Folder 1985年リリース、4枚目のソロ・アルバム。ある程度下積みキャリアを経てからのデビューだったため、ストックがめちゃめちゃ溜まってたのか、はたまた表舞台に出られた事でハッチャけちゃったのか、この『in・Fin・ity』以前にリリースされた3枚は、わずか1年強の間に制作されたものである。そんな超短いスパンでのリリースだったけど、同時代のシンガー・ソングライターの作品と比較しても、コンセプトはしっかりしているしクオリティも高い。今じゃすっかりスタンダード・ナンバーになった「そして僕は途方に暮れる」も、この時代の作品である。
 普通ならこのヒットの勢いに乗って、同路線の作品をチャチャッと短期間に作りそうなものだけど、そこはシングル・ヒットが出たことによってバジェットが大きくなったのか、これまでよりも制作期間を長く取ってじっくりレコーディング、たっぷり一年かけることによって、これまでとはまた別コンセプトのアルバムを世に出した大沢である。男だな、そういったところは。
 前作『Confusion』とは違って、ヒット性を持つキラー・チューンが入っていないワリには、オリコン年間チャート34位とセールス的には健闘している。「卒業」が収録された尾崎豊『回帰線』と肩を並べているくらいだから、コア・ユーザーの裾野が広がったことによる結果なのだろう。

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 音楽業界に明日を踏み入れるきっかけとなったのが、大学時代の軽音仲間と結成したロック・バンド、クラウディ・スカイのヴォーカルとしてだけど、俺は未聴。発売当時は散々たる売上だったらしく、だいぶ後になってからやっと再発されたらしいけど、今は再び廃盤扱いになっている。どちらにせよ、気軽に聴けるような環境ではないようだ。
 ちょっとだけ調べてみると、多分Earth, Wind & Fireかスペクトラムのフォロワー的な線を狙ったのか、宇宙服みたいなコスチュームでテレビ出演させられたらしく、それがイヤでイヤで当時は周囲にキレまくっていたらしい。まぁ売れるわきゃないか、そりゃ。
 肝心の楽曲は、「そこらの大衆に媚びたバンドとは違うんだぜ」的なアピールなのか、「悲しきコケコッコー」やら「明日はきっとハレルヤ」など、違う線を狙いすぎて逆にやらかしちゃった的なタイトルの楽曲ばかりで、しかもそれが世間的にはまったく無視されていたのもイタ過ぎた。
 奇をてらうのではなく、この時代はまだ少数だった後期Roxy Musicのスタイリッシュさをモデルとしたら、せめて東京JAP程度には売れたかもしれない。お茶の間に受け入れられやすいビジュアルでありながら、楽曲にこだわるという選択肢はなかったんだろうか。まぁ聞く耳持たなかったんだろうな。

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 語呂合わせみたいなタイトルの楽曲が多かった点から、当時はまだ半分コミック・バンド的な扱いを受けていたサザン、または子供ばんどの路線でレコード会社は売っていきたかったのかと思われるけど、その後の音楽性から類推するに、バンドまたは大沢との見解の相違、方向性のズレが短命の要因だったんじゃないかと思われる。
 当時の所属事務所だったナベプロは、ジュリーやアン・ルイスに代表されるように、昭和歌謡界のドメスティックなフォーマットに、比して「ニュー・ウェイヴ」であるロックのメソッドを取り入れたアーティスト戦略に長けており、そのベクトルにおいては一致していたと思われる。ただ、そのプロモーション展開というのが、当時の流行発信力の多勢を占めていたテレビを主体としていたため、どうしてもビジュアル映えするパフォーマンスに偏っていた。メディアに注目してもらうためには、多少ポリシーを曲げて、インパクトの強いキャラクターを前面に押し出さざるを得なかったわけで。
 で、本人たちがどこまで乗り気だったのかはわかりかねるけど、思うようにセールスも伸びずに不本意な活動を強いられたのだから、そりゃ長くは続かんわな。

 バンド解散後、大沢は一旦表舞台から退き、職業作家としてのキャリアを積み上げることになる。中森明菜の「1/2の神話」や吉川晃司の「ラ・ヴィアンローズ」、ジュリーの「おまえにチェックイン」など、これまで畑違いだった歌謡曲畑でも通用するポップ・センス、それでいて粗製濫造がまかり通っていた従来歌謡曲のセオリーに縛られないクオリティは、ソングライターとしてのポテンシャルの高さを証明した。ナベプロに代表される、ザッツ芸能界的な活動環境に馴染めなずに身を引いたにもかかわらず、他人への提供曲となれば、きちんとヒットのツボを押さえた楽曲を作れちゃうのは、皮肉っちゃ皮肉である。
 それほど戦略的なリリースではなかったにもかかわらず、息の長いヒットを記録した「そして僕は途方に暮れる」によって、自身でもヒットメイカーのポジションを確立したわけだけど、その頃すでに大沢のビジョンは別の方向を向いていた。
 二番煎じで畳み掛けるミディアム・バラード路線を放棄して、Herbie Hancokによって一気に開花したニューヨーク・アンダーグラウンド発のエレクトロ・ファンクへ傾倒、日本的なウェット感を払底したのが、この『in・Fin・ity』になる。
 日本のメジャー音楽業界において、アクの強いファンクネスと歌謡曲にも通底したポップ・センスとを絶妙にブレンドさせたという点において、大沢の功績はもっと評価されても良い。

