すべての楽曲の作詞・作曲・プロデュース・演奏をほぼ独りで行なったデビュー作『For You』は、レコード会社お得意の「早熟の天才!」という定番フレーズがほんのちょっと話題になったくらいで、実際のセールスにはほとんど結びつかなかった。US最高138位UK最高156位というチャート・アクションは、これといってセールス・ポイントもないポッと出の新人なら及第点、今後の成長株としてはまずまずの成績だったけど、その後の快進撃を知っている今となっては、「あれ、こんな程度だったの?」と思ってしまっても不思議ではない。
大メジャーレーベルのワーナーから、破格の契約金と3枚のアルバム制作契約を勝ち取ったのは、主に当時のマネージャーだったOwen Husneyの手腕によるものが大きい。何の実績もないド新人をいかにして売り込んだのか、はたまたそれほど首脳陣を即決させてしまうほどの才能の萌芽が生えまくっていたのか。まぁ多分どっちもだとは思う。
冷静に考えれば、それまで故郷のミネアポリスを中心に活動していたため、全米をくまなくツアーで回っていたはずもないので、当然知名度はない。デビュー間もないため方向性が定まっていなかったのか、ジャケットの横顔もどこか自信なさげ、華があるとは決して言えない。アーティストと言えば自己顕示欲が強いはずなのに、作品の上では自信家だけど、元来の人見知りが祟って、まともなインタビューさえできやしない。
新人なら新人らしく、もっと自己アピールしろよ、と口出ししたくなってしまうけど、考えてみれば彼はPrinceだった。昔から変わんなかったんだな、こいつ。
とは言ってもやっぱりデビュー作、周囲に大見得切ってしまったおかげもあって、初レコーディングにはかなり気合が入っている。27種類もの楽器を独りで操り、納得行くまで繰り返されるリテイクやオーバーダヴは半年に及び、レコーディング予算は最終的に2万ドル以上オーバーした。
彼に限らないけど、デビュー・アルバムは誰でも肩の力が入るものなのだ。実際、ここでのPrinceはそれまで培った19年分の蓄積をすべて吐き出している。ほぼここでしか聴くことのできないカノン風の多重コーラスを筆頭に、ロック風、バラード、ハード・ロック、ライト・ファンクなど、ありとあらゆるジャンルの音楽が詰め込まれている。確かにすごい。何の実績もない19歳の男が、ここまで作り込んだ完全パッケージの作品を提示してきたのだから。そりゃすごい。
でも、ただそれだけ。
「よくできてるねぇ」以上の賛辞はほとんどなく、むしろマーケットからはほぼ無視の状態のまま、その後を思えば信じられぬくらい地味なデビューとなった。
思えば時代はディスコ全盛期の真っただ中で、当時、ブラック系アーティストに求められている音楽は、ほぼディスコの一択しかなかった。Isleyに端を発する、ブラコン系のムーディなバラードが辛うじて息をつないでいたけど、Princeはそのどちらにも属していなかった。
もともと生まれ育った環境が黒人オンリーというわけではなく、あらゆる人種が混在していたため、インプットがファンクやゴスペルだけではなかったことが、その後のPrinceの音楽性を決定づけている。それらと同様、ロックやフォークもまた、彼の中では同列だったのだ。
そういった影響もあってこのデビュー作、どちらかと言えば白人テイストの強い楽曲が多い。黒人が器用にロックのマネをしているところは何ていうか、「ようできてまんなぁ」という皮肉交じりの賞賛しか出てこない。最初だからとテンパっちゃったのか、『あれも出ますこれもできます』的に幕の内弁当になってしまったことが、逆に主要ターゲットであるはずの黒人層からソッポを向かれてしまった、というのが初動ミス。
ワーナーからすれば、まぁ若気の至りということもわかっていたはずだし、取りあえずセールスは別として、意気込みは感じられる成長株的な見方はしてたんじゃないかと思われる。いまと違って当時のレコード会社は、まだ売り上げには貢献できていないけど、有望な新人をじっくり育てる気概と環境とを整えていた。Led ZeppelinやPaul Simonなどの大物を擁していたワーナーにとって、新人アーティストの面倒を見ることは先行投資的に余裕だったので、「まぁそんあ焦らなくても、じっくりオリジナリティー育ててけばいいんじゃね?」くらいにしか思っていなかった。懐の深い企業だったんだな、ワーナーも昔は。
ただ、そんな生暖かい庇護を良しとせず、逆にプライドを傷つけられたとでも言いたげに、面白く思わないのがこの男、Princeである。そりゃ最初だからして、プロ仕様のレコーディング機材やスタジオ環境に慣れていなかったせいもある。ワーナーからのアドバイスも適当に聞き流してセルフ・プロデュースを押し通してしまったが挙句、セールス・ポイントがぼやけた仕上がりのアルバムを作ってしまったことは、後のインタビューでも反省点として明らかになっている。
