1990年代のイギリスでは、幅広い人気を誇っていた庶民的バンド:ビューティフル・サウス。露悪な皮肉とペーソスに塗れた彼らの歌は、他人の不幸をこよなく愛する英国人のツボにハマっていた。
穏やかでポップなサウンドと、英国人特有のひねくれた悪意とペーソスに満ちあふれた作風は、老若男女問わず受け入れられた。ただ世紀末を迎えるあたりから、チャートの趨勢はEDM主体のダンスポップに取って代わられ、人気は下降してゆく。
少しは時流に合わせるよう、レーベルからのプレッシャーでもあったのか、7作目『Painting it Red』は、かつての盟友ノーマン・クック = ファットボーイ・スリムにリズムトラックのアドバイスを依頼、彼らにしてはダンスビート寄りのトラックが収録されている。ただ、変に勢いあまって2枚組にしたことで、微妙なセールスに終わってしまう。
従来ファンが買ってくれたことで、初動売り上げは確保できたものの、チャートアクションの勢いはなかった。これで伸びしろがないと判断されたのか、リリース契約も更新されず、窮地に陥ってしまう。
先行きの不透明感とマンネリズム、レーベル移籍交渉が進まなかったこともあって、メンバーの士気も低下、バンド活動も停滞してゆく。周囲の雑音なんてどこ吹く風、マイペースを貫いていた印象だったけど、時代に取り残された現実を突きつけられ、モチベーションはダダ下がりした。
ただ、完全に忘れられるにはまだちょっと早すぎたサウス、この時点で気持ちを切り替えて、小規模ライブ中心のツアーバンドとして生き残る道もあった。コンテンポラリーなスタンダード曲はないけど、そこそこのスマッシュヒットはたくさん持っていたため、市民会館クラスのハコなら充分埋められる知名度は持っていた。
楽曲制作に携わっておらず、印税収入の恩恵も少ない演奏陣からすれば、フロントマンの青臭い苦悩なんてのは他人事でしかない。進んでソロ活動したり客演したりもせず、とにかく演奏して日銭を稼ぐことだけが、彼らの処世術だった。
特別、演奏テクニックに秀でていることもなく、現状維持を望む連中を重荷に感ずるのは、何もいま始まったことでもない。おそらくずいぶん前から、火種はくすぶっていたのだろう。
クリエイティヴ面でスランプになったわけではない。歌うテーマはいくらだってある。ライターズ・ブロックなんて言葉とは縁遠いヒートンにとって、袋小路にはまったバンドの現状は、別な見方で言えば転機でもあった。ソングライターとしてパフォーマーとして、まだ伸びしろがあると思っていたヒートンは、早々にソロ活動に乗り出すことになる。
初ソロアルバム『Fay Chance』は、外部ミュージシャンを多く起用しているけど、作詞作曲は全部ヒートンなので、基本は従来サウス路線を踏襲している。一曲目でスクラッチが導入されていたり、なんちゃってブルース風な楽曲もあったりして、サウスとの差別化を意識したバラエティ感はあるにはあるけど、まぁ「ほぼサウス」。
サウスとの違いを強調するためか、アーティスト・クレジットも「ビスケット・ボーイ」に改めた。さらに別名「クラッカーマン」っておまけもついている。彼流のジョークなんだろうけど、ちょっと何言ってるかわかんない。
EDMを使用した一部のトラック以外はいつものビューティフル・サウスであり、メンバーへの配慮や気遣いもなかった分、クリエイターの意図が充分反映された良作なのだけど、やっぱ「変な名前」が災いして反応は薄く、UK最高95位とチャートでは低迷した。あまりの手応えのなさにヒートンも思い直し、「ビーバス・アンド・バットヘッド」のパクりみたいなイラストから、無難なポートレートにジャケットを変更、ヒートン名義で翌年再販してみたけど、結果は変わらなかった。
もしかして、アメリカのインディー市場を意識して、あんなアートワークにしたのだろうか。イヤ無理だってキャラに合わんし。
ソロプロジェクトは大コケしたけどそれはそれ、さっさと気持ちを切り替えたヒートン、サウス再始動のため、バンドメンバーらを招集する。言い方悪いけど、自ら考えて動くような連中ではないので、拒否するはずがない。よく言えば従順なんだよなみんな。
前作のセールス不振で微妙な関係になっていたGo! Discsともどうにか和解、本格的な再始動を踏まれ、サウスは新アルバムを制作する。ていうかヒートン。
「今さら「Little Time」や「Don’t Marry Her」の時代じゃねぇだろ」と開き直ったのか、従来路線を踏襲しつつDTMもそこそこ多用した、ビスケット・ボーイ路線の『Gaze』を発表する。サウンドプロダクトもコンセプトも時流からはずれてないし、サウス名義だったらもっと受け入れられるんじゃね?とでも思ったのか。
