好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

#80年代歌謡曲のアルバムをちゃんと聴いてみる

80年代歌謡曲のアルバムをちゃんと聴いてみる その7 - 岩崎宏美 『Wish』

folder 1980年にリリースされた、9枚目のオリジナル・アルバム。寺尾聡を始めとしたニュー・ミュージック勢が上位独占していたこの時期、女性アイドルでオリコン最高14位というのは、まずまずの成績。
 この年の岩崎宏美の音源リリースは、『Wish』とシングル4枚、それにライブ・アルバムが2枚。ジャム・バンドじゃあるまいし、ライブ盤はちょっと多いけど、当時のアイドルとしては、まぁ通常ペース。これにカセット・オンリーのベスト盤なんかが入ると、もう月刊・岩崎宏美状態になる。
 一応、カテゴリ的に「アイドル」とジャンル分けされてはいるけど、この時点ですでにデビュー5年目、言っちゃ悪いけど、鮮度はどうしたって落ちる。トップ10に入るヒットも少なくなり、世代交代も進んでいるため、そろそろ方向性を考えなくてはならない時期である。
 今も変わらぬ女性アイドルのお約束である、セクシー・グラビア路線や女優、バラエティ要員など、ザッツ・芸能界的路線に軸足を置かぬまま、岩崎宏美はコンサートや歌番組を主戦場としていた。それでもほんのわずか、拙いエッセイを添えた写真集や、水着グラビアのオファーも受けてはいるけど、その多くは露出の少ないバスト・ショット中心で、あからさまなエロさはない。
 こんなんでも、情報に飢えていた当時の中高生からすれば、充分なごほうびだったのかもしれないな。妄想力と情報量とは、得てして相反するモノであるし。

 そんな男の子たちの青臭い妄想を掻き立てるポジションから徐々に身を引き、岩崎宏美はアイドル以降のステップ、ポップス・シンガーへの転身を進めていた。急激な路線変更ではなく、ポップス・シンガーとティーン・アイドルとのクロスフェードが、本人含め周辺ブレーンが描いていた理想形だった。2年目のジンクスを越えられず、女優やバラエティ、はたまた引退に追い込まれてしまう多くの女性アイドルと違って、岩崎宏美はほぼ歌一本に専念できる環境に恵まれていた。
 とはいえ。
 芸能色の濃いバラエティ番組とは適度な距離を保ち、歌を主軸としたアイドル以降のストーリーというのは、案外前例が少ない。小柳ルミ子ほど妖艶ではないし、桜田淳子のように、バラエティもドラマもこなせるほど器用ではない。
 アイドル以降を生き残った歌手として、アイドルでブレイクすることができず、演歌に転向して活路を見出した石川さゆりという実例があるけど、ポップスのカテゴリとなると、ちょっと思い浮かばない。すごく遡って拡大解釈して、「美空ひばりやいしだあゆみもアイドルだったんじゃね?」といった解釈もあるにはあるけど、まぁ、ちょっとこじつけが過ぎる。
 理想的なロールモデルとして、高橋真梨子や大橋純子の路線が最も近いのかもしれないけど、二十歳前後という年齢では、まだちょっと青すぎる。「となりの宏美ちゃん」的キャラを払底するには、もう少し時間が必要だった。
 こう考えると、二十代前半というのは案外中途半端な年代だ。アイドルというにはとうが立っているし、さりとて大人の女性を演じるには、ちょっと経験値が足りない。

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 同世代の女性アイドルと比べて、彼女が優位に立てるのは歌唱力であるけれど、返して言えば、それだけしか持たない。それだけじゃ足りない、と言い換えてもいい。何かひとつ、飛び抜けた才能があるだけで充分恵まれているけど、でも絶対的ではない。
 幼少時から歌唱レッスンを重ねてきた岩崎宏美は別として、女性アイドルの歌唱力はそれほど高いものではない。ていうか、よほどじゃない限り、その辺は重要視されないし、むしろちょっと不安定なくらいの方が、感情移入しやすい。
 デビュー当時は、歌もダンスも人並み程度だったけど、キャリアを重ねるにつれて、少しずつ向上の兆しが見えてくる。ちょっぴり不器用な少女の成長過程をリアルタイムで見守ることで、ツボにはまった者は心動かされ、そして夢中になる―。
 どの項目もまんべんなく平均値をクリアしているより、突出して秀でているか、それとも劣っているか。人はむしろ、そんなアンバランスに強く惹かれる。精神的にも肉体的にも、まだ成長過程にあるティーン・アイドル、そのファンもまた、アンバランスな存在であることに変わりない。
 ぼんやりした不安とコンプレックスを拗らせた厨二病男子は、欠けている部分に共感を抱き、そして、想いのたけを注ぎ込む。どの時代であれ、その基本原理は変わらない。
 デビューしたてならともかく、中堅歌手となっていた岩崎宏美は、そんな思い入れを受け入れる存在ではない。突き抜けた高レベルの歌唱力は、青少年男子を惹きつけるファクターにはなり得ない。

 アイドルとしてシンガーとして、多くの項目で高いポイントを獲得しているので、どの角度から見てもスキはない。優等生的なキャラではあるけれど、無理やり作られたものではないので、あざとさもない。
 アイドル全盛期をリアルタイムで知っているわけではないので、断言はできないけど、強烈なアンチ・ファンは、ほぼいなかったんじゃないかと思われる。セックス・アピールをほとんど感じない、「となりのお姉さん」的イメージは、世代性別を問わず、抵抗なく受け入れられやすい。
 堅調なセールスに支えられ、歌番組の常連として、「みんなの宏美ちゃん」キャラはお茶の間にも充分浸透した。二十歳以降にリリースされた「シンデレラ・ハネムーン」や「万華鏡」は、大人のポップス・シンガーへの着実なステップアップを印象づけた。
 ただ、突出した個性には欠けるため、熱烈なファンというのは案外少ない。それは再評価の盛り上がりの薄さと確実にリンクしている。
 ぶりっ子キャラを前面に出した松田聖子は、デビュー当時、強いバッシングを受けていたけど、アンチの数以上に、熱狂的なファンと多くのエピゴーネンを生み出した。強烈な生理的嫌悪は、同時にカリスマティックな求心力を内に孕む。
 岩崎宏美は、決してトップ独走するタイプではなかった。ただ、アイドル・レースにおいてトップ争いに汲々とせず、マイペースで別のベクトルを進んでいたからこそ、失速もしなかった。
 結果論ではあるけれど、ティーン・アイドルとしてデビューしたのも最適解だったのでは。変に大人びたシンガー路線で売り出して、迷走したあげく、演歌路線へシフトされていたかもしれないし。
 多くの同世代アイドルが次々に失速してゆく中、岩崎宏美は着実にアイドル路線からの脱皮を推し進めていた。大きな浮き沈みもなく、順風満帆に見えるキャリアに見えそうだけど、それもこれも本人含め、周辺スタッフによる緻密な成長戦略の賜物である。

