好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

尾崎豊

生きること。それは日々を告白してゆくことだろう。 - 尾崎豊 『LAST TEENAGE APPEARANCE』

41X9OKg2CzL._AC_ 「二十歳を迎えるまでに、アルバム3部作を完結させる」と、誰が言い出しっぺだったのかはともかく、どうにか誕生日を迎える前に、3枚目のアルバム『壊れた扉から』は完パケした。「大きな達成感が本人とスタッフに訪れた」と言いたいところだけど、当時はまだ全国ツアーの真っ最中、センチメンタルな感慨に浸っている余裕はなかった。
 10代の少年による、10代のやり切れぬ想いや葛藤を瑞々しく活写したことで、『十七歳の地図』『回帰線』『壊れた扉から』と続く3部作は、日本の音楽史に深い痕跡を残した。一歩間違えれば、厨二病の稚拙な独白で終わってしまうところを、きちんとした大人のプロフェッショナルがサポートしたことで、彼の歌は市場に流通するレベルに仕上げられ、最終的にはお茶の間にも広く行き渡ることとなった。
 10代なかばの少年にとって、「憤り」や「反抗」というのは普遍的なテーマであって、なにも尾崎特有のものではない。彼が人より秀でていたのは、どのテーマにおいても、短編小説のごとく起承転結をつけられるストーリーテリング能力、そして卓越した歌唱の表現力に他ならない。
 そんな10代のやり切れぬ想いや怒り、言語化できないジレンマを、彼らと同世代の少年が丹念に描写した。そしてその言葉は、同世代の共感を呼び、また大人たちを感服させた。
 職業作家では描けない彼の歌は、ソニー主導によるビジュアル戦略が大きな相乗効果を生み出し、シングル「卒業」以降、爆発的に広まった。悩み多き繊細な少年の叫び、そして脆くはかない憂いを漂わせた彼のスナップ・ショットは、カリスマティックな求心力を生み出した。
 ちょっとご本人には失礼かもしれないけど、これが例えば加藤諒みたいな顔で歌われたとしたら、おそらくここまでの波及効果はなかったと思われる。それは尾崎本人もまた、自覚していることだった。
 古来より、アウトロー役はちょっと捻ねて無愛想なのがセオリーであり、尾崎豊もまた、そんなステレオタイプのアンチ・ヒーローを自ら演じていた。スタッフによるコーディネートのもと、ティーンエイジャーの共感を呼ぶ作品や発言、またパフォーマンスを演じることで、徐々にファン層を広げていった。

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 もがき足掻き苦しみ吐き出していた10代が終わり、「さて、そこから」。
 似たような行程を経てきた先達として思い浮かぶのが浜田省吾だけど、彼もまたシフト・チェンジには相応の苦労を要した。
 尾崎同様、不都合な真実や不条理な現実に強い違和感を覚え、それをストレートな口調で表現した彼の歌は、多くの若者の共感を呼び、着実にファンを増やしていった。ただ尾崎と大きく違っていたのは、発信する立場だった。
 2人に共通するのは、ぼんやりした不安と茫漠な不満とが交差する、10~20代の若い世代からの支持だった。同じ目線でリアルな不満を吐き出す尾崎に対し、彼らとひと回り年齢の違う浜省の目線は、次第に乖離が目立つようになってゆく。
 声無き声の代弁者として言葉を紡ぎ、その真摯な姿勢には嘘は感じられなかったし、それはファンのニーズと噛み合ってはいたのだけれど、浜省自身が、そんなジレンマに悩まされつつあった。金も地位もそこそこ得た30過ぎの男が、いくら社会や体制に不満をぶつけても、白々しく思えてしまう。
 それは浜省本人だけではなく、ブレイク前からついてきたファンも抱えていた問題だった。みんながみんな、社会に不満を持ったまま、大人になったわけではない。
 浜省より成功し、大金を手にした者だっていたかもしれない。家庭も仕事も大事だし、何かと人間関係のしがらみにも付き合っていかなければならない。彼らもまた、歳を取ったのだ。
 そんな双方のギクシャクに一旦区切りをつけたのが、アルバム『J.BOY』だったんじゃないか、と今にして思う。少年時代の回想や、現実逃避したくなる日常との葛藤、強いメッセージ性よりプライベートな心情を主題とした楽曲が多くを占めており、それは疾走するばかりだった青年時代との訣別と総括を意味していた。
 このアルバムを機に、浜省の作風は年齢相応のシチュエーションに変化してゆく。そしてまた、ファンの受け止め方も同様だった。浜省とファンとの成長過程がシンクロしつつあったのだ。
 当初はそれほどうまく行かなかった。35歳なら35歳、40歳なら40歳に根づいた言葉やテーマを、どんな語彙や文法、またサウンドで表現すればいいのか―。
 明確な答えが見つからないまま、浜省の活動は一時トーン・ダウンする。自身の年齢とテーマに折り合いをつけられるようになるまで、相応の時間が必要だった。

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 尾崎に話を戻すと、「若者の代弁者」としてカリスマティックな人気を集めていたのは、あくまで彼の一面に過ぎない。アジテーターでもオーガナイザーでもない、「多様性のあるシンガー・ソングライター」というのが、彼の本質である。
 尾崎がソングライターとして優れていたのは、直截なメッセージや主張を、ただ思いついたまま投げ出すのではなく、時に高度な暗喩、時に平易な言葉の組み合わせを、テーマに応じて書き分けることができた点にある。どんな主題においても、最適な文法・話法を選択することで、ユーザーそれぞれの主観や実体験と重ね合わせること、また、実体験でなかったとしても、間接的に共感できる余地を生み出すことができた。
 例を挙げると、「ダンスホール」や「I Love You」のような、ある種の寓話性を含んだフィクショナブルな世界観は、説得力のあるヴォーカルによって、より伝わりやすく、そして強い仲間意識を生み出す。「自分のことを歌っている」、または「自分の考えと重なり合う部分が多い」と思わせることは、カリスマの持って生まれた資質である。
 そう考えると、リアルタイムを知らない世代から、「Oh My Little Girl」や「Forget-me-not」の人気が高い理由が見えてくる。若い世代にとっての「尾崎豊」とは、「美しく繊細な楽曲を歌うシンガー」であって、今ならセンシティヴな「15の夜」や「卒業」の世界観にはピンと来ないのだ。

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 10代を総括した全国ツアーを完遂したはいいけど、問題はそれ以降。その後の具体的なビジョンは何もなく、ほぼ白紙の状態だった。それは尾崎だけじゃなく、周囲のスタッフもまた同様だった。
 とにかく毎日が年末進行の状態で、あと先考える余裕が生まれたのは、すべてのプロジェクトが終わってからのことだった。分別ある大人のブレーンやら関係者やら事情通やらが右往左往してる中、誰もPDCAサイクルを考えてなかった、というのもちょっと信じ難いけど、まぁスターダムまっしぐら・イケイケ状態の尾崎に忠心するのが難しい状況だったことは、否定できない。
 その後の活動方針も何もなく、ふんわり大人になってしまった尾崎。あまりに宙ぶらりんだったこともあって、その後は精神的な路頭に迷うことになるのだけれど、ついに最後まで行き先を決められなかった、という悲劇-。
 一般的な社会通念に置き換えて考えると、この時点での尾崎は「まだ二十歳」になったばかり、少年とは言えない程度の年齢であって、大人と認識されることは少ない。無理な背伸びをして、10代を卒業しようと、もがき足掻く必要性なんて、どこにもないはずだった。
 ちなみに当時の浜省は、レイテスト・アルバムであった『J.BOY』リリースに合わせたツアーで全国を回っていた。自分なりに青春時代にケリをつけた彼は、ツアー終了後、しばしの沈黙に入ることになる。
 それに先立つように、尾崎もまたツアー終了を機に、無期限の休養期間に入った。単なる静養なら、ハワイあたりのコンドミニアムでゆったりバカンスでもしてればよかったんだろうけど、まぁ「まだ二十歳」だし、もっと刺激も欲しいし遊びたいわな。
 デビューからずっと闇雲に突っ走ってきて、やっとひと休みできるようになったはいいけど、ハイパー・テンションの後の虚脱感が、メンタルをダウナーに引きつけたのだろう。そこで悪い遊び覚えちゃったことが尾を引いて、のちのキャリアに大きく影響することになってしまうのだけど。