ただ、当時から選ばれし者と勝手に思っていたPrinceであるからして、精魂込めた作品に大きな自信を持っていたことは否定できない。これまで培ってきた自分の美学に基づいて作ってみたはいいものの、世間の理解を得るには至らず、そこがちょっと不満に思っていたのは殿下らしいところ。多分、ずいぶん前から自分が主人公のサクセス・ストーリーなんかを夢想していたんだろうな。なのに結果は成功とも失敗とも言えない中途半端なセールス。そりゃプライドも打ち砕かれる。
「何でみんな、この良さをわからないんだっ」と声高に叫ばず、ブツブツ小声で呟くチュッパチャップス片手の彼の姿が思い浮かぶ。
散漫な仕上がりだった『For You』の反省を踏まえ、ソウル系のラジオでオンエアされやすいディスコ/ファンク系のリズムを強調していったのが、この『Prince』である。セルフ・プロデュースで作り込んでゆくサウンドのスタイルは変わらないけど、ビジュアル面においてもPrinceというアーティスト・イメージを細部まで作り込んでいる。そのディテールまでこだわったキャラクター設定の結果が「エロ」だったのは、結果的に的を得ていたのだけれど、まぁそこまでやるか、といった印象。キモカワという言葉がまだなかった時代、「キモい」という定冠詞は正しくPrinceのためにあるようなものだった。
セクシャリティとは無縁の、ある種の猥雑さを内包したエロティシズムをコンセプトとして掲げ、次第に言行一致のキャラクターを作り上げた黒人アーティストの先駆けがPrinceである。
ファンクの純化と並行してマッチョイズムを強めていった60年代のJBは、ステージ上ではむしろストイック、純音楽主義的なパフォーマンスを展開していた。『Stand!』以降、一時的な引退状態にあったSly Stoneは、『暴動』以降はアブストラクトなファンクの探求に明け暮れ、そのサウンドや出で立ちからは、暴発寸前の狂気が内包されていた。猥雑さという点においては、P-FunkがPrinceに近い路線を先行していたけど、その「エロ」は社会風刺や誇大妄想にかき消されており、総帥George Clintonの山師的カンに左右されることが多かった。
なので、男性特有のイカ臭くパーソナルなエロを放つアーティストとして、Princeのスタンスは隙間にすっぽり収まる。無理やりこじつければRick Jamesが同じベクトルで重なり合うのだけれど、彼の場合、ほぼパターン化された下品なディスコが中心であり、Princeほどの幅の広さがなかった。肝心のサウンドがビジュアルに追いつかず、ディスコの終焉と共に存在自体がフェードアウトしていったのが悔やまれる。
のちにChaka Khanカバーによって注目を浴びることになる「I Feel for You」を始めとして、『For You』よりヒット要素の強い楽曲が多く収録されており、結果、「エロでありながらキャッチー」「キャッチーでありながらエロい」という評が高まり、セールス的にも一躍US22位という結果を残すことになる。当時のUKチャートではランクインしていないのだけれど、最終的にシルバー・ディスクを獲得しているので、息の長い売れ方をしていたことがわかる。
前述のRick Jamesサウンドのフォーマットを借りて作られたサウンドもあるけど、単調な2流のディスコに終わっておらず、彼自身のパーソナリティをふんだんに盛り込んだ楽曲は密度が高い。次々流れ作業で量産されてゆく他のディスコ・ミュージックと違って、かなりの計算打算を盛り込んで練り上げられた作品のため、単純で刹那的なダンス・ミュージックとは一線を引いている。一時の流行ものとして消費されてしまう類のサウンドではないのだ。
すでにこの時点でオリジナリティあふれるサウンドを提示することによって、Princeは短期間で消費されてしまうダンス・ミュージックの呪縛から逃れることができた。それは単純なファンク・ビートだけじゃなく、一度は引っ込めたけど『Purple Rain』で開花するロック・テイストの素養も持ち合わせていたからに他ならない。
その独自性・他アーティストとの差別化として明快だったのが「エロ」路線であり、ビジュアル面においてもその点を貫いていたのは、ビジネス戦略だったのか、はたまた単なる天然だったのか。
1. I Wanna Be Your Love
ベストに入ってることも多い、初期Princeの代表曲。同時代のディスコ・サウンドに倣いながら、最もサウンドとフィットしたファルセットで全編通すことによってファンクネスが生まれているサウンドの構成的にはほぼロック的にシンプルなセッティングなのだけど、ここが良い意味での手癖なんだと思う。カッティング主体のギターはちょっと大人しめ。この塩梅の良さがR&Bチャート1位という好評を得たのだろう。
