モータウンとの契約切り替えのバタついた時期にレコーディングされたため、クオリティ的には例の3部作と何ら引けを取らない出来なのに、習作的ポジションに位置付けされているのが、このアルバム。タイミング的にもStevie自身のバイオリズム的にも、この後からが本格的なピーク・ハイの時期に当たるため、あくまでウォーミング・アップ的な立ち位置のスタンスのまま、なかなかまともな再評価に繋がっていない状況が続いている。
若干12歳で本格デビューした Stevie、当時はモータウンの戦略上、名前に「Little」をつけることによって天才少年ぶりをアピールしていたのだけど、そんな彼も20歳、思春期を通過し声変わりすることによって、もはや「Little」が似合わない年代になっていた。音楽的にも人間的にも著しく成長し、アーティストとしての自我の目覚めも始まっていた頃である。いろいろやりたい事だって出てくるだろう。大抵の楽器演奏は自分でできたし、作詞作曲だって、ほぼ自分で賄うことも可能だった。それでもしかし、ヒット・ファクトリーであるモータウンの締め付けはシビアなもので、はやく制作上の束縛から抜け出したかったのが、本音である。
このアルバムがリリースされた1972年頃のモータウンの稼ぎ頭の筆頭は、まずは何と言っても文句なしにJackson 5とMichael Jacksonである。デビュー・シングルから4曲連続でビルボード1位というのは、未だ持って破られていない記録だし、その勢いに乗ってソロ・デビューを果たしたMichaelもまた、モータウンの生産ラインに忠実に乗って、”Ben”をヒットさせている。次に売れていたのが、Supremesを脱退したばかりのDiana Ross。”Touch Me in the Morning”は大ヒットしていたし、女優業にも進出、Billie Holidayの伝記映画で主演を務め、すっかりセレブと化していた。こうして見ると、この頃のモータウンはポピュラー路線に迎合したMORが中心のように見えるけど、当時の猫も杓子もサイケ・ムーヴメントの波を無視することはできず、鬼才Norman Whitfieldの手によって、Temptationsはあのサイケ・ファンクのひとつの到達点である”Papa Was a Rollin' Stone”を、Edwin Starrはかなり力の入ったプロテスト・ソング”War”をヒットさせたりなど、ヒップな若者の取り込みも怠っていなかった。そのサイケ路線と並行して、巷で勃興しつつあったニュー・ソウル路線の波に乗ったMarvin Gayeは、『What's Going On』の大ヒットによって、レーベル内で独自のスタンスを築きつつあった。
こうした別々の流れがそれぞれ、決して大所帯とは言えない独立レーベルの中で、ほぼ同時進行で行なわれていたのだから、そりゃもうしっちゃかめっちゃかである。ましてやこの頃のモータウン、本拠地をデトロイトからロサンゼルスへ移転するかしないかの頃、ある程度VIP級のミュージシャンらはともかくとして、その他の有象無象のアーティストらの細かなマネジメントまでは、とてもとても手が回らなかったのが実情である。
なので、独立だ製作権だとわめき散らすStevieとは、スタッフ側から見れば、相当めんどくさい存在であり、いちいち手をかけていられなかった、という見方もある。
ていうかこの時期、Stevieのレーベル内においての立場は、結構微妙な位置にあった。
この時点で芸歴10年強、キャリアの節目ごとにヒット・シングルは出ていたものの、何ていうかStevieのチャート・アクションはムラが多かった。”Uptight”、”A Place in the Sun”、"For Once in My Life”、” My Cherie Amour”など、今でも充分に代表曲と言える作品がリリースされているのだけれど、そのヒットも大抵はワン・ショット、次のシングルでは大きくセールスを落としてしまい、次の勢いに続かない、という状態がループし続けていた。ここらでもう一つ、二番煎じでもいいから、似たテイストの曲をリリースしていれば、アーティスト・イメージも固まって、ヒットも出やすくなるというのに、そうはしなかった、またはできなかったのが、Stevieの60年代のプロダクションである。
そのプロダクションの思惑と、Stevieのアーティスティックな方針との間に大きな溝があって、そこがなかなか埋めきれずにいたことが、この時期の乱高下の激しさの要因でもある。
モータウンのレーベル・ポリシーでもある「明快なポップ・ソウル」、デビュー当初は会社の意のままに動いていたStevieだけれど、だんだんポップ・テイストのサウンドから徐々にジャズ的要素もミックスされた複雑なコード進行に基づくスタンダード・ポップが彼の持ち味となり、レーベル定番のサウンドとはかけ離れたものになりつつあった、というのがこの時代の流れである。