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 ただ、「大人のシンガー路線」とひと口に言っても、漠然としているのもまた事実である。「アイドル以降」をうまく渡り歩いたポップス・シンガーの成功例は、ほぼなかったと言っていい。
 そのビジョンを最もうまく描けたはずの山口百恵は、結婚・引退を機に、自ら身を引いた。そのラインを引き継げるポテンシャルを有するのは、岩崎宏美しかいなかった。
 急激なセクシー路線への転換は無理があるし、多分、そんなにニーズもない。ダンス/ディスコ路線という選択肢も考えていたかもしれないけど、正直、リズムで映えるタイプではない。いくらキャラが活きるとはいえ、バラード一辺倒では、飽きられるのも早い。
 あまり前向きではないけれど、そんな手探りな消去法を推し進め、たどり着いたのがミディアム・ポップを主体としたAOR路線、つまりこの『Wish』ということになる。やっとたどり着いたよ。
 少女から大人への成長過程を丹念に描き込む基本路線を踏襲しつつ、身の丈に合ったシティ・ポップ路線は、その後の彼女の方向性にも大きく作用している。歌謡曲のフォーマットで制作された「すみれ色の涙」のようなベタなシングルを織り交ぜつつ、80年代以降の岩崎宏美は同時進行で、着実な成長戦略を進めている。あらゆるジャンルを貪欲に取り込んできた歌謡曲のひとつの進化系として、『Wish』もまた、その延長線上に位置している。

 シングルの寄せ集めが主体だった、当時の歌謡曲アルバムの中において、『Wish』はビクターの本気が窺える作品となった。LA録音というキーワードが、どれほどセールスに貢献したかはさておき、純粋なクオリティ面において、作曲家:筒美京平の全面参加が大きく影響した。ほぼシングル主体のオファーしか受けなくなっていた当時の筒美へ、アルバム全曲書き下ろしを依頼したディレクター:飯田久彦は、一体どんな手を使ったのだろうか。
 ただ筒美サイドから見ると、正確なピッチに加え、流麗なメロディを素直に表現できる岩崎宏美という素材が魅力的だった、とも言える。わざわざピアノ演奏で参加までしちゃうくらいだから、その肩入れようはかなりのものである。
 周囲の雑音を極力廃し、短期集中で制作されたLAサウンドは、程よくウェットなメロディ・ラインとマッチして、変な背伸び感やバタ臭さは一掃されている。バランス感覚に優れたディレクションによって、お茶の間にも広く受け入れられるよう配慮したドメスティックな味つけが、「よくできたシティ・ポップ」以上のクオリティとして成立している。
 ソフト~ミディアム・ポップのサウンド・アプローチに軸足を置きながら、ペンタトニック主体の歌謡曲とリンクさせる手法は、この後の岡村孝子ら後発女性シンガーのモデル・ケースとなる。

 ほぼ同時進行で、松本隆は「松田聖子」という素材を用い、アイドルのフォーマットを拡大成長させる壮大な実験を進めていた。その作業は聖子本人に引き継がれ、「脱・アイドル」ではない、「生涯アイドル」という新たなフォーマットを生み出した。
 「アイドル以降」と「生涯アイドル」、交わることのないふたつの行程は、いまだ進行中である。



WISH
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岩崎宏美
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1. WISHES
 筒美京平自らによるピアノ弾き語りという、なかなかレアなセッション。1分足らずのオーバーチュア的な小品ではあるけれど、岩崎のヴォーカル・テクニックを最大限活かすメロディ・ライン、さらにそれを引き立たせるため、余計なアレンジメントを排したことが効果的となっている。
 岩崎にとって、師匠とも先生ともいえる筒美との共演は相当なプレッシャーだったらしく、リラックスさせるため、筒美がワインを勧めたことは、ファンの間では有名なエピソード。

2. 五線紙のカウボーイ 
 澄み切ったスライド・ギターの音色が美しい、カントリー・タッチのミディアム・バラード。シングルでも充分いけそうなクオリティだけど、歌謡曲として見れば、ちょっと地味なのかね。LAのカラッとした空気も作用してか、バッキングの音は申し分ないのだけど、ヴォーカルの響きがちょっとデッド気味、もう少しリヴァーブかけても良かったんじゃないの?というのは大きなお世話か。

3. SYMPATHY 
 後藤次利アレンジのため、ギターにディストーションがかかり、リズムがちょっと跳ねてくる。海外レコーディングのメリットが活きてくるゴージャスなアンサンブルが聴ける。
 1999年にリリースされたセルフ・カバー・アルバム『Never Again〜許さない』にて、ニュー・ヴォーカルで再録されているのだけど、ベーシック・トラックは『Wish』セッションをそのまま使用している。当時のアンサンブルが時代を超えたクオリティであったのと同時に、岩崎自身も(多分)ヴォーカルに不満が残っていたのだろう。
 1999年ヴァージョンのヴォーカルは、マジ必聴。サラッとした旧ヴァージョンに対し、熟成されたヴォーカルの力に引っ張られ、楽曲のグレードが一段も二段も上がっている。



