マイルス・デイヴィス

好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そういったゆるいコンセプトのブログです。

Miles流ジャズ・ファンクの最終形 - Miles Davis 『Decoy』

folder 1983年にリリースされた『Star People』は、Bill EvansやMike Sternなど、80年代以降の現代ジャズ・ファンク・シーンを担う若手の積極的な起用によって、先祖返り的な新伝承派への対抗意欲を表明した意欲作だった。帝王と称されて以降の彼は、休養以前ほどの先鋭さはなくなったけど、かつて自らが築いたスタイルをなぞってお茶を濁すことは頑なに拒否していた。少なくとも、時代に乗り遅れることだけは逃れていた。

 どの時代においてもMilesが志向していたのは、その時代においての最先端、最もヒップな音楽だった。ビバップを起点としたモダン・ジャズからスタートして、既成のリズムやコードを分解・再構築、それまで邪道とされていたエレクトリック楽器の導入、それらの集大成としてジャズ・ファンク路線へ向かったのも、「俺がジャズ・シーンをリードしているんだ」という自負があったからこそ。
 そりゃ時々、ちょっと残念な作品や退屈なアルバムも中にはあったけど、アバタもエクボとはよく言ったもので、『Miles Davis』という壮大な超大作の中のワンカットと捉えれば、ちょっとは納得がゆく。いつもいつもヤマ場ばっかりじゃ、演る方も聴く方も疲れちゃうしね。

 で、この『Star People』と同年にリリースされた1枚のアルバムが、ジャズ・シーンを大きく変化させることになる。
 それまでジャズ・フュージョン~ジャズ・ファンクなど、Milesが創り上げてきたメソッドに則って、またはパクった廉価版を流通させて凌いできたジャズ・シーンだったけど、Milesの文法にはない言語・話法で価値観を一変させてしまった。
 『Futurer Shock』、または「Rockit」。
 そのアーティストとは、Herbie Hancock。かつてのMilesスクールの卒業生である。

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 以前もレビューで書いたけど、これがジャズなのかどうかと言われれば、ギリギリのラインでジャズではあるけれど、一般的な解釈としてはヒップホップ・カルチャーのメジャー化に大きく寄与した、俺が言うところの「お茶の間ヒップホップ」作品である。ジャズである根拠はリーダー名義がHerbieだから、というだけで、旧来のジャズっぽさはまるでない。
 ただこのHerbieという人、そのMilesスクール在籍時から「ジャズの基本フォーマット」にはあまり興味がなく、むしろそういった既成概念へのアンチを訴える性向が強い。いわゆるタカ派的なミュージシャンではあるのだけれど、性格の良さなのか人心掌握に長けているのか、保守派のミュージシャンからの覚えも良く、それなりの距離を保ってセッションやコラボレートを行なっている。
 穿った見方で言えば、八方美人的な器用な人なのだけれど、ミュージシャンとしての基礎体力、センスやスキルは同年代においても抜きん出ているので、あまり不評も出ない。この辺はMilesのバンド運営を反面教師として捉えてきた経験則に基づくのだろうか。

 これまでジャズ界の方向性を決定づけるのは、主にMilesだった。彼のレイテスト・アルバムこそが次世代ジャズのフォーマットとして注目され、そしてリスペクトされオマージュされまくった。と言えば聞こえは良いけど、要は表層だけ真似て聴きやすくしただけ、または一般ウケしやすいよう思いっきり希釈されることで、特に70年代以降の斜陽ジャズ界は命脈をつないでいた。
 自ら望んでなったわけではないだろうけど、結果的にジャズ界の水先案内人としてシーンをけん引していたMilesだったけど、『On the Corner』リリース以降から、その勘が鈍り始める。
 オーバーダヴを極力使用せず、リズム・リード一斉演奏による複合アンサンブルという手法はフリー・ジャズのメソッドと方向性は似ている。ただ調性を重要視しないフリーとは違って、Milesの場合、ポリリズムをベースとした複合リズムの一斉演奏から発生するピッチのずれ、古代民族の祝祭的ムードをモダンに展開させたことがMilesの功績である。ただそのメソッドはあまりに不定形であったがゆえ、万人の理解はおろか、演者自身さえもカオスに陥ってしまうほどの破壊力を持っていた。
 ジャズ・ミュージシャンMilesのキャパを大きく超えるフォーマットは、製作者自身をも浸食する。その後はアルバム制作ごと、またライブを重ねるごとに、その怪物は自らの意思を持ち、そして力を増す。日を追うにつれ、もはやMilesの手では制御不能になっていった。
 怪物を抑え込むために消費される、大量の酒やドラッグ。気が大きくなることもあって、一時は気が紛れるかもしれないけど、根本的な解決にはなっていやしない。むしろ怪物のパワーゲージは増大しているのだ。
 自分の許容量を超えるドーピングは体と精神を蝕み、遂にはMiles、シーンからの撤退を決意する。『Agharta』『Pangaea』という、評価不能(または評価されること自体を拒否した)大作を残して。

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 長い長い休息を経てシーンに復帰したMiles。以前のドロドロした怪物とは縁を切り、もっとコンテンポラリーな方向性を持つ、ビビッドなフォームのサウンドを志向するようになる。ほとんど暴君として主導権を握っていたレコーディング・セッションも、任せられるところは若手に仕切らせるようになる。
 復帰後のMilesは、もはや自らの力だけではヒップな存在にはなれないことを自覚していた。先鋭的なジャズ・ミュージシャンとしては、『Agharta』『Pangaea』のその先を探求することが真っ当なのだろうけど、彼の関心はもはやそこにはなかった。彼が求めていたのは、もっと確実な形の名声、ポップ・チャートの上位へ狙えるセールスだった。

