好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

#Pop

くっだらねぇけど憎めない。ある意味、アメリカの良心。 - They Might Be Giants 『Flood』

51CehKA148L._SX355_ 家にいることが多くなったため、ここ最近はノスタルジー・モード、もっぱら80〜90年代の洋楽中心に在庫を漁っている。そんな中、「そういえば、こんなユニットいたよな」と思い出した。調べてみると、まだやっていたことにちょっと驚いたよThey Might Be Giants、略してTMBG。
 もともとがバカ売れするタイプの音楽ではなく、シニカルなDIYポップの、さらにニッチなところを狙う音楽だったけど、どうやら今も同じ按配らしい。多分、今後もおんなじペース・おんなじ趣向で、未来永劫続けてゆくと思われるので、万が一にも、バカ売れする可能性はない。「ない」って言い切っちゃったけど、多分、本人たちもそう思ってるはず。
 アーティスト写真を見れば察しがつくように、普段からそれほど生活費もかけてなさそうな見栄えのため、活動維持にお金がかかることもない。一応、活動歴も長いベテランではあるけれど、業界内で偉ぶることもなければ、徒党を組むことも、ほぼない。極力マイペースを保ち、身の丈に合った生活を望んでいるのだろう。
 永遠の大学院生みたいなビジュアルのため、ミーハーな女性ファンがつくことは、まずあり得ないけど、パリピとは縁遠い文化系男子・女子からの支持は熱い。ファンの新陳代謝は少ないけど、一度ハマると抜け出せない、
 新譜を見たら何となく買ってしまう。この「見たら」というのがミソで、わざわざ新譜チェックして買うほどじゃないことが、ファン層の拡大を阻んでいる。まぁこの先、増えることもなければ減ることもなさそうだし、それはそれでアリか。
 近年は日本盤が出ることも少ないので、CDショップでついで買いされることも少なくなった。俺もそのひとりである。
 ―こんな風に書いてると、なんか小バカにしてるように思われそうだけど、全然違う。あくまで愛情があってのイジリであり、悪意が先立っているのなら、そもそも取り上げることもない。
 こんな視点で語られることを、何となく許してくれるんじゃね?というムードが彼らにはあるので、多分そんなに怒られることは、ない。ないと思う。

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 マサチューセッツ州リンカーンで育ち、地元の高校で顔見知りだったジョン・フランズバーグとジョン・リンネルは、別々の大学を卒業後、ブルックリンの同じアパートで再合流する。似たモノ同士がくっつき合って結成されたユニットなので、いわゆるバンド・ストーリー的な展開とは無縁である。
 ドラム・マシンを用いたデュオ形式のライブは、ポスト・パンク以降、大きな動きがなかったニューヨークのライブ・シーンで注目を浴び、あれよあれよとメジャー・デビューするに至る。ヒップホップの台頭に押され、ニュー・ウェイヴの残骸が鬱積する中、定型的なロックやフォークとは一線を画した彼らの登場は、ある意味、歴史の必然だった―、ちょっと大げさすぎるな、そこまで大層なもんじゃない。
 彼らのスタンスなりサウンド傾向といい、ロックの時間軸で捉えるより、ニューヨークのアート・シーンという視点で見た方が、いろいろと見えてきやすい。ポエトリー・リーディングやパントマイム、シンプルな弾き語りからハードコア・パンクまで、何でもありのアンダーグラウンド・シーンから輩出された、パフォーミング・アートの一端と捉えれば、その特異性も納得がゆく。
 既存のロックのフォーマットを使わず、ちょっと斜め上の目線から、シニカルなパロディや実験を行なうことで、TMBGは独自のスタンスを貫いている。明確なフォロワーもいなければ熱烈なリスペクトもない、いわば一代年寄みたいな存在である。まぁ今後も、継承者になろうって強者、いねぇだろうな。
 パソコンおたくみたいなルックスのジョン×2がTMBGを始めるにあたり、髪を立てたり染めたり中指立てたり革ジャン羽織ったりしても、サマにならないのは、わざわざ自己分析しなくても明らかだった。ていうか、当初からサブカルなスタンスだった彼らにとって、自由度の少ない、「いかにも」なロックのフォーマットは、むしろ鼻で笑っちゃう枠組みだった。
 ちゃんとしたロック・バンド・スタイルもあれば、チャチなシーケンスに乗せてくっだらねぇコトをつぶやいたり。敢えてスタイルを限定せず、脱力してしまうことを脱力したまま、飄々としてやってのける彼らが存在できることは、それこそアメリカ、ニューヨークのオルタナ・シーンの数少ない良心と言える。

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 メジャー・デビュー前の1985年、彼らは「Dial-A-Song」というプロジェクトをスタートさせた。それは度重なる偶然から生まれた、小さな思いつきだった。
 コツコツ地道なライブ活動を続けていた矢先、リンネルが自転車の事故に遭い、手首に怪我を負ってしまう。さらに追い討ちをかけるように、フランズバーグのアパートに泥棒が入り、その後処理のゴタゴタもあって、TMBGはライブ活動を中断、事実上の活動休止に追い込まれてしまう。
 楽曲制作には支障はなかったし、時間はたっぷりあり余るくらいだったため、新作はいくらでもできた。まぁ正直、練り上げるタイプの楽曲じゃないし。
 ライブができる環境もなければ、レコードを作る資金もない。そんな彼らが新曲発表の手段として選んだのが、留守番電話だった。
 彼らはまず、「ヴィレッジ・ヴォイス」をはじめ、ニューヨークの新聞やタウン誌に、電話番号を書いた広告を出した。その電話番号にアクセスすると、1分前後の楽曲を聴くことができるシステムだった。
 ラインナップは、ほぼ週1ペースで更新された。当時から、事務的なメッセージと合わせて、自分の好みの曲をBGMとして流すケースはあったけど、情報発信のツールとして使う発想は画期的と言えた。
 言ってしまえばイレギュラーな手段であるけれど、いまだアングラ・カルチャーの発信地である、ニューヨークという特殊な地域性を思えば、これもパフォーミング・アートのひとつとして、附に落ちたりする。