4. STREET DANCER 
 とはいえ、情感のインフレがすべて良い方向に作用するものでもない。シティ・ポップ・ファンにも人気の高い、ライト・メロウな楽曲には、あまり強いキャラクターより、ちょっと軽いヴォーカルの方がフィットしている。
 バッキングだけ聴くと結構ファンキーなプレイなのだけど、たおやかで少しウェットな岩崎のヴォーカルが、演奏のアクをうまく緩和している。大橋純子が歌ったら、セッション・メンバーも喚起されて、R&B色が強くなるんだろうか。



5. KISS AGAIN 
 フェンダー・ローズの危うい音色から入るイントロ、挑発的なギター・カッティングが、アーバン・グルーヴ感満載。煽情的な女性コーラスも、シティ・ポップ・ファンからの支持が熱い。
 こういった曲調だと、普通、ヴォーカリストならちょっと崩して歌ったりシンコペーション噛ましたりなんかして、無理にグルーヴ感演出したりしてダダ滑りするケースが多々あるのだけど、ここでは逆に正確なピッチを崩さない岩崎のスタイルが、聴きやすいライト・メロウ・テイストとして作用している。

6. HALF MOON 
 後藤次利が重厚なロック・アレンジで頑張っているけど、なんか歌謡ロック臭が漂って、LAっぽさがあんまり感じられない。やたらギター・ソロが長いんだけど、ウェットなフレーズが70年代テイストなので、アルバム・コンセプト的にはちょっとミスマッチ。

7. 女優 
 20枚目のシングルとして先行リリースされているけど、ここで収録されているのは新録ヴァージョン。ディスコ・テイストのシングル・ヴァージョンと、グルーヴ感を強調してテンポを落としたアルバム・ヴァージョン、アングルの違いだけでクオリティはどちらも高いので、好みは人それぞれ。
 前述の『Never Again〜許さない』に新録ヴァージョンが収録されているのだけど、テクニックのさらなる向上ゆえ、歌詞の説得力が凄い。「歌詞が入ってくる」感覚を味わえるのは、こちらの最新ヴァージョンかな。



8. ROSE 
 やはり後藤次利といえば、ベース・プレイがなくちゃね。ボサノヴァ・タッチのメロディを、リード楽器ばりに前面に出てシンプルなアンサンブルを盛り立てている。
 単に声量が合ったり声域が広いのではなく、楽曲に応じて様々なアプローチで対応できるのが、岩崎宏美のポテンシャルの深さである。
 間違いない音程で歌うこと、それは確かに大切だけど、それだけじゃ足りない。同世代アイドルを横目に彼女が生き残ってこれたのは、シンガーとしての基礎体力の違いだった。

9. 処女航海 
 来生たかおみたいなピアノ・コード、ユニゾンするフルート(?)、さらに加わるギター・カッティングとストリングス。まるでお手本のような70年代歌謡曲アレンジによって、ここだけ異空間。ただ妙な圧とグルーヴ感は、日本人のDNAを刺激する。
 何でなのかと思ってクレジットを見てみたら、この曲だけ作詞が阿久悠だった。多分、曲先で書かれているはずだけど、傷心の女性が一から前向きに歩み始めるストーリーが、岩崎のヴォーカルにもアレンジにも、そして演奏にも確実に作用している。
 「私は今 孤独の海に 船を出します」という言葉を、動ぜずに爽やかに歌い上げる岩崎もまた、阿久悠の吐き出す言葉の礫をしっかり受け止めている。

10. 夕凪海岸 
 歌謡曲とAORが程よく混ぜ合わされ、むしろ前者のテイストがやや勝っているため、お茶の間的には相性が良い楽曲。ステージで映える楽曲だよな。

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11. 最後の旅 
 さらに歌謡曲テイストが強くなる。ほんとにLA録音か?と疑ってしまうくらい、アイドルっぽさが強く出ている。「Aメロ→Bメロ→サビ」という王道パターンが、ここにきて裏目に出ちゃったのかね。

12. WISHES (リプライズ)



Never Again 許さない
Never Again 許さない
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岩崎宏美, 有馬三恵子, ドリアン助川, 康珍化, なかにし礼, 阿久悠, 山上路夫, 島健, 山本健司, 後藤次利, 川口真
ビクターエンタテインメント (1999-03-20)
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ゴールデン☆ベスト デラックス~ザ・コンプリート・シングルス・イン・ビクター・イヤーズ
岩崎宏美, 阿久悠, 阿木燿子, 山上路夫, 三浦徳子, なかにし礼, 康珍化, 松本隆, 山川啓介, 松井五郎, 山口洋子
ビクターエンタテインメント (2015-04-22)

80年代歌謡曲のアルバムをちゃんと聴いてみる その6 - 沢田研二 『G.S.I LOVE YOU』

Folder 80年代の華麗な幕切れを象徴する、ジュリー29枚目のシングル「TOKIO」は、1980年1月1日にリリースされた。曲調もコスチュームも演出も、シングルごとにガラリと変え、その都度、センセーショナルな反響を巻き起こしていたのだけど、この曲が与えたインパクトは特に、それまでのイメチェンを軽く超えていた。
 ひとつのロール・モデルとしていたと思われる70年代のデヴィッド・ボウイが、「トム少佐」やら「ジギー・スターダスト」やら「シン・ホワイト・デューク」やら、アルバムごとにキャラクターを変えていたのに対し、ジュリーはさらに速いペース、3ヶ月ごとにイメージチェンジを繰り返していた。一般的に歌手やタレントを売り込む場合、キャラクター・イメージが浸透するまで、あまり路線変更しないのが常だけど、そんな常套手段を当時のジュリーは選ばなかった。
 「常に変化し続ける」ことが規定路線となり、「次はどんなスタイルでビックリさせるんだ?」と、逆に期待感を煽らせたのが、結果的に作戦勝ちだった、ということである。バラードからシャンソン、オールディーズまで、あらゆるジャンルを取り込んだ唯一無二の歌謡ロックと、軍服をモチーフにしたり上半身シースルーだったりと、常にお茶の間の意表をついたコスチュームは、北海道の中途半端な田舎の小学生にも、強烈なインパクトを与え続けたのだった。
 近年の平井堅が、そんなジュリーのメソッドをなぞっているのか、シングルごとに曲調や演出を変えているけど、いまいちインパクトは弱い。ジュリーのように、楽曲コンセプトから希求されたビジュアルではないので、「単なる変わり者」で終わってしまっているのが、ちょっと惜しい。

