1983年にリリースされた、Milesが演奏活動に復帰してから2枚目のアルバム。当時のジャズ・シーンはすでに世界的に厳しいセールス状況だったのだけど、さすがはMiles、アメリカでもそこそこのセールスを記録しており、ビルボード最高136位、まぁこれは健闘した方なのだけど、なんと日本ではオリコン最高29位と、かなりのセールスを記録している。
当時の日本のジャズ・シーンは世界でも有数の優良市場とされており、結構な頻度で大物ミュージシャンの来日公演や野外ジャズ・フェスティバルが行なわれている。Milesもこの前年に来日しており、その公演がライブ・アルバムとして発売されるなど、盛り上がりを見せている。
このアルバムのリリース時、俺はまだ中学生、ジャズなんてまったく興味のなかった頃である。確かこの前後に、当時のFM北海道、現Air-Gが開局してしており、その流れでFM番組を聴く習慣がつくようになる。最初は新聞の番組欄を参考に聴いていたのだけど、そのうちFM雑誌という存在を知って驚くことに。タイム・スケジュールと曲名アーティスト名はもちろんだけど、NHK-FMだと、実際のオンエア秒数やレコードのメーカー品番まで、事細かに記載されていた。当時はエア・チェック・ユーザーが多かったため、どの雑誌もあらゆる詳細情報を詰め込んでいたのだ。
こんな夢のような雑誌を知ったと同時に本屋へ走り、初めて買ったのが週刊FM。ちなみに全盛期には4誌がしのぎを削っていたFM雑誌業界、この頃は発行部数もすでにピークを過ぎて全体的に右肩下がりとなってきており、真っ先に廃刊の憂き目に会ったのが、これ。
で、その初めて買った週刊FMでグラビア紹介されていたのが、この『Star People』リリース時のMiles。俺的にはこれがMilesの第一次接近遭遇だったため、何となく思い入れは深い。CD買ったのは、もっとずっと先だけど。
そのグラビアでも紹介されていたのだけど、当時のMilesは絵画に凝っていて、来日公演と合わせて個展も開いていたことを覚えている。まぁ今見れば、後期のピカソのパクリ、ステレオタイプの抽象画なのだけど、当時の素直な中学生には、「なんかよくわかんないけどカッケー」と映ってしまい、しかもその中の1枚がアルバム・ジャケットのデザインに使用されており、「なんかスッゲー多才でカッケー」と、また素直に思ってしまった。
一緒に書かれていたディスク・レビューもまた「とにかくスゴい人」と持ち上げまくりだったこともあって、アホな中学生の頭には、Miles Davisがレジェンド級のアーティストとして刷り込まれた。まぁ間違ってはいないのだけど。
当時のMilesはイッセイ・ミヤケ・デザインのファッションがお気に入りで、個性的な原色使いのゾロっとしたスーツで写真に収まるその姿に、芸術家というのは凡人の考える範疇を超えているのだな、と、よくわからない感心をしたことも、今では遠い思い出の中。
70年代までのMilesの功績があまりにレジェンド級のため、復帰後のMilesのアルバムは、あまりまともな評価がされていない。ていうか60年代末からのエレクトリック期の再評価も今世紀に入ってから始まったようなもので、保守的なジャズ界はいまだアコースティックなモード時代が本流、70年代Milesは長いご乱心状態が続いた、ということになっている。『On the Corner』だって『Bitches Brew』だって、当時はゲテモノ扱いされ、やっと再評価されたのが90年代近くになってから、クラブ方面のDJたちがサンプリング素材として使用してからであり、特に日本においては、今でも不肖の息子的扱いは変わっていない。
で、邪道どころか空気扱い、ほぼ注目されることもないのが、この復活後の一連のアルバム。最後の最後で『Doo-Bap』という、めっちゃリアルタイムのストリート感覚あふれるヒップホップ・サウンドを展開、さすがMilesといった風に最後っ屁をかましたのだけど、結構な部分のサウンド・メイキングを他人まかせにしてしまった80年代は、まともに評価すらされていないのが現状である。
この『Star People』だって、最終形態アガパンにて、もはや収拾のつかないカオスな世界観となった70年代ジャズ・ファンクを、新世代のメンバーを率いて整理しコンテンポラリーなサウンドにブロウ・アップさせた、優秀なアルバムだというのに。
ただこの時期のMiles、一応復帰はしたけれど、まだフル・スロットルではなかったのと、健康状態が万全でなかったこともあって、細かなアンサンブルは他人まかせ、ちょっとツメの甘い部分もそこかしこに見られる。ちなみに長い間、実質的な総合プロデュースを務めていTeo Maceroが今作を最後に身を引いており、よって編集が粗くなってしまったことも一因ではある。
