1984年リリース、初めての映画主演とサウンドトラックを担当した6枚目のアルバム。これまではライブでのバック・バンド扱いだったRevolutionを、初めてメイン・クレジットに入れているのが、新機軸と言えば新機軸。
もちろんPrinceなので、実際のレコーディングはほぼワンマン、メンバーは細かく指定されたフレーズを指示通りにプレイするだけ、アドリブなんて入れようものなら、その場でクビを宣告されてしまうため、ほとんど道具扱いだったのが実状。だったら全部自分でやればいいじゃねぇかとも思ってしまうけど、その辺はいろいろとめんどくさい人である。
前作『1999』のヒットによってそれなりの知名度は確立していたけど、あくまでR&Bチャートでの盛り上がりであって、総合チャートでの反応はまだ薄く、ごく一部での評価に過ぎなかった。当時のアメリカ国内での彼の印象はと言えば、「体毛が濃いくせにすぐ裸になりたがるキワモノ」、日本で言えばDJ.OZMAのようなイロモノ的扱いだった。なので、音楽性が云々というレベルではなく、見た目の爬虫類的なキモさの方が先行していた。そのキモさは多分、当時隆盛を極めていたRick Jamesとタメを張ってたんじゃないかと思う。
それがここに来て一躍大ヒット、アメリカだけでなく世界中が新しいカリスマの登場に目を見張り、Princeは怒涛の勢いでスターダムにのし上がった。
当時の勢いがどれだけすごかったのかというと、この年の総合チャート1位を獲得したアルバムは5枚のみ。春までは前年の勢いで『Thriller』が独占していたのだけど、5月・6月に首位の座についたのがFootlooseのサントラ、で、次にほんの一瞬だけHuey Lewis がその座に就き、7月いっぱいは『Born in the USA』が独占している。
その後8月に入ってから『Purple Rain』の一人無双が始まるのだけど、これがもう年内いっぱいずーーーっと、『Purple Rain』。他のアーティストの猛攻を許さず、ほんとずっと。年明けに再び『Born in the USA』 に奪還されるのだけど、結果的にこの年のほぼ1/3はPrinceの独壇場となっている。
この年は他にもVan Halen、Jacksons、Bryan Adamsらによる大ヒット・アルバムが目白押しだったのにもかかわらず、それらを抑えての独占状態だったのだから、その勢いは推して知るべし。
これだけ売れてしまったせいもあって、この『Purple Rain』、Princeファンの中ではあまり評判はよろしくない。それまでの先鋭的な密室ファンクと毛色が違って、これまでにないくらい思いっきりロック寄りに舵を切ったサウンド、中毒性を持つワン・コード・ファンクから脱却した、フックとサビの効いたメロディ・ラインは、従来のファンの期待を裏切るものだった。その最たる結果がラストのタイトル曲、これはPrinceのキャリアの中でもダントツにベタなロッカバラードで、特にディープなマニアほど拒否反応が強い。
なので、以前のPrince、そしてその後のPrinceのアルバムと比べると、このアルバムだけ明らかに浮いており、これが好きだというファンは肩身の狭い思いをしている。当時のヒット・チャートの基準でいけば、そのサウンドは「ちょっと場違いだけど新鮮なファンク・テイストのロック」なのだけど、ディスコグラフィーの中では明らかに異彩を放っている。先物買いのソウル/ファンク・マニアから「大衆に魂を売った」と言われても「はいその通りですけど何か?」と返されてしまいそうなほどのサービスぶりである。
要は映画のオファーが来たので、さすがのPrinceも今後の戦略をいろいろ考えたのだろう。これまではローカルでアンダーグラウンドなダンス・ミュージックの範疇であれこれやってたのを、大がかりなビジュアルとのシンクロを図る映画音楽ともなれば、ダンス機能に特化した単調なファンクばかりというわけにもいかない。シチュエーションごとにマッチングしたサウンドが必要になる。
