folder 1972年リリース、長いこと拗れにこじれたモータウンの呪縛から解き放たれ、自他ともに成人として認められたStevie Wonder、やりたい放題3部作のスタートを切ったソロ15作目。
 俺が物心ついた頃には、すでにソウル/ファンクの名盤として位置づけられていたので、さぞかし売れまくったのだろうと思っていたのだけど、実際のチャート・アクションはUS3位UK16位。UKとカナダではゴールド認定されているけど、本国アメリカではそこまでのセールスを挙げていない。もちろんレジェンド級のアルバムのなので、これまでの累計で量るとプラチナ何枚分のセールスになってはいるのだろうけど、瞬間最大風速的にはそこそこの成績で収まっている。モータウンだけに限らず、当時のソウル系アーティストのウェイトがシングルに重きを置いていた証でもある。この辺から徐々に変わってくんだけどね。

 Diana RossがSupremesを卒業したあたりから、モータウンのクリーンナップも世代交代、60年代前半までの「豊かなアメリカ」を象徴した、キラキラしたポップ・ソウルのマーケットは縮小してゆく。
 この時期のモータウンの筆頭といえばDianaだったけど、Berry Gordieがやたらとハリウッドに入れ込んでいたせいもあって、すっかりLiza Minnelliになりきっていた。Marvin Gayeは『What’s Going On』の大ヒットのおかげで我が道を行くみたいになってるし、Four Topsは相変わらずの男臭さ満載だったけど、レーベル全体を引っ張るほどのカリスマ性はなかった。由緒正しきモータウンのレーベル・カラーを遵守しているのはJackson 5くらいで、それもこの頃にはメンバーの成長も相まって方向性が微妙にずれつつあった。

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 なので、1972年モータウンの最大勢力は正統派ではなく、60年代後半から勃興したサイケ/ロックのテイストを保守派ソウルに持ち込んだプロデューサーNorman Whitfield一連の仕業だった。エフェクトをバリバリ効かせたギターの音色に始まり、ラジオ・オンエアを無視した10分超の大曲志向、これまでポップ・ソングでは取り上げられなかった反戦や貧困、人種差別をテーマとした歌詞など、従来モータウンのセオリーからはことごとく外れたファクターを積極的に取り込み、時代性も相まって収益の柱となってしまう。
 もともとモータウン本流のアーティストだったTemptationsもEdwin Starrも、好き放題にトラックをいじりまくったNormanに感化されて、この時期はメッセージ性の強い楽曲を歌っている。子飼い的存在だったUndisputed Truthには特にNormanも入れ込んでおり、ほぼメンバー的な立場で好き放題やっている。ていうかNormanのワンマン・バンドだもんな、末期は。

 そんなお家事情だったので、Stevieもまた好き放題やれる環境が整っていた。経営陣はDianaを最上のエンターテイナーとしての売り出しに奔走していたし、ブランド・イメージはまだ辛うじてJackson 5一派が守っていた。社内的な不満は頻出しているけど、Normanは稼ぎ頭としての一角を担っていた。若い跳ねっ返りの居場所を確保することも、企業としては時に必要な場合だってあるのだ。それが反旗を翻さない限りは。

 とにかく歌って稼げてたらそれでオッケー的なデビュー当時ならともかく、次第に青年としての自我が芽生えてきて、押し付けのポップ・ソウルばかりじゃ物足りなくなってきたStevie。世間じゃロックだサイケだ反戦だラブ&ピースだと言ってるのに、享楽的で無内容のモータウン・ソングは、彼にとっては時代錯誤のように思えてきた。とは言っても当時のStevieは大抵がスマッシュ・ヒット止まり、他のモータウン・レジェンドのような大ヒットには恵まれていなかったため、未成年ということもあって発言権は微々たるものだった。ただささやかな抵抗として、DylanやBeatlesを我流にアレンジしてカバーして、ちょっとは話題になった。なったのだけど、それらは結局、他人の言葉、他人の旋律だった。自分の言葉、自分のメロディで表現したい、という欲求は日々募っていった。