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 その闇雲に突っ走ってきた克明な記録として、「LAST TEENAGE APPEARANCE」はリリースされた。ファンやソニーの意向はどうであれ、これで区切りはつけたのだから、シフト・チェンジするには、このタイミングしかなかったはずなのだ。
 無理に声を張り上げたり叫ぶことなく、シンプルなラブ・ソングや日常の心象風景を丹念に描くだけでよかった。無理にファンと共に背伸びしようとせず、「まだ二十歳」の青年の等身大を見せればよかったはずなのに―。まぁ、それが一番難しいんだろうけど。
 でも、早逝するよりは、生き続ける方がずっといい。死して伝説を残したって、本人にとっては、何の足しにもならないのだ。
 これ以降の尾崎の作風は、次第に混迷を極めてゆく。やたら哲学的な言葉、また独りよがりな主観が強まってゆく。言葉に込めるパッション自体は衰えていないけど、その情熱が誰に向けられているのか、ひどく曖昧なのだ。
 そのベクトルは次第に範囲を狭め、袋小路に突き当たった。「誰も理解してくれない」から「理解なんかされなくたっていい」。報われることのない徒労が無情感にとって代わり、そして尾崎は絶望の淵に堕ちた。
 もしかしてその先に、また別の道が開けていたのかもしれない。反面、「そんなものはない」とわかってはいながら、突き進むしかなかったのか。
 -なんて残酷な結末だろう。




1. 卒業
 凄まじい歓声から始まる、当時最大のヒット曲。「I Love You」でも「Oh My Little Girl」でもなく、このアルバム・リリース時の尾崎のキラー・チューンといえばこれだった。
 「やたら熱い歌を歌う男がいる」という噂が草の根的に広まり始めた頃、日比谷野外音楽堂で催されたイベント「アトミック・カフェ」に出演した尾崎は、あまりの興奮で7メートルの高さの照明台から飛び降り、左足を骨折してしまう。それ以降のスケジュールはすべてキャンセルとなり、ブレイクのタイミングを一旦逸してしまう。
 その事件から半年後、ほぼ突然リリースされた「卒業」は、同時多発的にティーンエイジャーの心を鷲づかみにした。俺もまたその一人だった。
 当時は過激な言動ばかりがクローズアップされ、それはいまも変わらないのだけど、もう30年を経てフラットな視点で歌詞を読んでみると、直截なメッセージよりむしろ、丹念に描かれた高校生の何気ない日常描写の秀逸さに惹かれたりする。

 校舎の影 芝生の上 吸い込まれる空
 幻とリアルな気持ち 感じていた

 リアルな将来がイメージできない、虚ろ気な高校生の心象風景を、19歳の少年がここまで瑞々しく描いている。むしろそっちの面を評価してほしい。

2. 彼
 このライブが収録されたのが1985年11月15日の代々木オリンピックプールで、『壊れた扉から』がリリースされたのが同年11月28日なので、オーディエンスにとっては新曲であり、そんなせいもあって「卒業」ほどの熱気は少ない。そう思えば納得。
 スタジオ・ヴァージョンよりジャズっぽさの強いアルト・サックスが印象的で、尾崎のヴォーカルも最初抑え気味。と思ってたらサビで絶叫するところはやっぱり尾崎。バック・メンバーが適度にレスポンス入れてるんだから、ちょっと休めばいいのに、と思ってしまう俺はもう純粋じゃないんだな。
 比較的第三者目線で描かれた、うまくまとめた短編小説の味わいがあるけれど、そんなまとまり加減がちょっと鼻について受け付けなかったりする。まだ若いんだから、そんな小さくまとまらなくたっていいだろうに、とアラフィフ目線だとそう感じてしまう。

3. Driving All Night
 こちらも『壊れた扉から』収録。ライブ映えする軽快なロック・ナンバーなので、一気にブーストがかかる。
 メロディもアレンジもブルース・スプリングスティーンへのリスペクトが強く、粗さは目立つけど、そこはライブの勢いで押し切っている。いま冷静に歌詞だけ読んでみると、当時は感じなかった直訳っぽさが結構露骨である。
 刹那的でネガティヴな、先行きの見えない若者の焦燥感を描かせたら、この時期の尾崎に並ぶ者はいなかった。切迫した想いをダイレクトに、作為の感じられない言葉の礫は、いまも混じり気はない。

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4. Bow!
 「十七歳の地図」が象徴しているように、尾崎のボキャブラリーには中上健次の影響が色濃く降りているのだけれど、この曲でも「鉄を喰え 餓えた狼よ 死んでも豚には 食いつくな」というフレーズなんかは、初期中上作品からインスパイアされたシチュエーションである。
 当時の中高校生は真面目で読書家で、普通にこういった文学作品がバックボーンにあったのだ。そうだよな、俺も高校生の時、バタイユからジャン・ジュネとか、片っ端から読んでたもんな。今じゃすっかり読まなくなったけど、読書が教養の一要素であった時代が確実にあったのだ、俺世代くらいまでは。
 
5. 街の風景
 オリジナルはデビュー作『十七歳の地図』のオープニング。ここではテンポを落とし、中盤の歌詞も追加されて、10分の大作となっている。軽快なポップ・フォークだったアレンジも、当時流行っていたポリスにインスパイアされたギターとドラムが前面に出たライブ仕様にビルドアップしている。
 そんな重厚感に合わせて、ヴォーカル・スタイルもやたら肩に力が入っており、血管も切れそうな勢いである。俺的には軽く語り掛けるようなオリジナルのヴォーカルの方が好きなのだけど、まぁライブで聴いたらハート持ってかれるんだろうな。
 デビュー前に書かれた歌詞は、想いが先走って未整理なところも見受けられるし、常套句でまとめてしまっている箇所もあって、テクニック面では決して巧いとは言い難いのだけど、この時期・この年代にしか書けなかった蒼さと未熟さとが、結局は良い方向へ作用している。

6. ダンスホール
 ソニーのオーディションで初披露されたという伝説を持つ、いまだシングル・カットはされていないけど、幅広いファンに根強い人気を持つバラード。こうやって書いてると尾崎、キラー・チューンばっかりだな。71曲しか書いてないのに。
 15、6の少年が思いっきり背伸びして想像して、思いのたけと寓話とをない交ぜにして書き上げた。いま目を通してみると、ステレオタイプな描写も見受けられるけど、中高校生が書いた詞としては、充分だと思う。