なので、それまでとは打って変わって明快な8ビートを多用し、主にリズム・カッティングに使用していたギターにはディストーションをかけ、産業ロック張りの長尺泣きのソロを弾いた。そのような変化は、従来のソウルファンからはロック・シーンへの過剰な迎合と映っただろうけど、そう単純に決めつけるものでもない。Princeの音楽的なレンジは広いので、「こんなこともやればできるんだぜ」的なアピールの1つであり、その後の変遷を見れば、本質的には変わってないことは明らか。
なぜこの時期にPrince に映画主演のオファーが来たかというと、当時空前の大ヒットによってアメリカのエンタメ界を揺さぶっていたMichael Jacksonへの対抗馬、ていうかもっと大きな括りの「ソニーvs.ワーナー」という世界的コングロマリット・レベルの戦いに巻き込まれた感が強い。
Michaelがシングル”Thriller”において、ロードショー映画1本に匹敵する予算と物量を費やして、前代未聞の30分超長尺PVを製作したことに対抗して、「それならこちらは本格的に劇場公開だ」とワーナーがいきり立ち、白羽の矢が立ったのがPrinceだった。
打倒ソニーを掲げて、ワーナーも大きく予算を投入する手はずとなった。いま思えば、すでに業界内において彼がめんどくさい性格であることは知られていたはずなのに、なぜわざわざオファーしたのか、そしてまた、いろいろめんどくさい条件はつけたのだろうけど、そんな彼がオファーを受けたことも謎である。当時なら、Rick JamesやShicらの方が知名度もあったし、少なくともPrinceよりは懐柔しやすそうな気もするのだけど。まぁ大企業ワーナーだって一枚岩ではないだろうし、社内の派閥でいろいろ駆け引きもあったのだろう。
『1999』くらいまでは、本国アメリカにおいてもソウル・チャートの上位常連的ポジションだったのが、ここに来てセールスがドカンと爆発したのは、まぁPrince自身は素直に認めないだろうけど、やはりワーナーの宣伝力・イメージ操作の影響が大きい。普通に考えて、不特定多数の大衆にアピールする音楽ではないのだ。
ただ、並みのアーティストが『Purple Rain』的アルバムをリリースしても、安易な迎合路線としてコアなファンからはそっぽを向かれてしまうはずである。一時的にセールスは上向くだろうけど、ファンの欲求は尽きることを知らない。彼らが求めるのは『Purple Rain Ⅱ』や『III』、永続的な拡大再生産なのだ。そのスパイラルにはまってしまうと、最早抜け出すのは容易ではない。ひたすら無責任なファンの欲求に応え続け、終いにはネタ切れとなって飽きられてフェード・アウトしてゆくのが関の山だ。
そう考えると、そのスパイラルを易々と回避するため、さっさとこの路線に見切りをつけ、まったく別コンセプトの作品『Around the World in a Day』をリリースしたことは、先見の明があったのかもしれない。
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1. Let's Go Crazy
セカンド・シングルとしてリリース、US1位UK7位。この年はなんと4枚もシングルを切っており、しかもB面は未発表の”Erotic City”。こういったサービス振りは80年代アーティストならよくあったことで、とにかく短いスパンでアイテムをリリース、チャートに常に名前を残すことによって、本丸のアルバム・セールスに貢献させるのが常套手段だった。
基本リズムは往年の軽快なモータウン・ビートなのだけど、そこにPrinceの暗示的なSFチックなモノローグ、ロック的なセンチメンタリズムを想起させるギター・ソロ、ソウル・レビューを思わせるPrince自身のコーラスなど、パーティのオープニングには相応しいビジュアライズなポップ・ナンバー。
ただPrince独自の発明だった密室ファンク要素は皆無。アウトロなんてギターが泣きまくってるし。こういった情緒的な部分が一般ファンの獲得には寄与したけど、うるさ型のR&Bファンには不評だった。普通にカッコいいんだけどね。
2. Take Me with U
で、こちらはシングル・カットの最後、5枚目。さすがにモンスター・セールスのアルバムだったとはいえ、さすがに年明けてのリリースだったため、全米最高25位。でもUKでは7位まで上昇というのは、独特のシャッフル・ビートが英国人のツボにはまったため?どちらにせよ、この辺ではもうPrince自身、次のアルバム・レコーディングで頭がいっぱいで、もう興味も失っていたはず。
