好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

スティーヴィー・ワンダー

「心の愛」だけじゃないんだよ - Stevie Wonder 『Woman in Red』

folder 1984年リリース、Stevieにとって5年振り、『The Secret Life of Plants』に続く、2枚目のサウンドトラック。前作が学術的ドキュメンタリーという特殊性から、一般公開されなかったため、市場としても微妙な反応だったことから、本格的なサウンドトラックとしては、こっちの方が馴染みやすいと思われる。2枚組だった前作と比べて、こちらはシングル・アルバムですっきりしてるし。
 もっと言っちゃえば、80年代Stevieの新たなスタンダードとなった「心の愛」が入ってるアルバムである。一番のウリがそれ。ていうかこれくらいしか話題がない。そんななので、リアルタイムで聴いていたはずの俺でさえ、このアルバムはスルーしていた。当時のStevieは、この曲のおかげで「愛と平和の人」というイメージが定着しており、ロキノン信者だった俺にとって、最も遠い存在だった。いま思えば、とんでもない誤解だったけど。バカバカ十代の俺のバカッ。

 というわけで、まともに見たこともなければ、内容すら興味のなかった映画である。正直、今だって積極的に観ようと思わないし。
 あまりに知らなさ過ぎで書き進めるのもアレなので、一応、wikiで調べてみると、

 『ウーマン・イン・レッド』(原題:The Woman in Red)は、 1984年制作のアメリカ合衆国の ロマンティック・コメディ映画。ジーン・ワイルダー監督・主演。

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 「80年代のロマンティック・コメディ」という時点で、もう見る気は失せる。しかも監督が、名前だけは聞いたことがあるジーン・ワイルダー。代表作は知らない。メル・ブルックスとタッグ組んでたんだな。それなら一回くらい見てるかもしれない。『俺たちに明日はない』に出てたんだな。へぇ、知らなかった。-その程度の印象である。
 さらに内容を調べてみると、

 -サンフランシスコ市の職員で超真面目なテディはある朝、出勤途中に見かけた赤いドレスの美女に心を奪われてしまう。テディはその美女シャーロットに近づくべく、あの手この手でアプローチを試みるが、思わぬアクシデントでことごとく失敗に終わる。それでも、親友バディの協力で何とかシャーロットへのアプローチに成功し、天にも昇る気持ちのテディであったが…。

 きっちりした映画文法で書かれた往年のドタバタコメディ。多分、プロットもしっかりしてて評論家筋には絶賛されるんだろうけど、一般ウケはしそうにないことが伝わってくる。多分、レビュー書いた人も思い入れ薄いんだろうな。少なくとも、この映画の熱烈なファンってあんまりいなさそうだし。

 さらに言えばこのアルバム、ジャケットにデカデカとStevie プロデュースと謳われているけど、メインで歌ってるのは半分だけ、もう半分は友人Dionne Warwickがヴォーカルを取っている。まぁ全曲彼の作詞作曲なので、看板に偽りはないのだけれど、やっぱり何かダマされた気がしても不思議ではない。「心の愛」でファンになったビギナーの「これじゃない」感が沸き起こること必至である。
 Dionneで俺が連想するのが、Burt Bacharach作による「I Say a Little Prayer」を歌った人、またWhitney Houstonの従姉妹(叔母という説もアリ)。それくらいである。とは言っても俺、「小さな願い」はAretha Franklinヴァージョンの方が好きなんだけど。まぁそれは別件。

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 もともと映画の主題歌を制作するにあたり、ジーン・ワイルダーは旧知の中であったDionneをシンガーとして指名、快諾したDionneは、知名度もあって何かと頼みやすいStevieに制作を依頼する。考えてみれば、視機能にハンデのある彼に映像作品がらみのオファーをするのも変な話だけど、まぁ大御所Dionneの頼みだからと快く引き受ける。ちょうど入手したばかりのシンクラヴィアの慣らし運転的に、何曲かチャチャッと作って送ってみたところ、これが制作サイドにも好評、なし崩しに「どうせなら全部使っちゃってもいい?」という流れになってしまった、という次第。すっげぇアバウトだけど、だいたいこんな感じになる。
 いわば成り行きでできあがっちゃったアルバムだし、映画もそこまでヒットしなかったので、ディスコグラフィ的にも微妙なポジションになっているけれど、当時の最先端機材だったシンクラヴィアのスペックモニターとして、結構変な音を使った実験的な要素も含まれているし、こちらも当時の主流だった打ち込みブラコン・サウンドのフォーマットを結構なぞっているため、時に強すぎてしまうキャラクターのアクも抑えられている。
 ちょっと閉じたサウンドに傾いてしまった『Secret Life』の反省を踏まえてなのか、アーティスト・エゴを前面に出さず、オーソドックスな80年代サウンドの意匠に染めたことが、アルバム・セールスの成功の要因となった。当時は『Top Gun』や『Footloose』を始め、ポップ・ナンバーを散りばめたオムニバス形式のサントラ盤がバカ売れしていた時代である。まぁたまたまだったんだろうけど。

 80年代に入った時点で、すでにレジェンド枠に入っていたStevieなので、その交友範囲は音楽関係だけに収まるものではない。世界中のエンタメ業界全般に、誰かしら友人知人はいるだろうし、また直接は知らなくても、緩やかなつながりはそこら中にある。ちょうどこの辺から国連関係のオファーも受けるようになっているので、下手な一国の首脳よりも知名度は高い。すでに我々の及びもつかない、隠然たる力だってもっているかもしれない。なんか陰謀論みたいになってきたな。
 そんなポジションだからして、常に世界中からオファーが絶えることがない。Stevieに届く前に却下されているプロジェクトも数知れずなんだろうけど、そんなフィルターをかいくぐって手元にきた案件だって、全部が全部、引き受けられるわけではない。
 一般的なStevieのイメージ、よく使われる宣材写真がちょうどこの時期、「心の愛」のジャケットのショットである。今に続く「愛と平和の人」という形容はここから始まったのだけど、実際のStevieはもっと狡猾でロジカルな人間である。じゃないと、音楽出版社から弁護士から会計士から個人事務所やらを水面下でキッチリ揃え、二十歳になったと同時にモータウンからの独立と未払い印税の請求、リリース契約の優位な改定を突きつける芸当はできないわけだし。SMAP独立組よりずっと先に、そんなことをやっていたわけで。
 そんなシニカルな部分も併せ持ったStevieなので、ちょっとやそっとの付き合いやしがらみで彼を動かすことは不可能である。でも日本の缶コーヒーのCMに書き下ろし楽曲で出演しちゃったりなど、その基準は不明である。

