folder 1985年発表のアルバム『Little Creatures』 は、これまでのヴァーチャル・エスノ・ファンク路線から一転、シンプルなポップ・ロック・サウンドに原点回帰することによって、いわゆる意識高い系が多かったファン層が一気に一般ユーザーへと拡大し、チャート的にも健闘、特にアメリカ以外での売り上げが好調だった。
 当時のアメリカ・オルタナ系としては珍しく、シングル・チャートでも存在感をアピールできたTalking Heads、これまでは評論家ウケの良いサウンドや、映像的に高い評価を受けた映画(『Stop Making Sense』)によってスノッブなイメージが先行しており、レビューでの点数は高かったけど、肝心のセールスにはなかなか結びつかなかった。で、ようやく安定したポジションを獲得することができたのが、このアルバムである。

 特に日本では、ミュージック・マガジンを始めとする選民的なメディアでの取り上げ方によって、長い間、『通好みのバンド』として認識されていた。情報源と言えば、雑誌かラジオくらいしか手段のなかった時代である。
 特に話題となったのが『Remain in Light』、あまりにサウンド至上主義にこだわりすぎたあまり、バンドの存在感が希薄となり、これが純粋なバンド・サウンドと言えるのかどうか、今野雄二と渋谷陽一が雑誌上で熱いバトルを繰り広げていた、というのは、後になってから知った話。

 そういうわけでTalking Heads、日本ではそういった評論家たちの机上の空論に振り回されるがあまり、「わかる奴にしかわからない」「で、わかってると思い込んでる奴は、わかってるつもりなだけ」という、にわかな洋楽ファンにとっては敷居の高い存在になってしまっていた。
 80年代ロックの名盤として、ほぼ必ずといっていいほど『Remain in Light』がノミネートされていた時期があり、よって、名が示すような「頭で聴くバンド」としてのイメージが強く残ったことは、バンドとしても不幸だった。ロックを「勉強」「理解」するための必聴アイテムとして取り上げられることは、まぁレーベル側としては宣伝となって良かっただろうけど、そういった聴かれ方はByrneを始め、バンドの誰もが望んでいなかったはず。

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 内向きのムラ社会のみで評価されることから一歩先へ進み、もっと開かれた世界で受け入れられることを望み、それが最も良い形で叶えられた傑作『Little Creatures』で、その路線を推し進めて、更なる大衆性を獲得しようとしたのが、この『True Stories』。
 実はこのアルバム、一般的に思われてるようなサウンドトラックではなく、正確には「監督David Byrneが制作した映画をモチーフとしたオリジナル楽曲集」である。こうしたスタイルのアルバムで代表的なのが、The Who製作による『Tommy』。これも当初製作されたバンド4人でのオリジナル・アルバムが大ヒットを記録、そこから派生した映画なのだけれど、劇中ではWhoの曲を各演者が歌っており、なのでサントラは別にある。
 そういえばPrinceの『Batman』も、厳密な意味ではサントラではない。こちらの経緯はちょっとめんどくさくなるので、こちらのレビューをご参照の上。

 前作『Little Creatures』でメンバー4人の結束力をテーマとした結果、積極的なカントリーの導入など、純粋なアメリカ白人音楽のルーツへと回帰したTalking Heads、今作『True Stories』では、さらにその傾向が強くなっている。
 ごく普通の人々が営む、ごく普通の生活の中のちょっとしたズレ、ささやかなエピソードを丹念に拾い上げて映像化した作品なので、それにはまる音楽というのは必然的に最大公約数、普通のアメリカ人が日常的に聴いているジャンルということになる。みんながみんな、One Directionや Rihannaばかり聴いてるわけではないのだ。
 日本においても、誰もが口ずさめるヒット曲と最新のオリコン・シングル・チャートでは、その様相がまるで違っているように、アメリカの場合も同様である。メインの総合チャート以外にも、カントリー&ウエスタン・チャートもあれば、クリスチャン・ミュージック専用のチャートだってある。特に一般的なWASPが日常的に聴いているのは、こうした人畜無害、脱臭済みの音楽がほとんどなのだ。それは大きな刺激はないけど、日々の癒しや郷愁を掻き立てる要素が詰まっている。

 様々な音楽的変遷を経た末、最終的には自分たちの血肉となっている物から自然に湧き出て来たものを、ストレートに形にしたTalking Heads、特にフロントマンである Byrne にとって、こういった音楽スタイルに帰結したことは、必然のように思える。 
 NYのアート系ガレージ・バンドからスタートして、偉大なる詐欺師Bryan Eno との出会い、そこから始まったアフロ~ファンク・リズムの追求、バンド側の意思とは違うベクトルでの肥大化、もはや誰も制御不能のカオスに陥った末、バンドは空中分解、そこで一旦踏みとどまり、各々ソロ・プロジェクトにてリフレッシュ―。そういった経緯を踏まえてようやく辿り着いたのが、この等身大のサウンドである。
 以前のように、斜め上のロック・ファンをアッと驚かせるような仕掛けはないけど、メンバー4人それぞれが対等の立場のバンドとして、DIY精神に則ったかのように、自分達で賄えることは自分たちで行なっている。極めてオーソドックスなサウンドながらも、初心に戻ることによってガレージ・バンド的な要素がよみがえり、それでいて熟練も加わることによって、ソリッドにまとまった。外部プロデューサーやサポート・ミュージシャンらに丸投げするのではなく、あくまで自分たちで鳴らすことのできる音を素直に出すことによって、冗長気味になりつつあったサウンドはコンパクトになった。音のインパクトは薄れたけど、余計なデコレーションがなくなった分、そのメッセージはダイレクトに、多くのリスナーの耳に、また心に届いた。
 
