中期のBeatlesコンポーザーとして名を挙げた名プロデューサーGeoff Emerickを迎えて制作された意欲作『Imperial Bedroom』、その完成度は高く、これまでに得たコアなファンと、理屈っぽくうるさ型の英国評論家らには概ね好評を博したが、Costelloは相変わらずAngry Young Manとして、あちこちに毒を吐いていた。彼が求めていたサクセスとは、そういった種類のモノとは、またちょっと違っていたのだ。
これまでのような内輪受けの成功ではなく、もっとスケールのでかいサクセス・ストーリー、要はアメリカをメインとした全世界マーケットにおいての成功、誰もが耳にしたことのあるくらいポピュラーな、デカいシングル・ヒットだった。
もうどんよりとした低い雲が立ち込めるスモッグ混じりのイギリスの空ではなく、カリフォルニアの突き抜ける青い空を欲していたのだ。
もうどんよりとした低い雲が立ち込めるスモッグ混じりのイギリスの空ではなく、カリフォルニアの突き抜ける青い空を欲していたのだ。
前にも書いたけど、アメリカでのセールス状況が壊滅に悪かったわけではない。皮肉と冷笑が持ち味の英国人気質が漂ってるにもかかわらず、カントリーのカバーでアルバム丸ごと一枚作ってしまうほど、旧き良きアメリカへの憧憬が深いことは、今では良く知られている。
この頃はまだ公にしてなかったけど、Grateful Deadなんかも好んで聴いていたCostello、デビュー当時からアメリカでは比較的ウケは良く、どのアルバムもTOP50くらいにはチャート・インしており、そこそこの知名度はあった。でも、MTV全盛の80年代初頭、第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンの波によって自分より全然後輩であるはずのアーティストらが次々にヒットを飛ばすのを横目で見て、色々とフラストレーションが溜まっていたのだろう。
この頃はまだ公にしてなかったけど、Grateful Deadなんかも好んで聴いていたCostello、デビュー当時からアメリカでは比較的ウケは良く、どのアルバムもTOP50くらいにはチャート・インしており、そこそこの知名度はあった。でも、MTV全盛の80年代初頭、第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンの波によって自分より全然後輩であるはずのアーティストらが次々にヒットを飛ばすのを横目で見て、色々とフラストレーションが溜まっていたのだろう。
-なにがDuran DuranだCulture Clubだ、あんなチャラい手抜きのポップ・ソングで俺より売れやがって。NENA?あいつらドイツ語で歌ってるのに、なんでビルボード1位なんだ、俺なんかずーっと英語で歌ってんのに、なんであいつらの方がMTVでヘビロテなんだよっ―
ほんとにこういったかどうかは不明だけど、イマイチ波に乗り切れてなかった感を持ってたのは、否定できないだろう。キャリア的にもセールス的にも、いつの間にか中堅どころに落ち着いてしまい、爆発的なヒットはもうないだろうけど、シーンから忘れ去られることもない、まぁそこそこのポジションに収まっちゃったな、というのが、当時の音楽シーンにおける彼の立ち位置だったのだけれど、それでもまだこの頃、Costelloは30代、『Imperial Bedroom』で丸くなり過ぎた感もあったのだろう。
円熟というにはまだ早すぎる。
それはCostello本人だけでなく、レコード会社、それに世界中に散らばるファンたちも思っていたんじゃないだろうか。せめて、Kajagoogooくらいには勝ってほしかったよね。
で、あらゆる角度からヒット要素を考察し、80年代当時の「これは売れる!!」という条件を思いつく限りぶち込んでみたのが、このアルバム『Punch The Clock』。
まずは、当時の売れっ子プロデューサーClive Langer & Alan Winstanleyにサウンド・コーディネートを依頼。MadnessやDexys Midnight Runnersをスターダムに乗せたチームなので、Costelloの作風とも親和性は高かった。いくらヒット・メーカーだとはいえ、いわゆる80年代的キラキラ・ポップを作る人たちではないので、この人選は間違ってなかったと思う。
PVも話題性を持たせるため、唯一カットされたシングル”Everyday I Write the Book”では、当時英国民の間で大きな関心を集めていたチャールズ皇太子とダイアナ妃のそっくりさんを起用したロイヤル・コメディ・タッチに仕上げた。もちろん曲調との関連はほとんどないのだけど、メディアへの宣伝効果はバツグンで、MTVでもそこそこのヘビロテとなり、US36位とセールスにもそこそこ貢献した。
前にも書いたけど、もともと音楽性については雑食のため、その時その時によって、方針がコロコロ変わる人である。今回のように、かなりポップな流れになったと思えば、次はルーツ回帰のカントリー・タッチ、原点に返ってガレージ・サウンドになったかと思えば、最近では思いっきりヒッポホップ方面へも進出している。キャリアが長い割に、変なこだわりがない人なのだ。
