folder 1989年リリース、Joe Jackson 8枚目のオリジナル・アルバム。10年ちょっとのキャリアの中で、サントラ2枚とライブ・アルバム、オーケストラと共演のインスト・アルバムも製作しており、A&M時代の彼が相当なワーカホリックであったこと、またアイディアが溢れまくっていたことが窺える。何となくの印象だけど、特別趣味もなさそうだし、ヒマさえあればピアノに向かっているようなイメージが強い。気分転換がヘタそうなので、そういった点が後に尾を引くことになるのだけど。
 で、今回はそのデビューから長く所属したA&Mでは最後のアルバムとなっている。ここでひとつの節目をつけて心機一転、新天地ヴァージン・レコードでキャリアの再スタートを図るはずだった。だったのだけど。

 80年代後期のJoe Jacksonと言えば、StingやPeter Gabrielと並び称される、今で言う「意識高い系」のミュージシャン的スタンスにあった。
 正統なクラシック教育というアカデミックなバックボーンがありながら、デビュー・アルバムで披露したシンプルな3コードのロックンロールを起点として、当時はまだキワモノ扱いだったワールド・ミュージックのエッセンスを導入、オンリーワンの無国籍サウンドを確立した。
 ここで重要なのが、当時のポスト・パンクの潮流の真っ只中にあったJoeのスタンス。「ロック以外の何か別のサウンド」と謳いながら、結局は旧来のロックにカテゴライズされるサウンドしか提示できなかった大方のニューウェイヴ・アーティストとは一線を画し、明確に「ロックとは違うサウンド」を志向していたのがJoeであり、またはPoliceだった。既存のロックとは別の地平を切り開くその姿勢は、逆説的にロック的でありパンクのイディオムと同調するのは、ある意味皮肉でもある。「オンリーワンこそがロックである」という証明にもなっている。
 ロックとは別の地平という点において、バンド・スタイルに捉われない方向性も模索していたJoe、キャリアの初期に制作されたサントラ『Mike’s Murder』は習作レベルの出来ではあったけれど、オーケストラと共演した現代音楽アルバム『Will Power』ではある程度の成果を出し(セールスは別)、短いスパンでリリースされたサントラ第2弾『Tucker』では、1940年代という時代設定に合わせた本格派スウィング・ジャズで全編をまとめている。まぁ以前、『Jumpin’ Jive』で同じアプローチで経験済みなので、その辺はお手のものか。とは言っても、何かと制約の多いハリウッド・メジャーの作品からの細かな要請をすべてクリアし、映像ともストーリーともフィットしたサウンドを提供、しかもアーティストとしての作家性も維持しているのだから、この仕事についてはもっと評価されてもいい。

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 それまでは主にポピュラーのフィールドで活動していたJoeだったけど、『Will Power』『Tucker』という、プレイヤーとしてでなくコンポーザーとして携わった一連のプロジェクトを経たことが、ひとつの節目となったと思われる。この時期、Joeはインタビューで「もうポップ・シンガーとしての自分の役割は終わりだ」という発言を繰り返している。従来のシンガー・ソングライターとしての表現手段に限界を感じ、もっと大編成のオーケストラを相手にしたコンポーザーとしての将来性に可能性を見出すのは、自然の流れである。そうなると、これまでのポピュラー・サウンドというのはルーティンでしかない。
 とはいっても現代音楽のフィールドは収益という面においては不安定この上なく、いまだ太っ腹なパトロンや、スポンサーのバックアップがないと成り立たない世界である。特にこの世界でまだ目立った実績のないJoeに対し、支援を申し出る者がいるはずもない。なので、必然的にこれまでのポピュラー・ミュージックとの二足の草鞋といった活動形態となる。
 中堅ポップ・シンガーとして、次のレコーディング契約が継続される程度にセールス実績を上げ、そこで得た活動資金を現代音楽方面へ投資する、というのがJoeの理想とする活動スタイルだったんじゃないかと思われる。アーティストとしてのアイデンティティを失わず、それでいて収支的にバランスの取れた経営計画は、今にして思えば理想論過ぎると思うのだけど、それを本気で考えていたフシがあったのは、それだけJoeのポピュラリティがミュージック・シーンに浸透していた証左でもある。

