2006年リリース、エイミー2枚目のオリジナル・アルバム。そして、これが生前最期の作品集となった。全世界での累計セールスは1100万枚、日本でも10万枚売れてゴールドを獲得している。
本国イギリスではなんと400万枚、歴代13番目に売れたアルバムとして記録されている。マドンナのベストとアデル『25』に挟まれるほど、あの英国人に支持されていたとは、ちょっとビックリ。あぁいったヴァンプ的なビジュアルに拒否反応示す人も多いだろうに。
一度聴いたら忘れられない個性的な声を天から授かったエイミー、さらに加えて暴力的とも言える動物的カンまで併せ持っていた。
イントロが始まり、静かにマイクの前に立つエイミー。リズムを感じながら躰を揺らし始める。バンド・アンサンブルの調子を確かめながら、自身のコンディションをシンクロさせてゆく。何度も歌ってきた曲であっても、その作業は変わらない。クレバーな反復とセンシティヴな直感、それらは必要なプロセスなのだ。そんな手続きを経ることによって、エイミーの歌は常に鮮烈で、同じ曲でも違ったアプローチとなる。そのパフォーマンスはオリジナルであるけれど、常に刹那的なものだ。
なので、どんなバッキング、どんなサウンドで歌っても、結局エイミー・ワインハウスのオリジナルになってしまう。ジャズでもロックでもソウルでも演歌でも、ほんと何だって無問題、ドスとタメの効いたヴォーカルは、一声でサウンドを制圧してしまう。
彼女が活動していた時期のヒット・チャートの主流は、リヴァーブ厚めのビートを音圧MAXにブーストした、終始アッパー系リズムが支配したサウンドだった。そんな時流とは正反対のベクトルを描いていたのが、エイミーの歌だった。
50年代の正統派ジャズ・ヴォーカルのアルバムから、ヴォーカルだけ抜いて21世紀のサウンド仕様にアップ・コンバート、そこにガラガラ声でクセの強いビッチ風ヴォーカルを差し替えたのが、デビュー・アルバム『Frank』だった。
当時のトレンドとは真逆のベクトルを描いた『Frank』の異質さは、万人向けのものではないはずだった。はずだったのだけれど、でも売れた。発売当初はジャズ・ヴォーカルとして売り出されたはずだけど、そのカテゴライズも無用になるくらい、『Frank』は売れた。
記名性の強いエイミーの声は、アクも強いし、世間一般で言う美声ではない。ビジュアル同様、万人にアピールする声ではないはずだった。だったのだけれど、その声は、一部のユーザーの心の琴線を鷲づかみにする。そんなハートを撃ち抜かれたユーザーが、イギリスだけでも100万人いた事実。
『Frank』の商業的・音楽的成功を経て、『Back to Black』は制作された。彼女のバックボーンであるジャズ路線だけでなく、マスへの拡大戦略として、新機軸が導入されている。
DJとして最初は注目され、プロデューサーとしてはまだ駆け出しだったマーク・ロンソンは、エイミーの特性をいち早く見抜いた1人だった。『Frank』でのジャズ・コンボとの相性が悪いわけではなかったけど、いい意味で下世話にコーディネートすることによって、エイミーのパーソナリティがもっと映えることに気づいたのだ。
サウンドのモチーフとしたのは、60年代のガールズ・ポップだった。エイミーもまた同じベクトルを志向していたため、プリ・プロダクションもスムーズに運んだ。
ヴィンテージ・ジャズやソウルを好んで聴いていたエイミーだったけど、さすがに自分が歌うとなれば、もう少しモダンなサウンドにしたくなる。いくつも修羅場をくぐってきたような顔と声とはいえ、まだ二十歳を少し超えたばかりの女の子なのだ。
バッキングにダップ・キングスをキャスティングしたのは、エイミー自身の要望によるものだった。渡米した際、レトロなソウル・ショー・スタイルの彼らのステージに、エイミーは魅了された。ツアーの前座に招いたりして交流を深め、レコーディング開始時には、もう彼ら以外のサウンドは考えられなかった。
リーダーのボスコ・マンは、60年代レトロ・ソウルをそのまんま現代にタイムスリップさせたサウンドが特徴のダップ・キングスを結成、併せて自主レーベル「ダップトーン」を設立していた。彼らがヴォーカルとして選んだのが、40過ぎまでチャンスに恵まれずにいた苦労人シャロン・ジョーンズだった。歌姫としてはビジュアル的な華やかさは劣り、サウンドもまたシンプルで味も素っ気もない。彼らが志向するサウンド・コンセプトは、明らかに時代と逆行していた。
