1986年にリリースされた、Electric Light Orchestraとしての最終作。今年に入ってから、リーダーであり今では唯一のメンバーとしてクレジットされているJeff Lynneの動きが活発になり、もうすぐ15年振りにELO名義のニュー・アルバムが発売になる。
その15年前、今世紀に入ってからELOは一度復活しており、今回同様、Jeffのソロプロジェクトとして、アルバム『Zoom』をリリースしている。この時点でも14年振りのニュー・アルバムということで、かなり洋楽シーンでは騒がれた覚えがある。
あるのだけれど、その後あまり騒がれなかったのは、はっきり言って売れなかったから。当初の予定で行けば、『Zoom』を引っさげての大々的な世界ツアーを行なう予定だったのだけど、そのセールス不振も相まってチケットの売り上げも悪く、ツアーは中止となってしまう。
結構前評判は高かったはずで、メディアでも結構大きく取り上げられていたはずなのだけど、急にパタッと音沙汰がなくなってしまったのは、こういった事情もある。なので、今ではこの時期、黒歴史的な扱いを受けており、一応ディスコグラフィにも載ってはいるのだけれど、あまり触れられることもなく、スルー状態である。
その後、Jeffの目立った活動といえば、盟友George Harrisonの遺作を手伝ったくらいで、後はアーカイヴのまとめ的な活動しかしていなかったのだけど、今回は久し振りの前線復帰である。前回の轍を踏まぬよう、それなりの準備はしてるはずだけど、さてどうなることやら。
『Balance of Power』リリース時点で、バンドとしてのELOはすでに解体寸前となっており、一応、ドラムのBev Bevan、キーボードのRichard Tandyもクレジットされているのだけれど、実質はJeffのソロ・アルバム、彼らはほんのちょっぴり手伝っただけである。
前作『Secret Message』がセールス的にコケてしまったため、バンドのテンションは下がりまくり、このまま自然消滅してしまいそうだったのだけど、マァよくある話で契約が残っていたため、取り敢えず何かリリースして契約消化しなければならなかった、という極めて後ろ向きな理由。
栄華を極めた70年代もいまは昔、セールスのピークはとっくに過ぎており、なのでこれもそんなに売れなかったんだろうなと思ってwikiで調べてみると、US49位UK9位と、意外に健闘している。いくら落ちぶれてしまったとはいえ、まだELOのブランドはそこそこ通用していたようである。
驚いてしまったのは、日本での売り上げ。詳細は不明だけど、なんとオリコン16位にチャート・インした実績が残っている。恐らく瞬間風速的に入ったのだろうけど、こんな地味なポップ・アルバムが日本でも売れていたことには、ちょっとビックリ。
一般的にイメージされているELOサウンドと言えば、大ヒット作『Discovery』をピークとした、メロディアスなストリングスと軽快なロックンロールを融合したポップ・サウンドの印象が強い。ロックとポップを足しただけなら、ただのバブルガム・ポップになってしまうところを、オーケストレーションをバンド・サウンドに導入することによって、ポップ・サウンドにプログレッシブ・ロックのドラマツルギーを持たせたのは、彼の発明である。
同時代に隆盛を極めていたプログレもまた、クラシック音楽との融合という、一見似たような方法論を展開していたのだけれど、方向性はまるで違っている。プログレの場合、YESやELPに代表されるように、オーケストラとの共演やクラシック曲のカバーなど、あくまでロックとクラシックの融合というコンセプトでのアプローチだったけど、ELOはまったく別の方法論だった。
クラシックという音楽のカテゴライズはひとまず置いといて、「ロック・バンドの構成楽器のひとつとしてのストリングス」という使用法が、他とは違うELOのアプローチだった。荘厳とした舞台装置として使うのではなく、リズム楽器の一つとして取り入れたのは、多分彼らが最初である。
そのオーケストレーションで、クラシックや現代音楽にありがちなカウンター・メロディを奏でさせるのではなく、リズムを刻む打楽器的使用法によって、スタッカート的な譜割りが躍動感を生み出し、プログレよりもプログレ的なポップ・ミュージックを創造した。
同じようなアプローチはT.Rexもやっていたのだけど、志半ばで亡くなってしまったのが惜しまれる。
そんなシンフォニック・ポップ市場を独占していたELOだったけど、仰々しく過剰にドラマティックな彼らのサウンドは、次第にマンネリ化して新鮮味が薄れてゆく。パンク/ニュー・ウェイヴの勃興によって、彼らのように作り込んだサウンドは時代遅れになってゆき、それに伴ってセールス的には次第に地味になって行く。
そんなこんなの事情の末、リリースされたのがこのアルバム。当然、予算もない。人もいない。とにかくこれを納品しないと次に進めないので、ある意味消化試合的な扱いのアルバムである。
なので、これまでのような音の厚みはない。壮大な長尺の曲もなく、ほとんどの曲がコンパクトにトータル34分でまとめられている。これまでふんだんに使用されていたストリングスは影が薄く、あったとしてもサンプリング音源で代用されている。代わりにメインで使われているのが、今まであまり前面には出してなかった、シンクラヴィアなどのシンセ・サウンドである。なので、一聴すると汎用型のエレ・ポップである。
