folder 2014年にリリースされた、なんと通算16枚目のオリジナル・アルバム。
 ちょっと中途半端な区切りだけど、この年が結成35周年のアニバーサリーとなるため、アルバム・プロモーションも兼ねて大々的な世界ツアーを行なっている。結構な大所帯にもかかわらず、全世界を股にかけてマメにドサ周りしている印象なのだけど、今の時代、パッケージ・メディアも含めた音源自体が売れない時代なので、店頭に置いて買ってもらうのを待っているよりは、アーティスト側が自ら現地に出向いてライブ・パフォーマンスを行なった方が、よっぽど見入りが良い。そういった傾向は全世界的な流れなので、こういった場合、すでに知名度を確立しちゃってるライブ・バンドは強い。地道な努力が直接実を結ぶので、彼等にとってはいい時代である。
 実はこのバンド、30周年を迎えた時もアニバーサリー的なアルバムをリリースしており、その記念作『Transatlantic R.P.M.』はChaka KhanやLeon Wareなど豪華ゲストを迎えてコラボレートした、オールド・ソウル/ファンク好きのユーザーにとってはたまらない内容だった。何かと理由をこじつけて大騒ぎするのはオメデタイ気もするけど、もともとの音楽性にラテンも含まれているため、そういったのもアリなんじゃね?とも思ってしまう。

 その創立35周年記念ということだけど、70年代末から活動を開始したUKジャズ・ファンク・バンドLight of the Worldがメジャー・デビューにあたってIncognitoに改名、1981年からキャリアがスタートする。デビュー・アルバムのタイトルはそのまんま『Jazz Funk』。直截的なタイトルから硬派で理屈っぽいフュージョン系のディープ・ファンクが想像されるけど、試しに聴いてみると何のことはない、今のIncognitoにも通ずるチャラいフュージョンである。ヴォーカルレスのため色気はないけど、ファンクの「ファ」の字もないライト&メロウなサウンドは、これはこれでアシッド・ジャズのルーツと言ってもいいくらい。
 ただ、当時はフュージョン自体が下火になりつつあり、スムース・ジャズ的な軽いサウンドはセールス的に目立った成果を上げることができなかった。最初から単発だったのか、それとも契約更新できなかったどうかは不明だけど、その後Talkin Loudと契約してアシッド・ジャズ・ムーヴメントの中核を担うに至るまでは、ほぼ10年のブランクがある。
 その10年の間、彼らがどのような活動を行なっていたのかは、俺の勉強不足もあるけどちょっと不明。その辺を突っ込んだレビューや記事を見たことがないので、誰か詳しい人教えて。

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 そんな空白期間を抜くと、それでも堂々と実質25年。まぁこっちの方がちょうど四半世紀でキレがいい感じもする。で、その中でほぼ1〜2年のペースで16枚もの新作アルバムをリリースし、それにベストだのリミックス・アルバムだのライブ・アルバムだのが加わるので、何かと忘れようがない。お歳暮とお中元を欠かさず寄越す律儀な親戚のような人たちである。
 とにかくアイテム数がめちゃめちゃ多いバンドなので、すべてを把握するのは不可能に近い。アルバムだけならまだしも、シングルのミックス違いや各国ヴァージョン違いにまで手を出したら、それこそキリがない。多分、自分らでも正確に把握してないんじゃないかと思われる。
 バンドとは言っても半分プロジェクト的な緩いメンバー構成のため、ミュージシャンやヴォーカリストらの負担はそれ相応にあるだろうけど、incognito の創設メンバーであり司令塔のMatt Cooper (key)とJean-Paul 'Bluey' Maunick (g)、実質彼ら2人がIncognitoそのものであり、この四半世紀はずっと働きっぱなしである。先に挙げたレコーディング作業に付け加え、さらにリリースごとにワールド・ワイド・レベルのツアーを行なうのだから、いつ休んでるの時給換算したらどうなっちゃってるの、とこちらが心配になってしまう。いや、多分こういう人たちって、きちんと節目ごとに長期バカンスを取ってリフレッシュし、プロジェクト開始と共に馬車馬の如くハード・ワークをこなすスタイルを作り上げているのだろう。じゃないと、ここまで長続きはしない。