 リーディング・ランナーのポジションから自ら降り、時代のトレンドに乗っかることを選択したMiles。最先端のサウンドを提示することはなくなったけど、これまでの功績からジャズ界の帝王としてのポジションは確立されていた。彼が復帰することで、CBSはおろかジャズ界挙げての大きなキャンペーンが盛り上がったのも、そんな事情があったわけで。
 ただ、これらもあくまでジャズ界の中での出来事である。さすがに第1弾の『The Man with the Horn』こそビルボード最高53位のヒットになったけど、『Star People』は最高153位と、まぁジャズ・アルバムにしては上等といった程度の成績だった。ただ、彼が望むところのポップ・チャートへのランクイン、例えばMichael JacksonやLionel Richieと比べれば、お話にもならなかった。

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 そんな中での「Rockit」ブームである。ビルボード最高71位はもちろん、ダンス・シングル・チャートで1位を獲得したことによって、Milesの対抗意識はハンパなかったはず。総合チャートだけでなく、もっとも現場感覚が反映されるクラブ・シーンにおいて明確な支持を得たHerbieに対し、嫉妬とも羨望とも、どちらも入り混じるような複雑な心情であったことは想像に難くない。
 暴君Milesだからして、よくある子弟物語のような、弟子の成長を素直に喜ぶようなタマではない。むしろ対等なミュージシャンとして、ヒップホップの導入によるポップスターへの仲間入りへの羨望、またこれまでのMilesメソッドの延長線上ではなく、まったく違ったアプローチによるポピュラリティの獲得への嫉妬が強かっただろう。
 後に『Doo-Bop』という最後っ屁をかますMilesだからして、ヒップホップへのアレルギーや嫌悪があったとは思えない。彼にとっては新しい音楽、旧来のジャズとはかけ離れたものを求めているだけであって、逆にHerbieの目の付け所には「してやられた」感が強かったんじゃないかと思われる。

 正直、『Future Shock』はあまりにヒットし過ぎたがため、もはやHerbieでは制御が効かず、彼にとっての「怪物」的存在となってしまった。おかげで勢いで二番煎じ三番煎じのアルバムを作ってしまい、結局は時代に消費されてしまった。使用機材の影響もあるけど、いま聴くとすごく古臭く感じてしまう点は否めない。
 対してタイミングを待って制作された『Doo-Bop』は、時代を乗り切るオーラを保っている。制作途中だったトラックを効果的にまとめたEasy Mo Beeの力量ももちろんだけど、トレンドの先読み力においてはまだ眼力を保っていたMiles、2匹目のドジョウを狙っても叩かれるだけなのはわかっていたのだろう。
 まだ手を付けるべきじゃない。時期が早い。

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 ジャズ・ファンク路線でもうちょっとやってみたかった、またはCBSの要請があったのかどうか、取り敢えずほぼ同じスタッフで制作したのが、この『Decoy』。『Star People』では10分超の曲が3曲あったけど、ここでは1曲のみ、ほとんどの曲が4~5分程度にまとめられている。この辺はラジオ・オンエアを意識したものと思われる。とは言っても、ジャズ専門ラジオでしかかからなかったんだけどね。
 『Decoy』においての最大の新機軸というのが、盟友Teo Maceroとのパートナーシップ解消である。
 正直、この時期になるとレコーディング・スタイルそのものがシステマティック化され、以前のようにテープを長回ししてダラダラ時間をかけたセッションは少なくなっていた。これまでバンド・アンサンブルに細かな指示を与えていたMilesだったけど、スタジオにいる時間が短くなり、結果的にバンド自身でバック・トラックをしっかり作り込むことが可能となった。なので、デモ段階でほぼ完パケ状態となっているため、Teoお得意のテープ編集テクニックは無用の長物となる。実際、Miles復帰後のTeoの仕事量は相対的に減っていった。

 Milesがすぐにヒップホップに飛びつかず、ジャズ・ファンク・スタイルの追及を継続したのは、若手による現状バンド・アンサンブルへの信頼もあったけど、かつてのMilesスクールよろしく若手スター・プレイヤーの育成並びに恩恵に預かる下心が、多少なりともあったんじゃないかと思われる。特にここで3曲参加しているBranford Marsalisには目をかけていたらしく、ゲストではなくレギュラー・メンバーとしての加入も打診している。結局、Stingに取られちゃうんだけどね。

 Herbieとは別のベクトルでポップスターを狙っていたMiles、『Star People』よりコンパクトかつソリッドにまとめられた楽曲群はクオリティが高く、彼が目指すところのジャズ・ファンクとしては、ほぼ完成形である。あくまでジャズ村の中での評価としては、高いものだった。
 でも、ヒップじゃない。
 すでにMilesは別の方向を向いていたのだから。


Decoy
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1. Decoy
 「On the Corner」の雑多なリズム・パートを丁寧に取り除き、バンド・メンバーを絞って各パートのインプロをクローズアップすると、こんな感じになる。70年代ジャズ・ファンクの落とし前といったところか。若手ミュージシャンらの屈託のなさによって、かつてあれほど苦しめられた怪物は、しっかり手綱を握られている。
 ここから初登場のDarryl Jones(b)の俺様っぷりも、Stingと組もうかどうか天秤にかけていたBranford Marsalis (sax)の歌いっぷりも、きちんとコントロールされている。だからこそ、Milesのペットもここ最近にはないほど鳴りまくっているのだ。
 Teoとの友好的決別が良い方向へと向かった、新世代ジャズ・ファンクの完成形となった1曲。