なのだけれど、あまりにその強烈なパーソナリティ、ソング・ライティング能力のため、結局は何をやってもいつものCostelloになってしまう。いくらイメージ・チェンジを試みたとしても、その特徴ある歌声によって、振り出しに戻ってしまう。Dylanなんかと共通の悩みである。
で、そこそこのセールスや話題性は獲得したものの、あくまで通常営業と同じような売り上げだったのでは、せっかく市場に迎合した意味がない。市場のニーズと傾向と対策を分析したはずだったのに、思ってた以上のリアクションは得られなかった。多分Costelloとしても、ほんの一瞬くらいはポップ・スター的な振る舞いを想像していただろうし、周りには「しょうがねぇなぁ」とボヤきつつも、鏡の前で独り、ポーズの一つでも決めていたのかもしれないし。
従来のCostelloファンから見てこのアルバム、これまでより大きくポップ寄りになったサウンドには違和感が強く、当初はメディアでも賛否両論だったが、後年ライブで取り上げられる曲も多く、80年代サウンドの意匠を外したアレンジによって演奏されたのを聴くと、やはりいつものCostelloである。
Costello自身もリリースしてしばらくは、このアルバムについてはあまり気に入ってなかったらしいが、ここまで時が経過すると、 そんなこだわりも薄れてゆくのだろう。純粋に楽曲のクオリティの高さによって、アルバムの評価も良い方向へ変わりつつある。
Costello自身もリリースしてしばらくは、このアルバムについてはあまり気に入ってなかったらしいが、ここまで時が経過すると、 そんなこだわりも薄れてゆくのだろう。純粋に楽曲のクオリティの高さによって、アルバムの評価も良い方向へ変わりつつある。
ただ当時のCostello、彼はそういったクオリティ的な評価だけでなく、もっと開かれた支持、要は一瞬だけでもポップ・スターになりたかったのである。
Punch The Clock
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Universal Music LLC (2007-05-30)
売り上げランキング: 110,826
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1. Let Them All Talk
このアルバムにおいて大々的にフィーチャーされているTKO Hornsがリードする、ブラス・セクションを前面に押し出したナンバー。アルバム一発目の景気づけとしては最適な選曲だけど、ほんとブラスのリフばかりが頭に残り、しかもソウルっぽさを感じさせないホーンというのは珍しい。
勢い一発、ハデななポップ・ソングとして、アルバム構成的には良いのだろう。後で何も残らない。
ある意味、完璧なポップ・ソングとも言える。
ある意味、完璧なポップ・ソングとも言える。
2. Everyday I Write The Book
前述したように、PVのコミカルさが話題となってチャートで健闘した。Monty Pythonから続く伝統なのか、ほんと、イギリスの映像コンテンツは皮肉と社会風刺と自虐にまみれた作品が多い。
こちらも1.同様、サウンドのカラフルさを狙うため、珍しく女性コーラスを起用。で、いまwikiで調べて初めて知ったのだけれど、後にSoul II Soulに参加して80年代末に” "Keep on Movin'”をヒットさせたCaron Wheelerが参加している。終盤のヴァ―スなど、明らかにCostelloのヴォーカルを喰ってしまっている。
3. The Greatest Thing
通常の8ビートと違う変則リズムが印象的な、こちらもTKO Horns全面参加。昔のアルバム作りとは、大抵A面3曲目くらいまでは、アップテンポのナンバーを続けたものだ。こちらもそれほど残る曲ではないのだが、やはりアルバム全体の彩りとしては、ここに入れて正解だったはず。
4. The Element Within Her
やっと通常営業のAttractionsメインによるナンバーの登場。ミドル・テンポのポップ・ソングでありながら、どこか憂いが感じられるのは、BeatlesっぽいCostelloの多重ヴォーカルの力が大きい。
5. Love Went Mad
こちらも4.とセットと思っちゃってもよい、ミドル・テンポの軽くて聴きやすい、やはりBeatlesテイストの濃いポップ・ソング。
ここまでサウンドの軽さばかり伝えているけど、Costelloの場合、英国人気質に満ちた、皮肉と自虐を交えたダブル・ミーニング多用の歌詞もまた、魅力の一つである。この曲も自虐に満ちて捻じれた恋愛観をテーマとしているのだが、そのにじみ出るドメスティックさが、自国での安定した人気なのだろう。
ただ、同じ英語ながら、そこまでのニュアンスを充分に伝えきれないこと、文化の違いこそが、アメリカでのブレイクの遅れた一因でもあるのだと思う。
6. ShipBuilding
A面ラスト、ここでガラリとサウンドのテイストを変えてくる。この曲のみ、作曲Clive Langer、Costelloは歌詞を担当している。当時、イギリスの政治状況においては最重要課題だったフォークランド紛争、それに伴う造船所に残された家族の悲哀をテーマとしており、当時Costello自身、「今まで書いた中で最高の歌詞」と自画自賛している。悲惨な状況をウェットにならず、シニカルに淡々と描写した詞とメロディ、そしてシンプルなサウンドとが相乗効果として、独自の世界観を構築している。
