front 俺的には大滝詠一急逝以来のショックだった。今もネットではどこも大騒ぎである。有名無名問わず、これだけ多くの人が追悼メッセージを寄せているのはMichael以来だと思う。
 彼の影響を大きく受けたこと、生きてゆく上での指針となったこと、命を絶つのを思いとどまらせてくれたこと―、人によって思いは様々だけど、やり切れぬ想いをどこかで吐き出したくなってしまう―。そんなアーティストはなかなかいない。

 趣味でも仕事でも構わないけど、真摯に音楽と向き合ってきた人だったら、多かれ少なかれ彼の影響は受けてきたはず。直接的ではなかったとしても、ジャンルを問わず彼の影響を受けてきたアーティストは、それこそ星の数ほどいる。
 アーティストがアーティストたる故に美しくなければならない、それは表層的なビジュアルだけではなく、時流に応じた変幻自在の生きざまをドキュメントとしてさらけ出してゆくこと。
 アーティストとしてだけではなく、1人の自立した人間が生きてゆく術を体現していた数少ない人物だった。

 俺自身、それほど熱心な聴き手ではなかったし、すべてのアルバムをくまなく聴いてきたわけじゃないけど、名作群と称される70年代のアルバムはひと通り聴いていた。
 70年代UKロックの金字塔とされる『Ziggy Stardust』、「プラスチック・ソウル」と揶揄されたけど白人ファンクとしては優秀だった『Young American』、ヨーロッパ・デカダンの爛れた美的センスが光るEnoとの3部作。
 とは言ってもこれらはどれも後追いで聴いたもの、現46歳の俺のBowieとのファースト・コンタクトは映画の『戦メリ』、そしてダンス路線に大きく舵を切った『Let’s Dance』だった。
  ちょうどブリティッシュ・インヴェイジョンの躍進によってニューロマ系のアーティストが台頭してきた頃で、その中でも年長の部類だったBowieはパイオニア的存在として別格扱いだった。Duran DuranやDepeche Mode、Simple Mindsらの若手がチャートを賑わしていたけど、実際彼らがリスペクトしていたのはBowieその人であり、極論すれば彼らはすべてBowieのエピゴーネン的存在に過ぎなかった。
 誰かの名言で「結局のところ、みんなDavid Bowieになりたかっただけなんだ」というのがあったけど、端的に言うとそういうことなんじゃないかと思う。

d86f335d

 自らの躰さえも傷つけてしまうほどの鋭いカリスマ性によって、他者を遠ざけていた70年代を経て、ヒット・チャートの常連になり、ロック・セレブとしての佇まいさえ感じさせるようになったのが、80年代のBowieである。明解なメロディ・ラインとシンプルなダンス・ビートが彼の強固なコンセプトの産物であるとは言いがたいけど、それまでアンダーグラウンドな存在だった彼をメジャー・シーンに引き上げたNile Rogersの功績は大きい。
 そのコンセプトに迷いが見られ、そんな内情をそのまま反映したような作品を連発した後、「オーソドックスなロックの初期衝動」という仮面を被ったTin Machineを経て、一旦ポップ・ソングの世界との決別を図る。
 ヒット・シングルへのプレッシャーというしがらみを捨て、再びアルバムごとに強靭なコンセプトの柱を打ち立てて、才気煥発な作品を連発したのが90年代。この辺になると、ロックそのものに興味が薄れつつあった俺はそれほど追いかけることもなくなってゆく。「Nine Inch Nailsと共演した」だの「ドラムン・ベースを導入した」だの「Bowie債を発行した」だの断片的な情報を目に耳にしたり、たまにタワレコの視聴機で耳にするくらい。
 俺の中でBowieに熱中していた時期は、もう遥か遠い昔だった。

5e420861

 それでも何年かに一度、無性にBowieが聴きたくなる。
 ほんとここ最近も、パソコンに突っ込んでおいたアルバムをiphoneに移し、カーステに繋いで聴くというのをやっていたのだけど、一番ヘビロテとなったのが『Ziggy Stardust』だった。これまで聴いてきたBowieのアルバムの中でも、累計再生回数はこれがダントツである。
 近い将来、Bowieのレビューを書く予定でいて、それがこの『Ziggy Stardust』になるはずだった。
 これが最初のBowieレビューになる予定じゃなかったのだ、ほんとは。

 そんなBowieが残した最後の言葉が、このアルバム。
 『Next Day』での復活から2年弱、近年にしては短いインターバル、見事に迷いのない、最後まで現在進行形のDavid Bowieである。
 アルバム・リリースごとに自身をアップデートを繰り返し、その最終形態がこの『Blackstar』である。
 そのスワン・ソングの響きは強靭で新しく、どこまでも美しい。
 志半ばの未完成ではなく、ほんとの完全体。これ以上先はない―。
 残り少ない寿命を逆算して、最後まで手を抜かず、覚悟の上で作られている。
 「有終の美」なんて、陳腐な言葉では片付けられない。
 まだ先の展開があるんじゃないか、と期待をしてしまうほどのクオリティ。
 でも、もうその先はないのだ。

b563eb7e

 すべての音楽リスナーは、このアルバムを聴かなければならない。
 この『Blackstar』は稀代のトリック・スターDavid Bowie が、アーティストとしての自分の完全無欠な幕引きを図った作品である。
 それは俺たち残された者の心を揺さぶり、引っかかりを残す。
 それがBowie最後の伝説であり、そこに多くのリスナーが参加することによって、ストーリーは完結するのだ。