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 通算3枚目のアルバムとなる『Flood』は、彼らにとってメジャー初リリースとなる彼らの代表作であり、その界隈では広く知られている。あくまで「界隈」だよ、一般的には知られてないけど。
 19曲も収録されているにもかかわらず、ほとんどの曲が2分台という、まるで大瀧詠一のデビュー・アルバムみたいな構成だけど、これに限らず、ほぼすべてのアルバムがこんな感じ。ジャンルは全然違うけど、TMBG同様、ニューヨークをホームグラウンドとしたラモーンズも、短い曲ばっかだったな。
 デビューから一貫して、「しょうもないテーマを低コストで表現する」芸風は変わっていないのだけど、ここは初メジャーということもあって、前2作よりスタジオのランクはアップ、ゲスト・ミュージシャンもちょっと多く投入されている。
 さらにエレクトラ、本気で売れ線狙いをコーディネートしようとしてか、当時、第一線で活躍していたクライブ・ランガー&アラン・ウィンスタンレーにプロデュースを依頼している。もしかして、ティアーズ・フォー・フィアーズやペット・ショップ・ボーイズ路線を狙っていたのかね。
 バジェットが大きくなったことは、彼らもちょっとは意識したのだろうけど、収録された楽曲はどれも相変わらずのとっ散らかり具合であり、結局のところ大きな変化はない。売れっ子だったランガー&ウィンスタンレーのスケジュールを長期間押さえることができなかったため、実際のサウンド・プロデュースはごく一部、あとはTMBGのセルフ・プロデュースとなったため、結局は彼らの好き放題となっている。
 以前からレビューしているビューティフル・サウス同様、彼らもまた、どのアルバムを聴いてもそんなに変化はない。「当たりはずれがほぼない」という言い方もあるし、「どの作品もオススメ」と言い切っちゃってもよい。
 逆に言えば、この『Flood』もTMBGの中で際立った名作ではないのだけれど、日本ではロキノンやクロスビート界隈で好意的に取り上げられたこともあって、知名度的にはちょっとだけ頭抜けている。本国アメリカでも、なんとプラチナを獲得するほど売れたため、今年はリリース30年を記念して、『Flood』再現ツアーが企画されている。
 タイミング悪く、新型コロナによるロックダウンの影響で、開催予定が続々延期になっているけど、チケットはほぼ半分の地域でソールド・アウトとなっている。アリーナ・クラスが似合うサウンドではないため、ホール・クラスが中心ではあるけれど、根強い人気があることは窺える。

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 バカらしくて、くっだらない。シニカルではあるけれど、どこかヌケてて「プッ」と吹き出しちゃう。
 そんな楽曲を長年に渡って、大量に制作し続ける気力・体力を維持するのは、並大抵のことではない。常にメインストリートの端っこを横足跳びで闊歩し、斜め上を見ながら、たまによろけたり、ドブに足突っ込んだりして。
 そんな彼らが活動し続けていられるという状況というのは、案外、世の中も平和である証拠である。エンタメ業界全般が今後どうなるか、先行きが見えない状況が続いているけど、フットワークの軽い彼らなら、「どうにかするんじゃね?」という気がするので、あんまり心配にならない。





1. Theme from Flood
 そのまんま、「TMBGの『Flood』、これから始まるよ」と告げるオープニング。なんか仰々しいコーラスだけど、いつものように、言ってることは大したことない。

2. Birdhouse in Your Soul
 ビルボードのモダン・ロック・チャートで3位、なんとUKでも最高6位、なぜかアイルランドでも12位にチャート・インしちゃった、TMBG最大のヒット曲。
 ちゃんとしたファズ・ギターと、シンプルだけどちゃんとしているドラム・プログラミング。ホーン・エフェクトなど、そこかしこで遊んでるパートもなくはないけど、彼らとしてはまっとうなポップ・チューン。なので、別な角度で見れば、彼らとしては異端の楽曲でもある。
 頭でっかちなアイディアを可視化するため、飛び跳ねたり変なサングラス作ったりチャリンコ周回させたりなどなど、いろいろ奇をてらった趣向は凝らしているけど、大学生の実験映画みたいになっちゃってるPVも、今にしてみれば微笑ましい。



3. Lucky Ball & Chain
 オーソドックスなカントリー&ウエスタンだけど、どこかで聴いたことがありそうで、やっぱTMBGだなと思わせてしまう、これもポップ性高いチューン。案外、こっち方面へ進むのもアリだったんじゃないかと思われるくらい、デキはいい。まぁ絶対やんなそうだけど。

4. Istanbul (Not Constantinople) 
 『Flood』制作にあたり、時間的な制約やら予算の都合やらで、ランガー&ウィンスタンレーのプロデュース・ワークは4曲にとどまり、2.に続き、これも彼らの手によるもので、そういうこともあってか、ちゃんとしている。
 いま初めて知ったのだけど、彼らのオリジナルではなく、1953年に発表されたノベルティ・ソングのカバーである、とのこと。YouTubeにオリジナルがあったので聴いてみたけど、なんだこれ。白人ドゥーワップ?TVドラマの挿入歌っぽいけど、よく知らん。
 よくこんなの見つけてきたよな、と思ってしまうけど、彼ら世代のアメリカ人には、もしかしてお馴染みの曲なのかもしれない。

