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 1984年リリースの6枚目、初のチャート1位を獲得したオリジナル・アルバム。タレント業と二足のわらじという浮わついた印象から、地に足のついたアルバム・アーティストへと、大きくイメージ・チェンジした。
 公私を共にするパートナー山下達郎が総合プロデュースを行なっているのだけど、あの偏屈な男がクリエイター・エゴを抑え、ここではまりやのヴォーカルとメロディが最も映えるサウンド・メイキングに徹している。自分の作品だったら、ひと捻りもふた捻りもしているはずなのに。
 この時期の達郎は、それまでのバンド・セッション中心のレコーディング・スタイルから、DTMによる独りデジタル・サウンドへ移行しつつあった頃。慣れぬMIDI機材で試行錯誤を繰り返していたため、自分名義の作品はどれも閉塞的、パーソナルな色彩が強い。要するに、地味なサウンドだった。
 なので、変に堅苦しいメッセージやコンセプトを必要としない、まりやのサウンド・プロデュースは、当時の達郎にとっても、いい気分転換になったんじゃないかと思われる。オリジナリティはあれど、エゴの少ないまりやの楽曲を素材として、気軽に楽しく聴けるコンテンポラリー・サウンドを目指したトラック作成は、ちょうどいいガス抜きとして作用した。

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 休業前のまりやのレコード・セールスは、お世辞にも芳しいものではなかった。
 デビュー当初こそ、キリンレモンや資生堂など、大きなタイアップによるスマッシュ・ヒットはあったけど、80年代に入ると、そういったブーストも少なくなる。新曲がリリースされても、ほとんど話題にもならなかった。休業前の最後のシングル「ナタリー」はオリコン最高70位、ついこの前、40周年記念エディションがリリースされた「ポートレイト」に至っては、記録すら見当たらない。
 うっすらリアルタイムで覚えている俺の中でのまりやは、「不思議なピーチパイ」と「レモンライムの青い風」。いずれもCMの大量出向で耳に残っている。
 それらに付け加え、今では「セプテンバー」も初期代表曲のひとつとなっているけど、当時はそこまで幅広く認知されていたわけではなかった。「TVサイズの爽やかな夏」というのが、当時のまりやのイメージだった。
 アーティストとしてのポジションは、杏里や石川優子あたりとひと括りにされていた。いわゆる「アーティスト」の看板を掲げてはいるけど、完全な自作自演ではなく、多くの楽曲は外注、『歌「も」やってます』的な印象が強い。他の女性シンガーら同様、見た目がアイドルやモデルとしても通用するルックスが逆に災いして、タレント的な要素も多く含まれていた。
 デビュー当初から海外レコーディングを行なっていた杏里のアメリカンナイズや、バラエティ出演はおろかグラビア撮影も辞さない石川優子の貪欲さに比べると、基本は純音楽主義だったまりやのキャラは、イマイチ掴みづらかった。もともとタレント活動には消極的だったまりや、女子大生キャラでテレビには出ていたけれど、そこは彼女がいるべき場所ではなかったのだ。
 その女子大生キャラだって、テレビ的には川島なお美や斉藤慶子の方に分があった。しかも川島なお美には、「お笑いマンガ道場」というキラー・コンテンツががあったし。
 …ゴメン、ただ「お笑いマンガ道場」って書きたかっただけだ。本筋とはあんまり関係ない。

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 デビューして間もなくは、多少歌が拙くても、愛嬌があればどうにかなる。グラビアでもバラエティでも、取り敢えずニコッと微笑んで、ちょっと肌の露出を多めにしておけば、大抵のことは大目に見てくれる。
 シンガーとしての認知が充分でなかった頃のまりやもまた、イヤイヤながらオールスター水泳大会などにも出場していたらしい。まぁポロリ要員ではなかっただろうけど。
 ただ、いつまでも彼女らに需要があるわけではない。アイドル・シンガーとしてちょっとだけ一斉を風靡した彼女らも、鮮度が衰えるにつれ、方向転換を余儀なくされる。
 杏里は角松敏生との出会いを機に、ダンス・ミュージックへの転身を図る。バック・バンドに黒人のコーラスやダンサーを従え、ゴージャス感あふれるR&B系サウンドによって、80年代を乗り切った。そこからさらにリー・リトナーと婚約で世間を騒がせ、結局破談になったことで2度ビックリさせられたけど、それはまた別の話。
 安定のマイペースな低空飛行を続けていた石川優子は、「ふたりの愛ランド」ヒットによって、一時ちょっと持ち直したけど、その後は固定ファンが広がりを見せず、次第にフェード・アウトしていった。近年になってステージ活動は再開しているけど、新たな楽曲を発表する機会には恵まれていない。
 まりやの場合、音楽活動に本腰を入れるのとクロスフェードするように、タレント活動の割合を縮小させてゆく。毎年量産され続ける女性アイドルや女子大生シンガーと同じフィールドで戦い続けることは、そもそもまりやが望んだものではなかった。