この曲もフォーク・ロック的なポップ・ソウルで、ロック・ファンには耳あたりは良かった。歌詞はエロイけどね。
3. The Beautiful Ones
彼としては珍しくオーソドックスなバラード。バッキングもいわゆる”Sexual Healing”以降のR&B的サウンド・フォーマットを使用。メロディも美しく、特にPrinceのエモーショナルを通り越して激情MAXのラストのシャウトが絶品。
こういうのを聴いていると、欧米アーティストのIsley Brothersへのリスペクトの強さが窺える。普通にロマンティックなバラードなので、Mariah Carryが歌いたくなっちゃったのも無理はない。
4. Computer Blue
この時期のキーパーソンであるWendy & Lisaの登場。単調な4つ打ちファンクでありながら、多彩なエフェクト、へヴィ・メタル・ライクなギター・プレイ、2分半からの突然の転調など、聴きどころの多い4分。構成的にはもっとも凝ったナンバー。
5. Darling Nikki
Princeの曲中、最もセクシャリティの強いナンバーとして有名。この曲が入ってたおかげで『Purple Rain』というアルバム自体がParental Advisory(アメリカの18禁指定みたいなもの)指定されてしまったのだけど、話題作りとしては効果的だった。セールスに影響があったのかと言えば、悪い方向にはいかなかったわけだし。
ラストの逆回転ヴォーカルはいつ聴いてもキモイけど、やはり最後まで聴いてしまう。
6. When Doves Cry
先行シングルとしてリリースされ、US1位UK4位という好成績をマーク。原題とまったくニュアンスの違う邦題『ビートに抱かれて』は、なんかよくわからないけど結果的に名ネーミングだったんじゃないかと思われる。
ヘヴィなギター・ソロのオープニングからアフロティックなドラム・パターンに繋がる導入部、敢えてベースを排して無機質なシンセでリズムを奏でることによって、逆にファンクの本質を捉えたバッキングなど、結構ポイントは高い。ヒット曲だからと敬遠せず、きちんと聴いてみれば、そこから放たれる中毒性に気づくはず。
7. I Would Die 4 U
4枚目のシングル・カット。US8位UK58位。イントロのシンセが80年代っぽさを感じるけど、リズムがキレてるため、今の時代に聴いても新鮮。当時流行っていたエレポップとファンクとの奇跡的な融合。大ヒット・ナンバーだけでなく、こういったちょっと目立たない曲でもしっかりクオリティを維持しているのが、当時の彼のすごさ。
8. Baby I'm a Star
シングル2.のB面としてもリリース。疾走感というか勢いイッパツのロック・ナンバー。ほんとにロック・テイストが強いため、もしPrinceがヴォーカルじゃなかったら無難なロックにしか聴こえない。後半のブレイクとシンセ・ソロはすごくファンキーなので、このテイストで全編やってくれたらもっとカッコいいのだけど。でもシンプルな構造のため、ライブでは盛り上がる曲。
9. Purple Rain
最後を飾るのはタイトル・ナンバー。映画本編でも効果的な使われ方をされている、Princeファンじゃなくても知ってる人が多い極上のバラード。本人プレイの延々と続くギター・ソロはモロSantanaにインスパイアされており、彼同様、ギター・ソロは「顔」で弾くものだということを改めて思い知らされる曲。
ここまで明快なセンチメンタリズムを前面に押し出したナンバーは異色だけど、映画のシノプシスに沿って作られたと思えば、何ら不思議はない。
もともとPrince、ミネアポリスでは裕福な部類の環境に育ち、ゆえにストリート的なブラック・コミュニティとの繋がりは薄く、自然と白人ロックに触れることが多かった。なので、このようなベタなロッカバラードを作ったとしても、それはそれで自然の流れ。何がなんでもファンク一辺倒といったわけでもない、幅広い音楽性が証明された一曲である。
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