5. Dead
 安いピアノと適当なコーラスに彩られた、リズミカルなポップ・バラード。親しみやすいメロディと肩の力が抜けたセッション具合はいいのだけれど、歌ってる内容が「食料品の袋として生まれ変わる物語」という、何ともしょうもねぇ。
 何かの比喩なのかどうかは不明だけど、敢えてラフなセッション風に演じることは、多分、「死」を真正面から語ることへの気恥ずかしさから来るのだろうか。

6. Your Racist Friend
 これもランガー&ウィンスタンレー:プロデュースによるもので、なのでやはりちゃんとしている。逆回転ギターやホルン、シンセ・ドラムなど、ユニットお得意のガジェット使用を尊重しつつ、きちんとCMJチャートに並べても恥ずかしくないサウンド・コーディネートになっている。
 レイシストとタイトルに入っているように、サウンドに反して歌詞は結構硬派。彼らのスタンスとしては、「すっごいくっだらねぇことを、フル・コーディネートしたサウンドで歌う」ことが定番なのだけど、プロデューサー的には「イケる」って思っちゃったんだろうな。

7. Particle Man
 で、そんな風にきっちり仕上げられたサウンドではなく、彼らの魅力が最も如何なく発揮された楽曲というのが、これ。その後の「大人も聴ける童謡」路線にも連なる、まぁくっだらねぇ歌。単なる語呂合わせの鼻歌から発展したような、それでいてクセになって耳から離れない。多分、俺が彼らの曲でも最も好きなのが、これ。「内容なんてないよう」っていうダジャレが最も合う、まぁホント適当な歌。



8. Twisting
 ゴーゴー・ダンスが始まりそうなオルガンで始まる、サイケな60年代テイストのポップ・ロック。ファースト・テイク完成寸前、プログラマーの凡ミスでリズム・トラックが全消去され、また最初からやり直した、というエピソードが残されている。

9. We Want a Rock
 「ロックを欲している」と歌っているのに、全然ロックっぽくない、ていうかポップなフォーク(民謡)・ソング、といった風情。「ポップなウォーターボーイズ」って言ったら、どっちに失礼かね。

10. Someone Keeps Moving My Chair
 ジョン×2によるセルフ・プロデュースと言われて信じられない、っていうかあんまり信じたくない、それくらい「ちゃんとした」ポップ・ロック・チューン。UKニュー・ウェイヴっぽいギターやサビメロなど、「やればできるじゃん」って言ってやりたいけど、アルバム1枚この調子だったら、多分つまんねぇんだろうな。彼らにコレばっかり求めるファンなんて、そもそもいないから。

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11. Hearing Aid
 ぎこちないシーケンス・レゲエという、彼らにしては珍しいリズム・トラック。もうちょっとダブっぽくやればUB40みたいになりそうだけど、あくまで「~風」っていうのが、彼らの味である。やればできなくはないけど、これでフル・アルバム作るのは、ちょっとムリっぽいし、第一、そこまでのめり込むほどじゃなさそうだし。

12. Minimum Wage
 2流のイタリア映画のサントラみたいなインタールード。まぁ「なんかゴージャスに、「最低賃金」って言ってみたかっただけ」だろうから、深く追求するのは野暮。

13. Letterbox
 UKネオアコ・ポップの意匠を借りた、実は真っ当なラブ・ソング。いつもふざけた楽曲ばっかり作ってる2人だけど、案外こっちの方にも静かなシンパシーを感じていたりするところが、文科系っぽい。

14. Whistling in the Dark
 モンティ・パイソンにも通ずる、「なに歌ってるかは不明だけど、多分にくっだらねぇことを大仰に歌ってる」曲。ビートルズがもし活動継続していて、もしかしてポールとジョージが2人でスタジオに籠ったら、こんな感じに仕上がるんじゃなかろうか、と。

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15. Hot Cha
 ボード・ゲームに登場する馬のキャラクターをテーマにした、架空のCMソングみたいな位置づけの楽曲。おもちゃっぽいドラムやホーンで埋め尽くし、要は「Hot Cha!」って歌ってみたかっただけ。多分、それだけ。なので、意味を求めるなよ。

16. Women & Men
 タイトルからして、もしかして崇高なテーマなのかもしれないけど、ふたを開けてみると、気の抜けたようなポルカ、というのがやはり彼ららしい。ランガー&ウィンスタンレーに任せたら、もうちょっとイケた感じで仕上がったのかもしれない。これはこれで脱力感があって、俺は好きだけど。

17. Sapphire Bullets of Pure Love
 チープなシンセによるリズム・トラックを効果的に使った、すごく広義な意味でのダンス・チューン。彼らの曲で踊れる自信はないけど、まぁまぁダンサブル。シンディ・ローパーあたりに歌ってもらえれば、もうちょっとアクティヴだったかもしれない。まぁねぇな。

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18. They Might Be Giants
 「モンキーズのテーマ」にインスパイアされて作られたらしい、ポップなカントリー・チューン。間奏のギターもそうだけど、ニュー・ウェイヴに由来する批評的な第三者視点が常にあるため、いい意味で言えば「フェイクっぽさ」が彼らの魅力であることが、ここに凝縮されている。悪く言っちゃえば「インチキ臭い」とも言えるけど。