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 後見人の呪縛から外れてからが、アーティストStevie Wonderとして真のスタートとなる。それまでの彼が演じていた「陽気なポップ・ソウルを歌う無邪気なティーンエイジャー」から一転、時代に即したシリアスなメッセージを内包した辛口のサウンドが、彼のトレードマークとなった。モータウン・スタジオのハウス・バンドであるFunk Brothersらの手を借りず、シンセ・オペレーターRobert MargouleffとMalcolm Cecilとスタジオに篭って何百曲にも相当するマテリアルを量産、その中から厳選されたのが、70年代一連の作品群である。
 従来のモータウン・サウンドが時代の趨勢に押し潰される中、Stevieの転身はある意味、当然の流れだったのだろうけど、これまでのStevieファンにとってはすぐには受け入れられなかったんじゃないかと思われる。実際、アメリカでのチャート・アクションはシングルほどの勢いではなかったし。この時点でもまだ、Stevieはシングル中心のアーティストとしてしか認知されていなかったのだ。それが覆されるにはもう少し、『Innervisions』『Fulfillingness' First Finale』『Songs in the Key of Life』と畳みかける名作のリリース攻勢を待たねばならない。

 長い長いキャリアの中において、この70年代初期の一連のアルバムを一気呵成に制作した頃がStevieのいわゆるピーク・ハイの時期にあたり、今もライブ・レパートリーに入ってる楽曲も多い。ここ2,3年は『Key of Life』全曲再現ライブなんてのも断続的に開催してるし、本人的にも思い入れは強いのだろうし、ファンのニーズも高い。
 その後のStevieは、憑きものが落ちたかのようにコンテンポラリーな方向性に転じ、音楽シーンを引っ張ってゆく牽引力は薄れたけど、巧妙に組み立てられたサウンドの奥に潜むメロディとコードは、年を経るごとに磨きがかかっている。
 ちょっと口ずさんでみたらわかるけど、歌いづらいよどれも。転調に次ぐ転調はジャズの素養から由来するものだけど、メロディを追ってゆくだけで至難の業。だからといって、ピッチさえ合わせてしまえばオッケーというものでもなく、ここにStevie特有の跳ねるリズムが加わって、さらに再現不能。
 親しみ深いメロディとキャラクターの陰には、難攻不落の関門が待ち受けているのだ。

Stevie Wonder late60s

 ソウル/ファンクというジャンルにロックのテイストを持ち込み、それが一般的な人気を得るスタイルを確立したのは、俺が知る限りではSly Stoneが最初だったと思う。他にもいるかもしれないけど、ヒットして大衆性を得た、という意味合いで。フラワー・ムーヴメントの聖地LAに育ったSlyにとって、多様な人種との交流も作用して多ジャンルの音楽的要素を取り入れてオリジナリティを形成してゆく、というプロセスはごく自然なものだったと思われる。実際、その中のロック的要素を導入した初期のヒット曲は、ボーダーレスで間口の広いサウンドに仕上がっている。
 ただ、人種混在のグループFamily Stoneは、後に様々な歴史的セッションに携わることになるLarry Graham、Andy Newmarkという名プレイヤーを排出したのだけど、基本的な音楽的バンド的コンセプトにおいてはSly の独裁制に左右されており、ロックのテイストというのも構成パーツのひとつに過ぎなかった、というのが正直なところ。
 フラワー・ムーヴメントに湧いた60年代末という時節柄、ロック的イディオムの意匠を借りて独自のファンキー・リズムを乗せ、人種の壁を越えたハッピーなサウンド、という方向性は間違ってなかったと思う。ただ、その音楽性は刹那的なものであり、時代が変われば飽きられてしまう。彼の本質はそこじゃなかったのだ。

 『Stand!』で一躍時代の寵児となったSlyだったけど、そのピークの最中にすべての予定をキャンセル、初期Family Stoneも解体してスタジオに引き篭ることになる。時節柄、ドラッグ癖が悪化しただの、人種混合のユニットゆえブラック・パンサーに目をつけられて逃亡しただの、様々な説が流布しているけど、まぁどれも当たってはいると思う。
 ただひとつ付け加えると、キャリアを重ねるにつれ、自身の黒人としてのアイデンティティに目覚めたことが、ロックのエッセンスを捨てて根源的なリズムの追及、密室ファンクのマイルストーン『暴動』を産むに至った、ということになる。

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 もともと黒人ブルースからの発展形として成熟していったロックは、他ジャンルのエッセンスの導入については門戸が広く、ファンキー・リズムの導入も早くから行われていた。そういった試みがうまくハマって広く知られるようになったのが、David Bowieの『Young Americans』あたりじゃないかと思われる。もしかしたらもっと早くから誰かやってたかもしれないけど、その辺はスルーで。
 で、逆に黒人サイドがロックを取り入れる、といった試みは案外少ない。これも俺の私見だけど、70年代では目立った動きは見当たらない。当時のソウル/ファンク・シーンはほぼディスコ一色だったので、P-Funk一派以外はほぼ8ビートなんかには見向きもしていなかった。80年代に入ってからFishboneがデビュー、ミクスチャー・ロックの時代が到来したけど、排出されるのはRage Against the MachineやRed Hot Chili Peppersなど白人側のリアクションばかり、黒人側はほぼヒップホップ方面へ流れてしまった。
 ソウル/ファンク・アーティストがロックをプレイするというのは、割合的には少数派と言える。ディスコ・ブームもひと段落し、ロックのサウンドを取り入れる試みが始まったかと思えば、先鋭的なアーティストはヒップホップに走ってしまう。
 すでに耐用年数に不安が生じていたロックには、見向きもしなかったわけで。

