-このアルバムは、ナレーターがハイテク自動車「カマキリ号」に乗って旅をする、というテーマの近未来的な連作歌曲である。タイトルの『カマキリアド』とは、日本語の「カマキリ」と、ギリシャ古典文学『イリアス』の英語表記である「イリアッド」を合わせたものである。
厨二病を拗らせた漫画青年が、少年雑誌に持ち込んでボツになった作品のようなコンセプトで作られた、Donald Fagen 2枚目のソロ・アルバム。久しぶりの表舞台にもかかわらず、何でこんな捻くれた設定を思いついたんだろうか。いや、長いブランクが逆に仇となったんだろうな。目玉集団のResidentsが喜んで取り上げそうなテーマだもんな。
現実寄りのレトロ・フューチャーを狙ったと思われるSFっぽいインパネのイラスト・ジャケットは、正直、センスの良さは感じられない。ていうか『Aja』から『Nightfly』に至る洗練されたジャケット・デザインが特別であって、Dan関係のジャケットはほぼすべてが悪趣味の塊である。「遅れてきたサイケデリック」満載のデビュー・アルバムといい、正面切ったカマキリのズーム・ショットの『Katy Lied』といい、どの辺にアピールしたいのか、さっぱり見当がつかない。
こういった底の浅い思わせぶりもまた、Danの魅力のひとつである、と言いたいところだけど、真剣に受け取ってはいけない。多分、彼らにとってはすべてがジョークの範中なのだから。
まだビルボード・チャートがラップやグランジに支配されていなかった1993年、世間的には大ヒット映画『Bodyguard』相乗効果によるWhitney Houston 「I Will Always Love You」が首位を独走していた頃、『Kamakiriad』はリリースされた。ジャケットといいコンセプトといい、普通に考えれば一般ウケしそうにない作品であるにもかかわらず、『Nightfly』以来10年ぶりのソロ・アルバムということで、リリース前からマスコミ、メディアは盛り上がりを見せていた。正直、日本での知名度は高い方ではなく、その『Nightfly』のジャケットは見たことはあって、多分、ラジオや有線で耳にしたこともあるだろうけど、そもそもDonald Fagenって誰?という程度の扱いだった。ただ、当時の洋楽配給においてほぼ独り勝ち状態だったワーナーの販促キャンぺーンはかなりの力の入りようで、ロキノンを始めとする雑誌媒体への出稿やFMでのパワー・プレイ、タワレコでのレコメンド展開など、出せる手はとにかく尽くしていた。
その甲斐もあって、US10位UK3位、日本でもオリコン最高7位にチャートインしている。CDセールスにおいてミリオンが連発、輸入盤販売もピークの時期だったため、もしかするとSteely Dan関連では日本で最も売れたアルバムかもしれない。
その反面、初動はめちゃめちゃ良かったけど、売り上げ・評価も含めてその後の落ち込みようはハンパなく、リリースされて間もなくして途端に話題にのぼらなくなり、中古CD市場には大量の『Kamakiriad』があふれ、ほぼ新譜にもかかわらず値崩れを起こした。
それまでの熱烈な『Aja』『Gaucho』原理主義的コア・ユーザーにとっては淡泊すぎ、キャンペーンに乗せられて雰囲気で購入してしまったライト・ユーザーにとって、曖昧でわかりづらい彼のサウンドはヘビロテする類のものではなかった。
一聴するとシャレオツで機能性抜群のサウンドと受け取られる後期Danを好む層は、どの時代にも一定数存在していたため、『Aja』~『Nightfly』の作品群は、恐ろしく長いロングテール型の販売曲線を描いていた。決して大きくバズッたりはしないけど、その軌跡は今も連綿と続いている。
で、その連鎖をぶった切ってしまったのが、この『Kamakiriad』と言われている。
要はユーザーが要求する『Aja』~『Nightfly』のクオリティに達していなかった、ということではある。ただ、構想も含めて10年かけて熟成された作品なので、完成度が低いわけではない。テンション・コードを多用した揺らぐメロディと形而上学的な主題は相変わらずだし、いくらでも深読み可能な言葉もそこかしこに散りばめられている。
Steely Danの音楽を形容する際、「謎解きのような音楽」と称されることがあるけれど、ただそれなら『Kamarikiad』も同様である。変ちくりんなコンセプト・設定が象徴するように、思わせぶりな態度は相変わらず、以前にも増してその狡猾さは磨きがかかっている。
なのに、これまでと扱われ方が違うのはなぜなのか。
末期Steely Danで顕著となるのが、今も語り継がれるアナログ・レコーディング技術の総決算、限りなくマニアックでありながら、あらゆるシーンにおいて汎用性を持つ、アーバンでメロウなAOR的世界観である。ミュージシャン・クレジットにこだわる音楽通を唸らせるだけでなく、シャレオツな空間でも何ら違和感なく、環境音楽と同じ機能性を有しながら、どこか不穏な後味を残せるのが、彼らの優位性だった。消費型のBGMとして聴き流すこともできると同時に、不特定多数のごく一部の琴線に、わずかな揺らぎを与えることができたのは、彼らくらいである。
