好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

元ビューティフル・サウス:ポール・ヒートン栄光の軌跡と紆余曲折


ab67616d0000b27368a131b7f5ea38fbb00f6936

  1990年代のイギリスでは、幅広い人気を誇っていた庶民的バンド:ビューティフル・サウス。露悪な皮肉とペーソスに塗れた彼らの歌は、他人の不幸をこよなく愛する英国人のツボにハマっていた。
 穏やかでポップなサウンドと、英国人特有のひねくれた悪意とペーソスに満ちあふれた作風は、老若男女問わず受け入れられた。ただ世紀末を迎えるあたりから、チャートの趨勢はEDM主体のダンスポップに取って代わられ、人気は下降してゆく。
 少しは時流に合わせるよう、レーベルからのプレッシャーでもあったのか、7作目『Painting it Red』は、かつての盟友ノーマン・クック = ファットボーイ・スリムにリズムトラックのアドバイスを依頼、彼らにしてはダンスビート寄りのトラックが収録されている。ただ、変に勢いあまって2枚組にしたことで、微妙なセールスに終わってしまう。
 従来ファンが買ってくれたことで、初動売り上げは確保できたものの、チャートアクションの勢いはなかった。これで伸びしろがないと判断されたのか、リリース契約も更新されず、窮地に陥ってしまう。
 先行きの不透明感とマンネリズム、レーベル移籍交渉が進まなかったこともあって、メンバーの士気も低下、バンド活動も停滞してゆく。周囲の雑音なんてどこ吹く風、マイペースを貫いていた印象だったけど、時代に取り残された現実を突きつけられ、モチベーションはダダ下がりした。
 ただ、完全に忘れられるにはまだちょっと早すぎたサウス、この時点で気持ちを切り替えて、小規模ライブ中心のツアーバンドとして生き残る道もあった。コンテンポラリーなスタンダード曲はないけど、そこそこのスマッシュヒットはたくさん持っていたため、市民会館クラスのハコなら充分埋められる知名度は持っていた。

 楽曲制作に携わっておらず、印税収入の恩恵も少ない演奏陣からすれば、フロントマンの青臭い苦悩なんてのは他人事でしかない。進んでソロ活動したり客演したりもせず、とにかく演奏して日銭を稼ぐことだけが、彼らの処世術だった。
 特別、演奏テクニックに秀でていることもなく、現状維持を望む連中を重荷に感ずるのは、何もいま始まったことでもない。おそらくずいぶん前から、火種はくすぶっていたのだろう。
 クリエイティヴ面でスランプになったわけではない。歌うテーマはいくらだってある。ライターズ・ブロックなんて言葉とは縁遠いヒートンにとって、袋小路にはまったバンドの現状は、別な見方で言えば転機でもあった。ソングライターとしてパフォーマーとして、まだ伸びしろがあると思っていたヒートンは、早々にソロ活動に乗り出すことになる。
 初ソロアルバム『Fay Chance』は、外部ミュージシャンを多く起用しているけど、作詞作曲は全部ヒートンなので、基本は従来サウス路線を踏襲している。一曲目でスクラッチが導入されていたり、なんちゃってブルース風な楽曲もあったりして、サウスとの差別化を意識したバラエティ感はあるにはあるけど、まぁ「ほぼサウス」。
 サウスとの違いを強調するためか、アーティスト・クレジットも「ビスケット・ボーイ」に改めた。さらに別名「クラッカーマン」っておまけもついている。彼流のジョークなんだろうけど、ちょっと何言ってるかわかんない。
 EDMを使用した一部のトラック以外はいつものビューティフル・サウスであり、メンバーへの配慮や気遣いもなかった分、クリエイターの意図が充分反映された良作なのだけど、やっぱ「変な名前」が災いして反応は薄く、UK最高95位とチャートでは低迷した。あまりの手応えのなさにヒートンも思い直し、「ビーバス・アンド・バットヘッド」のパクりみたいなイラストから、無難なポートレートにジャケットを変更、ヒートン名義で翌年再販してみたけど、結果は変わらなかった。
 もしかして、アメリカのインディー市場を意識して、あんなアートワークにしたのだろうか。イヤ無理だってキャラに合わんし。

Music 3-1

 ソロプロジェクトは大コケしたけどそれはそれ、さっさと気持ちを切り替えたヒートン、サウス再始動のため、バンドメンバーらを招集する。言い方悪いけど、自ら考えて動くような連中ではないので、拒否するはずがない。よく言えば従順なんだよなみんな。
 前作のセールス不振で微妙な関係になっていたGo! Discsともどうにか和解、本格的な再始動を踏まれ、サウスは新アルバムを制作する。ていうかヒートン。
 「今さら「Little Time」や「Don’t Marry Her」の時代じゃねぇだろ」と開き直ったのか、従来路線を踏襲しつつDTMもそこそこ多用した、ビスケット・ボーイ路線の『Gaze』を発表する。サウンドプロダクトもコンセプトも時流からはずれてないし、サウス名義だったらもっと受け入れられるんじゃね?とでも思ったのか。
 控えめながら自信を持って世に送り出したはずなのに、結果はUK最高14位と肩透かし。これまで着いてきてくれたコアユーザーがさらに目減りして、いよいよ落ち目感が漂ってくる。
 活動休止前までは、どのシングルもそこそこスマッシュヒット、アルバムもトップ10常連でプラチナ獲得も当たり前だったのに、『Gaze』はシルバー獲得がやっとというレベルにまで落ちてしまう。そりゃ多くの同年代バンドと比べれば充分な成績だし、リリース契約があるだけまだ恵まれている方なのだけど、ヒートン的にもレーベル的にも、期待値上げ過ぎちゃった感がある。

 どっちが先に三行半を叩きつけたのかは不明だけど、Go! Discsを飛び出したサウス、普通ならここで活動もフェードアウトするところだけど、捨てる神あればなんとやらで、大メジャーのソニーUKに移籍する。何がどんな経緯で、英国ローカルの右肩下がり中年バンドと契約に至ったのか。ディレクターのコネかエージェントの強さか、はたまた闇の力でも持っていたか。
 一応、契約アーティストではあるけど、今さら猛プッシュしてくれるポジションではなく、かといってお荷物になるほどひどい売上でもない。ある程度の固定ファンもいるから、おおよその売上予測も立つので、「まぁ好きにやってれば?」という放置プレイ。
 心機一転で仕切り直しと行きたいところだけど、移籍後初のアルバムは、なぜかカバー集だった。ヒートンがスランプで何も書けなかったのか、はたまた担当ディレクターにダメ出しされまくったのか。それならそれで、楽曲コンペで集めそうなものだけど、そこまでの予算は組めなかったんだろうな、だってサウスだし。
 実際聴いてみると、キャラに合ったメロディタイプの楽曲中心で構成されており、無難で危なげない仕上がりになってはいる。もともとサプライズやスリルを求める音楽性じゃないし、まぁ確かにサウスっぽく仕上がってはいるんだけど、本人たちのやる気のなさがにじみ出てくる、そんなネガティヴな無難さが漂っている。
 食ってゆくため/次回作リリースのため、いわば消化試合のようなアルバムゆえ、プロモーション・ツアーも積極的に行なわれず、UK最高11位と、これまた中途半端なチャートで終わってしまった『Golddiggas, Headnodders and Pholk Songs』。それでもそこそこロングテールで売れたのか、最終的にゴールドディスクを獲得している。多分、本人たちは不本意だったろうけど。

