Miles_Davis

好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そういったゆるいコンセプトのブログです。

電気を使って何が悪い? - Miles Davis『Miles in the Sky』

folder 前回取り上げたGainsbourgが、「晩年のレコーディングはほぼ若手に投げっぱなしだった」と書いたけど、ジャズの場合はそれどころじゃないくらい、もっとアバウトだった。簡単なコード進行とアドリブの順番、テーマのフレーズを決めてチョコッと音合わせすると、もうとっとと本番である。何テイクか録ってしまえばハイ終了、その場でギャラを受け取って解散である。
 場合によっては、レギュラー・バンドに匿名のゲストが参加する場合がある。お呼ばれしたはいいけど、契約の関係で大っぴらに名前が出せず、適当なニックネームにしたりなんかして。実質、リーダーシップを奮ったレコーディングにもかかわらず、これまた契約のしがらみでメイン・クレジットにすると何かと面倒なため、苦肉の策で他メンバー名義のリーダー・アルバムとしてリリースしたりなんかして。そんな経緯を経て世に出してみたところ、思いのほか好評だった挙句、遂には稀代の名盤として後世に伝わってしまったのが『Somethin' Else』。

 60年代半ばくらいまでのジャズ/ポピュラーのレコーディングといえば、大部分が一発録り、個別パートごとのレコーディングは技術的に難しかった。ほんの少しのミス・トーン/ミス・タッチですべてがオジャン、最初からやり直しになってしまうため、現場の緊張感はハンパないものだった。
 今のように安易にリテイクできる環境ではなかったため、当時のミュージシャンは「失敗しない」高い演奏レベルが求められた。当然、そんな迫真のプレイを記録するエンジニアも、下手こいたら袋叩きに合っても文句が言えず、自然と技術スキルが向上していった。マイクの立て方や位置、針飛び寸前まで上げるピーク・レベルの調整具合など、ちょっとした加減ひとつで仕上がりが変わってしまうため、こちらもシビアにならざるを得なかった。
 60年代後半から、マルチ・トラックによるレコーディングが大きな革命をもたらし、パートごとのリテイクやダビング、ベスト・テイクの切り貼りといった新技術が出てくるようになる。楽器や機材の進歩によって、ミュージシャンの表現力の幅も広がってゆくのと同様、エンジニア側も録音機材の技術革新によって、単なるオペレーターにとどまらず、アーティスティックな視点によるレコーディングを志すようになる。

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 作詞作曲を行なうコンポーザーがイニシアチブを執るロックやポップスと違って、ジャズの場合、プレイヤーが楽曲の出来を大きく左右する。楽譜で細かく指定された他のポピュラー音楽と比べて、アドリブやインタープレイなどの不確定要素がかなりの割合を占めているため、テイクごとに演奏内容が全然違ってしまう場合も多々ある。ただ違っているだけではなく、没テイクと判断されたモノでさえ、のちに発掘されて名プレイ扱いされてしまうケースが多いのも、ジャズというジャンル固有の特徴である。
 そんな未使用テイクの需要が多いのもジャズ・ファンの大きな特徴で、やたら詳細な演奏データや未発表テイクの発掘リリースなど、何かとマニアックに掘り下げるユーザーが多い。John ColtraneやCharlie Parker なんて、未だにオフィシャルでもブートでも新音源が発掘されているし。
 マニア以外からすれば、ほとんど見分けもつかないフレーズの違いを「歴史的大発見」と称して悦に入るなど、ちょっと着いていけない感覚はカルト宗教的でさえある。
 書いてて気づいたけど、これって近年の鉄道マニアとロジックが似ているのかな。

 で、同じく発掘音源やブートのリリースが未だ尽きないのがMiles。キャリアの長さも手伝って、彼もまた大量のテープ素材を残している。前述2名の音源が、主にライブやメディア出演をソースとしているのに対し、マルチ・レコーディング時代にも精力的に活動していたMilesの場合、未発表スタジオ・セッションの音源も多数残されている。
 どうせ編集で何とかなるんだから、とにかくテープを回して片っ端から録音し、後はプロデューサーTheo Macero に丸投げ、というパターンがめちゃめちゃ多い。逆に言えば彼の場合、頭からケツまで通して演奏された楽曲が、そのまま商品化されることは極めて少ない。エフェクトやらカットアップやら、何かしらスタジオ・ブースでの加工が施されているのが、60年代以降のMiles Musicの特徴である。

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 ただこういった特徴も、「Miles Davis」という多面体を構成するひとつの側面に過ぎない。違う見地で言えば、レコードに記録されたテイクとはあくまでかりそめのものであり、いわば発展途上における中間報告に過ぎない。商品化テイクをベースにライブを重ねることによって完成に近づいてゆく、というのもまた、Milesに限らずジャズという音楽の真理のひとつ。
 ライブにおける偶然性やハプニングが、ジャズの先鋭性を後押ししていたことは歴史が証明しているけど、50年代ハード・バップによって一応のフォーマットが完成してからは、そのラジカリズムに翳りが生じ始める。
 安定した4ビートと順次持ち回りのアドリブ・プレイは、次第にステレオタイプとしてルーティン化してゆく。何となく先読みできる展開を内包した様式美は、マス・イメージとしてのジャズを伝えるには有効ではあったけれど、未知なる刺激を求めるすれっからしのユーザーにとっては、満足できるものではなかった。目ざとくヒップな若者がロックへ流れてしまうのは、自然の摂理である。