19. Road Movie to Berlin
 ラストは彼らがヨーロッパ・ツアー中に訪れた、統一前のベルリンの壁から着想を得て書かれたバラード。さすがに最後は「ちゃんとしよう」と思ったのか、茶化すこともなく、比較的まともなナンバー。

 ―と思っていたのだけど、考えてみれば、ここまでずっと、オープニング・テーマ以外、Flood(洪水)に触れてない。コンセプト・アルバムっぽくまとめているけど、肝心のコンセプトがないがしろにされている。
 最後まできちんとプロデュースされていたら、ちゃんとストーリー仕立てになっていたのかもしれないけど、結局、やりたい放題好き放題。まぁ、こんなんでいいんだろうな、TMBG。







「がんばったのに、報われない」。そんなの、人生でよくアリがち。 - Beautiful South 『Gaze』

folder 1999年、イギリス南部を中心とした地域密着インディー・レーベルとして頑張ってきたGo!Discsは、大メジャー:ポリグラムに吸収合併された。「営業方針の変更のあおりで、サウスも路線変更を強いられることになった」というところまでは、以前のレビューで書いた。
 レーベル古株であるビリー・ブラッグも去り、Portisheadと並んで、実質的に看板アーティストとなったサウスだったけど、表立って屋台骨を支えるようなタイプではなかった。どちらかといえば、英国限定のドメスティックなローカル・バンドであり、周囲もファンもそう思っていたはずなのだけど、ベテランということもあって、矢面に立たざるを得なかった。
 ネット黎明期だった90年代は、まだ圧倒的にCD売上が収益の多くを占めていた時代である。ポリグラムの方針としては、一発当てれば収益のデカいアルバム制作を重視していた。テクノやハウス系など、クラブ・ユースではいまだシングルの需要はあったけど、クラブ民にはまるで知名度のないサウスは、アルバム中心の営業戦略に振り分けられた。
 ただ、インディー・シーンに長く所属していたサウス、膨大なプリプロとバジェットが必要なアルバム制作よりは、むしろシングル中心の活動の方が性に合っていた。英国人の嗜好に合わせた皮肉とペーソスをテーマに、ピリッとオチを効かせた小噺を、ちまちまコンスタントにリリースする活動形態が、英国マーケットの支持を得ていた。

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 端正に仕上げたシングル作品がある程度溜まったところで、いくつかの書き下ろしを追加レコーディング → 12曲入りのアルバムに仕上げるのが、これまでのサウスのやり方だった。チャチャっと仕上げて、冷めないうちに出来立てを届ける―、そんなサイクルが、彼らの活動ペースとうまくシンクロしていた。
 元メンバー/現売れっ子のノーマン・クックにサウンド・コーディネートを委ね、スタジオ・ワークに凝った7枚目のオリジナル・アルバム『Painting it Red』は、停滞したバンドのテコ入れ策としては有効だったけど、アナログ2枚組という販売形態はちょっと無謀だった。
 たっぷり詰め込んでお得感を演出しようとしたのか、CDフォーマット容量ギリギリ、73分・19曲というインパクトは確かに立派だけど、そもそもサウスに求める方向性が違ってる。コア・ユーザーならともかく、多くのライト・ユーザーはもっとサクッと気軽に聴きたいのであって、彼らにそんな大作志向を求めてはいないのだ。この辺はポリグラム英国支社のリサーチ不足が問われる。
 はっきりしたトータル・コンセプトもない、一個一個独立した世界観の楽曲が連綿と並ぶ70分の大作は、正直、聴き通すのが難しい。せっかくなら、何曲か削ってスッキリ1枚にまとめ、こぼれてしまった曲はシングルB面に振り分ける策もあったと思うのだけど、まぁポリグラム営業のゴリ押しが勝っちゃったんだろうな。みんな、長いモノには巻かれそうだし。
 とはいえ、ここまでセールス実績のあるサウス、大ヒットした前作『Quench』の余韻もあって、『Painting it Red』はそこそこ売れた。アベレージはクリアしている。でも、1年後にリリースされたベスト・アルバム『Solid Bronze』の方がセールスも評判も良かったため、メンバーの士気は一気に萎えてしまう。
 運命共同体的なチームワークをもって、不変の凡庸さを追求し続けていたサウスだったけど、その絶妙なバランスは次第に崩れてゆく。さらにさらに、何を今さらだけど、サウンド・コンセプトのマンネリ化を嘆く声がメディアからも噴出し、メンバーのテンションはダダ下がりする。
 レーベル内の期待値も同様にフェードアウト、ポリグラム合理化によるGo!Discsの事業縮小がさらに追い討ちをかけ、サウスは活動を休止、各自ソロ活動に入ることになる。

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 ただ彼ら、公に活動休止を謳ったわけではなく、何となくズルズルと、バンドでのレコーディングやライブ活動を停止しただけだった。ただこれまでも、その2つ以外でメディアで話題になることはなかったため、多くのファンは「ちょっとしたブランク程度」としか思っていなかった。
 ソロ活動期間とはいえ、積極的に活動していたのはポール・ヒートンだけで、他のメンバーはまったく話題にのぼらなかった。もしかして、誰かのセッション参加やバッキングくらいはやっていたのかもしれないけど、まぁ週末のパブ出演くらいかね、多分。そのポール・ヒートンのソロ・プロジェクト「ビスケット・ボーイ」もそれほど話題にならず、人知れず休養期間は終了する。
 で、リフレッシュして心機一転、原点に立ち返って作られたのが、この『Gaze』。ゲストや外部スタッフは極力入れず、お馴染みのメンツ・いつも通りのテンションで、レコーディングは執り行われた。
 オッサンが無理してる感があった、前作までのぎこちないリズム・アプローチは、武者修行を終えたヒートンの成長もあって、これまでのネオアコ・ベースのサウンドにうまく溶け込んでいる。原点回帰とはいえノスタルジーに陥らぬよう、プロデュース・ワークには細心の注意が払われている。
 懐メロバンドというほど落ちぶれておらず、時代のトレンドセッターというポジションでもない。ただ、細かなアップデートを行ないながら、過剰な売れ線に走ったりせず、常に変わらぬ安定した品質の音楽を供給する。
 そんな彼らの足跡を象徴するかのように、『Gaze』は丹念に作られている。いるのだけれど、でも―。