Fat_Chance_-_Biscuit_Boy_album_cover

 2006年、移籍後初となる念願のオリジナルアルバム『Superbi』がリリースされた。ソニーもそこそこプロモーションに力を入れたのか、UK最高6位と久しぶりにトップ10入りを果たす。次週には急降下しちゃったけど。
 せっかくそこそこのヒットを打てたにもかかわらず、いまいちモチベーションが上がらないのはヒートンだけではなく、その他メンバーも同じだった。手応えがあろうとなかろうと、今さら一喜一憂する年代でもないし関係性でもない。もうずいぶん昔に、バンドを寿命を迎えていたのだ。
 以前ほどライブも行なわず、それに伴って達成感もカタルシスも得られなくなり、翌年、ビューティフル・サウスは解散する。「音楽的な類似性」というコメントを残したけど、誰も笑いもしなければ、関心さえ持たれなかった。
 お別れライブもなければ記念シングルもない、メンバー同士のあからさまな中傷や暴露合戦もなし。ファアウェル感のまったくない、円満離婚手続きのような解散だった。
 それほど盛り上がらなかったのは、正確には「解散」ではなく「ヒートンが抜けた」というのが周知の事実だったせいもある。「解散する/しない」じゃなく、「ヒートンに振り回されたくない」と思っていたメンバーが相当数いたらしい。事実、サウス解散後、多くのメンバーはサウス楽曲をレパートリーとした新バンドThe Southに合流している。
 あんな飄々とした風情だったけど、キツいこと言わなきゃならないこともあったんだろうなヒートン。嫌われ役しなくちゃならない事もあっただろうし。どんな組織でもあり得ることだ。

 ほんとはこれ以降のヒートンの足跡、再ソロデビューの不振と迷走、ジャッキー・アボットとの再会を契機とした完全復活まで書き進めていたのだけど、そこにたどり着くまでに結構な分量になった。なので、ここで一旦切って、続きは次回。
 ここまで書いてきてなんだけど、ちゃんと聴いてみるといいところも多い『Fat Chance』。ビスケット・ボーイとして向き合うからショボく思えちゃうわけで、最初っからヒートン名義でリリースしてりゃ、こんな扱いじゃなかったはず。
 そんな空気の読めなさ・ズレてる感もまた、彼の魅力なわけで。そういうことにしておこう。




1. Lessons In Love
 逆回転テープ処理みたいな響きのギターが印象的な、ヒートンにしてはざっくりしたサウンドがオープニング。「サウスとは違うんだ」感を強調したいことが伝わってくる。
 このアルバムの多くのセッションは、ジョー・ストラマーのバンドにいたMartin Slattery (Key)とScott Shields (Dr)を伴って行なわれ、サウンドメイキングに大きく貢献した2人も作曲クレジットされている。なので、全体的にリズムは立っている。

2. Mitch
 グラウンドビートとブルースの融合、取ってつけたようなスクラッチなど、いろいろ新局面を見せているトラック。なぜか元サウスのDavid Rotherayが作曲クレジットされているので、おそらくバンド時代のボツ曲の再演と思われる。後期のサウスのアルバムに入っててもおかしくない出来なんだけど、あの演奏陣じゃ満足できなかったんだろうなヒートン。

3. The Perfect Couple
 これはヒートン単独のクレジット。おそらく独りでスタジオにこもってるうちに仕上げちゃったんじゃないかと思われる。
 初期サウスのメロディに近いため、逆に女性コーラス不在の物足りなさを感じてしまう。こういった甘いタッチのメロディなら手クセでいくらでも書けるだろうし、ちょっとスパイス効かせるためバンド・スタイルにしてるんだろうけど、もう一味が欲しい。

4. Last Day Blues
 サウス時代からキーボードのサポートで付き合いのあったDamon Butcherとの共作によるバラードナンバー。そんなに凝ったコード進行でもなく、シンプルな構造なのだけど、気心知れてる昔馴染みとのコラボは、安心して聴くことができる。
 アルバム全体をサウスとは違う展開にしたいのはわかるんだけど、やっぱこういった曲の方がヒートンのキャラが明確になってるし、彼の曲である必然性が見えてくる。この当時、彼の中では「抑えの曲」だったんだろうな、従来ファン向けの。

CIl0INIWgAAy_nM

5. Man's World
 再びButcherとの共作。「Last Day Blues」よりも少しザックリして、バンドスタイルのバラード感が演出されている。ヒットチャートでは太刀打ちできないけど、アルバム中の佳曲としては充分なアベレージ。

6. Barstool
 R&B/ダンスコンテンポラリー系のサウンドプロダクトを使った、ヒートンにしてはちょっと攻めた感のあるポップバラード。EDMバリバリに入れて、ヒートンのヴォーカルも全編エフェクトかけてて、女性ヴォーカルもセクシー系だ。
 これまでは色気の薄い女性ばかり起用していたのに、だいぶ背伸びしてがんばってる。こっち路線もやってみたかったのかもしれないけど、でも「ビスケット・ボーイ」名義でやるのはシクったよなヒートン。

7. Poems
 なので、ここでバンドスタイルのアレンジが出てくると、ちょっとホッとする。ゲスト女性ヴォーカルのZoe Johnstonもフラットなスタイルで安心する。アコギ主体なので往年のネオアコっぽさも漂い、ゴメンやっぱこういう方が好きなんだ。

8. If
 同じくアコギがメインだけど、ピッチフォーク系ユーザーを想定したような、ビスケット・ボーイ感のあるトラック。ソリッドなベーシックリズムをバックに、ちょっぴり粗野なヴォーカルでつぶやくヒートン。
 のちのThe Sound of Paul Heatonに連なるサウンド。ここでやめ解きゃよかったのに、手ごたえ感じちゃったんだな。

9. The Real Blues
 ギターやエレピはブルースっぽいけど、ヴォーカルにブルースっぽさはひとっつも感じられないので、やっぱシャレでつけてるんだろうな、このタイトル。こういったキッチュで自虐な視点を忘れないのがヒートンの持ち味なので、あまり突っ込んじゃいけない。まぁ聴き流そう、いい意味で。

4254515500000578-0-image-a-93_1500043583616

10. Proceed With Care
 考えてみればハウスマーティンズ、あのまま解散せずにネオアコ・ポップ路線を続けていれば、こんな感じになっていたのかもしれない、と思わせるトラック。そう考えるとこのアルバム、「もしビューティフル・サウスが存在してなかったら?」という異世界モノなのかもしれない。
 それくらい好きなトラック。

11. Man, Girl, Boy, Woman
 おそらく自宅で機材いじってるうちに何となくかたちになっちゃった、密室感の強いEDMトラック。おそらく自分で打ち込みなんてできやしないだろうから、プリセット中心に適当にかぶせてうち、こんな感じになっちゃったんじゃないかと思われる。
 ヒートンの別サイド、ややダークなモノローグ(ラップじゃない)中心のサウンドアプローチは嫌いじゃない。全編コレだとキツいけど、アクセントとしては悪くない。







