folder フッフッフッ、ここ1か月近く、ポケモンgoばっかりやってて更新できなかった。何やってんだ、もうすぐ47歳の俺。

 1987年リリース、3年ぶり3枚目のアルバム。もともとは80年代中盤のUKアーバンR&Bの流れから登場してきた人で、ミステリアスなアーティスト・イメージが功を奏し、当初から妙な大物感を醸し出していた印象がある。デビュー曲の「Your Love Is King」からUK最高6位に入るヒットとなったため、低迷期や下積み時期のイメージがあまりない。逆に言えば、コンディションが基準値に達するまでは活動しない、というスタンスを最初から貫いているんじゃないかと思われる。究極のマイペースだよな、これって。
 普通のアーティスト、またはエージェントなら、売り出し時期にはとにかくやたらめったらメディア露出を徹底させるものだけど、そこを最小限に抑えた戦略は最大限の効果を発揮した結果となっている。まぁ、「バラエティでMCに絡まれれて言葉に詰まるSade」というのも見てみたい気もするけど、絶対受けないよな、そんなオファー。

 いわゆるSadeサウンドもすっかり定着した時期にリリースされた3枚目『Stronger Than Pride』、欧米ではUK3位US7位、また全世界的にもサウンド・クオリティの高さが評価され、好成績を記録した。
 80年代中盤の日本のミュージック・シーンでは、欧米のトレンドが結構そのままダイレクトに反映された時代だったので、こんな高尚で洗練された、言ってしまえば地味なアルバムにもかかわらず、オリコン・チャートでも最高8位にランク・インしている。少なくとも彼女のアルバムが日本で実売10万枚くらいは売れていたという、今となっては考えられない時代である。Stingだって売れてたもの。
 この年のアルバム年間チャートを見てみると、洋楽部門ではMichael Jacksonの『Bad』とWhitney Houstonが圧勝しているのだけど、前年と比べると変化が生じているのがわかる。70年代ヒッピー文化と袂を分かった邦楽ロックの洗練化、それに伴う国内音楽ビジネス基盤の整備によって、洋楽/邦楽のパワー・バランスが2:8くらいになっちゃっている。これ以前は3.5:6.5くらいだったのに。
 70年代の残り香が薄くなったと共に海外アーティストへの憧れが少なくなり、入れ替わりに台頭してきた国内アーティストのレベルが高くなってきたのが、この辺から。バンドブーム前夜ということもあって、邦楽ロック界隈が騒がしくなっていたし。
 それと、80年代前半の一世を風靡したWham!やCulture Clubなど、お茶の間でも受け入れられるキャラクターが少なくなっちゃったのも要因。欧米シーンがダンスビートに傾倒しつつあったため、日本人好みのメロディアスな曲も減っていった。

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 で、そんなお茶の間系とはまったく別のベクトルを持つSadeが日本で受け入れられたのは、R&Bと親和性の高いシャレオツ系界隈、業界人向けのスポットが中心だった。
 世間はバブルの真っただ中、代官山六本木西麻布方面が勢いづいており、トレンディな情報発信の拠点となっていた。カフェ・バー/プール・バー文化の隆盛に伴って、ソフィスティケートされた空間にフィットするBGMへのニーズが高まりつつあった頃である。
 その流れでごくごく一部で流行っていたのが「環境音楽」。今で言うアンビエントのハシリで、Penguin Cafe OrchestraやVangelis、遡れば大御所John Cageなど、ちなみに言い出しっぺはBrian Eno。シンセのロング・トーンを流しっぱなしにして、リズムもメロディも何もない、ほんと純粋に単音の響きを楽しむ(?)雰囲気音楽。その後もニューエイジやらアンビエントやら、名前を変えて細々と生き残っているのは、音楽に癒しを求めるニーズがそれだけ多いということ。ニーズを創り出すということに関しては、ほんと天才だと思う、Enoって。こういったインテリっぽい大風呂敷が広がる時って、昔はだいたいこの人が一枚噛んでいた。
 「Enoが絡んできた途端、そのジャンルはうさん臭くなる」というのが俺説なのだけど、そんなEnoを受け入れる度量が充分あったのが、当時の欧米ロック/ポップス・シーンであった、という見方もできる。忘れられない程度に不定期なメディア露出を行ないながら、基本、地味なポジションである今のEnoがどんな音を奏でているのかは不明だけど、少なくともこの時代、Enoに限らず80年代の音楽は、DTMも発展途上だった分、マン・パワー中心できちんと手間をかけて作られている。