控えめながら自信を持って世に送り出したはずなのに、結果はUK最高14位と肩透かし。これまで着いてきてくれたコアユーザーがさらに目減りして、いよいよ落ち目感が漂ってくる。
活動休止前までは、どのシングルもそこそこスマッシュヒット、アルバムもトップ10常連でプラチナ獲得も当たり前だったのに、『Gaze』はシルバー獲得がやっとというレベルにまで落ちてしまう。そりゃ多くの同年代バンドと比べれば充分な成績だし、リリース契約があるだけまだ恵まれている方なのだけど、ヒートン的にもレーベル的にも、期待値上げ過ぎちゃった感がある。
どっちが先に三行半を叩きつけたのかは不明だけど、Go! Discsを飛び出したサウス、普通ならここで活動もフェードアウトするところだけど、捨てる神あればなんとやらで、大メジャーのソニーUKに移籍する。何がどんな経緯で、英国ローカルの右肩下がり中年バンドと契約に至ったのか。ディレクターのコネかエージェントの強さか、はたまた闇の力でも持っていたか。
一応、契約アーティストではあるけど、今さら猛プッシュしてくれるポジションではなく、かといってお荷物になるほどひどい売上でもない。ある程度の固定ファンもいるから、おおよその売上予測も立つので、「まぁ好きにやってれば?」という放置プレイ。
心機一転で仕切り直しと行きたいところだけど、移籍後初のアルバムは、なぜかカバー集だった。ヒートンがスランプで何も書けなかったのか、はたまた担当ディレクターにダメ出しされまくったのか。それならそれで、楽曲コンペで集めそうなものだけど、そこまでの予算は組めなかったんだろうな、だってサウスだし。
実際聴いてみると、キャラに合ったメロディタイプの楽曲中心で構成されており、無難で危なげない仕上がりになってはいる。もともとサプライズやスリルを求める音楽性じゃないし、まぁ確かにサウスっぽく仕上がってはいるんだけど、本人たちのやる気のなさがにじみ出てくる、そんなネガティヴな無難さが漂っている。
食ってゆくため/次回作リリースのため、いわば消化試合のようなアルバムゆえ、プロモーション・ツアーも積極的に行なわれず、UK最高11位と、これまた中途半端なチャートで終わってしまった『Golddiggas, Headnodders and Pholk Songs』。それでもそこそこロングテールで売れたのか、最終的にゴールドディスクを獲得している。多分、本人たちは不本意だったろうけど。

2006年、移籍後初となる念願のオリジナルアルバム『Superbi』がリリースされた。ソニーもそこそこプロモーションに力を入れたのか、UK最高6位と久しぶりにトップ10入りを果たす。次週には急降下しちゃったけど。
せっかくそこそこのヒットを打てたにもかかわらず、いまいちモチベーションが上がらないのはヒートンだけではなく、その他メンバーも同じだった。手応えがあろうとなかろうと、今さら一喜一憂する年代でもないし関係性でもない。もうずいぶん昔に、バンドを寿命を迎えていたのだ。
以前ほどライブも行なわず、それに伴って達成感もカタルシスも得られなくなり、翌年、ビューティフル・サウスは解散する。「音楽的な類似性」というコメントを残したけど、誰も笑いもしなければ、関心さえ持たれなかった。
お別れライブもなければ記念シングルもない、メンバー同士のあからさまな中傷や暴露合戦もなし。ファアウェル感のまったくない、円満離婚手続きのような解散だった。
それほど盛り上がらなかったのは、正確には「解散」ではなく「ヒートンが抜けた」というのが周知の事実だったせいもある。「解散する/しない」じゃなく、「ヒートンに振り回されたくない」と思っていたメンバーが相当数いたらしい。事実、サウス解散後、多くのメンバーはサウス楽曲をレパートリーとした新バンドThe Southに合流している。
あんな飄々とした風情だったけど、キツいこと言わなきゃならないこともあったんだろうなヒートン。嫌われ役しなくちゃならない事もあっただろうし。どんな組織でもあり得ることだ。
ほんとはこれ以降のヒートンの足跡、再ソロデビューの不振と迷走、ジャッキー・アボットとの再会を契機とした完全復活まで書き進めていたのだけど、そこにたどり着くまでに結構な分量になった。なので、ここで一旦切って、続きは次回。
ここまで書いてきてなんだけど、ちゃんと聴いてみるといいところも多い『Fat Chance』。ビスケット・ボーイとして向き合うからショボく思えちゃうわけで、最初っからヒートン名義でリリースしてりゃ、こんな扱いじゃなかったはず。
そんな空気の読めなさ・ズレてる感もまた、彼の魅力なわけで。そういうことにしておこう。
1. Lessons In Love
