と比べて、Joniが創り出す作品からは大衆を惹きつける吸引力は弱かったけど、当時のフュージョン・ブームの流れに乗って堅実なセールスを上げていた。
 ここまでは問題ない。

 ここまでのJoniは、70年代に設立された新興レーベルのアサイラムに所属している。Neil YoungやEaglesといったメンツから推察できるように、大陸的なシンガー・ソングライターやカントリーをベースとしたロックを持ち味としたバンドが多く所属する、言ってみればアットホーム的な香りの漂うレーベルである。
 アーティストの自主性を重んじる社風は自由闊達なムードが蔓延し、採算さえどうにか取れれば自由な音楽性を追求できるということで、Joniにとっては心地よい居場所であった。
 その風向きが変わったのが、ゲフィンへの移籍ということになるのだけれど、事実上はアサイラムもゲフィンもオーナーは同じなので、ダイエー・ホークスがソフトバンクに屋号を替えたようなもの、アーティスト側からすれば親会社の名前が変わったんだなぁ程度の認識であったはずである。
 前述したように、旧来ロックは自家中毒を起こして疲弊しきっており、クリエイティヴな面においてはすでにその進歩を止めていた。いたのだけれど、そう考えていたのは一部の真摯なミュージシャンやマニアだけであって、ラジオから情報を得る大多数のライトユーザー向けに、イデオロギーより収益性を優先した産業音楽が量産されていた。
 玉石混合の70年代ミュージック・シーンを過ぎて、効率的に資本回収できるシステム作り、知的好奇心を軽く刺激する程度のアーティスト・エゴを商品化していったのが、ゲフィンというレーベルである。

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 5年ほどの長きに渡ったハウス・ハズバンド期を経て前線復帰したJohn Lennonを獲得したことによって、一気に業界内での評価がうなぎ上りとなったゲフィンだけど、この例に漏れず、初期はあまり新人の育成に積極的ではなく、むしろマンネリズムに陥ったアーティストの再生工場という経営戦略を推し進めている。その代表格と言えるのが、ELP、King Crimson、Yesなどのプログレ代表バンドの歴代メンバーを一堂に揃え、思いっきり売れ線狙いの産業ロックを大ヒットさせてしまったAsiaである。
 もともと小難しい理屈やらコンセプトやら鬱屈やらをテーマとして掲げて仰々しいサウンドでもって、有無を言わせぬハッタリで畳み掛ける、というのが俺的に、そして一般的なプログレに抱く印象なのだけど、実のところ、その辺を大真面目に考えているのはバンド内のブレーン担当くらいのもので、大方のプログレ・バンドのメンバーらは、ごく普通の分別と感性を持ったミュージシャンであり、それがちょっと他のジャンルよりはバカテクなだけである。売れるためにちょっぴり媚を売ったり魂を差し出したりすることに、それほどこだわらないのが大部分である。
 しちめんどくさいコンセプトに縛られず、ひたすらキャッチーなリフとポップなメロディにこだわった結果、彼らは産業ロックのフロンティアとして、爆発的な人気を得た。もともと各メンバーともリーダーを張れるほどの実力の持ち主であり、他バンドと比べてポテンシャルはハンパなかったので、いくらチャラチャラした楽曲やアレンジでも、どこかしら気品のようなものが漂ってしまうのは、やはりプログレ者としての業なのだろう。さり気なく変拍子や超絶アンサンブルなんかをぶち込んでるし。

 賞味期限の過ぎたベテラン・ミュージシャンでも、コーディネート次第では全然商品価値は上がる、ということを証明したのがAsiaであるとすると、当然、そこに目をつけるプロデューサーやマネージャーが跋扈したりもする。70年代を優雅に締めくくれず離合集散を繰り返したバンドの順列組合せが顕著になったのが、ちょうど80年代初頭からである。
 ソロ・アーティストもまた例外ではなく、これまで主にカントリー・ロック周辺で活動していたKenny Logginsは次第にロック色を強め、サントラ請負人として確固たるポジションを築いたし、他にも多くのシンガー・ソングライターらがKORGやRolandのシンセをこぞって導入し、ライトなAOR化へシフト・チェンジしていった。その路線がマッチした者もいれば無理やりこじつけっぽさが残る場合もあったけど、まぁそれはケースバイケース。