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 ジュリー史的に、この「TOKIO」はキャリアの大きな節目となっている。これ以降も歌謡界のルーティンに則って、3ヶ月ペースのシングル・リリースを続けてゆくのだけど、次第に歌謡ロックの範疇からはみ出すことが多くなってゆく。
 いち早くニュー・ウェイヴ・テイストを取り込んだ先見性、過激さを増してゆくビジュアル・センスなど、様々な要素が絡み合っての結果なのだけど、その大元となったのが、この時期に行なわれた制作ブレーンの大幅改革であることは、意外と知られていない。ていうか俺も今回、初めて知ったことだけど。
 ソロ転向後のジュリーの制作ブレーンは、プロデューサー:加瀬邦彦と井上堯之バンドが中核となっていた。キーボード:大野克夫による作曲と、作詞家:阿久悠のタッグによる楽曲を、歌謡ロックのフォーマットでアレンジするのが黄金パターンとなっていた。「勝手にしやがれ」も「時の過ぎゆくままに」も、その手法でシングル・ヒットにつながった。
 とはいえ、さすがに10年も同じ顔ぶれでやっていれば、引き出しも少なくなってくるし、ネタだって尽きてくる。安定した演奏テクニックに裏づけされた、盤石のアンサンブルを誇る井上堯之バンドは、ジュリーの大抵のオーダーに応えてはいた。いたのだけれど、熟年夫婦のような倦怠感が漂うのは、もう避けようがない。
 そんなルーティンをちょっとはずして新鮮味を加えようと、「TOKIO」の作詞は、ここ数作での常連だった阿久悠から、新進コピーライターとしてイケイケだった、糸井重里を起用している。無骨でありながら、繊細な男の美学を追求した世界観を捨て、ポップでチャラい浮き足立った言葉は、プラスチックな質感のパワー・ポップを希求した。そういう意味で、フットワークの軽い加瀬邦彦の起用は、「TOKIO」の世界観に見事にフィットしていた。
 のちに軽薄短小と形容される、80年代初頭の空気感を内包したテクノ風味の歌謡ロックは、70年代の旧タイプ:歌謡ロック・ジュリーを見事に一掃した。GSサウンドの延長線上で完成度を高めていったジュリーの歌謡ロックは、「TOKIO」を経ることによって、新たなステージへと移行した。
 ただ、ジュリーまたは加瀬邦彦によるコンセプトが先行し過ぎたのか、バンド・メンバーとの乖離が広がり、その破綻は瞬く間に訪れた。電飾が散りばめられた軍服風のコスチュームに加え、パラシュートは背負うわ当時としては珍しかったカラコンを装着するわ、一連のド派手で奇矯なパフォーマンスは、基本、オーソドックスなロック・サウンドを志向する井上堯之らの意に沿うものではなかった。
 「TOKIO」のヒットで沸く世評をよそに、彼らはジュリーのバックを続けることを拒否、長年続いたパートナーシップは解消、同時にバンドも解散となる。

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 そんな舞台裏のゴタゴタが当時のお茶の間に伝わるはずもなく、ジュリーはほぼ毎日のようにテレビに出ずっぱり、歌にバラエティに芝居にで、喝采を浴びていた。正直、バック・バンドの面々が変わっていても、ほぼ誰も気にならなかった。
 GS人脈で固められていた井上堯之バンドから一新、のちに「エキゾティックス」と改名する新バンド・メンバーたちは、これまでとはベクトルの違う音楽性にあふれていた。歌謡ロックの延長線上のサウンド・アプローチから、UKニュー・ウェイヴ/ニュー・ロマ的なサウンドの導入を構想していたジュリーにとって、メンバーの刷新は必然だった。
 従来の職業作家や、いわば身内のGS人脈による楽曲制作スタイルの固定をやめ、トレンドに沿ったニュー・ウェイヴ以降の若手ソングライターを積極起用、時流やコンセプトの流動化にも即時対応できるバンド・アンサンブルの強化。これらが、ジュリー:80年代の基本コンセプトだった。
 これまでとは毛色の違った人脈形成を進めることができたのは、ソロ・シンガーであり芸能人である前に、生粋のバンドマンだったジュリーの意向が強かったと思われる。加えて、当時の所属先だったナベプロは、ロック/ニュー・ミュージックの専門部署「ノンストップ」を手掛けており、そこには有名無名のクリエイターが多数在籍していた。当時はまだ無名だった山下久美子や大沢誉志幸をはじめ、新進気鋭のアーティストやソングライターが凌ぎを削っており、その後のジュリーのアルバム制作にも関与してくることになる。

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 セルフ・パロディのようなジャケットといいコンセプトといい、『G.S.I LOVE YOU』は後ろ向きな企画に思えてしまうけど、先入観抜きで聴いてみれば、そんな疑念は一掃される。単なるノスタルジーではない、ニュー・ウェイヴのフィルターを通した80年代仕様のサウンド・プロデュースによって、非・歌謡曲ユーザーにもアピールする内容に仕上がっている。
 当時、サウンド・プロデューサーとして頭角をあらわしていた伊藤銀次、また、その彼の強いプッシュによって、ブレイク前の佐野元春が参加していることも、世代交代を強く印象づけている。2人に共通していたのは、様式化しつつあった70年代日本のロック・シーンに馴染めず、独自の路線を模索していた点にあった。
 そう考えると、同様にロック・シーンからは「GS上がりが」とつまはじきにされ、歌謡界でも、どのグループ派閥にも属さず、独立独歩の姿勢を貫いていたジュリーもまた、似たようなものだった。