ブライアン・ウィルソンがブライアン・ウィルソンであるためのアルバム。 - Brian Wilson 『Smile』


brian-wilson-brian-wilson-presents-smile-Cover-Art

  苦節37年、ついにブライアン・ウィルソン本人監修でリリースされた「幻の」アルバム『Smile』。ちなみにこのアルバム、ジャケット・アートワークや楽曲リストが流出したことから誤解されているけど、発売を見合わせてお蔵入りしたわけではない。リリース・スケジュールに合わせるため、レコード会社が勝手に勇み足で曲順やデザインを勝手に決めて発注しただけであり、今回が初めてアーティスト側の意向を組んだ形となっている。
 一応、ブライアンお墨つきとなる『Smile』決定版は、当時のマスターテープを参考としつつ、その多くは現在のツアー・メンバーでリテイクされている。当初から収録予定だったメイン・トラック「Good Vibrations」も「英雄と悪漢」も、2004年時点での音質クオリティにアップコンバートされているのだけど、基本構成は当時のまま。
 なので、かつての少年:70オーバーのブライアンのヴォーカルを感慨深く受け取るか、はたまた切なさを憂うか、それは意見の分かれるところ。
 ビーチボーイズもうひとつの代表作『Pet Sounds』同様、これまでさんざん研究し尽くされ、また語り尽くされてきたアルバムなので、「何を今さら」感はあるけど、一応、これまでの経緯を整理してみる。

611q8UBHYYL._AC_SY355_

 これまでの「夏だ!海だ!サーフィンだ!」のイメージから大きく逸脱した『Pet Sounds』、評論家筋やイギリスのウケは良かったけど、本国アメリカでは微妙なセールスに終わる。
 一方、レコーディング技術を駆使することで、消費サイクルの早いポップソングを、後世に残るアート作品へステップアップできる可能性を見出したブライアン、そのメソッドを突き詰める次回作『Smile』に着手する。
② 取っ掛かりとして『Smile』、「神に捧げるティーンエイジ・シンフォニー」という、おそらくブライアンにしか理解できないコンセプトが掲げられた。『Pet Sounds』で意気投合したヴァン・ダイク・パークスをパートナーとしてシノプシスを書き、おおよその概要が見えた頃合いで、ブライアン主導によるレコーディングが開始された。
 ヒット曲や適当なカバー曲を寄せ集めた、これまでのポップ・アルバムと違って、テーマに沿って書かれた小曲をつなぎ合わせた組曲スタイルのコンセプト・アルバムのハシリとなったのが『Pet Sounds』で、そこにシンフォニックな要素を加えたのが、ビートルズ『Sgt. Pepper’s~』だった。田舎町リバプールのチャラ男たちの才能に触発されたブライアンは、その上を行こうと奮起する。
 個々の楽曲単体で起承転結を描くのではなく、ひとつのメロディを転調したりテンポを変えたり、または反復させ、様々なエフェクトや効果音、ハーモニーをブリッジにしたストーリー展開が、『Smile』の初期構想だった。膨大な素材を必要とするため、ブライアンは短いフレーズやモチーフとなるメロディを大量に録音した。コラージュとも言うし、今ならマッシュアップの手法。
 おそらくこの時点で、ブライアンの頭の中では、すでにおおよその完成形は見えていたはずだけど、何百テイクに及ぶ大量の素材を組み合わせて理想の形に仕上げるには、スケジュール的にも技術的にも限界があった。理想のビジョンはあっても、実作業にあたるスタジオ・エンジニアとは齟齬が出るし、当時の機材スペックでは、リズムやピッチもどうしてもズレる。 
 理想と現実のギャップが埋まらず、時間ばかりが過ぎてゆく。
 絶え間なく襲ってくるプレッシャーとストレスを酒とドラッグで紛らわす、一進一退の悪循環に陥るブライアン。「消防士の帽子を被り、スタジオ内で火を焚いてレコーディングした」というエピソードに象徴されるように、もう彼の精神は限界だった。 
 ほどなく『Smile』は製作中止が決定、ブライアンはそのまま永き隠遁生活に入る。ただそれはそれ、新アルバムのリリース・スケジュールは動かせない。 
 大量に残されたデモテープの中から、手直しすれば使えそうなものをピックアップして、ブライアン以外のメンバーがどうにか形にした。それが『Smiley Smile』。
 そんないわく付きのアルバムだったため、グループ的にもレコード会社的にも、できれば「なかったこと」にしたかったのだけど、人伝えで伝説のヴェールは日増しに広がってゆく。また『Smile』がらみだと話題になるものだから、その後も未発表テイクが小出しに発表され、音楽マニアの渇望感を煽り続けてゆく。
 そんなこんなで月日は過ぎて80年代末、どうにかブライアンが社会復帰、初のソロ・アルバムをリリースする。ただこの時は、悪名高い精神科医ユージン・ランディが横にくっついていたため、ほぼ彼の操り人形状態。自分の意思があるかどうかもあやふやなため、完全復活とは言えず。
 家族やメンバーらの助力によって、トラブルメーカーだったユージンとのパートナーシップを解消し、ここからが本格的なブライアン復活。こちらもある意味、呪縛となっていた『Pet Sounds』の全曲再現ツアーを敢行、さらに勢いづいて、ついに2004年、『Smile』の落とし前をつけることを決意するのだった。 

ダウンロード

 …案外長くなった。5行程度でまとめるつもりだったのに。 
 これでもだいぶはしょってるけど、何しろ40年だから、これくらいになるか。 
 さらに補足すると、
 2011年、膨大な未発表セッション音源をまとめた『Smile Sessions』が、ビーチボーイズ名義でリリースされる。ほぼ時系列にそってCD5枚組にまとめられ、5枚目は全25曲「Good Vibrations」別テイクという、もうマニアにとっては垂涎の代物。
 もはやビギナーなんて相手にしない、ハイエンド・ユーザー向けの学術資料とまで言い切ってしまえる重厚感は、ボックスの重さだけにとどまらない。 
 足かけ40年にも渡った『Smile』問題は、これで一応、決着となった。ブライアン本人による完成形が提示されたことで、なかば妄想めいた憶測も解消された。 
 ただ、在庫一掃総ざらいを謳った『Smile Sessions』だけど、実はまだ収録されていないテイクが残っており、研究家・マニアによる発掘作業は続いている。オフィシャルでは補完しきれない音源を網羅するブート界隈では、真偽のほどはともかく、いまだ『Smile』音源はリリースされ続け、手堅い定番アイテムとなっている。 
 逆に言えばビーチボーイズ、『Pet Sounds』『Smile』両巨頭の注目度が飛び抜けて高かったため、他のアルバムはほぼ「知らんけど」扱いである。レコード会社的には悩みの種でもある。 
 全盛期の60年代アルバムのリイッシューがほぼ済んでしまったため、近年は70年代作品のリイッシューが進んでいるのだけど、正直、ラインナップ的にはショボく、格落ち感は否めない。イヤさすがに無理やり感あったよ、『Beach Boys' Party!』のデラックス・エディション化は。 

o0400028410981608910

 21世紀に入ってから、ほぼ恍惚の人状態だったブライアンにとって、『Pet Sounds』も『Smile』も、すべてはもう終わったことだった。なので、自ら進んで完結させる気は、毛頭なかったんじゃないかと思われる。 
 ただ、自分がステージに立って歌うことで、みんなが喜んでくれる。そのナチュラルな善意のみで、ブライアンは重い腰を上げた。 
 メンタル面・体力面で不安があった彼が、世界ツアーを完走できるようになったのも、ツアーのレギュラー・メンバーであり、よき理解者であるワンダーミンツ:ダリアン・サハナジャのサポート失くしてはあり得なかった。ミュージシャンである前に、熱狂的なビーチボーイズ・マニアだったダリアンは、身勝手で気分屋で駄々っ子のブライアンに根気強く寄り添った。 
 少しずつ音楽への関心を取り戻していったブライアンは、世代も立場も違うはずのダリアンと向き合い、いろいろな話をした。少年時代のこと、グループのこと、家族のこと、音楽のこと。 
 起こってしまったことは、すべてよいことだ。忘れたくなる思い出なんて、所詮、その程度のものだ。 
 ダリアンは焦らずゆっくり、ただ耳を傾けることで、ブライアンの凝り固まった心をほぐしていった。特別、何をするでもない。ただ、そばにいて話を聞くだけ。ユージンなら時間単位で診察料が発生するけど、ダリアンは物質的な何かを要求することはなかった。 
 ふと、ピアノで「God Only Knows」のイントロを奏でるダリアン。 
 「あぁ、そこはこうで…」。言葉少なにキーを探るブライアン。 
 勝手な想像だけど、そんな音楽を通した対話によって、ブライアンの気持ちも前向きになってゆく。少しずつ、ゆっくりと。 

