1983年リリース、2枚目のオリジナル・アルバム。スミスがいたことで有名なインディー・レーベル:ラフトレードからリリースしたデビュー・アルバム『High Land, Hard Rain』が、USチャートで129位にチャート・インしたこと、またアンディ・サマーズやコステロら、ベテラン・アーティストによる好意的なコメントも後押しして、2枚目はメジャーのWEAにランクアップした。
当初からロディ・フレイムのワンマン・バンド的傾向が強かった彼ら、インディー時代は一応、5人バンドとして活動していたのだけど、メジャー移籍に伴って、ドラムのデヴィッド・ラフィー以外の3人が脱退、正規メンバーはロディ含め、たった2人になってしまう。WEA的には、才能・ルックスとも秀でたフロントマン:ロディを獲得するため契約したようなものであったため、そんな事情を察してか、他メンバーはサッサと身を引いた。ほぼ全員が、「ロディあってのアズカメ」であることは理解していたのか、よくある契約にまつわるゴタゴタもなく、紳士的に決着している。
ネオアコの名盤として語り継がれる『High Land, Hard Rain』は、その後もリマスターだ30周年記念エディションだと、事あるごとにリリースし直されているのだけど、よくあるメンバー間の「印税配分で揉めた」という話は聞かない。ロング・セラーとはいえ、ビッグ・セールスを叩き出しているとは思えず、印税といってもたかが知れているのだろう。
ライブのたびにメンツを揃えなければならないソロよりは、固定メンバーによるバンド・スタイルの方が、なにかと小回りも効いた。ほぼそれだけの理由で、アズテック・カメラは結成されたと言っちゃってもよい。
当時のメンバーとのトラブルがあるのなら、バック・カタログの発売差し止めという事態もあり得るのだけれど、過去現在とも、そんな動きは見られない。バンド脱退以降、目立った音楽活動を行なっている元メンバーが皆無であるという事実から、つまりはそういうことなのだろう。
バンドという形態にさしてこだわりもないロディの中で、いわば頭数合わせである他メンバーは、メジャー移籍を機に、「煩わしいその他大勢」に取って代わるようになった。テクニック的に不満があったとしても、バンドである以上、メンバーに演奏してもらわなければならない。作詞作曲で誰かが手伝ってくれるわけじゃなし、ヘッド・アレンジのアイディアも平凡だし。何だ、いいとこないじゃん。
ロディの才能がずば抜けていたことは事実だけど、返して言えば、自分のエゴを通すため、平々凡々としたメンツばかり揃えたのも、またロディ自身であるという事実。あれもこれも独断で決めちゃうんだから、口の挟みようがないし、他のメンバーだって言うのもめんどくさくなってくる。
ロディほどでないにしても、もう少しクリエイティブ面で互角に渡り合えるメンバーがいれば、バンドとしてのアズカメの成長もありえたのかもしれない。まぁ今となってはだけど。
80年代中盤のアメリカのミュージック・シーンは、スプリングスティーンやマイケルらによる、モンスター級ヒットのアルバムが連発していた一方、大学生中心のCMJチャートが共存しており、非コンテンポラリー傾向のオルタナやインディー発サウンドが。草の根的な人気を広げていた。デュラン・デュランやスパンダー・バレエら、華やかなブリティッシュ・インベイジョンとは対極に、スミスやジーザス&メリーチェイン、そしてアズカメもまた、知る人ぞ知る存在として、アメリカ市場でちょっとだけ注目された
いくらアメリカで注目されたとはいえ、あくまで限定的なもの、それが英国チャートに反映されたわけではなかった。実際のところ、初期代表作とされる「Oblivious」だって、UKチャートでやっとどうにか18位に入った程度だった。
WEAとしては、巷で静かな盛り上がりを見せつつあったネオアコ・ポップ・シーンの筆頭として、彼らの将来性を見越しての青田買いだったと思われる。今後のシーンの動向がどうであれ、「他のメジャーに手をつけられるよりは」という目算だったのだろう。
ほんの一瞬とはいえ、USチャートに痕跡を残した彼ら。当時としてもかなり完成されていた「Oblivious」や「Walk Out to Winter」のサウンド・プロダクションは、WEAサイドの期待を盛り上げた。素直にレーベルの意に沿っていけば、よりポップ性の強いオレンジ・ジュースやロータス・イーターズみたいにコーディネートされたんじゃないかと思われる。
ただロディ、メジャーの思惑にそのまま乗っかるつもりは、サラサラなかった。メジャー移籍第一弾のアルバム制作にあたり、プロデューサーとして希望したのは、ダイアー・ストレイツのリーダー:マーク・ノップラーだった。
