2枚組大作のため、全曲レビューしようと思ったらめちゃめちゃ長くなりそうなので、取り上げるのを後回しにしてきたのだけど、これまで散々Princの変遷を紹介してきて、やっぱ流れとして、そろそろ取り上げねぇとなぁ、と思ったので、ここで紹介。
すべての楽器の音から「リズム」のみを引きずり出して構成された『Around the World in a Day』から一転、とにかく必要最低限の音以外は、抜いて抜いて抜きまくり、骨格だけを残して作り上げた『Parade』。全盛期のSlyをイメージさせる「引き算のファンク」はすごく内面的で、バンド感が希薄だったにもかかわらず、長いこと行動を共にしたバック・バンドRevolutionを従えてのアルバムだった。
新旧メンバーとの亀裂、Princeのあまりの独裁振りに嫌気が指したり、その他諸々の理由でRevolutionが空中分裂した後、ほぼ完成したバンドとのアルバムを破棄、新たに独りスタジオにこもって作り上げたのがこの『Sign ‘O” the Times』なのだけど、またまた前作からサウンドが一転、Prince独自のむせ返る個性をプンプン匂わせながらも、きちんと同時代性も意識した80年代モダン・サウンドに仕上がっている。バンド名義にもかかわらず、他者の介入を遠ざけるような内向きのサウンドから、ほぼ独力でアンサンブルからグルーヴやらカタルシスまでまかなった、DIY精神丸出しのサウンドである。
ここまでバラエテイに富んだ構造というのは、これまでのバンド・メンバーに対する当てつけなのか、それとも涙目で「ひとりでできるもんっ」とでも言いたかったのか。
でもよくよく考えてみると、この頃のPrinceは創作ピークの絶好調、まさに俺様王子様意識が強く、ドラムのオカズひとつ、ベースのフレーズひとつにしたって、いちいち口出ししていたため、メンバー達に演奏の自由はほとんどないに等しかった。なので、ただ単に第三者を介することなく、直接自分で演奏するようになっただけ、本質は何も変わってないとも言える。
結局のところ、デビュー前から長らく行動を共にしていたBobby ZやMatt Finkでさえも、Princeの巨大な才能の前では、単なる手足以上の存在ではなかったわけで。逆に、Princeを凌駕するほどの演奏スキルを持つSheila Eなんかは、とっとと見切りをつけてバンドを去ったりするくらいだし、バンド運営というのはなかなか難しいものである。
で、この頃のPrince、映画撮影だツアーだ女の子とイチャイチャだで忙しいはずなのに、レコーディング作業はめちゃめちゃ絶好調に進み、正式リリースされた曲の他にも大量のアウトテイクを残している。
もちろんその中には、後のアルバムに収録されたり、リミックスしたり構成し直したり結合させたりなどして、新たな曲に仕上げたりなどしているのだけど、その殆どはお蔵入り、倉庫に眠っている状況が続いている。
当時からかなりの量の未発表曲が流出しており、古いPrinceファンなら、ブートの10枚や20枚(一桁では済まないくらいの量なのだ)くらいは持ってるか、それか聴いたりはしているものだけど、そのほとんどは「海賊盤」的な音質、マスターとなるカセット・テープがフニャフニャになるくらいまでコピーしまくったため、ヨレてゆれてドンシャリな音質レベルのものが多い。それでもマニアなら、「どうせいつもと変わり映えしねぇだろ」と思いつつも、イイ感じに興味をそそるブート業者の誘い文句に乗せられて、ついつい入手してしまい、で、結局ほとんど聴いたことのあるトラックばかりで後悔してしまう、ここまでがいつものお約束。
今ではYoutubeや無料ダウンロードが主流となってしまったため、ブートレグ業界も斜陽の一途を辿っており、新たな音源が発掘されることも少なくなってしまった。今後は望みの薄いデラックス・エディションの登場を待つしかないのだけど、それもすべては殿下の気分次第なので、まぁどうなることやら。
で、Revolution名義でリリース予定だった2枚組『Dream Factory』を、前記の経緯ですべてボツにした後、今度は単独名義で3枚組の『Crystal Ball』を製作(のちにリリースされた同名アルバムとは別内容)、自信作だったはずなのに、ワーナーが短いスパンでの複数枚リリースに難色を示したため(当たり前だ)、どうにか曲数を絞って2枚組に収めたのが、この『Sign ‘O’ the Times』という経緯。
この他にも、多分アルバムとしてまとめられなかった曲も多数あるだろうし、またThe FamilyやThe Timeのように、ヴォーカルだけは他人にやらせて、バック・トラックはほぼ自分でやってしまったアルバムというのも数多く存在するので、すべてを追いきれている人は、ほぼいないのが実情である。もしかすると、明言していないだけで、いつの間にかリリースされてたアルバムもあるかもしれないしね。