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 そんな自家中毒にはまり込んだジャズに見切りをつけ、「俺は次に行っちまうぞ」と言い放ったのが、この『Miles in the Sky』。特に声高く宣言したわけじゃないけど、旧態依然としたジャズにしがみついているプレイヤーやファンを置き去りにした、ターニング・ポイントとなった作品である。
 モードやシーツ・オブ・サウンド以降、方向性で足踏みしていたモダン・ジャズ、60年代に入ってからは、ロックやポップスにポピュラー・ミュージックの王座を追われて久しかった。黒人音楽というカテゴリーに限定しても、モータウンに代表されるライトなポップ・ソウル、クリエイティヴ面においてもJBやSlyらによるファンク勢への対抗策を打ち出せずにいた。
 それでも、クリエイティビティに前向きな若手アーティストによる、ソウル・ジャズやフリー・ジャズなどの新たな潮流が芽生えてもいたのだけど、その流れは極めて限定的なものだった。その嵐の勢いは、「ジャズ」というちっぽけな器の中で収まってしまうものでしかなかった。シーン全体を巻き込む、大きな流れには育たなかった。
 そんな小手先の変化がまた、Milesの不遜さに拍車をかけた。申し訳程度にソウルのリズムを取り入れたって急ごしらえでは底が浅く、いかにも借り物的なまがい物感が拭えなかった。
 過去のジャズを壊すプレイ?とっくの昔にくたびれたジャンルを壊すって、一体どうやって?ちょっと押せば崩れ落ちるようなものだよ、ちっとも前向きじゃないじゃん。
 もっと強力に、シーン全体を揺らがすほどのインパクトがないとダメなんだって。

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 60年代Milesサウンドのパーマネント・メンバーだったのが、Wayne Shorter (ts) 、Herbie Hancock (p) 、Ron Carter (b) 、Tonny Williams (d) らによる、通称「黄金のクインテット」。当時はほとんど無名だった彼らが中心となって、ていうか帝王のスパルタ・トレーニングについて来れた、選ばれし精鋭である。
 当初は従来のモダン・ジャズの枠内で、アンサンブルの完成度を高めていったMilesバンド。時代を経るにつれて、前述のポピュラー・ミュージック環境の変化に刺激され、遂にはアコースティックからエレクトリック楽器へのコンバートを指向するようになる。まメンバーは全員いい顔をしなかったため、最終的にはMilesの力技が勝つのだけれど。
 ただ最初からMiles自身、エレクトリック化への移行に関して明確なビジョンがあったわけではない。変化は段階を経て緩やかに、そして機を見て唐突に実行された。
 「電気を使って何が悪い?俺が演奏すりゃ、ぜんぶMiles Musicだ」。

 電化Miles第一のピークとされている『Bitches Brew』において使用機材のコンバートが完了し、それ以降のサウンドは、リズムの解体とスピリチュアリズムとが同時進行していくことになる。最終到達点である『アガ=パン』においては、不可知論が支配するカオスな状況が自己崩壊を引き起こすのだけど、それに比べてここでのプレイは、「楽器変えてみました」程度の素朴な実験にとどまっている。
 アコースティックに片足を突っ込んだまま、試行錯誤の跡が克明に記録されているのでまだ帝王としてのスタンスを確立していなかったMilesの葛藤が窺える。まぁ本人に聴いても、悩んでるだなんて、絶対口にしないだろうけどさ。
 「俺の最高傑作?それは次回作さ」。
 この言葉に込められているように、完成された作品なんて、ひとつもない。
 彼にとって、過去のアルバムはすべて、そんな過渡期の記録である。

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1. Stuff
 ほんの少しのフィル・イン以外は踏み外すこともない、単調な8ビートを刻むTony。ただ当然だけど、これまでより手数が多くなった分、曲全体のスピード感は旧来ジャズにはなかったもの。6分近くなってから繰り出されるMilesのソロは、ジャズ・マナーに沿った力強いブロウ。Ronのベースは…、アップライトから持ち替えて間もない分、まだ慣れてないんだろうな。音も小さいし、あまり目立ってない。
 力強いMilesのプレイは時空を超えてエモーショナルなプレイ。これ以降はここまでオーソドックスな力強さは見せなくなってしまう。続くWayneのソロは一聴するとColtraneの影響下から抜け出てなさそうだけど、後半に行くにつれてリズムが変調、そこにうまく合わせるテクニックの妙が楽しめる。
 Herbieのソロは正直面白くないのだけど、サイドに回ってる時のアクセント・フレーズにスケール感の大きさがにじみ出ている。やっぱりジャズだけに収まる人じゃないんだよな。
 エレクトリックといってもまだ手探りの状態だったため、従来ジャズと比べてそこまでの差別化ができているとは言い難い。後半のTonyのハイハット・プレイなんて、電化とはまったく関係ないし。むしろ、その後のリズム解体に向けてのプロローグとして受け止めた方がわかりやすい。



2. Paraphernalia
 『Miles in the Sky』のレコーディングは、主に1968年5月15~17日に行なわれたセッションを素材としているのだけれど、この曲のみ同年1月の録音となっている。
 OKテイクではGeorge Benson (g)が参加しているのだけれど、ほんとはJoe Beckを起用したかったらしい。実際、スタジオにも姿を見せたとか見せなかったとか、証言はいろいろあるけれど、なぜかしらこの時はBensonをフィーチャーしたかった理由でもあったのか。
 作曲したのがWayneのため、必然的に彼のパートが多い。俺的にはソロイストとしてのWayneはあまりピンと来ないので、引き付けられるのはどうしても他のプレイヤーになってしまう。とは言ってもBensonの影が薄すぎて、正直存在意義がちょっとわかりかねる。特別大きくフィーチャーされてるわけでもなし、目立ったフレーズを弾いてるわけでもない。一体、彼に何を求めていたのか、それともこういった起用法が意図だったのか。
 どちらにせよこれ以降、彼はMilesセッションにはお呼びがかからなかったのだから、深入りする前じゃなくて良かったと思われる。

