00029183 1985年当時のStingの活動は、プロパーの音楽活動だけにとどまらず、その音楽というツールを活用して、社会運動への積極的な参加意欲を強めている。Policeの活動が軌道に乗った80年頃から、ARMSコンサートへの参加など、UKニュー・ウェイヴ出身らしく、ベネフィット関係への関心は強かったのだけど、やはり解散してからは更にフットワークが軽くなったのか、より積極的な介入を強めている。
 Band Aid & Live Aidから始まって、アムネスティ主催による全世界ツアーへの積極的参加、アマゾンの熱帯雨林保護運動啓発のため、私財を投じてのレーベル設立など、こういったことをソロ・デビュー・プロジェクトと並行して行なっていたのだから、ものすごい活動量である。

 アーティストが大きな成功を手中に収めると、70年代までは、無尽蔵な酒とドラッグに浪費して、享楽と快楽にまみれ、金も、そして自身もすり減らしてしまうのが一般的だった。
 対してSting、もちろん根はロックなだけあって、一時は快楽に溺れたこともあったけど、バンドも後期に差し掛かると、ユングだSynchronicityだとインテリ性を強め、次第に社会問題/政治問題に関する発言も多くなってゆく。
 こういった一連の発言や活動から見えてくるように、彼はいわゆるロック・セレブのハシリのような存在である。膨大に儲けた金をただ個人的に浪費するのではなく、キリスト教圏に生まれついた者の宿命として、生まれつき身についたボランティア精神、他者への施しなどをスマートに行なえる、知性も併せ持った最初のミュージシャンである。公開/非公開の寄付やボランティア活動は、海外のセレブとしては半ば義務とされているものである。Stingもまた、そういったステイタスを手に入れるため、そしてまた純粋な問題意識の芽生えのもと、本業と並行した活動を行なってゆく。
 同じようなスタンスで、現在社会問題に積極的に取り組んでいるアーティストといえば、断然Bonoの名が挙がるはず。彼もまたSting以上に熱い男で、その熱心さは彼をも上回るくらいなのだけど、どこか胡散臭さを感じてしまうのは、そのマッチョ性の強さからなのだろうか。しかも、ロック・アーティストとしてのU2はと言えば、今世紀に入ってからもイケイケモードではあるけれど、例のitunesの件で全世界から顰蹙を買ったように、どこか世間とズレまくり&いろいろとハズしまくっているのは事実。それに彼ら、俺的には『Zooropa』で終わってるし。

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 Policeの無期限活動休止が決定し、それに伴うSynchronicityツアーが終わったと同時に動き出したソロ・プロジェクト、ほぼ間を置かずに動き出した記憶がある。バカンスもそこそこに切り上げて、とにかく思いついたアイディアを具現化したくてたまらなかったのだろう。本格始動前にある程度仕込みはしていたのだろうけど、その手際の良さはほんと感心してしまうくらい。

 で、その『Synchronicity』のすぐ後だというのに、こう言っちゃ悪いけど、あれほどジャズ・テイストの濃い、80年代としてはかなり地味なアルバムをリリースしてしまうのは、よほどの信念がなければできることじゃない。
 大物ゲストをズラリと並べたり、時代に合わせた煌びやかなサウンドを志向したとしても、もはや誰も日和ったとは思わない立ち位置にいたはずなのに、この頃のStingはかなり「攻め」の状態に入っている。
 これだけジャズ・テイストが強いにもかかわらず、80年代のチャラチャラしたサウンドとも充分渡り合い、きちんと商品として成立させているのは、アーティスト・パワーに依るところも大きいけど、やはり「良い音楽を手を抜かず、きちんと作り上げた」という点が大きい。Policeの二番煎じ的なサウンドを敢えて使わず、ほんとに自分のやりたい音楽をやって、それできちんと収益を上げる。アーティストとしては、理想の形である。
 無名ながらも腕の立つ若手ジャズ・ミュージシャンを揃え、内省的かつ政治問題まで幅広いテーマを取り上げたソロ・デビュー・アルバム『The Dream of the Blue Turtles』は、世界中はもちろん、ここ日本でも大きなセールスを記録した。