 次の水割り手にして 訳もないのに乾杯
 「こんなものよ」とほほ笑んだのは たしかに 作り笑いさ

 耳年増の想像による若書きだけど、これはなかなか書けないよな。

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7. 存在
 主観・客観問わず、ネガティヴな視点が多かった尾崎の曲の中で、これは比較的ポジティヴ寄りの応援歌であり、ラブ・ソング。相手にとってはちょっと重く感じてしまう真実の愛を、高らかに歌い上げる尾崎の姿は、とてもエネルギッシュでいて、それでいて儚ささえ漂わせている。
 21世紀以降に生まれた人間にとって、多くの尾崎の楽曲の世界観は現実離れしており、一種のファンタジーとなっていることが、この曲に象徴されている。「反抗」や「真実の愛」というメッセージや、「盗んだバイクで走り出す」「校舎の窓ガラス壊して回った」という衝動を、彼らは現実として受け止められないのだ。
 尾崎の楽曲の多くは、その生き様やライフ・スタイル、エピソードという予備知識がないと、共感しづらい。本文でも書いたように、シンプルなラブ・ソングがロング・セラーを記録し続けているのは、そんな事情もある。
 単にラジオから流れてきただけだと、この曲も40歳以下にとっては、ちょっと共感しづらい。

8. Scrambling Rock'n'Roll
 オケが「Born to Run」そっくり、って今なら言っちゃってもいいだろう。それくらい、80年代のスプリングスティーンは日本の音楽業界にも大きな影響を与えていた。
 この曲もストレートなメッセージ性が前面に出たロック・チューンなのだけど、むしろそんなサビ以外の歌詞パートに耳が行ってしまう。ぶっちゃけてしまえば、全篇あれこれ手を尽くした口説き文句の羅列なのだけど、アラフィフにとっては、その熱さが羨ましかったりもする。

9. 十七歳の地図
 熱く重く無鉄砲さが漂う2分のMCの後、続けて歌われる代表曲。ネガティブで破壊的な言葉の羅列の先に輝く、微かで、しかし確かな光。歌っている情景は殺伐だけど、決してそれだけじゃない、ということを、尾崎は全身全霊で教えてくれた。
 これだけは確かだ。

10. 路上のルール
 言いたいこと伝えたいことを、単に拳を振り上げて嘆くのではなく、きちんと伝える技術と想いが重なり合うことで、説得力は増し、そして作品としてのクオリティも高くなる。変に技巧的ではなく、かといってあざとさもない。デビュー3作目で、尾崎は見違えるほどの成長を手にした。しかし、それはあまりにキャパを超えた成長でもあった。
 
 今夜もともる街の明かりに 俺は自分のため息に微笑み
 お前の笑顔を探している

 ここが到達点であるべきだったのだ。それ以降、無理に成長なんかせず、自己増殖だけでよかったはずなのに。

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11. 15の夜
 アラフォー世代以上には確実にアンセムとなっているけど、それ以降の世代にとっては、「めちゃイケ」の曲という認識しかされていない、確実に代表曲のはずなのに、そんな世代間ギャップのおかげで肩身の狭い曲。
 多少のデフォルメはあるけど、ほぼ尾崎自身の実体験に基づいて書かれた曲なので、いわばプライベートな作品ではある。実際に同様の体験をした者はごく限られるはずなのだけど、こういった内的衝動の共有範囲は、思いのほか広かった。
 こうやって書いてると、やはり俺は『十七歳の地図』が一番好きなのだ、ということに気づかされる。どの曲も客観であったとしても、決して悪い見方はできない。
 だって、それは当時の俺を否定することと同義だから。

12. I LOVE YOU
 歓声がひときわ大きくなる、当時から人気の高かった名バラード。スタジオ・ヴァージョンの時点ですでに完成されているため、ライブでもアレンジはほぼそのまんま、歌い方もまんまである。
 どのパートを抜き出しても、これ以外はあり得ない言葉と世界観。十代の頃、ここまで熱く切ない恋愛をしたはずはないのに、時空を超えてなぜだか共感してしまう、そんな歌。
 とんでもなくスケールのデカいビギナーズ・ラック。いつか尾崎豊というアイコンが忘れられたとしても、この曲だけは確実に残る。



13. シェリー
 いま聴くと、むせ返るほどの赤裸々な心情吐露が、ちょっと疲れてしまう。多分、早熟だった尾崎はこの曲を書いた頃から、10代を卒業した「その後」を、ぼんやりではあるけれど見据えていたのだろう。
 自分と、そしてファンもまた成長「しなければならない」or「するべきなのか」と。それは自ら先導しなければならないのか、またはファンの間で自然発生的に行なわれるものなのだろうか。
 自分の歌は、10代にとっては単なる通過儀礼であり、自分は常に変わることなく、新たな10代に向けてメッセージを発信しなければならないのか―。
 そんな錯綜した想いを、ファンに向けて、または自問自答するように、尾崎は歌う。
 ある意味、それは切実に追い詰められた若者の告白でもある。






「まだ終わりじゃない」。そう伝えたかった最終作 - 尾崎豊 『放熱への証』

47AD156F-C910-41CC-8CD0-2C82ACB8A2C3 1992年にリリースされた6枚目、最後のオリジナル・アルバム。4月25日に訃報のニュースが流れ、店頭に並んだのが5月10日だから、製作現場ではかなりの突貫作業だったことが窺える。タイミング的に、追悼に乗じて未発表テイクをかき集めたかのようにも思えるけど、生前にマスタリングも終了しており、後は発売を待つばかりの状態だった。なので、不慮のタイミングによる、作業の大幅な前倒しといった方が正しい。
  彼が亡くなったという知らせを聞いたのは、仕事の昼休み中のことだった。ラジオの速報を聞いた上司が、それを教えてくれた。
「おい、尾崎豊が死んだらしいぞ」
 昼食中だった俺は、ちょっとだけ言葉に詰まった。何と返していいかわからず、へぇ、とうなずき、また食事に戻った。
  そうか、尾崎が死んだのか。
  ただそれだけだった。
 
  すでに『誕生』のあたりから、俺は尾崎を追うことをやめていた。当時の尾崎のポジションは、いわばティーンエイジャーの通過儀礼のようなもので、現在のような普遍的な評価はされていなかった。十代の代弁者の役割を終え、新機軸が見出せずに迷走していた、というのがリアルタイムでの俺の見解。
尾崎シンドロームの終焉とシンクロするように、俺の十代も終わり、二十代に突入していた。ここからしばらく、仕事に遊びに忙しくなり、音楽とは距離を置くようになる。
それほど熱心なユーザーではなくなっていたので、訃報を聞いた際も、特別感慨もなく、ショックもなかった。テレビで中継された、葬儀で泣き崩れるファン達や、後追い自殺のニュースを聞いても、どこか他人ごとだった。
  追悼にかこつけて、カラオケで「I Love You」や「十七歳の地図」を歌ったりもした。でも、ただそれだけだった。モヤッとした感傷も長くは続かず、ルーティンの生活は何ごともなく過ぎていった。
なので俺、このアルバムをリアルタイムでは聴いていない。買ったのは数年経ってから、しかも、ちゃんと聴いた記憶がない。他のアルバムと違い、じっくり対峙して向き合っていないのだ。
その後、折をみてCDで聴いたりiTunes で聴いたりもした。でも、深く入り込めない。今回も改めてじっくり対峙して聴いてみたけど、どうも素通りしてしまう。
なぜなのか。
  取っかかりが薄い?特徴がない?
いや多分、そういったことじゃない。
 