A-276411-1452421863-8600

 「過去の自分と向き合う」ため、『Pet Sounds』の全曲再現ライブに挑んだブライアン―。というのが大方の見解なのだろうけど、おそらくそんな大それたものではない。
 まわりのみんなが求めてくるし、喜んでくれるから。そんな単純な発露だったんじゃね?と、ブライアンを聴くたび、そう思う。 
 時々、ネガティヴになったりもするだろうけど、おおむね21世紀以降のブライアンのメンタルは安定している。いつもコピペで張りつけたような同じ笑顔で、発言もしどろもどろではあるけれど、少なくとも今の生活に大きな不満はなさそうである。
 強烈すぎる体験は、脳が記憶することを拒否する。自己防衛反応がうまく働かなかった時期のブライアンは、自身の殻に閉じこもり、食っちゃ寝の無限ループだった。
 歳を経ることで、イヤな記憶は薄れ、よかった想い出だけが鮮明に残る。 
 自浄作用とは、人が生き続けるための前向きな意思表示だ。

 好評のうちに『Pet Sounds』プロジェクトが一段落し、休む間もなくブライアン、ついに『Smile』完結を決意する。多分、ダリアンあたりが終わった頃合い見て、それとなく勧めてみたら、勢いでOKしちゃったんだろうな。その辺のタイミングは心得ていただろうし。
 ただ承諾したとは言っても、そこから翻意したりドタキャンしようとしたり、一進一退はあっただろうけど、多分、周囲のスタッフもその辺は織り込み済み。なだめすかしたり短いブランク入れたりして、ほぼダリアン主導でトラック作成、事あるごとにブライアンの確認を得て、『Smile』は完成した。
 決着を見たことで、呪縛から解き放たれたわけではない。「囚われている自身を充分把握できていない」っていうか。時々イヤな記憶がぶり返したりするけど、褒められるとそれも忘れちゃうし、しかもやればできるタイプだしブライアン。 

24_0105_01

 前回のレビューの続きとして、長々書いてきた。で、ここまで来てアレなんだけど、個人的には『Smile』、実はそこまで入り込めていない。
 ブライアン版だけではスッキリしなかったため、『Smiley Smile』『Smile Sessions』にまで手を出したのだけど、余計にワケわかんなくなった。 
 なぜ『Smile』は、俺が深く踏み込むのを拒むのか。ちゃんと考えてみた。
 レコーディングを控え、ブライアンは「神に捧げるティーンエイジ・シンフォニー」というコンセプトを掲げた、と前に書いた。華やかなロックスター・ライフを満喫していた反面、ブライアンの青春は決して幸福なものではなかった。 
 ロサンゼルスの機械工マリー・ウィルソンは、若い頃に成し得なかったミュージシャンの夢を、3人の息子に託した。厳しい指導は次第にエスカレートしてゆき、時に手が出ることもあった。
 鉄拳制裁が長じて、長男ブライアンは右耳を強打、聴力は永遠に失われた。ステレオ録音がメジャーとなった60年代後半においても、彼がモノラル・レコーディングにこだわり続けたのは、それもまた一因である。
 彼の息子と友達を中心にビーチボーイズが結成され、マリーはマネージャーに就任する。大して実績のない学生ローカル・バンドにマネジメントが付くのも何か変な話だけど、コワモテで弁の立つ大人が交渉役になったことで、早々にキャピトルとのリリース契約にこぎ着ける。 
 兄弟の中で最も才能があったのがブライアンであり、マリーからのプレッシャーや風当たりが強いのも彼だった。息子に期待を寄せていた反面、おそらく自身との才能の差に嫉妬していたのかもしれない。
 ブライアンにとって、曲を書く行為は純粋な悦びであり、また父の機嫌をなだめるための処世術だった。
 「サーフィンの歌を書いてるのに、サーフィンが嫌い」。当時のブライアンが置かれた状況を端的にあらわしているエピソードである。
 ヒット曲を書くことを強いられ、ステージでは精いっぱい陽キャを演じていたけど、素のブライアンは真性の陰キャでインドア派で、地味で控えめな人格だった。強欲な父に脅され尻を叩かれながら、彼は陽気で笑顔で脳天気なポップソングを量産した。
 陽気な笑顔の裏側で、ブライアンは泣くのをこらえていた。長く演じているうち、その笑顔は張りついて戻らなくなった。その笑顔は、いま現在も続いている。

SMiLE_On-A-HolidaySleeve

 ブライアンが経てきた道程は、一見華やかなものであったけれど、その実情は散々たるものだった。きらびやかな栄華の裏側で、ブライアンは父からのプレッシャーに怯え、また他メンバーらの嫉妬、または無関心を嘆いた。彼にとってのリアルな青春時代とは、忌むべきものであったのだ。
 その反作用として、彼は理想の青春時代、ほんとはこうあるべきだった10代の日々、そして視点を再構築しようと試みた。それが『Smile』の真の姿だ。
 ここで描かれる世界観は、ブライアンが思うところの「理想の青春」、そして生活。朗らかで快活な、それでいてナイーブな少年少女たちの独白と讃歌。ほんの少しの感傷と迷走が、アクセントとして作用する。
 こうやって書いてると、ヘッセの世界観とリンクするところ多いんだよな。宗教観の違いだけで。「荒野のおおかみ」なんて、まんまブライアンのもうひとつの人生だもの。
 で、その世界観はブライアンの中で枯れることなく、40年ずっと地続きのままだった。ただ、そのニュアンスを70代のかすれ声で表現するのは、やはりちょっと無理がある。「伊代はまだ16だから」を自虐半分で演じるなら受け入れられるけど、本人にマジ熱唱されてしまうと、ちょっと引いてしまう。ジャンルは大きく違うけど、そういうことだ。

 時を経て、周囲の好意と努力によって、『Smile』は完結した。ただ「完結した」という話題性が先行して、客観的な音楽的評価がしづらくなっているのも、また事実である。 『Pet Sounds』『Smile』推してりゃ、取り敢えず音楽通っぽく振る舞える風潮もまた、ブライアンの真意を見えづらくしている。
 なのでこのアルバム、単体で好評だったヒット曲「英雄と悪漢」「Good Vibrations」はともかく、アルバム総体では、第三者目線での批評が機能しづらい。他人の評価とは別次元の、「ブライアン・ウィルソンがブライアン・ウィルソンであるためのアルバム」というのは、そういうことだ。




1. Our Prayer / Gee 
 ファンファーレ的な位置づけのアカペラと、ガーシュインっぽい小曲との組曲。ビーチボーイズ版では別々だったけど、ここでは自然にシームレスな流れで構成されている。
 コーラス・アレンジもベーシックなアンサンブルも、ほぼ初期テイクと変わりなく、「楽曲単体としてはすでに完成し尽くされていた」というブライアンの意向がダイレクトに反映されている。
 なので、この曲に限らず、ほぼどれも1967年時点のアレンジを踏襲している。唯一、大きく違うのがブライアンの声質なのだけど。
 躍動感あふれる20代と紆余曲折を経てきた60代、まったく性質の違うヴォーカルを同じ土俵で比較するのは無意味だけど、「ティーンエイジ・シンフォニー」というコンセプトを通してみれば、前者の方が意に沿ってはいる。
 ただここで大事なところ、ブライアン自身は歳を取っていない。あくまでブライアン的には。ブライアンのためのアルバムなので、我々はただ、降りてきた音と言霊を黙って受け取るだけなのだ。

