folder 今年で46歳になる俺だけど、ヒップホップ系の音は今でもそんなに馴染みがない。多分俺の世代で、リアルタイムのヒップホップ/ラップを現役でバリバリ聴いてる人はそんなに多くないはず。

 自分で意識的に音楽を聴くようになって30年ほど経っており、一応あらゆるジャンルは網羅してきたつもり。クラシックやワールド・ミュージック系、遂には落語のCDにまで手を伸ばした時期もあったけど、 ここ数年、日常的に聴いてるのはジャズ・ファンク〜レアグルーヴ系のソウル/ファンクに落ち着いている。
 基本、「広く浅く」な感じで大枠のジャンルに手はつけている。まずはビギナー向けの入門編的な代表アルバムやアーティストを試しに聴いてみて、アンテナに引っかかるモノがあったら、さらに深く掘り下げて網羅してゆく、という行為を長年続けている。

 そんなやり方で試し聴きしてみるのだけど、何度もやってもどうしても入り込めないのが、ラップ/ヒップホップ系とヘヴィメタというジャンル。一応、曲単位では気に入ってるモノもあるのだけれど、ジャンル総体としてはなかなか受け入れられずにいる。
 特にラップ、普通のフォーマットの曲にスパイス程度、例えが古くて申し訳ないけど、例えばglobe、あのくらいの適度な使い方なら、普通にカッケーと思うのだけど、全編オラオラ系の本場のラップになると、いつも拒否反応が出てしまう。地の底から響くような重心の低いビート、ガタイの良さそうな黒人によって(音だけでわかるはずがないのだけど、何となくそんな感じ)、これまたドスの効いた声で、社会や日常の不満をごった煮にしたライムやフローを叩きつけられても、正直繰り返し聴きたくなるかといえば、ちょっと微妙。

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 じゃあ、日本のヒップホップなら言葉も伝わるし、まだ馴染めるのかといえば、そういったわけでもない。スチャダラやダヨネーが流行った頃、ちょっとそっち方面にも手を伸ばしてみようと思い立ち、大通りのタワーへ行って片っぱしから試聴機をイジってみたのだけど、メロディの起伏のない言葉の羅列がどうにも受け付けなかった。せいぜいglobeかオレンジ・レンジ程度くらいまでしか、俺の感性には合わなかったのだ。ファンモン?いやあれは違うでしょ。

 で、今回紹介するRoots、見た目は基本オラオラ系、ダークな味わいかつ香ばしいテイストなのだけど、他のラップ/ヒップホップ・ユニットとの最大の違いが、珍しくバンド・スタイルであること。普通のバンドのフォーマットとさほど変わらず、ギター、ベース、ドラム他総勢7人で活動しており、基本生音主体なのが特徴である。
 普通ヒップホップ系のミュージシャンは演奏が不得手orまったくできない場合がとても多いのだけど、もともとがプレイヤー気質の彼らにとってはそこが強みとなっており、他のヒップホップ・アーティスト(もどきも含む)との差別化に大きく繋がっている。そういった基礎能力が手伝ってか、近年はスタンダップ・コメディアンJimmy Fallonがホストを務める深夜トーク番組のハウス・バンドとして出演しており、アメリカのお茶の間でもお馴染みの顔となっている。
 Betty Wrightのレビューでも書いたけど、そういった状況もあってなのか、往年のシンガー/アーティストらからの評判がとても良い。Bettyもそうだけど、Elvis Costelloともコラボ・アルバムを作ってしまうなど、上の世代からの信頼が厚く、世代を超えた交流が多いのも特徴の一つだろう。

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 どちらが先にオファーしたのかはわからないけど、そんな彼らと組んだのが、今をときめくJohn Legend。昨年行なわれたスーパーボウルのハーフ・タイム・ショーに出演したことによって、アメリカにおいてはすっかり国民的シンガー扱いになってしまった。デビューしてからまだ10年足らずというのに、いつの間にか大御所扱いされるほどのポジションに到達してしまったことについて、本人的にはどんな心持ちだろうか。はっきり言って、まだそこまでの知名度はないんじゃね?と思ってしまうのは俺だけではないはず。
 俺の中でアメリカの国民的シンガーと言えば、ちょっと古いけどBilly JoelかBruce Springsteenクラスであって、彼ではまだ役不足な印象。逆に言えば、これからまだまだ伸びる可能性を秘めてはいるのだけど。