3. Black Comedy
 なので、変に新機軸を求めるのではなく、従来のフィールドできっちりまとめたこの曲を聴いてしまうと、なんか安心してしまう。1.と違って決して進歩的ではないけれど、4ビート・ジャズの規定フォーマットの中で存分に発揮されるクリエイティヴィティは、安定したクオリティである。
 ここまで探り探りなフレージングだったWayneも、生き生きとしたプレイを見せている。不慣れなエレピからアコースティックにチェンジしたHerbieも、オーソドックスにピアノの限界を引き出すようなプレイを見せている。
 実験的な試みを敢行する反面、従来ジャズの深化という点において、つい熱くなってしまう佳曲。

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4. Country Son
 デキシー・ジャズみたいな音色はトランペットではなく、コルネットによるもの。激しい4ビート~静寂なワルツ~ロッケンな8ビートとリズムが目ぐるましく変化する、ある意味Tonyが主導権を握ったナンバー。
 こういった曲を聴いてると、やはりジャズとはリズムがすべてを支配するのだな、と改めて思い知らされる。どれだけ流麗かつキャッチーなフレーズをつま弾こうとも、繊細かつ大胆なハイハット・ワーク、強烈なバスドラの響きの前では無力だ。自在のリズム感覚を操るTonyが、長らくMilesの参謀として鎮座していたのも頷ける。
 ここではまだ手探りではあったけれど、自身の音楽を先に進めるためには、未知のリズム・パターンが必要であることを、本能的に見抜いていたのだろう。


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Miles流ジャズ・ファンクの最終形 - Miles Davis 『Decoy』

folder 1983年にリリースされた『Star People』は、Bill EvansやMike Sternなど、80年代以降の現代ジャズ・ファンク・シーンを担う若手の積極的な起用によって、先祖返り的な新伝承派への対抗意欲を表明した意欲作だった。帝王と称されて以降の彼は、休養以前ほどの先鋭さはなくなったけど、かつて自らが築いたスタイルをなぞってお茶を濁すことは頑なに拒否していた。少なくとも、時代に乗り遅れることだけは逃れていた。

 どの時代においてもMilesが志向していたのは、その時代においての最先端、最もヒップな音楽だった。ビバップを起点としたモダン・ジャズからスタートして、既成のリズムやコードを分解・再構築、それまで邪道とされていたエレクトリック楽器の導入、それらの集大成としてジャズ・ファンク路線へ向かったのも、「俺がジャズ・シーンをリードしているんだ」という自負があったからこそ。
 そりゃ時々、ちょっと残念な作品や退屈なアルバムも中にはあったけど、アバタもエクボとはよく言ったもので、『Miles Davis』という壮大な超大作の中のワンカットと捉えれば、ちょっとは納得がゆく。いつもいつもヤマ場ばっかりじゃ、演る方も聴く方も疲れちゃうしね。

 で、この『Star People』と同年にリリースされた1枚のアルバムが、ジャズ・シーンを大きく変化させることになる。
 それまでジャズ・フュージョン~ジャズ・ファンクなど、Milesが創り上げてきたメソッドに則って、またはパクった廉価版を流通させて凌いできたジャズ・シーンだったけど、Milesの文法にはない言語・話法で価値観を一変させてしまった。
 『Futurer Shock』、または「Rockit」。
 そのアーティストとは、Herbie Hancock。かつてのMilesスクールの卒業生である。

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 以前もレビューで書いたけど、これがジャズなのかどうかと言われれば、ギリギリのラインでジャズではあるけれど、一般的な解釈としてはヒップホップ・カルチャーのメジャー化に大きく寄与した、俺が言うところの「お茶の間ヒップホップ」作品である。ジャズである根拠はリーダー名義がHerbieだから、というだけで、旧来のジャズっぽさはまるでない。
 ただこのHerbieという人、そのMilesスクール在籍時から「ジャズの基本フォーマット」にはあまり興味がなく、むしろそういった既成概念へのアンチを訴える性向が強い。いわゆるタカ派的なミュージシャンではあるのだけれど、性格の良さなのか人心掌握に長けているのか、保守派のミュージシャンからの覚えも良く、それなりの距離を保ってセッションやコラボレートを行なっている。
 穿った見方で言えば、八方美人的な器用な人なのだけれど、ミュージシャンとしての基礎体力、センスやスキルは同年代においても抜きん出ているので、あまり不評も出ない。この辺はMilesのバンド運営を反面教師として捉えてきた経験則に基づくのだろうか。