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 でJoni。
 『Wild Things Run Fast』から続く彼女のコンテンポラリー・サウンドへの急接近が、果たして本人の望むものだったのか、それともアゲアゲムードだったゲフィンの社内ムードに乗せられてのものだったのか。多分、どっちもだとは思う。
 大成功を収めたAsiaの成功体験が、ゲフィンのビジネスモデル、必勝パターンとして定着しつつあったため、アーティスト本人だけじゃなく、周囲のブレーンも浮き足立っていた、というのもあるのだろう。
 特にJoniの場合、ゲフィン移籍と前後して、公私認めるパートナーだったJaco Pastoriusとの関係の解消、同時進行で新パートナーLarry Kleinとの親交がスタートしている。以前のレビューでも書いたように、Joni Mitchellという人はアーティストであると同時に、女性でもある。こうやって書いてしまえば当たり前のことなのだけど、彼女のアイデンティティを構成する要素として、アーティスティックな側面と恋愛とは不可分である。言ってしまえば、その時その時で、付き合う男によってサウンドの傾向がまるで違ってしまうのが大きな特徴である。
 Larryは主にロック・フィールドでの活動が多かったため、自然と彼女の音もロック的、コンテンポラリー路線に傾倒してゆくのは自然の摂理とでも言うべきか。

 1980年設立という若い会社だったゲフィンに籍を置いていたことによって、また前身レーベルであるアサイラム時代からの古参ということもあって、下衆な勘繰りで言えば相応の印税率やディールは受け取っていたと思われる。キャリアを通して決して稼ぎ頭筆頭ではなかったけれど、社内的ポジションにおいてもかなり優遇されていたはず。
 レーベルも一新したことによって、これまでのような通好みの音楽ばかりを追求するのではなく、多少なりともシングル・ヒット的な功績のひとつでも残しておいた方が業界内ポジションの維持にも繋がるというのは、自明の理である。
 とは言っても、いきなり脈絡もなくダンス・チューンを多めに入れるとか単純にDX7のプリセット音で埋め尽くすというのも、彼女のプライドが許さない。これまでの文脈も念頭に入れてアーティスト・イメージを壊さず、それでいてポピュラリティを獲得できる方向性で進めなければならない。
 なので、大人のコンテンポラリー・ポップ、AOR路線というのがここで登場する。もともとAOR自体が、ジャズ/フュージョン、ファンクやソウルのハイブリット、いいとこ取りのジャンルのため、彼女がそちらの方向性へ向かうのは、至って自然の流れである。

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 ちょっとデジタル臭が強く出過ぎた『Dog Eat Dog』の反省もあって、この時期のJoniは視野を広げる目的もあったのか、以前から半分趣味的に続けていた絵画に本腰を入れるようになる。個展開催も積極的に行なうことによって、音楽の比重が少なくなり、実際、『Chalk Mark in a Rainstorm』リリースに至るまで3年のブランクが空いている。それだけ前作でのシーケンスとの格闘での疲弊が大きかったのだろう。
 ただそのインターバルが結果的に良い方向へ向かうきっかけとなったのか、クールダウンすることによって、デジタル・サウンドの使い方がこなれてきている。何が何でも徹頭徹尾打ち込みで埋め尽くすのではなく、従来のアコースティック楽器との絶妙なブレンドがナチュラルに溶け込んでいる。80年代特有のデジタル・サウンドは時代の風化に耐えられぬものが多く、Joniのサウンドもまた例外ではないのだけれど、スロー系では今も光るものが窺える。テンポが速くなると、ちょっと古臭くなっちゃうよな、やっぱ。無理にビートに乗ろうとするからまた。