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 ただこの時期は、『Hotter Than July』リリース後、オリジナルのアルバム制作からちょっと距離を置いていた頃である。ベストアルバム『Musiquarium』向けに4曲書き下ろした程度で、あとはもっぱら課外活動、他アーティストの客演や楽曲提供に勤しんでいる。なので、自身のリリースはなくても、この時期の話題には事欠かない。
 有名どころで言えばPaul McCartneyやChaka Khan、Manhattan Transferなど、ジャンルも多岐に渡る。モータウン25周年セレモニーなど華やかな表舞台もあれば、晩年のDizzy Gillespieでひっそりハーモニカを吹いていたり、よくわからない基準である。興味とタイミングがうまくかみ合えば、何かと引き受けていたのだろう。スタジオワークばっかりじゃ、さすがに煮詰まっちゃうしね。

 ちょうどこの時期、長らく経営不振が囁かれていたモータウンが、シャレにならないレベルで企業価値を下落させていた。モータウン25周年セレモニーは大盛況だったけど、そこに出演したMarvin GayeもDiana RossもMichael Jacksonも、すでにモータウンを去っており、前を向いて支えてゆく立場ではなかった。過去の財産を食い潰すことでしか延命できなかったモータウンは弱体化していった。DeBargeやLionel Richieらが懸命に再興に奮起していたけど、過去の放漫経営による負の遺産を清算するまでには至らなかった。
 そんな中、全盛時を知るアーティストとして唯一、モータウンを去らずに留まっていたStevieだったけれど、まぁ何かと思うところもあったんじゃないかと思われる。「心の愛」の大ヒットはモータウンにとっても刺激になったのだろうけど、それでもStevieはアルバム制作にはなかなか着手しなかった。
 1988年、どうにか持ちこたえていたモータウンも、結局は大手MCAに売却される形になるのだけど、創業者社長Berry Gordyが売却条件のひとつに掲げていたのが、「Stevieの同意を得ること」。Gordyにとって、そしてStevieにとってもモータウンという場所が特別のものだったことを象徴するエピソードである。

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 それとは別に音楽的な話。Malcolm Cecil & Robert Margouleffと組んだ3部作をスタートとして、シンセ/デジタル機材の進化と連動するように、Stevieのサウンド・デザインも変化してゆく。当初は打ち込みトラックをベースとした生演奏(バンドor自演)をミックスする手法だったのが、フェアライト/シンクラヴィアの登場によってほぼ独りでの作業が可能となり、次第に打ち込み率が増えてゆく。
 シンセの登場以前から、もともとマルチ・プレイヤーだったStevie、マルチトラック・レコーディングによってほぼ独りで演奏したインスト作『Alfie』をリリースしているくらいである。ファンク・ブラザーズを始めとしたバンド・セッションによるレコーディングは楽しいだろうけど、自分のビジョンを十全に理解してプレイしてもらうには、どうしても限界がある。ただでさえ突拍子もないコード進行も多いし、一般的な楽理からははずれているので、どれだけ優秀なミュージシャンでも難易度は高いのだ。なので、独りで操作できるインターフェイスは、Stevieにとっては願ったりだった
 楽器メーカーもまた、Stevie Wonderというアーティストによるモニター使用は、絶好のサンプルだった。多様かつ高度な音楽性・高音質の追求だけではなく、Stevieが使いやすいインターフェイスを追求することは、それ即ち一般向けグローバル・デザインの構築でもあった。当初はタンス状の発信機的な役割でしかなかったシーケンサーが、鍵盤をつけリボン・コントローラーをくっつけサンプラーを足すことによって、Stevieライクなデザインへ進化していった。弱電の知識がないと扱いづらかったデジタル機材は、そんな使い勝手の改善によって、ビギナーにとっても敷居が低くなった。もしStevieがいなかったら、今ほど普及してなかったかもしれないし、サウンドだってここまで進歩していなかったかもしれない。
 独りの天才が、その後のサウンドの歴史を変えた、といったら大げさかもしれないけど、いや大げさじゃないな。

 あまりにも大衆的に広がり過ぎた「心の愛」のインパクトが強いのと、しかもB級映画のサントラ、本人は半分しか歌っていないため、地味な扱いの作品ではあるけれど、逆にそんなポジションだから、オリジナル・アルバムほど気合いの入っていない請け負い仕事だからこそ、Stevie本来の実験性が反映された作品だよな、と思ったのが、つい最近。ちゃんと聴いてみないと、わからないことはいっぱいある。
 DX7やジュピター8の可能性を限界まで引き出したデジタル・ファンクは、その後の80年代ダンス・カルチャーの礎となる会心の出来になっている。Dionneのヴォーカルを引き立たせる、ブラコン的な甘めの楽曲もあるけど、これもStevie特有の変幻自在なコード・ワークによって、引っかかりの残る仕上がりになっている。映像とのマッチングも考慮したのか、ストーリー進行やセリフをジャマしないMIDI機材の響きは、コメディ映画というシチュエーションにも違和感なく溶け込んでいる。てか見てないけど、多分そう。
 逆に言っちゃえば、その音の軽さに物足りなさを感じてしまうのも事実。70年代のアナログシンセと比べて、サウンドのバリエーションは飛躍的に増えたけど、使用電力の違いから生じる音の太さ、アナログ特有のボトムの強さはカットされてしまっている。その辺が、80年代のStevieが軽んじられている一因でもある。
 ただ、ここでの機材の使い倒し、マシン・スペックの実験を繰り返したことによって、アナログでは出せないデジタルの質感、そこら辺をうまく表現した『In Square Circle』『Characters』という全盛期を迎えることになるのだけど、その伏線として考えれば、このアルバムもはずすことはできない。



