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 1960年代末のMiles Davisは、既存のジャズの枠組みの中で自分のヴィジョンを表現することに限界を感じ始め、エレクトリック楽器の導入に至った。Miles以前にも、ピアノや弦楽器をアンプ増幅させることによって、目新しさを演出したミュージシャンはいたのだけれど、彼らのどれもがジャズの話法、コード進行はそのままに音色を置き換えただけで、新たな価値の創造とまでは行かなかった。
 Milesの場合、Stockhausenに代表される現代音楽に始まり、ファンクのリズムやミニマルなアフロ・ビート、そして晩年にはヒップホップまでも取り込むことによって、「Miles Davis」 としか形容のしようがないオンリーワンの音楽ジャンルを創り上げた。
 それに対し、あくまで「ジャズという枠組み」の中において、様々な創造と変革を行なっていたのが、John Coltraneである。

 1955年にMilesのバンドに加入したことを起点として、1967年肝臓ガンで亡くなるまでをキャリアとすると、実質の活動期間はほぼ10年強と、あまりにも短い。ただ、まるでそんな短命を予知していたかのように、彼は膨大な量の演奏活動を行なっている。死後間もない頃から、その発掘プロジェクトはスタートし、今でも絶賛進行中である。

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 近年ではロックもその傾向が強いのだけど、ジャズの世界ではCharlie Perkerの昔から、過去の発掘作業が盛んである。特に1950年代から60年代、ジャズとしては黄金時代のアーカイヴは今でも需要が多く、レコード会社としても力の入れ方が強い。ていうか、現役のアーティストよりも往年のジャズ・レジェンドたちのニーズが多く、純粋な新譜よりも、過去の再発の方がアイテムが多いという状況が長年続いている。
 で、その発掘作業、世界中のレコード会社はもちろんのこと、一般的なファンの間でも精力的に行なわれている。金銭授受を目的としないファン有志らによって、ラジオ・TVの私的録音物など、ほんと「ここまでやるか」的な物まで探し当てられ、きれいにリマスタリング・リミックスされたりして、高いクオリティの物ならCDとして発売、また録音レベルが低い物は、ネットで無料で公開されたりなどしている。
 生前の発表物より、死後のアーカイヴの方が物量的に勝っているのは、モダン・ジャズのアーティストなら有りがちなことである。ただ本人としては不本意な出来のモノも白日の下に晒され、正規盤なのにブート並みのクオリティの商品も、決して少なくない。ファンにとっては、そういった不出来なモノも含めてのリスペクトなのだろうけど、もはや口出しできない本人としては、雲の上で何とボヤいているのだろうか。
 
 俺自身、Coltraneのアルバムは何枚か持っていたり音源で持っていたりしてはいるけど、そこまで熱心なファンではない。よって、別テイクや未発表テイクなど、そういった余りモノに食指は動かないのだけれど、まぁ雑誌やネットの煽り広告を見ていると、それだけでも楽しくなってしまう気持ちはわかる。
 「あの伝説的セッションの未発表ヴァージョン!!」「3テイク録られたうちのボツテイク2曲収録!!」なんて惹句を見ると、なんかそれだけでもワクワクしてしまう。とは言っても、別にわざわざ買ってまで聴こうとは思ってない。ロック/ポップスの場合にも当てはまるのだけれど、よほどの熱狂的ファンでもない限り、このような追加収録の類は、ほぼ2、3回聴いちゃうと満足して、もうそれっきりという場合がほとんどである。

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 『Giant Steps』はアトランティック移籍第一弾、シーツ・オヴ・サウンド奏法を確立した最初のアルバムと言われている。
 『My Favourite Things』のレビューでもチラッと書いたのだけど、理論的なことはよくわからない。ただ色々な文献を読んで聴いてみて、最終的に至った結論は、「ひとつのコードをすごく細かく切り刻み、テンポはめちゃくちゃ早く、切れ目なく続く音の洪水」ということである。あくまで俺的に、ということなので、間違ってたらごめん。

 これも誤解を恐れずに言うと、この時点ではまだシーツ・オヴ・サウンドに着手したばかり、まだ最終形態には達していない。バンド・メンバーらも、どこまでColtraneの真意を理解していたのかは怪しく、Coltrane本人にも迷いというのか、自分が理想とするヴィジョンと実際に出てくる音との間に、かなりのギャップを感じていたんじゃないかと思える。
 Coltraneが独走状態で空間を音で埋め尽くしているのに対し、他のメンバーはまだ従来のモダン・ジャズの延長線上で音を鳴らしている印象。Coltraneのプレイがあまりにも暴走気味なため、バンドが必死になって追いつこうとしている状況である。
 それだからなのか、決して完璧な演奏ではないのだけれど、そのギャップという違和感、迷走具合によって、まだ完全にシンクロしていない演奏には独自の緊張感がみなぎり、それゆえ結果的に白熱したセッションに仕上がっている。

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 技術を極めた一流の野球選手が、その現役時代のピークを表現する際、「ピッチャーの球が止まって見える」と口にすることがあるけど、モード奏法確立時のColtraneがまさにその状態だったんじゃないだろうか。
 彼にとって理想のヴィジョン、脳内で日々紡ぎ出される理想の音楽とは、決してフル・スロットルではなく、ナチュラルな状態で演奏して、ちょうどこんな感じだったのでは。もしかすると、もっとテンポは速く、音符で書き表すこともできなかったのかもしれない。ただ、それを表現するためのテクニカルな問題が立ちはだかったと共に、バンド・メンバーにそのコンセプトを伝えるための言葉や手段が想いつかなかった―、その結果がタイトル曲に結実してるんじゃないんだろうかと思う。