 ただ結成30周年を迎えた辺りから、音楽的にも気持ち的にも何となくひと区切りついちゃったのか、Incognito 本体の活動ペースとはまた別にこの2人、Citrus Sunという別プロジェクトも始めちゃったりしている。リズム隊はほぼIncognito そのまんま、サウンド・コンセプトも「ちょっとメロウさを強めた70年代ソウル/ファンク/ジャズ/ラテンをベースにしたクラブ・ミュージック」といった具合なので、「Incognitoと何が違うのか?」と突っ込まれちゃうと、本人たちとしても「名前が違うだろ!」と半ばキレ気味に開き直るくらいしかないのだけど、あながち間違ってはいない。それって結構大事なことで。
 Incognitoクラスのバンドになると、その周りでサポートするスタッフやブレーンの数がハンパなく、もはやひとつの会社みたいなものになっちゃってるので、メンバーの独断だけで行動することが難しくなる。根拠のない新機軸は制止されるし、何かひとつアクションを起こすにも、会議やミーティング・稟議のやり取りというワン・クッションによって、フットワークは重くなる。
 クリエイティヴな作業をメインとしたアーティストとは相反する存在の彼らではあるけれど、ある程度メジャーになった海外アーティストにとって、周辺雑務をクリアにしてくれるエージェントの存在は必要不可欠である。彼らのような存在がいるからこそ、バンドはクリエイティブな作業に専念できるし、アニバーサリーごとの大規模イベントも滞りなく行なえる。それは理屈ではわかってはいるのだけど、時にそれがウザったく思えてすべてを投げ出したくなってしまうのも、またアーティストの性でもある。
 なので、時々こうやってIncognitoの看板をはずし、ちょっとしたガス抜き、友人を交えた気ままなセッション・バンドといった趣きでCitrus Sunは断続的に活動している。下手にセールスを上げてしまうとまためんどくさくなるので、言うなれば大っぴらな税金対策、セールスのプレッシャーから解放されて気ままな演奏を楽しむメンバーらがそこにいる。

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 で、このアシッド・ジャズ、基本は90年代を中心として広まったジャンルであり、さほど深い歴史はない。深さもそうだけど幅の広さもそれほどではなく、極端な話、アシッド・ジャズの2大巨頭であるIncognitoとJamiroquai 、それと前回レビューしたBrand New Heaviesを押さえてしまえば、このジャンルのおおよその概要は掴めてしまう。もうちょっとディープなエリアに踏み込むと、James Taylor QuartetやCorduroyなんかが後に続くわけだけど、そこまで深く掘り下げずに他のジャンルへ移行してしまう人の多いこと。ていうか、それが俺だけど。
 2大巨頭プラスワンの3組はそれなりにキャラも立っており、実際シングル・ヒットも多いのだけど、彼ら以外のアーティストになると、急に格落ちというか、ちょっと薄すぎて物足りなく感じてしまうことが多い。特にアシッド・ジャズの中でもサウンドに力を入れたインスト率の高いアーティストの場合、変にシャレオツに偏り過ぎてカクテル・ジャズみたいになってしまい、これなら本物のモダン・ジャズを聴く方がよっぽどいい、ということになってしまう。そんなフヌケたBGMを聴くのなら、もっとプレイヤビリティにこだわったジャズ・ファンクの方にシンパシーを感じてしまい、早々にアシッド・ジャズから足を洗っちゃう人も多い。ていうか、それも俺だけど。

 そんな経緯もあった俺の中で、アシッド・ジャズというのはいわゆるプラットホーム的なもの、そこを入り口として様々なジャンルへ向かう「通過点的なジャンル」だと勝手に理解している。雑多なジャンルの複合有機体として誕生したアシッド・ジャズ、その音楽性はあらゆる可能性を内包しており、ある意味過去の遺産へのリスペクトやオマージュが色濃く反映されている音楽である。
 そうしたアーティストらの強い想いに呼応して、彼らのルーツであるオールド・ファンクや60〜70年代のソウル・ジャズ、ラテンやレゲエへ遡り、さらにディープなレアグルーヴの広大な裾野に足を踏み入れた人も多いはず。これがダンスビートの方に興味が行くと、これまた広大な大平原となるヒップホップ方面へ向かうことになるのだけど、俺はそっちへは行かなかった。まぁそれこそ、人それぞれ。


