Wikiではこのように定義されているアシッド・ジャズ。以前レビューしたWorking Weekを基点として、20年代のスイング・ジャズから70年代のジャズ・ファンクまでを網羅、その他にもラテンにボサノヴァ、カリプソやソウル、ファンクやラップ、ヒップホップまで、要は「踊れるか・踊れないか」というシンプルな基準でもって貪欲に吸収。さらにクラブ・ユース仕様と記録メディアの販売促進を見据えて、ソウルフルなヴォーカルを載っける、という定義が確立したのが90年代。
なので、非常にアーバンでトレンディでソフィスティケイトされたジャンルに思われるけど、根っこはひどく雑食性、「何でもアリ」の音楽である。
そもそものルーツであるWorking Week自体が、80年代初頭のUKニューウェイヴ出身だったため、当初はクラブ・シーンを主体とした現場感覚バリバリの音楽であり、DJ文化との相互作用もあって、純粋なライブ音楽としての需要がメインだった。CDなどの記録メディアで堪能するモノではなかったのだ。
それが80年代末に入ってから、UKグラウンド・ビートを「発明」したSoul Ⅱ Soulの登場によって、一気に流れが変わる。いまだアシッド・ジャズ界の親玉として君臨するカリスマDJ Gilles Petersonが設立したレーベルTalkin' Loudから、Incognito やGallianoらがデビュー、本格的なアシッド・ジャズ・ムーヴメントを巻き起こすに至る。
その後は日本発のKyoto Jazz Massiveやモンド・グロッソ、60年代モッズ的なイメージ戦略を打ち出したCoduroyなど、多種多様なアーティストがわんさか登場してきたけど、一般的にイメージされている「アシッド・ジャズ」とはIncognito的、「ちょっぴりダンス寄りビートのアーバンR&B」といった認識である。その後の二番煎じ・三番煎じ的に登場したユニットは、ほぼ彼らが創り出したフォーマットを踏襲している。
そんな中、声質的にはソウルっぽさの薄いJay Kayをメイン・ヴォーカルに据えたJamiroquiは、フォーマットを基準とすれば異端に思われるけど、彼がデビューしたての90年代初頭は、一緒くたにアシッド・ジャズと言っても百花繚乱、70年代ニュー・ソウルっぽさを特質とした彼らもまた、冒頭の定義に沿えば充分アシッド・ジャズのアーティストである。
今ではすっかりジャンルに収まらないポジションを確立してしまった彼らだけど、そういったバイタリティをも広くカバーしていたのが、初期のアシッド・ジャズであり、「何でもアリ」という本来の意義に沿うと、本質をしっかり捉えていたのは彼らだったということになる。
Marvin GayeやIsaac Hayesらからインスパイアされた、繊細かつダンサブルなグラウンド・ビートを載せることで、一気にシーンを席巻したのがJamiroqui だとすると、さらにメロウR&Bの要素を付加したのが、『Brother Sister』以降のBrand New HeaviesでありIncognito。勃興期は他のアーティストとの差別化として、様々なアイディアや新たな発想がボコボコ生まれていたのだけど、シーンの安定化と共にクリエイティヴ性が失われてゆく。
ブーム末期のプログレやハードコア・パンクが次第に様式美化してゆくのと同じ途を辿るかのように、アシッド・ジャズもまた、どれを聴いても大差ない、ごく平均的なサウンドへと収束してゆく。
Maysa LeakやN'Dea Davenportらをメインに据えたヴォーカル & インストゥルメンタル路線も多様性のひとつに過ぎなかったはず。第一Brand New Heavies自体、UK版デビュー・アルバムはヴォーカル無しのオール・インストだったし。その他にもシーン全体が、DJカルチャーの影響によって、様々な音楽性を内包していたはずなのに。
どこでどう、袋小路にはまり込んでしまったのか。
クラブ・ミュージックという大枠で捉えられるアシッド・ジャズは、もともとじっくり腰を据えて鑑賞する類の音楽ではない。「聴く」というよりは「感じる」、言ってしまえば、ダラダラ酒でも飲みながら、ユラユラ体を任せて聴く音楽である。海外なら、これにドラッグ・カルチャーが絡んでくるのかな。
他のダンス・ミュージック同様、いわゆるムード音楽/環境音楽としてのリスニング・スタイルが主だったため、トレンドの消費サイクルの早さに追いつけなかったこと、また、時代の徒花的な有象無象のユニットの乱立によって、永続的なクオリティ維持が図られなかったことが、アシッド・ジャズの悲劇だったわけで。
多くのユニットでイニシアチブを握っていたのが、プレイヤーではなくコンポーザーが多かったことも、ブーム終焉を速めた要因のひとつである。
一般的なロック/ポピュラー・グループと違って、フィジカルな演奏者より、DTMを主体としたトラックメイカー、もしくはレア物掘りに執心したビニール・ジャンキー上がりのDJがシーンを牽引していたのだけど、市場シェアが大きくなるのと比例して、徐々に現場との乖離が大きくなる。市場原理に基づいた、最大公約数的なフォーマット「無難なアーバンR&B」の乱立が、急激なマンネリ化を招いた。要は飽きられてしまったのだ。
マンネリ化を招いたのは一部クリエイターの責任もあるけれど、そもそもクラブ・シーン自体が急速なペースでアップデートを繰り返す空間であり、消費し尽くすことは、むしろ善である。クリエイトし尽くした後は、新たなアプローチを探すなり、または見つければよいのであって、しがみつくことは逆に「ダッセェ」と受け取られる。
