好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

あやつり人形じゃないことを証明した、DIY精神あふれる傑作 - Talking Heads 『Little Creatures』

 talking heads_little creatures1985年リリース、6枚目のアルバム。US最高10位UK最高6位。ちなみに日本でも最高59位という記録が残っており、この手のバンドとしては、結構売れた方である。確かにPVや雑誌の露出は多かったと記憶している。
 ちょっとセオリーを外したアート系のアーティストやアルバムが、アメリカ本国よりウケが良いのは、『Pet Sounds』あたりから続く、イギリスの伝統。

 インタビューでの発言や、解散後の地道な活動から見て、知的というよりはむしろ天然系と評した方が良さげなDavid Byrne、もうキャリアもそれなりに長く、セールス・作品のクオリティとも、それなりの実績を上げているにもかかわらず、なんかイマイチ評価が薄い、というか、大物感があまりない。
 もともとあまり偉ぶらない人なので、マイナーなイベントやフェスにも積極的に参加するくらいフットワークが軽いのだけれど、あまりに気軽なので、レア感が薄いというか、若手からのリスペクトも薄いような印象が強い。一応、長年の功績は認められており、Hall of Fameにも呼ばれるほどの人なのに、である。

 パンク~ニュー・ウェイヴ・ムーヴメントの発信源として、派手に隆盛を極めていたロンドンに対し、地味なアングラ系が多いと思われがちなニューヨークのミュージック・シーンだけど、あながち間違ってはいない。ヒッピー幻想の終焉と入れ替わりのベトナム戦争の長期化が災いして、何とも形容しがたい陰鬱と混沌、正体不明の閉塞感が蔓延していた。
 そんな中で地道に活動していたのが、Talking Headsである。デビュー間もなくは、ごくごく平均的なフォーマットのパンク・バンドだった彼らだけど、じきに大きく飛躍するチャンスを与える人物が現れる。
 その名は、Bryan Eno。

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 歌うことも楽器を弾くこともなく(できず)、ましてやまともな作詞・作曲もできないのに、いつの間にか音楽業界に潜り込み、気づいた時には大御所ステージにまで上り詰めた男である。
 デビューのきっかけとなったRoxy Musicでは、「テープレコーダー担当」という出まかせのポジションを獲得、David Bowie張りのキッツいメイクでステージ上で踊りまくる、という、少なくともサウンドとはまるで関係ない、エキセントリックなパフォーマンスを行なっていた。脱退後は、まぁ言ったもん勝ちだと思うけど、退屈なシンセ和音を独りよがりに延々と鳴らし続けた冗長なインストに、「環境音楽」という、これまたいかにも「らしい」コンセプトを掲げて、アルバムを量産。自称スノッヴな連中の自尊心をくすぐるような活動を展開した。

 こうして書いてると、とんでもなく胡散臭いサギ師っぽく思えてしまうけど、何でも突き詰めていけば、その筋で一流になってしまうのは、致し方ないことである。きちんと客観的に身の振り方をわきまえて、流行の臭いを嗅ぎつけてすぐさまツバをつけてゆくところなど、秋元康並みにスゴイ、と認めざるを得ない。若手の有望株にうまく取り入って、プロデュースと称して気分次第で好き放題なことをそれっぽく語り、うまくブレイクしたら「おれの手柄」っぽく振る舞う男である。
 うん、やっぱり秋元康っぽい。

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 そんな彼が興味を持ったのが、単なるアングラ・シーンからメジャーへ進出しつつあったNYパンクのアーティストである。何となくモノになりそうなバンドをいくつか寄せ集めて、コンピレーション・アルバム(『No New York』)を作る。大して売れないのはわかりきっている。これ自体で儲けるつもりではない。これは単なるアドバルーン、センセーショナル話題作りでマス・メディアに取り上げられてもらうことが目的なのだ。
 その中で、こいつらなら俺の意のままに操れそう、とEnoが選んだのが、Talking Headだった、という次第。

 そんな彼ら、この後は高い評価を得た『Remain in Right』をある種の終着点として、Enoとのコラボレーションは発展的解消の途をたどることになる。Enoが得た名声と高評価とは対照的に、あまりに見返りの少ないバンドの評価、そして増大するプレッシャーももちろんだけど、あれこれ突拍子もない指示を出すEnoに対して、ほとほと愛想が尽きたのだろう。
 その後、彼らの活動ペースは急激に落ち、集大成とも言えるライブ映画、それに伴うサウンドトラック(『Stop Making Sense』)を作ったあと、『Remain in Right』の搾りカスのようなアルバム(『Speaking in Tongues』)を作り、それぞれが長期休養に入ったり、Tom Tom Clubを始めたりする。
 