 『Blaze of Glory』では、これまで彼が培ってきた音楽の集大成として、総決算的なサウンドはもちろんのこと、全体がひとつのストーリー仕立てとして、歌詞においても半自伝的な内容が綴られている。楽曲によっては曲間のないシームレスな繋ぎとなっていたり、ドラマティックな展開のコンセプト・アルバムとなっている。これまでと比べてバラエティに富んだサウンドが展開されており、これまでの集大成といった力の入りようは充分感じ取れる。Joe自身の少年時代からスタートして、青年期を経、そして現代に至るまでの変遷を描いているらしいのだけど、正直訳詞は読んだことがない。
 ていうか俺、Joeの人生にさほど興味はなかったのだった。

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 11歳からバイオリンとピアノを嗜んでいたJoe Jackson。あらゆる楽器をちょっとの努力で習得してしまうマルチな才能はとどまるところを知らず、16歳からパブやバーで演奏、机上の論理に収まらない現場のスキルを得ることになる。
 その後、本格的に楽理と作曲を学ぶため、ロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・ミュージックに奨学生として入学する。音楽以外、これといって趣味のないJoeであるからして、そこで勉学に演奏活動に励み、将来はオーケストラの作曲家になることを目指していたけど、幼少時からアカデミックな教育を受けていた同級生との格差に絶望、クラシックの道は諦め、興味を惹かれつつあったロックの世界に身を投じることになる。
 地元ポーツマスのバーやパブで演奏活動を続けながら大学を卒業、その後もいくつかのバンドを転々としながら実地経験を積み、クラブ専属のピアニスト兼音楽監督としての職を得る。それと並行して、デモテープを作ってはレコード会社に送る地道な作業も続けていた。そのうちのひとつがA&Mの目に留まり、レコード・デビューの道筋をつけることになった。

 -以上が、ほぼwikiから引っ張ってきたデビューまでのあらすじ。順風満帆とまでは行かないけど、それほど大きな起伏もない、ごく普通のミュージシャン・ヒストリーである。デビュー後も、音楽的変遷への言及は多々あるのだけれど、ストーリーにとって重要なファクターである枝葉の部分については、取り立てて大きなエピソードもない。
 「悪徳マネージャーの搾取がひどかった」とか「厳格な両親への反抗が創作意欲の原点である」とか「ホモセクシャルというコンプレックスの反動が、ショー・ビジネスへの憧憬を募らせた」など、何かしらストーリーのフックとなるエピソードでもあればまた違うのだけど、そんなこともなさそうである。
 いやいや邦訳されてないだけで、もっとエグいエピソードのひとつやふたつはあるんじゃないの?といったゲスの勘繰りで、英語版のwikiや例のJoe Jackson Archiveも探してみたのだけど、やはり特筆するほどのことはなさそうである。Joe自身のプライバシー保護が徹底しているのか、もしかしてとても公表できないエピソードもあるのかもしれないけど、とくにそんな感じでもなさそうである。

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 今回レビューするため、初めて訳詩を読んでみたのだけど、正直あまり面白いものではない。よくありがちな青年期の苦悩、また戦後40年を経た社会情勢を皮肉な視点で振り返る、といった生粋の英国人的なテーマを取り上げているのだけれど、どれもステレオタイプな視点なので、独自性があるものでもない。新聞の社説やニュース番組のコメンテーター相手にグチってる、街角インタビューのオヤジと大差ないレベルである。
 これがRay DaviesやPete Townshendだったら、ストーリーの骨組みは同じだとしても、もっと屈折した視点や自身のトラウマをさらけ出したりして、起伏の富んだストーリーをいくらでも量産できるのだろうけど、Joeにそこまでのストーリーテリングを求めるのは酷なのかもしれない。ていうか、そういったイメージの人じゃないし。