このエッジの効いたハイパー・ジャズ・ファンク路線をもうちょっと推し進めてゆけば、すでにネタ切れ感も醸し出しつつあった70年代フュージョン系の残党らも軽く蹴散らしていたのだろうけど、やはり単発では、そこまでのインパクトはない。
ここでちょっと考えられるのは、かつての愛弟子Herbie Hancockの動向。彼もまた使い古されたジャズ・ファンクとは見切りをつけ、ちょうどこの時期Bill Laswellと組んだアブストラクトなヒップホップ名盤『Future Shock』をリリースしている。
以前も書いたのだけど、これまたインパクトの強いサウンドと衝撃的なPVが大きな話題となり、お茶の間レベルにヒップホップという新しいジャンルを広めるきっかけとなったアルバムである。
Milesももう少し体調が万全なら、Herbie同様、同じような方向性を目指していたのかもしれないけど、あいにくそこまでの気力体力がおぼつかなかったのだろう。
なので、Teoとの決別後はMarcus Millerへプロデュースを丸投げ、しばらくはアイドリング運転のような活動でお茶を濁すことになる。
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1. Come Get It
全体的に80年代MilesはMarcusが出しゃばり過ぎて、Milesのオリジナリティが希薄だと言われているのだけれど、いやいやこれは充分に70年代にMilesが創り上げたジャズ・ファンクの進化形、そこにMarcusが乗っかっただけに過ぎない。確かにベースが前に出過ぎるような感じはあるけど、まぁそこはバンマスだし。
ここでの新顔はMike Stern(G)。70年代Milesバンドのギタリストがほぼファンクをベースにしたプレイを聴かせるのに対し、Sternは比較的ロック寄りのサウンドを聴かせている。この辺は混沌を良しとしないアレンジャーGil Evansの意向が強いんじゃないかと思われるのだけど、いかがだろうか。
ちなみにこのトラックはニューヨークのライブ・テイクをベースとしたテイク。ここでもやはりTeoの技が光る。
2. It Gets Better
メドレーで続く、現代版ジャズ・ブルース。1.ではそれほど目立たなかったMilesのソロが光っている、と言いたいところだけど、前半はヘロヘロ。ここでの主役はまたまた新顔のギタリストJohn Scofield。スロー・ナンバーのため、ファンキーなプレイはなく、白人らしくソフィスティケイトされたプレイを聴かせている。どっか上品すぎるんだよな、この人。
中盤になってから興が乗ったのか、往年を思わせるプレイを聴かせるMiles。やっぱりバンドとは相乗効果なのだな、と思わせるナンバー。
3. Speak
いきなりシンセ・プレイをかます御大Miles。このフレーズがリードして、1.同様、ハイパーなジャズ・ファンク・ナンバーとして成立している。Sternのブチ切れたギター・プレイ、絶対名前で損してるBill Evans(S.Sax)とMilesとのユニゾン・プレイ、中盤のジャズとアバンギャルドとのハイブリッドなプレイのScofield。
聴きどころの多いナンバー。
4. Star People
メロウなプレイを聴かせる、この時期としては珍しいMilesのオーソドックスな側面。古臭いモード・ジャズとしてではなく、エフェクト類などを駆使して、あくまで現代に通用する音像処理を施しているのが、やはり御大のバランス感覚か。
スロー・ブルースとしては、全キャリアを通してかなりイイ感じの部類じゃないかと思え、Miles自身も当時自画自賛してたような記憶がある。過去を振り返らないMilesとしては、珍しい発言である。
5. U'N'I
ファンキーかつメロディもしっかりした、俺的にこのアルバムのベスト・トラック。あまり肩ひじ張らず、何かウォーミング・アップがてら録音したんじゃないかと思えるくらい、とにかくMilesのペットが軽やかで楽しそう。いつもシリアスな御大をイメージした俺にとって、こういった側面もあることは新鮮だった。
あまり出番の少なかったBill Evansも楽しそうにソロを吹いている。
6. Star On Cicely
タイトルのCicelyとは、当時Milesと結婚していたCicely Tysonのこと。こういったことを恥ずかし気もなく、自分の妻の名前を冠したナンバーを収録してしまうのが、さすが浮世離れした天才の所業である。
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