 やたら多いゲスト陣というのが、このアルバムの大きな特徴。当時、Kate Bushとのデュエット「Don’t Give Up」がメチャメチャはまっていたPeter Gabrielや、アサイラム時代からの戦友Don Henleyを引っ張り出してくるのはまぁわかるけど、さすがにBilly Idolはないでしょ普通。単に意外性だけでキャスティングしたとしか思えない。その後も接点ないし。
 バラエティに富んだ豪華ゲスト陣と言うより、むしろ八方美人的に散漫な印象ばかりが先行してしまったこのアルバムの反省なのか、こういったコラボものはここで終了。Tom Pettyはまだわかるけど、Willie Nelsonはちょっと方向性違くない?とJoni自身思ったのだろう。

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 『Dog Eat Dog』がデジタル・サウンドをマスターするための習作だったとすると、この『Chalk Mark in a Rain Storm』はデジタルとアコースティックの混合比を見極めるための実験作、過渡期の作品という見方ができる。トップ40も十分狙える、ライト・ユーザーにもアピールするコンテンポラリー・サウンドを目指したけど、どうしても下世話に徹しきれなかった作品ではある。でも、その後のアーティスト・キャリアを思えば、ここで大きく道を逸れなくてよかったことは、歴史が証明している。
 次作『Night Ride Home』ではその実験成果がうまく具現化し、それ以降は絶妙の混合比バランスと世界観とを併せ持った円熟期が始まることになる。


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1. My Secret Place
 Peter Gabrielとのデュエットが話題となった、1枚目のシングル・カット。『Dog Eat Dog』で孤独なスタジオ・ワークに翻弄されていた感があったJoniだったけど、ここではシーケンスもまた楽器のひとつに過ぎないことを悟ったのか、デジタル臭はあまり前面に出ていない。エスニックなスタイルのヴォーカルを聴かせるGabriel、クレバーなトーキング・スタイルのJoniとのコントラストは絶妙。Kate Bushほどの幻想性はないけど、熟練のアーティスト同士の微妙な間合いが何とも。探り合ってるよな、2人とも。



2. Number One
 Manu Katchéが叩いているせいか、ポリリズミックなドラム・パターンが印象的。特徴的なリズムに乗せて歌うJoni、やはりいつも通り、メロディアスとはとても言えない、多分彼女以外が歌ったら支離滅裂になりそうな楽曲。こんな奇妙なコードを器用にまとめ上げてしまうのは、やはりこの人ならでは。
 ところでデュエットしているのは、当時活動休止中だったCarsのBenjamin Orr。正直Ric Ocasek以外のメンバーについてはほとんど知らないし、なんでこの人がここでフィーチャーされているのか、なんともさっぱり。

3. Lakota
 冒頭でむせび泣くような雄たけびを上げているのは、ネイティヴ・アメリカンの俳優Iron Eyes Codyによるもの。ちなみにLakotaとは、その部族のひとつ「スー族」を指す。
 サウンド自体はそこまで土着的なものではなく、普通にコンテンポラリーなロック・サウンド。Don Henleyがコーラスで参加しているけど、あまり目立った活躍はない。

4. The Tea Leaf Prophecy (Lay Down Your Arms) 
 揺らぎのあるメロディーが70年代からのファンにも人気の高い、それでいて力強く歌い上げるJoniの珍しいヴォーカルが聴ける、こちらも人気の高いナンバー。ドラムのエコーが深いのが時代を感じさせるけど、Joniのサウンド・コンセプトにはマッチしている。シングル・カットしても良かったんじゃないかと思われるのだけど、やっぱり地味なのかな。
 ここでのゲスト・コーラスは、当時、Princeのバック・バンドRevolutionやWendy & Lisaのバッキングを担当していたLisa ColemanとWendy Melvoin。Princeが自らのバックボーンのひとつとしてJoniを挙げていたのは有名なので、一応まったく関連がないわけではないのだけれど、やっぱり意外。ただ、特別ファンキーさを感じさせるものはない。彼らじゃないと、という必然性はあまり見えない。

