世紀末も押し迫った1999年にリリースされた、殿下22枚目のスタジオ・アルバム。とは言っても、リリースされたのはワーナーを離れて3年も経ってから、しかも未発表曲集という、在庫一掃セールのような形態だった。アーティスト不在によるリリースだったため、当然本人が積極的にプロモーションするはずもなく、チャート的にはUS85位UK47位という惨敗に終わった。
これとは別にワーナーは、巷に蔓延していたミレニアム・ムードに便乗するため、殿下の「1999」をシングルとしてリリースしている。世紀末の狂騒のドサクサに一枚噛んで、小銭を稼ごう、といった魂胆がミエミエである。まぁ商売としては正しい。
当然だけど、そんなワーナーの目論見を殿下が放っておくはずもなく、ほぼ間髪を入れず、新たにリミックスしたヴァージョンを複数収録したミニアルバム『1999 The New Master』をリリース、市場を撹乱させる。どっちが元祖でどっちが本家か、出処は結局同じだけど、何かと大人の事情が露わになったせいもあって、セールス的には共倒れに終わってしまう。
殿下としては、ワーナーの足を引っ張ることができれば良かったわけで、売れる・売れないについては、どっちでも良かったんだろうと思われる。
恐るべし、負のパワーよ。
とにかく一刻も早く、ワーナーから抜け出したかった殿下は、3日で作ってしまった粗い仕上がりの『Chaos and Disorder』をリリース、さらに休むヒマもなく、手持ちの未発表曲をかき集め、『The Vault: Old Friends 4 Sale』という、皮肉たっぷりのタイトルをつけて、マスター・テープを提出する。
取り敢えず、これでレコーディング契約はクリアした。あとは好きにすればいい。
当時の殿下の制作ペースは凄まじいもので、まだ世に出ていない未発表曲が、いまだ発表のあてもなく膨大に残されている。なので、その気になれば月刊ペース、下手すりゃデアゴスティーニ並みのリリースも可能だったかもしれない。
ただワーナーからすれば、殿下の意向ばかり聞いてるわけにもいかない。他アーティストも含めて、全体のリリース・スケジュールは年度始めに決まっており、無理やりねじ込むのは並大抵ではない。まだ前作がチャートに残っているのに、すぐ次の作品を出すのも、営業戦略的によろしくない。
そんなワーナーの思惑を知って知らずか、とっとと契約解消したい殿下、メディアを通して被害妄想の独白と罵詈雑言の言い放題。
あぁ、めんどくさい男。
で、そんなワーナーが取った殿下対策というのが、ワーナー副社長としての招聘、自陣への取り込みだった。
下手に契約解除して膨大な違約金を取られるより、多少の報酬を払って側においた方が、何かと都合が良い。少なくとも、他のメジャーに移籍されてシェアを奪われるよりは、ずっとマシだ。
変名を使って自主レーベルNPGでコソコソやってるけど、それだって規模としては小さいものなので、たかが知れている。契約終了までのガス抜きと考えれば安いものだ。
結局、完パケしたはずの『The Vault』は、長らくリリースを保留された。いつ出すかって?そんなの、決めるのはこっちだよ、と。
契約終了したとはいえ、マスター・テープはワーナーが所持しており、同時にバック・カタログの販売権も握っていた。ただし、マスターの内容をいじる権利は持っていなかった。それができるのは、殿下だけ。ここまでが前提。
メジャー・アーティストのレコード→CDへの移行が一巡した90年代を経て、どこのレコード会社もバック・カタログの付加価値を高めるため、ボックス・セットやリマスター・リミックスなど、あらゆる手を講じていた。
そんな中、殿下のアルバムだけはいまだ旧フォーマット、リリース当時のままの状態が続いている。ピーク・レベルを上げる程度のことでさえ、殿下の許可がなければできない。で当然、彼がそれを許すはずがない。だって、ワーナーの利益になっちゃうもの。殿下のCDの音がショボいのは、そんな理由がある。
とはいえ、ラジオで自分の曲が流れると、そこだけ急にレベルが下がっちゃうのを、ちょっとは気にしたのだろう。レコード会社はともかく、ファンは大切にする人だから、要望には応えたいし。でも、ワーナーの連中とは口も聞きたくないし。
-じゃあこの際だから、ちょこちょこ直すんじゃなく、最初っから全部レコーディングし直しちゃった方がいいんじゃね?