 1981年のオリコン年間アルバム・ランキングを見てみると、寺尾聡の「リフレクションズ」がぶっちぎりのトップで、次が「ロンバケ」、3位がアラベスク、といった布陣。中島みゆきやオフコースなど、フォーク/ニュー・ミュージックが全盛の頃であり、日本のロックは上位に入っていない。
 辛うじてロックと言えるのは横浜銀蠅くらいで、あとひねり出すとしたら、「キッスは目にして」のヴィーナスだけ、といった体たらく。いずれも、直球のロック・サウンドとは言いがたい。
 『G.S.I LOVE YOU』はオリコン最高23位、年間チャートには顔を出していない。職業作家が手掛けたロック「っぽい」サウンドはお茶の間でも認知されていたけど、「ちゃんとした」ロックの需要はまだごく少数だった、というのが窺える。
 当時の歌謡界のセオリーとして、テレビの歌番組出演でシングル認知→ヒットの余韻で地方営業というのが定番だった。アルバムとはヒット・シングルを集めたベスト盤であり、コンペに落ちたシングル候補曲や、あり合わせのカバー曲で曲数の帳尻を埋めるのが、これまた定石だった。
 当時のナベプロの稼ぎ頭であり、キャリアも重ねていたこともあって、ジュリーのアルバム制作環境は、比較的恵まれた方だった。バンドマン上がりということで、サウンドやコンセプトへのこだわりも強かったため、どのアルバムも丁寧に作られている。それにもかかわらず、シングル偏重の歌謡曲の論理が強かったせいで、まともなアルバム・プロモーションは行なわれなかった。それが当時のチャート・アクションに如実にあらわれている。
 丁寧にコンセプトを練り、新進気鋭のスタッフ/ブレーンの英知を結集した作品が、「歌謡曲だから」という偏見で見過ごされてしまったのは、その後の日本のロックの方向性において、大きな損失だった。ま、そこまではちょっと言い過ぎだけど。
 でも、ヒデキのレビューでも書いてきたように、シングルの埋め草・寄せ集めで構成されたアルバムではなく、ポリシーを持って手間ヒマかけて作られたモノが、固定ファン以外には、存在すら知られなかった―。それは、「歌謡曲だから」とまともに論評しなかった当時の音楽メディアの偏向ぶりが起因しているんじゃないかと思われる。

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 活動歴の長いジュリーのキャリアには、大きな転換点がいくつか存在する。当初は、シングル・チャートで大きくランクを落とした井上陽水との「背中まで45分」・『MIS CAST』を中心に書こうと思っていたのだけど、それはまた次回。


G.S.I LOVE YOU
G.S.I LOVE YOU
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沢田研二
ユニバーサルミュージック (2005-03-30)
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1. HEY! MR. MONKEY
 ジュリー作曲によるGSテイストのロックンロール。全体的にこのアルバム、伊藤銀次の嗜好によりビートルズっぽいアレンジが多いのだけど、ここはジュリーのルーツであるストーンズらしさが強く打ち出されている。60年代を意識したのか、初期ステレオっぽい位相のミックスも、曲調にフィットしている。

2. NOISE
 「Satisfaction」に思いっきり寄せた、ストレートなロック・チューン。実際に街で録られたSEオープニングやスナッピーの効いたスネア、ドスの入ったコーラスといい、ミックスの遊びがかなり前に出ている。ポスト・パンクを意識したサウンド・メイキングは凝りに凝っており、ストレートなバンド・サウンドじゃ古臭くなっちゃうことを回避しているんだろうけど、あれこれいじる前のネイキッド・ヴァージョンも聴いてみたいところ。

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3. 彼女はデリケート
 佐野元春作による、こちらもマージー・ビート色の濃いロックンロール。ジュリーのヴォーカルも、正統R&Rに準じたバディ・ホリー・スタイルで臨んでいるけど、これは元春のデモ・テープからインスパイアされたんじゃないか、と。
 俺がこの曲を知ったのは、多くの人同様、元春のセルフ・カバーで、そちらの方が基準になっているのだけど、E. Street Band色の強かったハートランドの演奏がアメリカン・テイストだったのに対し、ジュリー・ヴァージョンはUK色が強い。どっちがいい・悪いはないけど、こなれた演奏・ヴォーカルの元春ヴァージョンより、未完成でレアな味わいのジュリー・ヴァージョンの方が、曲のコンセプトに沿っているんじゃないかと、最近は思う。

4. 午前3時のエレベーター
 「Be My Baby」の黄金リズム・パターンを使った、ムッシュかまやつ作の三連ロッカバラード。ムッシュという人は、正直、あんまり詳しくなかったのだけど、こんな色気のあるメロディをかける人だった、と改めて気づかされた。もしかして、多くの音楽ユーザーは、ムッシュというソングライターの凄さを、充分にわかっていないのかもしれない。
 万人向けの大名曲ではないけれど、ふとラジオからかかると、つい耳が惹かれてしまう、そんな曲。それを狙っていたのかな。



5. MAYBE TONIGHT
 プレスリーの「冷たくしないで」を80年代にヴァージョン・アップさせたような、オールディーズ・タイプのロックンロール。ややゆったり目の、ベース・ラインが引っ張るアンサンブル、レトロなオルガンの響きでほっこりしてしまう。

6. CAFÉビァンカ
 伊藤銀次いわく、「ビートルズ『Till There Was You』を意識したアレンジ」と言ってしまっている、ほんとまんまのサウンド。週末夜更けのAMラジオから流れてきそうな、まったりした優しい響き。ニュー・ウェイヴだ80年代だ、って飾り文句を必要としない、エヴァーグリーンのカフェ・ビアンカ。

7. おまえがパラダイス
 アルバムと同時発売された、32枚目のシングル。オリコン最高16位、後期ビートルズっぽいテイストが、シングル候補として挙げられたのかね。メロディはオールディーズっぽく大人しめなのだけど、当時の歌番組の映像では、かなり気合の入った演奏とヴォーカルを見ることができる。
 海老茶のレザー・スーツを腕まくりし、スタンド・マイクでのオーバー・アクションは、お茶の間サイズを軽く飛び越えている。こんなのを毎週やっていたジュリーと、番組制作スタッフの気概がバシバシ伝わってくる。こんな熱気があったんだな、80年代って。



