folder 1989年にリリースされた、「ポップの魔術師」Todd Rundgren 16枚目のオリジナル・アルバム。長いキャリアにおいて初のワールドワイド契約を結んでのリリースは話題を集め、US102位はまぁしょうがないとして、UKでは久々に87位にチャートイン、再発ブームで湧いていたここ日本でも、オリコン最高85位と、小粒ではありながら存在感をアピールした。そのブーム以降、リアルタイムでは初のアルバムだったため、ミュージックマガジン界隈では盛り上がっていた記憶がある君は45歳以上。

 以前紹介した前作『A Cappella』は、「イコライジングした自分の肉声ですべての楽器パートを表現する」という、単なる思いつきを全力でやらかしてしまった実験作だったため、広く大衆にアピールするアルバムではなかった。US最高128位以外はどの国でもカスリもせず、日本でも一応リリースはされたのだけど、ジャケットも含めてキワモノ扱いだったし。
 そんな反省を踏まえたのか単なる気まぐれなのか、今回は古巣べアズヴィル・スタジオを離れ、名門スタジオ「レコード・プラント」を使用、大御所Bobby Womackとのデュエットなどゲストも豪華、ラストの「I Love My Wife」では、総勢22名のゲスト・ミュージシャンを迎え、カタルシス満載のホワイト・ゴスペルを展開している。
 それまでの密室作業中心のソロや、コロコロ音楽性の変わるUtopiaと違って、ボトムが太く直球ど真ん中、それまで培ったブルー・アイド・ソウルとストレートなロック・サウンドとのハイブリッドは、小手先の技を弄することもなく、これまでになかったグルーヴ感を醸し出している。
 やればできるじゃん。

 これまで業界内において、単に気が良くて中途半端な便利屋扱いされていたToddに転機が訪れたのは、80年代洋楽をかじっていた者なら誰もが知っている、XTC 『Skylarking』でのプロデュース・ワークである。
 本来、主役であるはずの気難し屋Andy Partridgeの意向など右から左へ聞き流し、中~後期Beatles へのオマージュを強調したサウンド・デザインと、べアズヴィル・スタジオ特有のデッドな響きのミックスは、ファン以外の耳目をも虜にした。今でも彼らのインタビュー記事といえば、当時の確執が落語のマクラ的に語られるほどである。まぁリリースから四半世紀経ち、今となっては2人ともギラついたエゴは薄くなり、互いに持ちネタ化してしまっているけど。

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 Andy同様、Todd自身にとっても彼らとのコラボはターニング・ポイントとなり、再度アーティスト活動に本腰を入れるようになる。
 LPからCDへのメディア切り替えのタイミングと相まって、ベアズヴィル時代の作品がまとめてリイッシューされたことも、Toddにとっては追い風となった。それまでコアなファンの間でさえ幻の作品となっていたアーカイブも入手が容易になり、ファン層は一気に広がった。日本でも雑誌メディアを中心に再評価の機運が高まり、新譜もないのに来日公演まで行なわれるほどの盛況ぶりだった。
 俺がToddの事を知ったのも丁度この頃で、まだ雑居ビルの2階でせせこましく営業していた札幌のタワレコで、日本未発売の『A Wizard, A True Star』のLPを買った。その後、札幌に住むようになってからCDを買い漁ったのは良き思い出。

 Toddといえば「密室ポップの魔術師」の異名で独りスタジオに篭り、特に70年代を中心に趣味的な作品を乱発していたイメージが強いけど、実際のところはUtopiaの活動も並行して行なっており、幼いLiv Tylerを養うためかそれとも家に居場所がなかったのか、かなりの頻度でツアーも行なっている。なので、一般的な宅録アーティストと違って、他人との共同作業を避けていたわけではない。ソロを作った後はバンドでのアルバム、完パケ後はそれをひっさげてライブを行なう、といったローテーションが自然とできあがっていたようである。
 彼が描いた当初の構想としては、産業ロックの前身であるアメリカン・ハード・プログレをバンドで展開して経済面を確保し、実験作や地味な作風のものをソロでやる、という予定だった。しかし実際には、地味なバラードが多いソロの方が好評を博し、ブームが過ぎると冗長さばかりが鼻につく、シンフォニック・ロック路線のUtopiaは苦戦を強いられる。
 そんな事情もあって、Utopiaの音楽性は次第にポップ色が強くなり、終いには凡庸なパワーポップ・バンドとしてフェードアウトしていった、というのは余談。