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 CBS/エピックも含めたソニー全体において、ブラック・ミュージック系の影響が強いアーティストといえば、ラッツ & スターくらいという現状が長らく続いていた。一応、当時のソニーにはR&B風歌謡と称される「悲しい色やね」をヒットさせた上田正樹がいたのだけれど、本来の彼のルーツはR&B以前の泥くさいブルースだったし、サウス・トゥ・サウスというキャリアを経た移籍組だったため、ソニー生え抜きの特色とは言えなかった。
 そのラッツ & スターも、ベースとしていたのは50〜60年代のオールディーズとドゥーワップをブレンドしたポップ・ソウルであって、現在進行形のR&Bやファンク的メソッドを導入した音楽をやっている者はほとんどいなかった。
 もともとソニーのロック/ポップス系の主流は吉田拓郎〜浜田省吾のシンガー・ソングライター系であって、純粋なロック系のサウンドへの取り組みは不得手だった。だから矢沢もワールドワイド展開というビジョンを持ってワーナーに移籍しちゃったわけだし。で、総合メーカーであるCBSだけでは対応しきれない、パンク/ニューウェイヴ以降のアーティストの受け皿として、エピック創設という流れができる。
 CBS的要素も含んでいた佐野元春のほか、最もニューウェイヴ的存在だった一風堂まで、幅広いジャンルをカバーしていたエピックだったけど、ブラコン/ファンク系においてはノウハウの確立が遅れていた。
 のちにソニーのブラコン系の一角を担う鈴木雅之がソロになるのは、もうちょっと先の話である。

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 『in・Fin・ity』を構成するベーシック・サウンドであるエレクトロ・ファンクという音楽は、オリジネイターの1人とされているBill Laswellの縦横無尽で節操ない活動範囲からわかるように、もともとロックとの相性は良い。80年代サウンドの象徴とされているTR - 808やDX7が創り出すテイストは、ロック/ファンク双方との親和性が高かった。特に、どんな奇矯なジャンルも寛容に呑み込んでしまう昭和歌謡界でも、比較的早く受け入れられた。
 この『in・Fin・ity』が、いわゆる大沢にとっての「メインカルチャーとサブカルチャー」の分水嶺的ポジションであったことは間違いない。その後の『Life』では、明快な肉体性はフェードアウト、エスニック・リズムの導入によって、サウンドはさらに複雑化、内省的なスタジオ・ワークへシフトチェンジしている。その偏執的なこだわりの頂点を極めたのが、のちの大作『Serious Barbarian』シリーズであり、アーティスト・エゴのサウンドへの完全なる移管という点において、当時の日本のアーティストの中では最高峰に位置していたんじゃないかと思うのは、俺の独断。
 享楽的なパーティ・ファンクで一世を風靡したSly Stoneが、「ファンク」という音楽を突き詰めるがあまり、音を「抜く」という作業によってサウンドを「解体」、その過程で『暴動』や『Fresh』を創り出したように、「ファンク」とは内部に収斂してゆく類の音楽なのだろう。全盛期のPrinceだって、一時は取り憑かれたようにスタジオ・ワークに凝りまくり、膨大な未発表曲を量産していたし。

 大沢がもっと肉体性と精神性とをコミットさせ、ダンス・ビートへの傾倒を強めていたら、必然的にラップ/ヒップホップのエッセンスを吸収し、それこそメジャー・シーンにおけるジャパニーズ・ファンクのパイオニアになっていたかもしれない。
 ただ、大沢の基本スペックはロックが主だったものであって、ブラック・ミュージック的な要素は一部でしかなかった。
 前述の『Serious Barbarian』は、そんなロックやファンクやエスニック・ビートやポップスやらをシャッフルしたものを、大沢の執念によって再構築した力作である。そのクオリティはバカ高いものだけど、あまりに凝りまくったスタジオワークは作り込みが過ぎて、何度も聴き返すには濃密過ぎて肩が凝ってしまう。大沢自身のパーソナリティが色濃く出すぎた分、半自伝的な色彩が強く、ポピュラリティは薄いのだ。
 そういった意味で、聴きやすさと芸術性とがうまく拮抗しているのが『in・Fin・ity』、といった次第。