 『誕生』リリース後、尾崎は浜田省吾のマネジメント事務所ロード&スカイを辞め、個人事務所アイソトープを設立、唯一の所属アーティストとして、そこへ移籍する。
晩年の尾崎は、方向性の迷いや人間関係に煮詰まり、何かと疑心暗鬼になっていたらしい。
「誰も彼もが俺を利用している」「金儲けの道具としか見てない」。
そんな猜疑心に取り憑かれていた。
  最大の理解者であり、デビュー前からの恩師である須藤晃とも距離を置いたくらいだから、よほど人間不信に陥るアクシデントがあったんじゃないかと思われる。まぁ色恋沙汰のゴシップもあったし。
ロード&スカイの待遇が悪かったのかといえば、そうとは思えない。ハマショーを始めとして、のちに所属することになるスピッツや斉藤和義ら、彼らのキャリア形成・育成方針を見てわかるように、どちらかといえばかなり良心的、アーティスト・サイドに立ったスタイルの運営方針である。
そりゃ売れるに越したことはないけど、それよりもアーティストのスタイル確立や長期展望を重視する、そんなコンセプトなので、尾崎のキャラクターに適していたはずだったのに。

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  若者の代弁者として祭り上げられ、多くのファンや支援者に持てはやされた尾崎も、10代3部作以降は、活動休止やスキャンダルが尾を引き、人気は凋落する。下降線をたどるにつれ、周囲の対応も手のひら返し、次第に距離を置かれるようになった。
  さんざん持ち上げてそこから落とされるわけだから、本人からすればたまったものではない。清廉潔白な生活ではないから、そりゃ自分が蒔いた種もいくつかはあるだろうけど、身に覚えのないところで名前を使われていたり、利権を漁る赤の他人が擦り寄ってきたりで、そりゃ疑心暗鬼にもなる。
ヤマアラシのジレンマよろしく、傷つけることでしか信頼関係を築けない、また、他人との距離を推し量ることができない。
  かつては「傷つけた人々へ」と歌っていたナイーブな男を、ほんの数年で変貌させてしまう、怖ろしきエンタメの世界。それだけ濃縮された時間を駆け抜けた代償だったのか。
殺伐としたムードが日常となるため、有能なブレーンは我先にと匙を投げる。沈没寸前の船からケツをまくって逃げ出し、残るのは要領の良くない人間ばかり。業務は怠り、プロジェクトも前に進まない。苛立ちと焦燥感が募り、辛く当たってしまう。
ふと気づくと、残ったのは身内ばかり。
 
  音楽とは直接関係のないバイアスがかかりまくっているため、内容について書くのはちょっと難しい。そう思ってるのは俺だけじゃないらしく、純粋に音楽について述べたレビューは、あまり見当たらない。
デビューから長く、尾崎を全面プロデュースしてきた須藤晃とも袂を分かち、ここではほぼ完全セルフ・プロデュース、原点回帰とも言えるエッジの効いたロック・サウンドと、私小説的な柔和なバラードとがバランス良く配置されている。テクニカルなアンサンブルは多分、キーボード西本明の助力が大きかったんじゃないかと思われるけど、過去と未来の共存を目指した基本ビジョンは、尾崎オリジナルのものだ。
  B’zや槇原敬之が頭角を表していた当時の音楽状況と照らし合わせると、決してアップトゥデイトなサウンドではない。ノリの良いビートや癒し系といったトレンドからは距離を置き、泥臭いアメリカン・ロックと、静謐なタッチのピアノ・バラードを主軸としている。

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  初めてのセルフ・プロデュースとしては、丁寧に破綻なく作られているし、変に流行を追わなかった分、今もあまり古びて聴こえない。従来のファンにも新規ファンにも受け入れられる、世間のニーズに合わせた作りになっているのだけれど。
  なのに、何だこの引っかかりのなさは。どうしてここまで響かないのか。
  『誕生』よりもテーマや言葉は整理されているし、アレンジもワンパターンをうまく回避しているというのに。
  これは非常にめんどくさい私見だけど、そのどっちつかなさ、全方位にいい顔しちゃってるそのスタイルが、俺世代としてはなんかもどかしく、「二十歳過ぎたから背伸びして日和っちゃったのかよ」という置き去り感が芽生えてしまうのだ。
  そう考えると、尾崎作品の純粋な音楽的評価に水を指しているのは、俺たち45歳以上のリアルタイム世代なのだ、ということに気づかされる。メッセージシンガー、アジテーターとしての尾崎像が刻み込まれているため、主張やイデオロギー以外の面を重要視しない、または思考停止になってしまう。人気もキャリアもピークの時代のインパクトが強いおかげで、20代以降の活動は、長い長いフェードアウトに思えてしまうのだ。
  後追いで尾崎を知った層にとっては、代表作以外はほぼ並列で見ることができる。なので、30代以前には後期の楽曲もそれなりに人気があったりもする。
  純粋に楽曲の良さで判断できるのは、ある面では羨ましいと思う。俺にはもう、そういった聴き方はできないから。

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  で、『放熱への証』。
  俺的世代観を抜きにして捉えると、過渡期的な作品だと思う。若いうちは社会や体制への不満やら、また淡い恋心を感傷的に歌ったりもしたけれど、20代に入って家族もできれば、実感は損なわれてしまう。よほどのディープなファンならともかく、ライト・ユーザーや後の世代から見れば、市場への迎合具合が先立ってしまう。
  若者の代弁者として祭り上げられたりもしたけど、実際のところ、尾崎の作品の中で、大人や社会へのアンチをメインテーマに据えた楽曲は、それほど多くはない。デビュー前のオーディションで歌ったのがさだまさしだったことから察せられるように、もともとは叙情的でウェットな感性の持ち主である。
反体制のヒーロー的なイメージは、多面性を持つ尾崎の一面だけをクローズアップして、ソニーや須藤晃がコーディネートしたものだ。それもまた本質ではあるけれど、「でも、それだけじゃないんだよ」という彼の主張を具現化しようとしたのが、3部作以降の迷走なり試行錯誤であって。
  ただ、その過去を全否定しても、前へは進めない。それもまた自分を創り上げてきた一部であるということを飲み込んで、尾崎はこのアルバムを世に問うた。基本、その時に思ったことをそのまま出す姿勢、それは昔から変わらない。
  静と動、2つの方向性というのは、迷走しているというより、車の両輪のように同等のもの、どちらかを完全に捨ててしまうのではなく、ヴァージョン・アップさせて共存していこうというあらわれだったんじゃないのか。最近になって、そう思う。ただ初めてのセルフ・プロデュースゆえ、細かな仕上げまでは手が回らなかったため、中途半端になっちゃったわけで。
  そう考えると、まだ伸びしろは十分あったわけで、中途半端さにも納得がゆく。





 1.  汚れた絆
  アルバム発売と同時にシングルカットされた、王道アメリカン・ロック・サウンド。とても急ごしらえとは思えない、グルーヴ感あふれるアンサンブルを形作ったのは、ベテラン西本明。E.Street Bandをモチーフとした、自由奔放なアルト・サックスをリードとしたアレンジは、いい意味で野放図な尾崎のヴォーカルと相性が良い。
  歌詞については、それぞれいろいろな解釈があるけど、まぁどう深読みしても斉藤由貴以外ありえない。芸能ニュース的なエピソードはひとまず置いといて、ここで語りたいのは尾崎の変化。
  かつての彼なら、道ならぬ恋を貫くか、地位も何も捨てて守り抜く、といったニュアンスで唄っていたはずのだけど、ここでの尾崎は家族を取り、運命の同士であったはずの相手とは、別れを決意する。歌で嘘は書けない。常に自分の中のリアルを突き詰めて、彼は歌ってきたのだ。
  と、ここまで書いてみてから冷静に考えてみると、不倫の清算を高らかに歌い上げ、しかもリード・トラックにしてしまうとは、並みの神経ではない。芸能ニュースへの話題性としてはアリだろうけど、本人としてはそこを狙っていたとは思えない。サウンドのノリとしてはベストな配置だけれど、テーマとしてはネガティヴだよな。セルフ・プロデュースゆえ、誰も選曲に意見できなかったのか。