  特にギミックに凝ることもない、楽しく踊れる音楽をコンセプトにしたTom Tom Clubが高セールスを記録したことによって、メンバー4人とも気づいたのだろう。
 次はゲストを入れず、4人だけのアルバムを作ろう。
 何の装飾もギミックもない、ただ「歌」のためにある『普通』のアルバムを。
 それが、この『Little Creatures』である。


Little Creatures
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1. And She Was

 ちょっとフォーク・ロック調の3枚目のシングル。US54位UK17位。Byrneのヴォーカルも、気が抜けてリラックスした印象。
 前作まで、神経症的なカン高い声を無理して張り上げていたが、「Hey,Hey」のかけ声も、どこか牧歌的でおだやか。
 バンド4人で顔を突き合わせ、ヘッド・アレンジで練り上げた曲なのか、後半のChris Frantzによるドラム・ロール、Byrneがかき鳴らすギターも楽しそう。セッションの楽しさが凝縮された曲である。



2. Give Me Back My Name
 前半がややEno臭さの残る曲。
 リズムもややオルタナっぽさが残っているけど、これまでTalking Headsでは使われたことのない、スチール・ギターの響きが全体を和ませている。
 サビに入るとカントリーっぽいメロディーが展開する、ライブ映えしそうな曲。

3. Creatures Of Love
 ほぼタイトル・ソングであり、アルバム全体の流れを象徴した、ややファンクっぽいギターをバックに、やはり楽しい曲。何ということもない曲だけど、やはりクセになってリピートしてしまう魔力を持つ、アルバム・ジャケットそのまんま、ファニーな曲。



4. The Lady Don't Mind
 UKのみシングル・カット、最高81位まで上昇した、先行1stシングル。Eno時代は付け焼刃的なファンク・リズムのミスマッチ感が、ニュー・ウェイヴ的なサウンドとして相乗効果を醸し出していたけど、ここでは「ちょっとヘタでもいいから自分たちでやってみよう」というバンドの意思が結実した、Talking Headsの進化形態とも言えるナンバー。
 評論家受けの強かったEno時代を真っ向から否定するのではなく、消化・吸収した上で自分たちのオリジナリティを確立し、ライト・ユーザーがラジオで聴いても好感を持たれる曲を作り上げた。
 サビのホーン・セクションと、Byrne+バンド・コーラスとのコール&レスポンスが最高。



5. Perfect World
 ややスタンダードなロック調。ギター・カッティングがPoliceっぽい瞬間がある。サビに入ると再びスチール・ギターが出てきて、普通のミドル・テンポが和んだ感じになる。

6. Stay Up Late
 Jerry Harrisonのキーボードから始まる、意外に珍しい曲。Jerryが終始リードを取っており、ちょっとひと昔前のニュー・ウェイヴ調。
 中間辺りでEnoっぽさが出ているけど、そこまで強いわけでもなく、エッセンス程度。やはりバンド単体で練り上げた曲だと思う。

7. Walk It Down
 今度はChris FrantzとTina Weymouthによる、Tom Tom Clubチームがイニシアティヴを取っており、ファンクともロックとも似つかない、エスニック系の変則ビートが他2人を引っ張っている。
 誰か一人、例えばByrneがすべてメインを張るのではなく、4人それぞれがアイデアを持ち寄り、合議制によって採用された作者が責任を持つ、という極めて当たり前なバンド民主主義が、このアルバムの最大の成果であり、好調要因である。
 まんまTom Tom Clubではなく、やはりTalking Headsというフィルターを通しているため、単純にカラッと明るいものではなく、やや不穏な重めのサウンドに仕上がっている。

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8. Television Man
 前曲と同じく、リズムを強調。ていうか、ほとんどリズム・セクションとByrneの特色である、不安定な響きのギター・リフによって出来上がっている曲である。
 このアルバム全体に言えることだけど、鍵盤系のJerryの出番は少ない。細かなエフェクトのアイデアなど、目に見えずらい貢献度は高いのだけど、あまり見せ場を作ってもらえなかったのか、どうにも影が薄い。この後、ふて腐れてバンド活動に消極的になって、結果バンドを活動休止に追い込んだのも、まぁ気持ちはわかる。
 後半はモロ『Remain in Right』だけど、リズム中心ではなく、当時よりメロディーが立っている。

9. Road To Nowhere
 最初のアカペラ・コーラスから行進曲のようなドラム、まさしくアルバムのフィナーレを飾る名曲である。ちょっとエフェクトをかけたアコーディオンからして、もう楽しげ。Byrneもすっごく楽しそうに歌っている。
 4.と並ぶ、このアルバムの要となる曲である。

  