ポピュラー音楽のカテゴリーでPrince同様、多作家で思い出すのがFrank Zappaである。
この人も2枚組3枚組は当たり前で、しかも取り扱うジャンルがロックだけにとどまらず、ジャズ、現代音楽、ミュージカル、ドゥーワップまで多岐にわたり、遂にはレコード会社のとんちんかんな干渉にブチ切れして、メジャーの力がまだ強かった70年代後半にインディーズ・レーベルを設立して独立している。メジャーの流通ルートが使えなかった、または意地でも使いたくなかったため、通信販売という、なかなか画期的な方法を選択した。
普通のアーティストなら、一旦メジャー落ちしてしまうと再浮上するのはなかなか困難で、活動自体がそのままフェード・アウトしてしまうことが多いのだけど、そこは昔から戦略家であり、狡猾な商売人でもあったZappa、一見無謀と思われたシステムでありながらも、きちんと目論見を立てて周到なマーケティングを行なったため、インディーズとしては異例のセールスを記録してしまった。こうなると、逆にメジャーの方がZappaに頭を下げて契約、メジャーに流通を「委託してあげる」状態になってしまう。
そこに至るまでは、何かと目に見えない苦労もあったと思うけど、その交渉に至るまでの駆け引きや懐柔、時に恫喝などを使い分け、事が有利に運ぶよう籠絡してゆくその手口は、もはや単なるミュージシャンではなく、有能なビジネスマンそのものである。
BeatlesとRolling Stonesとを比較して、音楽性以外での大きな違いが、バンド内のビジネス・パーソンである。60年代を疾走した挙句、バンドとしては短命に終わったBeatlesに対し、Stonesが老害だロートルだ金の亡者だと罵られながらも、常に何かしら話題を提供し、シーンの第一線から消えずにいられるのは、戦略参謀Mick Jaggerの存在が大きい。ロンドン大学で経済学を専攻していたMickにとって、Stonesという存在が「音楽を通しての自己実現の場」であったのは、デビューから数年程度のことで、その後はクレバーなバンド運営、株式会社Rolling Stonesの冷徹な経営者としての顔の方が多い。
ライブのセット・リストより、会場使用料や損益分岐点の方に気を病むミュージシャン。一見、ロックとはかけ離れた実像ではあるけれど、その二面性こそがバンドを生き長らえさせてきた秘訣でもある。
すごく極論で言ってしまえば、Princeは結局のところ一介のミュージシャンに過ぎず、特に目立ったビジネス展開は行なっていない。ワーナーとの決裂も、当初はビジネス上の行き違いという点から始まっているけれども、最終的にはPrinceのワガママ、ダダをこねた末の結末といった塩梅で、とてもビジネス交渉と言えたものではない。もしPrinceに信頼できる優秀なビジネス・アドバイザーの存在があったなら、もう少し展開は変わっていたかもしれないけど、まぁないな、きっと。簡単に他人を信用するようなタマじゃないし。
ちなみにこのアルバム・リリース時のチャート・アクションは、UK4位US6位という、当時のPrinceとしてはまぁまぁの成績だけど、考えてみれば2枚組でこのセールスなので、充分といえば充分である。そしてなんと、日本でもオリコン最高13位という、かなりの好成績をマークしており、それだけPrinceというキャラクターが一般にも浸透していたのがわかる。
1987年のオリコン年間アルバム・チャートを見てみると、1位がなんと意外なことに荻野目ちゃん、続いてユーミン、明菜、トップ・ガンのサントラ、そしてMichael Jackson 『Bad』と続く。さすがに年間チャートにまではランク・インしていないものの、当時はまだCDバブルの前、あのユーミンでさえミリオンに届いていない、レコード売り上げ低迷期にもかかわらず、それなりの実績を上げていたのは、ちょっとした驚き。
今に至るPrinceのパブリック・イメージ、「キモい」とか「エロい」などという風評が確立し広まったのはこの頃からで、名前を聞くだけで拒否反応を示す人も多かったはず。あまり日の当たらない洋楽マニアの間でだけ流通していたはずなのに、悪評以外の実績を残していたのは、ちょっと意外だった。
1. Sign o' the Times
Sign O the Times
posted with amazlet at 16.02.06
Prince
Warner Bros / Wea (1994-11-24)
売り上げランキング: 52,440
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1. Sign o' the Times