2. Robot 415
 1分程度のブリッジ的小品。Miles自身による拙いコード弾きシンセが聴ける、それこそ『Future Shock』とYMOをモチーフとしたテクノ・ファンク。実験的なお遊びだったのか、中途半端なフェード・アウトが惜しい。もうちょっと広げられたら面白かったんだけどね。

3. Code M.D. 
 やっぱり80年代というのはヤマハDX-7の時代だったんだな、というのを思い出させてしまう1曲。あのMilesでさえ、他の80年代アーティストのサウンドと同じ音色使ってるんだもの。特にこの曲はバンマスRobertのイニシアチブが強いため、シンセのブロック・コードが曲のコアとなっている。リズムのメインは当然Al Foster(dr)だけど、結構な割り合いでドラム・プログラミングもミックスされており、結果的にテープ編集という職人技は不要となる。Teoのやることがなくなるわけだ、確かに。
 『Star People』ではあまりオイシイ場面が回って来なかったJohn Scofield(g)、ここではシンセとのユニゾンも多いけど、インパクトのあるファンキーなソロを利かせている。タイトルにもかかわらず、Milesの出番が少ないナンバーでもある。3分過ぎ辺りから「御大登場」とでも言いたげに、悠然と登場してサラッとかますソロ。吹きまくるのではなく、吹かずして空間を支配するMiles。やはり効果的な見せ方をわかってらっしゃる。

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4. Freaky Deaky
 Darylのアルペジオ・ベースと、再びMilesのシンセが主体となったアンビエント調ファンク。あぁホーンで聴きたかったな、これ。まるで「クロスオーバー・イレブン」じゃん、これじゃ。プログレッシヴで果敢なチャレンジとしては良いのだけれど、求められてるのはそれじゃないんだけど。
 『Decoy』の欠点、レコーディング時期がバラバラなため、散漫な印象が拭えないことが如実に表れている。通常なら正式リリースするレベルじゃないんだけど、曲数たりなかったんだろうな。

5. What It Is
 1983年4月に行なわれたモントリオール・ジャズ・フェスティバルからのライブ音源。ちょっとかったるい感もあった4.と比べると、アンサンブル、楽曲としての出来がまるで違っている。
 火を噴くようなDarylのスラップ・ベースから幕を開け、すでにレギュラー・メンバーとなっていたBill Evans (sax)との相性も程よい緊張感で通じ合っている。ライブということもあってシンセの使い方も控えめ、ファンキーなリズム・アプローチを中心にバンドがまとまっている。
 Scofieldのギターもアルバムでは一番のキレっぷり。この感じでスタジオ収録に向かえればよかったものの、そううまくは行かないのがバンド・マジックである。その時の空気感はその時じゃないと、なかなか再現できないのだ。

6. That's Right
 このアルバム最長の11分という大作。と言っても11分程度じゃジャズの中ではまだ中ジョッキ程度。この時期のMilesにしては長い方だけどね。
 ここではファンク成分をグッと抑え、久しぶりにストレートな4ビートに挑戦。もう一人のジャズの御大Gil Evansが総合アレンジを務めているせいもあって、オーソドックスなスタイルとなっている。とは言っても80年代Milesなので過去の焼き直しではなく、特にScofieldのブルース・フィーリングあふれるインプロビゼーションは飽きが来ないフレーズで彩られている。
 この時期のBranfordはちょうど自信をつけ始めた頃にあたり、天才の名を欲しいままにしていた弟Wyntonさえ凌駕していたと個人的には思っている。まぁこの時期のBranfordの仕事はどれも新伝承派Wyntonへの当てつけ、裏返せばコンプレックスからの発露という見方もできるのだけれど。

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7. That's What Happened
 ラストは再びライブ音源、5.と同じくモントリオール公演から。レコードで言うところのB面全3曲はMilesとScofieldとの共作となっており、彼とDarylのファンクネスとBranfordのオーセンティックなホーン・フレーズが交差しまくって、「ジャズ」という冠を外しても十分ファンク・ミュージックとして機能している。もはやジャズなんて言葉もいらないくらい、それだけジャズ・ファンク最終形としての理想像がここにはある。
 疾風怒濤という言葉がぴったりはまる、鬼のようなミュージシャン・エゴがぶつかり合い炸裂する、あっという間の3分半である。




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やればできるじゃん、メロウなやつも - Miles Davis 『You're Under Arrest』

folder 1985年リリース、もう何枚目になるかはちょっと不明だけど、復活後としては4枚目のスタジオ・アルバム。発売2,3週間で10万枚以上売れたらしく、当時のMilesとしてまたジャズのカテゴリーの中では断トツの売り上げではあったけど、ポピュラー総合で見るとUS111位UK80位という、決して高いとは言えないチャート・アクションで終わっている。逆に言えば、これはMilesだからここまで善戦したのであって、他のジャズ・アーティストなどはもっと散々たる成績である。ちなみに日本ではオリコン最高45位。まだまだ威光が衰えてなかった証拠である。
 フュージョン/クロスオーバーという最後の足掻きを70年代で見せた時点でジャズのポピュラリティは終焉となっており、セールス的な面だけで見れば、80年代というのはオーソドックスなジャズにとって苦難の時代の始まりでもある。ただ、ジャズ本体はいまだ瀕死の状態が続いたままではあるけれど、そのジャズのエッセンスを巧みに活用して作られた音楽というのは連綿と息づいている。世界的にもジャズ・フェスティバルというのは地域に根差した恒例のイベントとなっているし、意識高い系御用達の音楽と言えば、大抵がジャズっぽいムードのものばかりで、ジャズ全体が衰退しているわけではない。そのフォーマットは確実にエンタメ界に、そして日々の生活にもしっかり根を下ろしている。