 「普通の楽曲を作りたかった」Talking Headsが、『普通』をコンセプトにアルバムを一枚作った。
 セールス的にもトータルで200万枚という、十分及第点な数字だった。
 でも、Byrneだけはどこか満足できなかったのか、もっと『普通』を極めたかったのか。通常パターンならプロモーション・ツアーを行なうところだけど、思うところのあったByrne、ツアーはキャンセルし、映画製作に乗り出す。その名も『True Stories』、アメリカのごく『普通』の人々を主人公に、ごく『普通』の生活を淡々と、それに若干のフェイクを加えた作品を作り上げた。
 Byrneのスケジュール待ちだった他3人、撮影終了まではヒマを持て余していたのだけれど、サウンドトラックをTalking Headsが担当することになり、再びレコーディングに臨むことになる。バンド側としては当然、この後はツアーに出る気まんまんだったのだけど、Byrneの多忙によって、ツアーは再びキャンセルされる。
 その後もライブ一つすら行なわれることなく、結局のところ、それが活動休止→解散の要因となる。


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俺はいつだって、怒れる若者 - Style Council 『Our Favourite Shop』

51KQnRGfZkL 1985年リリース、UKチャート最高1位を獲得。バンドとしてのアルバムは2枚目(厳密には、ミニアルバム『Introducing』が最初だが、まぁ曲数の多いシングルのようなもの)。

 Steely Dan『Aja』レビューの際、リリース当時のUSチャートを調べてみたら、新しい発見もあって、今回もそれに倣って何となくUKチャートを調べてみると、これがなかなか面白い。
 国土が広いアメリカの場合、情報の伝播が今ほどスピーディではなく、地道なライブやラジオ・オンエアなど緩やかに広がってゆくので、瞬間的に売れるケースは少ない。ほんと時間をかけてじわじわと言った感じなので、いわゆるロング・セールスが多い。火が点くまでは長いのだけど、一度ブレイクすると、演歌じゃないけどそれこそ10年くらいはライブで食っていくことができる。レコード・セールスも大きな変動は少なく、ブレイクの度合いによっては、何か月も上位チャートをウロウロしてることだってある。Pink Floydの『The Darkside of the Moon』が延々10数年に渡ってチャート・インしていたというのも、人口の多いアメリカならではの現象だ。
 それとは逆に、アメリカと比べて国土はめちゃめちゃ狭く、人口も4分の1程度のイギリス。狭い分だけ情報の伝達度、例えばたった一度のテレビ出演によって、スターが生まれるというのは、大英帝国ならではの現象である。レコード・セールス自体も少ないので、絶対的な購買層は少なく、パイの奪い合いは熾烈で、チャート・アクションも一週ごとに結構変化がある。
 
 この年を代表するアルバムとして挙げられるのが、Bruce Springsteen『Born in the U.S.A.』、Phil Collins『No Jacket Required』、Dire Straits『Brothers in Arms』などといったところ。どれも全世界で1千万枚以上を売り上げたモンスター・アルバムだけど、こういった強豪たちの合い間を縫って、Style Councilが一週だけではあるけれど、イギリスでNo.1を獲得している。
 日本で言えば、AKBや3代目JSBらに挟まれて、KANA-BOONあたりがオリコンNo.1を獲るようなものである。前述した通り、UKチャートはほんと混沌としており、この年はほかにもSmithが1位になってるし、かと思えばMadonna『Like a Virgin』も大きくセールスを上げている。なんというか、いろいろと懐の深いチャートである。

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 歌詞の内容、思想、発言、メッセージが思いっきり左寄り、実際、出自も労働者階級系のアーティストであるからして、本来はもっとアングラな立場の人のはずである。それなのにこのPaul Weller、JAM時代からのへヴィー・ユーザーから、音楽番組と言えば「Top of the Pops」くらいしか見ないライト・ユーザーまで、幅広く支持され続けている。英国王室のゴシップネタが、普通にテレビのコンテンツとして機能している英国人気質、体制への反抗・揶揄自体が、ファッションや生活の一部となっている国民性から起因するものなのだろう。また、その生粋の英国気質をコンポーザーの立場から保持し続けている、Wellerの自己プロデュース能力にも起因する。
 
  根っこはモッズ・バンドの人である。
 正確には、パンク・ムーヴメントから派生したニュー・モッズの流れを汲んでいるので、ブラック・ミュージックへの造詣も深い。デビュー当初こそ、比較的パンクのフォーマットに則ったサウンドを披露しているのだけれど、、"Batmanのテーマ"、Kinksの"David Watts"のカバーなど、いわゆる色モノ系ソングをソリッドに自分たち流にリ・アレンジしている。この辺は持って生まれたセンスの問題と思われる。
 