 言葉によるストーリー展開よりむしろ、純粋なサウンドの組み立て方・編成の妙で独自性を築き上げてきたのが、Joeの本質である。自我を全開にさらけ出すタイプのシンガー・ソングライターではないのだ。どちらかといえばサウンド・コンセプト重視の人である。
 「シンプルなロックンロールやるぞ」「第三世界のサウンドを取り込むぞ」「時代遅れだけどスウィング・ジャズ・スタイルでアルバム作るぞ」「観客に沈黙を強制して全曲新作でライブ・レコーディングするぞ」「世界中の都市をテーマに曲を作ってアルバムにまとめるぞ」など、何がしかの縛り、大喜利で言うお題的なものがあった方が、この人の場合、クオリティも高くまとまったものができる。A&M時代のアルバムは、ほぼこういったテーマがひとつ設定されていたため、自然とサウンドに統一感が生じ、結果的にアルバム・コンセプトが明確なものとなっている。
 ただ、『Blaze of Glory』ではサウンド・コンセプトよりも、むしろストーリー性の方に重点が置かれ、しかも要のサウンドもひとつのテーマに縛られず、言ってしまえば小品集を組曲的に再構成したような構造となっている。なので、「これまでのアルバムのオイシイところを寄せ集めた」とポジティヴに捉えれば、決して悪いアルバムではない。ないのだけれど、半自伝的なストーリー・コンセプトが主体となっているため、曲単体のポテンシャルが落ちてしまっているのも事実。他のアルバムと比べて、後のライブで再演されるような曲が少ないことが、それを証明してしまっている。
 言ってみれば、『Sgt. Pepper’s』をシャッフルして聴いても魅力が伝わらないように、通して聴かなければイマイチ伝わりづらいアルバムなのだ。でも、ストーリー展開の薄いコンセプト・アルバムって、聴いててもちょっとダルいよね。
 そういった「ストーリー性」やら「個人的感情」やら「メッセージ」やら、ウェットな感性とは無縁のドライなスタンスで、雑多な音楽性を次々と吸収して新たなオンリーワンのサウンドを創り上げてゆくのが、彼の魅力だったのだ。
 書いてみて、ようやく気づいた。
 そうだよ、理屈じゃないんだよ。


Blaze of Glory
Blaze of Glory
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Joe Jackson
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1. Tomorrow's World
 Joeの生まれた1950年代からの視点で描かれた、希望あふれる未来への賛歌。まぁそういった内容は別として、サウンド的にはA&M期の頂点と言ってよいクオリティとなっている。この一曲の中に多くのアイディアが詰め込まれ、ドラマティックな展開が幾度も訪れる。
 この曲を起点として、コンセプト・アルバムに展開していったのだろうけど、あいにくサウンド的なトータリティは継承されず、イデオロギーのみがアルバム・コンセプトとして設定されたため、どれもこの曲ほどの仕上がりには至らなかった。
 それくらいレベルが段違いに素晴らしいナンバー。



2. Me And You (Against The World)
 前曲のVinnie Zummoによるギターのアルペジオからシームレスで続く、ストレートなロック・ナンバー。この曲もアルバムの中では俺的には好みのナンバー。『Big World』で完成の域に達した、「ギターをメインとしないロック・ナンバー」の発展形として、自信に満ちあふれたJoeのヴォーカルが清々しくて圧巻。

3. Down To London
 ちょっとカリビアン・テイストの入った軽快なピアノを弾きながら、『Body & Soul』期の発展形のサウンドがここにある。ほぼデュエットと言っても良いほど前面に出ているJoy Askewのバッキング・ヴォーカルもツボを得ている。
 いやぁ、ここまで3連発、ほんと好きなんだけど。このままの感じで突っ切れば傑作だったのに。ここから俺的に、あんまり聴き返してない世界。