 この時期のMilesにとっての大きな変化が、長年連れ添ったプロデューサー兼エンジニアだったTeo Maceroとの別れ。60年代末~70年代にかけての一連のアルバムにおいて、単なるエンジニアの領域を超えて創造的なテープ編集を強行し、Milesの思惑以上のクオリティのアルバムをバンバン仕上げていったTeo。そんな彼に対し、決して口にはしなかったけど、全幅の信頼を置いてテープの切り貼りを一任、やみくもに録り溜めたマテリアルを丸投げして、自分は酒に女にドラッグに酔いしれていたMiles。
 30年物長きにわたるコラボレートにいかなる亀裂が生じたのか、最終的には彼ら2人にしかわかり得ない事情、まぁそれも「あうん」の呼吸で言葉少なだったとは思われるけど、特にMilesの方向性が大きく変化していたこと、その流れにTeoが対応しきれなかったことは大いに考えられる。
 じゃあMilesの目指すところが何だったのかと言えば、はっきり言ってしまえば金、そしてヒット曲である。
 復活以降にサウンドの柱となっていたジャズ・ファンクは、70年代のダウナーな狂気に満ちたサウンドとは一変して、もっと明快なリズムを持ったためにダンサブルに、そしてラジオのエアプレイを意識したかのように、コンパクトな尺になっていた。
 ヒット・チャートへの渇望があからさまになったのは楽曲だけではなく、ジャケットもスタイリッシュなMilesのポートレートが使用されている。もともと60年代からジャズ界においてはファッション・リーダー的な存在であって、70年代はサイケ色が強くなってどこか勘違い感も否めなかったけど、ここではデザイナーズ・ブランドに身を包んだMilesがアーティスト然とした表情でポーズを決めている。決めてはいるのだけれど、メジャーのアルバムでマシンガンを持つことはないだろ、とは俺の私見。

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 60年代末のエレクトリック期から始まった、アルバム片面をまるごと使う長尺曲を何曲か収めただけのダブル・アルバムというリリース形態は、MTVが主流となった80年代中盤ではすっかり時代遅れのものと化していた。ある意味、ロックンロール創世記の3分間ポップ・ソングへの回帰というレイドバックが主流となり、その流れに順応できないアーティストは自然にスポイルされていった。
 ジャズもそうだったけど、このトレンドとは正反対のベクトルを持つプログレ勢の被害は大きく、メインストリームに見切りをつけてニューエイジの方向へ行ったり、または中途半端にAOR路線に手を出してファンの顰蹙を買うバンドまで様々だった。ま、後者はELPなのだけど。その中で負のスパイラルをうまく回避したのがYesやAsiaで、超絶インタープレイは残しつつも楽曲はコンパクトに、外部のライターや気鋭の若手まで動員してシングル・ヒットを連発、その強引な蘇生術が功を奏したこともあって、今日の地道な活動継続につながっている。
 で、ジャズ・シーンはこの80年代をどう乗り越えたのかといえば、正直乗り越えようとする気力さえ失っていた、というのが正直なところ。前述したように、多ジャンルからのジャジー・テイストの導入が盛んになったこともあって、ジャズというジャンルが完全に崩壊したわけではなかった。ただし内実は過去の焼き直しにとどまっており、革新的なサウンドが発明されたのかと言えば、それはちょっと口ごもってしまうくらいである。
 もちろん80年代ジャズがまったく不毛だったというわけではなく、Wynton Marsalisのような新世代のスターも生まれてはいる。いるのだけれど、よく知られてるようにWyntonはガッチガチの保守派、過去の伝統を忠実になぞった新・伝承派として頭角を現したのが世に出るきっかけだったほどで、正直伝統を守ってゆく決意はあるのだろうけど、多ジャンルへの冒険心が薄く、どうにも小さくまとまったまま、というのが現状である。

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 そういった小ぶりな若手の不遜な態度に噛みつくように、ひたすら本流とははずれたジャズ・ファンクを追求していたMiles。未整理のグルーヴを追求していた70年代よりスッキリしたアンサンブルにはなったけど、黒人固有の正体不明なリズムのキレは相変わらず優れたものだった。休業前は自らバンマスとしてスタジオ内やステージ上を縦横無尽に動き回り、絶対君主としての振る舞いを見せていたのだけど、80年代の復活後は執拗なまでのサウンドの追及もトーン・ダウンしてゆく。
 あれだけメンバーに睨みをきかせていたレコーディングにもあまり顔を出さなくなり、バック・トラックはもっぱらプロデューサーに任せっぱなしとなる。アンサンブルも含めたヘッド・アレンジもGil Evansに丸投げで、自身は最後にチョロッとソロを吹き込むだけ。まるで大御所演歌歌手のようなポジションになってしまっている。
 Milesの場合、自ら発掘してきたミュージシャンもそうだけど、帝王というネーム・バリューのおかげもあって、常に優秀なブレーンが周りを取り囲んでいたため、極端にミスマッチなサウンドに仕上がっているわけではない。一応、モダン・サウンドに準じた見栄えの良い音に仕上がってはいる。でも、ただそれだけだ。そこにMilesの音楽的な主張はない。付け焼刃的にヒップホップのエッセンスを導入してはいるけど、それもどこかちぐはぐだし、はっきり言っちゃえばMilesじゃなくてもいい音ばかりである。取り敢えず今風のサウンドに引けを取らぬよう、マネしてみました、といった体なので、音に思い入れが薄い。