 本来なら、ロックだソウルだ、とジャンル分けしてしまうのは乱暴極まりないことであるのだけれど、まぁある程度の目安があった方が、ビギナーには探しやすい。細分化し過ぎるのも逆に混乱を招いてしまうけど、だからと言ってピコ太郎と高橋竹山とを同じ「音楽」というくくりに入れてしまうのは、もっと乱暴になってしまう。
 で、Stevie。彼の場合、もともとソウルだファンクだというより、すでにStevie Wonderとしての独自の音楽性を確立してしまっているため、エッセンスのアクが多少強くとも揺るぎはしない。逆に取り込まれた方に影響を与えてしまうくらいである。

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 そういうわけで話は「Superstition」なのだけど、もともとプレゼントされたはずのJeff Beckヴァージョンと聴き比べてみれば、その相互の影響力の強さがわかる。Stevie同様、Beckだってギターにおいては異端の天才とされている。アクの強さは天下一品で、どんな楽曲も自分の変態ギター・プレイでねじ伏せてしまう。
 これもよく言われていることだけど、Jeffの特徴として、あんまり器用な方ではないことは知られている。必ず制作にあたるパートナー、それはバンド・メンバーや共作者、プロデューサーでもいいけど、誰かしら第三者がいた方が高クオリティで仕上がる率が高い。誰かが全体を俯瞰しつつ、その下で感情の赴くまま、好き勝手にプレイした結果が、彼の傑作アルバム群となっているのだ。
 この曲でのJeffのプレイは、ちょっと趣が違っている。もちろん、当時最高のリズム・セクションTim BogertとCarmine Appiceを従えてのトリオ編成はロック界最強とされており、どの曲も最高のハード・ロックとして完成されている。いるのだけれど、諸事情で結果的に後出しとなってしまった「Superstition」だけはオリジナリティが薄く、Stevieヴァージョンをなぞっただけのような仕上がりで落ち着いてしまっている。
 Beckとしては彼から渡されたデモ・テープを聴いて、あれこれ試してみたものの、結局はこのアレンジに落ち着いてしまったと考えられる。それくらい独自解釈の余地がなく、普通にプレイするだけでも難しい曲なのだ。通常営業のJeffなら考えづらい仕上がりである。「クセのない天才」と俺が勝手に呼んでいるPaul McCartney の楽曲なんかではJeff、ここでは通常営業で独自の解釈で弾きまくっている。なので、Stevieとの相性が悪かったと考えられる。諸事情って言っても金がらみなのか、何かともめたらしいし。

 なので、ジャンルは違うけどStevieの楽曲をモダンにアレンジメントしたincognito は侮れないんだな、という結論


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1. You Are the Sunshine of My Life
 US1位UK7位を記録した、アルバムから2枚目のシングルカット。古くはLiza MinelliやFrank Sinatra、日本でも平井堅がカバーしてるので、誰でも一回くらいは何らかの形で耳にしたことはあるソウル・スタンダード。
 最初聴いた時は、いつものStevieのヴォーカルとは全然違う声質のシンガーが歌っていたので、イコライザーか何かでいじったのかと思ってたけど、Jim Gilstrap、Lani Grovesというシンガーが歌っていたことを知ったのは、ずっと後のこと。アルバムのリード・ナンバーで、しかも出だしから別シンガーに歌わせるというのは聞いたことがない。何をしたかったんだろうか。
 Jimは当時、Stevieのバック・コーラスを担当しており、ボスの薦めで裏方が表舞台に押し出された形だが、そのせいかどこか所在なさげ、居心地悪そう。



2. Maybe Your Baby
 Stevieお得意のミディアム・テンポのファンクだけど、これまでよりねちっこさが上回ってる印象を持っていたのだけど、パーソナルを調べてみると、ギターを弾いてるのが若き日のRay Parker Jr.。コーラスを含め、その他のバック・トラックはすべてStevieによるもの。この2人だけのパフォーマンスで組み立てられた楽曲だけど、セッション臭が強い。密室ファンクのような自己完結性が薄いのだ。
 この後、RayはCommodores風味のディスコ・バンドRaydioを結成、数曲の全米ヒットを送り出した後にソロ活動へ移行、80年代からはすっかり「Ghostbusters」の人となってしまう。あまりに色が付きすぎてしまって活動は低迷、つい最近まで「あの人は今」的な扱いとなっていた。一発屋じゃないはずなのに、大ヒット曲のおかげでそれまでの栄光が霞んでしまった、考えてみればかわいそうな人である。