 まだレパートリーの少ない若手バンドのHPのチェック基準として、カバー曲のセンスがよく用いられる。ただ通好みの楽曲だけでなく、例えばベタベタのスタンダード・ソングの調理の仕方、、「おっ、こう来たか」というアレンジの妙によって、その曲に新しい価値観が吹き込まれ、それに伴ってバンド総体のセンス・イメージも好意的に評価される。
 当然、そのためには特定のジャンルに偏らず、様々なジャンルの音楽を聴いていなければならない。すべてが当てはまるわけではないけど、「有能なミュージシャン」になる前に、「有能なリスナー」になる、耳を養う勉強はとても重要だ。いまどきまったく一からオリジナルを作り上げることは、不可能に近いのだから。
 
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 多分、ほとんどがWellerの趣味、と言い切って間違いないと思うけど、彼らも初期から積極的にカバーに取り組んでおり、前述の曲だけでなく、Wilson Pickett、James Brown、Small Faces、Curtis Mayfieldなど、ベタな定番から隠れ名曲まで、あらゆる角度から挑戦している。若気の至りのような、荒削り・強引なアレンジもあるけど、経験値を積み重ねることによって、次第にMPも上がっており、それが後期の傑作群"Precious"や" Town Called Malice"として結実する。
 そのうち3ピースでは限界が来たのか、それと同時に自らの音楽的ルーツ・嗜好が、ギター・ドラム・ベースのトリオ構成だけでは賄いきれなくなってきたことが要因で、人気絶頂の中、Wellerは潔く解散の道を選ぶ。

 後年の経緯を見てもらえればわかるけど、決して戦略的な人ではない。ただ、その時その時の自分の感情に素直なだけなのだ。
 今の自分がやりたいことをやる。やりたくないことはしない、とはっきり意思表示する。
 ある意味、パンク・ミュージシャンの基本スタンスであり、潔い考えなのだけど、共同作業・バンド運営という面で見れば、決して正しい選択ではない。せっかく商業的にも安定してきたところなのだから、と助言する者も少なからずいたと思われる。
「取りあえず1,2年休業すれば…」
「サイド・プロジェクトでソロ・アルバムでも出せば…」
 まぁ、多分言っても聞かなかったら、この結果になったのだと思う。

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 もともとフロント・マンであるWeller一人で持っていたようなバンドなのだから、しょうがない。彼がルールなのだ。
 とにかく、彼は一旦、すべてをリセットすることを決め、解散に伴う事後処理的ツアーを行ないながら、並行して次のステップの準備を進めてゆく。旧知の仲であり、気の合ったMick Talbotを仲間に引き入れ、2人組ユニットStyle Councilを結成した。

 それだけの情熱を持って始めたのが、これまでの純正JAMのファン層からは最も遠い音楽、トレンディーでシャレオツなソフト・サウンドの構築である。
 こじゃれた細身のスーツ(まぁこれはある意味モッズ・アイテムのフォーマットとも被るけど)か、時には業界人を思わせるサマー・セーターを身にまとい、ピッカピカに磨き上げた革靴は捨てて、カジュアルなローファーに履き替えた。
 ギターの音からは歪みが消え、Wellerのヴォーカルからも破裂音、シャウトは少なくなった。ピアノ、時にはストリングスを主体とした、ジャズ、ソウル、ボサノヴァなど、ロック・ビート以外をベースにしたサウンドは、80年代という時流とうまくマッチして、バブル景気に湧きつつあった日本でも大きな支持を受けた。
 
 一聴すると、思いっきり大衆に迎合したイージー・リスニング、耳当たりの良いポップ・サウンドが主流なのだけど、サウンドに反して歌われる内容はかなり重く、当時のサッチャー政権への批判に始まり、鬱屈とした労働者問題などを積極果敢に取り上げることによって、一時はソッポを向いた旧JAMファンの支持も次第に回復した。


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1. Homebreakers
 まるでスパイ映画のようなオープニング。街中の喧騒から始めり、70年代ソウルっぽいサウンドに乗せて、サッチャー政権によって失業・貧困の被害を被った家族の悲劇を、Weller 朗々と歌い上げる。低音のCurtis Mayfieldと例えればわかりやすい。
 
2. All Gone Away
 さわやかな昼下がりを思わせる、ネオ・アコ風味の軽いアコギが奏でられる曲だけど、寂れた商店街とブルジョア階級との対比を皮肉る、やっぱり政治批判を込めたナンバー。
 
3. Come To Milton Keynes
 2.同様、ネオ・アコ路線にちょっぴりノーザン・ソウルのエッセンスを加えたナンバー。
 ベッタベタなストリングスとホーンの響きが、一歩間違えれば無難なムード音楽っぽくなってしまうところを、Wellerのヴォーカルがうまく締めている。
 UKシングル最高23位。
 