逆回転テープ処理みたいな響きのギターが印象的な、ヒートンにしてはざっくりしたサウンドがオープニング。「サウスとは違うんだ」感を強調したいことが伝わってくる。
このアルバムの多くのセッションは、ジョー・ストラマーのバンドにいたMartin Slattery (Key)とScott Shields (Dr)を伴って行なわれ、サウンドメイキングに大きく貢献した2人も作曲クレジットされている。なので、全体的にリズムは立っている。
2. Mitch
グラウンドビートとブルースの融合、取ってつけたようなスクラッチなど、いろいろ新局面を見せているトラック。なぜか元サウスのDavid Rotherayが作曲クレジットされているので、おそらくバンド時代のボツ曲の再演と思われる。後期のサウスのアルバムに入っててもおかしくない出来なんだけど、あの演奏陣じゃ満足できなかったんだろうなヒートン。
3. The Perfect Couple
これはヒートン単独のクレジット。おそらく独りでスタジオにこもってるうちに仕上げちゃったんじゃないかと思われる。
初期サウスのメロディに近いため、逆に女性コーラス不在の物足りなさを感じてしまう。こういった甘いタッチのメロディなら手クセでいくらでも書けるだろうし、ちょっとスパイス効かせるためバンド・スタイルにしてるんだろうけど、もう一味が欲しい。
4. Last Day Blues
サウス時代からキーボードのサポートで付き合いのあったDamon Butcherとの共作によるバラードナンバー。そんなに凝ったコード進行でもなく、シンプルな構造なのだけど、気心知れてる昔馴染みとのコラボは、安心して聴くことができる。
アルバム全体をサウスとは違う展開にしたいのはわかるんだけど、やっぱこういった曲の方がヒートンのキャラが明確になってるし、彼の曲である必然性が見えてくる。この当時、彼の中では「抑えの曲」だったんだろうな、従来ファン向けの。
5. Man's World
再びButcherとの共作。「Last Day Blues」よりも少しザックリして、バンドスタイルのバラード感が演出されている。ヒットチャートでは太刀打ちできないけど、アルバム中の佳曲としては充分なアベレージ。
6. Barstool
R&B/ダンスコンテンポラリー系のサウンドプロダクトを使った、ヒートンにしてはちょっと攻めた感のあるポップバラード。EDMバリバリに入れて、ヒートンのヴォーカルも全編エフェクトかけてて、女性ヴォーカルもセクシー系だ。
これまでは色気の薄い女性ばかり起用していたのに、だいぶ背伸びしてがんばってる。こっち路線もやってみたかったのかもしれないけど、でも「ビスケット・ボーイ」名義でやるのはシクったよなヒートン。
7. Poems
なので、ここでバンドスタイルのアレンジが出てくると、ちょっとホッとする。ゲスト女性ヴォーカルのZoe Johnstonもフラットなスタイルで安心する。アコギ主体なので往年のネオアコっぽさも漂い、ゴメンやっぱこういう方が好きなんだ。
8. If
同じくアコギがメインだけど、ピッチフォーク系ユーザーを想定したような、ビスケット・ボーイ感のあるトラック。ソリッドなベーシックリズムをバックに、ちょっぴり粗野なヴォーカルでつぶやくヒートン。
のちのThe Sound of Paul Heatonに連なるサウンド。ここでやめ解きゃよかったのに、手ごたえ感じちゃったんだな。
9. The Real Blues
ギターやエレピはブルースっぽいけど、ヴォーカルにブルースっぽさはひとっつも感じられないので、やっぱシャレでつけてるんだろうな、このタイトル。こういったキッチュで自虐な視点を忘れないのがヒートンの持ち味なので、あまり突っ込んじゃいけない。まぁ聴き流そう、いい意味で。
10. Proceed With Care
考えてみればハウスマーティンズ、あのまま解散せずにネオアコ・ポップ路線を続けていれば、こんな感じになっていたのかもしれない、と思わせるトラック。そう考えるとこのアルバム、「もしビューティフル・サウスが存在してなかったら?」という異世界モノなのかもしれない。
それくらい好きなトラック。
11. Man, Girl, Boy, Woman
おそらく自宅で機材いじってるうちに何となくかたちになっちゃった、密室感の強いEDMトラック。おそらく自分で打ち込みなんてできやしないだろうから、プリセット中心に適当にかぶせてうち、こんな感じになっちゃったんじゃないかと思われる。
ヒートンの別サイド、ややダークなモノローグ(ラップじゃない)中心のサウンドアプローチは嫌いじゃない。全編コレだとキツいけど、アクセントとしては悪くない。