2.  自由への扉
  これまでの作品とはどれも似ていない、メロディ・アレンジともに甘さを強調したポップ・チューン。せっかく自分ですべてを仕切るのだから、こうした新機軸も試してみたかったのかな、とも思ったけど、聴き直してみると、他のシンガーを想定して書いた楽曲なのかね、と思ったりもする。
  ファニーで邪気のない、若い2人の恋の行く末を描いてると思われているけど、「~あるはず」という語尾の不安定さは、楽観的と言い切れない。

  闇夜の国に 浮かぶ月明かりに照らされて
  星が揺らめきながら 明日を信じてる
  永遠に思えるような 悲しみと暮らしは続く

  無条件に幸せを享受できない、そんな彼の心境が少しだけ反映されている。

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3.  Get it down
  1.   と同様、ダルでルーズでちょっぴり大ざっぱなロック・ナンバー。初期のファンからも人気が高く、当然、俺的にも食いつきが良くなじみ易い楽曲。小難しい批評性や理屈を抜きにして、純粋に楽しめるアップテンポは、お手のものといった感じ。成長云々とは関係ない、熟成された疾走感が、ここに刻まれている。まぁこれをベースとして、彼はさらに違う表現を探していたのだろうけど。

4.  優しい陽射し
 「生きること。それは日々を告白してゆくことだろう」。
  尾崎がこのアルバムのために添えたキャッチフレーズであり、実際、発売時のキャッチコピーとしても使用された。意味深なアートワークとセットで、強く印象にに残っている。
何気ない言葉をつなぎ、日常のふとした瞬間や心の揺らぎを、ここでは丹念に拾い上げ、そして丁寧に歌う尾崎。
  デビュー当時から情景描写は卓越していたけど、こういった心理描写、対人関係の妙を細やかに描くには、もう少し時間が必要だったんじゃないか、とこの曲を聴くと思う。ひとつひとつの言葉のセンスは秀逸だけれど、どこかフォーカスが絞りきれていない印象。その未整理さもまた魅力なのだけど、さらにその先、成熟した表現をする尾崎が見てみたかった、と思わせる楽曲。

5.     贖罪 
  で、ネガティヴな尾崎の告白という位置付けになるのが、これ。アーバン・ムードの落ち着いたサウンドで語られるのは、タイトルから想起させるような、無為の日々の告白。何もそこまで自己犠牲へ思い詰めることはないのに、と余計な心配をしてしまうくらいである。まぁこれまでのいきさつを思えば、それもわからなくはないけど。
  多少の自己陶酔は否めないけど、まだ20代の男が告白せざるを得なかった事情があったのだ。

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6.   ふたつの心
  ピアノを主体とした、適度にドラマティックなバラード・ナンバー。ここでは尾崎、情感を込めつつ、緩急使い分けたヴォーカルを披露。同世代のアーティストの中でも、歌唱力は突出していたけれど、キャリアを重ねること、また人生経験の深みも合わさって、表現力がずば抜けている。
  何となくだけど、「I Love You」で描かれていたカップルのその後を歌っているんじゃないかな、とは俺の私見。

7.  原色の孤独
 『街路樹』以降から、アルバムに1曲くらい収録されるようになった、具体的な言葉で抽象的な暗示めいた警句を発する、まぁ言っちゃえば中二病的楽曲。いくらでも深読みできるし、なんとなくアーティストっぽい感じには見える。
  色々な解釈ができる内容なので、逆にサウンドは明快なロック・バンド仕様。ハマショーっぽさ全開な気もするけど、深く考えないのなら、ノリのよい音楽。

8.  太陽の瞳
  アルバム制作にあたり、最初に書き上げられた楽曲。副題Last Christmas となっているため、舞台はクリスマスシーズン、みんなが幸せでホッコリしてしまう聖夜とはまるで正反対の、徒労感と絶望に苛まれた連綿と続く日常を、これでもかとネガティブに切り取っている。 ダウナーな時期だったことは察せられるけど、この曲がある意味通底音としてアルバム全体のムードを支配しているため、死の臭いがつきまとってしまった。
  ただ暗い曲だと一蹴してしまうのではなく、尾崎のリアルな情感がむき出しで吐露されているため、その後の方向性を思えば、重要なポイントを示す楽曲だったと言える。後期に頻出した、二重三重にもかけた警告的暗喩の羅列よりは、ずっと入り込みやすいし、他者に伝える表現としても、きちんとまとめられている。
  単に悲観的展望を描いた作品として片付けるのではなく、絶望や無力感を自身の中で整理し体系化というプロセスを経て具現化することによって、表現者は救われる。ここから先へ行けるはずだったのだ。

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9.  Monday morning
  肩の力を抜いてラフなタッチの、カントリーロック風ナンバー。スタジオセッション風のラフなアンサンブルをベースに、尾崎のヴォーカルも軽快で、ピッチもそんなに気にしてなさそう。アコギメインのバンドアンサンブルになると、ほんと楽しそうなのが伝わってくる。
  一聴すると歌詞も聴き流してしまいがちだけど、サウンドとは相反して、あまり前向きな内容ではない。コンクリートジャングルに飲み込まれ、決められた人生のレールに乗せられて暗い顔をした旧友たちを横目に、主人公は道をはずれ、ただ独り夢見がちな時を過ごす。
  でもね、夢見るだけで動かないと、明日ってないんだよ。

10. 闇の告白
  不平不満があっても、声に出せず言葉も知らない、また話を聞いてくれる理解者もいない、そんな大多数の弱者の心の痛みを、尾崎は歌にした。背中を押しても前へ踏み出せない、鼓舞しても立ち上がることさえできない、そこまで打ちひしがれてしまった、弱き民たちの、無為な日々を綴る。
  引きがねは、いつでも引くことはできる。でも、すぐに引くことはない。いざとなれば引くことができる、という諦念が、ある種の妥協点を見いだすことができるのだ。社会との折り合いとは、そんな風に形作られてゆく。

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11. Mama, say good-bye
  アルバムのラストであり、また尾崎が最期に作った歌は、亡くなったばかりの母に捧げられている
  「お母さん疲れさせてごめんね。お母さん、世界中の全ての疲れた心が癒されるように、歌い続けていくからね。」
  曲の完成後、ファンクラブの会報にコメントを残している。
  レトリックも比喩もない、ストレートな愛慕を素直に綴った、追悼の唄。これまでの作風から比べると異色だけど、これもまたアーティスト尾崎豊の幅である。
  尾崎自身、これを最期にするつもりはなかったはずだと思いたい。まだ先はあったはずなのに。