プラチナ獲得アルバムを連発しながら、そのあまりに選民性に満ちたサウンド世界は、レコーディング時間の増大と比例して袋小路にはまってゆく。完璧さを追求するがゆえ、その空間は息が詰まるようになる。すでにDan末期、マン・パワー頼りのアンサンブル構築は時代遅れになりつつあり、もっと効率的なMIDI同期機材の進歩が取って変わりつつあった。彼らが追い求める「完璧なサウンド」は、その強い断定性がゆえ、帰着点を失ってしまっていた。
ある意味、Dan時代の余力で制作された初ソロ『Nightfly』以降、Fagenの足取りはパッタリ途絶えてしまう。
とっくの昔にライブ活動からは引退していたので、当然のようにツアーは行なわれず、いくつかのインタビューに応えた以外は、ほぼ表舞台にも出なかった。最小限のプロモーション活動を行なった後は雲隠れしたかのように、忽然と姿を消してしまう。
『Kamakiriad』リリースの少し前、ほぼ仲間内で行なわれた『The New York Rock and Roll Revue』に参加するまでのほぼ10年、彼は音楽シーンからきれいに痕跡を消し、沈黙を貫いた。
その10年間、プライベートでの良からぬ噂も囁かれているけれど、イマイチ真偽がはっきりしないので、憶測で書くことはやめておく。ただ、創作上のスランプについてはホントっぽいので、そこの部分に絞って憶測で書いてみる。
70年代に主に活動していたにもかかわらず、Danが他の同時代アーティストと違っていたのが、「アルバム・コンセプトの曖昧さ」である。
一部の難解さを装ったプログレやファンタジー性の強いシンフォニック・ロックに代表されるように、特異な大風呂敷が許されていた70年代において、一曲入魂の小品集スタイルを貫いた彼らのスタンスは、小細工を弄じることのない潔さがあった。彼らの多くが、文学的かつ哲学的なお題目を掲げながら、その割にはえせメランコリックなオーバーチュアや底の浅い紋切り型のメッセージで尺を稼いでいたのに対し、ほんの僅かなワンフレーズにも大量のリテイクやミックスを重ね、膨大なマテリアルを推敲し削ぎまくった末に、これ以上足しも引きもできない純度の作品を、Danは作っていた。二流のアーティストがアルバム1枚に注ぎ込むエネルギーを、わずか一曲に落とし込んでゆくことこそ、彼らの制作ポリシーであったと言える。
それが80年代になると、前述したようにテクノロジーの進化が従来のレコーディング・プロセスを浸食し、職人技を存分に発揮したサウンド・デザインは次第に減ってゆく。普及化に伴うデジタル機材の廉価傾向と反比例するように、スタジオ使用料の高騰は作業時間の圧縮を余儀なくされ、Danの特性である長期間のスタジオ占有と有名ミュージシャンの起用は難しくなりつつあった。輝かしい実績を持つ彼らでさえそうなのだから、他の二流ミュージシャンなどは推して知るべし。
そんな事情もあって、Fagen並びにプロデューサーWalter Beckerらが新機軸としえ設定したのが、冒頭の「カマキリ型オートモービルが云々」といった70年代的コンセプト。個々のミュージシャンの力量に頼ったバンド・アンサンブルではなく、アルバム全体としてのトータル・コンセプトを揃えることで各曲の相乗効果を得る、という方向性を見出した。
ご存じのように、彼ら2人揃ったということは、実質的にDanのアルバムであるわけだし、だからといって従来のやり方は予算的に厳しいわけだから同じことはできないし、どこかで新たな視点を設けることが必要だったのだろう。とは言っても彼ら自体はそれほど引き出しが多い方ではないし、思いつくことといえば旧知の手法のアレンジでしかないわけだし。
とはいってもネガティヴな側面ばかりだけではなく、『The New York Rock and Roll Revue』というリハビリ的なワン・クッションを置いたおかげでライブでの偶然性に目覚めたDonald、プリプロには相応の時間をかけたけれど、以前のようにニュアンスにこだわったリテイクの連続はなくなった。それよりライブ感覚を重視し、これまで無縁だったバンド・グルーヴを前面に出すように努めた。
カマキリ型の乗り物が結局何なのかは、正直どうでも良い。ていうか、ヘヴィー/ライト・ユーザー双方、興味を持った者の方が少ない。サウンド自体にコンセプトが如実に反映されているのかといえば、そうでもない。特別、近未来的な設定やSFチックなテイストも窺えない。先入観があってもなくても、実際に聴いてみると、普通に完成度の高い「いつもの」Steely Danである。まぁライブ感覚を強調しているのか、これまでのジャズ/フュージョン寄りではなく、も少しR&B色が濃いかな、というのが特徴と言えば特徴。
Kamakiriad
posted with amazlet at 17.05.06
Donald Fagen
Reprise / Wea (1993-05-21)
売り上げランキング: 43,835
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1. Trans-Island Skyway
「移動し続ける物語」のオープニングとして、軽快なファンク・チューン。バッキングはほぼリズム・キープに徹しており、どのパートも特別にフィーチャーされることはない。これはこのアルバム、そしてこれ以降のDan 関連の作品に共通している。キラ星を集めたスーパー・チームではなく、地道ながら確実なテクニックを有した個人の集合体が、これまでに見られなかったライブ感を演出している。