印象的だった、タイポグラフィを効果的に使った、本人出演のないPV、ほぼ無機的なリズムと、ちょっとブルースを入れたエモーショナルなギター、そしてあらゆる暗示を内包し、哲学的とも取れるメッセージ性の強い歌詞。
確かその年のグラミーか何か、音楽賞のイベントだったと思うけど、リリースされたばかりのこの曲を、Princeがソロで演奏したのを見た。ギター1本でステージに登場、簡素なリズム・ボックスをバックに、饒舌にメッセージを発するPrince、少しずつバックが参加、最後はドラム隊によるロールの饗宴で会場のテンションはマックス、そして静かにエンディング、という流れ。
リード・シングルとして、US3位UK10位になったのも頷ける。ペラペラな音を厚く盛った80年代サウンドへの強烈なアンチテーゼとして、シンプルながらも自己主張の強い音が満載の、ほんと衝撃的だったナンバー。
2. Play in the Sunshine
あまりに才気走った前曲から一転、今度は軽快なダンス・ナンバー。バック・トラックはほぼすべてPrinceによるものだけど、デュエットというくらい前面に出たバック・ヴォーカルは、当時恋仲だったSusannah Melvoinによるもの。思えば、彼女が引き金となってRevolution崩壊の一因となったわけだけど、そこまでPrinceが肩入れするほどの才能があるかといえば、ちょっと疑問。まぁ結局のところ、Princeだってただの男である。
3分過ぎの間奏がちょっとZappaっぽくてエキセントリック。ライブだと断然盛り上がる曲でもある。
3. Housequake
前曲からシームレスに続く、Prince公式ナンバーとしては初のラップ導入曲。まぁよく言われるように、Prince自身のラップについてはひとまず置いといて、トラックはかなりヒップホップに接近した音作りとなっている。ほとんどリズムだけで構成されたサウンドに、テープ回転スピードを速くして創りあげたPrinceの別のキャラクター、Camilleが時々顔を出す。
この曲こそシングルで切ってれば、イマイチウケが良くなかったヒップホップ世代へのアピールにもなって、もうちょっと時代も変わってたんじゃないかと思うのだけど、当時のPrinceはヒップホップ・ムーヴメントにはあまり本腰を入れていなかったので、あくまでエッセンス導入程度にとどめている。
この時期、グラミーを争っていたU2へのコメントとして、「僕はU2の曲を演奏できるけど、彼らに”Housequake”は演れないよね」とのたまったのは、あまりにも有名。捨て台詞としては、気が利いている。
4. The Ballad of Dorothy Parker
ほとんどリズム・マシーンのみ、たまにチープなシンセがからむ程度、なのに、このファンキーさはどういうこと?PrinceというアーティストがSlyの直系であること、そしてまたその影響下にあって、そこからSlyの進化形を続々生み出していたのが、この80年代という激動の時代だった、ということがわかってしまう曲。すごく地味な曲なのに忘れられない、かなり中毒性の強いナンバーである。
5. It
80年代ハード・ロックの香り漂う、あまりファンキーさは感じられないナンバー。血管ブチ切れそうなくらいにシャウトするPrinceが、ちょっと珍しい。ドラムの音はカッコイイのだけれど、曲がちょっとね。
6. Starfish and Coffee
Susannahとの共作、との触れ込みだけど、彼女がどれだけ制作に関わったかは疑問。ただ、あまりにポップなメロディはいつものPrinceとは明らかに違うので、結構深い部分まで作り込んだのかもしれない。冒頭の目覚ましベルがやたら音量がデカいことが印象的なのだけど、あとは普通のポップ・ソング。
7. Slow Love
共作者であるCarole Davisについて調べてみると、イギリス出身の歌手兼女優だそうで、この頃はまだレコード・デビュー前。どのような経緯でPrinceとの共作に至ったのかは不明だけど、まぁワーナー繋がりで何やかやあったんじゃないかと思う。
ちなみに「女優」とは書いてみたけど、その代表作というのが『殺人魚フライング・キラー』という、いかにもB級テイスト満載の映画なので、まぁそういった人なんじゃないかと思う。オリジナルも聴いてみたけど、まぁ普通の女性ヴォーカル・ナンバー。Princeヴァージョンもそうだけど、結構ベタな仕上がりである。
8. Hot Thing
ファンク・オーガナイザーとしてのPrinceが好きな人なら気に入ること間違いなし、俺的にもこのアルバムのベスト・トラックでもある。JBやSlyなどのオールド・ファンクとの最大の違いが、ここでのシンセの使い方である。凝った音色でなく、チープなプリセット音をそのまんま使いながら、それでもファンキーさを醸し出してしまうそのセンスは、Zappと双璧である。