ただアメリカのエンタメの裾野は、われわれ日本人が思っている以上、想像以上に広い。エキサイティングなライブ・パフォーマンスと、古いヴィンテージ機材を用いて忠実に60年代を再現した一連のシングルは、コアなファンを生んだ。大ヒットとまでは言わずとも、どうにかバンド運営を続けられる程度には知られるようになった。
エイミーもまた、そんな彼らのサウンドに魅せられた1人だった。
マーク・ロンソンのプロジェクトでのベーシック・トラックは、多くがブルックリンのダップトーン・スタジオで録音された。ある意味ヴィンテージ、ある意味時代遅れな設備や機材に囲まれ、気心知れたダップ・キングスのサウンドからインスパイアされ、エイミーはほとんどの楽曲をほぼ独力で書き上げた。強固なバックボーンと多大なリスペクトに溢れた「Rehab」や「You Know I'm No Good」は、生まれた瞬間からスタンダードを約束されていた。
アウトテイクや別ヴァージョンで聴く限り、ダップトーン直送のサウンドは、バンドとエイミーとのせめぎ合いが、強烈なグルーヴ感を醸し出している。音響的には決して恵まれたものではなかったけれど、エイミーのパフォーマンスは最高潮に達している。
ただ、レアなサウンドがすべての面で良いとは限らない。クオリティ的には充分だけど、いわゆるマスへの訴求力、多くの人に聴きやすく届けるためには、また別の処理が必要になる。
マーク・ロンソンのプロデュース手法は、ベーシックを大きく改変することはない。基本のバンド・アンサンブルとヴォーカルという素材を活かすため、ほんの少しのエフェクト処理、そしてヴォーカル・ミックスに工夫を凝らした。同時代のヒット曲と見劣りしないよう、各パートの音をひとつひとつ、くっきり浮き立たせた。この絶妙な加減とセンスによって、『Back to Black』は名作になったと言ってよい。
-その後は快進撃となるはずだった。だったのだけど、突然の夭折によって、それもすべてご破算となった。どこで歯車が狂ってしまったのか、破滅への一方通行を食い止めることは、誰にもできなかった。
まるで自身を痛めつけるかのように、末期のエイミーはドラッグに溺れ、酒を手放さなかった。意識は常に朦朧としたまま、自力で立ち続けることすらできなくなった。
まともに歌うことさえ、ままならなくなった。数々のステージをキャンセルし、どうにか力を振り絞ってステージに立つまではできたものの、最後までショーを務め上げることは、もはや稀だった。
今さら、「もし」も何もないけど、心身ともに健康だったら、もっと素敵な歌を届けてくれていただろうか。
変にオーバー・プロデュースされたEDMバリバリの駄作を作っていたかもしれないし、はたまた一周めぐって、ガチガチのスタンダード・ジャズに回帰していたかもしれない。
「もしこうだったら~」なんて、何とでも言える。
「もしこうだったら~」なんて、何とでも言える。
生きていてさえいてくれれば、どんな可能性だってあったのだ。
でも、それはもう、叶うことはない。
Back to Black
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1. Rehab
アルバム発売4日前に先行リリースされた、エイミーの代名詞ともなっているガールズ・ポップ風ナンバー。UK最高7位・USでは9位、一応、アメリカでは唯一のトップ10ヒットとなっている。
レイ・チャールズとダニー・ハサウェイがフェイバリットのアル中女の愚痴、ってまんま自分じゃないの。こんな曲が全世界で300万枚も売れてしまったのは、一体どういうことだったのか。
ポジション的に、ヴァンプの雰囲気を醸し出す白人女性アーティストの座は、長らく不在だった。マドンナはちょっと違うし、コートニー・ラブはゴシップ色が強すぎる。アバズレ感を出しながら、音楽的なスキルやポップ・イコンとしての適性が高い者として、エイミーがすっぽりハマったんじゃないか、というのが俺の私見。
2. You Know I'm No Good
エイミーと言えば「リハブ」が一番有名だけど、もう少し深く知るようになると、こっちの曲の方が好きになる人が多い。2枚目のシングルとして、UK18位・US77位。なぜだ?もうちょっと高くてもいいはずなのに。