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1. The Woman in Red
 軽いシンセ・パッドとシンクラヴィア・メインのオール打ち込みで構成された、案外アクの強いデジタル・ファンク。限定された条件でマシンのスペックを最大限に引き出し、無機的に感じさせないところは、さすが昔からのシンセ・マスターとしての見せどころ。転調しまくるサビがメロディにメリハリをつけていることも、平板に見せないテクニックのひとつ。まぁやってることは昔から変わんないんだけどね。なので、変に肉感的なコーラスだけ妙に浮いており、そこだけダサい。

2. It's You
 サントラという名目なので、こういったベタなバラードも時に必要になる。まぁ印象としては、まんま「Endless Love」。まぁデュエットなので、ここはDionneの引き立て役といったところ。間奏のハープがStevieっぽいけど、まぁちょっとだけ。飛びぬけた仕上がりではないけれど、「Endless Love」的なムードを求めるのなら、普通に良曲。

3. It's More Than You
 同じくハープをフィーチャーしたインスト。サウンドトラックだもん、こういったのも必要。作曲はBen Bridgesという人で、これ以外、特に作品を残しているわけではなさそう。プレイしているのはStevieなので、グロッケンのメロディなんかで存在感を現わしている。かわいそうだよな、Ben。

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4. I Just Called to Say I Love You
 各国のシングル・チャート1位を総なめにした、Stevieだけじゃなく、80年代ロック/ポップスを代表するモンスター・ソング。すごく知られている曲なので、大して言うことはないけど、ブレッド&バターがカバーしてたよな、と思い出したので調べてみると、実は逆だった。
 以前から親交があったらしく、久々に活動再開する彼らを祝して楽曲提供したのが、この曲だった。ユーミン作詞・細野さんアレンジで完パケしたのだけど、発売寸前のところで思わぬ事態が起こる。「映画のサントラに収録したいので、発売はキャンセルしてほしい」と、Stevie側から申し出が入る。それがこの『Woman in Red』だった。思わぬ大ヒットによって権利関係がややこしくなり、Stevie提供曲じゃなくてStevieオリジナルのカバーという体裁なら発売してもいいよ、という許諾が下りたことで発売にこぎつけたのが、「特別な気持ちで」。当時は中学生だったから知らなかったけど、こんな内情だったとは。

5. Love Light in Flight
 4.のインパクトの強さですっかり目立たないけど、この曲もシングルカットされていた。US最高17位まで上がっているので、売れなかったわけではない。打ち込み主体のスロウ・ファンクはあか抜けた仕上がりで、1.でダサダサだったコーラスも厚みがあり、うまくサウンドに馴染んでいる。サビだっていつものStevie節だし。当時は陰にかくれちゃってたけど、その後のサウンド・メイキングの伏線としては秀逸の仕上がり。いま聴いてもカッコいいもの。



6. Moments Aren't Moments
 Dionneによるソロ。同じ路線ならDiana Rossの方がもうちょっと色気がある。まぁ世代的にあんまりピンと来ないのかな。ソウルというよりポピュラー・シンガーという印象の方が、俺的には強いし。

7. Weakness
 「Endless Love」的なバラード・デュエット再び。時代的に男女デュエットといえば、こういったソフト・タッチのブラコン・バラードが定番だった時代の話である。アーバン・ミュージックとして需要高かったんだよ、こういうのが。
 時代が変わって「ダサい」とう烙印を押されて、さらに時計がひと回りしてAORが再評価される無限ループ。骨格はしっかりしてるから、また何十年か後にはピックアップされたりして。

8. Don't Drive Drunk
 ラストはちょっと軽めのポップ・ソウル。『Hotter Than July』のアウトテイクっぽい仕上がり。リズムだけで作られたような楽曲で、Stevie特有のフックのメロディが薄い。まるで「リズム・マシーンを流しっぱなしにして適当に歌ってみました」的な。Stevieほどのアーティストなので、この程度の曲ならいくらでも作れるだろうし、まぁアウトテイクの中でもマシな方なんだろうけど、でもオフィシャルで発表するほどのレベルじゃない。これなら「心の愛」の方がよほどしっかり練り上げられている。






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「愛と平和の人」だけじゃないんだよ - Stevie Wonder 『In Square Circle』

folder 1985年リリース、Stevie Wonder 20枚目のオリジナル・アルバム。
 成年になるまで抑圧されていた才能が一気に炸裂した70年代の名作群と比べ、80年代のStevieのアルバムは、長い間まともに評価されずにいた。既存のソウル・ミュージックを一新させたニュー・ソウル・ムーヴメントを牽引しつつ、一時グラミーを独占するほどの大衆性も獲得した70年代に対し、80年代の彼の音楽はミドル・オブ・ザ・ロードに方向転換したかのように映る。ただ彼にしてみれば、その時代を反映する鏡の役割として、自身から湧き出てくる衝動を素直に具象化しているだけで、単に「日和った」という一部の評価は正しくない。
 青年期の抑圧された衝動が、結果的に実験的な作風として昇華されたのが70年代だとすれば、そういった重たい澱を出し切って、攻撃的な姿勢を弱めた円熟期に入ったのが、80年代以降と言える。

 チャート・アクションとしては、US・UKとも最高5位ということで、モータウン創成期からの大物として、アベレージはクリアしている。第1弾シングルだった「Part-time Lover」大ヒットの印象が強いおかげもあって、70年代と比べると「売れ線狙い」という先入観が強く、ソウル史の中でも長いこと軽視されていた。ただ近年では、CMに起用された名バラード「Overjoyed」の流麗なメロディラインが、多くの人々の琴線に響き、再評価が高まりつつある。80年代特有であるダイナミック・レンジの狭いMIDIサウンドを抜きにすると、特にバラード系のクオリテイは70年代をも凌駕すると言ってよい。
 この前作のサントラ『Woman in Red』収録曲「心の愛(I Just Called to Say I Love You)」がバカ売れしてしまったおかげで、すっかり「愛と平和の人」的なイメージが定着してしまったStevie。いつもだったら原題を先に書いてるのだけど、ここ日本ではすっかり、この意味不明の邦題が定着してしまっているので、敢えて先に記述してみた。このイメージが強いよな、やっぱ。冷静になってみると、何だかフワッとしてよくわかんないタイトルである。

