好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

「Rolling Stone Magazine 500 Greatest Album Of All Time」全アルバム・レビュー:401-410位


 401位 Blondie 『Blondie』
(初登場)

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 146位『Parallel Lines』に続き、2枚目にランクインしたのは1976年リリースのデビュー作。ちなみに当時の邦題は『妖女ブロンディ』。当時の女性ロックアーティスト、おおかたそんな売り方ばっかり。
 収録曲も「戦えカンフーガールズ」やら「恐怖のアリ軍団」など、どうせ日本盤の売り上げったってタカが知れてるから、ディレクターが適当な邦題つけたんだろうな、って思って原題を見ると、何のことはない、ストレートな直訳だった。バンドもまたテキトーだったのか。
 そんな一発屋狙いなタイトルに反し、サウンドは案外まとも、きちんとプロデュースされている。ライブハウス上がりのバンドにありがちな、ダビング最小限の一発録りという安直な作りにはなっていない。キャッチーなメロディとざっくりガレージ感漂うアンサンブル、そして案外腰の座ったデボラのヴォーカルとが、うまくブレンドされている。
 初期衝動の捌け口の産物であったUKパンクが、シンプルなリズムとビートに乗せて社会批判や怒りを表現していたのに対し、NYパンクの系譜に属するブロンディは、当初からマスに希求するエンタメ性とポップなメロディを打ち出していた。どちらもロックの原点回帰をルーツとしながら、多少の下世話さはあったにしても、広く伝わりやすい話法を志向していた。遅かれ早かれ、ブレイクするのは必然だったと言える。




 1999年の再結成時にリリースされたシングル「Maria」、日本でもヒットした韓国映画『カンナさん大成功です!』の劇中で、主演のキム・アジュンが韓国語でカバーしていた。日本公開に向けてプロモーション用のシングルが制作されたのだけど、シンガーに抜擢されたのが梨花。そう、あの梨花。
 モデル主体の活動からテレビタレントへシフトチェンジしていた頃の音源だけど、もともと歌手でデビューしていたこともあって、普通にうまい。セックスシンボルとしてのデボラ・ハリーとはまったく重ならない、ガチのヴォーカル・パフォーマンスは必聴。
 前回401位はRed Hot Chili Peppers 『Californication』。今回は286位。




402位 Fela Kuti & Africa 70 『Expensive Shit』
(初登場)

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 1997年に亡くなってから、急に再評価が高まったフェラ・クティの代表作が初登場。今では普通に使われている「アフロビート」という言葉は彼が創造したとされ、その界隈ではいまだ神格化されている。らしい。名前は聞いてたけど、ちゃんと聴くのはこれが初めて。
 建国以来、いつの時代も政情不安だったナイジェリアに生まれたクティ、ロンドン留学時代に受けた人種差別の反動で、アフリカ民族のアイデンティティと政治的メッセージをポリリズミカルに演奏するアフロジャズを発明する。時代的に、公民権運動に由来するブラックパンサーやマルコムXが一種のスターとなっていた頃で、意識高いアフリカンの一部は、そのイデオロギーに共感し、突き動かされた衝動を音楽や暴力で表現していた。
 薬物と未成年淫行の容疑で収監されたクティ、濡れぎぬが晴れてすぐ釈放されたものの、官憲の横暴への怒りは収まらず、自宅を有刺鉄線で囲んで「カラクタ共和国」と命名、勝手に独立宣言してしまう。このアルバムは、そんな国家との対立中に生まれたもので、収監時、執拗に排泄物提出を強要されたことが制作動機とされている。
 その後、カラクタ共和国は1000人を超える軍隊によって破壊され、クティも逮捕される。国際的に注目を浴びていた裁判は非公開で行なわれたのだけど、そこで何がしかの裏取引でもあったのか、「2度とカラクタを名乗らないこと」を条件に、ほぼ無罪放免でクティは釈放される。
 その後間もなく、彼はバンドの女性コーラス27人と合同結婚式を執り行なうのだった。なんだその急展開。
 ここまで音についてまったく触れてこなかったけど、正直、エピソードを追ってく方が面白い人である。沼にハマったら、いろいろ見えてくることもあるかもしれないので、興味のある人は聴いてみて。聴いたあと、どんな感じか俺に教えて。
 前回402位はNAS 『Illmatic』。今回は44位。




403位 Ghostface Killah 『Supreme Clientele』
(初登場)

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 アーティスト名:ゴーストフェイス・キラー。誰かと思ったら、ウータン・クランの人だった。グループ活動が落ち着いた頃にリリースした2枚目のソロが 初登場。
 ギャングスタラップを通過して来なかった人生なので、他のラッパーと比べて差異があるのかどうかもわからないけど、当時は人気があったらしい。こういう機会がないと聴くこともないけど、まぁステレオタイプのギャングスタ。
 ここに至るまで何枚かのギャングスタを経て、
 「じゃあウータンって、何がすごいのか?」
 「単なるクリエイター集団っていう以上に、何か際立った点があるのだろうか?」
 という疑問が生じた。
 もしかして、受け手の俺に問題があって、実はちゃんとした聴きどころやポイントを見失っていたんじゃなかろうか。できるだけ謙虚な姿勢でネット情報を探ってみた。
 Q. ウータン・クランって、何がすごいの?
 A. ウータン・クランはニューヨークのスタッテン・アイランド出身のヒップホップグループです。 メンバーは非常に多く、ラッパーや周りのプロデューサーを合わせれば10名を超えます。
 彼らのすごいところはそれぞれのメンバーがソロでアルバムを発売し、しかもそれがヒットしていることです。
 薄い情報だ。上部の情報だけで肝心なところは何も触れてない。サウンド面には興味ないのだろうか、この回答者。
 「ウータンの特徴は、拍を無視したラップにある」。と書いてる人がいた。なるほど。詳しくはこちらで。




 それを踏まえてもう一度聴いてみた。みたけど、やっぱ印象は変わらない。
 そもそも事前学習してから聴く時点で、体質に合わないのだ。なので、聴く前と同じ結論。
 前回403位はLynyrd Skynyrd 『(pronounced 'leh-'nerd 'skin-'nerd)』。今回は381位。




404位 Anita Baker 『Rapture』
(初登場)