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 で、そのソロ・デビュー・アルバムを引っさげて世界中をツアーで回り、各地のベストテイクを収録したのが、この2枚組ライブ・アルバム。17カ国92本という大規模なツアーは1年に渡り、その美味しい所をピックアップしてるのだけれど、まぁどのテイクも安定してること。ジャズ・ミュージシャン中心のバンド編成のため、当然テクニック的には何の心配もなく、基本、セッション大好きアドリブ大好きな人たちばかりなので、安心して聴くことができる。
 ちなみにこのアルバム、初リリース時はなぜかアメリカでのリリースは見送られている。UK16位、他ヨーロッパ各国でもトップ10入り、そして日本でも最高28位と、2枚組にもかかわらず、けっこうなセールスを記録しているというのに、である。まぁその辺はアメリカA&Mとの折り合いが悪かったのか何なのか。

 このアルバムの参加メンバーは基本、新進アーティストばかりだったのだけど、唯一ジャズ界では名が知られていたのがBranford Marsalis。もともと一族のほとんどがジャズ・ミュージシャンという、いわばジャズ界の名門という家系に生まれたため、他の兄弟に倣って、彼もこの世界に入るのは、半ば既定路線のようなものだった。
 で、他の兄弟の中で最も才能に秀でていたのが、弟のWynton。若干18歳で、あのArt Blakeyに見込まれて名門Jazz Messengersに加入したくらいなので、その実力は推して知るべし。当初はWyntonばかりが持て囃されて、他の兄弟はついで扱いだった。

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 2人がデビューした80年代初頭というのは、70年代のフュージョン・ブームが一段落した頃、Herbie Hancockはジャズ・ファンク路線と並行してV.S.O.P.の活動を本格化させていたし、Keith JarrettやChic Coreaら、いわゆるMiles Childrenの連中が率先してアコースティックへ回帰していた頃だった。そういった潮流の中で、若手ミュージシャンもまた、新たな視点で50年代のモダン・ジャズをリスペクトする「新伝承派」という勢力が台頭してきて、その流れでデビューしたのがMarsalis兄弟である。
 最初は二人とも、その新伝承派のカテゴリーの中で活動していたのだけど、考えてみれば、ちゃんとしたモダン・ジャズを聴くのなら、断然オリジナルの方がいいに決まってる。モダン・ジャズ全盛時には生まれてもいない若手が、古色蒼然としたモード・プレイを披露しても、それは単なるコピーでしかなく、演奏に感動は生まれない。そういった活動が次第に尻つぼみになってしまうのは、自然の流れ。
 なので、この新伝承派ブームはすぐに下火になってしまう。まぁレコード会社の仕掛けめいた臭いもチラついていたので、うるさ型の多いジャズ・ファンなら、すぐにメッキの剥がれが見えてしまう。

 で、そんなこんなで兄弟の路線が次第に分かれていくのだけど、デビューから一貫してスタンダードの王道を歩んでいたWynton、プライドの高さが昂じて次第にお芸術路線に走ってしまい、モダン・ジャズと並行してクラシックの世界に足を踏み込んでしまう。一時の気まぐれで始めたものではなく、今も本流のモダン・ジャズと並行して地道に活動し続けているのは、素直に感心すべきものである。
 ただ、テクニック的にも充分聴くに値するものなのだけど、それを好きこのんで聴けるかと言えば、それはまた話が別である。
 ジャズについて造詣の深い村上春樹による彼の評として、こう述べている。
「やたら前戯がうまい男みたいで、もうひとつ信用できないところがある」。
 言いえて妙、とはまさにこのこと。俺も彼のアルバムはジャズもクラシックも、ほとんど聴く気がしない。