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 そういった事情もあって、特にここ日本においては聖人君子的なイメージが付いてしまっている。それが根っからのものなのか気まぐれなのかは不明だけど、この人は時々博愛主義的なメッセージを前面に出し、それに伴うように曲調もポピュラー・スタンダード的な様相を呈することがある。
 俺も未だちゃんと聴いたことがない、ある意味Stevieの問題作『Journey through the Secret Life of Plants』収録の「愛の園」がその極端な例で、怖いもの聴きたさで西城秀樹の日本語カバーに手を出すと、そのこそばゆさが垣間見えてくる。
 とは言っても、これらはあくまでほんと極端な例で、Stevie特有の予測不能なコード進行やメロディ・ライン、他の曲では従来通り自由奔放に炸裂している。むしろ彼のディスコグラフィの中で、「心の愛」と「愛の園」だけが極端にラブ&ピースなだけであり、そこだけで判断すると、Stevieの実像は見えにくくなる。
 なので、このアルバムではそこまで人類皆兄弟的な思想は見られない。相変わらず従来仕様のStevie Wonderがここにある。ていうか、以前よりサウンドがオーソドックスになった分、よく聴くと本人以外ではとても歌いこなせないレベルの楽曲に仕上げられている。80年代のトレンドだった、フェアライトCMIのキラめいたアレンジの奥では、相変わらず奔放な狂気が顔を覗かせている。

 -瞳の見えない強いミラーのサングラスをかけ、後ろで引っつめたドレッド・ヘアを振り乱しながら、思いのまま自由にキーボードを叩く。循環コードに収まらないメロディを奏でながら、テンションが高まるにつれて、ハミング、いや唸り声も最高潮に達し、コール&レスポンスを観客に求める。
 80年代のStevieのビジュアル面の主な特徴としては、こんな感じ。多少頭髪も後退して、体格もどっしりして動きは緩慢になったけど、今も大体このイメージで変化はない。多分、今後も不変のスタイルなんだろうな。
 このスタイルが定着するきっかけとなったのが、あのUSA for Africaでのパフォーマンス。80年代を過ごした者なら誰でも記憶にあるはずだけど、あの贅沢な豪華メンツの中でも群を抜いた存在感だった。あくの強いキャラクター揃いの中、Stevieのヴォーカルは特に力強く、それでいて熱い説得力を持った名演だった。で、その余韻冷めやらぬうちに発表された「Part-time Lover」のPVによって、それは決定的になった。
 そのインパクトの強さは、普段洋楽に興味がない層にも強くアピールした。Stevieのモノマネといったら、今でもこの時期のイメージをモチーフにしているケースが多い。

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 80年代に入ってからのStevieは、自ら望むものだったのかどうかはともかくとして、結果的に「愛と平和の人」的なイメージが強くなったこと、またUSA for Africaでのドヤ顔的パフォーマンスを機として、社会活動・慈善運動への参画も積極的になる。ユニセフやら国連界隈でのパフォーマンスが多くなるのもこの頃である。
 何かと音楽以外で忙しくなったせいもあるのか、オリジナルとしてはこのアルバム、前作『Hotter Than July』からなんと5年ぶりという、結構長めのインターバルになっている。とは言ってもStevie、この間に遊んでいたわけではなく、ていうかかなりのワーカホリックぶりを発揮している。
 Paul McCartneyとのデュエット・シングル「Ebony and Ivory」や、70年代の作品を中心にまとめたベスト・アルバム『Original Musiquarium』をリリース、前述の『Woman in Red』など、沈黙どころか働き過ぎ。方々からオファーを受けて気軽に引き受けた挙句、本業にまで手が回らなかった、というのがこの時期の印象である。
 これはStevieに限った話ではないけど、多忙を極めてるおかげもあって、オリジナル・アルバムのリリース・スパンは次第に長くなり、今のところ、2005年の『Time to Love』がレイテスト・アルバムになっている。それでも空いてる印象が薄いのは、マイペースではあるけれどライブを続けていること、また若い世代とのコラボにも積極的だし、CM出演など露出が途切れないおかげもある。年末のAppleのCMなんて感動モノだったしね。

 で、これもStevieに限った話ではないのだけれど、今の時代、「アルバムを作る」という行為は、いろんな意味で難しい面もある。特に彼クラスになると、それなりに期待も大きいので下手なレベルのものは作れないし、それはStevie自身が誰よりもよくわかっているはず。
 いるのだけど、70~80年代のように、潤沢な予算と膨大なレコーディング時間を使って、有名セッション・ミュージシャンをとっかえひっかえ起用するという作業は、遠い昔のものになりつつある。レーベルは予算を渋るし、スタジオ代だって高騰の一途である。第一、DTM主流の21世紀において、生演奏で生計を立てるミュージシャンが少なくなった。傍目から見ると、コスパの悪い作業の積み重ねが、旧来のレコーディングという行為に映ってしまう。
 「アルバム1枚を通して聴く」という行為自体が時代遅れになりつつある現在、そのアルバムの存在価値が問われている。今の状況では、時間をかけた書き下ろし主体の作品集より、シングルの寄せ集め的なオムニバスの方が、効率は良い。「アルバム全体でひとつの作品」という押しつけより、「気分に合わせて好きな曲順・好きな曲だけ選んで聴く」というフレキシブルな形態が、音楽業界全体のセオリーとなっている。

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 そんな状況をStevie、彼はどう思っているのか―。
 今の時代、彼がオリジナル・アルバムを制作することは、あまりにリスクが高い。セールス的な問題ではない。あくまでクオリティの問題だ。
 「売れない」ということはないと思う。アメリカのエンタメ界ではVIP的扱いのStevieゆえ、それなりに売れることは予想できる。何しろ10年ぶりの大物の新譜だからゆえ、業界を挙げての大盛り上がりになるだろう。世界中を巻き込んだ大々的なプロモーション展開は、かなりの注目を集める。セールス的には保証されたようなものだし、時期が良ければグラミーのひとつにでも引っかかるかもしれない。
 でも、ただそれだけだ。
 70年代の作品群のようなクオリティになるのかといえば、それはちょっと難しい。そんなことはStevie自身、よくわかっているはずだから、わざわざ火中の栗を拾うような所作はしない。なので、内容的には中道路線、この『In Square Circle』のように、一見万人向けの作品になる。
 それを潔くない、と断定するのは簡単だ。しかし、今のStevieに過去の作品のクオリティを求めるのは、あまりに酷だ。ていうか彼自身、そんな方向性を求めちゃいないだろうし。