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 『Sade』というクレジットがソロ・アーティストではなく、「ヴォーカリストSade Aduを中心とした4人バンドの総称」であることを知る人は少ない。俺だって、つい最近まで知らなかった。だってジャケットに写ってるのって、全部彼女だけじゃん。
 フロントマン以外のメンバー露出が少ないバンドということで、日本で言えばZARDに似た編成なのだけど、そのZARDが当初フワッとしたバンド・スタイルだったのが、後期は事実上個人プロジェクトと化してしまったのに対し、Sadeはデビュー以来、メンバー編成は不動である。なので、例えとしてはちょっと適切ではない。
 バンドという概念が有名無実化していったZARDに対し、SadeはAduの休養期間を利用して、Sweetback名義でアルバムもリリースしている。どっちが偉いというわけではない。バンドの運営方針の違いなのだけど。経営的に見れば、フレキシブルな編成のZARDの方が収益性は高いのかな。
 ちなみに、坂井泉水以外のZARDの正式メンバーを知ってる人が、一体日本似にどれだけいるのだろうか。wikiで調べてみると、歴代で4人いた。まぁどうでもいい話。

 いちいちZARDと比べる必要はないのだけど、共通しているのはフロントマンの情報の少なさ。オフィシャル・サイトを見ても、よく言えば洗練された今風デザインではあるけれど、その実、大した情報は書かれてない。何しろ最終更新データが2年前だし。wikiもディスコグラフィと授賞歴くらいで、それほど詳しい情報は公開されていない。
 ナイジェリア人の父と英国人の母を持ち、ファッション関係の仕事の傍らラテン・バンドのヴォーカルとしてステージに立っていたところをスカウトされ、メジャー・デビュー。結婚・離婚を経て新パートナーとジャマイカへ移住、そこで長女をもうける―。
 3行でわかるSadeの生涯である。いやそりゃもっと波乱万丈あるんだろうけど、わかってるのはこのくらい。誰かわかる人いたら教えて。

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 何年かに一度、Aduのヴォーカルをメインとしたジャズ風味のR&Bサウンドを提示するSade。30年前のデビュー作も近作も、ほとんど遜色ないクオリティであり、時代性を感じさせない作りではある。あるのだけれど、まったく世間のトレンドを無視してるわけでもなく、Aduの研ぎ澄まされた感性を軸として、時代から浮き過ぎないよう巧妙にアップデートされている。
 安定したハイ・クオリティの作品を、じっくり熟成させた上でリリース、それに伴うツアーを行なうと、再び沈黙。特にAduは再びジャマイカへ引きこもる。
 ほんとごくたまにインタビューを受けることもあるけれど、それもほんの限られたメディアだけ、アーティスト以外の側面はほぼ謎に包まれている。
 デビューして30年も経っているのだから、何かしらセレブっぽい振る舞いやスキャンダルのひとつもありそうなものだけど、そんな話も聞かない。パーティやイベント、アウォード関係に出席したという話も聞いたことがない。プライベートのHelen Folasade Aduだけじゃなく、アーティストSade Aduでさえ、我々にとって、フィクションの存在なのだ。

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 Adu以外のSweetbackの3人はバンドマンらしく饒舌なため、ごくたまに行なわれるインタビューにおいて、ほんの少しではあるけれど彼女の普段の姿を明かしている。
 ナイジェリア育ちの彼女は、我々とは違う時間軸に沿って過ごしている、とのこと。その透徹とした風貌からして、やたらきっちりシステマティックでクールな印象が強いように思われるけど、恐ろしく時間にルーズであることが伝えられている。とは言っても、彼女にとってそれはごく自然の感覚であって、西洋の習慣に慣れた我々がどうこう言うことではない。
 音楽から離れた彼女は一介の母であり、ちょっとハイソサエティな主婦でしかない。普段は家事に勤しみ子育てに奮闘し、たまにママ友とのランチに興じるといった、ごく普通の主婦としての人生を歩んでいる。アーティストSadeであることは、彼女にとってはごく自然なことではあるけれど、主婦Sadeもまた同列の存在である。
 彼女の中で、ジャマイカ的日常を生きることとアーティスト活動との線引きは、あまり意味がないものである。だって、それはどちらも等価のものだから。何年かに一度、彼女の中のアーティストSadeの機運が高まった頃、どこか突然スイッチが入り、主婦モードから創作モードへ突入する。
 ただそのスイッチは、いつ何のきっかけで起こるのか。
 それは誰にもわからない。周囲のスタッフも、そして我々リスナーもまた、その岩戸が開かれるのを、ただじっと待つほかない。
 彼女の中ではほんの一瞬も10年も同じこと、すべては彼女の時間軸に沿って行なわれているのだ。