8. I'M IN BLUE
 のちに佐野元春がセルフ・カバーしており、そのヴァージョンは『Someday』に収録されているのだけど、改めて聴き返すまで、その存在を忘れていた。正直、俺の中ではあんまり印象に残らない、中庸な曲だったのだけど、これを聴いて印象が変わった。『Rubber Soul』期のフォーク・タッチを取り入れたアレンジ、声質的には元春より艶のあるジュリーのヴォーカルによって、レベルが確実に一段上がっている。

9. I'LL BE ON MAY WAY
 他の曲のアレンジ作業中に沸き上がった発想をモチーフとして、その場で収録が決まった、伊藤銀次作曲のフォーク・ロック。アコギの絡め方はKinks、コーラスなんかはBeach Boysなど、まぁいろんな要素が突っ込まれているけど、そんなミスマッチ感をジュリーのヴォーカルで強引にまとめてしまう、そんな力技が発揮された投入カロリーの高い曲。
 逆に言えば、これってジュリー以外には、歌いこなすのムリだな、きっと。

10. SHE SAID……
 自作曲ではないけど、ひそかに元春がバックコーラスで参加。まだ変声期前のような若々しい声。こうやって並べて聴いてみると、甘さとワイルドネスが同居した、色気のある声質は、唯一無二のものだよな。

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11. THE VANITY FACTORY
 ちょっとGSテイストからははずれた、ストーンズ・タイプのダークな味わいのロックンロール。テンポを上げれば、「My Generation」も入ってるかな、ギターのリフなんかは。
 元春ヴァージョンはテンポが上がり、ソリッドな仕上がり。ちなみにジュリーがコーラスで参加している。俺的にはこっちの方がオリジナルだけど、ジュリー・ヴァージョンの方が奔放なヴォーカルで「ロック」なんだよな。

12. G.S.I LOVE YOU
 ラストを飾るにふさわしい、ジュリー作のひっそりしたバラード。大仰なものではない、軽やかに、そしてそっと寄り添うかのような優しさにあふれている。まるで讃美歌のように、そのたおやかな響きは、聴く者の心を癒す。
 ―懐かしい宴はもう終わり、そろそろ現代へ帰る時間だよ、と。



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80年代歌謡曲のアルバムをちゃんと聴いてみる その5 - 郷ひろみ 『比呂魅卿の犯罪』

7c585450 1983年リリース、郷ひろみ15枚目のオリジナル・アルバム。サウンド・プロデュースを務めた坂本龍一主導のもと、YMO関連のアーティスト/ミュージシャンらが多数参加したアルバムとして知られている。
 逆に言えば、これ以外、郷ひろみの代表作と言えるアルバムはない。俺が知らないだけかもしれないけど、多分、極めて少ない。時代ごとに代表曲はあるし、ベテランながら、いま現在もコンスタントにシングルをリリースしているくらいなのに、アルバムに至っては、そこまで話題になることはない。
 リリース当時、俺が定期購読していた「FMファン」にも、レビューが載っていた。FM雑誌の中では硬派だった「FMファン」が取り上げるくらいなので、業界内でもそれなりの期待値が上がっていたのだろう。
 そんな前評判にもかかわらず、思惑ほど売れなかったのか、それともソニーがいい顔しなかったのか、プロジェクトとしては単発で終わってしまう。同様のアプローチでもう1、2枚くらいたたみかけていれば、郷ひろみファンやYMOファン以外にも浸透したかもしれない。
 ただ、この前年には「哀愁のカサブランカ」が大ヒットを記録、それに乗じて洋楽カバーアルバムを立て続けに2枚もリリースしている。ソニーとしては、AOR洋楽カバー路線で推したかったのだろう。

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 80年代前半までは、「哀愁のカサブランカ」やら「お嫁サンバ」やら、コンセプトの振り幅の大きいシングルをスマッシュ・ヒットさせていた郷ひろみだったけど、後半に入ると、松田聖子との破局 → 単身渡米しての長期休暇 → 二谷友里恵との結婚と、芸能活動は停滞してゆく。ていうか、後半は芸能ゴシップばかりで、目立った仕事は残していない。
 芸能界の世代交代がドラスティックに行なわれたこの時期、何も郷ひろみだけが特別だったわけではない。新御三家のくくりで言えば、西城秀樹もまた、デビューから所属していた事務所からの独立を経て、テレビの露出も少なくなっていた。2人と違って、もともと華やかな表舞台からは一歩引いたスタンスの野口五郎も、マイペースな活動ぶりだった。
 80年のたのきんトリオのデビューによって、男性アイドル事情は一挙にジャニーズ一色に染め上げられていった。新田純一や竹本孝之など、他事務所からも新人アイドルが続々デビューしたけれど、どれも牙城を崩すには至らなかった。
 ソロが隆盛だった女性アイドルに対し、その後のシブがき隊や少年隊など、男性アイドルはユニット形式が主流となってゆく。その煽りでか、同じくジャニーズ所属であったはずの川崎麻世も旧世代扱いとなってしまい、アイドル第一線からの撤退を余儀なくされた。
 ジャニーズOBであった郷ひろみもまた、そんなご時勢に流されて、アイドル路線から大人の歌手へと脱皮することになる。
 ―と言いたいところだけど、そう話を持っていきたいのではない。
 彼のアイドルからの脱皮は、もっと早い段階で行われていた。