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 80年代ブラコンシーンを席巻したアニタ・ベイカーの2作目が初登場。グロリア・エステファンやメアリー・J. ブライジもそうだけど、この頃の女性R&Bサウンドは長い間、刹那な流行りモノとして低く見られていた。
 ほんとはみんな、アーバンでトレンディなムードに酔いしれていたはずなのに、表立って「こういうのも好き」とは言いづらかったんだよな。人に聞かれた時はスカして「普段聴くのはR.E.M.とスミス」って言ってたけど、日常的に耳にする機会が多かったのは、こういうサウンドだったのだ我々アラフィフ世代は。
 80年代以降はあまり目立った活動はしてなかったアニタ、アメリカを拠点にマイペースで、たまにラスベガスでリサイタルするパターンなのかと思ってたら、どうやら今年いっぱいで引退するらしい。まだ60を少し過ぎたくらいなので、体力的な問題とは言い難い。
 おそらくだけど、音楽だけに打ち込める環境に恵まれなかったのだろう。魑魅魍魎や山師が跋扈するアメリカの芸能界は、タフじゃないと生きていけないし、優秀なエージェントが必要不可欠だ。
 日本でも小洒落たシーンでよく使われていた「Sweet Love」は、みんな耳馴染みあるんじゃないかと思われる。実は人材難だった80年代女性ブラコンシンガーとして、貴重な存在だった彼女の早い引退が惜しまれる。
 前回404位はDr. John 『Dr. John's Gumbo』。今回は圏外。




405位 Various Artists 『Nuggets: Original Artyfacts from the First Psychedelic Era』
(194位 → 196位 → 405位)

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 60年代アメリカのガレージ/サイケデリックロックのシングルコンピレーションが、今回は大きくランクダウン。ビッグ・スターやニューヨーク・ドールズなど、70年代パンク前夜のバンドは今ランキングで高く評価されているのだけど、あまりに定番過ぎてみんな投票しなかったのか、またはある種の役割を終えたのか。どっちだろ。
 ラインナップを見ると、ほぼ聴いたことないバンドの名前が並んでいるのだけど、U2がリスペクトしていたエレクトリック・プルーンズやサイケの代表的バンド:13thフロア・エレベーターズ、トッド・ラングレンがいたナッズなど、知ってる名前もそこそこある。「無名のカルトバンドのレアシングル集」と思っていたのだけど、実際は全曲トップ40に入った中ヒットであり、「そこそこ知ってる楽曲が入ってるオムニバス」という位置づけがほんとのところらしい。
 のちにパティ・スミスのバンドでギタリストとして名を為すレニー・ケイが、エレクトラのオファーを受けてまとめたものであって、もし彼が無名のままだったら、そのまま単なるヒット曲集として歴史に埋もれていたかもしれない。日本で例えれば、ちょっと古いけど『ビート・エキスプレス』みたいなものかな。アレも結構レアなシングルオンリーの曲があったりして、一時、中古屋で探しまくったもの。
 実際、収録されているアーティストの多くはワンヒットワンダーであるため、変に気張って歴史の重要な1ページと思う必要はない。単なるヒット曲集って扱いが本来はふさわしい。
 あ、みんなそれに気づいて票入れなかったのかも。それなら納得。
 前回405位はBig Star 『Radio City』。今回は359位。




406位 The Magnetic Fields 『69 Love Songs』
(- → 465位 → 406位)

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 90年代のアメリカインディーを代表する、日本ではほぼ知られていないマグネティック・フィールズ、3枚組の大作が前回より大幅ランクアップ。タイトル通り69曲のラブソングが収録されているのだけど、どの曲もほぼ3分未満、バラエティ豊かなジャンルの楽曲が収録されている。
 リーダーのステファン・メリットがほとんどの楽器を自分で演奏しているため、良く言えばマルチミュージシャンなのだけど、テクニックにはあまりこだわらない、ていうか、テクニックで聴かせる楽曲があまりないため、その凄さが伝わってこない。トッド・ラングレンみたいだな。
 もともとは「100曲のラブソングを書いてライブ演奏する」っていうのが初期構想で、アルバム制作は後になって決まったことだった。実際、2部構成で7回、全69曲演奏ライブを行なっているのだけど、本人的には100曲やりたかったんだろうな。多分、そのうちやるかもしれないし。
 シンプルな演奏とポップなメロディはゼイ・マイト・ビー・ジャイアンツに通ずる部分も多く、彼らが好きな人なら受け入れやすいんじゃないかと思われる。個人的には、他のアルバムも聴いてみたいと思った人たち。
 前回406位はPJ. Harvey 『Rid of Me』。今回は153位。




407位 Neil Young 『Everybody Knows This Is Nowhere』
(206位 → 210位 → 407位)

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 盟友デヴィッド・クロスビーの訃報を受け、さすがに落ち込んでるんじゃないかと思われる荒馬:ニール・ヤング、クレイジーホースとの初共演作が前回より大きくランクダウン。初顔合わせの肩慣らしというか互いに探り合いというか、ここではまだオーソドックスなカントリーロック。その後のハチャメチャぶりを知ってるだけあって、まだおとなしく聴こえる。
 無指向性でありながら確固たる主張、常に手抜きせず全力投球前のめり。休んでるところなんて見たことない。ほぼ毎年、最低1枚はニューアルバムをリリースするワーカホリックぶり。身内にいたら疲れちゃうタイプの人だな。周囲の人を振り回しまくる俺流主義。
 この時期はクレイジーホースとソロ、そして盟友CSN&Yと、複数のチャンネルを持っていたヤング、ずば抜けた多作の為せる技であり、しかもどれも手を抜いた形跡がない。圧倒的な仕事量と才能の前には、誰もがひれ伏せざるを得ない。
 年を経るごとにギターの音は歪み、リズムも激しさを増してゆくクレイジーホース。まだ旅の途中である2023年の彼らの音は、バイオレンスな轟音と亡くなった友への嘆きで満ちあふれている。
 それらのルーツである『Everybody Knows This Is Nowhere』の音は、まだナイーブで透徹とした響きを奏でている。ずいぶん遠くまで来てしまったんだな。




 クロスビーとほぼ同時期、高橋幸宏もまた天国の住人となった。幸宏については近い将来、きちんと書く。
 「ニール・ヤングという人は、声を聴いているだけでも悲しくなる。果たして彼は、悲しい歌を歌っていたんだろうか、歌おうとしていたんだろうか、という疑問が湧いてくることがあるんです」。
 あまり接点がなさそうだけど、これまで3曲、彼の曲をカバーしている幸宏。彼が歌う「The Loner」は軽やかに響く。声質はまるで違うけど、その歌声はヤング同様、とても切なく悲しくなる。
 前回407位はThe Clash 『Sandinista!』。今回は323位。




408位 Motörhead 『Ace of Spades』
(初登場)