もとはRobert Wyattへの提供曲をセルフ・カバーした物であり、俺が最初にこの曲を知ったのはCostelloヴァージョンなのだけど、Wyattヴァージョンは一回MTVでチラッと耳にした程度。それ以上深追いしたことはない。それくらい、Costelloのヴァージョンが優れているのだ。
このトラックに参加しているChet Bakerのトランペットの響きについては、もうあらゆる方面で語られているけど、俺的にはこのサウンドの柱である、Steve Nieveのピアノを評価したい。
SteveもCostello同様、この頃はまだ30代、なのに、この表現力の凄みったら。
SteveもCostello同様、この頃はまだ30代、なのに、この表現力の凄みったら。
7. TKO (Boxing Day)
しんみり締めたA面から一転、B面は再びTKO Horns再登場、こちらも女性コーラス、通称Afrodiziakも合流。はっきり言って1.と同じようなサウンド・コンセプトであり、入れ替えても誰も気づかないんじゃないか、とまで思ってしまう。
ところでこの曲はシングル・カットされてないため、PVは存在しないのだけれど、2.の映像はむしろ、こちらの曲の方が合ってるんじゃないか、と昔から思ってる。ダイアナ妃(のそっくりさん)がチャールズ皇太子(のそっくりさん)を16オンス・グローヴでノック・アウトするところなんか、正にピッタリだと思うんだけど。
8. Charm School
『Trust』あたりから、この人はミドル・テンポのナンバーがうまくなっている。それは同時にAttractionsの成長でもあるのだけれど。
シャッフルのリズムを多用するのは、バン・マスであるSteveのアイディアが大きいと思うのだけれど、後にケンカ別れすることになるPete Thomasのベース・ラインも、ルート音中心でありながらも、なかなかに個性的。変に個性的過ぎるから、メンバーと合わなかったのだろうか?
シャッフルのリズムを多用するのは、バン・マスであるSteveのアイディアが大きいと思うのだけれど、後にケンカ別れすることになるPete Thomasのベース・ラインも、ルート音中心でありながらも、なかなかに個性的。変に個性的過ぎるから、メンバーと合わなかったのだろうか?
9. The Invisible Man
10. Mouth Almighty
なんかこの辺になると、同じようなポップ・ソングばかりが続いてて、正直ちょっと飽きる。サウンドのトータリティを重視した音作り、と言えばそれまでだが、B面はプロデューサー主導のサウンド・デザインのため、Attractions好きの俺にとっては食傷気味。いくらマグロが好きでも、中トロ・大トロ・ネギトロと続けば、胸焼けしてしまうのだ。
11. King Of Thieves
そうは言っても、そんな中で存在感を出して検討しているのが、バン・マスSteve。印象に残るプレイが多い。ストリングス導入によって、ドラマティックさをちょっぴり入れたナンバー。
12. Pills And Soap
曲調がガラッと変わって、シリアスさを強調したナンバー。それもそのはず、当時のサッチャー政権をあからさまに批判した、昔で言うプロテスト・ソングであり、アルバム・コンセプトとはかなり乖離した曲である。
今もバンド名に使用している『The Imposter』名義を、ここで初めて使用してシングル・リリース、その政治的な内容にもかかわらず、UK16位と好成績を記録している。そういった経緯があったからこそ、アルバム収録されたのだろうけど、こういった堅苦しい曲が平気でヒット・チャートに並んでしまうことから、当時のイギリスの政治・社会状況の深刻さが窺える。
13. The World And His Wife
またまた一転して、最後は大団円、本編は12.で終わり、これだけオマケ、アンコールのような扱いの、何だか冗談みたいな曲。日本では名邦題『コステロ音頭』として有名な、とにかく楽しくて踊りたくなるナンバー。ほんとリズムは盆踊りそのもの。
しかし、何故かここでのCostello、ヤケクソなのか本気なのか、アルバム中、最も気合の入ったヴォーカルが聴ける曲でもある。
ライブでやったら、少なくとも日本だったら絶対盛り上がりそうだけど、本人的にも冗談みたいな感じだったのだろう。海外のwikiによると、この曲がライブで演奏されたのは、これまでで2回のみ、しかもアルバム・リリース直後であり、ここ30年くらいは演奏されていないようである。
再評価は難しいかもしれないけれど、俺的にはぜひライブで聴いてみたい曲の一つである。
思ったより売れなかったことに対して、それでもCostelloは諦めなかったのか、それとも契約の関係でもう一枚作らなければならなかったのか。
Costelloとしても、そんな一度くらいのアクションで大売れするとは思っていなかっただろうし、レコード会社的にも、取り敢えずはそこそこのアベレージはクリアしていたので、次は同じ路線の定着を図ることは、商売としては当然の結論だった。
「もっと80年代ポップ成分を強めなくっちゃ」ということで出来上がったのが、次作『Goodbye Cruel World』である。
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