3年ほど前、松浦雅也のサウンドクラウドにて、PSY・Sの前身ユニット「プレイテックス」のデモ音源が公開され、往年のファンの間ではちょっと話題になった。今はもう公開終了してしまったけど、YouTube で検索すれば、一部はまだ聴くことができる。
それまでヴォーカルの入った音楽をほとんど手がけていなかった松浦が、何やかやの成り行きでチャカと出会ってユニット結成、当然、発売を前提とした音源ではないので、音質的にはブート並み、決して聴きやすいレベルではないのだけど、容易に手を抜けない松浦の気質が昔からだったことは窺い知れる。
FM大阪の番組企画をきっかけとして、即席ユニット「プレイテックス」は結成された。いわゆる企画モノである。当時、チャカはジャズ・ファンク・バンド「アフリカ」のヴォーカルとして、松浦もソロで各方面に渡るスタジオワークを請け負っていた頃であり、いわば余技で始めたものである。お互い、付き合いやらしがらみやらで、断りづらかったんだろうな。
主にライブシーンを主体に活動していたチャカと、理系シンセおたくの松浦では、接点より相違点の方が多そうで、よくこんなコラボ思いついたよな、と当時の担当ディレクターの慧眼ぶりを讃えてしまいそうだけど、いや違うよな、たまたま思いついてくっつけただけだろうな、きっと。
まぁ男女関係の秘訣として、「好きなモノより、嫌いなモノの共通項が多い方が長く続く」っていうものだし、案外相性は良かったのかもしれない。ユニット結成から解消に至るまで、プライベートでの接点はほとんどなかった2人だったけど、スタジオの中では「これはイヤ」「あれはダサい」という点で一致することが多かったのだろう。
整然としたシーケンスとエフェクトをベースに、ピークレベルぎりぎりまでボリュームを上げたドラムは、クレバーなリズムを刻む。坂本龍一「サウンド・ストリート」のデモテープ特集の応募作品的なサウンドと言えば通じるだろうか。わかんねぇか。
チャカのヴォーカルはあまり変化はないけれど、それでもアップテンポのナンバーではライブ仕様のファンクネスが顔を出し、サウンドとの解離が時に見られる。それを抑制しようと極端に無表情な声色になったり。
どちらも相手に合わせようとして、それでいながらミュージシャン・エゴの痕跡は残そうとしている。要するにビシッと噛み合うことが少ないのだ。
発表から30年以上経ってから聴いてみると、これはこれで悪くない。Soul II Soulのグラウンド・ビート的な楽曲もあるし、ドラムサウンドさえアップデートすれば今でもチープ・テクノとして通用しそうだけど、早すぎたサウンド・コンセプトである。あの時代のミュージック・シーン、80年代ソニーのラインナップからすれば、この音はかなり浮いている。CBSじゃ受け入れてくれないよな。
もしかして、エピックなら受け入れてくれたかもしれないけど。
ライブの現場で鍛えられたチャカのアクティヴなヴォーカライズと、バックトラックの大半をシンセで賄うメソッドというのは、何も松浦が発明したわけではなく、YazooやEurythmicsなど、UKポップデュオでは広く用いられた方法論である。ほぼシンセ1台あればサウンド的に成立してしまうので、小回りが利く最小限のユニットとして、作業効率も良ければコスパも良い。バンド的なカタルシスさえ求めなければ、良いことづくめではある。
ただ、ダンサブルな要素を後退させたヘッド・ミュージック的なテクノポップは、ダンスフロアとの親和性も薄ければ、当時の日本において最もポピュラーだった歌謡曲~ニューミュージックともリンクしづらい。あまりにドライでシステマティックなプレイテックスのコンセプトは、日本では馴染みにくいものだった。
90年代に入ってからのFavorites BlueやJungle Smileに見受けられるように、日本における男女2人ユニットとは、「線の細いシンセおたくのトラックメイカーと、歌はまぁそこそこだけどジャケット映えするモデル上がりの女性シンガー」というのがセオリーとなっている。
松浦はそのセオリー通りとしても、やたら歌はうまいけどセクシャリティのかけらもない、見た目も声質も中性的なヴォーカルのチャカは、どう見たって合致しない。後年になってから、同じ属性を持つEGO-WRAPPIN'のようなユニットも出てきたけど、前者2組も含めて大ブレイクしたとはとても言いづらい。やっぱル・クプルのように、男女間のLove>Like的なムードを醸し出さないと、日本ではブレイクしづらいのだろうか。
単発企画で終わったはずのプレイテックスは、思わぬ好評からインディーズでアルバム発売、これまた業界内では好評につき、あれよあれよとメジャー・デビューが決定してしまう。それでも2人とも、この時点では松浦もチャカもPSY・Sは単発モノ、メインの音楽活動あってのサイド・プロジェクトという心持ちだった。サウンドの性質上、永続的なユニットとしては見ていなかったようである。
