1985年リリース、Roxy Music 解散後初、ソロとしては6枚目のアルバム。ていうかバンドでデビューして10年ちょっとなのに、並行して6枚も出してたのかよっ、というのが俺的印象。ZappaやPrince並みに多作だったんだな、とちょっとビックリ。
UKでは当然のようにチャート1位、USでは63位が最高だったけど、それまでのソロがどれもビルボード・トップ100圏外で玉砕していたのに対し、今回はゴールドまで獲得している。多分、粗野でアバウトなヤンキーの感性では、彼のように耽美なメロウAORを受け入れる土壌ができていなかったのだろう。彼らの理解を得るためには、ヨーロッパ的な曖昧さを排除して、Phil Collinsくらいまでベタなエンタメに徹しなければならないのだ。まぁメガ・ヒットを想定した音作りではないのだけれど。
US・UKともバカ売れしただけじゃなく、ロック・バンドの最終作としては珍しく、高い完成度と極上のクオリティによって、80年代を通しての名盤として語り継がれる『Avalon』 にて有終の美を飾ったRoxy Music。ロックの円熟期と称される70年代を疾走したZEPやWhoが、なんとも微妙なスワン・ソングで終焉を迎えたのに対し、変態グラム・バンドとしてスタートした彼らが「More Than This」と言い切っちゃう作品を残すまでに至ったのは、音楽のミューズの気まぐれだったのか。
その変態グラム・バンド期のRoxyは、Ferry を始めとするメンバーのソロ活動が多くなったことによって、5枚目のアルバム『Siren』を最後に一度解散している。で、そこから2年弱のブランクを経て再結成、『manifesto』~『Avalon』に至るまで行動を共にすることになる。
今どきのアーティストの活動ペースで考えれば、2年程度のブランクなんて特に長いものではないし、わざわざ解散表明しなくても普通にバカンス中って言っとけばよかったんじゃね?と思ってしまうけど、そこは怒涛の70年代、どの大御所バンドも年1のリリース・ペースを守っていた時期である。しかもレコーディングと同時進行の世界ツアーも添えて。なので、この時期の1年はざっと5倍単位で換算すると辻褄が合うことが多い。
彼らに限らず、延々続くツアーとレコーディングのループは、心身ともに消耗が激しく、当然人間関係にも大きな影響を及ぼす。いくら苦楽を共にした仲間とはいえ、始終顔を突き合わせていれば、次第に同じ空気を吸うことさえ耐え難いものになってしまう。一旦、キレのいいところでリセットしたくなってしまうのは、仕方のないことではある。
で、一旦リセットしてからの再開に至った後期Roxy だけど、バンド名は同じだけど、正直まったく別のバンドである。
西欧民族のフィルターを通してキッチュに歪められたロックンロールに、変な音担当であるBryan Enoのエキセントリックさを付加して、オーソドックスなバンド・アンサンブルで支える、というのが初期Roxyの大まかなコンセプトだった。メイン・ヴォーカルであり、ほとんどの曲を書くFerry がフロントマンではあったけれど、バンド・マジックとEnoの茶々によって、彼が書くアシッド・フォーク的な原曲は解体され、グラマラスなサウンドにデコレーションされた。
再結成後のRoxyは、Ferryがイニシアチブを取ることが増え、ワンマンバンド的な色彩が濃くなった。ヨーロッパ的なデカダン性を緻密なものにするため、粗野なロック的要素は一掃され、リズム&ブルースやソウルのエッセンスを取り入れたソフト・サウンドが主流になった。
その後のRoxyの歩みは『Avalon』で完成に至るまでの成長過程と捉えてもよい。じっくり時間をかけてFerryはサウンドの完成度を高め、結果的に高級なAORとして機能するサウンドのクオリティを磨いていった。多少のアドバイスや演奏での貢献はあったけれど、他メンバーであるAndy McKay とPhil Manzaneraの出番は少なく、ほぼセッション・ミュージシャンと同列扱いである。
サウンドの純度が上がるにつれ、バンドという枠組みにこだわらず、外部ミュージシャンの積極的な登用に至るプロセスは、同時代のSteely Danのキャリアとシンクロしている。Donald FagenとWalter Beckerが理想のサウンドの具現化のため、Gary Katzという制作ブレーンとの二人三脚で作業を進めていたことと同様、Ferryもまた、プロデューサーのRhett DavisとエンジニアのBob Clearmountainに絶大な信頼を置いていた。双方ともノン・ミュージシャンでありながら、Ferryの希求するコンセプトの最大の理解者だった。エンジニアというポジションに留まらず、自らも進んでアイディアを提供したりなど、相互に影響し合いながら理想のサウンドを形成していった。
完璧で隙のないサウンドとは対極的に、Ferryのヴォーカルはお世辞にも上手いとは言えない。テクニカルとも言えないし。よく言えば「崩して歌ってる」という見方もできるけど、悪く言えば調子はずれでピッチはズレズレ、リズム感も良い方ではない。腹に力の入ってないヘロヘロなしわがれ声も、美声とは言えず万人ウケするものではない。
