jordanthecomeback 1990年発表5枚目のアルバム。UKチャートでは最高位7位。時代はすっかりマンチェスター・シーンのまっただ中、Stone Roses なんかと対抗するには分が悪く、よって、セールス面だけ見れば、当時はそこそこの売り上げにとどまっている。
 
 Prefab Sprout が紹介される際、真っ先に挙げられるのは、大体が2枚目『Steve McQueen』(別名(『Two Wheels Good』、当然だけどアメリカでは遺族周辺からクレームがつき、原題ではリリースできなかった)であり、ディスコグラフィーの中では唯一、2枚組レガシー・エディションがリリースされている。何年か前に行なわれた「レココレ」の80年代アルバム・ランキングでも、確か上の方、トップ10には入っている。
 一般的な名作とされているのが『Steve McQueen』なら、長年のファンの中で心に残る名作と言えば、断然『Jordan The Comeback』の支持率が高い。

 前回のAztec Camera同様、このバンドも80年代ネオアコ・シーンから頭角をあらわし、デビュー当初は予測不能なコード進行と自由自在な転調、文学少年的にこじれすぎた抽象性の高い歌詞が話題となり、同じく中二病をこじらせていた、斜め上ばかり見ていた日本の若者(そのほとんどがロキノン読者とされている。うん、もちろん俺もそうだ)が食いついた。
 ただ若気の至りとも言える、ささくれ立ちヒリヒリしたサウンドはここで一旦幕を引き、次作『Steve McQueen』ではポップ職人としての覚醒がはじまり、一聴するとAORかと思われるメロディー・ラインと、今後長い付き合いになる、Thomas Dolby による凝ったサウンド・メイキングの妙によって、メジャー、マイナー・シーン共に高い評価を得ることになる。
 『Jordan the Comeback』とは、蒼き少年性のよじれた青臭い情熱が飽和点に達し、わずかに未成熟な部分を残すことによって、逆に完成度の高さを証明した、初期の秀作である。メイン・トラックでもあるシングル・カット「When Love Breaks Down」がUKチャート25位と、これまでの最高位を獲得したことも、大衆性を獲得できた一因である。
 
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 この後、3枚目『From Langley Park to Memphis』がリリースされるのだけど、これがかなりの難産で、完パケまで3年のブランクが空いている。彼らに限らず、近年になるに連れてアルバムのリリース・ペースは長くなる傾向にあり、3年くらいなら全然普通、決して長い方ではないけど、ポップ・スターのステップを昇り始めたばかりの若手バンドとしては、致命的とさえ言える異例の長さだった。
 ただ、サウンドの具体像が見えていたことによって、完成図はしっかりしており、よって長い時間をかけることは想定の範囲内であったこと、また、手間暇をかけることによって、それに見合う完成度をメンバー自身だけでなく、レコード会社もそれなりの理解を示していたことが、レコーディングの長期化を招いたと思われる。
 どういったコネクションだったかは不明だけど、なぜか Stevie Wonder や Pete Townsent など、あまり関連性はないけど、とにかく豪華なゲストを招き入れたことも手伝って、UKチャート最高5位と大健闘した。「Cars and Girls」「The King of Rock 'n' Roll」「Hey Manhattan!」と、シングル・カットも多い分、注目を浴びる期間も長かった。
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 決してライブには積極的ではない若手バンドのわりに、商業的には成功したと言えるけど、ここからリーダー兼ヴォーカリスト兼ソングライターである Paddy McAloon の迷走が始まることになる。
 同世代のソング・ライターの中では突出した能力を持った Paddy だからして、その作曲レベルの経験値は増し、技術的なスキルが上がってゆくことはもちろんだけど、それに伴って作品のクオリティの要求度合い、ジャッジメントのレベルも次第にアップしてゆくのは、自然の成り行き。盟友 Thomas と共に、試行錯誤を繰り返しながら、レコーディング・スタジオに籠りきりの日々が続く。
 先行きの見えないレコーディングがあまりに長引いたおかげで、次第にレコード会社からのプレッシャーは強くなり(多分レコーディング費用が思いの他かさんだおかげで、損益分岐ラインを割りそうになり、継続の条件として、何かしらのアイテム・リリースを要求されたのだと思う)、当時からすでに幻の名作扱いとなっていた『Protest Songs』をリリースすることになる。
 