 

4. Internationalists
 間奏でMickのオルガンが全開する、アルバムの中では極めてセッション的な曲。かなりファンク成分を強くしたギター・カッティングといい、JAMファンでもとっつきやすくなっている。Wellerのヴォーカルも破裂音が多く、かなりシャウトしまくっている。
 タイトル通り、歌詞もやたらと政治的。彼らに限らず、この時期のUKアーティストのサッチャー政権アレルギーは、相当なものだ。
 
5. A Stones Throw Away
 一転して、弦楽四重奏をバックに、Wellerが朗々と歌い上げる佳曲。革命勢力を唄った、相変わらず左寄りの歌詞。
 
6. The Stand Up Comics Instructions
 Style CouncilはPaul Wellerのソロ・プロジェクトと思われがちだけど、なぜこのバンドにMick Talbotが必要だったのか、それを思い知らされる一曲。
 まるまるアルバム一枚を一から作り上げる技量はないけど、ちょっとしたエッセンスの投入、サウンド・メイキングについては、一流のセンスを持っている。全体の枠組みを俯瞰して、ここにひと味添える、ということができる、決して自分から前には出ないけど、コンポーザーとしてはWeller以上の時がある。
 最後はちょっとDoors"Strange Days"っぽく終わる。
 
7. Boy Who Cried Wolf
 シンセ・サウンドをベースに作られた、同時代のa~haやHoward Jonesなどと比較しても引けを取らない、傑作ポップ・ソング。
 バンドとしては珍しいくらい、センチメンタルなラブ・ソング。なのにどうして、UKではシングル・カットされなかったのかが不思議(ニュージーランドでは最高21位)。

 

8. A Man Of Great Promise
 サウンドとしては比較的珍しく,正調8ビートのネオ・アコだけど、内容は故郷の亡くなった友人の苦悩について。
 
9. Down In The Seine
 バンドネオンをバックに、おフレンチなワルツだけど、内容は中二病。
 
10. The Lodgers (Or She Was Only A Shopkeeper's Daughter)
 彼らの全レパートリーの中でも、俺が一番好きな曲。
 とにかく、Dee C. Leeのヴォーカルが気持ちよく、しばらくヘビロテになっていた時期がある。
 ごく初期のアシッド・ジャズを少しハード目にしたサウンド、ややハスキー気味な声質がちょうど好みに合うせいか、彼女のコーラスが聴けるナンバーなら、自分的にハズレはほとんどないくらい。
 これもいわゆる格差社会についての歌なのだけど、そんなめんどくさいのは抜きにして、後に公私ともにパートナーとなる、WellerとLeeのダブル・ヴォーカルを堪能してほしい(でも別れちゃうんだけどね)。
 
  

11. Luck
 ノーザン・ソウル・スタイルの、バンド・セットでの佳曲。親しみやすいポップ・ナンバーで、歌詞もサウンドも及第点ではあるのだけれど、あまり印象には残らない。悪い曲じゃないんだけどね。どこか一つ惜しい気もする。
 
12. With Everything To Lose
 元曲は、後日サントラの一曲として発売される"Have You Ever Had It Blue"、歌詞とアレンジが別バージョンになっている。スイング・ジャズ風アレンジの元曲に比べ、こちらはボサノヴァ風味。
 灼熱の夏のコテージの涼しい日陰を思い起こさせる、浮ついてこじゃれた感じ、バブル時代を通過してきた俺としては、結構好きな世界観。
 
13. Our Favourite Shop
 Mickのオルガンがたっぷり堪能できる、SpeedometerやNew Mastersoundsなど、現代ジャズ・ファンクの先駆け的な曲である。
 この人に関しては、ほんとメインを張るより、誰かのバックで弾いてる方が、すごくセンスが映える。インストだとスパイスだけ目立ってしまって、満腹感が出ないのだ。
 
14. Walls Come Tumbling Down
 UKシングル・チャート最高6位。ファンの中でも1、2を争う、「Style Council’s Soul Music」とでも言うべき傑作。
 イントロのハモンドから、高らかに響き渡るホーン・セクション、眉間に皺を寄せて「壁を崩せ!!」とがなり立てるWeller。ここまで大人しくしてたのは、ここで一気に爆発させるためだ!!、とでも言わんばかりに、こめかみの血管の青筋がうねり捲っている。
 同じく、ここぞとばかりにバカスカ叩きまくるSteve White。そして、そんな彼らを見守るかのように包み込む、Leeのバック・ヴォーカル。ここでは誰もが、アルバム中で一番の仕事をしている。
 ただ、このアルバムによって、Style Councilの基本フォーマット並びにバリエーションは完成されてしまい、この後の新展開はグッとレベルが下がる。バンド継続のため、サウンドの細分化に走ることによって、Style Council、そしてWeller自身も迷走状態に入る。