モータウン的には、やはり子供らしい曲、シンプルなダンス・ナンバー中心でプロモートしていきたかったのだろうけど、まぁそんなうまくは行かないものである。
モータウン創業者の一人であるSmoky Robinson率いるMiraclesを礎としてできあがったのが、2拍目にアタックの強いビートを入れた独特のリズム、黒人特有の泥臭いブルース臭を極力廃除したメロディ・ラインという、ヒット・ソングの黄金パターンは60年代初頭に既に完成されていた。
「Funk Brothers」と命名された名うてのスタジオ・ミュージシャンらによって、日々大量生産される分業制のバック・トラックは一定のルールに則って制作され、所属アーティストの誰が歌ってもサマになるように調整されていた。とにかく毎週のようにヒット・シングルを量産しなければならないため、James Jamersonを筆頭にしたFunk Brothersの面々は、連日膨大な量のトラックをレコーディングした。ヴォーカルは抜き、大体のコード進行とテーマを決めると、ほぼ流れ作業的にプレイをこなしていった。この時点では、誰が歌うのかは大きな問題ではない。会社の経営戦略に則ったアーティストをブースに突っ込み、そしれ歌入れさせる。これもまたレコーディング即発売決定というわけではない。毎週行なわれる営業会議において遡上に上げられなければ、そこで倉庫行き。なので、全盛期のモータウンには膨大な量の未発表音源が眠っており、その発掘作業は今でも続けられている。
どうにか法的な問題もクリアして、創作上の自由を獲得したStevie、前作『Where I’m Coming From』では、その解放感から来る勢いが先走りすぎたのか、アイディア先行でサウンドや曲がうまくまとまっていない印象もあったけど、ここではもう少し冷静になったアルバム作りを行なっている。もちろんFunk Brothersらを始めとする外部ミュージシャンにも多少は手伝ってもらっているのだけれど、ほとんどはStevie自身、そしてここから顔を出してきたのが、シンセ・オペレーターとしてクレジットされている、Robert MargouleffとMalcolm Cecilの二人によって練り上げられたもの。なので、これまでのポップ・ソウルと比べて、音の存在感・重厚感がまるで違っている。
モータウンの場合、あくまでシングル・ヒットが最重要課題であったため、基本的な販売戦略としては、当時としてはなかなか先駆けだったマス・メディアの有効活用、特にAMラジオでのオンエアを重視していた。そのためには、ファースト・インパクトが大事なので、わかりやすく明快な、タイトル連呼のサビはもちろんだけど、パワー的には貧弱なポータブル・ラジオでの響きを重視した音作り、モノラル・サウンド特有のドンシャリ感、オーディオ的な見地では決してありえない定位のサウンドを奨励していた。多少ダンゴになったとしても、音圧の強いモータウン・サウンドは、多くのリスナーの耳に残り、無数のヒット曲を輩出した。
で、このアルバムでのStevieだけど、もともとそうなのだけど、それほどキャッチーな音作りをするアーティストではない。テンション・コード多発の不安定な、楽理的な意味合いで言えば、かなり破綻した曲作りなのだけれど、でもStevieが歌うと、それらのバラけたピースがそれぞれピッタリはまってしまう不思議。
このようにキャッチーさからはちょっと離れたアルバムをリリースするに当たっては、独立問題も含め、色々なダンジョンをクリアしなければならなかった事は、想像に難くない。
それでもやらなければならなかったStevieの覚悟が赤裸々に刻まれたアルバムである。
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1. Love Having You Around
いきなり始まるファンキーなナンバー。Ray Charlesを髣髴させるグルーヴはほぼ独りで作り上げたモノ。スクエアながら手数も多くノリの強いドラム、どこか脱力系なコーラスはもちろんだけど、やはりここでインパクトが強いのはZappより数年先駆けたトーク・ボックスの使い方。StevieとRogerのおかげか、ファンク・ミュージック以外ではほとんど使われない楽器になってしまった。
なぜかこの曲だけSyreeta Wrightとの共作。どの辺まで関与しているのかは、前回『Where I’m Coming From』でも書いたように怪しいものだけど、この頃はまだ二人ともラブラブだったので、まぁそういうことと思ってもらえれば。
2. Superwoman (Where Were You When I Needed You)