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5. Dancin' Clown
 このアルバム中、またはJoniのキャリアの中でも最も異色さが際立つハードロック・チューン。だってデュエットしているのがBilly Idolだし。どういった経緯でJoniが彼にオファーしたのか、それともJoniのスタッフがプッシュしたのか、ていうか何でBillyがこの仕事を受けたのか、第一Joniのことを知っていたのか。
 疑問はいろいろ尽きないけど、めったに見ることのできないダンサブルなJoniを堪能したいという、マニアックな性癖のファンだったら喜ぶと思う。
 当時、BillyとよくつるんでいたSteve Stevensも参加しており、こちらもまた通常のBillyのスタイルでプレイしている。異分子を入れることによって予定調和を回避したかったのかもしれないので、まぁ「予定調和じゃない」というその一点だけ、目的は達成している。
 ていうかTom Petty、こんなとこで歌ってんじゃねぇよ。すっかり霞んじゃってるし。きちんと1曲腰を据えてデュエットすりゃ良かったのに。

6. Cool Water
 と、これまでは同世代のアーティストとのコラボが多かったのだけど、ここに来て格上が登場。当時でもすでにカントリー界においては大御所だったWillie Nelsonが参加している。もうちょっとスロー・テンポで色気があったら、『Top Gun』を代表とした80年代アメリカ・エンタメ映画のサウンドトラックにでも抜擢されたかもしれない。それくらいムードのある曲。一応、シングル・カットもされてはいるらしいけど、残念ながらチャートインは果たせず。



7. The Beat of Black Wings
 これまであまり起伏の乏しいメロディを歌ってきたJoniだったけど、このアルバムではメロディ・メーカーとしての側面を強調した楽曲が多い。やればできるじゃないの、と言いたくなってしまうミディアム・スロー。
 デュエット曲が多いため、相手にも見せ場を作る気配りという点もあったのだろう。ここで再びCarsのBenjaminが登場。特別、秀でたものとも思えないんだけどね。

8. Snakes and Ladders
 再びDon Henry登場。ここではもうちょっと見せ場を作られている。Eagles解散後、ソロ活動で最も成功を収めていたのが彼であったため、便乗目的ではないけど、ここでDonをフィーチャーする必要があったのだろう。
 こちらもシングル・カットされており、US Mainstream Rockチャートにて最高32位。サンプリング・ヴォイスのJoniが聴ける貴重な一曲。

9. The Reoccurring Dream
 ほぼゲストを入れることもなく、ほぼJoniとLarryの2人で制作された、密室間の強いメッセージ・ソング。『Dog Eat Dog』の延長線上的なサウンドは、ここで完結している「閉じた音像」ではあるけれど、デジタル特有の質感は柔らかく処理されている。

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10. A Bird That Whistles (Corrina, Corrina)
 古いトラディショナルのカントリー・ブルースをベースとした、変則チューニングで奔放に引きまくるJoniのアコギ、それと旧知の盟友Wayne Shorterとのセッション。お互い手の内は知り尽くしており、当初は和み感さえ漂っているけど、終盤に近づくにつれ、互いの技の応酬が激しくなる。興が乗ったセッションは次第に緊張感が蔓延しはじめ、そして唐突に幕を閉じる。その切り上げの加減こそが、一流アーティストらを手玉に取って操ってきたJoniの成せる業なのだ。



コンプリート・ゲフィン・レコーディングス
ジョニ・ミッチェル
ユニバーサル インターナショナル (2007-09-19)
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難解だと思ってる人には、ここから聴いてほしい - Joni Mitchell 『Court and Spark』

folder 1985年からロキノンを読むようになった俺にとってのファーストJoniは『Dog Eat Dog』。この時期のJoniは高度なプレイヤビリティを封印、これまで敬遠していた無機的なシンセ・サウンドに果敢に挑戦している。熟練ミュージシャンの技術スキルに頼らず、あくまで他のアーティストと同じ条件のもと、どれだけオリジナリティを表現できるのか、を追求しており、これはこれで好きなのだけど、多分一番聴いてるのは、ジャズ/フュージョン・サウンドを導入し始めた、この『Court and Spark』だと思う。