2. Countermoon
タイトルはFagenの造語らしく、Google様に頼った訳詞で判断するに「月の逆光」じゃないかと思われる。英語はネイティヴではないので、間違ってたら素直に訂正する。
ホーンと女性コーラスが大きく前に出ており、ソウル色が強い。曲調はジャズ・タッチそのものだけど、バンド・アレンジはかなり泥臭い。
3. Springtime
リズムが『Aja』期に大きくかぶっているけど、仕上がりが全然違っているのはリズムのハネ方が全然違っている。こうして比較してみると、Chuck Rainey というプレイヤーは後期Danにおいてのキモだったのだな、と納得してしまう。ただ、Fagenの構想としては当時をそのまんまなぞりたかったわけではなかったはずだし、この若返りメンツの中では浮いてしまうだろう。
適材適所というのはそういうことである。
4. Snowbound
リリース当時、Beckerとの共作クレジットということで話題となった、Danも含めたディスコグラフィ中、ポップな風合いのナンバー。Fagen自身も珍しく歌い上げるようなヴォーカルを披露しているし、案外楽しいレコーディングだったんじゃないかと思われる。「楽しい」「Danのレコーディング」、並べてみると反語表現だよな、これって。
Larry Carlton (g)のプレイをなぞったようなBeckerのギター・プレイはご愛嬌。ただひとつ難点を挙げればこの曲、7分という微妙な長尺サイズ。ギター・ソロを削って5分程度にまとめていれば、ソリッドに収まったと思われるのだけど。まぁ久しぶりの共同作業で張り切っちゃったんだろうな。
5. Tomorrow's Girls
またまたデジャ・ヴュ的な、シンプルな8ビートながらジャジー感たっぷりな新生Dan的なナンバー。古くからの顧客にとっても明快なサウンドのため、このアルバムの中では唯一のシングル・カット。一見さんではなく、昔からDanに慣れ親しんでいるユーザーには最もウケは良いはず。事実、俺もこの曲は好きだから。何ていうか安心できる。
そんな中、目立つのはBeckerの追体験的オブリガードを含めたギター・プレイ。かつてのCarlton や Lee Ritenour (g) へリスペクトするような、ていうかまんまコピーのフレーズから聴こえるのは、40過ぎてライブのカタルシスに覚醒してしまった中年2人のはっちゃけ振り。まぁこれまで苦行のような作業ばっかりだったしな。
6. Florida Room
共作クレジットされているLibby Titusは、当時のFagen夫人。まさか20年後、DV容疑でFagen逮捕 → 離婚の危機(離婚したのかな?)に陥るとは、想ってもみなかったはず。もともとそれほどアクティブなキャラではなかった人だけど、やはりプライベートだと何かと溜まっていたものがあったのかな。何しろあんなストレスの溜まるバンドをずっとやっていたくらいだし。
そんなムードは露ともみせず、女性コーラスとホーンを前面にフィーチャーしたラテン・テイストの楽曲は、享楽さを通り越して脳天気ささえ漂わせている。
7. On the Dunes
このアルバムでは唯一ストレートなバラード。ここにきてBeckerの指示なのかFagenによる楽曲が希求したのか、バンド・アンサンブルがタイトに引き締まった印象。音数は決して多くない。楽曲も従来Danのセオリーに沿っている。セオリー通りだからこそ、変に崩すことのできない完璧に閉じた空間がここでは展開されている。全編この調子だったら息が詰まるけど、どこか曖昧さの漂うコンセプトに支配されたアルバムの中、こういった曲が一曲くらいあった方がピリッと締まる。
8. Teahouse on the Tracks
エピローグにピッタリな、1.の続編的ドライビング・チューン。旅ももうすぐ終わり。大団円的な拍手や歓声なんて、これまでのDanにはあり得なかったラスト。リズムはあくまで軽いけど、最後は重くならない方が良い。正直、最初と最後以外はコンセプトと何の関連性もなさそうだけど、まぁ細かいことはいいじゃない。
変にシリアスになり過ぎない分、彼のソロの中ではすごく聴きやすい。
前評判に捉われず、一回聴いてみな。
前評判に捉われず、一回聴いてみな。
Nightfly Trilogy: Nightfly / Kamakiriad / Morph Cat
posted with amazlet at 17.05.06
Donald Fagen
Warner Bros / Wea (2007-12-11)
売り上げランキング: 331,847
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Very Best of Steely Dan
posted with amazlet at 17.05.06
STEELY DAN
HT (2009-07-21)
売り上げランキング: 44,109
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