 遡れば60年代末期からニュー・テクノロジーへの抵抗もなく、随時最新機材のサウンドを導入して世間を驚かせていたStevie。このアルバムでも、当時のトレンド機材をふんだんに盛り込んだサウンド作りを展開している。
 従来までのStevieは基本、プレイヤー視点からの音作りを中心としていた。『Hotter Than July』以前にもシンセ機材は使っていたけど、基本は人力プレイが多くを占め、そこから編み出される独特のリズム感覚、自由すぎるメロディ・センスは記名性の強いものだった。細かなピッチのずれから生じるグルーヴ感こそが、アーティストのオリジナリティと謳われる時代だった。
 このアルバムから顕著になる最大の変化が、1曲目から炸裂するシーケンス・リズムの多用。ミリセコンド・レベルで調整されたジャストなリズムによって、肉体的なグルーヴ感は確かに減衰した。シンプルな響きのリズム・ボックスと比べて音の隙間がなくなった分、そこにアーティスト自身が付け加えるグルーヴ要素の余地はなくなった。これが80年代MIDIサウンドの功罪のひとつである。
 なので、使い方によってはどれも同じ曲に聴こえてしまいがちだけど、そこはさすがキャラの強いStevie、打ち込みサウンドであろうがなんだろうが、そんなのは意に介さずいつも通り、独自のStevie的世界観を披露している。逆に、基本のリズム面を潔くマシンに委ね、その浮いたリソースをメロディやヴォーカライズに集中させることによって、これまでとは次元の違う、新たな解釈のグルーヴ感を形成している。
 どれも変わり映えのしない、工業製品のように画一化された80年代のポップ・サウンドの中、彼の創り出すサウンドは異彩を放っている。


In Square Circle
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1. Part-Time Lover
 先行シングルとしてリリースされた、80年代Stevieの代名詞とも称されるポップ・ナンバー。モータウン・サウンドの基本リズムを土台から創り上げたのだけど、スタジオ・ミュージシャンという役回り上、あまり注目されぬまま1983年に亡くなった名ベーシストJames Jamersonへ敬意を表す、特有のランニング・ベースは今も古びずに聴くことができる。
 ほぼドラムとシンクラヴィアで構成されたシンプルなバッキングは、Stevie単独によるもの。これだけだと寂しいと思ったのか、バック・ヴォーカル陣にLuther VandrossやPhilip Baileyらが参加している。とは言っても、サビでタイトルをコーラスする程度で、特別彼らならではのコンビネーションといった体ではない。まぁ映画で言えばカメオ出演といったところ。なぜかそのコーラス陣に、元妻Syreeta Wrightも参加しているのは意味不明。別れた女房と仕事したいか?普通。
 ちなみにUSを始めとする5か国でチャート1位を獲得、UKでも3位、日本でも16位という好結果となっている。TDKカセットのCMに本人出演したのが、大きく作用している。



2. I Love You Too Much
 こちらもほぼStevie独りによるマルチ・レコーディング作品。モータウンのフォーマットから、さらにソウルの演奏パターンにも捉われない、極上のシンセ・ポップ。かっちり構築したシーケンス・サウンドの中で、次はどの音なのか、予想がつかないメロディ・ラインを奏でるStevie。ちゃんと聴くとありえないくらいマニアックなのだけど、きちんと商品としてポップにまとめてしまえるのは、やはり才能の為せる技なんだろうな。

3. Whereabouts
 『Fulfillingness' First Finale』くらいから顕著になってきた、なんというか抽象的で壮大なムードを醸し出したバラード・ナンバー。要するに「Creapin’」のことなんだけど。悪い意味ではない。時おり垣間見せるジャジーなコード進行で不安定なメロディになりそうなところを、ギリギリのところで調和の取れた楽曲に仕上げてしまうのは、やはり持って生まれた特性ならでは。
 この曲もほぼStevieの独演会なのだけど、バック・ヴォーカルにお気に入りDeniece Williamsを引き込んだりして、ちゃんと話題性も用意している。しているのだけど、邦題『未来へのノスタルジア』はもうちょっとひねっても良かったんじゃないかと思う。



4. Stranger on the Shore of Love
 5枚目のシングル・カット。さすがにアルバム・リリースから1年以上経っているだけあって、チャートインしたのはUK55位のみ。ていうか、何で今さら感が強い。
 ソウル・テイストが薄くポップ感が強いバラードは、Paul McCartneyとのコラボの影響があったんじゃないかと思われる。口ずさみやすくて普通にいい曲だし。
 でも、邦題は『愛の浜辺で』。まぁロマンティックを喚起させる曲調だけどね。

5. Never in Your Sun
 70年代のアウトテイク的な様相の、このアルバムの中ではファンク要素が少し多めのナンバー。シーケンスも控えめでStevieのキャラクターが強く出ている。惜しいのは、全体的にサウンドがオフ気味。バックもヴォーカルも少し控えめで、後ろに引っ込んでる印象。もうちょっとミックスなんとかならなかったの?と突っ込みたくなってしまう。
 まぁしゃあないか、レコードで言えばA面ラストだし。

6. Spiritual Walkers
 前曲に続き、再びファンキーなイントロによるポップ・チューン。個々のパートの音が引き立っており、少なくとも5.よりはキャッチーで掴みが良い。
 当時としてもそろそろ時代遅れになっていたヤマハCS-80というシンセをいじり倒し使い込んでできたのがこの曲だけど、逆に言えばこのサウンドを活かしたいがため作られた曲という印象も強い。俺はレトロ・シンセについてはほとんど知らないけど、この音を使いたくて作ってみました、というのが本音のところだろう。

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7. Land of La La
 4枚目のシングルとしてリリース。US最高86位は妥当なところ。個人的に、このアルバムの中ではほぼ惹かれるところのない曲である。シンセの音色といいリズムといい、80年代に流行したオムニバス形式のサウンドトラックを連想してしまうのは、俺だけではないはず。
 Kenny Logginsあたりが歌えば、もうちょっとサマになったかもしれないけど、そういったのをStevieに求める人はあまり少ないと思われる。なんだろう、こういうのも流行りだから、一回くらいやってみたかったのかな?