 

15. Shout To The Top
 多分、彼らの全楽曲において、日本での認知度は一番高いはず。聴けば、「あぁ、あれ」と思い出させる、しばらく平日朝8時のオープニング・テーマとなっていたナンバーである。佐野元春との同時代性(類似性)はよそでさんざん語り尽くされているので、ここではUKシングル・チャート最高7位とだけ付け加えておく。




 前述したように、この後彼ら、特にWellerは、JAMの時同様、拡大再生産の道は取らず、新しいサウンドを求めて探求者の道を選ぶ。
 突然ハウス・ミュージックに目覚めて気張って作ったはいいけど、あまりのキャラクターの変化にレコード会社が発売拒否、アルバム丸ごと1枚ボツにされたり(『Modernism』)、多分復活したBryan Willsonに影響されたのか、ピアノ・オーケストレーションなアルバム(『Confessions of a Pop Group』)を作り、あまりの地味な内容のため、大幅にセールスを落とすなど迷走し、結局6年あまりの活動期間で解散する。
 
 その後、ソロになってからのストーリーも、いかにもWellerらしいのだけれど、それはまた後日。



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録音オタクの到達点 - Steely Dan 『Aja』

aja 1977年発売、6枚目のアルバム。USチャート最高3位、UKチャート最高5位。
 ちなみにこの年のビルボード・アルバム年間チャートを調べてみると、1月はStevie Wonder『Song in the Key of Life』とEagles『Hotel California』とが、ほぼ1週ごとにNO.1を争奪し合っており、その後、Barbra Streisandのサントラが2か月弱独占、再びEaglesが盛り返した後、ここでモンスター・アルバムFleetwood Mac『Rumours』が登場、ひと月ごとにNO.1の座を巡っての熾烈な争い、年末のLinda Ronstadt登場まで、しばらくバトルが続く。

 StevieといいEaglesといい、そしてFleetwood Macもそうなのだけど、1977年の彼らに共通しているのは、いわゆるピーク・ハイ、アイティスト・パワーのピークに達した頃であり、どのアルバムも普遍性の高い、今でも充分評価に値するクオリティの作品であること。ちょうどパンク・ムーヴメントの波が押し寄せつつあった頃で、旧来のロックやポップスは爛熟期を迎えている。
 こうして並べてみると、取り立ててセンセーショナルな話題もなく、ルックス的にも地味で、口ずさみやすいシングル・ヒットもないSteely Danが、なぜトップ10に入ることができたのか。このラインナップと互角に争ったのは、何かの間違いなんかじゃないの?とさえ思えてしまう。
 
 決して万人に受け入れられる、わかりやすいサウンドではない。
 誰もが口ずさめる、覚えやすいメロディーがあるわけでもない。
 ただ、一度虜になってしまったが最後、正体不明の吸引力が前頭葉を刺激し、趣味嗜好までを一遍させてしまう、不思議な魔力のあるサウンドである。
 このアルバム、そして長い沈黙に入る前の『Gaucho』には、その傾向が強い。

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 1977年当時のアメリカのポピュラー・ミュージック・シーンの動向として、ディスコ・サウンドの躍進、急激な商業化に伴うオールド・ウェイヴの疲弊、水面下で台頭しつつあった、パンク~ニュー・ウェイヴ・ムーヴメントの成長が挙げられる。他にも、Billy Joel、Jackson Browneらによるシンガー・ソング・ライター・ブームなどもあるのだけど、業界全体を巻き込むほどの影響力は持ち得なかった。
 高度でシステマティックな産業化によって、当初の先鋭性が失われつつあったロックもだらしなかったけど、それよりもはるか昔に没落していたはずのジャズ・シーンにて、唯一怪気炎を上げていたのが、フュージョン~クロス・オーバー界隈のミュージシャン達である。特に勢いがあったのが、旧来のジャズ・ミュージシャンではなく、これまで裏方に甘んじていたスタジオ・ミュージシャンらである。
 目新しく、革新的なアイディアが創出されたわけではない。ファンクやラテン、アフロ・ビートのエッセンスを少し加え、ロックのフォーマット・文法のみでは表現しきれないサウンド・テクスチュアを作り上げたのが、彼らの行なったことである。