 めちゃめちゃキャリアの長い人である。遡ればウッドストックの時代から活動しているので、ひと括りに「こういったサウンド」とまとめることは難しい。
 一応、サウンドの傾向として、俺なりにざっくり区切ってみたのが、これ。
 
 ① シンガー・ソングライター期(デビュー~『For the Roses』まで)
 ② ジャズ/フュージョン期(『Court and Spark』~『Shadown and Light』まで)
 ③ AOR的コンテンポラリー・サウンド期(『Wild Thing Run Fast』~『Taming the Tiger』まで)
 ④ オーケストラ・アレンジでセルフ・カバー期(『Both Sides Now』と『Travelogue』)
 ⑤ 引退表明後の復活(『Shine』~現在)

 分類の仕方は人それぞれだけど、まぁ②くらいまではほぼ間違ってないと思う。それ以降はいろいろ解釈が分かれると思うけど。
 こういった分類のほかに、これまで制作に関わってきたミュージシャン・エンジニア達、まぁ要するに男性遍歴だけど、「恋多き女」として評されるJoni、これまでDavid CrosbyやJames Tylor、Jaco Pastoriusなど、付き合う男によってそのサウンドが変わるという、一歩間違えれば田舎のミーハー娘と大差ない価値観での分類の仕方もあるのだけれど、まぁそれはまた別の機会に。

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 今回取り上げるのは②の時期、一般的にも名作が集中している、と評価の高い時期でもある。俺的にもよく聴くのはこの時期が多いのだけれど、①の時期、シンガー・ソングライターとしてのJoniは、正直苦手である。一応①から⑤まで、ひと通りは聴いているのだけど、初期の3枚を聴いたのは、多分2、3回程度、初期の名盤とされている『Blue』だって、重すぎてきちんと聴いたことがない。
 ちゃんと聴けばいい曲も多いのだろうけど、ほぼギター1本か、せいぜいバックにアコースティック・ピアノ程度、シンプルに削ぎ落とされたサそのウンドは、俺にはどうにも重い。あまりに飾り気ないJoniの声は、滲み出る情念が強すぎて、時に聴く者を不安へ誘う。男が聴くには、重すぎる女なのだろう。
 英語がネイティヴな者なら、多分そこまでの威圧感はないのかもしれない。だって俺、中島みゆきではそんな風に思ったことがないもん。
 俺が初期のJoniの良さをわかるようになるまでは、まだ歳月が必要なのかもしれない。

 なので、一度引退表明してからの時期、⑤の作品も俺的にはイマイチ。だってつまんないんだもん。純粋に楽曲の良さ「だけ」を堪能するのなら、このようなシンプルなアレンジがいいのだろうけど、俺は「本質」だけを求めてるんじゃないのだ。その他にも付随した「ムダ」な雑味も含めての嗜好であって、精進料理をたしなむには、まだちょっと早すぎる。
 理屈ではわかっているのだけど、やっぱまだ時間が必要なようで。

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 Laura Nyroのレビューでも書いたことなのだけど、彼女もまた、非常に通好みのアーティストである。同業者であるミュージシャンにもファンは多く、俺の知る限りではPrinceがキャリアの初期に影響された、と明言している。トリビュート・アルバムが企画されれば、多くの優秀なアーティストが挙って参加するし、またクオリティも高い。
でもセールスはイマイチ、というのが、この種のアーティストの特徴でもある。グラミー獲得など、それなりの実績はあるのだけど、多分すべてのアルバム・セールスを累計したとしても、Taylor Swiftの1枚にも及ばないはず。
 それでもレコード会社としては、文化遺産的な意味合いで受け止めているのか、メジャーでの契約が切れたことはなく、カタログには常に残っている状態である。

 もともとの販売数が少なくせいもあるのだけれど、ブック・オフを覗いても、JoniのCDが置いてあるのを見たことがない。1度手に入れてしまうと、なかなか手放せないのだろう。日常的にヘビロテになるタイプの音楽ではないけれど、どこか常に手元に置いておきたいアーティストである。