当時から、バックトラックやアレンジを取り仕切るのは主に松浦で、チャカは歌入れのみ、と役割分担ははっきりしていた。後期になってからは、チャカの意向も反映されるようになってきたけど、解散するまで基本的な位置関係は変わらなかった。
適材適所の役割分担がしっかりできていたこと、そしてチャカがあまりアーティスト・エゴを強く主張しなかったことが、ユニットが10年続いた要因であり、また後期のパワーバランスの乱れこそが、巡り巡ってのユニット解消に至る。
で、『Different View』。デビューするにあたって、当時、新人プロデュースで定評があったムーンライダーズ岡田徹を招聘、若干の軌道修正を図ることになる。
購買ターゲットを明快にするため、ある意味付け焼き刃だったファンク・ビートを大幅に薄め、松浦の特性であるメロディ・タイプの楽曲を主体としたテクノポップを、全体のトーンとした。ただ、これだけじゃインパクトに欠けるので、日本での個人所有はまだ少なかった「フェアライトCMIを操る天才クリエイター」を謳い文句として、プロモーションの柱とした。
サンプリング・レートが8ビット、最大周波数が30.2kHzと、今から見ればファミコン程度のマシンをひとつの売りとしていたのだから、まぁ何と牧歌的な時代だったのやら。
ただ、そんな低スペック・マシンをポップ・ミュージックのフィールドで展開していたのは、日本ではまだ松浦くらいしかいなかったし、そこから繰り出されるサウンドを上回るほどのメロディ・センスがあったことも、また事実である。
クラシックの模倣か、シーケンス・リズム主体の無味乾燥なサウンドにまみれた、実質プリセット音に頼りきりの「名ばかりシンセ・プレイヤー」の中で、松浦の才能は一歩も二歩も抜きん出ていた。
初顔合わせということもあって、プレイテックス時代はチャカに歩み寄ったサウンド・メイキングだった松浦も、PSY・Sになってからはコンセプトも一新、主導権を完全に握っている。
テクノポップを第一義とするため、ファンクネスなビートやグルーヴ感は一掃された。出力的には貧弱なフェアライトCMIをサウンドの軸とするため、もともとナチュラルにコンプがかったチャカのヴォーカルは、さらにピークレベルが落とされた。あくまでバックトラックが主体、ヴォーカルもまたサウンド・パーツの一部である、という考えに基づくものである。調和したアンサンブルに重きを置く理系男子の松浦の判断として、全体バランスを考慮するためには、ヴォーカルはサウンドに埋没させなければならなかった。
本来ならメインであるべきはずのヴォーカルをサウンドと同列化させるのだから、歌詞はプレイテックス同様、雰囲気英語でよかったはずなのだけど、歌謡曲と同じ棚に並ぶメジャー・デビューともなると、それもちょっと問題である。ソニー的にも良い顔しないだろうし、岡田徹的にもちょっとまずい。
「取り敢えず外部発注して辻褄合わせましたよ」的な歌詞は、どことなくフラフラして曖昧な表現が多い。そりゃそうだ、言葉で訴えたいことなんてもともとないし、請け負った方だって、どんなコンセプトのユニットだか見当つかないんだから。
大事なことはひとつ。取り敢えず、サウンドの一部としてチャカが歌っていればよい。下手な主張やストーリー性を持たせると、緻密なアンサンブルにはむしろ邪魔なので、それだったらいっそ徹底的に無意味な方がいい。
ちょっと極論になってしまったけど、もともとサウンドで勝負するタイプだった松浦ゆえ、言葉というものをどう取り扱ってよいのかわからなかった面がある。松浦的には、チャカが歌いやすい言葉なら、歌詞なんて何でもよかったし、ずっと英語ばかり歌っていたチャカにしても、慣れない日本語の節回しについてくのが精いっぱいだったと思われる。
その後はチャカも松浦も、言葉やストーリー性に関心を抱くようになるのだけど、それは2枚目以降の話。ここでのPSYSはまだ、実験的テクノポップ・ユニットのひとつでしかない。『Collection』での他アーティストのコラボ交流によって、2人の視野は広がることになる。
長くなりそうなので、一旦、ここでおしまい。
PSY・Sについて、今回はもう少し書いたので、続きはまた次回。
Different View
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1. Teenage
アルバムと同時発売されたデビュー・シングル。デジタル臭の強いスネアが印象に残る、ていうかほぼそれを中心に構成されたナンバー。一分の狂いもないシーケンスに合わせて、どうにか無味無臭であろうとするチャカの葛藤が窺い知れる。これを人力でやろうとすると、もっとユルいパワー・ポップになってしまい、ウェットさばかり目立ってしまう。再現不可能のハイパー高速スネア連打は、中途半端な田舎の高校生の度肝を抜いたことでも有名(?)