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 思ったほど売れなかったのだ、このアルバム。これまではゴールド・ディスクまたはプラチナが当たり前、ダブル・トリプル獲得も余裕だったにもかかわらず、『Gaze』はシルバー止まり、チャートも最高14位と、デビュー以来、初めてトップ10入りを逃してしまう。
 日本と比べて半分程度の規模でしかない英国エンタメ市場では、シングル・チャートの意味合いは相当大きい。アルバムからの先行シングル・カットのヒット如何によって、アルバム本体のセールスも大きく左右される。
 小規模なキャッシュフローをベースとした、コンスタントなシングル・リリースによってアーティスト・ブランドを維持、常にチャート入りを維持することで購買習慣を植え付ける方針は、彼らの活動ペースとフィットしていたはず。でも、そんなチマチマしたビジネス・スタイルは、全世界をマーケットとするポリグラムの意とは沿わなかったわけで。
 そりゃ時代の変化もあったりして、往年の売り上げを維持するのは難しかったかも知れないけど、これまでのようにシングル中心のリリースを続けていたら、そこそこのアベレージは維持できていたはず。現場のディテールなんて預かり知らない、大メジャーの上位下達に振り回され、バンド運営の歯車は再度狂い始める。

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 ていうか、歯車が狂い始めたのはもう少し前、全盛期を支えた女性ヴォーカル:ジャクリーン・アボットの脱退が大きかった。変な歌詞ばっか歌わされるのがイヤになったせいかと思っていたのだけど、調べてみると、「自閉症の息子の世話に専念するため」という、深刻な事情によるものだった。そりゃ誰も止められない。
 『Gaze』より新加入したアリソン・ウィーラーは決して悪くないのだけど、やはり実績のあるジャクリーンに分があるのは、そりゃ仕方ないわけで。まぁ、どっちも声質もヴォーカル・スタイルも似てるんだけど。
 互いに得難いパートナーと悟ったのか、はたまたエログロな歌詞を歌ってくれる女性ヴォーカル探しに困窮したのか、解散して間もなく、ヒートンとジャクリーンはユニットを結成している。互いのソロ活動と並行しながら、不定期にライブを開催、これまで共同名義で3枚のアルバムをリリースしている。
 元サウスというネーム・バリューは、英国では相応に通用するらしく、大ヒットとまでは行かなくとも、リリース契約は続いているし、フェス映像で確認すると、観衆の反応も良い。時代をリードするのはもう無理だろうけど、そこそこ知られたヒット曲を数多く持つ彼ら、妙な野心さえ抱かなければ、この先もマイペースに活動を続けてゆくのだろう。


Gaze
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1. Pretty
 ほんわかで伸びやかに歌い上げるカントリー・タッチの楽曲がオープニング。ちょっとスローなロカビリー風の牧歌的なサウンドは、肩の力が抜けてイイ感じ。まぁ歌ってる内容はいつも通りしょうもないことだけど。

2. Just a Few Things That I Ain't
 『Painting it Red』で培ったリズム・アプローチをうまく消化して、サウスのオリジナリティが前面に出たアッパー・チューン。彼らにしてはフィジカルへ訴えかけるリズム・パターンとなっている。リード・シングルとして新生サウスをアピールするにはピッタリだった。
 だったのだけど、チャートはUK30位と、なんか中途半端。もはや、トップ・チャートに彼らの居場所はなくなっていた。



3. Sailing Solo
 ネオアコ・リバイバルと言われたら納得してしまう、アコースティック・ベースのゆったりしたポップ・チューン。やはりこういった曲をやらせたら、すごくハマるのは彼らならでは。時代遅れと言われたらそれまでだけど、エヴァーグリーンの清冽さに弾かれてしまうのは否定できない。いいんだよ、ワンパターンだって。

4. Life Vs. The Lifeless
 こちらはもうちょっと凝った展開の、彼らにしてはロック・コンボよりのサウンド。昔のヴィンテージ・シンセみたいなエフェクトが、彼らにしては新味。ノーマン・クックのサジェスチョンも決して無駄ではなかったということか。

5. Get Here
 彼らのアルバムの中では必ず一曲はフィーチャーされる、ややダークな味わいのバラード。ここで初めてアリソン・ウィーラーが存在感をアピールしてくる。ハスキーな声質ゆえか、歴代の女性ヴォーカリストの中では最もセクシャリティの強いアリソンだけど、ヒネた少年みたいな声のヒートンとの相性は、正直そんなに良くない。女教師と生徒の逢瀬みたいな空気感がちょっと…、って思ったけど、考えてみればサウスの歌詞世界的にはアリなのか。じゃあいいや。

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6. Let Go with the Flow
 爽やかな曲調になればなるほど、しょうもない歌詞になるのが彼らの特徴だけど、まぁこれもそんな感じ。詳しいところはうまく訳せないけど、どうやら働かない男の愚痴やボヤキが延々と連ねてある。モンティ・パイソンもそうだけど、真面目な顔でくっだらねぇことを呟くのは、英国人の愛すべき特徴のひとつ。