 これまでジャズ界の方向性を決定づけるのは、主にMilesだった。彼のレイテスト・アルバムこそが次世代ジャズのフォーマットとして注目され、そしてリスペクトされオマージュされまくった。と言えば聞こえは良いけど、要は表層だけ真似て聴きやすくしただけ、または一般ウケしやすいよう思いっきり希釈されることで、特に70年代以降の斜陽ジャズ界は命脈をつないでいた。
 自ら望んでなったわけではないだろうけど、結果的にジャズ界の水先案内人としてシーンをけん引していたMilesだったけど、『On the Corner』リリース以降から、その勘が鈍り始める。
 オーバーダヴを極力使用せず、リズム・リード一斉演奏による複合アンサンブルという手法はフリー・ジャズのメソッドと方向性は似ている。ただ調性を重要視しないフリーとは違って、Milesの場合、ポリリズムをベースとした複合リズムの一斉演奏から発生するピッチのずれ、古代民族の祝祭的ムードをモダンに展開させたことがMilesの功績である。ただそのメソッドはあまりに不定形であったがゆえ、万人の理解はおろか、演者自身さえもカオスに陥ってしまうほどの破壊力を持っていた。
 ジャズ・ミュージシャンMilesのキャパを大きく超えるフォーマットは、製作者自身をも浸食する。その後はアルバム制作ごと、またライブを重ねるごとに、その怪物は自らの意思を持ち、そして力を増す。日を追うにつれ、もはやMilesの手では制御不能になっていった。
 怪物を抑え込むために消費される、大量の酒やドラッグ。気が大きくなることもあって、一時は気が紛れるかもしれないけど、根本的な解決にはなっていやしない。むしろ怪物のパワーゲージは増大しているのだ。
 自分の許容量を超えるドーピングは体と精神を蝕み、遂にはMiles、シーンからの撤退を決意する。『Agharta』『Pangaea』という、評価不能(または評価されること自体を拒否した)大作を残して。

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 長い長い休息を経てシーンに復帰したMiles。以前のドロドロした怪物とは縁を切り、もっとコンテンポラリーな方向性を持つ、ビビッドなフォームのサウンドを志向するようになる。ほとんど暴君として主導権を握っていたレコーディング・セッションも、任せられるところは若手に仕切らせるようになる。
 復帰後のMilesは、もはや自らの力だけではヒップな存在にはなれないことを自覚していた。先鋭的なジャズ・ミュージシャンとしては、『Agharta』『Pangaea』のその先を探求することが真っ当なのだろうけど、彼の関心はもはやそこにはなかった。彼が求めていたのは、もっと確実な形の名声、ポップ・チャートの上位へ狙えるセールスだった。

 リーディング・ランナーのポジションから自ら降り、時代のトレンドに乗っかることを選択したMiles。最先端のサウンドを提示することはなくなったけど、これまでの功績からジャズ界の帝王としてのポジションは確立されていた。彼が復帰することで、CBSはおろかジャズ界挙げての大きなキャンペーンが盛り上がったのも、そんな事情があったわけで。
 ただ、これらもあくまでジャズ界の中での出来事である。さすがに第1弾の『The Man with the Horn』こそビルボード最高53位のヒットになったけど、『Star People』は最高153位と、まぁジャズ・アルバムにしては上等といった程度の成績だった。ただ、彼が望むところのポップ・チャートへのランクイン、例えばMichael JacksonやLionel Richieと比べれば、お話にもならなかった。

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 そんな中での「Rockit」ブームである。ビルボード最高71位はもちろん、ダンス・シングル・チャートで1位を獲得したことによって、Milesの対抗意識はハンパなかったはず。総合チャートだけでなく、もっとも現場感覚が反映されるクラブ・シーンにおいて明確な支持を得たHerbieに対し、嫉妬とも羨望とも、どちらも入り混じるような複雑な心情であったことは想像に難くない。
 暴君Milesだからして、よくある子弟物語のような、弟子の成長を素直に喜ぶようなタマではない。むしろ対等なミュージシャンとして、ヒップホップの導入によるポップスターへの仲間入りへの羨望、またこれまでのMilesメソッドの延長線上ではなく、まったく違ったアプローチによるポピュラリティの獲得への嫉妬が強かっただろう。
 後に『Doo-Bop』という最後っ屁をかますMilesだからして、ヒップホップへのアレルギーや嫌悪があったとは思えない。彼にとっては新しい音楽、旧来のジャズとはかけ離れたものを求めているだけであって、逆にHerbieの目の付け所には「してやられた」感が強かったんじゃないかと思われる。

 正直、『Future Shock』はあまりにヒットし過ぎたがため、もはやHerbieでは制御が効かず、彼にとっての「怪物」的存在となってしまった。おかげで勢いで二番煎じ三番煎じのアルバムを作ってしまい、結局は時代に消費されてしまった。使用機材の影響もあるけど、いま聴くとすごく古臭く感じてしまう点は否めない。
 対してタイミングを待って制作された『Doo-Bop』は、時代を乗り切るオーラを保っている。制作途中だったトラックを効果的にまとめたEasy Mo Beeの力量ももちろんだけど、トレンドの先読み力においてはまだ眼力を保っていたMiles、2匹目のドジョウを狙っても叩かれるだけなのはわかっていたのだろう。
 まだ手を付けるべきじゃない。時期が早い。

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 ジャズ・ファンク路線でもうちょっとやってみたかった、またはCBSの要請があったのかどうか、取り敢えずほぼ同じスタッフで制作したのが、この『Decoy』。『Star People』では10分超の曲が3曲あったけど、ここでは1曲のみ、ほとんどの曲が4~5分程度にまとめられている。この辺はラジオ・オンエアを意識したものと思われる。とは言っても、ジャズ専門ラジオでしかかからなかったんだけどね。
 『Decoy』においての最大の新機軸というのが、盟友Teo Maceroとのパートナーシップ解消である。
 正直、この時期になるとレコーディング・スタイルそのものがシステマティック化され、以前のようにテープを長回ししてダラダラ時間をかけたセッションは少なくなっていた。これまでバンド・アンサンブルに細かな指示を与えていたMilesだったけど、スタジオにいる時間が短くなり、結果的にバンド自身でバック・トラックをしっかり作り込むことが可能となった。なので、デモ段階でほぼ完パケ状態となっているため、Teoお得意のテープ編集テクニックは無用の長物となる。実際、Miles復帰後のTeoの仕事量は相対的に減っていった。