20代尾崎の中間報告 - 尾崎豊 『誕生』

folder 1991年リリース、前作『街路樹』より2年ぶり、5枚目のオリジナル・アルバム。今どき2年くらいなら普通のリリース間隔だけど、この時期の尾崎は表舞台に出ることが極端に少なかったため、「待望の」「久々の」という形容詞付きで紹介されることが多かった。
 その2年の間、覚せい剤所持・逮捕による謹慎と、何かとトラブルの多かった前事務所からの移籍に絡んだブランクもあって、「尾崎っていま、何やってんの?」といった扱いだった。かつて尾崎は時代を先導していたはずだったけど、ちょっといない間に時代はずっと先に行っていたのだ。
 そういった事情もあってか、楽曲のクオリティ・詳細云々より、まずは久々の現場復帰ということで騒がれ、次にまさかの大作2枚組というインフォメーションなどが先行して報ぜられた。なので、言ってしまえば音楽的には二の次、これまでまともに論ぜられたことが少ない、何だか不遇なスタンスの作品である。
 待望していた古巣ソニーへの復帰が叶ったこと、加えて契約更改にまつわるブランク期間を持て余していた尾崎であった。まぁそんなこんなで外出できる時間も減っていたため、必然的に創作活動に向かわざるを得ず、張りきり過ぎちゃったがあまりの、まさかまさかの2枚組になってしまった次第。

 古株のファンだけじゃなく、スタッフも含めた業界内にとっても待望の復活だったのだけど、それもあって一種の祝祭的ムードもあったのだろう。いくら満を持しての復活だったとはいえ、普通の営業サイド的な対応だったら、曲数を絞ってコンパクトに1枚にまとめるよう進言するはず。普通だったらね。ただ、通常の年間計画に沿ったリリースではなかったし、せっかくならサプライズ的な演出や話題を欲していた部分もあったのだろう。
 「2枚組?イヤ〜最高っす大丈夫っすよっ」ってな感じで、ゴーサイン出しちゃったんだろうな。
 そんな前評判が盛り上がっていたおかげもあって、2枚組だというのに軽々とチャート1位を獲得しちゃっている。もちろん、営業サイドによるプロモーション攻勢、それに基づくメディア挙げてのプッシュの結果ではあるけれど、それを単なるルーティンで終わらせるのではなく、関係者各位をその気にさせてしまう熱量は、やはり時代のカリスマたる所以である。

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 チャート1位は獲得したけれど、肝心の内容・詳細を深く掘り下げたメディアはごく少数だった。
 前述の覚せい剤使用は業界内に大きな波紋を呼び、特に音楽雑誌のほとんどは、尾崎に関するニュースや記事の掲載を、まるで申し合わせたかのように取りやめていた。本来なら、音楽雑誌こそが先陣を切って、批判なり擁護なりを取り上げるべきなのに、メジャー雑誌のほとんどは沈黙を守っていた。まるで「尾崎豊」という存在を抹消するかのように。尾崎の話題を積極的に取り上げるのは、スキャンダラス性を優先した女性週刊誌や写真週刊誌ばかりだった。
 そんな中で唯一、尾崎の特集を緊急掲載したのが、邦楽メディアに本格進出して間もないロキノンだった。当時、編集長だった渋谷陽一は、声高々に「ジャーナリズムの責任放棄」云々を説き、既存メディアの不甲斐なさを痛烈かつロジカルに批判した。
 当時の渋谷陽一は尾崎の件だけじゃなく、「ミュージック・マガジン」や「パチパチ」に何かと噛みついて誌上論争を繰り広げ、相乗効果で発行部数を伸ばしていた。まぁ今にして思えば、新規事業に食い込んでゆくため、ちょっと強引な政策も必要だったのだろう。
 当時は純粋なロキノン信者だった俺は、そんな丁々発止を毎月固唾を飲んで見守っていたのだけれど。まぁ今にしてみればプロレスだよな、要するに。正直、10代だった俺から見ても、半分イチャモン的なバトルもあったわけだし。

 で、謹慎中の尾崎。同じソニー・グループであるはずの「パチパチ」が口を閉ざしちゃったのだから、その影響は計り知れず。『誕生』リリース頃にはその規制も解かれていたけれど、不倫だ独立だ契約トラブルだで、スキャンダラスな面ばかりが喧伝され、せっかく長い時間をかけて築き上げてきたカリスマ性は、大きくダダすべりしていた。
 今にして思えば、「居場所を求めて彷徨い、迷走し続ける姿」もまた、尾崎にとってのリアルな姿であったはずなのだけど、まぁ金がらみや犯罪がらみなど、何かにつけ生臭い話題ばかりが先行してしまったせいもあって、リスペクトしづらい雰囲気があった。
 いっそ開き直って私小説的に、「答えなんてない/永遠に探し続ける」とか何とか言い切ってしまえば、二流のシンガー・ソングライターとして、もう少し長く生きられたのかもしれない。でも、尾崎自身がそういった方向性を良しとしなかったし、一部のメディアや熱烈なファンもまた、そんな赤裸々な姿を潔いと崇めていたフシがある。
 カリスマゆえの悲劇だよな。

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 「尾崎信者」と揶揄された熱狂的なファンは、彼と同世代かちょっと下、いまのアラフィフ世代が中心だった。言っちゃえば俺のこと。だって、中3の春に「卒業」に出会っちゃったんだもの。多かれ少なかれ、この世代は尾崎のライフスタイルの影響下にある。就職や進学の節目を迎え、大人の階段をのぼるかのぼらないか、そこへ足を踏み出すのに躊躇したり、または踏み出さざるを得なかったりして。
 80年代後半は、尾崎だけじゃなくBOOWYやブルーハーツなど、その後の日本のロックの礎となるカリスマが次々に生まれた時代である。もちろん彼らだけが絶対的存在ではなく、カリスマ性はなくともアクが強い・押しが強い・個性が強い・クドいなど、百花繚乱である。当然、どのアーティストも一家言持っていたり持っていなかったりで、思想やコンセプト、メッセージ性も違ってくる。
 なので、この世代をたったひとつの価値観、OZAKI的視点だけで括ってしまうのは、相当無理がある。あるのだけれど、ある固有の年齢層に向けて発せられたメッセージ性・人生観の転換という点に絞れば、「尾崎豊」という現象は強い影響力を有していたのだ。
 まだ知恵も経験も少なく、何かにつけ未熟で青臭いティーンエイジャーにとって、同世代の彼の一挙手一投足は、理想像の自己投影であって反面教師であり、一部の人にとっては生きる指針でもあった。尾崎によって人生観を定義づけられた人、またレールを外れてしまった人は相当多い。
 以前もちょっと書いたけど、俺世代のオラオラ系・「昔ヤンチャしてました」系の人たちのカーステでの尾崎率・ブルハ率は相当高い。これがもうちょっと枯れちゃったりすると浜省に行き、変に日和っちゃったりするとEXILE系に行っちゃうのだけど、まぁそれは別の話。

 「10代3部作」なんて総括してしまったのは後づけであって、ソニーが最初から綿密に成長ストーリーを描いていたわけでは勿論ない。さだまさしをリスペクトしていた新進フォーク・シンガーにちょっとロック風味のサウンドの意匠をかぶせたところ、思惑以上に盛り上がっちゃったので、スタッフサイドが泥縄でくっつけた方便である。もともとは尾崎の本意とは別のところで形作られたものであって、クリエイティブ面での必然性はまったくない。
 本来なら、「尾崎豊」という将来あるアーティストにとって、「10代特有の苦悩」とは単なる通過儀礼だったはずだ。それが周囲の思惑を超える反響で「現象」化してしまい、それをまたメディアが煽るものだから、業界内外に狂信的なファンを産み出してしまう。そうなると尾崎もそんな期待に応えざるをえず、通過儀礼がいつの間にかライフワークになってしまったわけで。
 いっそビジネスと開き直って、「永遠のティーンエイジャー」を演ずるのもよし、それかもっと肩の力を抜いて、年齢相応のテーマを歌うシンガー・ソングライターへと移行してゆくのもよし。アーティストとしての寿命を考えるのなら、そんな選択肢もあったはずだ。まぁ前者だったら、多分時代の徒花として消費され、とっくの昔に消えていただろうけどね。

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 ただ二十歳を迎えた尾崎、そんな安易な自己模倣を繰り返すことは望まなかった。馴染みのファンが快く歓迎してくれる、生暖かい世界。それはそれで居心地が良かっただろうけど、でもそこは長く留まるところではないのだ。
 彼は10代の自分を清算し、決別して前へ進む途を選んだ。そしてまた、これまで着いてきてくれたファン達と共に、次のステップへ進んで行くことを目指そうとした。
 尾崎は同世代のオピニオン・リーダーとして、「共に成長しよう」と呼びかけようとした。かつて批判し乗り越える壁であったはずの「社会」や「大人」とも、闘い抗うのではなく、対等の立場でコミットしてゆく途を選ぼうとした。
 ただ、ここでひとつの疑問。
 -「人間は常に成長し続けなければならない」って、一体誰が決めた?