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 西城秀樹のレビューでもちょっと触れたけど、ジャニーズ退所以降、いち早くマスコット的キャラクターから脱し、ザッツ芸能界的なエンターテイメント路線へシフトしていったのが、郷ひろみだった。
 演出家久世光彦は、中性的な王子様ルックスの郷ひろみのキャラクターをデフォルメして、セルフ・パロディ的な2枚目キャラ・宇崎拓郎を創出した。時にムーディに、時に体を張る、そんな貪欲な姿勢は、ローティーン以外のお茶の間層にも幅広い好感を得た。
 もともと新御三家の中において郷ひろみ、シンガーへのこだわりが最も薄かった。個性の強い声質でありながら、声域自体はそれほど広くなく、また他2人に比べると、音楽性がどうした・コンセプトがどうの、というこだわりもなかった。じゃないと、「誘われてフラメンコ」なんか正気で歌えるはずがない。
 歌一本でやってゆくほどの覚悟はなく、広く浅く何でもこなせるエンターテイナーこそ、郷ひろみにとって最もふさわしいポジションだった。そんな、何事においてもニュートラルな姿勢はマルチな才能として開花し、コメディから時代劇、トレンディ風ドラマまで、幅広く演じていった。
 本業の歌でも、「セクシー・ユー」から「How many いい顔」まで、ベスト10常連として、堂々胸を張れる実績も残している。当時のグラビアを見てみると、セックス・アピールだってハンパない。まさに何でもアリだ。アリなのだけど。

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 大抵のことは器用にこなせる。けど、どれも極める一歩手前で引いてしまう。
 芯まで熱くなれる人ではないのだ。熱く見える「郷ひろみ」を演じることはできても、熱い「原武裕美」にはなれない。そういうことだ。
 「歌」が歌いたくて歌手になったヒデキや五郎と違って、郷ひろみにとっての「歌」は、ひとつの手段に過ぎなかった。ステージに立って注目を浴びること/浴び続けることが、彼の目標であり、レーゾンデートルだった。
 ステージに立てれば、歌でも芝居でも、何でもよかった。ただ、ルックス以外で、人よりちょっと秀でていたのが「歌」だった。当時の芸能界は、歌手か俳優、どちらかの選択肢しかなかった。なので、彼は歌手としてデビューした。さして下積みを経験することもなく、彼のキャラクターはローティーン女子に広く深く受け入れられた。
 新御三家の中で、最も芸能界との親和性が高かったのが、郷ひろみだった。そりゃ人並みに苦労もしているだろうけど、生まれながらの高スペックと器用さもあって、早い段階でスターとしての萌芽を見せている。
 返して言えば、そのスターとしてのオーラが強すぎたため、純粋な音楽面での評価が問われることはなかった。いわゆるネタ的な扱いでフィーチャーされることはあれど、シンガー郷ひろみとしての、まっとうな評価・分析はいまだ成されていない。多分、今後もないだろう。

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 教授を筆頭として、クレジットには、YMO周辺のミュージシャンや糸井重里、忌野清志郎ら、俺世代ならピンと来る「ビックリハウス」人脈の面々が名を連ねている。当時のサブカルの有名どころが参加しており、これだけのメンツを揃えたのだから、さぞキレッキレのサウンド・アプローチなんだろうな、と思って聴くと肩透かしを食う。
 いわゆる歌謡曲や、ニュー・ミュージック系アーティストの作品よりは独創的だけど、あくまで商業音楽の範疇でまとめられており、そこまでの脱線ぶりではない。郷ひろみを凌駕するほどのキャラクターを誰も持ちえなかったのか、それとも、ビジネスライクに手堅くまとめちゃったのか。
 この時期のサブカル勢の多くに言えることだけど、80年代リバイバルによるノスタルジー的な再評価はあるけど、メジャーに行った途端、変に角が取れるか鋭くなるか両極端で、具体的な成果を残した者は、案外少ない。清志郎なんかはまた別枠だけど、どっぷり時代の空気に染まりすぎた者ほど、風化の度合いが激しい。
 どの時代にも言えることだけど、その時代の空気やムードを体感しないと、理解できないことってあるんだよな。シティ・ポップも一周回って再評価されてるけど、そこからこぼれ落ちてしまった流行りものの、そりゃ多いことといったらもう。

 こんな濃いメンツの中では異色のコンビ、中島みゆきと筒美京平によるシングル曲「美貌の都」が、最も普遍性が高い。常に時代を先読みしていながら、決して寄り添うことのない、それでいてヒット曲のセオリーを理解している2人がガチで組み、「美貌の都」は作られた。シングルとは別バージョンでの収録だけど、職人的アプローチで書かれた言葉とメロディは、決して古びていない。
 とはいえ、「普遍性があるから良い」といった、単純な話をしたいのではない。メジャーの潤沢な予算と設備を使い、どうしたってある程度のヒットを見込める「郷ひろみ」というポップ・イコンをネタに、友人・知人そのまた知人を巻き込んで、好き勝手にいじくり弄ぶことを目論む教授。
 そんな彼のよこしまな企みを楽しむこともまた、一興である。

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郷ひろみ
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1. 比呂魅卿の犯罪
 作詞:中島みゆき・作曲:坂本龍一という組み合わせを思いついたのが、プロデューサー酒井政利。喰い合わせは悪そうだけど、楽曲としてはきちんとしたポップ・ソングとして成立している。よくこんなの思いついたよな。
 郷ひろみというヴォーカルをひとつの楽器として捉え、思ったよりテクノ・ポップ調に寄らず、メロディアスなストリングスを要所に持ってきて、基本は細野・ユキヒロによるリズム・セクションを中心としたバンド・サウンド。デジタルに移行する寸前の、80年代初頭のアナログ・レコーディングは、カラオケだけでも一聴の価値がある。
 歌詞のみというオーダーに不慣れなせいもあってか、教授のメロディにみゆきが言葉を合わせている、といった印象。「棘にからんだ 絹のドレスが ぴりり」など、光るフレーズはあるのだけど、どこかまとまりが薄い。アルバム・コンセプトを象徴するにはいいけど、シングル候補としてはちょっと印象が薄め。
 当時は気づかなかったけど、今になって歌詞に目を通してみて思ったこと。これって思わせぶりに、おねショタのことだよね?