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 活動の重心を音楽制作に移すことによって、それまで外部ライターへの委託が多かった選曲会議でも、まりやの作品が採用されることが多くなってゆく。デビュー当初はアルバムで1、2曲程度の採用率だったのが、「ポートレイト」ではほぼ半数となっている。
 これはもちろん、まりやのソングライティング能力の向上に拠るところが大きいけど、穿った見方をすれば、「バジェットの縮小」というネガティブな一面もある。レコーディングの予算が削られると、人員スタッフも縮小され、有名どころの起用にも慎重にならざるを得ない。スタジオの使用時間も短縮される。
 ただこれも見方を変えると、外注するより自分で書いた方が当然安上がりになる。キャリアを重ねたことによって、スタジオワークも手慣れてきて、効率的に時間を使えるようになった。ちょっと手間のかかる作業があったとしても、達郎に頼ることができるから、大抵のことは何とかなる。規模が小さくなった分、自分でやれることも増えるのだ。
 とはいえ、プロモーション予算まで縮小されてしまったら、商業アーティストとしては致命的である。いくら良い作品だったとしても、それを広く知らしめる手段がなければ、社会的には「ない」も同然なのだ。
 コンポーザーとしての意識の高まりと、世間のニーズとのギャップによる売り上げ低迷、加えて達郎との結婚が重なったこともあり、彼女はこれまでのキャリアを一旦リセットする途を選ぶ。

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 で、「バラエティ」。結果的に大ヒット・アルバムとなったけど、その割に変にギラついていない、ごくごく自然体のサウンドで構成されている。当時隆盛だった打ち込みやシーケンスはほとんど使用されておらず、多くはマルチプレイヤー達郎の多重録音でレコーディングされている。
 自然体とは言っても、ただリラックスした雰囲気では冗長になるだけで、売り物にはならない。ナチュラルな表現欲求を、プロフェッショナルな手法でコーディネートした上での自然体であり、その裏には、クリエイター同士の衝突や葛藤、苦心惨憺が刻まれている。マニアックに寄らず、コンテンポラリーなスタイルで仕上げることは、達郎にとってもマスへの挑戦であり、加えて自己修練だったと言える。
 まりやのソングライティングもまた、休養中に行なっていたアイドルへの楽曲提供が大きく作用している。第三者のヴォーカルというフィルターを経由することによって、ヒット曲の構造を体得したことが、「バラエティ」のヒット構造の根幹だった。
 シンガーのキャラクターを引き出すこと、そして尚且つ売れることが前提となるアイドル楽曲は、ユーザーのツボを刺激するメロディ構造と、明快なサビが重要なファクターとなる。それでいて紋切り型にはならず、ライターとしての顔が見えていなければならない。そうじゃないと、竹内まりやを起用する意味がない。
 世に出たヒット曲以外にも、コンペで採用されなかった楽曲も多々あったはず。その度、経験値を上げつつ研究を重ね、河合奈保子や薬師丸ひろ子に提供した楽曲は、いまも燦然と輝くスタンダードとして聴き継がれている。
 そこでのトライ&エラーはムダにはならなかった。そんなプロセスを経て「バラエティ」の楽曲は書き上げられ、その後もロングタームで売れ続けるアルバムとなった。


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1. もう一度
 ドラマ「くれない族の反乱」主題歌として、先行シングル・カットされたオープニング・ナンバー。いきなり達郎の多重コーラスから始まるところから、もう気合いの入り方が違う。
 ドラム青山純、ベース伊藤広規、ピアノ難波弘之と、当時の達郎レコーディングのパーマネント・メンバーが勢ぞろいしており、もう自分のレコーディングと同じテンション。ただ、通常ならここまで過剰に入れてこないコーラス・ワークなど、結構遊びというか、最上のポップ・ソングを作るための実験が行なわれている。
 ビーチ・ボーイズからナイアガラ・テイストまで、あらゆる要素をゴチャ混ぜにしながら、それらがケンカせず、しっくり収まるべきところに収まっているのは、楽曲の良さから由来する。
 俺的に、まりやの最高傑作と言えば、結局これに落ち着いてしまう。最近では聴かれない、伸びのあるヴォーカルも聴きどころ。

2. プラスティック・ラブ
 そして、続くこれでノックアウトされる。いま現在、世界で最も人気の高いジャパニーズ・シティ・ポップとしてバズッたポップ・ファンク。いや当時から俺も好きだったけどさ、ここまで盛り上がるとは思ってなかった。
 リズム・アレンジにまりやのアイディアが採用されていたのは、ちょっと意外だった。こういったファンキーな要素はあまり見られなかったし。突然変異的に、めっちゃクールなフレーズだ。
 サウンドもそうだけど、実は俺がこの曲で好きなのが歌詞。サウンド的には1.が好きだけど、近年では見られない「やさぐれ感」がにじみ出ているところに、つい惹かれてしまうのだ。