中盤のブレイクのあたり、ちょっとループっぽいスネアのプレイに、マーク・ロンソンのこだわりが感じられる。単に生演奏を忠実に記録するだけじゃなく、ちゃんとヒット性を考慮してコントラストをつけるあたりが、やはりDJの見地から見たサウンド処理なのだろう。
ウータン・クランのゴーストフェイス・キラをフィーチャーしたヴァージョンがあるのだけど、あんまりラップには興味がない俺も、これは聴ける。まぁエイミーがらみじゃないと聴く気はないけど。
3. Me & Mr Jones
ここでムードが一変、なぜって、『Frank』からのプロデューサー、サラーム・レミの仕切りだから。一気にオールディーズくさくなる。同じように生演奏が基本なのに、やっぱコーラスの使い方だな。いいんだけど、古い。コール&レスポンスのパターンが古臭く聴こえるのだけど、まぁ前作とつながりでコレはコレでありなんだよな。
4. Just Friends
夏っぽさや爽快さのかけらもない、UK発のラヴァーズ・ロック。英国の空は低く、常に曇り模様というのが、音からにじみ出ている。
このオケ・このリズムで、なんでこんな気だるい歌い方ができるんだろうか。けなしてるんじゃないよ、難しいんだろうな、って思って。
5. Back to Black
UK8位を記録した3枚目のシングル・カット。これもやはりロンソン・プロデュース。ここまでシングルはすべてロンソンの手によるもの。日本では「リハブ」一色だけど、欧米でエイミーが紹介される際、この曲が使われることが多い。
イントロのピアノがもうシュープリームス。まぁ確信犯なんだろうけど。ダイアナ・ロスのウィスパー・ヴォイスで始まるかと思いきや、聴こえてくるのは酒灼けした巻き舌のエイミーの声。全体的にダークな雰囲気のアレンジだけど、それがまた淫靡さと妖しさとをそそる。
6. Love Is a Losing Game
5枚目のシングル・カット。やや大人しめの楽曲だけど、逆にいろいろアレンジしやすいらしく、ライブでもいろいろなヴァージョンがある。殿下ことプリンスがギターで参加しているライブがあり、これがまた盛り上がる。アクの強さでは引けを取らない2人、どっちを見ても楽しい。
でもね、殿下。やっぱギター・ソロはいつも通りだね。あんまり引き出し多い人じゃないし。
7. Tears Dry on Their Own
これは4枚目のシングル・カット。レミ・プロデュースの中では突然変異的に良く思えてしまうのは、あんまりジャズ臭が少ないためか。テンポも良いので、エイミー自身がいい意味でうまく歌い飛ばしている。この辺がもう少し多ければ、レミももう少し大きな顔できたのに。
8. Wake Up Alone
死後発表された未発表曲集『Lioness Hidden Treasures』に収められたオリジナル・ヴァージョンは、タイトルに即してまったりとしたボサノヴァ・タッチだった。ここではオールディーズ風にエフェクトされたギター・ソロに導かれて、歌い上げるソウル・ナンバーに変貌している。どっちが好みかは人それぞれだけど、俺個人としてこっちのヴァージョン。アルバムのタッチとしても彼女のヴォーカルにしても、こっちの方がフィットしている。
9. Some Unholy War
レミが多くの楽器をプレイしており、少人数でのセッションで作られているバラード。オールディーズっぽさが強いけど、歌詞もネガティブなので、エイミーのヴォーカルの陰影が強い。
10. He Can Only Hold Her
シャロン・ジョーンズが歌ってもしっくりハマっちゃいそうな、ダップ・キングス色の強いナンバー。ポップよりソウル・テイストが強く、俺的には好みのサウンド。ちょっとけれん味のあるエイミーのヴォーカルも、新たな側面が窺える。こういった違ったタッチのヴォーカル・スタイルも、この先あったんじゃないかと感じさせる。
11. Addicted
ラストはタイトルまんま、「中毒」。「ハッパ」というのが「彼氏」を暗喩しているのだろうけど、おいおい普通は逆だろ、メジャーで出してるアルバムなんだし。もっとオブラートに包めよ、と逆に心配になってしまう。
こういったソウル・ジャズ的なアレンジが、もっともエイミーのじゃじゃ馬っぷりがクローズアップされて、つい引き込まれる。でも、これもまた彼女の魅力のひとつでしかないのだ。
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