よく思いつくな、こんなこと。
実際に作業には着手したらしい。特にオーバー・プロデュースだったデビュー作なんかは、何かと不満もあっただろうし。技術的・スペック的に実現できなかった当時のアイディアだって、今ならもっと理想的な形で表現できるかもしれないし。
で、やってはみたけど、まとめてるうちに新しいアイディアの方に気を取られてしまったのか、プロジェクトは中途半端で頓挫する。発表されたのは、予告ダイジェスト的な「Purple Medley」と「1999」のリマスターくらいで、その後はいつの間にかフェードアウトしていった。
21世紀に入ってから、どういった経緯かワーナー編纂によるベストにリマスター音源が収録されたことはあったけれど、死後リリースされた『Purple Ran』30周年エディションを除いて、大掛かりな音源処理が行なわれることはなかった。
しばらくNPG中心のリリース活動だった殿下、世紀末を間近に控えて、いよいよ動き出す。単発とはいえ、メジャーのアリスタと契約、新作『Rave Un2 The Joy Fantastic』のリリースがアナウンスされる。
そうなると面白くないのがワーナーで、これまではNPGリリースだったから相手にしていなかったけど、競合メジャーからとなれば、事情がちょっと違ってくる。
こっちはこっちで「1999」をプッシュしようと動いているのに、余計なタイミングで余計に動きやがって。どうにか潰さなければならない。
アリスタに横槍入れるのは、同業者として物騒になるし、できるだけ穏便かつ合法的にジャマはしたい。さて、どうしたものやら。
だもんで、ワーナーが切った最後のカードが、このアルバムである。
そういった経緯が早い段階から囁かれていたせいもあって、微妙にオリジナル扱いされておらず、おまけ的な印象が強い。ジャケット・アートワークだって、アーカイブから引っ張ってきた感がミエミエだし。
もともと3年前にレコーディングされた音源であるからして、正直、新機軸と言えるものはない。未発表曲の寄せ集めなので、中には古い作品も含まれている。従来のアルバムと比べて、ちょっとジャズ・テイストが強いことが、新たな側面と言えば言えるけど、そんなに目新しいものではない。
ただ、極端にディープなファンクや、過剰にナルシスティックなバラードは収録されていないので、ヒット曲から入ったビギナーからすれば、案外スッと馴染みやすいかも知れない。『Purple Rain』から『Batman』まで聴いた初心者が次に聴くアルバムとして、『Diamonds and Pearls』から先をすっ飛ばしてこれを聴くと、すんなり殿下の世界観に入っていけるんじゃないかと思う。
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1. The Rest of My Life
オープニングは肩慣らし程度、短い1分ちょっとのナンバー。ピアノ・ブギといった軽快なノリであっという間に終わる。殿下にしては珍しくベースがブリブリ鳴っていたり唐突にギターソロが挟み込まれたりで、案外実験的に攻めている楽曲。
2. It's About That Walk
ファルセットで通したスロウ・ファンク。ホーン・セクションはセオリー通りだけど、ギターがブルースっぽかったり中盤のブレイクなんかに、一筋縄で終わらせない気概を感じる。通常モードの殿下と違ってエッセンスは薄いので、案外ビギナーにはウケがいいいんじゃないかと思われる。ただ、ここから深みに入るのはちょっと無謀かな。
3. She Spoke 2 Me
オリジナルは1996年リリースのサントラ『Girl 6』より。もともとは『Love Symbol』時期の曲で、アルバムから漏れたところをサントラに突っ込み、さらにロングサイズに仕上げたくらいだから、何かしら思うところがあったのだろう。ジャジーなメロウ・グルーヴといった曲調のため、当然『Love Symbol』にはフィットしないし、ていう過度のアルバムにも入れようがない作風ではある。
殿下はその後、ソウル・インスト~ジャズ・ファンク~フュージョンといった要素が強くなっていくのだけど、その端緒として考えれば、納得は行く。8分という長尺ながら、昔なら「Temptation」みたいに収拾がつかなくなるカオス・ファンクといった展開になるところを、終始きっちりジャズ・タッチでまとめているのは、成長と言えるのかな。
4. 5 Women
こちらもゆったりジャジーなスロウ・ブルース。メロディ・ラインはベタなバラードとしてうまくまとまっており、時にClaptonっぽく泣かせるオブリガードも、殿下としては珍しい。と思ってたら、1991年にJoe Cockerに提供した楽曲のセルフカバーだということ。知らなかった。
ついでなのでJoe CockerヴァージョンもYouTubeで聴いてみると、これが意外に良かった。往年の大味なアメリカン・ロッカーといった印象が強かったのだけど、思ってたよりソフィスティケイトされたサウンド・プロダクションだったので、ワーナー時代のElvis Costelloが好きな人なら気に入ると思う。
もうちょっと深く調べてみると、収録されたアルバムをプロデュースしていたのが、あのJeff Lynnだった。納得。
5. When the Lights Go Down
ラテン風味のパーカッションとラウンジ風ピアノのコンビネーションは、Steely Danを彷彿とさせる。ピアノの音の録り方なんてそっくりだもの。あまりダビング感は少なく、ライブっぽさが強いセッション風。アフターショウなんかだと、インターバルっぽくこういうのもやってたんだろうな。
6. My Little Pill
ブリッジ的な扱いの1分程度のナンバー。呪術的にダークに囁く殿下の声は、夜にはあんまり聴きたくない。なので、このサイズくらいでちょうどいい。
7. There Is Lonely
こちらも2分程度と短いバラード。序盤の雰囲気からすると壮大なスケールを感じさせるけど、なぜかそこまで盛り上がらずに終わってしまう。だってたった2分だもの。もっと大きな組曲の序盤といった印象。ここから膨らませることができなかったのか、それとも飽きちゃったのか。
8. Old Friends 4 Sale
タイトル・ナンバーであるこれも、バラードにしては3分程度とコンパクト。こちらもストリングスなんか入れちゃってるのでスケール感は大きそうだけど、同じく尻切れトンボで終わってしまう。もっと壮大なサントラかミュージカルの断片だったのかな。やっぱり膨らまし切れずに終わってしまう。
9. Sarah
出だしはファンキーだけど、本編はどちらかといえばロック・テイストの方が強い。ファンクを取り入れたロック、といった感じ。これも短い曲だけど、アップテンポならこのスピード感はアリ。パッと始まってパッと終わる。長けりゃいいってもんじゃない。
10. Extraordinary
ラストは殿下のメロウな一面を強く打ち出した定番バラード。2分程度にサラッと終わるのも、体調がよろしくない時には優しく響く。何だそりゃ。
『Purple Rain』に入れたら違和感ないんじゃないかと思われる。要するに、マイルドなサウンドの殿下、ということで。
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