 本来ジャズという音楽は、「何でもあり」が許されるジャンルだった。その時その時のトレンドを巧みに吸収し、うまく加工して自分たちのレパートリーとして発表するのが当たり前だった。ボサノヴァだってラテンだって、ジャズというフィルターがなければ、ここまで世界中に広まることはなかったはず。
 なので、当時のポピュラーのヒット・ソングを矢継ぎ早にカバーするのも、至極当たり前のことだった。Milesもまた、キャリアの初期に「枯葉」や「My Funny Valentine」をカバーしている。今ではすっかりColtraneで有名になった”My Favorite Things”だって、もとは映画『Sound of Music』の挿入歌だった。「イパネマの娘」やら「Summertime」など、多ジャンルにおいてジャズの影響力でヒットにつながったスタンダードは数多い。キャリアの長いミュージシャンなら、誰でも一度や二度は手を付けている行為である。
 ただ、長らくオリジナル曲ばかり演奏していたMilesがカバーをプレイするのは久しぶりだったことと、ヒットしてまだ日が浅いナンバーを選んだことで「売れ線狙い」として決めつけられてしまったこと、そしてこれが結構大きいと思うのだけど、2曲とも同じCBS所属のアーティストの手によるものだったため、「Milesのくせに」安易にタイアップに飛びついてしまったのか、と受け取られてしまった。復活から数年経って、そろそろアーティスト・パワーも落ちかけていたため、ますます格落ち感が漂っていたのも事実。

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 体調は相変わらず思わしくなく、ソロ・プレイもヘロヘロで力少なく、当然、全盛期の面影はない。ただ、それが逆に周囲の奮起に繋がったのか、すっかり生きた化石となったMilesをフォローし、みんなで盛り上げてゆくんだ、という思いがこのアルバムからは漂ってくる。ちょっと例えは古いけど、メインのジャイアント馬場の試合を盛り上げるため、前座の全日若手レスラーらが力を合わせて会場をヒート・アップさせているような、どこか優しいムードが基調としてある。
 「帝王、ちょっとこれやってみましょうよ」「よっしゃよっしゃ」という若手との掛け合いにも素直に応ずるMiles。若手の登竜門として、大きく門戸を開き続けているMiles。その姿勢は昔となんら変わらない。ただ、以前よりも目くじらを立てず、取り敢えず若いモンの言う通りやってみっか、的な腰の軽ささえ感じられる。
 そんな中で収められているのが、MichaelとCyndi Lauperの2曲。若手に勧められた曲が気に入ったのと、もしかしたら売れちゃうんじゃね?的な山師的な判断がこの2曲に集約されている。
 生臭くはあるけれど、決して不快ではない。やるからには徹底して、一吹入魂とでも例えられるような、印象的なフレーズを奏でるMiles。そこら辺がレジェンドと称される所以である。


You're Under Arrest
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1. One Phone Call / Street Scenes
 現代風ジャズ・オペラとでも形容できる、「ポリスとこそ泥」的な寸劇を軸に、愛想のないリズムが全編を支配する。今ではすっかり大御所のJohn Scofieldのオブリガードもここでは無難にまとめている。
 Stingがフランス人警官の役どころで出演しているのだけど、当初、ベースのDarryl Jonesの口利きでスタジオ見学だけの予定だったのが、急きょレコーディングに参加することになった、という逸話がある。この後、Stingは制作中だった自身のソロ・アルバムのためにDarrylを引き抜き。しかもSting参加によってギャラが発生してしまい、その支払いでCBSとひと悶着、レーベル移籍の引き金になったという、いろいろといわくつきのナンバー。
 ちなみにMilesの出番は少なく、存在感も薄い。オープニングなのに、これでいいの?

2. Human Nature
 とはいっても、ここで思いっきり存在感を出す帝王。オリジナルはご存知Michael Jackson、1983年ビルボード最高7位のヒット・チューン。7位とはずいぶん低いと思われそうだけど、大ヒット・アルバム『Thriller』からは多数のシングル・カットがされており、この曲は5枚目。そりゃインパクトも薄くなるよね。
 ほぼ独自性もないシンプルでストレートなバッキング、時代を感じさせるシンセの音色、Scofieldもひたすらリズムを刻むだけ。
 なので、Milesのソロが光っている。この時期にしては珍しく饒舌に、しかも時にウェットなプレイを見せている。晩年のセット・リストではほぼ定番のナンバーとなっていたため、それだけ楽曲が気に入ったということなのだろう。決して売れ線狙いで、と言ってはいけない。
 実は俺が最初に聴いたのはライブ・ヴァージョン。ミックス・テープのサイトで見つけたのが、1989年モントルー・ジャズ・フェスティヴァルのChaka Khanとの共演テイク。Youtubeでも見ることができるけど、ここでの2人は神々しささえ感じられる。ほんと、音楽の神が降りてきた、というのはこういったことを指すんだな、と思えた瞬間。



3. Intro: MD 1 / Something's On Your Mind / MD 2
 シンセの古臭さが気になってしまうけど、2.に続いてMilesのプレイも調子がいい。しかしそれより気になってしまうのが、Milesの甥っ子Vince Wilburnのドラム・プレイ。オリジナリティもなく、無難で味もないプレイが曲を壊してしまっている。これじゃ安手のフュージョンだ。ジョン・スコも引っ込み過ぎ。もうちょっと頑張れよ。
 
4. Ms. Morrisine
 Darrylの8ビート・ダウン・ストロークによってロック・テイストを感じさせる、ブルース・テイストのナンバー。こういったシンプルな曲でこそ、Milesのソロは光る。終盤のJohn McLaughlinのソロがまた哀愁を掻き立てる。