Amplified Soul
Amplified Soul
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Incognito
Imports (2014-06-10)
売り上げランキング: 57,822




1. AMPLIFY MY SOUL (PART 1) 
 エロティック・ソウルのオリジネイター Marvin Gayeへの熱烈なオマージュ。あまり尾を引くとクドくなるので、サラッと3分弱でまとめている。プロローグで見せる引きの美学。

2. I COULDN’T LOVE YOU MORE 
 近作で重宝されることの多いVanessa Haynes がリードを務めるアシッド・ジャズの定番フォーマット的ナンバー。ちょっとハスキーなシルキー・ヴォイスは殿方の官能を刺激する、ってなんか安手のコピーだなこれじゃ。Incognito にはそういった下世話さがいい意味で似合う。ここぞとばかりに張り切る間奏のBlueyのナチュラル・トーンのギターはDavid T.Walkerを彷彿とさせる。

3. RAPTURE 
 ギターのカッティングがややファンキーだけど、ファンクと言い切ってしまうほど濃くはない。なんでも「ほどほど」がアシッド・ジャズの持ち味なのだ。
 ここ2作ではお休みしていた歌姫Imaani が復帰、若々しくグルーヴィーなヴォーカルを披露。UKだとこのタイプのシンガーって多いんだろうけど、きちんと記名性の高いヴォーカルをキープできるのは、やはりバンドのネーム・バリューと高い音楽性の賜物。

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4. HANDS UP IF YOU WANNA BE LOVED 
 今回初参加となるKatie Leone がリードを務めるマイナー・タッチのR&Bナンバー。Chaka Khanタイプのファンキー・ディーヴァは新参者にもかかわらず、グイグイバンドを引っ張っている。Blueyが太鼓判を押すのもわかる激情ヴォーカルは、案外しっくりサウンドに溶け込んでいる。

5. HATS (MAKES ME WANNA HOLLER)  
 誰が聴いてもわかるように、Pharrell Williams “Happy” を連想してしまう、軽快なモータウン・ポップ。ここまでストレートにやっちゃうと、逆に爽快ささえ感じてしまう。ここ最近はSadeのツアーでしばらく欠席していた男性ヴォーカルTony Momrelle が久々に復帰、Pharrellにも勝るとも劣らぬチャラさを披露している。そうだよな、まさかあのSadeの前でこんなはっちゃけた姿、見せられないもんな。



6. SILVER SHADOW 
 再びVanessa 登場。このアルバムでは唯一のカバー曲、1985年リリース、80年代モータウンを代表するグループAtlantic Starrのシングルで、UKでは最高41位の中ヒット。イイ感じに微妙なチャート・アクションのナンバーを持ってくるところあたりが彼ららしい。原曲が80年代特有のシンセ・ドラムまみれの軽いポップ・チューンだったのに対し、ここでは生演奏スタイルによってサウンドに厚みが増し、軽くオリジナルを凌駕している。



7. DEEPER STILL 
 ここにきてかなりジャジーなテイストのアーバンなスロー・ナンバー。Erykah Baduを彷彿させるヴォーカルは若干22歳、今回が初参加の Chiara Hunter。ていうか音源デビューはこれが初。こんな逸材がワラワラ集ってきて、その中から秀でた者をピックアップするのだから、オーディションだけでも大変そう。売り込みだっていっぱいあるだろうしね。
 そういった激戦を勝ち抜いて来ているので、実力は言わんと知れている。まぁ若いからだろうけど、もうちょっと場数を踏めば、もっと持ち味を活かせるんじゃないかと思えてしまう、可能性を感じさせる1曲。

8. AMPLIFY MY SOUL (PART 2) 
 第2章を告げるインスト・ナンバーはメロウなサキソフォンの調べ。なんかこう、Incognitoにはこういったトレンディな言い回しが似合う。ていうか俺がそんな気分になってしまう。ある程度以上の年齢層に向けて、ピンポイントで魅了してしまう色気があるのがこの人たち。