2. Heroes and Villains 
 1967年、『Smiley Smile』からシングルカットされて、当時、ビルボード12位にランクインしたのが信じられないくらい、凝りに凝った複雑な構成を持った曲。4分弱の中でコロコロ曲調が変わるので、ラジオでかかりづらかったことが察せられる。大雑把なアメリカ人が受け入れたことが不思議でならない。 
 ちなみに『Smile Sessions』では、1枚丸ごと「英雄と悪漢」のアウトテイクのみで構成されているパートがあり、それだけ制作に紆余曲折があったことが窺える。コーラスだけ・ハープシコードだけのテイクが山盛りで、マニアや研究家にとっては垂涎なんだろうけど、堅気の人が聴くものではない。個人的には面白いんだけど。
 で、この曲でスイッチが入ったのか、ヴォーカルは最新のブライアンがベストテイク。見かけの若さじゃなくて、曲のコンセプトに準じた若さと言う意味で。





3. Roll Plymouth Rock 
 初期タイトルは「Do You Like Worms?(ミミズは好き?)」だったけど、ブライアン版では「あばれるニワトリ」に改題されている。どっちにしろ、意味わかんない。
 ブライアン的には「こっちの方がいいと思ったから」ということらしい。すべては、ブライアンの意に沿うままに。そういうことだ。 
 『Smile』収録曲全般に言えることだけど、単一のフレーズを発展させたものではなく、あらゆるシノプシスを複合的に組み合わせた組曲スタイルが多く、この曲もあっちへ行きこっちへ行きで、ちょっと気を抜いてると全然別の曲になってたりする。
 ハンパない集中力が求められるアルバムなので、キチンと対峙して聴き込まざるを得ない。長いことマニアが掘り続けていたのも納得できる。今さらだけど。

4. Barnyard 
 「英雄と悪漢」セッション時に録音された、動物の声帯模写を主体とした小品。歌いやすいメロディは、全盛期のビーチボーイズを踏襲している。もともと単体ではなく、「英雄と悪漢」に組み込む予定だったらしい。
 今回、独立させた意味は不明だけど、アルバム/ライブ構成的にインターバルとしてちょうどよかったんだろうか。

5. Old Master Painter / You are My Sunshine
 自作曲だけでは世界観が狭くなることを危惧したのか、ここでスタンダード曲を入れてきたブライアン。ていうか、単に歌いたかっただけなのかもしれないけど、アルバムのカラーには合っている。
 ラジオ音声っぽくエフェクトされているけど、この曲も年輪を経た最新版のヴォーカルが最もよい。ただこれも、ほぼサビメロしか歌っておらず、正味1分程度。やっぱ、サビ歌いたかっただけだったのか。

6. Cabin Essence
 ちょっと肩の力が抜けた後、再びやってくる多重構造のポケット・シンフォニー。書いてて「なんか矛盾してる」って気づいてしまった。ポケットに収まるほど気軽じゃないんだよな。
 「カントリーっぽいガーシュイン」のオープニングから、凝りに凝ったコーラスの波状攻撃、再びガーシュインに戻って、また分厚いコーラス、そして二たびガーシュインへ、の円環。『Smile Sessions』聴くと、まだいろいろぶっこんでたらしいけど、これでもシンプルにまとめている。
 ここまでが、第一楽章というくくり。

6796793_1169224298_z

7. Wonderful
 神への敬意とティーンエイジャーへの憧憬とが交差する、アルバム・コンセプトを象徴的に描いた歌詞世界は、盟友ヴァン・ダイク・パークスによるもの。地味ではあるけど、確実にアルバムのコアに位置する曲。
 荘厳かつ繊細なメロディは、その後の数多のソングライターにも確実に影響を与えている。特にポストパンク以降、アンディ・パートリッジ(XTC)やパディ・マクアルーン(プリファヴ・スプラウト)など、いわゆるポップ・マエストロの出現を後押しした。 
 腺病質的な繊細さを目指した初期ヴァージョンはエヴァ―グリーンな輝きを放っているけど、甘さの抜けたブライアン版のヴォーカルの方が、メロディの腰の強さを引き立てている。
 歳を経ることで歌える曲もある。そう思わせてしまうだけの説得力がある。

8. Song for Children
 初期セッションでは仮題「Look」というインスト・ナンバーで、ブライアン版ではヴァン・ダイクが新たに詞を書き下ろし、現行タイトルに改題されて完成版となった経緯を持つ。『Smile Sessions』収録ヴァージョンも聴いてみたけど、ヴォーカルを入れる余地もなく、インストでも充分成立している。
 心境の変化なのか、はたまた歌入れ前に製作が頓挫しちゃったのか。その辺はブライアンにしかわかり得ない。
 膨大なアイディアをありったけ詰め込んで、時にとっ散らかった印象さえ受ける第一楽章に対し、第二楽章はひとつのテーマを深く掘り下げる方向に特化した曲が多い。変に凝り過ぎないで、このコンセプトで統一すれば、レコーディングもスムーズに運んだのだろうけど、でもそれじゃ『Smile』にならないか。

9. Child is Father of the Man
 と思ってたら、また曲調変化著しいナンバーが。初期テイクは細かなフレーズをつなぎ合わせた歪さが感じられるけど、37年経ったことでテクノロジーの進化と演奏スキルのレベルアップが、違和感を抑え込んでいる。
 ただ、ストリングスの重厚感は初期ヴァージョンの方が勝っている印象。アナログ・レコーディングの強みかね。

10. Surf's Up
 ポストパンク以降のポップ・マエストロ、いわゆる「ポップ馬鹿」たちが憧れ、そして誰もたどり着けなかった極みとも称される、ブライアン渾身のキラー・チューン。キャッチ―で覚えやすいメロディでもなければ、前向きな歌詞を歌っているわけでもない。
 でも、「なんか他のヒット曲とは立ち位置違う」ことだけは、誰でも理解できる。そんな曲。
 ピアノ一本だけでも成立するし、壮大なオーケストレーションにも負けない、しなやかな旋律。そして、それはブライアンが歌う時のみ成立する。
 万人に愛されるスタンダードとは言えないけど、その存在感の強さには、多くのソングライターがひれ伏してしまう。大げさすぎるかもしれないけど、そんな曲。
 ブライアンであれば、どのヴァージョンでもいい。時空を超えた記名性の強さは、聴けばわかるとしか言いようがない。





11. I'm Great Shape / I Wanna be Around / Workshop
 ここから第三楽章。「英雄と悪漢」セッションからの派生フレーズやスタンダード・ナンバーをメドレー構成にしたオープニング。前曲のイメージを払底し、新たなフェーズに入ることを予想させる、要するに場つなぎ的なブリッジ。
 こういうのまで忠実に再現するのだから、ブライアン的には必要なパートなのだろう。細切れで聴くとつまんないのは、コンセプト・アルバムの善し悪しである。