5. Katia Prelude

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6. Katia
 そのMacLaughlinの当時の夫人、フランス人ピアニストKatia Labèqueの名前からインスパイアされた、かどうかは知らないけど、たまたまスタジオにいたんじゃないかと思われる。旧知の仲だけあって、ついついイジりたくなってしまうのだろう。
 やっぱりこれはMilesとMcLaughlinのアルバムなんだな、と思える瞬間が多々みられる。2人のインタープレイの掛け合いは気心の知れたセッションという生易しいものではなく、まさしく真剣勝負。『Jack Johnson』から14年、機は熟し、再度のつばぜり合いは引き分けとなった。

7. Time After Time
 こちらも超有名、永遠のスタンダードとなったCyndi Lauper一世一代の名曲のカバー。オリジナルは1984年、ビルボード首位の栄冠にも輝いた。
 そこまでベタに有名な曲であるはずなのに、そしてほんと素直にメロディをなぞっているだけなのに、このピュアさはなんだ。 ヴォーカルが入ってない分、メロディの美しさがすごく引き立っている。そしてMilesもまた、この旋律に自ら酔いしれている風もある。あまりに完璧に組み立てられたメロディは、生半かな気持ちで吹くわけにはいかない。
 余計なアドリブも入れずただ素直に、それだけでいい。
 Milesによって新たな視点で注目され、使い捨てのヒット曲に終わらずに済んだ奇跡のナンバー。



8. You're Under Arrest
 16ビート高速ファンクのタイトル・ナンバー。なんかリズムが違う、と思ったらやっぱりAl Fosterだった。熟練の技がすべて良いとは言わないけど、親類のコネで入ってきた男はやっぱり評価されづらい。こうやって比較して聴いてみると、悲しいくらいテクニックの差が歴然としているのがわかる。だってジョン・スコだってプレイが全然違うもの。

9. Medley: Jean Pierre / You're Under Arrest / Then There Were None




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「吐いたツバは飲み込まんどけよ」と言われてしまう音楽 - Miles Davis 『Live Evil』

folder 1971年にリリースされたMilesのライブ・アルバム。もう何枚目になるのかはわからない。ていうかこの時期のMilesはリアルタイムで発表されたアルバムに加え、膨大な発掘録音が次々リリースされているので、発表順というのは意味がなくなっている。
 ライブ・パートとスタジオ・パートの2部構成という珍しい構成になっているのだけど、正直聴くだけではその違いがほとんどわからない。クレジットを見て始めて気づくくらい、それほど全編スタジオ・テイクに近い感触になっている。どっちのヴァージョンでもTeo Maceroによる鬼編集が入るので、1組のアルバムとしては統一感があり、ちぐはぐな印象は感じられない。この辺がMilesから全幅の信頼を置かれていたスタジオ・マイスターたる所以だろう。
 Teoにとってはライブ・テイクもスタジオ・テイクもMilesのマテリアルとしては同等のモノであって、彼はただ商品として通用するように、それらの素材を並べ替えたりツギハギしたりするだけである。

 ライブだからといって、オーディエンスによる熱狂の歓声が入ってるわけではない。もともとモダン・ジャズという音楽自体がそういった種類の盛り上がりに欠けるものだし、ましてやMilesを見に来た観衆、その誰もが度肝を抜かれて呆然とするだけで、声を上げるのも忘れて聴き入ってしまっている。
 なので、観客をも巻き込むグルーヴ感というのが存在するわけもなく、ほとんどスタジオ・ライブのように明瞭でノイズもほぼない、静寂の中でその熱い狂宴は行われている。
 この時期のMilesにとって、そしてTeoにとっても観客の存在は重要ではない。彼らはただその瞬間に立ち会い、その濃密な音場の渦の中でアワワアワワと佇むだけだ。「お前らはただ金を払って、黙って俺の演奏を聴いてればいいんだ」とでも言いたげに、縦横無尽に自由奔放、かつ緻密にお膳立てされたパフォーマンスを展開している。

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 データ的な事を補足しておくと、ライブが行われたのは1970年12月16日から19日までの4日間、場所はワシントンの名門ジャズ・クラブ「The Cellar Door」にて行なわれた。約1時間の演奏を朝夕2セット、4日間で8セット行なわれ、このアルバムでは最終日19日の演奏を中心に構成されている。いわゆるオイシイどこ取りをするために、いつものようにTeo が呼び出され、怒涛のテープ編集にて商品として成立する形にブラッシュ・アップされている。
 曲によっては突然カットアップされたりモノローグが挿入されたりして、ライブ・パートも素材の一部として自由奔放な編集が展開されているので、一般的なライブ・アルバムというにはちょっと無理がある。捉え方としてはFrank Zappaのメソッドに近いものがある。
 で、このライブ・セッションのほぼ未編集版が後年6枚組でリリースされた『The Cellar Door Sessions』なのだけど、なんか聴く気がしない。歴史的な意義としてはわかるのだけど、そのディープかつ膨大な物量の前では、よっぽど体調を整えない限り対峙するのはちょっと無謀である。ていうか、聴きたいのは他にもいっぱいあるし。
 一応ビルボード・ジャズ・チャートでは4位、総合的チャートでは125位という成績なのだけど、まぁこれも彼にとってはそれほど重要なではなかったと思われる。次々と流動的に入れ替わるバンド・メンバー、久々に好調なチャート・アクションを記録した『Bitches Brew』の次を催促するCBSからのプレッシャーに挟まれながら、その『Bitches Brew』の向こうを追求するMilesにとって、そんな下々の戯言にいちいち耳を傾ける余裕などなかったのだから。まぁ他にも女だドラッグだで忙しかったせいもあるけど。