 いわくつきのアルバム『Protest Songs』の制作は実は古く、『Steve McQueen』完成後、2週間で一気に作り上げたアルバムである。
 Thomas の緻密なコントロールによって練り上げられた『Steve McQueen』完成後、解放感に満ちあふれたメンバーらが、勢いの余っているうちに、今度はまったく逆のコンセプト、もっと肩の力の抜けた作品を作ろうと、一気呵成に制作された。メンバー(ていうか Paddy )側の意向としては、『Steve McQueen』と陰陽の関係で、間髪入れずにリリースしたかったのだけど、意外に『Steve McQueen』がチャート上で健闘したこと、またヒット・アルバムの次回作としては、あまりに地味な印象だったため、レコード会社がリリースを拒否する事態になってしまった。
 で、月日は流れ、当初は不満タラタラだったメンバー達でさえ、すっかり存在を忘れていた頃、レコード会社の都合によって、さもニュー・アルバムかのようにプロモートされてリリースされた、という経緯。
 長く待たされたファンは「あの幻の作品!」と歓喜し、相変わらず高いソングライティング・クオリティに満足した。Paddy 自身としては、もはやすっかり忘れていた作品を、今ごろになってニュー・アルバムまでの繋ぎとして持ち出されたことが不本意だったらしい(実際、プロモーションを拒否した、とのこと)。
 
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 リリース直前までゴタゴタが続き、長い長いレコーディング期間を経て完成したのが、この『Jordan The Comeback』。発表当時からすでに名盤の呼び声が高く、雑誌レビューでもほぼベタほめの内容が多かった。
 それぞれの曲のクオリティがとても高い。練り上げられたソング・ライティング、丹念に磨きこまれたサウンド・プロダクション。どれも一流の仕事である。個々の完成度は恐ろしくハイレベルだけど、良い意味でどの曲もアルバム中のワン・オブ・ゼムとなっており、すべてがこのアルバムのために構成されており、すべての音が大きな括りである『Jordan The Comeback』の世界のために鳴っている。
 なので、シングル・カットされた「We Let The Stars Go」が、このアルバムの中では比較的有名な曲だけど(実際、俺もこの曲のPVを見てファンになった)、シングル一曲だけを取り出して聴くより、アルバムを通して聴いて、前後の流れも把握しながらの方が、Paddy の創り上げた世界観を堪能できる。
 
 ジャケット裏を見ると全4パートで構成されており、それぞれにコンセプトもあるのだけど、あまり歌詞の内容にはこだわらず、心地よいサウンドとメロディに身を任せてる方がよい。このように全体を俯瞰した構造のアルバムは、コンセプト系が強いプログレのアルバムでよく見受けられるのだけど、そこまで一貫したストーリー性があるわけではない。理屈よりはまず、耳で心で聴いて、感じてほしい。
 コンポーザー Paddy McAloon 、プロデューサーである Thomas Dolby とのタッグで作り上げた、極上のポップ・ソングの集合体である。


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1.Looking For Atlantis
 軽快なドラムからアコギのかき鳴らし、紅一点である Wendy Smith による、透明感のあるコーラスで幕を開ける。アルバムの始まりとしては最適。明快な言い訳なしのポップ・サウンドは、メロディ自体はそれほどフックは聴いていないのだけど、やはりこのサウンド、そして Paddy のちょっぴりハスキーなヴォーカルによって、つい口ずさみたくなるようなラインが散りばめられている。
 なのにシングルはUK最高51位。世間はもっとハードでダンサブルな音を求めていた時代である。
 
 