4. Sentimental Thing
 タイトル通り、非常にセンチメンタルなバラード・チューン。ポピュラー系というかロックンロール誕生以前、ほんと40~50年代のポップ・ナンバー的な趣きを感じさせる。この辺の曲にどんな需要があるのか、俺もまだその領域には達してないのでわからないけど、ぶっちゃけてしまえば退屈。まぁアルバム構成的にはこういった箸休め的ナンバーも必要。

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5. Acropolis Now
 ギリシャの政治・軍事的な拠点となった都市アクロポリスをテーマとしたインスト・チューン。Joeお得意の中近東テイストの入った無国籍サウンドと、正統派ロック・スタイルのVinnie Zummoのギター・ソロをミックスさせている。まぁでも、ただそれだけかな。あんまりタイトルとも関係なさそうだし、コンセプト・アルバムの幕間的ナンバー。

6. Blaze Of Glory
 珍しくアコースティック・ギターの弾き語りから始まる、入りはちょっとカントリーっぽいナンバー。これはこれで新境地的なサウンドとなっている。どこか「人間Joe Jackson」的な質感となっているのが、俺的にはちょっと気に食わない。まぁ個人的な感想だけど。

7. Rant And Rave
 ラテン・テイストの強い、『Beat Crazy』期の発展形的サウンド。良質なダンス・チューンとしては最高なのだけど、国家テロを扱った時事放談的な内容が水を差す。まぁ、でも俺的に英語のヒアリング能力はほぼ皆無なので、そんなに気にはならないけど。内容知っちゃうと印象が違ってくる。

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8. Nineteen Forever
 リリース当時からちょっとだけ話題になった、「35歳にはなりたくない、俺は永遠に19歳」と歌った当時34歳のJoe。そう言った気持ちを忘れずにいたい、という気持ちはわかるのだけど、ハゲかけたおっさんが歌うのは、当時からちょっと厳しいものがあった。松本伊代とはスペックが違いすぎるのも、不自然さが漂う要因でもある。

9. The Best I Can Do
 このアルバムの中でも白眉の出来となった傑作バラード。『Night & Day』サウンドの上位互換と呼んでも差し支えない、センチメンタリズムを可能な限り排除しながらも、聴く者の感情に訴えかけるものがある。そうだよ、Joeはやっぱりこうでなきゃ。なのに、こんな地味な曲順になってしまったのが非常に惜しい。せめて前半に入れて欲しかった。



10. Evil Empire
 国家間の冷戦状態を歌った、いわゆるプロテスト・ソングにカテゴライズされるアコースティック・ナンバー。まぁステレオタイプな社会批判なので、そこまで独自の視点があるわけでもない。こういったことも歌ってみたかったのだろう。だろうけど、誰もJoeにそんなのは求めてない。そういうことだ。

11. Discipline
 全編「修練」ともいうべきアブストラクトなナンバー。これまでのパーツを分解して再構築したような、そこかしこにエッセンスは残っているので、アバンギャルドな印象はそこまではない。まぁ10.でも言ったけど、Joeファンからすればあまりニーズのないナンバーである。

12. The Human Touch
 締めは正統なJoe Jacksonとしてのバラード・ナンバー。甘すぎずウェットにならず、それでいてエモーショナルな部分もきちんと残されている、ハードボイルドという言葉が最も似合っている。歌詞はちょっと陰鬱としているのだけど、サウンド的にはこれまでの良質なエッセンスのみを抽出して練り上げられた、今後の可能性も感じ取れる作りとなっている。なってはいたはずだったのだけど。




 その陰鬱とした加減が歌の中だけで納まっているのなら良かったのだけど、次作『Laughter & Lust』のセールス不振によって鬱病が表面化、しばらくポップ・シーンから遠ざかってしまうことになる。それまでほぼ順風満帆でキャリアを重ねてきたJoe Jackson、初めての挫折を味わうことになる。


Steppin Out: The Very Best of
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