 で、もうひとつ。
 - 成長し続けたとして、それが一体、何だというの?
 どちらも正解のない問いである。むしろ、そこに至るためのプロセスが重要である種類の設問である。冷静に考えればこういうのって、「結局は人それぞれ」という結果に落ち着いてしまうのだけど、きちんとした模範解答を探しあぐねていたのが、当時の尾崎である。そんな模範解答の中間報告として、持って回った言い回しやめんどくさい思想を並べ立てて、相対的な価値観を提示したのが、この『誕生』という作品集である。
 哲学・思想用語からインスパイアされた言葉は抽象的で、ごく平凡な日常を送る大多数の10代にとっては、縁のないものばかりである。シンプルな事象を複雑に描写することが、当時の尾崎が思うところの「成長」だったのだろうか。そして、それを咀嚼し理解することが、信者としての務めである、と思われていたのだ、ごく一部では。
 ただ、誰もがロジカルで完璧な論理を知りたいわけではない。我々は大学教授の講義を聴きたいわけじゃないのだ。
 理性よりまず先に、感情を揺さぶる言葉と歌、そして「あっ、これイイね」という、脊髄反射的に心惹かれてしまうメロディ。ポップ・ミュージックの世界では、それらが最も重要であるはずなのに。
 多分、そんなことは尾崎もわかっていたのだろう。わかってはいたのだけれど、そのメソッドが見つからないでいる。ここで発表されている言葉はすべて、かりそめのものばかりだ。ここで発せられる言葉の多くからは、自信を持って断言できない迷いが浮かび上がっている。
 伝えたい言葉はこれじゃない。次はもっと、伝わりやすい形を目指そう。最高傑作は次回作だ、と誰かが言ってたじゃないか。
 そのつもりだったのだけど。


誕生
誕生
posted with amazlet at 17.06.25
尾崎豊
ソニー・ミュージックレコーズ (1990-11-15)
売り上げランキング: 34,016



1. LOVE WAY
 アルバム・リリース直前、ほぼ前触れもなく発表されたリード・シングル。復帰第一弾ということもあって世間の注目を集め、マイナス・イメージが蔓延していたにもかかわらず、オリコン最高2位をマーク、売上的には復活をアピールした。したのだけれど、正直、戸惑うファンが多かったのも事実。取りあえず久しぶりの音源ということもあって、迷わず購入した人も多かっただろうけど、聴いてみると「何か違う」感が微妙に引っかかっていたのが、俺の私見。
 散文的に吐き出された歌詞の密度は、ひたすら濃い。確かに巷で言われているように、彼の歌の中では最も難解だし、ヘビロテするにはちょっと胃もたれする。後期尾崎にとっての代表曲ということも、うなずけるクオリティ。
 膨大な情報量を一曲に詰め込んだ、という見方もできるけど、実のところはどのセンテンスも示唆が優先し、文脈的にはかなり破綻していることに気づかされる。サウンドのハードさ、ヴォーカルの熱量によって、つい勢いで「深い言葉」と納得してしまいそうだけど、次々生まれ出てくるイメージの断片を具体化できず、乱雑にまとめてしまったが故の産物がここにある。
 フレーズひとつひとつ、言葉の刃の切れ味は凄まじい。ただ、それらの言葉はバラバラに作用してまとまったベクトルにはならず、それを自覚して苦悶にあえぐ尾崎の姿が刻み込まれている。
 そんな言葉の求心力の不足は、晩年まで尾を引くことになる。



2. KISS
 『回帰線』あたりに収録されててもおかしくない、ステレオタイプのアメリカン・ロック。そろそろグランジが台頭し始めた90年代初頭には古くさく聴こえたけど、いま聴くとその大らかさによって、時代に侵食されることを防いでいる。シンプルなものほど耐用年数が長い、という好例。
 シンプルなロックンロールにおいて、言葉の重みはあまり重要なファクターではないため、ここではむしろ「カバン抱えた企業戦士」「子供たちはイヤフォンで耳をふさいで漫画を読む」など、90年代時事風俗の空気感を味わうのも、楽しみ方のひとつ。

3. 黄昏ゆく街で
 Eddie Martinezのメロウなガット・ギターが印象的な、後期尾崎の代表的バラード。リリース当時は地味な印象としか思えなかったけど、その後のサウンド・コンセプトの軸となるシックなアンサンブルは、この年になるとしっくり馴染む。
 不倫と結婚を通過して得た、青春期とは違う恋愛観は、倦怠感と希望とがシームレスに交差する。
 かつて「I Love You」において、「何度も愛してるって聞くお前は この愛なしでは生きてさえゆけないと」と、直情的な愛をネガティヴに語った。
 しかしここでの彼女は「髪をなでると ぼんやりと僕を見つめてこう聞く ねぇ これでいいの…?」
 熱情の時間を終わりを告げ、恋愛感情よりむしろ、将来の生活を意識しなければならないことを、できるだけ第三者的な視点で活写している。
 一応シングル・カットされており、オリコン最高32位。今だったら映画やドラマの主題歌に使われて、もっと上位も狙えるのかもしれない。いやないか、今どきメディアにそんな力なんてないよな。

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4. ロザーナ
 導入部が「路地裏の少年」っぽく聴こえるけど、考えてみりゃ元をたどればBruce Springsteenか。CCR「雨を見たかい」もこんな感じだよな。どっちにしろ、8ビートにアコギ・ストロークを乗せちゃうと、どれも似たようなテイストになってしまう。なので、リスペクトということにしよう。
 歌詞の内容からいって、時期的に「不倫」というキーワードが浮かんでくるのは致し方ないとしても、でも『誕生』って主題のアルバムにこんな後ろ向きなテーマをぶち込んでしまうとは。
 偏見かもしれないけど、商売的なゲスさが浮かび上がってくる。楽曲そのものはきちんと作り込まれているので、そこがちょっと惜しい。

5. RED SHOES STORY
 再びストレートなロックンロール。オールド・タイプのロックンロールといえば、「金と女とドラッグ」と相場が決まっているけど、ここでは前事務所マザーを皮肉った、金がらみのモンキー・ビジネスを悲喜劇交えて歌っている。まぁこういった題材を取り上げること自体、取りあえず手打ちが行なわれているわけで。ほんとにシリアスに訴えるのなら、それこそ「Love Way」みたいなテイストになっちゃうし。