『Knife』から数年後、大ヒット・アルバム『Brothers in Arms』によって、国民的バンドとなるダイアー・ストレイツだけど、この頃はヒットのピークも過ぎたロートル・バンド的扱い、総決算的なワールド・ツアーを終えて、活動休止状態だった。ノップラーはこの時期、課外活動として、ディランの『Infidels』のプロデュース、またティナ・ターナーの復活作「Private Dancer」を書き下ろしたりしている。
アーティストというには決定的に華がなく、『Brothers in Arms』以降もビジュアル面には無頓着だったノップラー、もともとアーティスト・エゴはそれほど強い方ではない。たまたまMTVで脚光を浴びた時期が特別であって、キャリアのおおよそはむしろ、地味なソロ・ワークに甘んじている。
栄光も挫折もひと通り経験したバンド活動から一旦離れ、いわば気分転換として始めたソロ活動の一環として、数々のオファーから彼が選んだのが、ど新人のアズカメのプロデュースだった。一応受けたはいいけど、ノップラーからすれば、「え、なんで俺指名したの?」といった感じだろう。
この時期のコンポーザーで有名なのは、ニュー・ウェイヴ系ではスティーヴ・リリーホワイトやヒュー・パジャム、ダンス系ならナイル・ロジャースかトレヴァー・ホーンといったところ。移籍後初のヒットを仕掛けようとするWEA的に、また、その後のロディのサウンド傾向からして、この中なら誰を指名しても、そこそこ納得が行く。
アズカメのサウンドの中に、ノップラー的要素を見つけるのは、ちょっと困難だ。ロディのこれまでのコメントの中でも、ノップラーに対するリスペクトはさほど見られない。
なのに、なんでノップラーだったの?
ロディがノップラーのプロデュースを希望したのは、ディランの『Infidels』を聴いてのことだった。ローリング・サンダー・レビュー以降、悟りきって厭世観が増していた70年代ディランに終止符を打ったアルバムとして知られている。
ちなみに俺にとってのディランとは、『Bringing it All Back Home』から『Desire』まで。この辺にハマった時期があった。いまはもうそんなに聴かないけど、時々『Desire』だけは、気分次第で引っ張り出すことがある。変に仰々しくなく、シンガー・ソングライターの側面をシンプルに投影しているところが、俺の好みに合っているのだろう。
なので、80年代のディランはほぼ聴いてこなかった。でも、ロディがノップラーの音作りのどこにインスパイアされたのか、それはちょっと気になる。わざわざ買うほどではないけど、そんな時便利だね、Spotifi 。早速聴いてみた―。
考えてみればノップラー、初めてのプロデュース・ワークがディランだったというのは、相当のプレッシャーがあったんじゃないかと思われる。例えれば、劇団EXILEが仲代達矢に演技指導するようなもので、かなり無謀だな、改めて文章化すると。
そんな事情もあってか、サウンド・プロダクトはかっちり作り込まれている。ノップラー独自の色というより、「ディランを80年代サウンドにアップデートするならこうあるべき」といったニュアンスが強い。
すでにこの時点でレジェンドだったディランを前にして、「ちゃんとやらなきゃ」と気負ってしまったのか、遊びの要素も少なく、体裁よくまとめられたアンサンブルは、ディランのパフォーマンスとしっくり来てるとは言い難い。もうちょっと深く聴き込めば、また印象も変わるのかもしれないけど、今のところ、俺と80年代ディランとの相性は、あんまり良くなさそうである。
実はただ単に、たまたまスケジュールのタイミングが合っていたからオファーしただけなのかもしれないけど、WEAのビジョンであった、UKアコースティック・ポップ路線とは違うメソッドを、ロディはノップラーに求めたんじゃないかと思われる。いわゆるネオアコの延長線上じゃない、その先を見据えた戦略を、野心的だった当時のロディは求めていた。
ギター少年の初期衝動を自分なりのセンスとアイディアで彩ったデビュー作からは、秘められた可能性と才能のほとばしりが窺える。蒼いピュアネスを孕んだアコースティック・サウンドは、時代を超えたエヴァーグリーンのきらめきを放っている。
ただ、その後も継続して長く続けるためには、プロフェッショナルの手法が必要になる。ビギナー特有のヒラメキや思いつきだけでは、すぐネタ切れになってしまうのだ。
その後のロディのキャリアから、ノップラーの音楽的な影響は、あまり見受けられない。ていうか、この後のアズカメは、コロコロ音楽性が変化してゆくので、リスペクトの対象もランダムに変化してゆく。
その後の作品は非常にバラエティに富んだ、言ってしまえばとっ散らかった作品が多くなる中、『Knife』は比較的コンセプチュアルに、しっかりプロデュースされた作品として仕上げられている。