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 このアルバムは、これまで無骨なサウンド・ディレクションだったJoniにとって、大きなターニング・ポイントになっている。これまでは楽曲のクオリティの高さを信じて、シンプルなアコギ中心でレコーディングしていたのを、ここからはガラリと手法を変え、フュージョン系のミュージシャンを大量起用したことにより、音の厚みが格段に増している。
 Joniの楽曲の特徴としてよく語られているのが、変幻自在なコード進行、どこに終着するのか予測のつかないメロディ。バンド・アレンジならあまり目立たないけど、ほとんど装飾のない、初期のフォーク・サウンドを聴いてみると、どこか調和の取れてない、いびつなメロディ・ラインがそこかしこに見受けられる。日本人好みのヨナ抜き音階とは次元の違う進行なので、分かりづらい、または起伏の少ないメロディが馴染みづらい、という意見も多い。
 これがジャズを通過していると、自然とテンション・コードが理解できるようになり、「そういうのもアリだよね」となるのだけれど、それには長きにわたる経験が必要となる。そこに至るまでが、俺も長かった。
 考えてみれば大多数のアメリカ人だって、ほんとに好きなのはカントリー調の泣きのメロディ、またはスムース・ジャズと地続きのブラコン・サウンドだし、そこは日本と事情は同じである。

 なので、こんなキャッチーさのカケラもないアルバムが、いくら70年代とはいえ、上位にチャート・インしたというのは、極めて特殊な例である。最先端のサウンドで飾り付けられた、最強のメロディ、ヴォーカルが、ここにある。


Court & Spark
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1. Court and Spark
 Joni自身によるピアノの弾き語りからスタート。ここから少しずつ目立たぬよう入ってくるリズム隊。このアルバムでほぼ全編を担当しているのが、John Guerin(Dr)、Wilton Felder(B)、Larry Carlton(G)の面々。いずれも手練れのミュージシャンらしく、あくまでJoniの引き立て役としての役割。
 ここではあくまでゆったりと、これまでのアコースティック路線を基調としたサウンド。静かなオープニングだ。

2. Help Me
 ビルボード最高7位まで上昇した、このアルバムに限らず、Joniの曲の中では明るめのサウンドのナンバー。タイトルが示す通り、歌詞自体はそれほど明るいモノではないけれど。ここでリズム隊が初めて自己主張。それと、ここでの主役はやはりTom Scott。ここで使用しているWoodwindsというのは、いわゆるクラリネットなど木管楽器の総称。
 きちんとアレンジや構成が練られたサウンドなので、普通に聴きやすい。ハイハットを多用したリズムも、ロックに飽きた耳には心地よい。



3. Free Man in Paris
 2.とほぼ同じコード進行が続く。同じくJoniの中ではポップな曲。ここでバンド隊が少し変更して、コーラスに参加しているのはDavid CrosbyとGraham Nash。この頃、Davidとの関係は惰性になっており、何となく義務感半ばでくっついていたのだけれど、後のJacoの登場によって、捨てられる運命にあるDavid。まぁこの頃はCS&Nがヒットしていたので、彼も女には困ってなかったのだろうけど。
 フュージョン・サウンドとの奇跡的な融合が成功しているにもかかわらず、歌ってる内容は、仕事をさぼりたがるDavid Crosbyの愚痴が主題。英語だからいい感じに聴こえるけど、もうちょっと何とかならなかったの?と思ってしまう内容。まぁシャレで歌っているのだろうけど、そのシャレが後年まで残ってしまっているので、下手すると黒歴史になってしまいそう。

4. People's Parties
 このアルバムでは全編Joni自身がアコギを弾いているのだけれど、この時代にこれだけきれいな音でストロークを録れたというのは、録音技術ももちろんだけど、やはりテクニックの部分が大きい。特にこの曲はアコギが主役となっており、彼女が名手と呼ばれているのがわかる。
 