9. Forever in My Life
シンプルなドラム・マシーンのみをバックに、珍しくエモーショナルにソウル・テイストを強めに出したヴォーカルを聴かせる、Princeとしては巣の面を出してきた曲。主旋律を追いかけるようなフーガのコーラスがクール。
LPではここまでが1枚目。
10. U Got the Look
2枚目のトップは景気よく、明快なスタジアム・ロック風。ややフラットに変調させたPrinceのヴォーカルに絡むのは、あのSheena Easton。ポピュラー・シーンのヴォーカルとして、世間では一定の評価を得ており、日本でもTVCM出演などでそこそこの知名度はあったSheena、まったく畑違いのPrinceとコラボするのは、まったくの予想外だった。
日本で例えれば、岡村ちゃんと薬師丸ひろ子がデュエットするようなもので、先入観が強ければ、まったくのミスマッチである。
曲自体は普通のポップ・ロックなので、俺的にはさほど思い入れはないのだけれど、シングル・チャートにおいてはUS2位、UK11位となかなか健闘している。
11. If I Was Your Girlfriend
結婚行進曲のイントロからスタートする、こちらはかなりファンク成分の濃いナンバー。Parade同様、余分な音はすべて抜いてしまう、大胆なファンク・サウンドが時代を先取りしている。終盤に連れて盛り上がるモノローグに対し、演奏はあくまで冷静。別人格Camilleになると、途端にファンキーさが増してしまうのも、この時期の特徴。
でもシングル向きじゃないよね、これって。それでもUS67位UK20位は健闘した方。
12. Strange Relationship
ちょっとマイナー調から始まる、同じくCamilleでのミドル・テンポ・ファンク。むしろこっちの方がシングル向きだったんじゃないかと思えるけど。メロディも立ってるしね。でも、それじゃチャートに風穴を開けることはできないのだろう。
13. I Could Never Take the Place of Your Man
一転してストレートなポップ・ロック。ファンキーさのかけらもない。サウンドはキラキラしてるし、サビもキャッチー。でもやっぱりPrinceのヴォーカルはあんまり爽やかさが感じられないので、そのミスマッチ感がナイス。
みんな前半ばかり印象に残っているとおもうけど、後半のアウトロは3分近くあり、しかもブルース調からジャズ・テイストに変わり、次第に陰鬱としたセッション風に変貌してゆく。バンドならまだ理解できるけど、これをソロ・ワークで作り込んだのは、どういった意図があったのか。
US10位UK29位まで上がったシングル。
14. The Cross
Prince流の正統派ゴスペル。厳かに始まりながら、次第に熱が入り、ディストーションの入ったギターがハード・ロックへとサウンドを変化させる。十字架というタイトルから想像できるように、もちろんキリスト教の影響下にある曲。
15. It's Gonna Be a Beautiful Night
86年パリでのライブ音源を使用。ライブ・ヴァージョンだけあって、グルーヴ感はこのアルバムの中では最も強い。曲の構造としてはジャム・セッションの延長線上なので、あまり深く考える曲ではない。しかし、前曲の壮大なバラードで厳かに幕を下ろしたところなので、アンコール的な扱い。
Eric Leedsを始めとした、ライブでのブラス・セクションの使い方、Princeはほんとうまい。それとSheila E.のラップ。ていうかモノローグっぽいかんじなので、まぁセッションのちょっとしたお遊び。やはりこの人には打楽器が良く似合う。
16. Adore
ファンの間でも人気の高い、初期を思わせる正統派バラード。シンセの使い方が西海岸系AORを想起させる、ファンキー成分を抑えたナンバー。こういったのも普通にできるはずなのに、やんないんだよな。
70年代のメロウ・ヴォーカル・グループが歌ったら、更にツボにはまる、Princeのキャラクターに頼ることなく、純粋に美メロなナンバー。
この後のPrinceだけど、あまりにオープンなサウンドへの反動なのか、それともあまりに肥大化したユーザー層の絞り込みを行なおうとしたのか、あまり大衆に支持されるとは思えない、マニアックなファンク・アルバムをリリースしようと思いつく。
それがかの有名な『Black Album』騒動に続くのだけど、それについてはこちらで。
Hits & B-Sides
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