2.Wild Horses
 Paddy といえばよくメロディ・センスが取沙汰されるけど、これは珍しくリズム・パターンに特徴のある曲。このアルバム以降、Paddy の嗜好によって、サウンドの質感を重視するがあまり、必然的にメロディー重視となってゆくのだけど、ここではまだ、リズムとメロディーの遊びがうまく融合している。
 
 

3.Machine Gun Ibiza
  なぜかプロモEPのみが存在してるのだけど、結局本リリースには至らなかった、謎の経緯を持つ曲。ドゥーワップ調のコーラスとリズムの調和が美しい。とてもポップな曲調なのだけど、タイトルがマシンガンって…。
 
4.We Let The Stars Go
 アコギのストロークの使い方、音像処理がうまい。このアルバムの中では。比較的知名度の高い曲。
 少し熱のこもったハスキーなPaddyの声質は、時にJohn Lennonを連想させる。『星をきらめかせて』という邦題はちょっと恥ずかしいけど、曲のイメージを端的にあらわしてる点で見れば、名邦題だと思う。
 
 

5.Carnival 2000
 4曲入りEP『Jordan:The EP』にも収録された、バック・トラックはほんと明るいカーニバルなのだけど、普通に歌っても、どこか憂いを感じてしまうPaddyのヴォーカルにウキウキ感は少なく、どこか狂騒から疎外されてるような、第三者的な視点を感じる。どうもポジティヴに考えることができない人なのだろう。と思ったら、そういえばPrefabってイギリスのバンドだった。なるほどね。
 
6.Jordan: The Comeback
 こちらも『Jordan:The EP』に収録。タイトル・トラックのくせに地味というのは、やはりどこか変化球を好む英国人気質のあらわれか。半分近くをナレーションのようなモノローグで埋めており、このアルバムが単なるポップ・ソングの寄せ集めでなく、きちんと考え抜かれたコンセプト・アルバムであることを暗示させている。
 
7.Jesse James Symphony
 出だしはマーチのリズムから始まるのに、次第に曲調が微妙に変化し、遂にはタイトル通りSymphonyになる、不思議な曲。
 うちの妻がこれを一聴して、「水戸黄門みたい」と評した。確かにその通りだ。
 
8.Jesse James Bolero
 7.とのメドレー。やはり水戸黄門が頭を離れない。
 
9.Moon Dog
 地味な曲だけど、サビに向けて少しずつ盛り上がりを作っていくのは、ポピュラー・ソングとしては非常にまっとうな構造の曲。なので、すごく地味なメロディ・ラインが続くのだけど、変にクセがないので、ずっと聴いてられる点として、俺の中で『Jordan』の中ではベスト・トラック。
 
 

10.All The World Loves Lovers
 コンパクトにまとめた3分間のエレ・ポップ。このアルバムの中では珍しくメロディが立っており、だいぶ後になってからシングル・カットされている。UK最高61位。まぁ地味な曲だけど、アルバム・リリース1年以内だったら、もうちょっと上に行ってたかもしれない。
 
11.All Boys Believe Anything
 とは言っても、この曲も同じく1分足らずで終わってしまう。普通に1曲にすればよかったのに、と思ってしまうのは、ちょっと合理的な考え過ぎる。あえて前・後半と分けたことに、コンセプト・アルバムとしての意図があるのだ。あるのだろうけど、でも、やっぱまとめちゃっても良かったんじゃない?
 