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 UK発スラッシュメタルのゴッドファーザー:モーターヘッドの代表作が初登場。こう書いてるけど、ちゃんと聴いたことはない。バイカーっぽいジャケとレミーのカリスマ性はなんとなく知ってたけど、ヘヴィメタだもの、俺が聴いてるわけがない。
 彼らとジューダス・プリーストとの違いすらわからない俺が初めて聴いてみたわけだけど、これが案外悪くない。ウェット感のまるでない、疾走感とダイナミズムに特化した音は明快で機能的だ。
 世間一般のヘヴィメタルにも、スピード感はあるしラウドな音響はあるのだけど、時々出てくる情緒的なギターソロや類型的なハイトーンヴォイスは、俺の好みとは微妙にズレている。わかりやすいサビや内面を反映したバラードとか、そんなのはいらない。純粋な音響の快感以外は不要なのだ。
 システマティックと言ったら言い過ぎだけど、ファンに媚びるキャッチーなメロや速弾きギターソロなんてのもいらない。余計なファクターをとことん削ぎ落とさなければならないのだ。
 モーターヘッドの音は、そんな当たり前のことを教えてくれる。重くゴリゴリのギターリフとリズム、そして呪詛のようなヴォーカル。多分、他のアルバムも似たようなものなのだろうけど、同じテーマをブレずに追求し、純化させてゆくことが彼らのこだわりなのだ。
 前回408位はSinead O'Connor 『I Do Not Want What I Haven't Got』。今回は457位。




409位 Grateful Dead 『Workingman's Dead』
(259位 → 264位 → 409位)

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 リーダー:ジェリー・ガルシアの死による解散から四半世紀、ほぼ毎日のように発掘される膨大なアーカイブと派生バンドの活躍によって、いまだ根強く支持されているデッド4枚目のスタジオアルバムが、大きくランクダウン。オフィシャルリリースのアイテムがあんまり支持されていないのは昔から。
 当時の西海岸に溢れかえっていた、ヒッピーくずれのジャムバンドに過ぎなかった彼らが、ライブ活動以外にも目を向けて、スタジオレコーディングにも力を入れ始めたのが、この頃とされている。地元以外にもファンが生まれ、関係するスタッフも多くなると、全米もしくは世界を視野に入れた活動へシフトするのは自然の流れだったと言える。まぁ結果的に合わなかったんだけど。
 ライブステージで展開される、延々終わりの見えぬ無限ジャムセッションとは差別化した、ユルいけどコンパクトにまとまったアメリカーナサウンドが展開されている。カッコつけて言っちゃったけど、要は無難なカントリーロック。
 不特定多数のユーザーを相手にするなら、コンパクト路線は正しい選択ではある。何かひとつくらいシングルヒットでも出れば、それが呼び水となって新たな客層をライブに呼び込むこともできるし。
 まだ若かりしガルシアとその仲間たち、当時はそんな野心も多少はあったんじゃないかと思われる。ただメジャーが推す、アルバムリリースに合わせたパッケージツアーは性に合わず、次第にライブ中心の独自路線を追求してゆくことになる。
 前回409位はThe Doors 『Strange Days』。今回は圏外。




410位 The Beach Boys 『Wild Honey』
(初登場)

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 何かと曰くつきの『Smily Smile』の後にリリースされたため、長らく低評価どころか無視され続けていた『Wild Honey』が初登場だって。以前はリイッシュー企画にも上げられず、聴くことすらままならなかったのに。
 ブライアン・ウィルソン渾身の『Smile』は、彼のリタイアによって制作は頓挫、未完の大作として長らく棚上げされることになる。リリーススケジュールを変えることは許されなかったため、残りのメンバーが中途半端な素材をかき集め、どうにか突貫工事でまとめ上げたのが『Smily Smile』、さらにその3ヶ月後にリリースされたのが、このアルバム。
 自発的ではなかったとはいえ、泥縄的にメンバーらが主導権を握り、初期段階からレコーディングに関わり始めたのが、ここからとなる。ブライアンにほぼ丸投げしていたレコーディング作業を、何の準備もなく突然任されたため、手探り感やら無難な手抜き感も伝わってくる。
 ただ、当時はまず完パケさせることが最優先され、やっつけ仕事であっても納期に間に合わせることが善しとされていた60年代。何しろ毎月のように往年の名盤が誕生していた時期なので、踏みとどまることは許されなかったのだ。




 ハイスタの横山剣がソロアルバムで「ココモ」をカバーしている。出だしはゆったりペースだけど、最初のヴァースが終わると、やっぱいつものハイテンションなメロコア。ハワイアンな原曲はどこへやら、ムードもリスペクトもへったくれもない前のめりビートは、別の意味で小気味いい。
 前回410位はBob Dylan 『Time Out of Mind』。今回は圏外。










なんとなく忘れられてるアルバムをちゃんと聴いてみる その2 – Jeff Beck 『Flash』


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  -On behalf of his family, it is with deep and profound sadness that we share the news of Jeff Beck’s passing. After suddenly contracting bacterial meningitis, he peacefully passed away yesterday. His family ask for privacy while they process this tremendous loss.

 「家族を代表して、ジェフ・ベックの訃報を深く深く悲しみます。突然、細菌性髄膜炎に感染し、昨日、静かに息を引き取りました。彼の家族は、この大きな喪失を処理する間、プライバシーを守ることを求めます」。

 ほぼ70年代あたりから、見た目が変わってなかったため、いくつか知らなかったけど、78歳だったんだ。ロックミュージシャンにつきものの、酒やドラッグや女関係のトラブルもそれほど聞かず、比較的ヘルシーな生活ぶりだったはずだけど、寿命ばかりは避けられない。
 もう何十年も、イギリスの片田舎で車いじりとギターいじりのルーティンを満喫していたジェフ、ストレスを溜め込まず、比較的節制した生活のおかげで、同世代のミュージシャンと比べて老いは感じられなかった。染めてたのかズラだったのかは不明だけど、あの豊かな黒髪は年齢を感じさせない。
 「この機会に」っていうのは適当じゃないかもしれないけど、日本で言えば喜寿、1944年生まれで存命のアーティストを調べてみた。

 ロッド・スチュワート (1/10)
 ロジャー・ダルトリー (3/1)
 ボズ・スキャッグス (6/8)
 レイ・デイヴィス (6/21)
 ピーター・セテラ (9/13)
 ジョン・アンダーソン (10/25)