 Milesがすぐにヒップホップに飛びつかず、ジャズ・ファンク・スタイルの追及を継続したのは、若手による現状バンド・アンサンブルへの信頼もあったけど、かつてのMilesスクールよろしく若手スター・プレイヤーの育成並びに恩恵に預かる下心が、多少なりともあったんじゃないかと思われる。特にここで3曲参加しているBranford Marsalisには目をかけていたらしく、ゲストではなくレギュラー・メンバーとしての加入も打診している。結局、Stingに取られちゃうんだけどね。

 Herbieとは別のベクトルでポップスターを狙っていたMiles、『Star People』よりコンパクトかつソリッドにまとめられた楽曲群はクオリティが高く、彼が目指すところのジャズ・ファンクとしては、ほぼ完成形である。あくまでジャズ村の中での評価としては、高いものだった。
 でも、ヒップじゃない。
 すでにMilesは別の方向を向いていたのだから。


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1. Decoy
 「On the Corner」の雑多なリズム・パートを丁寧に取り除き、バンド・メンバーを絞って各パートのインプロをクローズアップすると、こんな感じになる。70年代ジャズ・ファンクの落とし前といったところか。若手ミュージシャンらの屈託のなさによって、かつてあれほど苦しめられた怪物は、しっかり手綱を握られている。
 ここから初登場のDarryl Jones(b)の俺様っぷりも、Stingと組もうかどうか天秤にかけていたBranford Marsalis (sax)の歌いっぷりも、きちんとコントロールされている。だからこそ、Milesのペットもここ最近にはないほど鳴りまくっているのだ。
 Teoとの友好的決別が良い方向へと向かった、新世代ジャズ・ファンクの完成形となった1曲。



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 1分程度のブリッジ的小品。Miles自身による拙いコード弾きシンセが聴ける、それこそ『Future Shock』とYMOをモチーフとしたテクノ・ファンク。実験的なお遊びだったのか、中途半端なフェード・アウトが惜しい。もうちょっと広げられたら面白かったんだけどね。

3. Code M.D. 
 やっぱり80年代というのはヤマハDX-7の時代だったんだな、というのを思い出させてしまう1曲。あのMilesでさえ、他の80年代アーティストのサウンドと同じ音色使ってるんだもの。特にこの曲はバンマスRobertのイニシアチブが強いため、シンセのブロック・コードが曲のコアとなっている。リズムのメインは当然Al Foster(dr)だけど、結構な割り合いでドラム・プログラミングもミックスされており、結果的にテープ編集という職人技は不要となる。Teoのやることがなくなるわけだ、確かに。
 『Star People』ではあまりオイシイ場面が回って来なかったJohn Scofield(g)、ここではシンセとのユニゾンも多いけど、インパクトのあるファンキーなソロを利かせている。タイトルにもかかわらず、Milesの出番が少ないナンバーでもある。3分過ぎ辺りから「御大登場」とでも言いたげに、悠然と登場してサラッとかますソロ。吹きまくるのではなく、吹かずして空間を支配するMiles。やはり効果的な見せ方をわかってらっしゃる。

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4. Freaky Deaky
 Darylのアルペジオ・ベースと、再びMilesのシンセが主体となったアンビエント調ファンク。あぁホーンで聴きたかったな、これ。まるで「クロスオーバー・イレブン」じゃん、これじゃ。プログレッシヴで果敢なチャレンジとしては良いのだけれど、求められてるのはそれじゃないんだけど。
 『Decoy』の欠点、レコーディング時期がバラバラなため、散漫な印象が拭えないことが如実に表れている。通常なら正式リリースするレベルじゃないんだけど、曲数たりなかったんだろうな。

5. What It Is
 1983年4月に行なわれたモントリオール・ジャズ・フェスティバルからのライブ音源。ちょっとかったるい感もあった4.と比べると、アンサンブル、楽曲としての出来がまるで違っている。
 火を噴くようなDarylのスラップ・ベースから幕を開け、すでにレギュラー・メンバーとなっていたBill Evans (sax)との相性も程よい緊張感で通じ合っている。ライブということもあってシンセの使い方も控えめ、ファンキーなリズム・アプローチを中心にバンドがまとまっている。
 Scofieldのギターもアルバムでは一番のキレっぷり。この感じでスタジオ収録に向かえればよかったものの、そううまくは行かないのがバンド・マジックである。その時の空気感はその時じゃないと、なかなか再現できないのだ。

6. That's Right
 このアルバム最長の11分という大作。と言っても11分程度じゃジャズの中ではまだ中ジョッキ程度。この時期のMilesにしては長い方だけどね。
 ここではファンク成分をグッと抑え、久しぶりにストレートな4ビートに挑戦。もう一人のジャズの御大Gil Evansが総合アレンジを務めているせいもあって、オーソドックスなスタイルとなっている。とは言っても80年代Milesなので過去の焼き直しではなく、特にScofieldのブルース・フィーリングあふれるインプロビゼーションは飽きが来ないフレーズで彩られている。
 この時期のBranfordはちょうど自信をつけ始めた頃にあたり、天才の名を欲しいままにしていた弟Wyntonさえ凌駕していたと個人的には思っている。まぁこの時期のBranfordの仕事はどれも新伝承派Wyntonへの当てつけ、裏返せばコンプレックスからの発露という見方もできるのだけれど。