なので、優秀なクリエイターはブームの終焉を待つことなく、とっととテクノやレイブ、ゴアトランスなど、とっくの昔に最新トレンドの二歩先・三歩先へと鞍替えしてしまった。じゃないと生き残れないものね、あの人たちって。
常に最先端のサウンドを追い求める層は、どの時代においても一定数は確実に存在する。けれど、皆が皆、トレンドばっかりを追いかけているわけではない。マスの大多数は音楽に対してそこまで深入りしてはいない。むしろ良いコンテンツは比較的後世にも残る場合が多い。
アクティブなダンス・ミュージックとしてではなく、例えばフュージョン~AORのような機能的なドライブ・ミュージックとして、アシッド・ジャズのエッセンスは連綿と生き残っている。もしかして日本だけなのかもしれないけど、週末の夕方や平日深夜のFMなど、彼らのオンエア率は一時、かなりの高率をマークしていた。
ま、たまたまFMを聴くことが多いのがその時間帯だった、という俺の主観ではあるけどね。
前述の「メロウなR&B」といったアシッド・ジャズ特性を持つBrand New Heaviesだけど、Incognitoと比べるとダンス・シーンとの親和性が高く、いわゆるバラード系よりも横揺れ16ビートの使用率が高い。本人たちはそこまで意識していないかもしれないけど、結果的に市場ニーズに基づいた彼らのサウンドは、静・動併せ持つあらゆるシーンにおいて活用できる。汎用性高いんだよな。
オール・インストとなったデビュー作は、そこそこの評価を得た。通好み仕様としてあまり多くは広まらず、かといって惨敗するまでもなく。最初にしては堅実な成績だった。
普通なら、インスト・サウンドの完成を目指すべく、深化という名の自己増殖を繰り返すものだけど、プレイヤビリティの強い彼らは、そこから別の深化を志すようになる。
現在のR&B的アシッド・ジャズのセオリーから一旦外れて、ガチのヒップホップやラガマフィンを貪欲に取り込む実験作となったのが、この『Heavy Rhyme Experience Vol. 1』。vol.2も製作する予定だったらしいけど、いつまで経ってもリリースはおろか制作状況すら伝わって来ず、結局、だいぶ経ってからリリースされたVol.1のデラックス・エディションで、この件は終いになったっぽい。
いわゆるアシッド.・ジャズ「っぽい」音楽ではなく、彼らのディスコグラフィの中では実験作的なポジションなので、あんまり売れなかったのかなと思いきや、チャート上ではそこそこの成績を残している。当時はこういったサウンドも「アリ」とジャッジされていたのだ。ちょっとうるさ型の評論家やマニア筋からは、絶大な評判だった。
だったのだけど、せっかくのブームの真っ只中に便乗しない手はなく、さらなる拡販策を講ずるため、彼らは方向修正を余儀なくされる。
世間のニーズが一般的に認知された「アシッド・ジャズ」セオリーに則ったサウンドにあったため、またヴォーカルを含めたバンド・アンサンブルへの興味もあったため、ソウルフルな歌姫N'Dea Davenportを召還、次作『Brother Sister』で本格的な世界的ブレイクを果たす。
ただこれが売れに売れてしまったがため、彼らのアーティスト・イメージが固定されてしまったことが、逆に彼らの迷走に拍車をかけてしまったわけで。
脱・アシッド・ジャズなのか脱・N'Deaだったのかは不明だけど、その後の彼らはアルバム毎に女性ヴォーカルを入れ替えて『Brother Sister』越えを模索する。するのだけれど、ワンショット参加だったはずのN'Deaが残したインパクトは予想以上に大きく、また新メンバーとの相性もなかなか折り合いが合わなかったため、試行錯誤を繰り返すことになる。しばらくの間、オリジナル・リリースは散発的、空白の期間はレーベル主導による大量のベストやリミックス・アルバムでお茶を濁すことになる。オリジナル:非オリジナルの対比は、まるでジミヘンを思い起させるほどのアンバランスさである。
良く言えばレーベルの不断の努力の甲斐もあって、シーンからの完全撤退は免れてはいたけど、近年になるまでユニットとしての活動は不安定だった。
2013年『Forword』にて、久し振りにN'Deaとのコラボが復活した。双方ともこれまで何かといろいろあったけど、年月を経て色んなわだかまりが解けたのだろうと思われる。
日本では何となく地味なポジションになってしまったBrand New Heavies。でも未だ前向きな姿勢を忘れていないBrand New Heavies。そんな彼らが2015年にリリースしたレイテスト・アルバムは、なんとここに来て、デビュー以来のオール・インスト。開き直ってアーバンR&Bに復帰したと思ったら、またここで原点回帰である。
守りに入ることを拒み、前のめりで進むことを選択した彼ら、そのルーツとなったのがヒップさを強調した粋なデビュー作であり、そしてプログレッシヴ・ヒップホップ・アシッド・ジャズとも称される『Heavy Rhyme Experience Vol. 1』である。長いな、こりゃ。たった今、思いつきで書いちゃったけど。
Heavy Rhyme Experience 1