 一時はアメリカン・スタンダードばっかり歌ってラウンジ歌手みたいになっていたロッド、ここ数年はロックに回帰して、ジェフとは2019年、一夜限りのライブで共演したばかりだった。まとまった作品を残せなかったのが惜しまれる。
 去年亡くなったウィルコ・ジョンソンとのコラボがまだ記憶に新しいロジャー、今のところはザ・フーの稼働待ち。要はピート・タウンゼントのやる気とメンタル次第なんだけど、もう彼もアーカイブいじる気力すら残ってなさそう。どれだけ作ったんだろうか、『トミー』や『Live at Leeds』のエディション違い。
 ここ数年のAOR再評価の流れで、ちょっとだけ話題になったボズ、もともとグローバル展開の野心を持った人ではなく、もっぱらアメリカ国内で、ジャズ/R&B/ブルースをベースとしたマイペースな音楽活動を続けている。そう考えると、全盛期70年代の音楽性と何ら変わっていないわけで、ブレずに初志貫徹している。
 80年代に解散以降、弟デイブとの兄弟ゲンカでしか話題にならなかったデイヴィス兄弟、近年は和解して、目下キンクス再編に向けて鋭意準備中らしい。とはいえ2人とも70オーバーのため、何をやるにも遅々と進んでおらず、それもいつになることやら。だから若いうちに仲直りしておけって、ギャラガー兄弟。草葉の陰で母ちゃん泣いてるぞ。
 全然興味なかったので知らなかったけど、ずいぶん昔にシカゴを脱退していたピーター・セテラ。2020年、シカゴがロックの殿堂入りした時も、頑なに出席を固辞、ライブも行なっておらず、いまはどうやら引退したらしい。過去の栄光に囚われないって言ったらカッコいいけど、偏屈なジジイになっちゃったのかね。
 同じく啖呵を切ってイエス脱退後、同世代プログレ系界隈をフラフラしながら、「ほぼイエス」関連でしのぎを削っているジョン・アンダーソンは、どうやら健在。いまも黄金期イエスの名曲をメインに、精力的にライブも行なっている。本家を挑発するように「正調」イエス・サウンドを主張するジョン、あんまり調子に乗りすぎてスティーヴ・ハウを本気で怒らせたら、法的手段に訴えられて楽曲差し止めにもなりかねないのだけど、今のところそんな雰囲気もない。多分、プロレスなんだろうな、あの界隈の仲違いって。
 ちなみに日本に目を移すと、該当するアーティストはグッと少なくなり、せいぜい小椋佳くらい。この世代は坂田明や日野皓正・元彦兄弟などジャズ系が多く、ロック系となるとGS残党で故人が多くを占めている。内田裕也ももういないしね。

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 ヤードバーズでデビュー以降、半世紀に渡る活動歴を誇るため、ファン層も多種多様である。多くのベテランアーティスト同様、キャリア全体を網羅しているユーザーは少なく、各期・各時代に嗜好が点在している。
 最も人気が集中しているのが70年代のジャズ・フュージョン期で、多分、そこに異論はないと思われる。ギターを「メインとした」ロックサウンドを追求した結果、ギターを「主役にする」ため、ヴォーカルを取っ払ってしまった一連のインスト作品は、ロック/フュージョンファン双方に好評を得た。テクニック至上主義ではあるけど、根っこにあるロックテイストは、程よいポピュラリティを生み出した。
 ロックバンドのギターアンサンブルが好きな層には、ジェフ・ベック・グループの人気が高い。ロッドとロン・ウッドという花形プレイヤー2名を擁したブルースベースの1枚目と、メンバーチェンジによってR&Bに路線変更した2枚目とでは、まるで別のサウンドではあるけど、どちらも根強い人気がある。別バンドだけど、ベック・ボガート&アピスもほぼ同じ括りで、こちらも日本では人気が高い。ここまでが70年代。
 その後、時代は大きく飛んで21世紀、すっかり過去の人、またはセミリタイアを満喫中と思われていたベックは突如復活する。あまり積極的ではなかったライブ活動も活発となり、加えて1999年の『Who Else!』以降、5枚のスタジオアルバムをリリースしている。
 ほぼ5年に1枚だから、このキャリアにしてはかなりのハイペースである。この他にもライブアルバムも8枚リリースしてるし。
 ほぼ孫世代の若手ミュージシャンを積極的に起用し、ライブで鍛え上げてアンサンブルを固め、頃合いを見てスタジオ入りしてアルバム制作という、理想的なロックバンドのルーティンが展開されていた。普通の70代なら手元もおぼつかず、難易度高いプレイはイキのいい若手に任せるものだけど、ギタープレイは以前にも増して手数は増えるわトリッキーな奏法に磨きはかかるわ、むしろ進化している。
 図らずも遺作となった最新作は、なんとジョニー・デップとの共演で、ここでも俺様節が炸裂している。ロウソクの最後の輝きなんてものじゃない、アイディアと奇想のぶつかり合い。
 なんでこの年齢で、こんなアクティヴなの?ちょっとは見習えよ、3大ギタリストの残り2人。

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 そんな毀誉褒貶の激しい波乱万丈なキャリアを築いてきたジェフだけど、80年代から90年代はパッとしない。フュージョン期最後となる80年『There & Back』以降から99年『Who Else!』 直前までは、あまり話題にのぼることがない。
 まだ70年代のフットワークの軽さが残っていた80年代はまだしも、90年代となると、まとまった作品と言えるのは、ロカビリーのカバーアルバムと雰囲気重視のモヤっとしたサントラの2つくらいで、いずれも前向きな仕事ぶりとは言いづらい。もしかして表に出ていないだけで、実は中途半端で投げ出されたデモテイクの山が残されているのかもしれない。今後、発掘されるのかね。
 ほぼニートみたいな活動ぶりだった90年代は置いといて、80年代を振り返ってみるとジェフ、結構手広く働いている。オリジナルのアルバムリリースは3枚、当時の同世代アーティストと比べると少なめだけど、ミック・ジャガーやティナ・ターナーのレコーディング参加など、少ないけど強いインパクトを与える仕事を残している。
 で、80年代にリリースされたのは『Flash』と『Guitar Shop』の2作だけど、一般的に後者の評価が高い。リリース当時の反応も、ギターをメインとした全編インスト作品であったことから、「ついに復活!」的なニュアンスで取り上げられることが多かった。
 対して『Flash』、「取ってつけたアーサー・ベイカーとは相性最悪」だの「People Get Ready以外はイマイチ」だの「ていうか、歌ってるの初めて聴いたけど声が微妙」だの、当時からネガティブな意見が多かった。前作から5年ぶり、満を持してのリリースだったにもかかわらず、肩透かし感が強かった。
 名前と存在くらいは知ってた当時の俺も、そんなロキノンレビューを真に受けて、実際に聴いたのはずいぶん後だった。