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7. That's What Happened
 ラストは再びライブ音源、5.と同じくモントリオール公演から。レコードで言うところのB面全3曲はMilesとScofieldとの共作となっており、彼とDarylのファンクネスとBranfordのオーセンティックなホーン・フレーズが交差しまくって、「ジャズ」という冠を外しても十分ファンク・ミュージックとして機能している。もはやジャズなんて言葉もいらないくらい、それだけジャズ・ファンク最終形としての理想像がここにはある。
 疾風怒濤という言葉がぴったりはまる、鬼のようなミュージシャン・エゴがぶつかり合い炸裂する、あっという間の3分半である。




Ost: Miles Ahead
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「なんじゃワレこら」と胸ぐらつかまれて聴かされる音楽 - Miles Davis 『In Concert』

Front コンポーザー兼コーディネーターとしての力量は言わずもがななMilesだけど、一プレイヤーMiles Davisとしての評価はあまり声高なものではない。正直、ミュートを多用した音色自体がどうしても一本調子に聴こえてしまうし、ソロフレーズのバリエーションも多い方ではなく、そこだけ取り出して聴くと引き出しの少なさに気づいてしまう。しまうのだけど、バルブが3つしかないトランペットという楽器の構造上、サックスやクラリネットと比べて多彩な音色が出るわけではないし、第一、CBSに移籍して以降のMilesはソロイストとしてのエゴをほぼ封印してしまっている。
 「そこで勝負してるわけじゃねぇし」と開き直られてしまえば、何もいうことがない。戦っているフィールドがそもそも違うのだ。
 そんなことに最近になってようやく気付いた、もうすぐ47歳の俺。

 なので、彼のアドリブやソロのこのフレーズが云々、という議論はあまり意味を成さない。あくまでアルバム全体のクオリティを司る、総監督としての評価が彼の本分である。まぁ評価されようがされまいと、知ったこっちゃねぇと言われそうだけど。
 野球界において「名プレイヤー、名監督にあらず」という言葉があるように、必ずしもトップの人間がスペシャリストである必要はない。むしろ特化された技能は全体を俯瞰する視点が養われず、凝り固まった思想に偏りやすい。実際の得点チャンスにおいて、目に見えた貢献はできないけど、縁の下の力持ち的なキャラクターがリーダーシップを取ると、チームも自然とまとまりを見せてゆくものである。
 現役時代はスター・プレイヤーの名を欲しいままにした長嶋の方法論は、野球理論の枠を超えた突然変異的なものだったため、チームへの浸透はおろか一子相伝すら適わなかった。対して、長嶋・王にも匹敵する実績を重ねながらも、縁の下的なキャラクターゆえスター性では及ばなかった野村克也は、緻密なデータに裏付けされた野球理論を駆使して幾度もチームを優勝に導いた。長嶋理論はオンリーワンのものだけど、野村理論はチーム全体で共有できる。この違いが監督としての人生を二分したんじゃないかと思われる。
 アクティブでいつも陽気だけど、何言ってるのか意味不明なリーダーと、いつも辛気臭い顔でミーティングを重ねるリーダーと、どっちが仕事しやすいのかといえば、まぁ楽しいのは前者なんだろうけど、長い目で見ると、口うるさいリーダーの元、しっかり修行を重ねた方がいいに決まってる。若いうちは楽な方に流れがちだけど、キャリアの最初は厳しく律してくれた方が長く生き残れる。

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 ジャズ界に限らず、ポピュラー・ミュージック・シーンにおいてのMilesの大きな功績は、何も純粋な音楽面だけではない。キャリアを通して常に「ジャズの一歩先」の音楽を提示してきたMiles、モード奏法なりファンクへの接近なり、様々な音楽的変遷を経てオリジナルの音楽を発信し続けてきたけど、それを創り上げるために発掘してきた若手ミュージシャンの養成の方が有形無形問わずデカい。通称Miles Schoolと呼ばれたバンドの歴代在籍数はかなりの数にのぼり、多分誰もが認める首席格のHerbie Hancockを筆頭として、Keith JarrettやMarcus Millerなど、枚挙に暇がない。列挙するのはめんどくさいので、あとは各自調べて。

 学校と銘打ってはいるけど、あくまで通称であって、別にMiles自身がそう謳っているわけではもちろんない。その道のエキスパートやらテクニシャンやら正体不明の輩が跋扈するMilesバンドのもとで一定期間プレイすると、いい意味でも悪い意味でも相互作用がハンパなかったため、自然とプレイヤビリティの進歩を遂げることが多かった。
 なので、腕の覚えのあるミュージシャンなら、一度はその門戸を叩いてみるべき登竜門的な存在になっていた。実際、彼の元から大きく飛躍したアーティストは、枚挙にいとまがない。Herbie HancockやWayne Shorterなどが代表的だけど、膨大過ぎて列挙するとめんどくさい。あとは調べといて。

 ただしMiles、教え方が上手いわけではない。ていうか、手取り足取り懇切丁寧に教えるキャラクターじゃないことは、雰囲気的にも察せられる。自分のソロ以外のバック・トラックを、ほぼMarcus Millerに投げっぱなしにしていた復活以降は、多少プレイヤーの自主性を尊重してはいたようだけど、この時期のMilesを教育者的な側面で見れば、まぁ失格としか言いようがない。要は70年代体育会系ドラマの鬼コーチそのものだし。
 具体的な指導もせず、俺の言うとおりにプレイしろ、余計なことはするな、でもお前のプレイを使うかどうかは俺次第、フヌけたプレイしかできないんだったらスタジオから出て行け、というスパルタ式である。なのにオリジナリティは求められる。時には全然違う楽器に無理やりチェンジさせられる。こう書いてると、ただの暴君じゃん、この男。