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 スタジオ・アルバムとしては1969年の『Bitches Brew』が最後で、次の『On the Corner』がリリースされるのは1972年だったため、3年のブランクがある。いくら帝王Milesとはいえ、斜陽のジャズ・シーンにとっては厳しい状況が続いており、既存のモード・ジャズからの脱却を果たしつつあって、さてこれからという時期。この間にフィルモアへの出演などロック・シーンへの接近を図っており、日ごとにオーソドックス・スタイルとのジャズとの訣別を進めつつあった。
 60年代末から70年代初頭というのは、社会・文化状況的にも未曾有の変化が起こっていた時代であって、ジャズを含むポピュラー・ミュージックもまたその例に漏れず、怒涛の奔流に巻き込まれるが如く、あらゆる変化を遂げていた。ちなみに俺が生まれたのは『Bitches Brew』リリースの年。乳幼児が時代の変化なんてわかるはずもないので、ぜんぶあとで知ったことだけどね。
 今のご時勢なら2、3年のインターバルを置くことなんて普通だけど、当時はどのアーティストのリリースもハイ・ペース、しかも音楽性の進化・変化が目ざましかった。当時のスタジオ・レコーディングの極限まで達したバロック的な『Sgt. Pepper’s』がアメリカン・ロック・テイストな『Let it Be』になってしまうまでがほんの2、3年、ついこの前まで元気発剌にモータウン・ポップを歌っていたStevie Wonderが”Living for the City”になっちゃうのもこの時期である。「こまっちゃうな」の山本リンダが「狂わせたいの」でウララーになっちゃうのも…、これはちょっと違うか。
 とにかく、当事者じゃなくてもごく普通の大学生でさえ、変わりゆく時代の流れを意識していたし、特に機を見るに敏なアーティストならなおさら、新たな表現手段を模索していた時代だったというのが、俺の個人的見解。

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 一見気難しくぶっきら棒に思われるMilesだけど、あぁ見えて結構面倒見の良い人で、ほとんど無名の新人をヘッドハントして複雑なバンド・アンサンブルの中で鍛え、いつの間にかひとかどのミュージシャンとして育ててしまうことで有名である。もちろんギャラを安く抑えるためという現実的な側面は否定できないけど、それでもクレジットに残るミュージシャンはどれもその後、それなりに独り立ちしている者が多い。
 なので、歴代のMilesバンドはよく学校に例えられるけど、まぁそこまで生優しいものでもない。無能は声すらかからないし、そこそこの無能だって一回呼ばれたきりで次のセッションには呼ばれなくなる。有能過ぎるのも考えもので、当然Milesのビジョンと折り合いをつけられず、不適正の烙印を押されてしまう。この辺のレベルになると組織論がからんでくるので、またややこしくなる。
 Milesに見込まれるくらいだから、どのミュージシャンにも基本性能・相応のテクニックはある。大事なのはバンドの進化について行く執念と伸びしろ、またMilesの意表を突くようなアイディアを持っているかどうか。
 テクニックに秀でた者ならいくらだっている。あのColtraneが最初にMilesバンドに入った時だって、当初はテクニックやキャラクター面でボロクソに言われていた。ただそれでもMilesは彼を起用し続け、その時はイマイチ冴えなかったけど、数年経って戻ってきた時には、対等に師匠と渡り合い、共にモダン・ジャズ会を背負って立つポジションにまで成長していた。しつこく言うようだけど、ギャラを安く抑えられた面もあったのだろうけど、やはり彼の中に何かしらの可能性を見出していたのだろう。
 そういった時のMilesの眼力は、見た目以上に優れている。

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 当時はChick CoreaもKeith Jarrettもまだペーペーだった。Milesバンド加入以前、2人とも保守新流的なモダン・ジャズ・ピアノを志向しており、もっぱらアコースティック・ピアノ専門で、エレクトリック機材はある意味蔑んでいたらしい。なのにMilesバンドでは有無を言わさずエレピを弾かされていたため、在籍中は結構ストレスが溜まっていた。ただそのストレスが功を奏したのか、オーソドックスな素養を極めた末でのヤケクソ的なフリー・フォームのプレイが全体のサウンドに刺激を与え、結果的に全体のアンサンブルを左右するまでの存在になった。
 Milesとしては、そこまで完成像を予測してコンバートしたつもりではなかっただろうけど、何となく「こいつら普通にやらせても面白くないから、ちょっと変わったポジションやらせた方がやらかしてくれるんじゃね?」的な思いつきがうまくマッチした好例である。
 そういった名采配、Milesには結構多い。もちろん誰でもいいというわけではない。一応、それなりのポテンシャルを有したプレイヤーじゃないと対応できないので、高い演奏スキルとセンスとが必要になる。
 もちろん、すべてがすべて上手くいったとは限らない。公式記録には残ってない、ほんとワン・ショットだけのセッションで戦力外通告され、二度とお声がかからなかった者も少なくはない。

 肝心の主役であるMilesのプレイやテクニックがそれほど取り沙汰されないのは、むしろこのような空間設定、トータル・コーディネートやコンセプト・メーカーとしての能力の方が秀でているせいもある。
 はっきり言っちゃえば、繊細なタンギングとは無縁のプレイ、特にエレクトリック機材導入以降は印象に残るハイ・ノートがあるわけでもない。いわゆるサビの部分に値するキメのフレーズやソロ・プレイなど、Milesならではの記名性の強いものではあるけれど、決して引き出しの多い人ではない。その辺はむしろ不器用な部類に入る。
 多分ハイ・ノートに限定すればLee Morganの方が上だろうし、総合的なテクニカル面で言うのならWynton Marsalisの方が明らかに勝っている。トランペッターのソロイストとしてのMilesは50年代で進化が止まっているのだ。
 ていうか電化以降に限らず、CBS移籍後のMilesにおいて評価されるべき点というのは別なところにある。前述したように、トータルとしてのサウンド・コーディネーター、次々と新境地を開拓してゆくフロンティア・スピリットこそ、60年代以降のMilesが志向したポジションであって、スペシャリストとしてのMilesはその時点で終わっているとも言える。