① 時代に迎合してパワーステーション・サウンドや大味なアメリカンロックを演じてみたけど、ミスマッチ感が失笑を買った『Flash』。
② 時代に迎合し過ぎた反省を活かし、っていうか「そんなの関係ねぇ」と言わんばかりに開き直り、轟音パワーで押しまくるパワートリオの直球ロック『Guitar Shop』。

 おおよそこんな対比と思われるけど、でもちょっと待ってほしい。「時代に迎合」って書いちゃったけど、そもそもベックが時代性を意識しないことなんてなかったか?
 プレイスタイル自体はずっと異端ではあったけれど、70年代のロック期もフュージョン期も、時代の要請に導かれたサウンドである。ベック自身の感性とベクトルは、各時代ごとのトレンドとシンクロしており、類似作はあっても逆行はしていない。
 そういった時系列で見てゆくと、『Guitar Shop』はベック・ボガート&アピスのリベンジマッチであり、93年の『Crazy Legs』もロカビリー懐古のコンセプト作であって、前向きとは言い難い。こんなのは別に気張らなくても、片手間にできてしまうのだジェフ・ベックというアーティストは。
 なので『Flash』、いまだ空気みたいな扱いのアルバムだけど、先入観なく聴いてみると、思ってるほどの駄作ではない。ひとつのプロダクションで一気呵成に作られたのではなく、複数のセッションから構成されているため、ギターサウンドが物足りない楽曲もあるのは事実だけど、ある程度の商業性、メインストリームを視野に入れたサウンドコンセプトは、決して的はずれではない。
 当時、ヒットメイカーとして名を馳せていたナイル・ロジャースとアーサー・ベイカーの2大巨頭を擁しながら、US39位・UK83位とチャートは低迷した。一見すると、この時代のベテランアーティストにありがちな「時流に踊らされて大恥かいちゃった」パターンだけど、少なくとも前向きではある。
 ややオケと噛み合わなってないトラックもあるけど、インスト曲はアベレージを充分満たしている。もっとデジタルっぽさを強調すれば、トリッキーなギタープレイとマッチしていたはずだけど、ちょっと時代を先取りし過ぎた。テクノロジーが追いつくには、世紀を跨がなければならなかった。
 ヴォーカルパートも、いっそ全部ロッドに振っちゃった方がレベル上がったんだろうけど、それじゃどっちが主役かわかんなくなっちゃう。やっぱ、これでよかったんだな。




1. Ambitious
 ナイル・ロジャース作による典型的なパワステ・サウンドで、ジェフのギターを抜けば凡庸なコンテンポラリーロック。こんな風に書いてるけど、ギターソロの存在感が前に出ているため、案外悪くない。
 バンドのヴォーカルオーディションを模したPVは様々な有名人がカメオ出演しており、代わる代わるマイクに立って実際に歌っている。おそらくアフレコだろうけど、みんなそこそこ巧い。この辺が、アメリカのエンタメ界の裾野の広さなんだろうな。
 やたらオーバーアクションで演奏するジェフも笑顔を見せており、そこそこ楽しんでたんじゃないかと思われる。あんまり映ってないけど、フィンガーピッキングも見ることができる。




2. Gets Us All in the End
 デフ・レパードかヨーロッパを連想させる、繊細さも色気も何にもないハードロック。冒頭の気合入ったギタープレイ自体はいいんだけど、ていうかジェフである必要性がまるでない。
 アルバムセールスの好調を見越して、のちのちシングル向けの楽曲として用意して、実際その通りになったんだけど、結果はビルボードのメインストリームチャートで最高20位。あれ、そこそこ評判良かったんだ。大味なサウンドなので、サバイバーあたりと勘違いして聴かれていたのかもしれない。

3. Escape
 以前もコラボしていて、相性の良いヤン・ハマーのプロダクションによるインストチューン。ジェフの、というよりほぼハマーの世界観にゲスト参加したみたいな感じなので、安心して聴ける。他のトラックと比べて、ギターはそれほど暴走していないため、安定感はある。
 従来ファンへの抑えとしては有効。当時のハリウッド映画って、こんなサウンド一色だったよな。「ビバリーヒルズ・コップ」や」「マイアミ・ヴァイス」やら。

4. People Get Ready
 最近も車のCMで起用されて耳にすることが多いけど、昔も何かのCMで使われたよな。すぐに思い出せないけど。
 オーティス・レディングで言うところの「The Dock of the Bay」みたいな、ロッド・ジェフ双方にとってベタな選曲で一般的な人気も高い曲だけど、そういった先入観を抜きにしても、やっぱりいい。当時の2人のいいところが全部詰まっている。
 もともとロッドのソロアルバムにジェフがゲスト参加して、そのお返しで参加した、という流れなのだけど、ここでそのままユニット結成ってわけには行かなかったのが惜しまれる。
 何度も繰り返し見たけど、思いっきりセンチに振ったPVもいい。




5. Stop, Look and Listen
 前述のヤン・ハマーをもっと下品に展開した、これ見よがしなオーケストラヒットから始まるロックチューン。ロックアーティストが不慣れなダンスチャートに食い込むため、いわばエクステンデッド・ミックスしやすいトラックを組んだナイル・ロジャース。考え方は間違っていないのだけど、イヤやっぱヴォーカルがきついわ大味すぎて。
 ジェフのギターソロもトラックに準じたプレイで独創性が少ない。もうちょっと自由にエキセントリックに、リズム無視するくらいで弾かせてあげればよかったのに。

6. Get Workin'
 ジェフ自身のヴォーカルによる「エレクトリック・ダンス・ポップ」って形容したらいいのか、まぁとにかくそんな曲。「あぁこんな声してるんだ」っていう印象。
 くり返すようだけど、デジタルビートと予測不能なジェフのギタープレイとの相性は、決して悪くない。ドラムンベースやテクノみたいなアプローチがまだなかった時代ゆえ、ここまでが限界だったのだ。おそらくジェフの中では、曖昧ではあるけれどビジョンは見えていたはずで、ただ前例がなかったしシンセ使いでもなかったから、そんな意図をナイル・ロジャースには伝えきれなかった、ってわけであって。

7. Ecstasy
 普通にビートの効いたエレポップとしても出来が良い、このアルバムの中では比較的成功しているんじゃね?と思わせてしまうトラック。クレジットを見ると、作曲クレジットにサイモン・クライミーの名が。
 日本でもCMに起用されたりで、やや名の知れていたエレポップユニット:クライミー・フィッシャーの人だった。キャッチーでツボを心得たメロディは、前述のジミー・ホールが歌っても大味に聴こえない。やっぱプロダクションって大事なんだな。