“You’re the Sunshine of My Life”と同じ構造の、ミドル・テンポのバラード。この辺はちょっとジャズ的なコードも使用しているため、『Innnervisions』とテイストが似ており、俺的にはこのアルバムではもっとも好きな曲。US最高33位まで上がった曲なので、この時期の曲としては有名な方。
ここで有名なシンセサイザーT.O.N.T.O.が登場。といっても、それほどエキセントリックにこれ見よがしな使われ方ではなく、むしろ生楽器にできるだけ近づけた音色を奏でている。ちなみに正式名称は"The Original New Timbral Orchestra"、直訳すれば「独創的な新しい音色のオーケストラ」。うん、よくわからん。
3. I Love Every Little Thing About You
リズム・トラックがかなり凝っており、こちらも俺の好きな曲。すごくハッピーなミドル・テンポのナンバーなのだけど、裏で鳴ってるFender Rhodesが恐ろしくファンキー。この時期のStevieはT.O.N.T.O.使用による面白い音色からインスパイアされた曲が多いのだけれど、こうして聴いてみると、あまりサウンドには凝らず、従来の楽器を使用してアンサンブルに凝った曲にむしろ、良い曲が多い。少なくとも、当時の流行りのサウンドよりも、こういった曲の方が風化せず、今でも普通に聴くことができる。
4. Sweet Little Girl
ここで初めてハーモニカが登場。やっぱり、Stevieと言えばハーモニカがないと始まらない。その音にも少しエフェクトを加えているのか、ファンキー成分が増えている。思えばStevie、案外ブルース要素が少ない人でもある。ブルースの場合、もうちょっと演奏に隙というのか、感情移入ができないと、なかなか入り込めないものである。Stevieの場合、あまりにオンリーワン、完成し尽くされたトラックのため、ブルース的な憐憫の余地がないのだ。
ほんのちょっぴりだけど、後半でSyreetaのコーラスが薄く被さっている。こうしたエッセンス的な使い方こそが、Stevieの天才たる所以である。
5. Happier Than the Morning Sun
ここからがB面。クラビネットを効果的に使用した、朝もやに紛れたテラスを思わせる、さわやかな清涼感あふれるナンバー。すごく美しい曲なのだけど、やっぱこれって、ラジオ向きの曲じゃないよね。もうそういった俗世間の浮き沈みを超越してしまったサウンドである。若いうちなら、俺も多分飛ばして聴いてただろうけど、今の年齢になると、こういった癒し系の曲も、まぁいいんじゃない?という心境になってしまう。
でもちょっと長いよな、この曲。5分強、ほぼずっと一本調子で曲が続くため、ちょっと飽きてしまう場合もある。3分くらいにまとめてしまえば、もう少し印象も違ったかもしれない。
6. Girl Blue
わかりやすいマイナー・コードを、これまた転調しまくって作り上げたナンバー。ちなみに共作のYvonne Wrightは、何となく想像つくように、Syreetaの姉。どちらかと言えば、自分で歌うより、裏方として作曲活動の方が多く、妹の七光りだけでなく、きちんと実績を残している。
7. Seems So Long
後年の”Overjoyed”を想起させる、シンプルなバラード・ナンバー。曲自体はあまり趣向を凝らしているわけでもなく、ごく普通の構造だけど、ここでもやはりT.O.N.T.O.が幅を利かせている。
エフェクトの使い方が宇宙空間を連想させ、この辺もStevieのスケールの大きさが実感できる。
8. Keep on Running
ビルボード36位まで上昇、というわけで、当時のStevieにしては、チャート・アクションが地味だった曲。ほんとオカズが多いよね、Stevieって。ファンキー感よりむしろ、疾走感にあふれる曲が多く、当時のまったりしたフィリー・ソウルなんかを聴いてた連中の度肝を抜いた。
後半からゴスペルっぽいコーラスがあることからわかるように、当時の彼らのアイデンティティの源である、Ray Charkesなどのミュージシャンらによって作りだされたこのグルーブ。Stevieの才能と最新鋭機材を持ち込んだ彼らとのベクトルがうまく一致した、シングルで切っても動じることのない、こちらもついつい踊りたくなってしまう曲である。
9. Evil
『Key of Life』の’Saturn”を連想させる。ここまで5、6分強の尺の曲がズラリと並んでいるのだけれど、このラスト曲は3分少々短め。エモーショナルなヴォーカルの前では、T.O.N.T.O.の前衛性も無意味である。この辺のバラード系は、後年になっていくらでも聴けるので、俺的にはいまだ飛ばして聴いてしまう曲。
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