2. From The Planet With Love
全曲英語詞のため、プレイテックス的な感触が最も残っている、クールなテクノ・ファンク。熱くならないヴォーカルと冷静沈着なバックトラックという路線は、和製Annie Lenoxとして、結構面白い展開だったと思うのだけど。中盤のラップ・パートはその後のPSY・Sでは見られないものので、貴重なトラックでもある。
3. I・E・S・P(アイ・エスパー)
そんなファンクネスを活かすのではなく、チャカのもうひとつの特性、チャイルディッシュな声質をマルチ・ヴォーカルによって空間的に演出、浮遊感あふれるサウンドに仕上げている。松浦のディレクションによるものなのか、ヴォーカルの響きの陰影は薄い。あくまでサウンドが主であって、感情を出すのを嫌ったのだろう。
4. Big Kitchen
50年代アメリカのコメディドラマのリメイクと言ったら信じてしまいそうな、チープな音色のエレピとエフェクトで構成された小品。途中、ダブっぽいブリッジがあるのがちょっと新しい。
5. 景色
ハルメンズ解散後・パール兄弟結成前のサエキケンゾウ作詞によるポップ・チューン。後に『Two Hearts』でもリメイクされているくらいなので、ファンの間でも当初から人気が高かった。松浦のメロディ・センスの良い面がうまく強調されており、チャカも比較的抑揚をつけて歌っており、抒情派テクノ・ポップとしてのひとつの完成形。
6. 星空のハートエイク
リズム・パターンが目まぐるしく変わり、歌いずらそうな曲だけど、難なくこなしてしまうチャカのキャパの広さが印象的。シャッフル気味なスネアの音は当時先進的だったのだけど、いま聴くとちょっとうるさいな。後にリメイクしたのも納得できる。
7. Paper Love
これもチャカのもうひとつの側面である、スウィング・ジャズと歌謡曲とのハイブリット的なポップ・ナンバー。キーもちょっと高めなので、今のアイドルかアニソン歌手あたりがうまくリメイクしてくれれば、再評価につながりそう。
8. Desert
オリエンタルなエフェクトや、ラクダの歩みに合わせたリズムなど、タイトル通り、砂漠を連想させるナンバー。親しみやすく異国情緒あふれるメロディが心地よい。
9. 私は流行、あなたは世間
唯一、本名の安則まみ名義でチャカが書き下ろした、スケール感の大きいバラード。平易な言葉をフラットなヴォーカルで、リズムはやたら凝ってるけど、歌を邪魔するほどではない。
くり返し くり返し 重ねた言葉
いつまでも いつまでも 確かめてみる
書き記すと他愛もない、メロディだってそれほど起伏もない。無愛想な曲なのにでも、こんなに愛おしく、多くのファンの心に残るのはなぜなのか。
最後のピアノ・ソロのコーダが「Layla」っぽいとは昔から思ってたけど、そんな些末もチャラにしてしまう、得体のしれない「うたの力」が込められている。
ある意味、これを世に出した時点で、初期PSY・Sの役目は終わっていた、と言ってもいい。それくらい強い求心力を持つ楽曲である。
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