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 彼のソロ作品の傾向のひとつとして、同じくスタジオ・ワーカホリックのPrince同様、凝りに凝りまくったサウンドというのは思っていたより数少ない。トータルのアルバム・コンセプトや楽曲単位でのこだわりは相応だけど、楽器の音色へのこだわりはそれほどでもない印象。コンプをかけたりテープ逆回転を使ったり、経験則に基づいたギミックを使うこともあるのだけれど、それらも衝動的・単なる思いつきで使用されたものが多く、熟考を重ねたものではない。
 思いついたアイディアはとにかく片っぱしから詰め込んでしまうため、正規リリースなのに音質はブート・レベルのモノも多い。幾度にも渡るピンポン録音によってナチュラルにコンプがかかっている上、2枚組サイズの収録時間を無理やり1枚に詰め込んでしまってカッティング・レベルは下がり、さらに音は割れまくる。思いついたらすぐ手をつけないと気が済まないのか、ベテラン・アーティストにありがちな、シンセやドラムの音決めに丸一日かけるなんてことはせず、ほぼプリセットのまんまでスタジオ・ブース入りしてしまう。エフェクターだって、そんなに持ってないんだろうな。
 当然、じっくり練り上げて熟成させるなんてことは頭になく、思いついたアイディアを考えもせず、とにかくまずはプレイしてみる。ほぼ勢いのみでセッションしてしまうので、正確なピッチやリズム?何それ?といった塩梅。完璧なバンド・アンサンブルやインタープレイなんてのもあまり重要視せず、一回通してせーのでプレイしてみて、大まかな流れやソロ・パートの配分を決めると、即本チャン突入、あとは自分のパートで気持ちよくギター・ソロが弾ければ、それでオッケー。

 結局のところこの人の場合、「こうするとどうなるんだろう?」といった無邪気な少年の視点が、すべての行動パターンの発露である。
 独得のコード進行による揺らぐメロディは多くのファンの心をつかみ、Roger Powellら手練れのプレイヤーを擁するUtopiaは、自由奔放なバンマスに振り回されることもなく、完璧なバンド・アンサンブルを構築していた。
 それなのにこの人は、既存のお約束・予定調和的なものを自ら崩そうと一生懸命である。普通にバンドでやればバランスよく仕上がるのに、わざわざ全パートをマルチ・レコーディングでもって自分独りで演奏したり、わざわざ手間ヒマかけて肉声を加工して変態アカペラ・アルバムを作ったり、しまいには「インタラクティブ」と称して演奏素材をバラバラに収録、リスナー側が各自でリミックスして曲を仕上げるという、何とも微妙な作品をリリースしたり。
 すべては、単なる好奇心をきっかけとした「やりっぱなしの産物」である。そもそもこの人、この時点まで2枚続けて同じコンセプトでアルバムを作ったことがないので、新譜リリースごとに音楽性が変わり、ライト・ユーザーは皆無、ほぼコアなファンしか残らない。好きな人からすれば「何をやってもToddだよね〜、もうしょうがないんだから」といったところだけど、そりゃファン層も拡大しないわな。