6. 銃声の証明
 基本、完全な主観か半径5メートル以内の知人友人の体験談を題材に歌を書いてきた尾崎だけど、ここでは自身から最も遠い立場に身を置いて、可能な限り客観的なフィクションとして完成させている。何しろ題材がテロリスト。客観を超えて荒唐無稽とでも表現すべきか。
 そのテロリストの描写があまりにステレオタイプだ、という見方もできるけど、「架空の人物を自身に憑依させる」というメソッドは、ある意味、尾崎の新境地である。こういった制作手法を発展させることができれば、アーティストとしての寿命はもう少し永らえたんじゃないかと思われ。

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7. LONELY ROSE
 フィクションの主観化と並んで、流麗なメロディ・ラインと何気ない情景描写の妙を丹念に織り上げること。後期尾崎の可能性として、ひとつの資金的存在となったバラード。初期アルバムにもこういったタイプの楽曲は収録されていたのだけど、一本調子なヴォーカライズがニュアンスを掻き消してしまっていたのは事実。
 ここでは緩急取り混ぜた、情感的なヴォーカル・テクニックを披露している。アクセントとして、Martinezのギターがうまくウェットな情感を演出している。

8. 置き去りの愛
 で、そのヴォーカル・テクニックが最も如何なく発揮されているのが、これ。時々、西城秀樹と錯覚してしまいそうなほどエモーショナルな歌声は、全キャリアの中でも屈指のクオリティ。歌詞においても複雑な言い回しや言葉は使用されず、非常に歌謡ロック的。前曲に続き、ギターの咽びが感情の揺れを誘発している。

9. COOKIE
 バンド・サウンドを前面に押し出したカントリー・ロックは、へヴィーなテーマが並ぶアルバムの中では小休止的なアクセントとして機能している。いるのだけれど、視点がティーンエイジャーの高さであることが、ちょっとだけ気になる。「俺のためにクッキーを焼いてくれる」彼女への想いと、大人の社会への警句めいた皮肉との対比を狙っているのだろうけど、敢えてこの時期にやることじゃない。その皮肉もかつての手法をなぞった感じだし。

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10. 永遠の胸
 CD1枚目ラストを飾るのは、スケール感あふれる王道ロック。当初、アルバム・タイトルをこれにする案も出ていたらしく、「誕生」と並ぶ「もうひとつの主題」と言い切っちゃっても良い。
 尾崎としては、これまでの紆余曲折の総括としてこの曲を書いたのだろうけど、皮肉にも人生の幕を下ろすには最適の、高いクオリティのセンテンスで埋められている。
 強烈な磁場を持つメッセージ性を内包したタイプの楽曲は、一旦ここで打ち切り、もっとフィクションや情景描写的な楽曲が多くなるはずだったのだろうけど、人間、そこまで割り切れることはできないもの。十代には十代の、そして二十代には二十代の苦悩が終始付きまとう。



11. FIRE
 CD2枚目冒頭を飾る、疾走感あふれるロック・チューン。トップのつかみとして、これでこれでOKなんだけど、「体制に逆らいながら振りかざす 俺が手にもっているのはサーベル」なんて一節が入ってるくらいなので、ちょっと陳腐さが否めない。リリース当時はこうした景気の良いサウンドが好きだったけど、いまの俺にはあまり響かない。年食ったせいだろうな、きっと。

12. レガリテート
 歌謡曲テイストの濃い旋律が、タイトなリズムによってメリハリがつけられている。プロフェッショナルなサウンドで構成されている、二十代の尾崎が目指すところの「大人の音楽」。個人的には好きなサウンド・プロダクションではある。あるのだけれど、歌詞もまた大人テイストを志向したのか、ちょっと抽象的。ドラマティックな恋愛観を直情的に表現するのではなく、ある種の規範をもって抽象的に語るのが大人だというのなら、「それはちょっと」となってしまう。言葉に足腰が入っていないのだ、要するに。

13. 虹
 なので、こういった抒情的な心象風景を淡々と綴っている姿の方が、尾崎の志向・適性には沿っている。確かに新境地的な部分はないけどね。でも、こういった曲もあった方が既存ファンはホッとするし、第一、そこまで難解なセンテンスは求めるコア・ユーザーは少数だ。一体誰だ?「進歩しなくちゃならない」って思い込ませたのは。

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14. 禁猟区
 ダルなブルースに載せて歌われるのは、自らのドラッグ体験。よくこんな歌詞がメジャーの審査に通ったもんだ、と余計な心配さえしてしまいそうになるけど、まだこういった挑発的なスタイルが許された時代だったのだ。
 ちなみに尾崎、罪は罪として受け入れて罰は受けたけど、ここでは特別、ドラッグ使用について否定的ではない。まぁ表だって肯定したり擁護したりするようなことはないけど、ドラッグ使用によって開けた新たな価値観は、それほど強烈なものだったのか、それとも継続的に使用していたのか。

15. COLD JAIL NIGHT
 重厚なメタル調リフのイントロと歌い出しが「愛の消えた街」にそっくり。拘置所での体験がベースとなった歌詞は、まぁやさぐれていること。
 しかし、釈放されて間もなくこんなテーマを歌っちゃうのだから、アウトロー精神ハンパない。「獲得した経験はもれなく使い切る」という創作姿勢は、ある意味潔い。

16. 音のない部屋
 ハードなタッチの楽曲が続いてたので、続けてこれを聴くとホッとしてしまう。「いい曲だなぁ」と思ってしまうのは、ソニー・スタッフの思惑通りなのか。うまい構成だよな。
 「二人の心はひとつ」で締めくくっているけど、ここでの二人の心は終始すれ違いが多く、どちらもあさっての方を向いている。「ひとつである」と思いたいのだ。思いたいのだけれど、でもそんな自分をまだ信じ切れずにいる尾崎がいる。



17. 風の迷路
 黄金パターンで作り込まれたメロディは、はっきり言ってベタ。ベタだけれどやっぱり、日本人にとってはばしばしツボにはまる旋律である。またいい感じに力を抜いたヴォーカル、これも上手いんだよな。
 こういった曲を聴くと、ほんとこの人、歌がうまかったんだな、と改めて思い知らされる。またメロディ・メイカーとして、もっと評価されてもよかったんじゃないかと、今さらになって思う。
 歌詞?ちょっと青臭いけど、いいじゃんわかりやすくって。

18. きっと忘れない
 オールディーズ調コーラスを使用した、サビが印象的なナンバー。このアルバムの中ではもっともポップでハッピーでファニーなムードに満ちている。
 奥さんに捧げたのか、果たして幼い息子に捧げたのか。ネットでは意見が分かれているけど、俺的に正解は両方。「家族」という単位総体に向けて尾崎は歌っており、そして自分にも言い聞かせるように「きっと」と念を押している。

19. MARRIAGE
 素直な結婚賛歌として受け止めるのが、作者の意図であるという俺の私見。素直な口調で素直な言葉を紡ぐ、そういった尾崎がここにいる。
 時代に警笛を鳴らすアジテーターとしての尾崎ももちろん真実だけど、こっちの側面ももちろん真実。ロマンティックな見方だけど、俺はこの歌、「I Love You」の続編だと思っている。

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20. 誕生
 ラストは10分を超える壮大なロック・チューン。前半はビートを強調してリズミカル、終盤の長い長いエピローグでの独白後、ドラマティックなフェード・アウト。
 息子に出会うまでの回想が、走馬灯の如くゆっくりと、それでいて強力な磁場を放ちながら物語を紡ぐ。
 荒れた生活から立ち直る希望として、新たな命への賛歌は、とても力強い。


ALL TIME BEST
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北海道の中途半端な田舎に住むアラフィフ男。不定期で音楽ブログ『俺の好きなアルバムたち』更新中。今年は久しぶりに古本屋めぐりにハマってるところ。
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