 もともとNYで、売れないソング・ライター・チームとして糊口を凌いでいたDonald FagenとWalter Backerの2人のデモ・テープが、プロデューサーGary Katzの目に止まったところから、このストーリーは始まる。
 ソングライター志望の二人にとって、自ら表舞台に立つことは本意ではなかったのだけど、このチャンスを逃すことは大きな損失であることは明白だったため、多少の妥協はやむを得なかった。なので早速西海岸へ足を運び、取りあえず参加してくれそうなミュージシャンに片っ端から声をかけ、そしてどうにかかき集めたのが、急造バンドSteely Danのスタートである。
 当初こそ、普通のバンドに倣って、全米各地をくまなくツアー→アルバム制作→そしてまたツアー、のループを繰り返していたわけだけど、そもそもインドア体質だったFagen & Beckerにとって、客前に立つことはストレスでしかなく(とはいっても後年はステージ活動がメインとなってゆくのだけど)、次第にバンド・メンバーとの間には溝が生じてゆく。
 バンドの運営方針にも深く関与していたGaryにとっても他人事ではなかったので、だったら、ということで、次第にバンド体質からの脱却を図り、徐々にソング・ライター・チーム主導のバンド運営へと移行してゆく。

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 簡単なコード進行だけ決めて、テープをダラダラと長回し、延々と続く単調なセッションを繋ぎ合わせてアルバムを作り上げるという、いわゆるRolling Stonesタイプのレコーディング・スタイルは、Fagen & Becker、そしてGaryの目指すところではなかった。
 自分たちの頭の中で鳴っている、「こうあるべき」というサウンドを、完璧にコントロールした状況下で制作したい―。
 スタジオ内で奏でられる音楽とは、何よりも最上位に位置するものであり、ソングライターはもちろん、ミュージシャンでさえも、完璧なサウンド構築のための道具・奴隷に過ぎない。ましてや、そのためには純粋なスタジオ・ワークを優先すべきである。
 そう突き進めて考えると、不完全な再現行動である、ライブに時間を割くのは、もっての外だ―。
 
 というわけで、バンドを一堂に集めて一発録り、というようなシンプルなセッションは、次第に少なくなってゆく。プロデューサーとメイン・ソングライターの3人でスタジオに籠る時間が多くなり、相対的にライブは少なく、レコーディングの間隔も長くなってゆく。下手すると、レコーディングする時間より、3人がスタジオ内で音をいじる時間の方が長いのだ。よって、彼らの間では次第にフラストレーションが溜まってゆき、一人また一人と脱退を表明してゆく。言い方を変えると、非常に合法的なリストラだ。
 
 晴れて自分たちの王国を作り上げたFagen & Becker、Katzは、レコード会社より膨大な予算を引っ張り、贅を尽くした一流ミュージシャンらを次々と起用、終着駅の見えないレコーディングを開始する。
 すべては完璧なサウンドのために。

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 新鋭モデル山口美也子による、エキゾティック感漂うジャケット、ビッグ・バジェットをふんだんに使えることによって実現した、大量の有名ミュージシャンの起用が話題となったアルバムだけど、そういった予備知識を抜きにして、何の先入観もなく聴いてみたとしても、その完成度・録音レベルの高さには、納得できると思う。
 金はかけているけれど、決してわかりやすいゴージャスではない。
 たゆまない手間ヒマと細部へのこだわり、それらが結果的に予算の拡大につながっただけであり、決して予算ありき、オールスター・キャストありきで始まったプロジェクトではない。
 
 正直、万人向けのキャッチーなアルバムではない。当時最高のミュージシャン達の熟練したプレイを堪能するのも良いし、または、極上のAORとして、やや耳に残りやすいBGMとして聞き流すのも良いだろう。
 逆に返せば、そんな間口の広さが、当時も今も新たなオーディエンスを獲得し続けているのだろう。

 覚えやすいフレーズは少ないが、なぜか不思議な吸引力を持つ、そしてどこかに引っ掻き傷を残すようなサウンド。
 その傷口は深く、そして長く残る。
 傷は再び深く、そして大きく広がるのだ。


Aja
Aja
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Steely Dan
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1. Black Cow
 どの曲もそうなのだけど、この曲はFagen &Beckerではなく、Larry Carlton(G) Paul Humphrey(Dr) Chuck Rainey(Bass)らがメイン。特にリズム・セクションの独壇場。ギターやエレピの上物が適所に被さっているけど、メインはHumphreyとRaineyの2人。
 Fagenのヴォーカルも、メインを譲り、プレイを邪魔していない。
 ずっと聴いていたい曲だけれど、なぜ黒い牛?
 