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 で、『Nearly Human』。
 これまでになくコンテンポラリー向きで、外に開かれたサウンドではあるけれど、結局のところ、これもまたToddの壮大な気まぐれの具現化と捉えれば、異質でも何でもない。ていうかこの人の場合、ほとんど全部異色作ばっかだけど。
 -大掛かりな予算と豪華なゲストを使って、スタジオで一同に介してプレイしてみたら、一体どうなるんだろう?
 そんな素朴な疑問と探究心が、このプロジェクトのカギとなっている。これまでは自ら積極的に楽器を操っていたけれど、ここではシンガーとプロデュース、むしろコンダクターに徹しているため、バンド・サウンドの足腰の強さが全体にも大きく影響を及ぼしている。設備としては貧弱極まりないべアズヴィル・スタジオと違って、レコード・プラントでのレコーディングは音の仕上がりが違っており、バック・トラックの音圧は強い。
 眼前に立ちはだかるゴージャスな音の壁の前では、流麗かつ不安定なメロディの微妙な揺らぎはかき消されしまうけれど、ここでのToddはメジャー仕様のサウンドに堂々と対峙して、細かなディテールを排除したストレートなメロディ・ラインでまとめている。「細けぇ事はいいんだよっ」とでも言いたげに。
 結果的に大味に仕上がった作風は、コアなファンからは不評であり、70年代の作品と比べるといまだ正当な評価が与えられていない。直球勝負のパワーポップ風味ブルー・アイド・ソウルと捉えれば、クオリティ的には申し分ないのだけれど。

Nearly Human
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Todd Rundgren
Warner Bros / Wea (1989-05-18)
売り上げランキング: 337,418



1. The Want of a Nail
 ビルボード・メインストリーム・チャートで最高15位にチャートインした、Toddの大味なロック志向と不安定な揺らぎのメロディ・ラインとの奇跡的な融合。ゲスト・ヴォーカルのBobby Womackの参加がクローズアップされることが多いけど、俺的にはToddのヴォーカルにしか耳が行かない。この時期のBobbyは「ラスト・ソウル・マン」と称して第2のピークを迎え、Rolling Stones 「Harlem Shuffle」などロック系の客演も多かった時期だったのだけど、俺的にはこの人、演歌なんだよな。
 2分20秒当たりの転調の部分がとても美しいのだけれど、Bobbyのガサツなヴォーカルがちょっと興醒めしてしまう。生粋のソウル・ファンなら垂涎なんだろうけど。



2. The Waiting Game
 従来Toddのメロウな部分が80年代サウンドにアップデートされた、ソウル・テイストのポップ・チューン。ただこれまでと違うのは、Utopiaとは違うメンツでセッションを行なったことによる、外に開かれた楽曲であること。内に籠った落としどころのないメロディではなく、そりゃ普通の黄金コード進行とは違うけど、いつものToddよりは起承転結がはっきりした構造。やればできるのに。

3. Parallel Lines
 もともとはオフ・ブロードウェイ・ミュージカル『Up Against It!』のために書かれた楽曲。もうちょっと突っ込んで調べてみると、要は我々日本人が想像する煌びやかなショー・ビジネスの世界とは違って2軍扱い、もともとはJoe Ortonという脚本家がBeatesにインスパイアされた戯曲を読んで、さらにToddがインスパイアを受けてデモテープを作り、その中の1曲という代物。あぁややこしい。その同名タイトルのデモテープ集が1997年にリリースされているのだけれど、ごめん聴いてない。この時期のToddはいささか空回り気味だったので、まともに追いかけている人はごく少数のはず。いつかちゃんと聴かなきゃと思いつつ、ずっと後回しだな。
 ここまで言ってなんだけど、楽曲の出来としては秀逸。後にライブでもたびたび披露されるくらいだし、本人としても会心の出来と自負があるのだろうと思われる。イヤミなく、良質のAORロッカバラードとして聴いてみてほしい。



4. Two Little Hitlers
 アナログでは未収録だった、CDボーナス扱いのElvis Costelloカバー。まだCD/LP同時発売の過渡期において、収録時間の都合上、こういった扱いの楽曲が存在した時代の話。
 オリジナル・リリースが『Armed Forces』なので、Costelloのキャリアとしてはかなり初期の作品で、正直、目立った楽曲ではないので、逆にToddの選曲眼が目ざとく働いた結果に落ち着いた。リズム面を補強した以外はオリジナルとほぼ同じアレンジだったのも、Costelloファンである俺にとっては好感が持てた。
 しかし今じゃ絶対承認降りなさそうなタイトルだよな。まぁこれ以上、深追いするのはやめておこう。