7. The Gates
 ちゃんと訳すのが難しいけど、いろんな人生の悲喜こもごもを歌っているらしい。それはいつも通りだけど、ここまでのサウンド・アプローチのどれもが既視感が強いのが気になる。いわば、これまでの作品のエッセンスのいいとこどりで構成されており、言ってしまえば無難な仕上がり。この辺は新顔アリソンに気を使ったのか、それとも一応ポリグラムに忖度したのか。

8. Angels and Devils
 このアルバム屈指の美メロなバラードだけど、世俗な天使と高潔な悪魔とのコントラストを皮肉で描く歌詞。やはりこういうのを書かせたら、ほんとうまい。うまいんだけど、3分弱はちょっと短くまとめ過ぎ。もっとアリソンのソロ・パートを多くしたり、引っ張ったっていいはずなのに。

9. 101% Man
 あら、ここでロック・チューンなんだ、少しタメの効いたリズムがバンドっぽい。あ、バンドだったか。まぁでも、このくらいの曲なら、彼らにとっては平均点程度。サラッと終わらせてるのは、演奏パートで間が持たなくなるからというのが、手に取るようにわかる。やっぱヴォーカル主体なんだよな、しっかりした演奏なのにもったいない。

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10. Half of Him
 ラス前はアリソンがメインのポップ・バラード。最初はまっとうなラブ・ソングなのだけど、次第に女性側の欲求不満が募ってぼやいて終わるという、これもいつものパターン。「I Can’t Get No Satisfaction」だもの、ほんと、こういうの歌わせるのが好きだこと。

11. The Last Waltz ~ Loneliness
 サウスにしては珍しい、不安定なコードのサスティンから始まり、それ以降はいつも通り。でもアウトロが不穏なムードで終わる。
 で、そこから1分ほど無音状態が続き、4分半過ぎたあたりから3分過ぎたあたりから始まるのが、シークレット・トラック扱いの「Loneliness」。なんでわざわざ隠しトラック扱いにしたのかわからない、メロウでちょっとセンチで美メロなバラード。素直にこっちを正規トラック扱いにすればよかったのに、というのは余計なお世話かね。でも、いいんだよ、この曲。



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このあと、ロディ・フレイムはチャラくなる。 - Aztec camera 『Knife』

folder 1983年リリース、2枚目のオリジナル・アルバム。スミスがいたことで有名なインディー・レーベル:ラフトレードからリリースしたデビュー・アルバム『High Land, Hard Rain』が、USチャートで129位にチャート・インしたこと、またアンディ・サマーズやコステロら、ベテラン・アーティストによる好意的なコメントも後押しして、2枚目はメジャーのWEAにランクアップした。
 当初からロディ・フレイムのワンマン・バンド的傾向が強かった彼ら、インディー時代は一応、5人バンドとして活動していたのだけど、メジャー移籍に伴って、ドラムのデヴィッド・ラフィー以外の3人が脱退、正規メンバーはロディ含め、たった2人になってしまう。WEA的には、才能・ルックスとも秀でたフロントマン:ロディを獲得するため契約したようなものであったため、そんな事情を察してか、他メンバーはサッサと身を引いた。ほぼ全員が、「ロディあってのアズカメ」であることは理解していたのか、よくある契約にまつわるゴタゴタもなく、紳士的に決着している。
 ネオアコの名盤として語り継がれる『High Land, Hard Rain』は、その後もリマスターだ30周年記念エディションだと、事あるごとにリリースし直されているのだけど、よくあるメンバー間の「印税配分で揉めた」という話は聞かない。ロング・セラーとはいえ、ビッグ・セールスを叩き出しているとは思えず、印税といってもたかが知れているのだろう。
 ライブのたびにメンツを揃えなければならないソロよりは、固定メンバーによるバンド・スタイルの方が、なにかと小回りも効いた。ほぼそれだけの理由で、アズテック・カメラは結成されたと言っちゃってもよい。
 当時のメンバーとのトラブルがあるのなら、バック・カタログの発売差し止めという事態もあり得るのだけれど、過去現在とも、そんな動きは見られない。バンド脱退以降、目立った音楽活動を行なっている元メンバーが皆無であるという事実から、つまりはそういうことなのだろう。

 バンドという形態にさしてこだわりもないロディの中で、いわば頭数合わせである他メンバーは、メジャー移籍を機に、「煩わしいその他大勢」に取って代わるようになった。テクニック的に不満があったとしても、バンドである以上、メンバーに演奏してもらわなければならない。作詞作曲で誰かが手伝ってくれるわけじゃなし、ヘッド・アレンジのアイディアも平凡だし。何だ、いいとこないじゃん。
 ロディの才能がずば抜けていたことは事実だけど、返して言えば、自分のエゴを通すため、平々凡々としたメンツばかり揃えたのも、またロディ自身であるという事実。あれもこれも独断で決めちゃうんだから、口の挟みようがないし、他のメンバーだって言うのもめんどくさくなってくる。
 ロディほどでないにしても、もう少しクリエイティブ面で互角に渡り合えるメンバーがいれば、バンドとしてのアズカメの成長もありえたのかもしれない。まぁ今となってはだけど。