8. Go Home 
 2枚目のシングルとして、US10位UK67位にチャートイン。これもStevieにしてはごく普通のポップ・ソング的な展開なので、それほど面白くはない。確かにリズムは立ち上がりの強いエレクトロ・ファンクだけど、正直リズムだけの曲。ていうかStevie、前半で息切れしすぎ。

9. Overjoyed 
 発表当時はファンの間での名曲だったのが、近年ではCMやMary J. Bligeらのカバーによって広く知れ渡り、不滅のスタンダードとして再評価された。もともとは本文でもサラッと紹介した問題作『Journey Through the Secret Life of Plants』レコーディング時のアウトテイクで、ほぼ10年寝かせてやっと日の目を見た次第。Stevieの場合、こういった曲はいくらでもある。
 もともと環境映画のサントラというコンセプトで制作されていたため、鳥のさえずりや波の音、森の中を歩いてるような雰囲気が残されており、それが壮大な自然のリズムを演出している。
 2枚目のシングルとしてリリースされた当時、US24位UK17位という及第点的なセールスだったけど、数字にあらわれた記録以上に、世界中の多くの人々の記憶に残ってるナンバーだと思われる。少なくとも、俺はこの曲が大好きだ。



10. It's Wrong (Apartheid)
 Stevieのアルバムの最後は大体パターンが決まっており、大団円的なアッパー系ソウル・ナンバーが多い。特にゴスペル要素とシーケンスとの融合はかなり先駆的だったんじゃないかと思うのだけど、それについて触れた記事は見たことがない。
 タイトルから想起される通り、当時の南アフリカ共和国のアパルトヘイトを痛烈に批判した、いわゆるプロテスト・ソングであるため、理念ばかりが先行して紹介されることが多く、肝心のサウンドについてはあまり評価されていない。南アフリカの公用語であるコサ語でのコーラス、それを包み込むミニマルなアフロ・ビートは、今の耳で聴いてもクール。
 全然ジャンルは違うけど、この数年前にリリースされた甲斐バンド「破れたハートを売り物に」の進化形がこのサウンドだと思うのだけど、まぁStevieは甲斐バンド知らないよね。




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1973年のモータウン事情 その2 - Stevie Wonder 『Fulfillingness' First Finale』

folder 1974年にリリースされた、通称3部作のラストを飾ったアルバム。これまで短いペースで立て続けに「濃い目」のアルバムをリリースしているにもかかわらず、さらにこの後、大作『Songs in the Key of Life』が控えているのだから、ほんと「音楽の神」が降りてきてどっしり居座った状態である。これだけ短期間にハイ・ペースかつハイ・クオリティの作品を連発しているのだから、何か怪しげなドラッグでもやってたんじゃないかと勘繰ってしまうものけど、Stevieに限ってはそんな話聞いたことがない。そんなモノに頼らなくても脳内ドーパミンが出っぱなし、いつもニコニコしている印象である。
 リリース前年にあたる1973年、前作『Innervisions』をリリースして間もなく、従兄弟の車に同乗していたStevieは事故に遭い、結構シャレにならない状態で生死を彷徨うことになる。もともと欠損していた視力に加え、一時的ではあるけれど味覚と嗅覚を失い、そのせいもあったのか、心境的に転機が訪れることになる。
 革新的なサウンド作りに躍起になっていた前作までと比べ、ここでは悟りを開いた修行僧のごとく、達観した静かなサウンドで満たされている。のちのStevieサウンドの特徴である、大河の流れのごとく壮大で緩やかなバラード・ナンバーが顕著になったのも、ちょうどこの辺りから。アップテンポ・ナンバーが少ない分、耳を惹く派手さも少ないけど、虚ろな時代の流れに揺らぐことのないスタンダード・ナンバーを創り上げることを、Stevieの中の精神的な部分が希求したのだろう。

 そのようなアクシデントによる前評判も手伝って、これだけ地味なアルバムにもかかわらず、US1位UK5位という好成績を収めている。この時期はStevieにとっては確変状態が続いており、グラミー賞においてもベスト男性ポップ・ヴォーカル、最優秀アルバム、ベスト男性R&Bパフォーマンス、3つの部門で授賞している。1個貰えるだけでも大騒ぎだし、ノミネートされるだけでも簡単には行かないはずなのに、この時期のStevieはいとも簡単に複数授賞を果たしており、まさしくグラミー賞とはStevieのためにあった、と言っても過言ではない。あのPaul Simonでさえ、「Stevieのリリースがなかったから、僕が授賞できた」とコメントしたくらいだし。

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 で、前回の続き。メジャーとも引けを取らない巨大企業に成長したモータウンではあったけれど、内実は閉鎖的な同族経営が続いていた。どこの企業でもそうだけど、一代で成り上がった創業者が存命中の場合、他企業では想像もつかない謎理論によって独裁制が敷かれることが多い。
 『What’s Going On』で革新的なソウル・ミュージックの新たな地平を切り開いていたMarvin Gayeでさえも、社内の論理に逆らうことはできなかった。モータウン黎明期から粉骨砕身の思いで会社に貢献、オーナーBerry Gordyの姉Annaとの政略結婚によって、どうにか幹部クラスにまで上り詰めることができた。そういった立場もあって、経営状態や販売計画にも関与せざるを得なかった。音楽的には何のメリットもないDiana Rossとデュエット・アルバムを制作したのも、今後のDianaの販売戦略に基づいた営業政策上、致し方なかったことであって、Marvin個人としては、ビジネスライクに徹しなければならなかった。やるからにはきちんとMarvin Gayeとしての職責を果たしてはいるけど、どうせ手柄はDianaに行くことはわかっているのだから、どこかお仕事的な面は否定できない。それでも十分傑作だけどね。