2. 君の名はサイコ
 当時、サブカル界の大御所だった糸井重里が作詞を担当。コピーライターとして現役バリバリの頃で、インパクトのあるタイトルを思いついて、そこから広げました的な、まぁ無難な出来。本職じゃないし、あとは郷ひろみが歌ってくれりゃ、どうにでもなるでしょ、的な潔ささえ窺える。
 制作サイドが求めていた、シンセ多めのテクノ・ポップは、確かに声質との相性が良い。ネーム・バリューで教授にオファーしたのは、ある意味正解だったけど、考えてみれば彼よりも歌謡曲へのリスペクトにあふれている近田春夫にディレクションさせたら、いい意味で下世話に仕上がったんじゃないか、と思われ。

3. 愛の空中ブランコ
 再び、糸井重里。童謡で使いそうなクラリネットと、メロディとシンクロしたリズム。これって「めだかの兄弟」をリズム・アップグレードしただけだよな。これくらいわかりやすくしてやらないと、大衆歌謡曲ではないのだ、という教授のポリシーなんだろうか。
 ダブル・ヴォーカルとエフェクトを適度に交ぜた郷ひろみのヴォーカルは、無機質性が強調されて、サウンドとの親和性が高い。エキセントリックな主題を歌いこなせるのは、やはりこの人しかいない。解釈も何もないもんな。

4. 夢中
 詞・曲とも忌野清志郎+坂本龍一の共作。「い・け・な・いルージュマジック」のコンビによるもので、それをウリにすることもアリだったんだろうけど、中途半端なブルース・タッチのアレンジは、如何せん地味。頭で考えるブルース・アレンジだから、どうしてもチグハグだし、ましてや郷ひろみ、ブルース成分はまったく言っていいほど皆無だし。
 清志郎成分が強いためか、どうにかピッチは合わせているけど、歌いこなすには難しい曲。井上陽水や矢野顕子クラスじゃないと、清志郎を凌駕するのはちょっとムリなのか。

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5. 独身貴族
 で、その矢野顕子が作曲で登場。さすがに自由奔放なアッコちゃんでも、楽曲提供ということで、メロディも歌謡曲セオリーに収めているけど、教授のアレンジがとっ散らかってプラマイゼロ。ドラムはドスドス重いわシンセで変な音出しまくるわ、アウトロでトリッキーなギター・ソロでフェード・アウト。何がしたかったんだ。

6. やさしさが罪
 半分アマチュア勢が多かったこのアルバムの中で、数少ないきちんとしたプロ作詞家・三浦徳子が参加。作曲の見岳章は当時、一風堂で有名だったけど、この5年後に「川の流れのように」を書き上げた人。泡沫扱いだったサブカル勢の中では、メイン・カルチャーのフィールドで成功を収めた数少ない一人である。まぁそれが勲章かと言えば、微妙だけど。
 メロディと言葉がしっかりしてる分、最もちゃんとした歌謡曲しているのが、この曲だと言ってよい。なので、プラスチックな質感だった郷ひろみのヴォーカルも、ここでは少し熱を帯びてシンガーの面が強調されている。

 だけど この街は 暗い砂時計
 さらさらと 愛をこぼしているだけ

 教授のシンセをもっと控えめにすれば、今でも充分通用する楽曲である。古いスタイルの楽曲だけど、俺世代には充分ヒットする力を秘めている。

7. 美貌の都
 シングルのアレンジと差別化を図りたかったことはわかる。わかるのだけど、なんでこんな気の抜けたラテン・レビューっぽく仕上げちゃったのか。歌詞の世界観も骨抜きにされちゃって、イマイチ。
 何かと思うところもあったのか、結構間を置かずにみゆきもセルフ・カバーしてるけど、こちらは後藤次利アレンジによるロック・ヴァージョン。ひいき目抜きにして、こっちの方が俺的には好み。

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8. 毀(ほ)められてタンゴ
 再びプロ作詞家・三浦徳子の登場。やはり譜割りを念頭に入れた言葉を選んでいるため、教授のふざけたメロディ、アレンジにもきちんと適応して、万人向けの歌謡曲になっている。「誘われてフラメンコ」を80年代にやってみたらどうなるだろうか、という実験は、見事に換骨奪胎されて、ごく普通の歌謡曲として仕上げられている。教授の毒が、プロ作詞家とシンガーにねじ伏せられた印象。だからもう、サブカルって…。

9. 毎日僕を愛して
 ちょっと「David」っぽさも感じられる、矢野顕子作曲によるテクノ(風)ポップ。アッコちゃんのほんわか風味と無機質な郷ひろみのヴォーカルとの相性は、案外悪くない。悪くないのだけど、この曲で注目すべきは後半。デュエットで絡んでくるアッコちゃん、次第に興が乗ったのか、制御不能のスキャットまで始めてしまい、最後は主役を食ってしまう。
 それを野放しにしてしまう、教授の底意地の悪さと言ったら。

10. だからスペクタクル
 ラストは7分にも及ぶ大作で、しかも郷ひろみ作詞・作曲によるもの。非現実的かつ抽象的な、ちょっと哲学かじった言葉を散りばめながら、その実、大したことは何も言っていない歌詞世界は、ある意味、郷ひろみのアイデンティティをかなり忠実に象徴している。そう、「お嫁サンバ」も「林檎殺人事件」も、享楽的な空虚であるからこそ、彼にフィットしているのだ。
 「スペクタクルに生きよう」と言い放ちながら、「輝く世界求め 果てない宇宙へ旅立とう」と、なんか頭悪そうな言葉を歌い上げる郷ひろみ。いや冗談じゃなく最高だ、郷ひろみ。7分という時間が、あっという間。

11. 美貌の都 (single ver.) (BONUS TRACK)
 で、同じ思わせぶりな言葉だとしても、筋金入りの女が紡ぐ言葉の礫は、重みが違う。いつ・どことも知れぬ状況設定でありながら、みゆきの書く言葉は、虚飾にまみれた人々の内実を、さり気なくえぐり取っている。





THE GREATEST HITS OF HIROMI GO
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北海道の中途半端な田舎に住むアラフィフ男。不定期で音楽ブログ『俺の好きなアルバムたち』更新中。今年は久しぶりに古本屋めぐりにハマってるところ。
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