 私のことを決して 本気で愛さないで
 恋なんて ただのゲーム 楽しめば それでいいの
 閉ざした心を飾る 派手なドレスも靴も 孤独な友だち

 私を誘う人は 皮肉なものね いつも 彼に似てるわ
 なぜか 思い出と重なり合う
 グラスを落として急に 涙ぐんでもわけは 尋ねないでね

 中途半端な田舎の高校生が、あまり深く意味も分からず、ノリの良さで買ってしまった12インチ・シングル。今でもそうだけど,なぜか下線のフレーズになると、ハッとしてしまう。すごく映像的であり、短編小説のような趣きを感ずるのだ。 



3. 本気でオンリー・ユー (Let's Get Married)
 1.のB面としてリリースされたウェディング・ソング。ベース以外はほぼ達郎のマルチ・プレイ。ゲストとして、隣のスタジオで『音楽図鑑』レコーディング中だった坂本龍一が、パイプ・オルガン(ていうかシンセ)で参加している。
 英詞をここまでサラッと歌える日本人が、当時どれだけいたか。そう思えば、隔世の感だよな。

4. ONE NIGHT STAND 
 3連チャンでキャラの強い楽曲が続いたので、ここらでひと休み。ほっこり和んでしまうカントリー・タッチのバラード。
 ここでは達郎はあまり絡んでおらず、当時、名古屋を中心に活動していたセンチメンタル・シティ・ロマンスがバックを務めている。ちゃんと聴いたことがないけど、はっぴいえんどの遺伝子的なポジションで地道にやってた印象がある。あるだけで、ゴメンあんまり聴いたことない。
 でも、古き良き70年代アメリカのシンガー・ソングライターを思わせるアレンジは、ひと息つくにはピッタリ。

5. BROKEN HEART
 再び英詞、今度は海外にも通用するAORテイスト。夕暮れの海辺を思わせるサックス・ソロやホーン・セクションは、映像を喚起させるクオリティ。そう思ってたら、コーラスとサックスはLAレコーディング、とのこと。
 ただ明らかなAORサウンドだというのに、あまりに類型的過ぎたのか、海外で再評価されたのは、日本語バリバリの「プラスティック・ラブ」の方。セオリーにハマり過ぎると、没個性になってしまう典型。

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6. アンフィシアターの夜
 ライブ感を強調した正統派ロックンロール。リードではないけど、達郎にしてはハード・ドライヴィングなギター・プレイ。コール&レスポンスも飛び出してきて、重厚なサウンドの壁が立ちはだかっている。まりやの声質はハードなサウンドとフィットするまでは言わないけど、かなり頑張った印象。
 達郎もそうだけど、ソフトなサウンドを志向しているからと言って、プライベートでもそうとは限らない。もともとLAで観たキンクスのライブからインスパイアされて作られた楽曲なので、彼女の中にもそういった素養があっても不思議はない。

7. とどかぬ想い
 幻想的な深いエコーの奥から聴こえてくる、シンプルなバンド・セット、そしてこれまでより高めのキーで歌声を聴かせるまりあ。上品なフォーク・ロックといったテイストで、まりやの作風にもフィットしている。地味だけど、聴きあきることのない、心の奥底にそっとしまっておきたいナンバー。

8. マージービートで唄わせて
 ノン・エコーのダブル・ヴォーカル、シンプルな8ビート、ちょっぴりサイケな響きのオルガン。思えば、俺世代が思い描くマージービートとは、ビートルズでもホリーズでもなく、この曲だった。まるでAMラジオから流れてきたような、古いけど新しい、それでいて時代に流されることのないサウンド。
 ヴァーチャルなマージービートの再現を目指しながら、どこか日本的なウェット感が漂うのは、達郎のパーソナリティもにじみ出ているせいなのかも。考えてみれば、達郎はアメリカ派だったと思われるし。



9. 水とあなたと太陽と
 ちょっとアイドル楽曲っぽさも感じさせるボサノヴァ・バラード。強烈な日差しの中、木陰のゆったりした午睡を連想させるサウンドは、微睡を誘う。キーを下げて、もっとしっとりした感じで歌っても良かったんじゃないか、というのは俺の余計なお世話。

10. ふたりはステディ
 ナイアガラ・サウンドのオマージュというより、自分なりにスペクター・サウンドを再現してみたらどうなるか、といったコンセプトで作られたんじゃないか、と俺は思っている。ちょっと力が入ったのか、後半ではほとんどデュエットばりに出てくる達郎のヴォーカル。まりやのアルバムというエクスキューズながら、「もうラス前だから、このくらいはいいんじゃね?」的にエゴを出している。
 ここで得た経験値をもとにして、14年後に」「ヘロン」として結実した、というところまでが俺の私見。

11. シェットランドに頬をうずめて
 精密に組み立てられたストリングスをバックに、最後はエモーショナルなバラード。この頃のまりあの特徴であり弱点として、情感が伝わりづらいフラットな響きが挙げられるのだけど、ここではその無色透明さによって弦楽器との親和性が高まっている。
 寒い冬の午前、暖かな陽射しに照らされながら、書斎でコーヒーを飲みながらの読書。長い冬を乗り越えるには、古いロシアや東欧の文学がしっくり来る。冬は楽しむものではない。耐えるものなのだ。
 ―そんな状況設定で聴いてみたいものだけど、そこまでスノッブにはなり切れないのだった。



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