12. Vega-Tables
 「野菜摂取を勧めることで、万人を健康にしたい」という発想から飛躍に飛躍を重ね、なぜか「人々を野菜に変えてしまいたい」というテーマにたどり着いた、ほんとか冗談かわかりづらい世界観。当時、いろいろ追い込まれてたブライアンならあり得るか。
 もろもろのプレッシャーもあって、こじれにこじれてた当時のブライアン、一説にはこの曲、未完成とされている組曲「The Elements」の一部とされている。レコーディング中に消防士のヘルメットをかぶったりスタジオ内で火を焚いたり、何かとスピリチュアルかつキンキ―なセッションの産物なので、これももしかして、カボチャやズッキーニ振りかざしながらレコーディングしていたのかもしれない。
 …冗談だよ、本気にすんなって。

13. On a Holiday
 もともとインスト・テイクしか残っていなかったのを、このアルバムを機にヴァン・ダイクが新たに詞を提供、これが決定版となる。オリジナルも陽気でドラマティック感は薄く、なんでわざわざこの曲をリテイクに選んだのかは不明だけど、箸休め的にこういった曲もあった方が肩が凝らない。

14. Wind Chimes
 ピアノとハープシコードを主体としたポップバラード。最初の『Smile』セッションでも初期に作られた楽曲なので、そこまで大きな捻りはない。ただ、ハーモニー・アレンジからは強いこだわりが窺える。

14504

15. Mrs. O'Leary's Cow
 前述した「The Elements」の中核を担うパート「Fire」のリテイク。よくこんなの再録音させようとしたなダリアン。初期レコーディング直後に原因不明の火災に見舞われて、スタジオ全焼しちゃったトラウマ抱えているはずなのに。
 ていうかブライアン、もう忘れちゃったのかな、そういうネガティヴな出来事って。 
 そんなバイアスがかかっている曰く付きの曲なので、前評判は高かったのだけど、当然のことながら仕上がりはスッキリちゃんとしてて、案外普通。初期構想の火・水・木・気の4部作であれば、また違ったテイストになっていたのかもしれないけど、でもスッキリ納めちゃうんだろうなダリアンなら。

16. Blue Hawaii 
 初期セッションでは「Love to Say Dada」「I Love to Say Da Da」「Da Da」「All Day」などあらゆる名称で呼ばれ、その後、『Sunflower』制作時に「Cool, Cool Water」としてリメイクされ、最終的にこのタイトルで決定版となった、大事にされてるんだかされてないんだか、よくわからない曲。
 『Smile Sessions』に収録されているだけでも3テイクあるので、どうにかしようと思ったけど、当時は消化不良で終わっちゃったんだろうな。

17. Good Vibrations 
 ラストは超有名なこの曲だけど、あまりにヒットしたし誰でも聴いたことくらいはある曲なので、なんかここに収録されても今さら感がハンパない。イヤ、ここから始まったってことは知識としては知ってるんだけど、フラットな状態で聴き進めてラストがコレだと、やっぱなんか浮いてる。 
 本文でも書いたように、『Smile Sessions』ではこの曲だけでCD1枚使っているくらいだけあって、ブライアン/ビーチボーイズの歴史的にも外せないことはわかる。わかるんだけど、でも。 
 いっそのこと、アウトテイク全部詰め込んでボーナスCDつけた方が良かったんじゃね?とまで思ってしまう。多分買うよ、マニアだったら世界中にいるし。














「Rolling Stone Magazine 500 Greatest Album Of All Time」全アルバム・レビュー:391-400位


 391位 Kelis 『Kaleidoscope』
(初登場)

R-14855511-1645231409-9536

 2000年代初頭、やることなすこと全部大当たりの確変状態だったプロデューサー・チーム:ネプチューンズによって見出された歌姫ケリスのデビュー作が初登場。今ならAIでチャチャっとした画像処理で済んでしまう、サイケデリックなボディ・ペインティングをあしらったジャケットはインパクト強い。強すぎたので、曲はちゃんと聴いたことなかったけど。
 このRollingStoneのランキングが始まったのが2003年、このアルバムがリリースされて日が浅かったこともあって、当時はまだ流行りもの程度の評価しか受けていなかった。メアリー・J. ブライジでさえ、今回やっとランクインしたくらいで、当時はまだダンスポップ/R&B系への偏見が強かった。
 もともとRollingStone自体がロック系に強かったため、初回のランキングは往年のロック名盤が上位独占し、それ以外のジャンルは付け足し程度の存在だった。ただこの20年で、音楽業界は結構なパラダイム・シフトを迎えた。それに伴う急激な世代交代があったことが、ランキングを見るとわかる。
 すぐあとに出てくるけど、リリース間もないビリー・アイリッシュがランクインしているくらいだもの。時代は確実に変わっているのだ。日本じゃ実感できないけど。
 で、ケリス。当時はジャンル自体、ほぼ関心なかったけど、近年のメインストリーム・ポップと比べれば、わりと好きな部類の音ではある。粗製濫造の象徴だったオートチューン全盛のサウンドだけど、細かな仕掛けやエフェクトなど、凝った作りになっているのが、振り返ってみるとわかる。
 最近のR&Bやダンス・ポップはおおむね、クリック音と大差ない簡素なリズム・トラックが多いので、あんまり面白くないんだよな。バッキングをシンプルにしてヴォーカルを強調したい意図はわかるんだけど、それだけじゃ聴いてて面白くない。
 前回391位はJakcson Browne 『The Pretender』。今回は圏外。




392位 Ike & Tina Turner 『Proud Mary: The Best of Ike and Tina Turner』
(210位→214位→392位)

81kDWafRsgL._AC_SX355_

 昨年、ティナ・ターナーがロックの殿堂入りして、キャリア的にもシーンへの影響度的にも「何を今さら」って思っていたのだけど、91年にアイク&ティナで殿堂入りしてた。結構以前に評価はされてたんだな。
 そんな彼らのベストが、大幅にランクを落としはしたけど、辛うじて300位台に踏みとどまった。唯一無二のキャラ強な女性ヴォーカルであることは間違いないんだけど、「今後、再評価されるか」って聞かれると、ちょっと言葉濁しちゃうんだよな、この手の人って。
 ちなみに、ティナ・ターナーでは、過去もランクインなし。現代のディーヴァ系とはリンクしないスタイルなので、リスペクトされずらいのがネックなんじゃないかと思う。
 ゆるやかな時系列に沿って、おおよそのヒット曲がランダムに配置されている構成なのだけど、初期の楽曲は粗々しさが際立っており、正直、ちょっとイタい。南部の田舎から出てきたばかり、獰猛なアバズレのごとく奇声を発するティナに対し、50年代ドゥーワップ的なバッキングはショボく聴こえてしまい、キワモノ的なアンバランスさが際立っている。
 おそらくライブでは盛り上がったんだろうけど、当時のレコーディング技術では、これが限界だったと思われる。金にうるさかったアイクとしては、レコーディングにこだわるより、地方の営業回りを優先していただろうし。
 ただシングル・ヒットが集客に影響することを知ってからは、スタジオ・ワークにもそれなりに力を入れるようになり、ストーンズやビートルズらのロック系、またはスライのカバーや、そのスライのモロパクリみたいなオリジナル曲を経て、クオリティ的にも商業的にもひとつの到達点となったのが「Proud Mary」だったんじゃないかと思う。
 冒頭から聴き進めていって「Come Together」から節目が変わるので、そこから聴く方が俺的には楽しめる。




 最近は森山良子や平原綾香らとで「ミュージック・フェア」出演率の高い新妻聖子。ライブ盤で「River Deep,Mountain High」をカバー。ミュージカル畑の人なので、ソウル/R&Bのアプローチとはまた違うけど、自分のカラーで演じることによって、オリジナルとはまた違う良さを引き出している。だって歌うまいもの。
 前回392位はThe Beatles 『Let It Be』。今回は342位。