 完璧な音楽など、この世にはない。
 優秀なミュージシャンなら、誰もがそう思うだろう。この『Giant Steps』も彼にとっては理想のシーツ・オヴ・サウンドの通過点、せいぜい甘く見て80パーセント程度の仕上がりだったかもしれない。


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1. Giant Steps
 最初のテーマに騙されてはいけない。軽快なモダン・ジャズ・マナーの冒頭ソロから30秒もすると、音の洪水。よくこれだけ吹き切れるものだと、多分当時のリスナーも感心したんじゃないかと思われる。Art Taylor(Dr)、Paul Chambers(B)による安定したリズム・セクションに乗せて、Coltraneが縦横無尽に、そりゃもう吹きまくっている。
 こうして聴いてみると、『Giant Steps』の魅力とは、鉄壁のリズム・セクションに支えられてのものだと、改めて気づかされる。この後、Coltraneはシーツ・オヴ・サウンドをとことん追求してゆき、次第にフリー/アバンギャルドの方面へ向かってゆくのだけど、言ってしまえば、まぁ聴く人を選ぶ音楽である。このアルバム以降は、メンバー全員がフリーの演奏言語を駆使することによって、既存のジャズの物差しで測ると、まとまりがなく、とっ散らかった印象のサウンドが量産されることになる。みんながみんな、好き放題にやってしまうと、焦点がブレてポイントがわかりづらい。しっかりした土台の上でないと、それはただの不協和音になってしまう。
 ちなみにリズム・セクションがクレバーに、Coltraneがマイペースであるにもかかわらず、勝手の違う音楽に振り回されている一般人という印象が、Tommy Flanagan(P)。才能の問題ではなく、ここでの彼はひどく凡庸で、演奏にやっと着いていっている、といった印象。
 


2. Cousin Mary
 ほぼ1.と同じ構造、コード進行の曲。やはり30秒くらい経過すると、再びシーツ・オブ・サウンドが展開されるのだけれど、ここではもう少しテンポは緩めに、Coltraneのソロもマイルドになっている。ボスがお手柔らかにしてくれたおかげで、Flanaganのバッキングも堅実で、ソロも及第点。
 他のCDでは不明だけど、このアルバム、鍵盤のヴォリュームが小さくミックスされているため、Flanaganにとってはやや不利な状況である。リズム・セクションは相変わらず安定、Chambersも安心して聴いていられる。

3. Countdown
 ここはドラム・ソロよりスタート、すぐにColtraneの攻撃的なソロに代わり、しばらくはひたすらハイハットを叩かされるTaylor。録音の合間の肩慣らし的な、怒涛のような2分間。
 
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4. Spiral
 基本、Coltraneはソロイストである。Milesとの違いがここ。
 Milesの場合、あまり自分のソロに固執するタイプではない。どちらかといえば、トータルな音像・コンセプトで自己表現するタイプなので、自分以外のソロも積極的に対等に扱っている。逆にColtraneの場合、どうしても自分メインとなってしまうため、下手するとどの曲も一本調子となり、同じように聴こえてしまう危険性を孕んでいる。
 この曲がそういった見本。Coltrane的なアベレージは充分クリアしているのだけれど、続けて聴いていると飽きが来てしまう。こんなこと本人にはとても言えないけど、もう少しバリエーションを考えても良かったんじゃね?とさえ思ってしまう。

5. Syeeda's Song Flute
 有名なリフから始まる、このアルバムの中では比較的キャッチーでポップな曲。この時期のColtraneとしてはモード・ジャズっぽい感じで、ブルー・ノート時代のアルバムに入ってても違和感がない。悪い意味ではなく、安心して聴ける曲。
 


6. Naima
 当時のColtrane夫人に捧げた、ナイーヴでセンチメンタルなバラード。俺的にこのアルバムの中では、タイトル・ナンバーと並んでベスト・テイク。中盤のWynton Kelly(P)のソロはBill Evansそっくりだけど、彼よりもっとアタック音が弱く、ソフトな印象。Coltraneのソロも充分なタメを使い、情緒たっぷりにプレイしている。ちなみにこの曲のみ、ドラムもJimmy Cobbに交代。
 


7. Mr. P.C.
 そう、これがあったんだ。
 これはモードとシーツ・オブ・サウンドの良質な融合といった印象の、プログレッシヴとスタンダードとの奇跡的な出会い。めでたく全テイク、フル出場となったChambersの名前を冠しているが、それほど全面的にフィーチャーしているわけでもない、まぁセッション時に適当につけた仮タイトルが、そのまま正式名称に昇格したと思われる。
 この曲は後半5分くらいから始まる、ColtraneとTaylorとの掛け合いがポイント。音で埋め尽くそうとするColtraneと、雷鳴のように鳴り響くバスドラとのガチンコ・バトルが面白い。どちらもパワー全開の大勝負。




 ちなみにリリースが1960年、没年まであと7年を残すばかりとなっている。もちろんこの時点では、死ぬことなど微塵も考えてなかっただろうけど、この後の怒涛の変幻自在振りは凄まじく、最終的には万人の理解を得るには難しい世界に行ってしまうのだけれど、アトランティック時代、少なくともインパルスの初期くらいまでは、まだモダン・ジャズの領域に片足を残していた頃であり、ジャズ初心者でもまだ理解しやすいはず。

 体調が良い時でないと、なかなか最後まで聴きとおすことができないアルバムである。聴き手にもそれなりの努力を要求する、敷居の高いアルバムだけれど、聴きやすい曲、例えば1.5.6.7.あたりから試しに聴いてみるのがオススメ。



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