3. You and I (We Can Conquer the World) 
 ほぼStevie自身によるソロ・ピアノだけをバックに紡がれる、『Key of Life』以降に頻出する極上バラード。これだけアクの強い楽曲の中では特徴が薄く、実際影も薄い。3曲目じゃないでしょ、この曲だったら。A面でもB面でも、もっと後ろに持って行くべき楽曲である。
 オーソドックスなバラードに聴こえるけど、もはや自由律と呼んでも差し支えない、小技の効いた転調の嵐。やはりあなどれない。

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4. Tuesday Heartbreak
 ほぼギターのような響きのクラヴィネットを操りながら、オフ気味のヴォーカルを聴かせるStevie、これもお得意のミディアム・ファンク。ゲストはDavid Sanborn (sax)と、コーラスにDeniece Williams。この辺からDenieceはStevieのお気に入りとして、たびたびアルバムにもライブにも参加している。この時期はStevie、前妻Syreeta Wrightと袂を分かっており、その辺の事情もあってDenieceがフィーチャーされ始めた、という見方もできる。ゲスい視点だよな、これって。
 当時は新進気鋭のスタジオ・ミュージシャンとして幅を利かせていたDavidのプレイは、この頃から特定できちゃうくらいに記名性が高い。1曲だけじゃなく、もっと聴いてみたくなるセッション。

5. You've Got It Bad Girl
 で、そのSyreetaの妹Yvonneとの共作がA面ラスト。てっきり姉の七光りかと思っていたのだけど、Discogsで調べてみると、Stevieだけじゃなく、Quincy JonesやArt Garfunkelなど、結構な大物とも仕事をしていた。あなどれないな。
 終始マイナーで押し通したスロー・バラードは、従来のバラードとはテイストが違っている。ジャズ7:ソウル3といった配合の、ハイブリット・ファンク。クセになる曲だ。

6. Superstition
 US1位UK11位を記録した、言わずと知れたStevieの代表曲。本文であらかた書いてしまったけど、単体では軽い響きのムーグの低音が、ここではボトムをしっかり支え、P-Funk一派にも引けを取らない極上ファンクに仕上がっている。
 Jeff Beckがリリースしなかったから、先に自分でやっちゃった、という逸話は有名だけど、ここまでやられちゃうと、後出しジャンケンの立場はとってもきつい。やりすぎだよ、Stevie。



7. Big Brother
 6.のアウトロに被さるように始まる、再びStevie完全単独演奏によるミディアム・バラード。タイトルから連想してしまうのはGeorge Orwellの小説『1984年』だけど、あながち間違ってはいないみたい。それぞれ解釈は違えど、政治家を糾弾するようなメッセージ・ソングであり、当時のニュー・ソウルの勢いが窺い知れる。

8. Blame It on the Sun
 こちらは元妻Syreetaとの共作とされているストレートなバラード。これまでとは趣が違って、ヴォーカルに憂いがあり、もの悲しげな様相が漂っている。ちょっとウェット感が強いかな。Stevieはパーソナルなテーマを歌うより、むしろ壮大な事象を扱う方が合っている。珍しいアーティストだよな、それって。

9. Lookin' for Another Pure Love
 で、このアルバムでJeff Beckが参加しているのは、実はこの曲だけである。6.には参加していない。もしかしてアウトテイクがあるのかもしれないけど、Stevieの流出音源は案外少なく、ガードが固いことで有名である。それだけスタッフの結束が固いのか、それとも監視が強いのか。多分両方だろう。
 ここでのJeffのプレイは歌メロをなぞるようなストレートなプレイ。頻繁にオブリガードを入れてはいるけど、特筆するほどではない。
 あるかどうかは不明だけど、やっぱり聴いてみたいよな、「Superstition」をセッションする2人の攻防。

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10. I Believe (When I Fall in Love It Will Be Forever)
 ラストは再びYvonneとの共作によるバラード。スロー・テンポではあるけれど、これまでのバラードのような甘さはなく、むしろドライな仕上がり。次作『Innervisions』に入れてもおかしくない、ややジャジーな香りのする楽曲。これも完全単独演奏でまとめられており、彼の意気込みが伝わってくる。



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