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8. Night After Night
 再びジェフ・ヴォーカルによるエレポップチューン。おそらく「Let’s Dance」みたいにしたかったんだろうけどハマらなかった、そんなミスマッチ感が惜しい。スカしたヴォーカル・スタイルは大目に見るとして、曲芸的なアクロバット・ギタープレイは悪くない。
 要は当時のシンクラヴィアやDX7では、ジェフのギターサウンドに対してマシンスペックが足りなかった、っていう結論。

9. You Know, We Know
 この次の『Guitar Shop』で組むことになるトニー・ハイマスのプロダクション。適度なセンチメンタリズムを織り交ぜたプレイは、クラプトンっぽく聴こえるため、「らしくない」んだけど、でも弾いてるジェフは楽しそう。
 後半からシンセの音圧が高くなって、ギターとのバトルみたいな展開になるのが面白い。フュージョンとはまた違う、ロックの文法を使ったインスト作品は、ひとつの可能性を見出したんじゃなかろうか。
 ここまで書いてきてなんだけど、『Guitar Shop』聴きたくなってきちゃったな。続けて聴いて、また次回に書こう。





 

なんとなく忘れられてるアルバムを聴いてみる その1 - Fleetwood Mac 『Behind the Mask』


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  ちょっと古い話題だけど2020年、「クランベリージュース片手にスケートボードで滑走しながら「Dreams」を口ずさむ」、そんなユルい動画がTikTokで大バズりしたことで注目を集めたフリートウッド・マック。「Dreams」がリリースされたのが45年前なので、往年の国民的流行曲がめぐり巡って、たまたま若い世代にハマった、ってことなのだろう。




 TikTokによる波及効果は日本も同様で、若い世代中心に、PUFFYや倖田來未などのダンス動画が大量生産されている。でも大抵「踊ってみた」系ばっかりなんだよな。
 「50代前後のオヤジが中途半端な田舎の市道をダラダラ運転しながらうろ覚えで昭和歌謡口ずさむ」動画には需要がない。もしかすると、もう誰かやってるのかな、俺が知らないだけで。

 それよりもマック、去年の11月30日、長く中心メンバーとしてバンドを支えていたクリスティン・マクヴィーが亡くなった。正直、そこまで思い入れがあった人ではないのだけど、今後、全盛期メンバーの完全な形での再結成がなくなったことは、ちょっと寂しさも感じる。
 彼女の訃報を受けて、多くのアーティスト/ミュージシャンから哀悼の念が届き、当然、バンドメンバーからも追悼コメントが寄せられた。
 ミック・フリートウッド
 「今日、私の心の一部が飛び去りました」。
 スティーヴィー・ニックス
 「世界で一番仲の良かった友人が亡くなったと聞かされた」。
 リンジー・バッキンガム
 「彼女と僕はフリートウッド・マックという魔法の家族の一員であっただけでなく、僕にとってクリスティンは音楽仲間であり、友人であり、ソウルメイトであり、姉であった」。
 元夫ジョン・マクヴィーのコメントのみ見当たらなかったのだけど、どうやらSNSやってないっぽい。御年77歳なので、スマホ持ってなくても不思議はない。まぁ分別ある大人としてビジネスパートナーとして、日本で言う弔電くらいは出しているんだろうけど。

 ちなみにフリートウッド・マック、最後のオリジナルアルバムがリリースされたのが2003年、それ以降はレコーディングはおろか、アルバム制作する動きもない。『噂』を始めとしたバックカタログのリイッシュー売り上げが堅調なので、わざわざリスクを冒す気もないのだろう。
 多くのベテランバンド同様、代表アルバムのデラックス・エディション → それに付随する全曲演奏ツアーがローテーション化していたのが、近年の彼らである。
 もはや新たなマテリアルをイチから作り上げる気は毛頭ないけど、比較的お手軽に集金できるライブ活動には熱心な彼ら、2018年から2年越しでワールドツアーを敢行している。ヒット曲中心のパッケージツアーなので、アラフィフ以上には大盛況だし、演奏だってほぼサポメン頼りなので、以前ほどのプレッシャーもなく、彼らにとっては至せり尽せりのお小遣い稼ぎである。
 確固たるイデオロギーに裏づけされたバンドではないため、言っちゃ悪いけど金の臭いには目ざとい、フットワークの軽いバンドである。もうちょっとオブラートに包むと、「機を見るに敏なビジネスライク」って言うべきか。
 そんな彼らなので、そろそろクリスティン追悼イベントの噂でも持ち上がりそうなものだけど、いまのところ、どこからもそんな動きは見られない。ツアーじゃなくて単発ライブならどうにでもなりそうなものだけど、誰かが手を挙げる気配もない。
 前回のツアー終了後、世界的なコロナ禍によって、ライブ興行中心となっていたエンタメ事情が一変したせいもある。欧米ではだいぶ落ち着きを取り戻しつつあるけど、一旦止まってしまったシステムは、まだ完全復活には至っていない。
 ぶっちゃけ、音楽的な貢献度は少ないしキャラも薄いけど、一応は顔を立ててジョン・マクヴィーをメインホストにするのが順当なのだけど、彼もまた数年前に大病を患っており、体力的にちょっと難しい。もしやれたとしても、名義だけ借りてビデオメッセージくらいかな。
 名義上のリーダーとして、長年バンドをまとめ上げてきたフリートウッドは、人付き合い良く顔も広いため、ひと声かければあらゆる方面から参加アーティストが集まりそう。バンバン儲けまくった全盛期に破産宣告するくらいの人だから、金遣いも荒いだろうし怪しげな儲け話にもコロッと騙されそうだから、この機を逃すようには思えないのだけど、もうめんどくさいのかね、そういうの。
 思いつきで言い出しっぺの大将タイプなので、それを受けて緻密な計画立案する参謀が必要なのだけど、そうなるとやはり、実作業には欠かせないバッキンガムが必要になってくる。自分から手を挙げることはないけど、でも多分、呼べば来る。なんだかんだ文句は言うけど、絶対に来る。
 いまこの瞬間も、いつ来ると知れぬフリートウッドからのオファーを待っているかもしれない。それが、リンジー・バッキンガムという男だ。