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1. Bonafied Funk (featuring Main Source)
90年代初頭に活動していた、アメリカ/カナダの混成ヒップホップ・グループとのコラボ。リーダーのLarge Professorはその後、ソロと並行してプロデューサーとしても活躍している。とは言っても俺、そっち方面の知識はほとんどないので、いま必死こいて調べている。これまで手掛けたリストは長大にのぼり、さすがに俺も名前くらいは知っているNASにも深く関わっていたらしい。
2. It's Gettin' Hectic (featuring Gang Starr)
21世紀に入るまで長きに渡って活動していた、NY出身のヒップホップ・ユニット。メンバーのDJ Premier、これも名前だけは知ってる。この人もプロデューサー/コンポーザーとして多くのアーティストとコラボしており、あくまで俺が知ってるところでは、前述のNASを始めとして、D'Angelo、Dr. Dre、Mos Def など、有名どころからはほぼお声がかかっている。近年もChristina AguileraやKanye Westなどジャンルを飛び越えた活動も展開しており、なかなか衰えを知らぬところ。
生演奏とヒップホップとのミックスはBeckも先駆けて行なっていたけど、バンド・アンサンブルを巧みに織り交ぜてる面において、グルーヴ感としてはこちらの方が上。
3. Who Makes the Loot? (featuring Grand Puba)
オールドスクール時代から活動しているラッパーで、近年も肩の力の抜けたグルーヴィー・ソウルなソロ・アルバムをリリースするなど、精力的に活動中。ちらっと視聴してみたけど、ヒップホップ・アレルギーのある俺でも聴きやすいテイストでまとめられている。
その力の抜け方は昔も今も変わらず、ここでも脱力系ラップを披露。
4. Wake Me When I'm Dead (featuring Masta Ace)
NY出身の伝説的グループJuice Crew出身で、その後、ソロに転身したMasta Ace。軽快なラガマフィン調のフロウに疾走感があって、これもロック/ファンク好きのユーザーとは相性が良い。この人もそうだけど、みんな今に至るまでコンスタントに活動続けてるんだな。
5. Jump 'n' Move (featuring Jamalski)
このアルバムの中では最もキャッチーで親しみやすいトラック。ラップ本来のライムの連射が聴いてて気持ちいい。ラップはほんと全然知らないけど、こういう人が俗に言う「上手いラッパー」なんだろうな。ほんとは全然違うのかもしれないけど、俺はそんな気がする。
6. Death Threat (featuring Kool G. Rap)
そうか、バック・トラックのエッジが立ってるから、どのライムも数段上手く聴こえるのか。どんなに上手くトラックをつないでも、やはりフィジカルな演奏には敵わない。多分にジャジー・ラップに理解のあるキャラクターを中心に人選しているのだろうけど、ヒップホップの方へと歩み寄った整然としたアンサンブルは、簡単に構築できるものではない。
ソロのPVを見ると、典型的なギャングスタ・ラップなので、やはり俺には興味の薄い世界。でもここではその悪童振りもバンド・サウンドに圧倒されている。
7. State of Yo (featuring Black Sheep)
活動休止と再始動を繰り返しながら、時々思い出したように活動しているNY出身のヒップホップ・デュオ。ちなみにラッパーDresの息子がHonor Titusで、彼もまたミュージシャン。でも何故だかやってるのはハードコア・パンク。なんだそりゃ。
単調なギター・リフはともかくとして、ラップ自体は取り立てて面白くはない。ロックの耳ではちょっと難しいのかな。
8. Do Whatta I Gotta Do (featuring Ed O.G.)
キャリアとしてはレジェンド級のラッパーなのだけど、考えてみればこのアルバムのリリースが92年、Run-D.M.C.のブレイクが86年なので、この時点ではみんなまだ大御所感もなく、ちょっと若手の中堅どころといったポジションなのだった。そう考えると、こういったサウンドをも取り込もうとしていたBrand New Heaviesの先見性が窺える。ただちょっと早すぎたし、アシッド・ジャズの客層にはフィットしなかったんだけどね。
9. Whatgabouthat (featuring Tiger)
さすがにほとんど予備知識のない状態で書いてるので、「Tiger」だけじゃどんなアーティストなのか、さっぱり調べがつかなかった。Youtubeに転がっていた静止画によって風貌がわかったけど、う~ん胡散臭い。
10. Soul Flower (featuring The Pharcyde)
ラストは大団円、パーティ・トラックっぽいハッピー・チューン。なんとなくリップスライムっぽいところも日本人ウケしそう。マシンガン・トークを思わせる高速ラップはクドさがなく、しかも程よいチャラさがあるので俺的には好み。すっごい遅ればせながらだけど、これはちゃんと聴いてみようかな。「Passin' Me By」も良かったしね。
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