 こういった比較は正確じゃないかもしれないけど、「すっごく」わかりやすい例えとして、いま現在のジャニーズ事務所内の力関係に例えると、ちょっとスッキリする。レーベルとしてのイチオシであるJackson 5やDianaが嵐で、マッチやヒガシに例えられるのがSmokey Robinson、そしてそのSMAPに値するのがMarvin、その弟分としてのキスマイがStevie、と勝手に想像してみた。
 オーナーGordyと共にレーベルを立ち上げ、初期の稼ぎ頭として大きく貢献したSmokeyはある意味モータウンの象徴、レジェンド枠で扱われる人物である。一応現役でもやってはいるけど往年の勢いは薄れ、でも人格者ゆえの人望は厚い。なので、権力争いからは一歩身を引いた印象。
 で、レーベルの基本路線であるポップ・ソウルとは一線を引き、外部のサウンドやノウハウを貪欲に吸収することによって、独自路線を築き上げたMarvin、それにStevie。モータウン・サウンドの幅を広げ、実際に利益をもたらした功労者ではあるけれど、会社のスタンダードにはなり得ない。新たな収益策を見出したことは本来評価されるべきなのだけど、創業者オーナーの発言力が強い同族企業においては、会社への服従こそが美徳とされ、独断専行は評価の対象にはなり得ない。
 レーベル・カラーを無視したサウンドを展開するMarvinやStevie、時代に応じたバリエーションのひとつとしてはアリかもしれないけど、傍流はあくまで傍流、それよりも、もっと従順で品行方正なJackson 5やDianaを売っていきたいのだ、モータウンとしては。
 とは言ってもStevieの場合はちょっと違っていて、いわゆるモータウンの血族には入ってなかったおかげもあったのと、世代的にもMarvinやDianaとは離れていたため、会社の意向を強要されることは少なかった。
 ていうかStevie、相当なタマの持ち主で、会社の論理に取り込まれるかなり前から手を打っていた。

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 若干12歳でモータウンからデビュー、自分のレコードをリリースさせてもらうだけで満足していた少年時代のStevieだったけど、次第に会社への不満や疑念を抱くようになる。
 「もしかしたら俺、会社からギャラ抜かれすぎじゃね?」
 結構な数のシングルをチャートに送り込んでいたし、時には他アーティストへの楽曲提供も行なっていたので、それ相応の報酬が支払われてもいいはずなのだけど、いつも渡されるのは小遣い程度。
 「未成年に大金を持たせるわけにはいかないから、信託預金にしておいてあげる」という甘言を真に受けていたStevieだったけど、どう計算しても実績に見合った利益を得ていない、と感じるようになる。
 デビュー当時に結んだ契約に穴があった。
 「Stevieの制作した楽曲の著作権は、すべて会社に帰属するものとする」。
 この不当契約に値する一文によって、Stevieの収入はちょっとした子役並みに抑えられていた。
 Stevieに限らず、当時のミュージシャン契約は文字通り子供だましレベルの内容で、隅から隅まで契約書に目を通す者は少なかった。ブルースの世界では、ストリート・ミュージシャンにウイスキー1本買い与えてスタジオに幽閉し、適当に弾き語りさせたレコードが後の歴史的名盤になった、というのはよくある話。60年代に入ってからも、その状況はあまり変わらなかった。
 普通ならボヤキや愚痴程度で終わってしまい、実力行使に訴えることは少ないのだけど、そこは子役時代から傍目で大人の美醜を観察してきたStevie、泣き寝入りで終わらせようとはしなかった。もちろん周囲のブレーンからの入れ知恵もあっただろうけど、ゆっくり時間をかけて外堀固めを行なってゆく。
 アメリカでは21歳が法的に「成人」と認められる。その時点で後見人の保護から解かれることになり、きちんとした義務と権利を主張できるようになる。
 「成人になった時点で、未成年時に締結した契約はすべて無効となる」
 なのでStevie、19歳から21歳までは創作活動のペースがガタンと落ちる。ていうか意識的に落としている。これ以上不当な搾取をされないため、契約履行の最低基準ギリギリまでセーブしたのだ。当然セールスは減少するし、人気にも陰りが出る。周囲は才能の枯渇かと揶揄する者もいたけど、雑音は無視してこっそり曲のストックを溜めていった。人気商売ゆえ、それは一歩間違えれば二度と這い上がることができない恐れもあったけど、不正に搾取する連中がどうしても許せなかった。

 21歳になると同時に、Stevieはモータウンに通告する。
 「これまでのレコーティング契約、著作権契約、マネジメント契約を全て破棄する」
 もちろん弁護士を通しており、その辺は抜かりがない。しかも自前で音楽出版社「タウラス・プロダクション」を設立、今後はそこから配給してゆく手はずを整えた。
 ここまで用意周到に段取りされてしまうと、もはやモータウンとしても手の出しようがない。電光石火の手際の良さが功を奏し、その後はStevieの思い通りに事が進むことになる。自己プロデュース権の獲得、未払い印税の清算、著作権の委譲など、これまでにない好条件でモータウンとの再契約を結ぶことになる。モータウンとしても、下手に独立されたり他のレーベルへ移籍されるよりは、と大幅な譲歩の上、対等のビジネス・パートナーとして手を組んだ次第である。
 周囲の環境がすべて整い、不安材料もすべてクリアとなって、あとは純粋な創作活動へ向かうだけ。
 ここからStevieの快進撃が始まる。


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Stevie Wonder
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1. Smile Please
 邦題「やさしく笑って」。"You Are the Sunshine of My Life"に似たゆったりした曲調の、それでいてしっかりグルーヴ感を出したナンバー。『Innnervisions』のオープニング”Too High”がファンキーなアッパー・チューンだったのに対し、ここではしっとりした幕開けになっている。
 David T.Walkerを思わせるトロけるギターは、初参加となるMichael Sembelloによるもの。また、バック・コーラスにはDeniece Williamsが参加。地味なナンバーなのに、豪華メンツを揃えている。