Fleetwood-Mac

 それぞれ利害関係や方向性は違えど、おおむね男性陣は前向きと思われる。3人ともオファーがあれば、固辞することはないだろう。
 ここまで来ちゃうと何となく想像できるように、一番めんどくさそうなのが、紅一点となってしまったスティーヴィー・ニックスである。見た目の通り、ラスボス登場だ。
 数々のゴシップやスキャンダルさえ芸の肥やしとしてきた彼女、こういった際の立ち振る舞いはわかっている人なので、「世間のイメージ通りのスティーヴィー・ニックス」的コメントでお茶を濁している。反面、自分が主役じゃないと気が済まない、蝶よ花よと持て囃されることが「当然」と思ってる人でもある。特にクリスティン亡きあと、マックの一挙一動は彼女の意向が最優先されることになるだろう。
 日本ではマック本体すら、「そこそこのメジャー」くらいの知名度のため、彼女の第一印象と言えば、「魔女」や「歌姫」「永遠の妖精」など、レコード会社のキャッチコピーみたいな陳腐なイメージしか思い浮かばない。反面、本国アメリカでのスティーヴィーの人気は根強く、ソロでも堂々とした実績を残している。
 かつては近寄りがたい魅惑と魔性のオーラを発散しまくっていた彼女だけど、さすがに60過ぎたあたりから自分でもイタさを感じるようになったのか、近年はそんなキャラを逆手に取って、謎の魔女役でテレビドラマにカメオ出演したりしている。歌手としての彼女を知らない、これまでのファン層とはリンクしない形で注目されており、芸歴の長さはダテじゃない。

 自己顕示と承認欲求の塊であるスティーヴィー、始終顔を合わせてると、そりゃめんどくさいし疲れるはずなのだけど、やはり彼女がいてこそのマックであることは、誰もが認めているはず。同世代では抜きんでた彼女の声質やメロディに共鳴して、年を追うごとにバッキンガムのクリエイター・スキルは向上していったし、単なるバンドの紅一点に過ぎなかったクリスティンもまた、場末のアバズレ感漂うスティーヴィーとの対比によって、「比較的」フラットなキャラを確立できた。
 リズム隊2人は、まぁどうでもいい。よく言えば何事にも動じない、バンドのブランドが維持できれば、些事にはこだわらない。そんな人たちだ。
 もともとフリートウッド・マック、『噂』以前から、数々のソングライターやフロントマンを馘首したり愛想尽かされたり、それはそれはメンバーチェンジの激しいバンドだった。名前の由来になっているリズム隊2名は、個人のエゴより屋号の継続を優先し、自分たち以外のメンバーをハイペースですげ替えた。
 バンド固有のサウンドコンセプトを持たず、たとえ前作とかけ離れた作品になったとしても、「フリートウッド・マック」のクレジットをつけてしまえば、それは正真正銘の「フリートウッド・マック」なのだ。「とにかく売れれば勝ち」を地で行った、勝てば官軍を体現しているのが、マックというバンドの本質のひとつである。
 なので、全盛期マックのキーパーソンであるバッキンガムの脱退も、尋常じゃない力技で、どうにかねじ伏せてしまう。以前、フリートウッドのソロプロジェクトに参加したビリー・バーネットに打診したところ、「あいつも一緒なら」という条件で、友人リック・ヴィトーも抱き合わせで加入することになってしまう。
 バーネットはカントリー一家の生え抜きだし、ヴィトーはブルースをベースにしたロック全般を得意としているため、微妙にキャラはかぶらない。この際、音楽性はあまり問題にならない。自分で曲が書けて歌えて、しかもギターまで弾けるのだから、リズム隊にとってはオールOKである。

FM1990

 どうにか頭数を揃えた新生マックは90年、新作スタジオアルバム『Behind the Mask』をリリースする。偏執的にこだわり抜いた挙句、どの音もフィルターかかり過ぎて密室的なサウンドとなった前作『Tango in the Night』から一転、時代性とリンクしたコンテンポラリーサウンドに仕上がっている。
 クセ強なバッキンガムのサウンドプロデュースは、時に女性ヴォーカル2名の個性すら上回る記名性に満ち溢れていたけど、ここではその窮屈さは見られない。ソングライター4人4様に、それぞれのキャラに応じたアレンジやアプローチが使い分けられ、多様性に富んだ構成になっている。
 言ってしまえば全方位的な無難な音、シングルヒットをこれまでより強く意識したサウンドになっており、まぁ聴きやすいこと。聴きやす過ぎて引っかかりがなく、いつの間にか聴き終えてしまう。
 なので、バッキンガムのクセ強感が鼻についてたファンにとっては、心地よいアダルトコンテンポラリーなポップとして、抵抗なく受け入れることができる。逆に、バッキンガム・フォロワーからすれば、オチもヒネリもないカントリーポップや産業ロックは、ちょっとあっさりして物足りなささえ感じてしまう。
 ジャクソン・ブラウンやドン・ヘンリーなど、主に西海岸のアーティストを手がけてきたグレッグ・ラダニーを共同プロデュースに迎え、ワーナー営業の意に沿ったサウンドコンセプトで固められた『Behind the Mask』。正直、「マックの新作」と銘打ってなければ、バラエティ色に富んだ、スキのないアルバムである。
 いい意味でエゴイスティックではあるけど、決して時代に寄り添わないバッキンガムのサウンド・アプローチは、常連ファンこそ受け入れるけど、90年代の多様化したマーケットではすっかりアウト・オブ・デイト、若い新規ファン層への広がりは期待できない。
 彼らクラスのセールス実績を持つバンドであるなら、ワーナー的にもコケさせるわけにはいかない。下手につまづいて、まだ資産価値のあるバックカタログを引き上げて移籍されようものなら、それこそ重役クラスの首ひとつじゃ済まされない。
 「『噂』ほどは望めなくとも、『Tango in the Night』くらいだったら、おおよそ成功」という営業目標のもと、メンバー平等に見せ場のある総花的な『Behind the Mask』はリリースされたのだった。よほどヘタ打たない限り、大ハズしすることはない。『噂』以降のマックのセールス推移からして、誰もがそう信じて疑わなかった。

 で、何となく想像できるように、『Behind the Mask』は前作セールスを大きく下回った。主要マーケットであるアメリカでは最高18位、欧州圏ではそこそこ評判は良かったけど、でも『Tango in the Night」にはとても及ばなかった。
 どんなオケでもどんなアンサンブルでも、超マイペースで強烈なキャラを示すスティーヴィーは別格としても、新入り2名が中心となった楽曲は、バッキンガムの不在を埋め合わせるには至らなかった。無理にはみ出さず無難な仕上がりとして、聴きやすくはあるけど引っかかりは薄い。
 「フリートウッド・マック」のメンバーがプレイしてるし歌ってるんだけど、でもマックである必然性はない。そういうことだ。
 税理士や弁護士中心で構成された経営陣と、何らリスクを負わない企業コンサルタントの方便 = マーケティング戦略に翻弄されたあげく、『Behind the Mask』は無難で中庸でフワッとした仕上がりになったと言える。理詰めでコントロールできないスティーヴィーは別として。