12.The Ice Maiden
 Thomas Dolbyのプロダクションが強いのだろう、曲としては地味なのだけれど、サウンドの妙で、ついつい最後まで聴いてしまう曲。
 どの曲もそうなのだけど、メロディ・メーカーとしては一流のPaddy、ただヒット・メーカーとしてはちょっと難があって、フックの効いたメロディが書けない。それとも書くのを恥ずかしがってるのかは知らないけど、アレンジという肉づけを取り払ってしまうと、案外素っ気ないメロディの曲も多い。
 そういったウィーク・ポイントを、自分でもわかっているのだろう。敢えてThomasに丸投げすることによって、これもきちんと楽曲として成立している。
 
13.Paris Smith
 
前曲から切れ目なく続く、同じく武骨なメロディ、ていうかモノローグっぽく始まる曲。でもサビはキャッチーなメロディを使用している。これも3分足らずの短めの曲なので、もう少し展開して長尺にしたら、シングルでもありだったんじゃないかと思うけど、まぁ売れないよな、きっと。
 
14.The Wedding March
 往年のハリウッド映画のサントラみたいな小品。アルバムの流れの中ではうまくはまってるけど、単品だとちょっとキツイ。アメリカを意識すると、こういった曲も入れてバラエティを持たせないとダメなのだ。

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15.One Of The Broken
 『Jordan:The EP』1曲目を飾る、このアルバムの中でも屈指の名バラード。基本Paddyのアコギ弾き語りなのだけど、薄く被さっているサウンド・メイキングが絶妙。キリスト教が基盤となった社会において、神を讃える歌というのは日常であり、ましてやPaddy世代ともなると、こういった荘厳とした曲を、しかもポップに聴かせることができるのは、ヨーロッパ人ならでは。
 
16.Michael
 シングル"Looking for Atlantis"B面ににも収録された、Paddyのモノローグから始まり、次第にゴスペルめいたコーラスが加わり、そして大団円へと収束してゆく。このように神を直接取り上げたテーマ、アメリカなら大人数のゴスペルとなって、次第にテンポも速くハイ・テンションになるのだけれど、ヨーロッパでは畏れ多い存在として、へりくだった姿勢が垣間見えてくる。
 
17.Mercy
 15.から続く組曲の締めくくりとなる、Paddyによるアコギの弾き語り。ほんとこれだけ。飾りも何もない、ほぼ素のままのPaddyの祈りが刻まれている。
 
18.Scarlet Nights
 このアルバムの中では、唯一バンド・サウンドっぽいポップ・ソング。前作『From Langley Park to Memphis』収録"Golden Culf"とサウンドのテイストが似てるので、もしかしたら制作時期は近かったのかもしれない。
 なかなかテンションの上がる曲なので、アルバム構成的には、もう少し前の方に入れてもよかったんじゃね?と勝手に思ってしまうけど、Paddy的にはここでOKなのだろう。
 
19.Doo-Wop In Harlem
 Paddy風ゴスペルの完成形。このアルバムにもゴスペル的要素を含んだ曲はいくつかあるけれど、これはゴスペル・ミュージックと、そしてキリスト教的信仰と正面切って向かい合って作られた曲。ゴスペルと言えばもっとアップ・テンポの、多勢によるアカペラが連想されてしまうけど、Paddyにとってのアカペラはどちらかと言えば讃美歌に近く、そしてすごくパーソナルなもの。宗教的体験を皆で共有するのではなく、あくまで神と対峙の姿勢というのが、Paddyのスタンスである。

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全19曲60分超。大作。一年に一度くらいは、特に"Looking For Atlantis"と"Moondog"が聴きたくなり、かけたら結局、最初から最後まで通して聴いてしまうことになる。
 そしてまた、一年が過ぎてゆく。
 
 どの曲もクオリティは高いのだけれど、ヒット・チューンとしては必須となるフックのメロディが少ないので、単体では地味な曲ばかりである。ただ、緩やかでもコンセプトを設定し、テーマに沿って曲順を構成することによって、個々の曲の輝きが増し、結果、全体のクオリティも向上する、という構造は、昔から『Abbey Road』や『Sgt.Pepper’s』などでも使われた手法だ。
  一曲だけを抜き出すより、通して聴きたくなるアルバムなので、時間のある時に、じっくり聴いてみてほしい。

  このアルバムの完成後、バンドとして一つの頂点を極めた、と判断したのか、Prefab Sproutは活動自体が縮小、遂にはPaddyのソロ・プロジェクトへと変貌していく。



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