ちょうど時代はNew Orderが台頭してきた頃で、エレ・ポップ自体のニーズは高かった。ただし実際にチャートを賑わしていたのは、そのNew OrderやDepeche Modeなど、ダンス・フロア仕様の性急なビートを持つアーティストが多かったため、箱庭ポップ的な側面を持つELOのサウンドはインパクトが弱かった。この辺りがチャートで苦戦した要因のひとつである。
リアルタイムでは不遇を囲ったアルバムだけど、これだけ時間を置いてから改めて聴いてみると、これまでは見えづらかったメロディ・ラインに焦点を当てた構成になっている。もともとは50年代のロックンロール・クラシックや、Beatlesをルーツとした稀代のメロディ・メーカーであるJeffだけど、なまじサウンド・メイキングの才能もあったため、いつしか華麗なアレンジメントばかりが持て囃されるようになり、本来の持ち味が薄まって伝わっていた部分がある。
このアルバムでは、次第に増えつつあった工程数をダウン・サイジングすることによってシンプルに収め、敢えてベタなコード進行と親しみやすいメロディに耳が行くように構成されている。
その過剰とも形容された音の壁が取り払われ、あとに残ったのは、純粋なメロディだった。制作の都合上、シンプルなサウンド・デザインにせざるを得なかったことが、逆にメロディ・メーカーとしての力量を発揮することになった、
まぁ再評価されるにはパンチは弱いけど、80年代に粗製濫造されたエレポップの中で見れば、一段と光り輝く良作である。
バランス・オブ・パワー(完全生産限定盤)(紙ジャケット仕様)
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1. Heaven Only Knows
リリースされた当時は安っぽく感じたのだけど、時代が巡り巡って、今ではこのシーケンス・リズムが心地よい。ほとんど独りで作ってる割りにはバンド・サウンドっぽく仕上げているのは、基本はロックンローラーであるJeffの真骨頂。オープニングに相応しい、威勢のいいパワー・ポップ。
2. So Serious
コンパクトにまとめたエレ・ポップだけど、ギターのフレーズがBeatlesっぽさを醸し出している。なぜかUKのみでシングル・カットされ、最高77位。もうちょっとアルバム本体が売れていれば、相乗効果でもうちょっと上を狙えただろうけど、実にもったいない。いい曲なのにね。
3. Getting To The Point
3曲目で早くも重量級のバラードを投入。当時のBon JoviやEuropeあたりなら、もっと壮大かつドラマティックに盛り上げるところを、そこはやはり英国人、そこまで野暮なサウンドにしてはいない。せっかくなら、2.よりこれをシングルにすれば、また展開も変わってたんじゃないかと思うのだけど、まぁ今さらか。
もう少しスケベ心があれば、
4. Secret Lives
少しペース・チェンジ、ミドル・テンポのロックンロール。シンセのリフが全編効果的に使われており、キャッチーなメロディ。間奏のギター・シンセっぽい音色が80年代で、俺はちょっと好き
5. Is It Alright
アメリアン・マーケットを意識したような、明快なメロディを持つサビを中心とした、メロディックなパワー・ポップ・バラード。わかりやすいコード進行は親しみやすく、シンセの使い方は日本でも90年代によく使用されていた。
6. Sorrow About To Fall
マイナー調のメロディがUKシンセ・ポップっぽいのと、AORっぽいサックスの響きが印象的なバラード。なぜかポーランドのみでシングル・カットされており、最高10位。この時期、ELOはポーランドで続々シングルを切っているのだけれど、どの曲もほぼトップ10ヒットとなっている。でも、なんでポーランド?
7. Without Someone
日本でいう産業ロックっぽさを想起させる、ハード・ロック・フォーマットのバラード・ナンバー。ForeignerやJourneyあたりがハマりそうだけど、そこまで下品なサウンドにはなっていない。
どの曲もそうだけど、これも3分台に収めているので、過剰にしつこくなる寸前で曲は終わる。
8. Calling America
アルバムのリード・シングルとしてリリース。UK28位US18位はそこそこ健闘しており、それなりにラジオでもかかっていた。多分、俺がELOという存在を知ったのもこの曲で、なので思い入れは深い。
Aメロ~サビ~Bメロ~サビ、という明快な構造、キャッチーなメロディ、ちょっとオールディーズ風味も入ったシンセのフレーズなど、完璧なポップ・ソング。シンセを前面に出した80年代の曲の中では、確実に3本の指に入る。と言っても俺基準だけど。
ちなみにポーランドのチャートでは、最高2位と、かなりの人気ぶり。だから、何でポーランド?
9. Endless Lies
ラス前はドラマティックな展開のバラード。3分にも満たない曲なのに、情報量がすごい。転調に次ぐ転調というより、”Band on the Run” 形式で、3つの曲を強引にまとめちゃった感が強い。並みのアーティストなら、この1曲を引き延ばすだけ引き延ばして、下手するとアルバム1枚くらい作れそうなくらいのアイディアを、ここでは惜しげもなく投入している。
10. Send It
優秀なロックンロール・アルバムの前例に倣って、最後は軽快なロックンロール・ナンバー。初期Beatlesも、ラストはシンプルな3コード・ナンバーで締めたように、オマージュ的に古いタイプのロックンロールを、モダン・サウンドでコーディネートしている。
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