 と、誰もが思っていたはず。そう、Byrne 以外は。
 
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 せっかくの力作・話題作にもかかわらず、大々的なツアーは行なわれなかった。Byrne の体調的な問題もあったらしいけど、まぁ他にもバンド内での衝突もあったんじゃないかと思われる。せっかくバンドの結束力が高まった頃だったというのに、ほんと惜しい。
 この路線を継続して行なってゆけば、 まぁ音楽性からしてビッグ・セールスは無理にしても、小さくまとまったR.E.M.くらいのポジションまでは行けたんじゃないかと思う。
 でもそれよりもByrne、これ以降も音楽的な変遷は続き、次回は享楽的かつ刹那的なラテンのリズムへ向かうことになる。


True Stories
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1. Love For Sale
 ポップなガレージ・ロックといった感じの、彼らにしては非常にキャッチーなメロディのナンバー。ある意味、Talking Headというバンドとしての到達点のサウンド。オルタナティヴとポップ・サウンドの奇跡的な融合、とは言い過ぎかな。それくらい、俺的には好きな曲。
 当時はMTVでもヘビロテされており、このPVを見てファンになった人も多いはず。人気投票では必ず上位に入っているというのに、なぜか当時のチャート記録がない。そんなに売れなかったっけ?
 


2. Puzzlin' Evidence
 で、何故か3枚目のシングル・カットとしてリリースされたのが、この曲。USメインストリーム・チャートで19位と、これまた微妙な成績。ここではメロディよりもリズム隊がメイン、つまりはByrneのヴォーカルもサウンドのパーツの一部、リズム・セクションとややゴスペルがかった女性コーラスが際立っている。ホワイト・ゴスペルとでも言えばわかりやすいかもしれない。
 でも、どうしてこれがシングル・カット?

3. Hey Now
 『Little Creatures』に入ってても違和感がない、ポップでリズムが立っててキュートな曲。アフロ・ビートがエッセンスとして使われており、それでいてWASPのテイストが基調なので、これまでのTalking Headsサウンドの進化形とも言える。
 なぜかオーストラリアとニュージーランドでシングル・カットされており、65位・45位と、こちらも微妙なチャート・アクション。

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4. Papa Legba
 同じくアフロ・ビート使用だけど、こちらもはもっとディープに、祝祭的な雰囲気漂う、やや怪しげなムードの曲。中盤でオフ気味で遠くから鳴っているByrneの雄叫びがニュー・ウェーヴ的。こうやって書いていると『Remain in Light』的な楽曲のように思われてしまうけど、一聴してまったくの別物であることは理解できるはず。
 Enoプロデュース時代の暴力的とも言えるリズムが、Byrneにとっては自由奔放すぎて制御不能だったことに対し、ここでのリズムはあくまでByrne主導で統率され、バンド本体の演奏との親和力が強い。強いリズムに振り回されることのない、バンドの強靭な基礎体力こそが成長の証だろう。

5. Wild Wild Life
 ファースト・シングルで、US25位UK43位と大健闘。PVの鮮烈さが最初にインパクトを与え、そして純粋に曲の良さが評価されて後年までファンに愛された、非常に幸せな曲。
 ニュー・ウェイヴ出身者の場合、チャート・アクションが好調だと古株ファンからの不興を買う場合が多いのだけれど、彼らについては何となく許してしまう、微笑ましい雰囲気が漂っている。
 


6. Radio Head
 「あのThom Yorkeに影響を与えた」、ただこの一点だけで広く世に知られている曲。ただ同時に、肝心の曲の内容はあまり知られていないという、逆に不幸な境遇の曲でもある。『Little Creatures』フォーマットを使用した、カントリー風味の強いポップ・ロックだけど、これがどうしてこうしてどうなったらRadioheadのサウンドになるのかは、いまいち不明。
 なぜかUKではシングル・カットされ、最高52位にチャートインしている。

7. Dream Operator
 ピアノとリズムによる、ミニマル要素の非常に強い曲。前奏が長く、なかなか歌が始まらないのだけど、1分20秒ほどすると、いつものようにタイトでエモーショナルなByrneのヴォーカルが入る。
 ややニュー・ウェイヴ要素が強いが、やはり『Little Crearures』効果なのか、カントリー・テイストの強いポップ・ロックに仕上がっている。

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8. People Like Us
 やや”Road to Nowhere”に間奏のギターなどが似ているけど、まぁそれはあまり大きな問題ではない。今作の特徴として、「カントリー&ウェスタンを吸収したニュー・ウェイヴ・サウンド」というのが大きなテーマの一つとなっており、実際『Little Creatures』との親和性が高い曲が多くを占めている。スティール・ギターやフィドルの入ったナンバーなんて、以前の彼らからは想像もつかない。それでも日和ったように聴こえないのが、Byrneのしゃくり上げるようなヴォーカルの力。

9. City Of Dreams
 最後はもう少し80年代ロック・テイストに。ラストに相応しい美しい旋律と堂々と風格のあるサウンドに仕上がっている。これまでよりもリズムが立っているし、Byrneのヴォーカルも程よく抑制されてサウンド、メロディを聴かせるようになっている。






 アルバム・リリース後、やはりByrneが拒否権を発動し、ツアーは行なわれなかった。もちろん他のメンバーらは不満を表明したが、もはや誰もその流れを止めることはできなかった。既にバンド自体が賞味期限を迎え、あとは終焉のタイミングを待つばかり、ということを理解していたのだろう。

 最後まで自らのサウンド追求に熱心だったByrne率いるTalking Heads、次に彼らが飛び立ったのはパリ、そこでなぜか純粋なラテン・ミュージックをテーマとして選び、最後のアルバム『Naked』を制作することになる。


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