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 彼女の曲を聴くと、いつも南国の孤島を夢想する。
 文明と隔絶された南海の孤島、何百年もの間、他者の介在を拒んで内部完結してきた集落。あるものはいつもそこにあり、ないものはいつまでもない。白か黒かはっきりして、とてもシンプルだ。
 誰が「女王」と呼んだのか、そもそもなぜ「女王」なのか。その答えは誰もわからない。
 彼女はいつの間に「そこ」にいて、すでに女王だった。それを誰も疑うこともなく、さりとて特別崇め奉ることもなかった。彼女はただ、「そこ」にいるだけの存在だった。
 集落から少し離れた磯の岩場、奥まった洞窟に居を構える女王は、滅多にその姿を人に見せることはない。集落の民もまた、そんな女王を遠巻きに見守っている。
 月に一度、彼女は民の前に姿をあらわし、そして歌う。潮は満ち、風も止まる満月の夜。
 自分の掌も見えぬほどの漆黒が降りた帳を切り裂くが如く、強烈な月の光は島の暗部を露わに照らし出す。夜も更けて、いつもなら獲物を求めてそぞろ歩くはずの獣たちも、満月の夜だけは物音ひとつ立てない。
 月に一度、その日だけはじっと息を殺し、彼女の歌に耳を傾ける。
 月に一度、産み落とされた新しい歌を。
 誰かのために歌うのではない。自分のため、また大海原のためにでもない。
 それはただ、シャーマンである女王によって産み落とされたものなのだ。それはもはや女王の意思によるものでさえない、ただ歌自体の強いエゴによって世に出てきたものなのだ。
 誰のためにでもない。でも、人間にも獣にも、そして大自然さえも強く惹きつけられてしまう力を、その歌たちは持っている。

 -どこ知れぬ孤島を想いながら、真夏の昼下がり、Sadeを聴く俺。
 夏の終わりも近い。


Stronger Than Pride
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1. Love Is Stronger Than Pride
 アルバムのリード・シングルとしてリリースされ、UK44位。孤島の暗黒を思わせる、静かで力強い、求心力がハンパないバラード。バラードというよりもむしろ、Sadeオリジナルのサウンドがここにある。エスニックなリズムは密林の獣らを蹂躙し、コード感の希薄なメロディは、群衆を不安の淵へと誘う。
 心地よいけど、どこか不安定。そんな楽曲。



2. Paradise
 第2弾シングルカットとして、UK29位US16位と、このアルバムの中では最もポピュラーなナンバー。
 機能的かつ肉感的なダンス・ビートは、Aduのヴォーカルにぴったり寄り添っている。普通、こういった構造の楽曲だとリズムが立ち、ビート主導で曲が展開するのだけど、ここでは完全にAduがリズム隊をねじ伏せている。彼女の歌の前に、80年代ゲートエコーのドラムは添え物でしかない。



3. Nothing Can Come Between Us
 UK92位にようやくチャートインしたシングル第3弾。いつもよりトーンが少し高め、ハスキーなヴォーカライズはボサノヴァとシャンソンのハイブリット的展開。俺的にSadeの曲に合うシチュエーションとは、アーバン・テイストなナイトライフではなく、もっと生活感のある、日射しの強い炎天下の木陰、スッと涼風が差し込む瞬間にアイスコーヒーを飲んでいる時なのだけど、これって変わってるのだろうか?

4. Haunt Me
 アコギのアルペジオを主体とした、シャンソンのフォーマットを使用したナンバー。あらゆるサウンド・フォーマットを借用しながらも、どうしたって結局Sadeになってしまうのは、それだけアーティストとしての個性が際立っているから。もっと我が強くてフェミニストだったら、Annie Lennoxみたいになってたかもしれない。

5. Turn My Back On You
 ほぼベースが主役の、ほぼリズムだけで構成されたナンバー。サンプリング処理されたSadeのヴォーカルも、ここではエフェクトの一部でしかない。ないのだけれど、そこはやっぱりSade。わかりやすいキャラクターだ。

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6. Keep Looking
 LPで言うとここからアルバムB面に突入。個々からはシングルカットもなく、良質だけど地味なナンバーのオンパレードとなっている。いるのだけれど、余計なフックも下世話な泣きのメロディもなく、至ってサウンドの妙を堪能できる。
 コード・ワークもしっかりしているので、何分何時間続いても聴き続けることができる、バンドのコンディションが良好であることが感じ取れる良作。こういったナンバーを聴くと、Sadeというのがフロントマン一枚岩のバンドではないことがわかる。

7. Clean Heart
 ちょっと甘めなEverything But the Girlのようなミドル・チューン。ギターの軽快なカッティングとミュートが控えめなリズムを演出し、透徹とした世界観を崩さずにアクセントを添えている。

8. Give It Up
 ラテン・テイストのパーカッションの響きが軽妙で、これまでよりシリアスなAduのヴォーカルが絶妙なコントラスト。静かなテイストながらも、ベース・ラインはもろどファンクのルートである。だから疾走感が落ちないんだな。

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9. I Never Thought I'd See The Day
 「遊びでDX7で作っちゃいました」的なシンセ丸出しのサウンドは、どこかギクシャクしている。Sadeにはやはり生音が良く似合う。もう少し後の年代になると、デジタル機材を適度に使いこないしているのだけれど、やっぱり過渡期だな、これって。雰囲気で埋めてる感が強いので、この辺になるともう飛ばして聴いている。

10. Siempre Hay Esperanza
 ラストはSweetbackらによるエピローグ的インスト・ナンバー。ドラムの音がやっぱり時代を感じてしまって、素直に入り込みづらい。サックスが入ると、途端にTVドラマのサントラっぽいテイストになってしまうのはご愛嬌。




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