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 80年代中盤のアメリカのミュージック・シーンは、スプリングスティーンやマイケルらによる、モンスター級ヒットのアルバムが連発していた一方、大学生中心のCMJチャートが共存しており、非コンテンポラリー傾向のオルタナやインディー発サウンドが。草の根的な人気を広げていた。デュラン・デュランやスパンダー・バレエら、華やかなブリティッシュ・インベイジョンとは対極に、スミスやジーザス&メリーチェイン、そしてアズカメもまた、知る人ぞ知る存在として、アメリカ市場でちょっとだけ注目された
 いくらアメリカで注目されたとはいえ、あくまで限定的なもの、それが英国チャートに反映されたわけではなかった。実際のところ、初期代表作とされる「Oblivious」だって、UKチャートでやっとどうにか18位に入った程度だった。
 WEAとしては、巷で静かな盛り上がりを見せつつあったネオアコ・ポップ・シーンの筆頭として、彼らの将来性を見越しての青田買いだったと思われる。今後のシーンの動向がどうであれ、「他のメジャーに手をつけられるよりは」という目算だったのだろう。
 ほんの一瞬とはいえ、USチャートに痕跡を残した彼ら。当時としてもかなり完成されていた「Oblivious」や「Walk Out to Winter」のサウンド・プロダクションは、WEAサイドの期待を盛り上げた。素直にレーベルの意に沿っていけば、よりポップ性の強いオレンジ・ジュースやロータス・イーターズみたいにコーディネートされたんじゃないかと思われる。
 ただロディ、メジャーの思惑にそのまま乗っかるつもりは、サラサラなかった。メジャー移籍第一弾のアルバム制作にあたり、プロデューサーとして希望したのは、ダイアー・ストレイツのリーダー:マーク・ノップラーだった。

 『Knife』から数年後、大ヒット・アルバム『Brothers in Arms』によって、国民的バンドとなるダイアー・ストレイツだけど、この頃はヒットのピークも過ぎたロートル・バンド的扱い、総決算的なワールド・ツアーを終えて、活動休止状態だった。ノップラーはこの時期、課外活動として、ディランの『Infidels』のプロデュース、またティナ・ターナーの復活作「Private Dancer」を書き下ろしたりしている。
 アーティストというには決定的に華がなく、『Brothers in Arms』以降もビジュアル面には無頓着だったノップラー、もともとアーティスト・エゴはそれほど強い方ではない。たまたまMTVで脚光を浴びた時期が特別であって、キャリアのおおよそはむしろ、地味なソロ・ワークに甘んじている。
 栄光も挫折もひと通り経験したバンド活動から一旦離れ、いわば気分転換として始めたソロ活動の一環として、数々のオファーから彼が選んだのが、ど新人のアズカメのプロデュースだった。一応受けたはいいけど、ノップラーからすれば、「え、なんで俺指名したの?」といった感じだろう。
 この時期のコンポーザーで有名なのは、ニュー・ウェイヴ系ではスティーヴ・リリーホワイトやヒュー・パジャム、ダンス系ならナイル・ロジャースかトレヴァー・ホーンといったところ。移籍後初のヒットを仕掛けようとするWEA的に、また、その後のロディのサウンド傾向からして、この中なら誰を指名しても、そこそこ納得が行く。
 アズカメのサウンドの中に、ノップラー的要素を見つけるのは、ちょっと困難だ。ロディのこれまでのコメントの中でも、ノップラーに対するリスペクトはさほど見られない。
 なのに、なんでノップラーだったの?

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 ロディがノップラーのプロデュースを希望したのは、ディランの『Infidels』を聴いてのことだった。ローリング・サンダー・レビュー以降、悟りきって厭世観が増していた70年代ディランに終止符を打ったアルバムとして知られている。
 ちなみに俺にとってのディランとは、『Bringing it All Back Home』から『Desire』まで。この辺にハマった時期があった。いまはもうそんなに聴かないけど、時々『Desire』だけは、気分次第で引っ張り出すことがある。変に仰々しくなく、シンガー・ソングライターの側面をシンプルに投影しているところが、俺の好みに合っているのだろう。
 なので、80年代のディランはほぼ聴いてこなかった。でも、ロディがノップラーの音作りのどこにインスパイアされたのか、それはちょっと気になる。わざわざ買うほどではないけど、そんな時便利だね、Spotifi 。早速聴いてみた―。
 考えてみればノップラー、初めてのプロデュース・ワークがディランだったというのは、相当のプレッシャーがあったんじゃないかと思われる。例えれば、劇団EXILEが仲代達矢に演技指導するようなもので、かなり無謀だな、改めて文章化すると。
 そんな事情もあってか、サウンド・プロダクトはかっちり作り込まれている。ノップラー独自の色というより、「ディランを80年代サウンドにアップデートするならこうあるべき」といったニュアンスが強い。
 すでにこの時点でレジェンドだったディランを前にして、「ちゃんとやらなきゃ」と気負ってしまったのか、遊びの要素も少なく、体裁よくまとめられたアンサンブルは、ディランのパフォーマンスとしっくり来てるとは言い難い。もうちょっと深く聴き込めば、また印象も変わるのかもしれないけど、今のところ、俺と80年代ディランとの相性は、あんまり良くなさそうである。