5. Can't Stop Running
 Utopiaメンバー全面参加、リリース当時、ソウル・オリンピックのアメリカ応援ソングとして制作されたことで注目を浴びた、とのことなのだけど、正直記憶にない。
 そういった宣伝コメントを抜きにしても、楽曲のクオリティはめちゃめちゃ高い。やはり旧知のメンバーが入るとスイッチの入り方が違うのか、ここではTodd、思いっきりギターを弾きまくっている。またソロが映えやすい構造になってるもんな。
 キャッチーなサビのコーラスといい各メンバーのソロの見せ所ぶりといい、路線が迷走した挙句、尻切れトンボ気味に収束してしまったUtopiaとしての理想形がここにある。プログレもソウルもビート・ポップも産業ロックもすべて飲み込んだ、耳にした誰もが自然と高揚感を想起させるエモーショナルが内包されている。



6. Unloved Children
 アナログだと本来、4.のポジションに配置されていたブルース・ロック。シャッフル気味のリズム・パターンが単調になるのを防いでいる。やっぱりロック・チューンになると血が騒ぐのか、ここでも短いけれど印象的なギター・ソロを弾いている。
 こうして5.と続けて聴いてみると、あぁUtopiaというバンドはロック向きじゃなかったんだな、と改めて実感する。前述のRogerといいKasim Sultonといい、どちらかといえばシンフォニック/プログレッシヴがバックボーンだし、ブルース要素が皆無だもの。

7. Fidelity
 3.と同じく良質のAORバラード。曲調や構成もほぼ似たようなもので、でも二番煎じとはとても呼べぬクオリティのメロディが炸裂している。ここまでロック路線とフィリー・ソウル・バラードとがほぼ交互にうまく配置されており、やはりこの人はプロデューサーなんだなと思わされる。バランスの取り方ひとつでクドくなってしまいそうになるのを、うまく回避している。あんな人だけど、ちゃんと第三者的な目線は持ってるんだな。

8. Feel It
 ニュー・ソウル期のMarvin Gayeを思わせるドラマティックなストリングスで幕を開ける、以前、プロデュースしたThe Tubes『Love Bomb』収録曲のカバー。正直、Tubesはちゃんと聴いたことがないので判断しかねるのだけど、Youtubeで聴き比べてみたところでは、アレンジのテイストはそんなに変わらない。ニューウェイヴ期のバンドという以上の印象がなく、これからも俺的な興味は引きそうにないので、まぁ無難なポップ・バラードということで。

Todd_Rundgren_and_Utopia

9. Hawking
 なんとなく無難な穴埋め曲の後は、そろそろアルバムも終盤、クライマックスに向けて走り出す。タイトルが示すように、テーマがあのホーキング博士。ドラマティックかつソウルフルに彼の足跡と今後の展望を讃えている。何かと最新テクノロジー系に興味深々のTodd、ここではゴスペルライクなコーラスと咽び泣くサックスの調べによって、アーバンかつムーディな…、って宇宙論や理論物理学とは相反するサウンドだな。

10. I Love My Life
 ラストはなんと9分弱に及ぶ一大セッション。総勢30名以上をまとめるのはNarada Michael Walden。何ていうかこう、「いい」とか「悪い」とか「好き」とか「嫌い」という次元を超えて、「人海戦術」ってのはこういうことなんだな、というのを実感させられてしまう。一大絵巻。何だかんだ言っても「We are the World」だって「Do They Know y It's Christmas」だって、どんな批判や中傷も、あの圧力の前では無力だ。個人個人のパワーを結集すると、とんでもないパワーが生まれるのだ、って恥ずかしいことをつい呟かせてしまうパワーを持った問答無用のナンバー。
 ちなみに大コーラス隊のメンツの中で、なんでこの人が?というのが、Mr.BigのEric MartinとPaul Gilbert。世代的にもClarence Clemonsは何となく繋がりがありそうだけど、なんでこの人たち?






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