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 ただ、ジャズ・ミュージシャンとしては断トツにネーム・バリューのあるMiles、彼のバンドに参加できることは、知名度的にも技巧的にも大きな飛躍となることは明らかだった。この時点でMiles Davisというブランドはすでに確立されており、「最新作が最高傑作だ」という言葉通り、「ジャズの一歩先」の音楽を次々提示していることは、ミュージシャンの間でも周知の事実だった。
 同業者の間では、帝王Milesたるセッションでの暴言・立ち居ぶるまいは語り伝えられていたので、指名されたことを栄誉と思うと同時に、気構えもあった者も多い。生半可なプレイはできない。
 通常よりギアを数段上げたプレイをしてどうにか認められ、固定メンバーとして加入する。でも、次のセッションでもお呼びがかかるかどうかはわからない。気の抜けたプレイを見せたら即クビだし、第一、帝王のコンセプトが変わってしまったら、バンドごとお払い箱だ。
 そんな死屍累々の積み重ねで出来上がっているのが、Milesのアルバムである。彼に限った話じゃないんだけどね。

 そんなMilesバンドに加入したはいいものの、テクニックの稚拙さ(いま聴けば、そんな悪いものでもなさそうだけど)と、そのプレッシャーからつい手を出したドラッグ禍の末、一旦はクビになったけど、Thelonious Monkのもとで改心してから再復帰、プレイ的にも人間的にもグレードを上げて汚名を覆したのがJohn Coltrane。
 Miles同様、彼も様々なミュージシャンを入れ替えて、代替不能な自身のオリジナリティを追求してきた。きたのだけれど、彼の場合、Milesのスタンスとはちょっと違っている。
 Milesのバンド運営が、スパルタ式のワークショップ的なものだったことに対し、Coltraneの場合はプレイヤビリティより先にエモーショナルな面を重視、運命共同体的なコミューンの形成を思わせる。特に晩年はカバラ思想への傾倒が強く出ており、サウンドやアルバム・ジャケット、発言もろもろもスピリチュアルなムード満載である。

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 彼の代表作となる『My Favorite Things』を配したアトランティック時代は、やたらめったら音で埋め尽くしたシーツ・オブ・サウンズが時代の転換点を象徴していたけど、基本はジャズのセオリーに則ったオーソドックスなスタイルである。テーマがあって各ソロパート、そしてメイン・プレイヤーのアドリブ・プレイ。この頃はまだフォーマットに収まっている。
 数々の名作を生み出した不動の4人、McCoy Tyner (P)、Elvin Jones (Dr)、Jimmy Garrison (B)らは当時、鉄の結束を誇っていた。いたのだけれど、インパルスに移籍する前後くらいから、Ornette Colemanに端を発するフリー・ジャズの流れに煽られて、曲のサイズは長尺になり、冗長とも言えるインプロビゼーションが多くを占めるようになる。それに加えて、前述のカバラ思想にかぶれつつあったColtraneの思想思索がコンセプトに介入するようになり、絶妙なバランスを保っていたバンド・アンサンブルは次第に変調をきたしてゆく。

 調性を無視して無定形なフリー・ジャズのフォーマットは、もともとすべての静寂を自らの音で埋め尽くしたいColtraneの思惑と合致していた。世の中のポピュラー音楽の比重がジャズからロックへと移行してゆく中、旧態依然としたジャズ界に未練がないようなら、変容してゆくのは自然の流れだったとも言える。
 極限まで磨き上げられた熟練の4ビートは大衆にそっぽを向かれつつあり、旧来のジャズ・シーン全体が自家中毒を起こし始めていた頃である。ちょっとでも危機感を感じて生き残りを模索するのなら、違うアプローチを考えても当然である。そのアプローチがいささか極端だったわけで。

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 鉄の結束を誇るバンドが徐々に崩壊の一途をたどって行ったのは、そのアプローチをみなが十全に理解できなかったことに尽きる。彼以外のメンバーは純正のジャズ・ミュージシャンであって、イデオロギーを共にして集まっていたわけではない。もはや「高邁」と形容できる、カバラ思想を根幹とした後期のColtraneのコンセプトを咀嚼するには、旧来のジャズの感覚では追跡不能だった。それは哲学的な要素が大きく絡んでおり、演奏能力は二の次になる。
 Jimmy Garrisonは最後まで頑張った方だと思うけど、多分理解はしていなかったんじゃないかと思われる。出てきた音だけで判断される旧来タイプではなく、「なぜその音を出すのか」というところまで問われてしまう、新タイプのミュージシャンが登場しつつあった頃でもある。あぁめんどくさい。
 正統ジャズ・ミュージシャンと入れ代わりとなったのが、主にフリー・フォーム系を得意とするミュージシャンたち。そりゃPharoah Sandersみたいに一本立ちしていった者もいたけど、多くはイデオロギー主体でリズム・キープすら怪しげな輩であって、大成しなかった者も多い。
 なので、その理想的なコミューンは内部での居心地はいいんだろうけど、それが実際の音楽に反映されていたかといえば、ちょっと疑問。ぶっちゃけた話、Coltrane的には「俺のソロがメインなんだから、あとは正直、ゴールデン・ボンバーみたいに当て振りでいいんじゃね?」と思ってのかもしれない。
 だってColtrane以外は誰でもいいんだもん、どうせ彼の独演会になっちゃうし。バンドの体裁を整えるため、妻Aliceまで引き込んでしまうのは、それはちょっと…と思ってしまう。