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 実はただ単に、たまたまスケジュールのタイミングが合っていたからオファーしただけなのかもしれないけど、WEAのビジョンであった、UKアコースティック・ポップ路線とは違うメソッドを、ロディはノップラーに求めたんじゃないかと思われる。いわゆるネオアコの延長線上じゃない、その先を見据えた戦略を、野心的だった当時のロディは求めていた。
 ギター少年の初期衝動を自分なりのセンスとアイディアで彩ったデビュー作からは、秘められた可能性と才能のほとばしりが窺える。蒼いピュアネスを孕んだアコースティック・サウンドは、時代を超えたエヴァーグリーンのきらめきを放っている。
 ただ、その後も継続して長く続けるためには、プロフェッショナルの手法が必要になる。ビギナー特有のヒラメキや思いつきだけでは、すぐネタ切れになってしまうのだ。
 その後のロディのキャリアから、ノップラーの音楽的な影響は、あまり見受けられない。ていうか、この後のアズカメは、コロコロ音楽性が変化してゆくので、リスペクトの対象もランダムに変化してゆく。
 その後の作品は非常にバラエティに富んだ、言ってしまえばとっ散らかった作品が多くなる中、『Knife』は比較的コンセプチュアルに、しっかりプロデュースされた作品として仕上げられている。
 一枚のアルバムとして、『Knife』はきちんとまとまっている。いるのだけれど、ロディの素顔はちょっと見えづらい。でも、プロが作るアルバム・フォーマットを学ぶため、それは必要な修練だった。
 俺にとって『Knife』とは、そんなアルバムである。


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1. Still on Fire
 ネオアコのグレード・アップというよりは、朴訥なフォーク・ロックを80年代ポップの意匠でコーディネートした、骨太の楽曲からスタート。シンセもたっぷり使ってるけど、ちょっとぶっきらぼうな若造風の吐き捨てるヴォーカルが、気負いを感じさせる。
 ストローク中心のアコギも、ほぼ打楽器のような使い方だし、間奏のディストーションは、根っこはパンクのロディの素が垣間見える。



2. Just Like the USA
 デビュー作の面影を残す、爽やかささえ感じさせるポップ・チューン。歌もそうだけど、ここではロディの多彩なギター・プレイが堪能できる。
 ノップラーもここはロディのヴァリエーションを前面に押し出してアンサンブルでまとめている。同じギター弾きとして、このレコーディングは楽しかっただろうな。多少はアイディアも出しているだろうし、ギタリストとしては師弟関係の微笑ましさがあらわれている。

3. Head Is Happy (Heart's Insane) 
 ちょっとノスタルジックでフォーク・テイストの強いバラード。単純なネオアコ・ポップに捉われない多様性としてはアリだけど、ヴォーカルはもっとソフトな方がいい。この頃のロディのヴォーカルは案外野太いので、後年の『Love』で見せる甘さは感じられない。やっぱバラードはちょっと甘い方がいい。

4. The Back Door to Heaven
 レコードでは、これがA面ラスト。ちょっとディランっぽく崩して歌うフレーズがある。もうちょっと下世話に大味にしたら、ジョン・クーガーあたりのアメリカン・ロック、またはハウンド・ドッグっぽくなる。多分、それを狙ってたのかな。ドラムが前面に出ることで、メロディもシンプルだしアメリカ市場向け。
 でもあんまり似合わんな。作ったはいいけど、それを悟って、次回作はR&B寄りにシフトしたのかもしれない。

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5. All I Need Is Everything
 文句のつけようのないギター・ポップ。後年もライブで盛んにプレイされており、この時期の代表曲。ほんとはこういうのをたくさん、レーベルもファンも期待していたはずなのだけど、そこをかわしちゃうんだよな、ロディ。
 UK最高34位はちょっと低すぎる気がするけど、それとは別に話題となったのが、当時のシングルB面。まだヒットしてまもないヴァン・ヘイレンの「Jump」のアコースティック・カバーは、結構話題になった。ただその話題に隠れてしまって、A面が地味な扱いになってしまったことは、ちょっと悔やまれる。
 ちなみにアルバム収録ヴァージョン、アウトロがやたらと長い。ギター・プレイを堪能するにはいいんだけどね。



6. Backwards and Forwards
 すごく地味な曲だけど、ファンの間では根強い人気を誇るアコースティック・バラード。アズカメ終了後のソロ・キャリアと地続きな、味わいのあるパーソナルな質感が、共感を誘う。ギタリストによるプロデュースだけあって、アコギの録り方が絶品。20代ですでにここまで弾きこなせるロディもだけど、やはりノップラー、そこはプロだね。

7. The Birth of the True
 こちらもライブでよく演奏される、特にソロ以降はセットリスト定番となっているアコギ・チューン。この辺はディランを意識してるよな、ロディ。ほぼスタジオ・ライブ的にレコーディングされたのか、ヴォーカルはほぼ無加工っぽいし、ギター・プレイも編集はほぼなさそう。
 バンド・スタイルでやってみたら、また違った側面が、とも思ったけど、バンドが有名無実化してたんだから無理か。ラフィーに叩かせても大味になっちゃうだけだろうしね。これで正解か。

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8. Knife
 多分、彼のレパートリーの中でも最も長大な、9分に及ぶ大作。少年から大人への成長過程として、過去を断ち切る象徴としてのナイフをモチーフとして、メランコリックに訥々と歌い上げる。
 確かにネオアコの文脈・メソッドでは語れない、不安定な希望と諦念とが入り混じった感情の綾を、ロディとノップラーが創り上げている。そうか、この曲を形にするためだけに、ロディはノップラーを求めたのかもしれない。
 シンプルなアコギ・バラードでは語りつくせない、浮遊感を伴う緻密なアンサンブルには、プロフェッショナルの業が必要になる。ロディもまた、そんなプロの要求に見事応えたと言ってよい。



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北海道の中途半端な田舎に住むアラフィフ男。不定期で音楽ブログ『俺の好きなアルバムたち』更新中。今年は久しぶりに古本屋めぐりにハマってるところ。
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