393位 Taylor Swift 『1989』
(初登場)

31AidebZFEL._AC_SY355_

 ポジション的には誰もが認める大物アーティストであるにもかかわらず、いまだ1〜2年程度のリリース・スパンで活動しているテイラー・スウィフトの代表作が初登場。このRollingStoneのランキングは、多くのダンス・ポップ系アーティストがデビュー作、または代表作1枚程度しかランクインしていないにもかかわらず、テイラーは99位『Red』に続いて2作送り込んでいる。
 そのオリジナル制作だけでも充分忙しいはずなのにテイラー、以前の所属レーベル:ビッグマシーン時代のアルバムの再レコーディングも併行して進めている。過去楽曲の使用をめぐって揉めたことが発端なのだけど、単なるレーベルのあやつり人形ではなく、きちんと自己主張できるひとりの女性であることも、安定した人気に繋がっているんじゃないかと勝手に思ってる。
 そういえば、プリンスもワーナーと揉めた時、同じことやってたな。彼の場合、飽きっぽいから「1999」1曲だけで終わっちゃったけど。
 でテイラー、『Red』までは申し訳程度にバンジョーやフィドル入れたりして、無理やりカントリーにこじつけていたのだけど、本格的なワールドワイド展開となると、アメリカローカル色は長期的にはデメリットとなる。そういったエクスキューズを取っ払ったのが、この『1989』。近年のカントリー・ポップはほぼコンテンポラリー寄りなので、試聴サンプル程度のサイズだとほぼ変わらないのだけど、そこはテイラー本人の心構えなのだろう。
 アルバム通して聴くのは初めてだけど、タイアップやCMで聴き覚えある楽曲も多々あるので、意外と馴染みはある。ちゃんとしたデータを参照したわけではないけど、フジテレビのバラエティ番組で多用されていたような。
 前回393位はM.I.A. 『Kala』。今回は圏外。




394位 Diana Ross 『Diana』
(初登場)

R-547419-1370097299-8378

 60年代から活動しているレジェンドなので、もう悠々自適にリタイアしていると思ってたら、いまだ世界ツアー鋭意継続中のダイアナ・ロス、70年代の代表作が初登場。ストーンズやポール・マッカートニーもそうだけど、もうそんなあくせく働く必要なんてないはずなのに、どれだけシーンに痕跡を残し続けたいのか、はたまた忘れられたくないのか。
 シュープリームスから現在まで、特別意識しなくてもシングル・ヒットは耳に入ってくるので気づかなかったけど、考えてみれば楽曲単位ではなく「ダイアナ・ロスのアルバム」という視点で語られることは、ほぼなかった。俺がリアタイで知ったのは、ライオネル・リッチーとの「Endless Love」、そこから少し飛んで「If We Hold On Together」。それ以降はあんまり目立った印象がない。
 「マホガニーのテーマ」やら「Touch Me In The Morning」やら、浮世離れしたポピュラー歌手路線を歩んでいた70年代中盤までのダイアナだったけど、ここでは同時代性の強いディスコ路線で押し切っている。ハスキーなウィスパー・ヴォイスとファンキー・サウンドとの相性は賛否両論あるけど、バックトラックはヒップで付け焼き刃感もない。
 モータウンの威光でいいブレーン揃えたんだろうなと思ってクレジットを見ると、あのシックが全面参加していた。サウンド・プロデュースがナイル・ロジャース&バーナード・エドワーズだって。そりゃ最強だ。
 他のランキングはDiana Ross & the Supremes 『Anthology』が423位→423位と来て、今回452位。




 アイドル時代の長山洋子が「If We Hold On Together」を、しかも日本語オリジナル歌詞でカバーしている。当時から歌のうまさは定評があった人なので、変に破綻することなくキッチリアーバンなバラードにまとめている。
 ちなみに彼女、これを最後に演歌路線へ転向してしまう。今ならド演歌一本の歌手も少なくなっているので、コンテンポラリー路線への復帰もいいんじゃね?と思うのだけど。
 前回394位はRandy Newman 『Good Old Boys』。今回は圏外。




395位 D'Angelo and the Vanguard 『Black Messiah』
(初登場)

71+5Eke207L._AC_SX679_

 「最近なにしてるのか、多分なんか機材いじってるんだろうけど具体的なビジョンはまだ固まってなさそうだし、でも機が熟したらまた動くんじゃね?」ってみんなに思われてる、そんなディアンジェロの最新作が初登場。最新作ったって、もう8年前だけど。
 28位にランクインしてる前作『Voodoo』との間が14年。あと5〜6年は沈黙したまんまなのかね。それともサプライズで、急に明日リリースするとか。みんな情報流出にデリケートになってるから。
 ヒップホップにはほぼ無関心で生きてきた俺でさえ、このアルバムはリアタイで聴いている。それだけ日本でも話題になったし、珍しく「聴いてみたい」と惹きつけられたアーティストでもある俺的に。
 ゴツゴツした無骨なテクスチュアは、通常のヒップホップやR&Bのセオリーから、ことごとく外れている。ヴォーカルはエモーショナルなネオソウル・スタイルではあるけど、不穏かつ不協和音を含む多重コーラスに覆われ、個のニュアンスはかき消されている。
 ロイ・ハーグローヴやピノ・パラディーノなど、まったくバックボーンの違うメンツを揃えたことで、アンサンブルは奇妙かつ奇矯で、それでもギリギリのラインでひとつにまとまっている。ただパーツごとの位相が少しずつズレており、その気持ち悪さが逆に快楽として昇華している。
 後追いで『Voodoo』を聴いて、「よくできたアルバムだよな」とは思ったけど、『Black Messiah』ほど聴き返したことはない。俺的に、次が気になるアーティストのひとりである。そう思えること、だいぶ少なくなっちゃったな。
 前回395位はLCD Soundsystem 『Sound of Silver』。今回は433位。




396位 Todd Rundgren 『Something/Anything? 』
(172位→173位→396位)

617

 ほぼ同年代のエイドリアン・ブリューやリック・ニールセンはまだわかるとして、ジャンルも違えば世代も違う、ザ・ルーツやリヴァース・クオモにまでオファーした、全編コラボ尽くしのアルバムを今年リリースしたトッド・ラングレン。各方面から寄せられたデモをもとに、トッドが手を加えてひとまとめにする手法が取られており、業界人としての大御所ぶりと人付き合いの良さが窺える。
 自分の作品ではとことんマニアックな路線のくせに、他人のプロデュースだとコスパも良くてセールスポイントもしっかり押さえる仕事ぶりが好評だったトッド。90年代に入ったあたりから、手間のかかるスタジオ・ワークがめんどくさくなったのか、近年はお手軽なワンショットのユニットや客演が多くなっている。まぁ年取ると集中力も衰えてくるし、事あるごとにXTCとの確執が蒸し返されるし、ストレス溜まってたんだろうな。
 で、そんなトッドの創作意欲がピークだった時代に生み出された、2枚組大作『Something/Anything? 』がランクイン。でも順位は大幅に落としている。何でだ。
 軽い思いつきだった「ほぼ完全独力レコーディング」を始めたら、案外作業が進んでしまって、いつの間にアルバム1枚分を超える素材が仕上がってしまう。削るには中途半端な量だったため、アルバム片面分は適当なミュージシャン集めてスタジオ・セッションで埋めてしまう、そんなアバウトさが根強いファンをつかんで離さない秘訣なのか。
 このアルバムは昔レビューしているので、詳しくはこちらで。