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 で、Branfordが選んだ道というのが、Stingバンド加入。Police終了にあたって、Stingが業界内に出したオファーに乗っかった形なのだけど、それまでジャズ界でそれなりに築き上げつつあったステイタスを一旦チャラにして、新しいキャリアをスタートさせたのは、かなりの決断だったんじゃないかと思う。
 対してWynton、高尚なアーティスト路線まっしぐらの中、本流から逸れてしまったBranfordに対して、直接/間接的に批判を表明したのは、まぁ一言多い性格なので、仕方のないところ。近年では一族揃っての共演など、それなりに関係は良好のようだし、Branfordもまたルーツ音楽の探求など、Wynton同様、後ろ向きな企画ばかり続いているので、結局は同じ穴のムジナだったのは、これも仕方ないところ。
 Stingもバンドの面々も、この頃が一番クリエイティブだったことは一致している。そうした若気の至り的跳ねっ返りのエネルギーが封じ込められたのが、この実況録音盤2枚組である。


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1. Bring on the Night / When the World Is Running Down You Make the Best of What's Around
 Police時代のヒット曲からスタート。11分もの長尺なのだけど、ダレる箇所はほとんどない。基本のリズム隊がしっかりしているおかげもあるのだけど、ここでやっぱり注目しておきたいのは、中盤のKenny Kirkland(P)のソロ。高速のラグタイム・プレイはStingの求めるサウンドと相性がピッタリしており、この後も長らく行動を共にしていたのだけど、34歳という若さで急逝してしまったことは、ほんと悔やまれる。
 もう一つのポイントは、同じく中盤のBranfordのプレイ。なんと、ラップを披露しているのだけど、これがまたうまい。こういったことも器用にできるのは、やはり良い意味でのサラブレッド。でも、これ聴いたらWynton、怒るよな、確かに。



2. Consider Me Gone
 『The Dream of the Blue Turtles』収録。アルバムでもスタンダード・ジャズ色が強く、地味な扱いだったけど、ここでもそのまんま、激渋なアレンジ。Stingの乾いたヴォーカルと、Branfordのソロとがうまく交差しており、しかもコンパクトに収めている。Stingの求めていたサウンドの本質は、案外これなんじゃないかと、勝手に思い込んでいる俺がいる。



3. Low Life
 Police時代の中でも地味さでは1,2を争う、1981年のシングル”Spirits in the Material World”のB面収録曲。ここで一旦、ジャズ・テイストは後退し、ちょっとAORっぽいナンバーに仕上げている。BranfordのプレイもBrecker Brothersみたいで、西海岸風。

4. We Work The Black Seam
 ここからLPではB面。『Blue Turtles』収録曲。チェルノブイリ原発事故の前年に作られた、ある意味予言的な曲で、メッセージ色が濃い。なので、アレンジもそれほどいじらず、ストレートに主張を歌い上げている。
 こういったメッセージ・ソングを歌う場合、例えばBonoなら熱くなり過ぎて時々胸焼けしてしまうくらいなのだけど、Stingの場合、そのドライな声質によって、変なくどさが抜けて、素直に聴くことができる。そう考えると、得な人だよね、Stingって。

5. Driven To Tears
 Police『Zenyatta Mondatta』収録曲。オリジナルより少しテンポを落とし、丁寧なヴォーカル・演奏を披露している。テーマである貧富の格差について、やはりいろいろ思うところがあるのだろうか、Live Aidでもプレイしてるくらい、思い入れの深い曲。ソプラノ・サックスに持ち替えたBranfordも、なかなかのプレイ。