一枚のアルバムとして、『Knife』はきちんとまとまっている。いるのだけれど、ロディの素顔はちょっと見えづらい。でも、プロが作るアルバム・フォーマットを学ぶため、それは必要な修練だった。
俺にとって『Knife』とは、そんなアルバムである。
アズテック・カメラ
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1. Still on Fire
ネオアコのグレード・アップというよりは、朴訥なフォーク・ロックを80年代ポップの意匠でコーディネートした、骨太の楽曲からスタート。シンセもたっぷり使ってるけど、ちょっとぶっきらぼうな若造風の吐き捨てるヴォーカルが、気負いを感じさせる。
ストローク中心のアコギも、ほぼ打楽器のような使い方だし、間奏のディストーションは、根っこはパンクのロディの素が垣間見える。
2. Just Like the USA
デビュー作の面影を残す、爽やかささえ感じさせるポップ・チューン。歌もそうだけど、ここではロディの多彩なギター・プレイが堪能できる。
ノップラーもここはロディのヴァリエーションを前面に押し出してアンサンブルでまとめている。同じギター弾きとして、このレコーディングは楽しかっただろうな。多少はアイディアも出しているだろうし、ギタリストとしては師弟関係の微笑ましさがあらわれている。
3. Head Is Happy (Heart's Insane)
ちょっとノスタルジックでフォーク・テイストの強いバラード。単純なネオアコ・ポップに捉われない多様性としてはアリだけど、ヴォーカルはもっとソフトな方がいい。この頃のロディのヴォーカルは案外野太いので、後年の『Love』で見せる甘さは感じられない。やっぱバラードはちょっと甘い方がいい。
4. The Back Door to Heaven
レコードでは、これがA面ラスト。ちょっとディランっぽく崩して歌うフレーズがある。もうちょっと下世話に大味にしたら、ジョン・クーガーあたりのアメリカン・ロック、またはハウンド・ドッグっぽくなる。多分、それを狙ってたのかな。ドラムが前面に出ることで、メロディもシンプルだしアメリカ市場向け。
でもあんまり似合わんな。作ったはいいけど、それを悟って、次回作はR&B寄りにシフトしたのかもしれない。
5. All I Need Is Everything
文句のつけようのないギター・ポップ。後年もライブで盛んにプレイされており、この時期の代表曲。ほんとはこういうのをたくさん、レーベルもファンも期待していたはずなのだけど、そこをかわしちゃうんだよな、ロディ。
UK最高34位はちょっと低すぎる気がするけど、それとは別に話題となったのが、当時のシングルB面。まだヒットしてまもないヴァン・ヘイレンの「Jump」のアコースティック・カバーは、結構話題になった。ただその話題に隠れてしまって、A面が地味な扱いになってしまったことは、ちょっと悔やまれる。
ちなみにアルバム収録ヴァージョン、アウトロがやたらと長い。ギター・プレイを堪能するにはいいんだけどね。
6. Backwards and Forwards
すごく地味な曲だけど、ファンの間では根強い人気を誇るアコースティック・バラード。アズカメ終了後のソロ・キャリアと地続きな、味わいのあるパーソナルな質感が、共感を誘う。ギタリストによるプロデュースだけあって、アコギの録り方が絶品。20代ですでにここまで弾きこなせるロディもだけど、やはりノップラー、そこはプロだね。
7. The Birth of the True
こちらもライブでよく演奏される、特にソロ以降はセットリスト定番となっているアコギ・チューン。この辺はディランを意識してるよな、ロディ。ほぼスタジオ・ライブ的にレコーディングされたのか、ヴォーカルはほぼ無加工っぽいし、ギター・プレイも編集はほぼなさそう。
バンド・スタイルでやってみたら、また違った側面が、とも思ったけど、バンドが有名無実化してたんだから無理か。ラフィーに叩かせても大味になっちゃうだけだろうしね。これで正解か。
8. Knife
多分、彼のレパートリーの中でも最も長大な、9分に及ぶ大作。少年から大人への成長過程として、過去を断ち切る象徴としてのナイフをモチーフとして、メランコリックに訥々と歌い上げる。
確かにネオアコの文脈・メソッドでは語れない、不安定な希望と諦念とが入り混じった感情の綾を、ロディとノップラーが創り上げている。そうか、この曲を形にするためだけに、ロディはノップラーを求めたのかもしれない。
シンプルなアコギ・バラードでは語りつくせない、浮遊感を伴う緻密なアンサンブルには、プロフェッショナルの業が必要になる。ロディもまた、そんなプロの要求に見事応えたと言ってよい。
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