 トッドの日本人カバーといえば高橋幸宏や高野寛が有名だけど、また別のポップ職人がいたよ飯島真理。ファンにはど定番の「Can We Still Be Friends」をストレートにカバー。90年代AORポップなサウンドと彼女のヴォーカルは相性が良い。シティ・ポップにカテゴライズされてるわりに、充分に再評価されていないので要チェックだっ。




 代表作とされている『ラント』も『魔法使いは真実のスター』も『ミンクホロウの世捨て人』も、一切ランクインなしなのが、俺的にちょっと残念。個人的には『ア・カペラ』好きなんだけど、さすがにマニアック過ぎるので、そこまでは求めない。
 前回396位はRoxy Music 『For Your Pleasure』。今回は351位。




397位 Billie Eilish 『When We All Fall Asleep, Where Do We Go? 』
(初登場)

81idxQqxTlL._AC_SX679_

 一昨年あたりから急速に知名度爆上がりし、つい先日『行列』のドッキリ仕掛け役で、日本のお茶の間にもデビューしたビリー・アイリッシュのデビュー作が初登場。チャートを見ると、世界主要各国で軒並み首位獲得しており、おそらくレディー・ガガ以来、久々のポップ・スター爆誕と言いたいところだけど、でもガガ様みたいに気軽に口ずさんだり踊れる作風じゃないんだよな。
 「ヒップホップに影響を受けた、密室的なDTMサウンド」というのは、80年代のテクノ/レイヴに端を発しており、彼女独自の発明ではもちろんないのだけど、物心ついた時からそういう音楽が身近だった、また自らクリエイティヴできる環境があった、というのが重要だったわけで。そもそもテクノでもエレクトロニカでもハウスでもダブステップでも何でもいいんだけど、従来のリズム/ミュージックというのが「踊れる」といったフィジカルに訴える、いわば機能性を求められる音楽だったのだけど、ビリーが作品を発表し始めたのは、ちょうどコロナ禍に差し掛かった頃。大声を発したり踊れる環境が一気に消滅したエアポケットでは、彼女のダウナーなつぶやきがリアルに刺さった。
 実兄フィニアス・オコネルとの共同作業で作られるトラックは、本来パーソナルなものなのだ。それは2人の間だけで成立し、そして完結する。いや、始まってすらいないのかもしれない。
 前回397位はMassive Attack 『Blue Lines』。今回は241位。




398位 The Raincoats 『The Raincoats』
(初登場)

R-3629804-1399876570-7449

 ジョン・ライドンやカート・コバーンが絶賛していたことで、その後のポスト・パンク/グランジ世代も後追いでリスペクト、90年代以降に評価が上がっていったレインコーツのデビュー作が初登場。「有名人が持ち上げてた」とか「誰々さんイチオシ」とか、なんか気持ち悪い選民意識を感じたため、今までまともに聴いてなかったバンドのひとつ。
 元祖「ヘタウマ」という風評は80年代からで、当時からすでにキワモノ扱いだった。今回、先入観抜きで聴いてみたけど、やっぱ思ってた通りヘタウマ、っていうかどヘタだった。
 気を取り直してもう一回聴いてみると、ヘタクソ具合はともかく、テクより想いが先走ってるけど、とにかく人前で演奏したい感は伝わってくる。デモテープとほぼ変わらない初期衝動の稚拙さこそが、ラフトレードの思惑通りだったのかもしれない。
 「ザ・レインコーツは、エックス・レイ・スペックスやパンクに関するすべての書物が実現できなかったような、まったく異なる方法でその音楽を提供したんだ。そこには彼女たちが素晴らしくてオリジナルであること以外に理由はないね」。
 ちょっと長いけど、ジョン・ライドンのレインコーツ評。日本語訳だとニュアンスが違ってるかもしれないけど、でもこれ絶対バカにしてるよな。回りくどい皮肉と自虐と憐憫が大好きな大英帝国民ならではの、秀逸なコメントだと思う。
 前回398位はZZ Top 『Eliminator』。今回は圏外。




399位 Brian Wilson 『Smile』
(初登場)

p2196_LLL

 長らく「幻の名盤」ランキングでは断トツのトップだった『Smile』、その新レコーディング/本人公認決定版が初登場。時おり小出しにされる未発表マテリアルやら非合法に流出したブートレグやら、海外の超コアな研究者・マニアによって、おおよその全体像は解明できていたのだけど、本人監修でひとつの作品としてまとめられたことは、結構な話題になった。
 苦節37年、夢の世界の住人であるブライアンは、そんなに感慨もなかったと思うけど、ファンや業界全体は盛り上がった。まさか生きてる間に完成する、いやさせるとは、誰も思ってなかった。
 ちょっと言いづらいけど、でも正直肩透かし、なんか微妙な仕上がりだったのも、また事実。これを機に大々的にビーチボーイズ・キャンペーンもやったけど、ライトユーザー向けじゃないんだよな、このアルバム。
 で、この新録版『Smile』、基本は当時のデモや正規音源を忠実に再現、さらに修正を施すプロットで制作されたのだけど、現在のブライアンがあんな感じだから、どこまで深く関与したのか、ちょっと疑問が残る。正直、未完成のままセッション音源小出しにしていった方が、EMI的にもファン的にも幸せだったかもしれない。
 で、せっかくなのでこのブライアン版に加え、ビーチボーイズ版『Smile Sessions』も併せて聴いてみた。めちゃめちゃ時間かかったわ。
 ほぼ半日かけて聴いて思ったのが、これは「ブライアン・ウィルソンによるブライアン・ウィルソンのためのアルバムである」ということ。または彼が思うところの「理想の少年時代」へ捧げる讃歌である。
 このテーマ、もう少し深掘りしたいので、本編で長く書こうと思う。このサイズではちょっとまとめられない。
 前回399位はTom Waits 『Rain Dogs』。今回は357位。




400位 The Go-Go's 『Beauty and the Beat』
(409位→414位→400位)

81T1CE7BMWL._AC_SL1200_

 日本でも知られた「Vacation」カバーの印象しかなかったので、もっとチャラいパーティ・ポップ、日本で言えばゴーバンズみたいなバンドと思っていたのだけど、聴いてみると全然違った。レインコーツのようなヘタウマじゃなく、しっかり練り上げたアンサンブルで仕上がっている。
 解散後に日本でブレイクしたベリンダ・カーライル一枚岩のバンド程度にしか思っていなかったのだけど、聴いてみると普通に優秀なガレージ・バンドである。実際、このランキングでも順位変動が少なく、安定したポジションにあるので、ロック史を代表する名盤までは行かないけど、一定の支持を得ている。
 スージー・クアトロやジョーン・ジェットなど、アメリカのガールズ・ロック黎明期のアーティストの多くは、直裁的なセクシャリティを求められていた。やたら露出が多かったりケバいメイクだったり、明確なセックス・シンボル像を演じることが、デビューだったりヒットするための重要なファクターであったりした。
 そういった性的要素を排除して、「キュートな女の子たちだけど、それを売りにしないポストパンク・バンド」というコンセプトだったのがゴーゴーズだった。演出や切り口がちょっと違うだけで、女性であることを強みにしている点は実は変わらないのだけど、同性からの支持を得やすかったことが、のちのベリンダのソロ成功にも繋がっている。
 前回400位はThe Temptations 『Anthology: The Best of The Temptations』。今回は371位。












サイト内検索はこちら。

カテゴリ
アクセス
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

北海道の中途半端な田舎に住むアラフィフ男。不定期で音楽ブログ『俺の好きなアルバムたち』更新中。今年は久しぶりに古本屋めぐりにハマってるところ。
最新コメント