9. SOMETHING ‘BOUT JULY
 再びTony登場。先ほどはちょっとオチャラケ気味だったけど、ここでは本来の持ち味を活かしたオーソドックスなAOR風味のソウル・ナンバー。モダンジャズ・テイストの濃いシングル・ノートのピアノがジャジーさを与えている。ここはコンポーザーとして地味な役割だったMattがここぞとばかりにセンスを披露している。
 でも6分はちょっと長いかな。4分程度に収めたら、もっとタイトに仕上がったんじゃないかと思う。

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10. DAY OR NIGHT
 KatieによるIncognitoらしいミドル・テンポのジャジー・テイスト・ナンバー。歌いこなすのは結構難しい曲なのだけど、これをきちんと自分のモノとしてしまうこと、またこういったハイレベルな楽曲を彼女に委ねていることから、今後のIncognitoの中枢を担うヴォ―カリストとして認められてることがわかる。

11. WIND SORCERESS
 70分超のアルバムのため、LPで換算すると、この辺が折り返し、2枚組アルバムの1枚目が終わる頃。そういった計算でここに配置されたと思われるインスト・ナンバー。夕暮れの海沿いを思わせるトランペットの響きはメインストリーム・ジャズそのもの。俺的にはこういったトランペット・ソロはすべて「金曜ロードショー」のオープニングを連想してしまう。

12. ANOTHER WAY
 ここに来てやっと登場、Blueyと共にIncognitoを象徴する歌姫Carleen Andersonによるソウルフルなナンバー。ここまであらゆるヴォーカルが入れ代わり立ち代わりでニュー・タイプのIncognitoを彩っていたけど、やはりこの人が歌うだけで、バンドのレベルがグンっと上がる。もはやアシッド・ジャズと呼ぶこともできない、正当なソウル・スタンダード。たった4分、たった4分しかないのが惜しまれる。あぁもっと聴いていたいのに。



13. I SEE THE SUN
 初参加 Deborah Bondによる90年代Incognitoを彷彿とさせるR&Bナンバー。もともとソロでも2枚のアルバムを出しているため、それなりに実績はある。ただ、このメンツの中ではちょっとヴォーカルは弱いかな。ここで急に厳しい目線になるけど、こここはDeborahじゃないと、というパーソナリティが浮かび上がって来ないのだ。多分、彼女じゃなくてもそれなりに歌いこなせてしまいそうな曲だしね。
 もしかしてこれから重宝されるかもしれないので、単なる選曲ミスと思っておこう。

14. NEVER KNOWN A LOVE LIKE THIS
 これもIncognitoとしては手癖で作られたような、ほんと「らしい」曲なのだけど、ここは珍しくデュエット・ナンバー、TonyとVanessaによる掛け合いが絶妙。サビのベタな転調でも、長いことやってる2人、バンドのツボを心得たようなヴォーカライズを聴かせている。ちょっとラテンが入ってるのもまた官能を刺激する感じでグッド。



15. THE HANDS OF TIME
  引き続きVanessaのソロ。すっかりIncognitoで自分のポジションを築いてしまった彼女、やはりオイシイ曲は彼女に回ってくる。決して美声ではないけれど、その声の揺れがまたバンド・サウンドにうまくフィットするのだろう。歌のうまさは人並みだけど、どこか聴く者、プレイヤーの感情にダイレクトに響く性質とエモーションを内包している。やはりテクニックだけでは人を感動には導けないのだ。百戦錬磨のBlueyとMattにはその辺がよくわかっている。

16. STOP RUNNING AWAY
 ラストはなんとBlueyによるオーセンティックなソウル・ナンバー。「細い声質のソウル・シンガーはすべてCurtis Mayfieldになってしまう」という、俺の勝手な法則通り、彼もまた適所にファルセットを多用している。ほんとはMarvinになりたかったんだろうな、きっと。でもコンポーザー的資質の方が勝っていたため、本格的なシンガーにはなれなかったけど、ここはちょっとした特権乱用ということで。



 アシッド・ジャズ界四天王のうち、Jamiroquaiはパーリーピーポー担当、Brand New Heaviesはクラブ担当というイメージ。じゃあ最後の黒幕は誰なのかと言えば、ちょっと思いつかなかった。誰か勝手に埋めてくれたらありがたい。


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