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 で、Milesに戻るけど、同じくカオティックなベクトルは変わらないけど、Coltraneと比べてコンセプトがどーしたイデオロギーがどうした、という音楽はない。Milesは基本、プレイヤビリティを重視した人選を行なっており、それは晩年まで変わらなかった。その時代ごとアルバムごとによって嗜好が変わり、時にロック寄りの人選になったり、次の日にはファンク寄りの人選に一新してしまう場合もある。すべては彼の意のままである。
 あくまで判断するのは出てきた音、それに対してイエスかノーか、ただそれだけだ。
 ぶっきらぼうな指示しか出さない帝王のマウンティングに対して、各プレイヤーがあれこれ知恵を絞り技術を弄る。Milesが出す指示はと言えば、当時、黒人の間ではヒップとされていたJBとSlyのレコードを聴かせて、「この音、このリズムなんだ!」とウロウロするだけ。
 そんな経緯を経てできあがったのが、『On the Corner』。集団演奏をメインとした複合リズムが再現不能なレベルにまで昇華した、混沌の塊である。こういう時はやっぱ活躍するな、Teo Macero。

 ジャズ・シーンにはそれなりの衝撃を与えた『On the Corner』リリース後、そのライブ・バージョンと言う触れ込みでリリースされたのが、この2枚組。ジャケット・デザインも同じCorky McCoyを起用しているので、どうしても姉妹作的な扱いになってしまうし、CBS的にもその線での展開を狙っていたんじゃないかと思われる。実際、バンドのメンツも相当かぶってるし、『Bitches Brew』からの模索だった変態ファンク・ビートは、ここで完成を見ている。
 ただ、『On the Corner』がTeo Maceroエンジニアリングによる、超絶テープ編集の芸術的帰結だったのに対し、こちらはそのメソッドを流用して、ある程度までの再現を狙った刹那的な作品。
 当然、アンサンブル的にも違ってくるし、オーバーダブと言っても限界がある。まぁ忠実に再現しようだなんて思ってなかったのは明白で、あくまできっかけ作りとしてのテーマ設定、そこから有機的な展開を図っていくのは、ジャズの本道である。



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1. Rated X
 後の発表されたコンピレーション『Get Up with It』に収録されるまでは、このライブ・ヴァージョンが初出だった。オリジナルでは終始エレクトリック・オルガンを弾いていたMilesだけど、ここではトランペットを使用している。もちろんこの時期なので、その音色はエフェクターで原形を留めぬほど歪曲されている。
 テンポも半分程度の落とされてのスタートだけど、そこはやはりライブ、次第に興が乗って駆け足になってゆく。ダンス・トラックとして考えると、このヴァージョンの方が秀逸。

2. Honky Tonk
 ほぼ切れ目なく突入するのは、やはりTeoの為せる業。強引にぶった切った流れながら、それがコンセプトとしてはマッチしている。こちらも後に『Get Up with It』に収録されたナンバーで、当時としてはライブの定番だった。
 スタジオ・ヴァージョンはギターをメインとした、ホンキートンクというよりはブルース色の方が強かったのだけど、こちらもテンポを落としてギターのファンク・テイストが濃くなって、そのドス黒さに磨きがかかっている。

3. Theme From Jack Johnson
 レコードではここからB面。タイトル通り、『A Tribute to Jack Johnson』をモチーフとしたセッション・ナンバー。ロック色が強かったオリジナルでは、主にJohn McLaughlinがメインとなっていたけど、ここではMilesがほぼ全編吹きまくっている。ていうか例のギター・リフがない分、別の曲に聴こえてしまう。取り敢えず導入部のテーマだけ決めて、あとはアドリブの展開でまったく別の曲になってしまうのは、ジャズではよくあること。

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4. Black Satin/The Theme
 ご存知『On the Corner』収録曲。レアグルーヴ方面でもいまだ不動の人気を誇っているので、何かと耳にすることも多い。こうして聴いてみると、ポリリズミックな編集を施したオリジナルが秀逸なため、ここでのヴァージョンがどこか冗長に聴こえてしまうのは、俺がオリジナルに慣れているせいか?
 ダンス・トラック的な視点で言えば、機能性に優れているのは、もちろんオリジナル。でも、この予測不能の展開はやはりライブならではの持ち味。



5. Ife
 ここからアルバムの2枚目。レコードではここからまるまる1面が1曲という、怒涛かつ苦痛の展開に突入する。体力的に、そんな頻繁に聴けるものではない。
 後にコンピレーション『Big Fun』で収録されており、この時点では未発表作品。ていうか『On the Corner』のボツテイク。スタジオ・テイクが整然とまとめられているのに対し、ここでは逆にその未整理かつ冗長な面が長所に転じ、熱を帯びるリズム・トラックに煽られるようなMilesのソロが聴ける。

6. Right Off/The Theme
 『A Tribute to Jack Johnson』ではロック色が強かったこのナンバー、ここではギターは大きく後退し、リズム隊のAl Foster、そしてMtumeの独壇場となっている。空間を埋め尽くすリズムは観衆を不安へと陥れ、肉声と錯覚するMilesの音色がさらにどん底へ突き落す。そして残るのは虚無。



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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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