アルバム・ヴァージョンはアウトロが2分と長く、マルチ・プレイヤー振りのアピール全開。
2. Why You Wanna Treat Me So Bad?
で、ここではそのギターを弾き倒している。ユニゾンするチープ・シンセの音色も来たるべき80’sサウンドの萌芽が見られる。こちらもアメリカR&Bチャート最高13位。『Purple Rain』に入ってても違和感ないロック・テイストは、どっちつかずだった『For You』より強い音圧によってアップグレードされている。
売れ線狙いのキャッチーな曲ではあるけれど、きちんとヒットさせちゃってるんだから、そこはさすが殿下ならでは。
3. Sexy Dancer
ヒット狙いのアルバムのセオリーに則って、A面3曲までアップテンポ系、ノリのよい曲が続く。ここでディスコ寄りのファンキー・チューンをぶち込んでくるのは、単なるソウル/ファンク・アーティストに収まるつもりではないことが、しっかり証明されている。ふつうなら、これがリード・トラックだもんね。
主にシンプルなギター・カッティングと四つ打ちビートで構成されているけど、時々ピアノ・ソロを挿入してきたりなど、独自の美意識が窺える。
4. When We're Dancing Close and Slow
ここでシフト・チェンジ、彼のもう一つの特性であるロマンティックな一面、あまり特筆されることはないけれど、稀代のメロディ・メーカー振りをここで発揮している。軽くサスティンを効かせたアルペジオがメロウさを強めている。後の「Sometimes It Snows in April」にも通ずるバラードは、意図不明のシンセ・エフェクトと共にフェードアウト。
5. With You
B面トップは4.に続くようにシットリしたバラード。よく言われてるけど、ここでのPrinceはかなり女性的。ていうか女性ヴォーカルを想定して作られたかのようなサウンド、メロディである。Natalie Coleあたりに提供していたら、もっと売れたかもしれない。
6. Bambi
こちらも初期Princeの代表曲とされる、ロック要素の強いアッパー・チューン。ここでもヴォーカルはファルセットで通しているので、ファンクの要素もちょっぴり添加。
80年代以降のNWOBHMにも通ずるハードなギター・プレイは、単純に聴いてて気持ちがよく、コンパクトに4分程度にまとめているのもファンからの人気の高さの要因でもある。
好きになってしまったレズビアンの女性をどうにか振り向かせたい男の心情を描いた歌詞もまた、当時としては画期的だったはず。
7. Still Waiting
いきなりカントリー・タッチのイントロで始まる、こちらはちょっとほのぼのしてしまうミディアム・バラード。彼のカントリー・ホンク的な楽曲はキャリアの中でも数えるほどなので、ある意味貴重。これも女性ヴォーカルを想定して作られたっぽい楽曲なので、これも誰かカバーしてくれたらイイ味出してくれるんじゃないかと思われる。
後年、そういった曲が溜まったせいもあるのか、楽曲提供だけじゃもう追いつかず、ついにはイコライザーで変調させまくった疑似女性ヴォーカル・アルバム『Camille』を制作するに至るのだけど。
8. I Feel for You
で、これはそんな需要側と供給側の思惑が一致した楽曲。正直、ここでのヴァージョンはPriceとしては佳曲程度の印象しかないけど、思いっきりグレードアップしたChaka Khanヴァージョンは壮観。
プロデューサーArif Mardinはこのシンプルな楽曲を思いっきり80年代テイスト満載のシンセで埋め尽くしたのだけど、やはり強烈なインパクトだったのは冒頭のサンプリング・ヴォイス。Grandmaster Flashを引っ張り出してきて、畳み掛けるような「チャカカーン」攻撃。この力技だけでChakaに関心がなかった層をも強引に振り向かせ、US3位UK1位をもぎ取った。
あぁもう、Chakaの顔しか思い浮かばない。言葉通りの本歌取りとなった楽曲。
9. It's Gonna Be Lonely
で、最後はクールダウン的にあっさりした味付けのバラード。ウェットになり過ぎず、変に余韻を残さないスロー・チューン。普通なら流し聴きしてしまいそうなものだけど、案外リズムにメリハリがあり、最後まで飽きずに聴くことができる。
ジャケット表での、上半身裸でこちらをキッと見据えるPrince。その表情に迷いはない。
そしてジャケット裏。ペガサスに見立てるため、無理やり翼をくっつけられて不快感丸出しの白馬。そして彼の上に跨るのは全裸のPrince。
馬にとっちゃ、迷惑な話だっただろう。
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