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1. 彼女はfuture-rhythm
 先行シングルとしてリリース。アルバム全編がホッピー神山によるアレンジとなっている。なので、当時ホッピーが所属していたバンドPINKの人脈がフル活用されており、ポップとファンクとのハイブリッドがうまく表現されている。
 サウンドの性格上、英語が多くなってしまうのは致し方ないことで、口語体の日本語を使用したファンクは岡村ちゃんまで待たなければならない。この時点での日本産ファンクとして、またメジャーで流通できるクオリティとしては最高峰に位置している。



2. Lady Vanish
 シンセの使い方がちょっとTMっぽいけど、地を這う重厚なベースと複合リズム・エフェクトを組み合わせることによって、安易なシンセポップになってしまうところをうまく回避している。ファンクとロックのいいとこ取り的なハイブリッド・サウンドは、大沢のハスキー・ヴォイスにもうまくフィットしている。
 ヴォーカル・スタイルはパンキッシュなロックとなっており、それに呼応するように間奏のギターはノイジーに悶える。

3. Infinity
 シンプルなバラードゆえ、ここは大沢のヴォーカルの切なさを強調するためか、ホッピーにしてはシンプルなアレンジ。OMDあたりをモチーフとしたシンセポップは案外心地よい。間奏の硬い響きの拙いピアノがアクセントとなっている。
 松本隆ほど思わせぶりでなく、平易な言葉で地に足の着いたストーリーを紡ぐ銀色夏生の世界観は、どこまでも涼しげな香りがある。狂騒的なリズムの洪水の中で、流されることなくイメージを焼き付ける彼の言葉は、大沢との相性が絶妙だった。

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4. 盗まれた週末
 PINKが主導権を握ったかのような、ファンクとロックのミクスチャー加減が絶妙なナンバー。ただこの曲、Aメロは抑え気味ですごくクールなのだけど、サビに入ると一気に歌謡曲臭くなってしまうのが惜しいところ。無理にキャッチーにしない方がカッコよかったのに。

5. Love Study
 このアルバムの中では比較的オーソドックスに聴こえてしまう、それほどギミックのないハードブギ・ファンク。シンプルな構成なので、ライブでは盛り上がりそうだけど、音源単体ではあまり面白くない。なので、ホッピーがぶち込んだエフェクトやサウンドの妙を楽しむ楽曲。でも大沢のヴォーカルは

6. レプリカ・モデル
 Herbie Hancock 「Rockit」へのリスペクト、いや日本側からの回答と言っても良い、当時の現在進行形ハイパー・ファンク。ねじれた音色と独特のフレーズ間隔を持つ矢口博康のサックス・ソロも、短めではあるけれど、楽曲のコンセプトにフィットしたインパクトを残している。
 DX7やフェアライトの使い方という観点で見ると、初期のTMはプログレ~パワー・ポップをベースとしているので、メロディ主体、70年代的なモッサリ感を引きずっている印象が強い。大沢のようにファンク~ロックをベースにすると、シンセ・ベースなどリズムを骨格として構成されているので、ドライな感触が強くなる。多分、俺がこういった音を好むのは、そういった使用法に由来するのだろう。



7. 最初の涙、最後の口吻
 なので、こうしたオーソドックスなバラードでも、リズミックなフレーズを多用することによって、無駄なウェット感は払底されている。大沢にしては比較的甘めのメロディで、タイトルや曲調からして歌謡曲っぽさが強い。これって、吉川あたりに書いた提供曲のボツ曲なのかも?そんな妄想さえしてしまうくらい、フックの効いたメロディが引き立っている。

8. 熱にうかされて
 アブストラクトなリズムがUKっぽいけど、誰だったかな?忘れた。ほぼリズムで構成されたような曲で、メロディは添え物。しっかしこの頃のPINK、芸達者だよね。こんな癖の強いバンドとアクの強いアーティストとの奇跡的な出逢いによって、このアルバムは生まれた。ヴォーカル抜きでも聴いていたいナンバー。

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9. 恋にjust can’t wait
 「ラ・ヴィアンローズ」を我流に引き寄せた感が強い、シングル・カットされたポップ・ナンバー。ファンク臭は薄く、PINKのアーティスト・エゴもかなりマイルド。バラードで売れちゃったから、次はアップ・テンポでのシングル・ヒットにトライしてみたのか。まぁそれほど評判は呼ばなかったけどね。

 
 たよりなく流れる雲より これっきりになるかもしれない
 心変わりは果てしなく それぞれの傷つきやすさで

 平易なフレーズで詩情を紡ぐ銀色夏生の言葉は、80年代に青春時代を過ごした数多くのティーンエイジャーのDNAに深く刻まれた。GLAYの歌詞世界とリンクする部分が多い、と俺は勝手に思っているのだけど、いかがだろうか?
 


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