Blackstar
Blackstar
posted with amazlet at 16.02.17
David Bowie
Sony (2016-01-08)
売り上げランキング: 93




1. Blackstar
 ソフトなブレイクビーツに寄り添うBowieの肉声。その歌声は神々しくさえあり、讃美歌的な響きさえ感じられる。リズム・トラックを担当したMark Guilianaは、前年リリースのベスト・アルバム『Nothing Has Changed』収録の新曲”Sue”に引き続きの参加。彼とのコラボレーションから、このアルバム制作がスタートした。
 10分にも及ぶ長尺のため、曲調が大きく変化している。終盤になってからはやっといつものBowieっぽくなるけど、もともとドラムンベースにもついていけなかった俺としては、ここに至るまでが長い我慢の道のりだった。
 ジャズ的エッセンスとしてサックスやホーン・セクションが入ってるけど、ちっともジャズっぽさが感じられない。ジャズをやりたくて入れた音ではないのだろう。



2. 'Tis a Pity She Was a Whore
 このアルバムの中ではオーソドックスなロック寄り、5分弱のソリッドなナンバー。リズム・パターンも真っ当な8ビート。それでもジャズ的なサックス・ソロが冒頭からぶち込まれ、往年のフリー・ジャズ的にアバンギャルドなフレーズが見え隠れする。かつてならディストーションの効いたギターで弾いたフレーズをサックスに置き換えた印象。
 しかし改めてだけど、歌がうまいよね、Bowieって。それに加えて記名性の強い声質なので、アクの強さが凡百のアーティストとの違いを浮き出させる。

3. Lazarus
 ちょっとメロウなサックスから始まる、オルタナ系のスローなロック・ナンバー。
 
“Look up here, I’m in heaven
 I’ve got scars that can’t be seen”

 英語の苦手な俺でもわかってしまう、シンプルで簡潔な歌詞。
「見上げると、俺は天国にいる。見ることのできない傷を負った」。

 “Oh, I’ll be free
 Just like that bluebird
 Oh, I’ll be free
 Ain’t that just like me?”

 「俺は自由だ、あの青い鳥のように。俺は自由なんだ、あれはまるで俺のようじゃないか?」

 暗示的な歌詞が散見しており、自らの幕引きをシミュレートしていたのだろうけど、これは同時制作されたPVと共に完結する。ここまで徹底して作られた作品を、俺は見たことがない。



4. Sue (Or In a Season of Crime)
 1.でちょっと触れてるけど、ここで再録されている。このブレイクビーツと現代モダン・ジャズとのハイブリットというジャンルは、クラブ・シーンではそれなりに盛り上がっており、俺もいくつかは聴いてはいたのだけど、ここではそれらとはまったく違った世界観で構成されている。
 全然ジャズの香りがしない。いわゆるグルーヴ感とかインターミッションとか、プレイヤビリティなるものがあまり重視されず、ほぼサンプリング素材の一部となっている。ここにBowieの声が乗っているから俺は聴けるけど、やっぱちょっと辛い。
 と思ってたら後半に行くにしたがってリズムがカオスになってゆき、面白くなってゆく。Bowieの歌と暴力的なリズムの相性は最高だというのがわかるナンバー。

5. Girl Loves Me
 なんとなくだけど、ベーシック・トラックにTony Viscontiの関与が強いんじゃないかと思われるナンバー。サウンドはともかくとして、基本構造はオーソドックスなロックなので、旧来ファンは馴染みやすいんじゃないかと思う。
 ここまで聴いてきてアレだけど、ドラムもベースももともとジャズの人であるはずなのに、そのジャズらしさがほとんど感じられないというのは、そこら辺がBowieの狙いだったのか。そこに新しい可能性を見出していたのだろうか。
 
fa10efb2

6. Dollar Days
 まるでKenny.Gのようなサックス・ソロからスタート。ちょっと拍子抜けだけど、柔らかなギター・ストロークをバックに、まるでZiggy時代のようなヴォーカルを聴かせるBowieがそこにいる。もちろん年齢も経てきただけあってキーは抑えめだし、今にして思えば発声もどこか力なさげだけど。
でも、純粋なシンガー・ソングライターとしてのBowieはメロディを紡ぐ。もともとわかりやすいメロディ・ラインを作るタイプではなく、本質的にはモノローグから発展したようなフォーク系の人である。そんな人が、流麗ではないけれど、美しいメロディを刻んでいる。それだけで充分だ。

7. I Can't Give Everything Away
 引き続き、シームレスにつながるラスト・ナンバー。こんな状況で、こんな切ないハーモニカの音色は、ほんと反則。涙が出てきちゃっても仕方ないくらい、それはとても切ない響き。
 中途半端なギミックのない、正真正銘アップ・トゥ・デイトなDavid Bowieのバラード。
 変に大げさにドラマティックなアレンジでもなく、かといって過度にアバンギャルドに走るのではなく、きちんと地に足をつけたスタイルのポップ・ナンバー。
 スワン・ソングとしては完璧な仕上がり。






ナッシング・ハズ・チェンジド~オールタイム・グレイテスト・ヒッツ<デラックス・エディション>
デヴィッド・ボウイ
ワーナーミュージック・ジャパン (2014-11-19)
売り上げランキング: 408
Zeit! 77-79
Zeit! 77-79
posted with amazlet at 16.02.17
DAVID BOWIE
EMI UK (001)(XY4) (2013-05-06)
売り上げランキング: 7,081