5. Same Situation
 4.とメドレー形式の組曲となっており、同傾向のナンバー。今度はピアノが主役となっており、この辺は今後のフュージョン路線の原型となるソフト・サウンディングが展開されている。ここで初めてストリングスが使用されているのも、曲のムードを壊さない程度でマッチしている。


6. Car on a Hill
 LPではここからB面。メロディが立った曲なので、ちょっと親しみやすい。ブルース色濃いWayne Perkinsの浮遊感あふれるギター・プレイが、フュージョン・テイスト満載。Joni自身による多重コーラスは倍音が多く、夜聴くと不安げになってしまう時があるので注意。

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7. Down to You
 B面ではメインとなる、5分超のピアノ・バラード。ここでJoniはピアノとクラヴィネットをプレイ、ここはあまり他人を入れたくなかったのか、ほぼ独りで創りあげたオーケストレーション以外はDavidらコーラス隊のみ。歌詞も重いラブ・ソングなので、ある意味Davidへの当てつけのような曲。

8. Just Like This Train
 シンガー・ソングライターとしてのJoniが堪能できる、アルバムのフックとなるナンバー。こちらもメロディを引き立たせたアレンジなので、聴きやすい。この人はピアノに向かうと鬱々とした感じになってしまうので、ギターの方がイイ感じの軽みが出て親しみやすくなる。一見、強面なのだけど、笑ったらカワイイ表情、それがJoni。
 置き去りにされた負け惜しみの歌詞は相変わらず重いので、サウンドがこのくらい軽い方がちょうどいい。

9. Raised on Robbery
 あまり知られてないけど、Joniにとって唯一と言っていいロックンロール・ナンバー。まるで”Johnny B. Good”のようなリズムに乗って軽やかにスイングするJoni。演奏陣も楽しそうで、Tom Scottもこのアルバムで唯一、ブロウするサックスを聴かせている。
ここでギターで参加しているのがRobbie Robertson。まぁカナダ繋がりだし、何かと接点はあったのだろう。こういう人が一人入っていると、同じバンドでもノリがまるで違ってくる。それがバンド・マジックというやつなのだろう。

10. Trouble Child
 饗宴は終わり、ここから一気にジャズ・テイストが濃くなる。この終盤2曲が好きになってきたのは、俺が年を取った、ということ。だって、昔だったら全然興味なかったもの。
 ミュート・トランペットの響きは、当時のロック・ファンにとっては新鮮に映ったんじゃないかと思う。こういったサウンドはヒット・チャートではなかなか出会えなかったはずだし。



11. Twisted
 前曲のChuck Findleyによるトランペット・ソロから切れ目なしに続く、本格的なジャズ・ナンバー。このアルバムの中では唯一のカバー曲で、ジャズ・シンガーAnnie Rossの1952年のヒット曲。
youtubeでオリジナルを聴いてみたところ、Annieの方はちょっと硬い歌い方なのだけど、対するJoniはセクシャリティは前面に出したヴォーカルを聴かせている。まぁオマケの曲みたいなものなので、シャレっぽく歌ってみたのだろう。オリジナル曲なら、絶対しないはず。
 曲中で掛け合いを披露しているCheech Marin、Tommy Chongは、それぞれアメリカのコメディアン。歌詞の内容もスタンダップ・コメディアンがステージで披露しているような小噺風なので、起用に至ったんじゃないかと思う。




 今年になって動脈瘤で倒れたJoni、最近のステートメントでは、「順調に回復している」とのこと。もうあまり無理はできないだろうけど、まずは生きていてほしい。
彼女のような生き方の人は、創作活動とは「業」のようなものであり、意識が続く限りはそこへ向かわざるを得ない。それは誰のためでもない、
 生きること、それはすなわち表現し続けること―。
 彼女のためにあるような言葉である。


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北海道の中途半端な田舎に住むアラフィフ男。不定期で音楽ブログ『俺の好きなアルバムたち』更新中。今年は久しぶりに古本屋めぐりにハマってるところ。
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