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 このアルバムに限った話ではないけど、この時代にリリースされたアルバムは『In a Silent Way』から『Bitches Brew』まで、いわゆる初期エレクトリック期での模索から生まれたスキル、そして今後完成型へ向けての過渡期的なサウンドがあらゆるスタイルで試されている。なので、ある意味どの作品も発展途上、未完成品のオンパレードである。
 「すべての路は『On the Corner』に続く」と言い切っちゃうのは極論かもしれないけど、結果的に当時の彼が目指していたのはそこである。後追いで聴いてきた俺的にはそう映るのだけど、もちろん当時のMilesに完成形が見えてるはずもなかった。なんとなく抽象的なビジョンは持っていたのだろうけど、それをいざ形にすること、本来なら矛盾する行為であるはずの「混沌をパッケージする」というジレンマが、そこかしこで散見される。

 旧来のジャズの話法とはまったく違う、新しい言語の獲得が電化Milesの大きなテーマである。そこに至るにあたって、数え切れない程のセッションやレコーディングを重ね、メンバーを取っ替え引っ替えしている。すべては『On the Corner』のために。
 とは言っても、その『On the Corner』さえ通過点でしかない。無理難題とも思われた混沌のパッケージングへの苦闘はアガパンの境地まで続き、そして突然、自ら強引に幕引きを図ることになる。この時点では知る由もないけど。


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 Michael Henderson (b)とJohn McLaughlin (g)とのつばぜり合いからスタート。終始呪術的なパーカッションで不穏さを演出しているのが、この頃ブラジルから出てきたばかりのAirto Moreira。そんな暴力的なセッションにからむMilesのワウワウ・トランペット。そんな「動」の磁場を引き裂くように「静」なるピアノを奏でるKeith Jarrett。
 ここでは各メンバーが思い思いのプレイを行なっているけど、ジャズの範囲を超えてはいない。そのギリギリのラインでの丁々発止を堪能するのが一興。

2. Little Church
 3分程度の幕間的ナンバー。これはスタジオ録音。『In a Silent Way』のアウトテイク的な幽玄として静謐なるナンバー。まぁ眠くなる効用はある曲。この辺に次のステップへの可能性を感じていたのかどうか。

3. Medley: Gemini/Double Image
 再びニューヨークのスタジオ・セッションより。以前『Jack Johnson』のレビューで書いたけど、ディストーションを効かせたMcLaughlinのプレイは確かにMiles思うところの「ロック的」な響きではあるのだけれど、どこか手習い的な感触が強く、「ロック的」ではあるけれど「ロック」じゃないよな、といつも思ってしまう。
 この頃はまだジャズ・フォーマットのサウンドのため、完全な電化サウンドにアクセントをつけたDave Hollandのアコースティック・ベースがフィットしている。
 セッションとしては冗長だったのか、まるでテープが途切れたかのようにバッサリと終了。それともこれが意図だったのか。

4. What I Say
 このアルバムの中では人気の高いナンバー。かつてここまでファンキーなKeithは聴いたことがない。その後もここまでぶっ飛んだプレイを見せることはなかった。若き天才ドラマーJack DeJohnetteは安定したプレイ。ベーシックなリズムがしっかりしているからこそ、Keithの奔放さが活きている。
 そんなメンバーに触発されたのか、Milesも久しぶりに見せるハイ・ノートを交えた高速プレイ。やればできるじゃん。



5. Nem Um Talvez
 再びニューヨーク・セッション。2.とほぼ変わらぬSteve Grossman (s.sax)とのユニゾン的小曲。ブリッジとしてはいいんだけど、確かにこのサウンドだけでフル・アルバムを作るにはちょっと厳しい。眠くなるには最適なんだけど。

6. Selim
 で、ここでも同じテイストのニューヨーク・セッション。もういいよ、ほんと寝てしまう。

7. Funky Tonk
 ラスト2曲は再び「Cellar Door」セッション。両曲とも20分を優に超えるファンキー・チューンで、一気に眠りから叩き起こされる。
 まるでギターのような音色とフレーズを繰り出すMiles。ここでは珍しく延々と長いソロを吹いている。特筆すべきは、メンバーの変遷が著しい電化Milesの中ではほぼ皆勤賞的な参加率を誇るHendersonのプレイ。手数の多さと独特のフレージングは長いこと屋台骨を支えてきており、ここでも安定の自己主張の強さをアピールしている。
 Gary Bartz(sax)のプレイはどことなく西海岸的でフュージョンの匂いも強いけど、こういった異分子の存在こそが一枚岩となったバンド・サウンドにアクセントを与えている。



8. Inamorata And Narration
 ほとんど7.と区別がつかないくらい、基本構造はほぼ同じナンバー。なのでこれもファンキー成分が濃い。
 なぜか挿入される俳優Conrad Robertsによるナレーション。これがいい感じのインターバル的な役割を果たし、終盤に向けての熱狂をさらに印象付ける。相互作用によってとどまる所を知らぬまま昂るテンション。そして、突然の終幕。
 Teoの技が光るナンバー。


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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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