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6. The Dream Of The Blue Turtles / Demolition Man
 タイトル・ナンバーは軽めのインストで、これはほぼオリジナル通り。メドレーとなる次曲は、Police『Ghost in the Machine』収録。この疾走感はロックではあるけれど、やはりリズムがジャズなので、このミスマッチ感がやはり、Stingの狙い通りといったところ。そのリズム隊、Omar Hakim(Dr)はこの後、様々な大物ミュージシャンから引っ張りだこになったし、Darryl Jones(B)なんて、今じゃすっかりRolling Stones御用達にまで出世してしまった。ミュージシャンにとって、今のStones加入がステイタスかどうかは微妙なところだけど、まぁ少なくとも、親に向かっては堂々としていられるんじゃないかと思う。
 後年になって、Sting自身、同名映画の主題歌用にセルフ・カバーをリリースしているのだけど、やはりこのヴァージョンが一番だと思う。

7. One World (Not Three) / Love Is The Seventh Wave
 ここから2枚目、C面に突入。メドレー1曲目は『Ghost in the Machine』収録。導入部がエスニック・ムード漂うアカペラから、徐々にリズムが入ってゆく構成。シンセによるパーカッション類がアフリカン・テイストを強めているけど、俺的にはこの曲、大陸的なアレンジのオリジナルの方が好み。
 続いての2曲目は『Blue Turtles』収録。オリジナルは単純なレゲエ・ビートだったけど、このヴァージョンはそれに加えてカリプソっぽさも添加されており、パラダイスなムードが満載。Branfordのソプラノ・サックスがまたイイ味だしているのと、ここで初めてギターが登場する。弦楽器担当はDarylかStingしかいないので、必然的に彼が弾くことになるのだけれど、インプロビゼーション的なプレイなので、ベースほどの凄みは感じない。

8. Moon Over Bourbon Street
 ほぼStingのベース弾き語りの導入部。クルト・ワイル的な世界観のもと、荘厳としたBranfordのソロ・プレイ。Stingの伴奏という点において、Branfordほどの適任者のソロイストはいない、と思えてしまうほどの名演。

9. I Burn For You
 これまた地味なナンバーで、Sting自身も出演した映画「Brimstone & Treacle」のサントラのみ収録されていたナンバー。多分、よほどのマニアでもなければ見たことも聴いたこともない曲であり、特に日本では当初、新曲扱いされており、俺自身もしばらくは知らなかった。
 言われてみれば映像的な曲だねぇ、と思ってしまいそうだけど、逆に言えば、音だけではなんともイマジネーションが掴みづらい曲。



10. Another Day
 ここから2枚目B面、最後のD面に突入。
 こちらはシングル"If You Love Somebody Set Them Free”のB面に収録。正直、シングル・ヴァージョンは印象に残らない曲だったのだけど、ライブで活きる曲の典型。冒頭のコール&レスポンスから始まり、ロック的な疾走感が心地よい。

11. Children's Crusade
 『Blue Turtles』収録。中世の少年十字軍になぞらえた、少年兵士の事を歌った曲なのだけど、5.同様、重いテーマの場合はストレートなアレンジで、メッセージ性を強めているようである。この辺がバランス感覚だよな。
 それでもやはり静かながらも燃えるBranford、Coltrane顔負けの超絶高速ソロをぶち込んでくる。

12. I Been Down So Long 
 ずっとオリジナルだと思っていたのだけど、今回初めて調べてみたところ、50年代のシカゴ・ブルースのカバーだった。俺はブルースはちょっと苦手なので、オリジナルを聴いてもピンと来なかったのだけど、このモダン・ブルース・ヴァージョンは好き。ていうか、Stingにブルースの素養があったことに、ちょっと驚いた。ここまでブルースどっぷりのナンバーは、これ以前も以降も、ほぼ皆無のはず。やはりバンドのカラーがそうさせたのだろう。



13. Tea In The Sahara
 シメはあっさりとしたアレンジのスロー・ナンバー。『Synchronicity』のラストに収録されていたナンバー。思えばこれもブルースなのだけど、スロー・テンポなので気がつかなかった。でも、「サハラ砂漠でお茶を」ってなに?いまだによくわからない。



 この後のStingはセカンド・アルバム『Nothing Like the Sun』を制作、これも傑作なのだけど、それはまた後日。



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