80年代に流行した緩やかなシルエットのソフトスーツに身を包み、アダルトな佇まいでダンス・ビートに身を任せる様は、ちょうど同時代にブレイクしたRobert Palmer との共通点も多く見られるけど、PVなどで比較すると、その違いは歴然としている。
終始クールで優雅なステージングを披露するPalmerに対し、リズムに合わせようとするけれどどこか不器用で、とてもダンサブルとは言い難いFerry。スーツはヨレヨレ、シャツの袖はデロンとはみ出てシワシワ、息も切れ切れ汗まみれになりながら、「Love is the Drug」と語りかけるFerry。
その姿は滑稽さを通り越して、もはや伝統芸能の域である。
で、『Boys and Girls』。クオリティ/セールスとも高い水準を記録した『Avalon』によって、Ferryのアーティスト・ポジションは大きくランクアップした。その恩恵として、レコーディングにかけられる時間や予算も並行してグレードアップ、細かな予算の切り詰めなどを気にすることもなく、純粋に制作に没頭できるお膳立てが整った。
Roxyの解散ツアーと並行して準備を進め、足掛け3年に及ぶ長期間のレコーディングは、当時隆盛を極めていたニューヨークのパワー・ステーションやバハマのコンパス・ポイントなど、世界有数のスタジオ7ヶ所を使用、スケジュールの合間を縫って断続的に行なわれた。『Avalon』より引き続き参加のDavisやClearmountainを始めとして、これまた当時一流どころのレコーディング・エンジニアの起用は総勢18名に及んでいる。さらに加えて、こちらも有名/無名含めて参加したミュージシャンとなると、そりゃもう羅列するのもめんどくさくなってしまうほど、錚々たるメンツで占められている。
結果的に、恐ろしくレベルの高い人海戦術となったのは結果オーライってことで。
「112回もミックスダウンを行なった」と語り継がれる「Slave to Love」に象徴されるように、ドラムの音ひとつエコーの響きひとつにまでこだわり抜いたサウンドは、細部まで精巧に組み立てられている。まだシーケンス・サウンドがメインではなかった時代の人力プレイが最上の音で録音され、Clearmountainと肩を並べる技量を誇っていたパワー・ステーションのハウス・エンジニアNeil Dorfsmanによって、薄いヴェールを纏うようなディレイで全体が埋め尽くされている。各プレイヤーの見せ所もしっかり押さえられ、パワー・ステーション特有のメリハリのあるサウンドは、カラオケだけでも充分成立してしまうんじゃないかと思ってしまうほど完成度が高い。
ただ、完璧すぎる音の功罪なのか、整然とまとまって破綻が少ないということは、逆に言えば引っかかりがなく、良質のBGMとして、右から左へ聴き流されてしまうことも多い。工業製品と違って、しっかりしたプランニングとバジェットが揃えば、必ず良いものができるわけではないのだ。
そこにヘロヘロなFerryのヴォーカルを載せるとあら不思議、よくできた二流のフュージョンが、英国ムード歌謡とも形容される、アーバンでトレンディな空間に様変わりしてしまう。
精巧に作られたプラモデルの仕上げに汚しを入れると、単調だった質感がリアルに映えるように、彼のヴォーカルを活かすためには、ここまで作り込まれたゴージャスなサウンドが必要だったのだ。逆にサウンドが貧相だと、英国ムード歌謡の「英国」が取れてしまい、単なる自己満カラオケ親父に成り下がってしまうことを、Ferryをはじめ主要ブレーンは察知していたのだろう。
Roxy名義で制作した「Avalon」はバンド形態ゆえのしがらみとして、必然性のないパートでMacKay やManzanera をフィーチャーしなければならない局面もあり、サウンドの完成度の詰めが甘くなっている部分が少なからずあった。このソロ第一弾ではその反省を踏まえたのか、Ferryのコンセプト・意向が思う存分反映されている。
サウンド・コンセプト的にはRoxy時代の延長線上ではあるけれど、明らかに違っているのはリズム面でのアプローチ。一歩間違えれば高級AORというメロウ路線だった「Avalon」に対し、ここでは世界有数のリズム・セクションを贅沢に配してダンス・ビートの強化を図り、スノッブさを排除している。ちょっと下世話ではあるけれど、英国ムード歌謡路線の完成だ。ただあくまでUK/EU仕様のサウンドなので、Phil Collinsよりは上品だけどね。
グラム期を並走し、互いに変容を繰り返してきたDavid Bowieもまた、タイトルそのまんま「Let’s Dance」でリズム・パートへのこだわりを表明していた。パワー・ステーション製のサウンドが世界中の音楽トレンドを牽引していた時代の幸福な産物である。
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1. Sensation