2. Heaven Is 10 Zillion Light Years Away
 邦題『1000億光年の彼方』は言いえて妙。こちらも流れるようなゆったりした曲調にもかかわらず、リズム・パターンが人力ハウスっぽくてレアグルーヴ的にも評価が高い。
 常連だったSyreeta Wright参加は順当として、なぜかPaul Ankaが参加している。1973年当時ですでに懐メロ歌手扱いとなっていたはずなのにどうして?と思って調べてみると、1968年にFrank Sinatraにあの”My Way”の詞を提供したのがきっかけとなって前線復帰、再び現役シンガーとしてバリバリ活動中の頃だった。ていうか”My Way”、そんな新しい曲だったの?もっと古い歌だと思ってた。

3. Too Shy to Say 
 ほぼピアノ・メインで弾き語られる美しいバラード。そっと寄り添う感じで優しく響くスティール・ギターの音色、そしてこれも目立たないけど、James Jamersonによるウッド・ベースの調べ。あくまで歌を引き立たせるための、出しゃばり過ぎないプレイ。

4. Boogie on Reggae Woman
 ほぼStevie単独で創り上げたレゲエ・ナンバー。ムーグ特有のリズム・サウンドでちゃんとグルーブ感を出せるのは、やはりStevieならでは。でもこれってリズム・パターンはレゲエだけど、全然レゲエっぽくないよね。Stevieもダルっぽいニュアンスのヴォーカル・スタイルだけど。なので、タイトルにレゲエと入ってはいるけど、完全にStevieオリジナルのサウンドに仕上がっている。
 US3位UK12位まで上昇。レゲエにこだわらなければ、全然良質のポップ・ファンク・チューン。

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5. Creepin
 おなじみMalcolm CeciltoとRobert Margouleff 3人で創り上げたバック・トラックだけど、あまり技巧を凝らしておらず、この上なくシンプルなサウンド・デザイン。
 Minnie Ripertonとのデュエットというのも目玉なのだろうけど、特筆するのはやはりこのミステリアスなメロディ・ライン。落ち着きどころが定まらず、浮遊しまくるコードに乗せて、普通なら破綻しているはずのメロディが、きちんとまとまっている。なんでこんな曲書けるの?ていうかどうしてこれでまとまっちゃうの?と思ってしまう。



6. You Haven't Done Nothin'
 レコードではここからがB面。クラヴィネットの音色がもろ”Superstation”なので、多分ベーシックは同時期に録られたものと思われる。
 ここでの目玉はやはりJackson 5のコーラス参加。世代的に長兄JackieとStevieはほぼ同世代だけど、モータウンのキャリア的にはStevieが全然先輩、そこはやはり胸を貸していただく立場である。正直、サウンド的にはそれほど大きな貢献はしていないのだけど、まぁ話題性としてはアリだったんじゃないかと思う。ちなみにJackson 5、この頃はすでにキャリアのピークを過ぎており、モータウン的にもそろそろ肩たたきの準備を始めていた。
 邦題”悪夢”。US1位UK30位。いい感じでファンキー・チューンなのに、UKでは反応が薄かったのはちょっと不思議。

7. It Ain't No Use 
 邦題“愛あるうちにさよならを”。このサウンドをうまく表現したタイトルである。先ほど登場した2代歌姫DenieceとMinnieがコーラスで参加。「Bye Bye」というリフレインはキャッチーであって、そして切なさも感じさせる。Stevieのヴォーカルのノリも良い。なのに、当時シングル・カットしなかったのは失策。いい曲・いいプレイなのになぁ。
 ほんと、何やってんだモータウン。

8. They Won't Go When I Go
 邦題"聖なる男”。ほぼ打ち込みで作られた幽玄さの漂うバラード。前作『Innnervisions』では積極的に社会問題とコミットしたナンバーを歌っていたけど、ここではStevie、もっとシリアスに踏み込んで、人間の内面に鋭く切り込んだ歌詞を書いている。

 人間の欲望から 僕は遠ざかろう
 そして 僕の魂は自由になる
 そして彼らは 僕に従うことはない
 僕が信じることを 魂が理解したその時から
 僕は王国を見るだろう

 死の淵を垣間見てきた者の叫び。それはどこへ届くのだろう。

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9. Bird of Beauty
 レゲエの次はラテン風味のボサノヴァ・チューン。デュエットのDenieceの硬質なヴォーカルがサウンドに心地よい緊張感を与えている。サンバのリズムはもっと享楽的であるはずなのだけど、ここでのStevieは汗をかいていない。どこかクールな印象が終始付きまとっている。
 なんでだろう、と思っていたら、エコー成分がほとんどないことに気づかされる。解放感よりはむしろ閉塞感、密室で行われたセッションは現実味が薄い。でも、そのヴァーチャル感こそがStevieの狙いだったのか。

10. Please Don't Go 
 ラストは大団円、ゴスペル・タッチのコーラスがセッションを盛り上げている。今アルバムのMVPであるDenieceもそうだけど、ア・カペラ・グループPersuasionsもまたキャリア最高のコーラスを披露している。どこかシリアスで閉塞感が漂っていたアルバムだけど、ここではグルーヴィーなStevieが堪能できる。あまり披露してなかったハープも吹きまくってるし。





 これは余談だけど、このアルバム・リリースの翌年、Jackson 5はいろいろと制約の多いモータウンとの契約を解消、CBSに移籍することになる。しかし、3男Jermaineは当時、Gordyの娘と結婚していたため身動きが取れず、彼だけはモータウンに残留することになった。当然、Jackson 5の商標はモータウンが持っていたため継続使用することができず、彼らはJacksonsに改名して再スタートを切ることになる。Michaelと人気を二分していたJermaine脱退のマイナス・イメージを薄めるため、彼らは末弟Randyを加入させることでイメージ回復に努めた。
 Jermaineが取り残されたのか、それとも自らここに残ると断言したのか、今もまだ諸説飛び交う状態だけど、Marvin同様、ファミリーに取り込まれたのなら抜け出すのは難しい。いくら同じ釜の飯を食ってきた兄弟とはいえ、大人になってしまうと自分たちの意向だけではどうにもならない部分もあるのだ。
 どっかで聞いたような話だな、ここ最近。



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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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