 

2. Aja
 有名な、Steve Gadd(Dr)とWayne Shorter(T.Sax)のインタープレイ。久しぶりに聴いてみたが、やっぱスゲェ!! 
 プレイもさながら、この曲・このサウンドのために、コンポーザーとして、この音を要求したFagen & BeckerとKatzもまた、ナイスな選択。
 全員集めてのセッション録りではなく、セクションに分かれてのレコーディングだったのだけど、見事な一体感があるのはなぜなのか。
 どのプレイも、個々単体ではアクの強すぎるのだけど、そこをプロデュース・チームらがうまく調和させている。
 一流同士のプレイは、高いレベルで親和力をも高めるのだろう。
 Carltonも気張ってギター・ソロを決めている。
 
3. Deacon Blues
 転調に次ぐ転調など、複雑な構造を持つ曲が多いSteely Danとしては、比較的起承転結のはっきりした、このアルバムの中ではわかりやすい曲。Bernard Purdie(Dr)のおかげなのか、Gaddほど音質が重くなく、リズムが少し跳ね気味になっている。その分、倍音が少ない声質のFagenのヴォーカルが、珍しくメインとなっている。
 サウンド至上主義の弊害として、トラックの一構成要素という、シンガーとしては屈辱的な、単なる楽器的な扱いを受けていた(それに甘んじていた面もある。どうにも自信が持てなかったのだろう)ヴォーカルが、ここでは大活躍。興が乗ってソウルフルな唱法を聴かせている。
 Pete Christlieb(T.Sax)もAORっぽく、やや情緒的で良い。
 あまり目立たないけど、Carlton , Lee Ritenour(G)の地味なギター・バトルも上級者にはオススメ。
 久しぶりに聴いたけど、うん、プロの仕事だ。
 ビルボードでは最高19位まで上昇したシングル。
 
 

4. Peg
 Rick Marotta(Dr)、Raineyらリズム隊によって、さらにリズムが軽くなる。
 シングル・カットされただけあって、前曲同様、サビなども口ずさみやすい曲。
 Michael McDonaldらによるコーラス隊も、どこか楽しげ。
 Steve Khan(G)のリズム、Tom Scott(Horn)によるリフも覚えやすく、初心者にも聴きやすい。
 ビルボード最高11位、カナダでは最高7位にまでチャート・インした。
 
 

5. Home At Last
 小編成でレコーディングされた、Purdie とRainey大活躍の一曲。
 全体を引っ張るシャッフル・ビートが気持ちよく、長い時間聴いていても飽きない。
 Carltonもノリノリで引きまくっている。
 
6. I Got The News
 ここまで聴いてきて、このアルバムがRaineyの物であることに、初めて気がついた。Ed Greeneによって、さらに跳ねまくるシャッフル・ビートを、うまく要所を押さえて作り上げている。もちろんコンポーザー達の構成力の賜物なのだけれど、個々の技量レベルが高すぎる。
 特にRainey。不動のリズムを刻んでいる。
 一番Jazzに寄り添った一品。
 
7. Josie
 Carlton大爆発の一曲。ファンクとジャズとソウルの奇跡的な融合。
 Jim Keltner(Dr)の重いサウンドに負けず、Carltonがファンキーに攻める攻める。
 Fagenも”Do it Again”ばりにシャウトを聴かせる。

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 この後3年ほどかけて、彼らは最後の傑作『Gaucho』を生み出す。
 制作中、マスター・テープ紛失のトラブルに見舞われたり、私生活的にもゴタゴタがあったりなど、なにかと呪われたレコーディングには、心底うんざりしたのだろう。
 二人は一時的にコンビを解消、しばらくの間、Fagenはソロ活動、Bekkerはハワイに移住。個々にマイペースな活動、休養の後、90年代半ばになって、突如再結成、これまたマイペースでツアーを行ないながら、時々ソロ活動も並行しながら、近年ではもっぱらアメリカ中心に活動している。以前は頑なに否定し続けていた、ツアー中心の活動である。
 ライブ映像を見てみると、もはや完璧なアンサンブルを求めることはなく、もっと緩い感じのステージ内容になっている。
 もちろん、無名ながらもかなりの腕利きミュージシャンを使っているので、破綻はない。懐メロリサイタルのように、安心して聴くことができる(実際、ターゲットはその辺の年齢層だろう)。
 今頃になってライブで得られる高揚感に目覚めたのか、それとももう、スタジオに籠りっぱなしの、修行僧のように禁欲的なレコーディングには嫌気がさしたのか。
 
 いずれにせよ、Steely Danとしてのアルバム制作は、しばらくなさそうだ。



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北海道の中途半端な田舎に住むアラフィフ男。不定期で音楽ブログ『俺の好きなアルバムたち』更新中。今年は久しぶりに古本屋めぐりにハマってるところ。
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