1. Skies the Limit
 バッキンガムが去って以降、バンド内リーダーシップを発揮したのは、実はクリスティン・マクヴィーだった。総務・人事的な役割のリズム隊2名に対し、スタジオ内でイニシアチブを握ったのが彼女だった。
 バッキンガム&ニックス加入以前のレコーディング・スタイルに回帰して、ほぼメンバー全員が作業に関わった。スティーヴィー・ニックス?彼女は別だ。彼女は常に、独自の時間軸で生きている。
 で、そんなクリスティンがメインのトラックがオープニングを飾ったわけだけど、バッキンガム・サウンドとは明らかに違う。違って当たり前だけど、マック以外のポップソングを意識し過ぎたのか、無難な仕上がり。一応、シングルカットされているけど、ビルボード総合ではランクインしなかったのも頷ける。

2. Love Is Dangerous
 新入りヴィトーとスティーヴィーの共作による、モダンなブルースチューン。「Skies the Limit」同様、シングルカットされてチャートインしなかったけど、初期マックの進化形として見るなら、これはこれでアリ。バッキンガムの緻密な繊細さとはまるで対極だけど、新局面としては全然OK。

3. In the Back of My Mind
 新入りバーネットによる、プログレッシヴ風味漂う大仰なロックチューン。レコーディングにあたり、48トラックレコーダー×3台を使用し、ギネス認定されたという豆知識は、もう今は昔。
 一応、マック名義とはなっているけど、実質はほぼバーネットのソロみたいなもので、メンバーがコーラス参加している体で聴く方がすっきりする。一聴して存在感を醸し出すスティーヴィー、気怠くやる気なさそうだけど、コレいつものことだから。

4. Do You Know
 クリスティン&バーネットによる、穏やかなバラード・デュエット。AORじゃないんだよな、ちょっと古いけど「産業ロック」って言い方がふさわしい。明らかにCD世代にターゲット絞って、中年世代以上のヒット狙ってるもの。ミスチルやバックナンバーみたいなものだよな。
 ロック版「エンドレス・ラブ」みたいなベタな曲なんだけど、ほど良いアコースティック要素やユニゾンの妙など、しっかり作られており、好感度は高い。アルバムセールスがもっと伸びていれば、シングル候補だったと思うんだけど。

5. Save Me
 ビルボード最高33位に達した、このアルバム唯一のヒット曲。クリスティン主導による、やや前ノリなロックチューンであり、アンサンブルの一体感が強い。要はバンドっぽい。
 アルバムのコアと言いきっちゃっても差し支えない、若手2人による疾走感とベテランの安定感がうまく融合している。バッキンガム時代にはなかった、ほど良いキャッチー感と開かれたサウンド。
 新局面の指針として、ふさわしい楽曲だったんだけどな。続かなかったけど。




6. Affairs of the Heart
 やっと登場、スティーヴィーの独壇場トラック。カントリーテイストとメインストリームポップのハイブリットがうまく時代にフィットしているけど、でもそんなの関係ない。彼女が気持ちよく歌ってドレスヒラヒラさせてれば、もうそれでいいのだ。

7. When the Sun Goes Down
 新入り2人によるモダンブルースなロックチューン。コッテリしたスティーヴィーの後なので、箸休め的にこういった軽い曲も悪くない。
 マックっぽさはまるでないけど、一瞬、呪詛のようなスティーヴィーのコーラスが聴こえてくることで、ちょっと我に返ったりする。

8. Behind the Mask
 クリスティンがメインの曲で、やめたはずのバッキンガムがなぜかこの曲のみ、アコギで参加している。わざわざ呼び寄せたというより、『Tango in the Night』セッションのアウトテイクを手直ししたんじゃないかと思われる。
 こうやって聴き進めていると、やはり異色の、っていうか独自のバッキンガム風味。一曲くらいならスパイスとしてアリだし、この曲のテイストにうまくフィットしている。

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9. Stand on the Rock
 ヴィトー主導によるブルースロックチューン。80年代クラプトンが切り開いた、CDサイズのモダンロックの文脈を踏襲しており、極度にはみ出したりアグレッシブなプレイはない。ガチなブルースとしてはアクが弱いけど、この頃はロバートクレイみたいな「うまく調整されたブルースロック」がひとつの潮流としてあったので、時代的には間違ってない。ていうかそんなに嫌いじゃない。

10. Hard Feelings
 お次はバーネットによる王道アメリカンロック。ブライアン・アダムスあたりをモチーフにしたのか、キャッチーで分かりやすく、しかもちょっとだけブルースっぽさも入れている。
 これも嫌いじゃないんだけど、マックっぽさは感じづらい。もう2、3作、この体制で続けていたら馴染んできたのだろうけど。終盤でフィル・コリンズっぽくなるけど、それはちょっとやり過ぎ。

11. Freedom
 大衆が求めるアバズレ感を見事に演じる、どこまでが地なのか、もう自分でもわからなくなってるスティーヴィーのソロ。一応、マックのアンサンブルでレコーディングされているけど、明らかに他の曲とテイストが違うので、ソロプロジェクトの完成デモを持ち込んだんじゃないかと思われる。
 女性陣に限って言えば、ギタリスト2名を入れたのは正解だったんじゃないかと思う。バッキンガム時代では、こんなストレートなロックスタイルのギターソロはほぼなかったし、ヴォーカルとの相性は決して悪くない。
 いっそ開き直ってハートみたいに、女性2人メインのユニット形式に移行する策もあったんじゃなかろうか。ここまで聴いてみて、そう思ったりする。


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12. When It Comes to Love
 「Do You Know」と同じプロダクションと思われる、クリスティン&バーネットによるデュエットチューン。この曲も丁寧に作られた良質なMORで、もうちょっとアルバムが売れてればシングルカットもあったはずなんだけど。2人ともクセが少なくフラットな声質なので、どこまで売れるかは疑問だけど、俺は好きなんだけどな。

13. The Second Time
 トリを務めるのはスティーヴィー。アルバム制作の貢献度からいえばクリスティンなんだけど、そこは花持たせたんだろうな。プロジェクトを円滑に進めるには、微妙な駆け引きも必要だ。
 幻想的でファニーなヴィトーのトラックに対し、相変わらずの酒灼けしたヴォーカルは、「あぁマックのアルバムなんだなぁ」という充足感を与えている。ダミ声ではあるけど、妙な憂いはあるんだよな。






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北海道の中途半端な田舎に住むアラフィフ男。不定期で音楽ブログ『俺の好きなアルバムたち』更新中。今年は久しぶりに古本屋めぐりにハマってるところ。
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