すでにトップ・プロデューサーの地位を確立していたNile Rogersのギター・カッティングから始まるファンク・チューン。当時の大物アーティストのアルバムには大抵この人が一枚噛んでおり、ていうか彼のオファーを取れなかったアーティストは二流と見なされた。ボトムの太い音を中心に配置した構成力だけじゃなく、サウンドを引き締めるようなプレイまで見せちゃうのだから、誰も文句が言えない。
歌詞自体は未練がましいジゴロの嘆きを綴ったものであり、そんな後ろ向きなテーマとは裏腹に強靭なインタープレイとのコントラストが絶妙。俺的には結構好きなトラックなのだけど、シングル・カットされなかったことが不満といえば不満。
2. Slave to Love
前述したように112回もミックスを繰り返したことばかりが喧伝されるけど、実際の音はそんな試行錯誤の痕跡は窺えず、むしろすっきりシンプルな仕上がり。最終的に積み重ねたモノをばっさり切り捨ててしまうところが、一流のアーティスト/エンジニアの証ともいえる一曲。録ったもの全部入れてちゃだめだよね、やっぱり。
先行シングルとしてリリースされ、UK10位を筆頭としてEU諸国でもチャートインしている。当時のニューヨーク・セッションでは引っ張りだこだったOmar Hakim (dr)と、King Crimsonが何度目かの解散をして多分ヒマだったTony Levin (b)がリズム・セクションを担当、元RoxyのツテなのかNeil Hubbard(g)が参加。
3. Don't Stop the Dance
最近もCMで使われていた、多分日本で最も知られていると思われる彼の代表曲。「Avalon」でも「Tokyo Joe」でもない、やはりこれなのだ。
全編ほぼ出ずっぱりで参加しているDavid Gilmour (g)による、程よいブルース・タッチのソロが絶妙。そうなんだよ、もともと彼の本質は小難しいプログレなんかじゃなく、ウェットでムーディーなポップ歌謡でこそ、その真価を発揮するのだ。同時期のPaul McCartney 「No More Lonely Nights」でも情緒あふれるエモーショナルなプレイを披露していたし。
2枚目のシングル・カットとしてリリースされ、UK21位。このような記録より、特に日本の45歳以上の洋楽少年少女に強く記憶に刻まれたのは、やはりリアルタイムでのフジカセットCMだろう。
4. A Waste Land
いわゆるインターミッション。雰囲気一発の小品だけれど、細かく聴いていると当時のレコーディング技術が結集されている。
5. Windswept
で、4.をプロローグとした3枚目のシングル・カット。モヤッとした雰囲気ディレイが通底音として流れ、時々思い出したようにFerryのヴォーカル、そしてまた寄り添うようなGilmourのソロ。曲調に合わせ、スパニッシュ風の小技まで披露している。Pink Floydではまず見せない一面だよな。
どこまでも曖昧なムード歌謡は捉えどころがなく、UK最高46位はよく売れた方だと思う。よく切ったよな、こんな地味な曲。
6. The Chosen One
アナログではB面トップを飾るミドル・ファンク。Ferryのヴォーカルだけ抜き出せば単なるムード歌謡だけど、まったり感を引き締めるようなMarcus Miller (b)のスラップが程よいエッセンスとして作用している。誰がプレイしてるのかは不明だけど、間奏でのアコギのストロークとのコラボレーションが、俺的にはすごいと思う。普通ならこんな組み合わせしないもの。
7. Valentine
ほぼGilmourのソロとオブリガードが主役となっている、Ferryはおまけ的なロック・チューン。もともと浪花節的な感性を持つGilmourだからして、Ferryのようなヘタウマ的ウェットなヴォーカル・スタイルとは相性が良い。同じヘタウマだけど、Roger Watersはイデオロギーが先だって「聴かせる」風ではないのだ。
8. Stone Woman
3.をテンポアップしたような、リズム・セクションを強調したミックスが施されたアーバン・ファンク。ここまでいわゆる捨て曲なし。好みは人それぞれだけど、どれも気を抜いた曲がない。ヘロヘロでありながら、その辺はしっかりディレクションしているんだな。メロディのフックがちょっと弱いのでシングル候補からは外れたのだろうけど、いやいや充分聴けるっしょ。
9. Boys and Girls
ラストを飾るのは長いイントロに続く、陰鬱としたモノローグ調バラード。Doorsっぽく感じるのは誰もが思うところ。俺も最初、Doorsのカバーかと思ったもの。もともとカバー好きな人だしね。
普段ならもっとライトタッチなプレイのDavid Sanborn (sax)も、曲のムードに触発されたのか、攻撃的なプレイを見せる。Gilmourのプレイも情緒てんこ盛り、ブルージーな音色を奏でている。
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