 John Legend、シンガーとしてはあまりクセや臭みのない人である。カテゴリーとしてはネオ・ソウルに分類されるのだけれど、いわゆるソウル臭はあまり強くなく、どちらかといえばBill WithersやDonny Hathawayなど、シンガー・ソングライター的イメージが強い。
 オートチューンバリバリのダンス・ナンバーが主流となっている現在のアメリカのヒット・チャートにおいてでも、彼のように清涼感もあって、フッと肩の力の抜ける音楽というのは、少なくはあるけれど確実に需要はある。これはどの時代においても言えることで、最先端のメインストリームの音楽が流行れば流行るほど、それとは対極的にスタンダードな構造の音楽を求める層というのが、一定数存在する。みんながみんな、Pitbullばっかり聴いてるわけじゃないのだ。
 むしろSam Smithsのように、そこそこダンサブルで覚えやすい曲がチャートの常連である時代の方が、チャート・アクション的には面白い時代だと俺は思う。進んで聴くわけじゃないけどね。
 
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 スタンダードなソウル・ナンバーをモダン・スタイルで演じるネオ・ソウルというカテゴリーの中で、John Legendもまた手堅くクオリティの高い作品をコンスタントにリリースしている。しているのだけれど、この手のピアノ弾き語りスタイルのソロ・シンガーというのは、ステージングの制約上、どうしてもバラード、もしくはミドル・テンポのナンバーになりがちで、バリエーションが少なくなってしまうのが弱点である。まだ若いんだから、Elton JohnやBilly Joelのように、たまにはショーアップした、コスプレまがいにぶっ飛んだコスチュームで演奏するのもいいんじゃないの、と思ってしまうけど、まぁガラじゃないよねきっと。多分そんなニーズもないだろうし、周囲のスタッフも許さないのかな、きっと。

 で、そういった中道R&B路線に行く前にRootsと制作したのが、この『Wake Up!』。ほとんどが70年代のニュー・ソウル周辺、しかもプロテスト・ソングが大半を占めている。俺自身はネイティヴな英語使いではないので、細かなニュアンスはわからないけど、明確な方向に向けられた怒りというパッションがむき出しに投げ出されているのはわかる。その楽曲が持つパッションにバンドとシンガーが圧倒され、強烈な世界観に引き込まれるけど、それをまたモダン・スタイルな視点からねじ伏せようと格闘する、そんな彼らの奮闘ぶりが生々しく記録されている。

 リリース当時のインタビューを読み返してみると、当時の彼らは色々な怒りに満ちているのだけど、それ以外にもアメリカの富裕層以外の庶民、彼らの鬱屈して抑圧されたストレスを掬い上げて、見事に具現化している。
 リリースされた2010年前後のアメリカはオバマ政権下で動いていたのだけれど、期待値の高かった彼の手腕によって国内・国外情勢が大きく変化したかといえば、そうでもなかったのが現状。泥沼化した中東問題や逼迫した財政事情、ゴタゴタした国内の失業率だって、悪化はすれど回復の兆しも見えず、貧富の差はますます開くばかり。大多数である庶民らの心は、加速度的に荒み病んでゆく。
 Questloveを筆頭としたRootsの面々は、この頃すでに敏腕プロデューサーとして、新旧様々なアーティストの売り出しや復活に助力しており、いわゆるセレブ的な生活に突入していたはず。はずなのだけど、多くのヒップホップ・ミュージシャンの例に漏れず、彼らもまた、もともとは下層の出だけあって、生粋のセレブではない。
 真摯なアーティストなら誰もがそうであるように、彼らもまた先人らが行なっていた問題提起、70年代のソウル・アーティストらがそうしていたように、「おかしい事をおかしいと素直に言える世の中作り」こそが、アーティストの義務であると考える人たちである。
 そういった志を持っていたからこそ、このようにヒット狙いではないコンセプトのアルバムを作ったのだろうし、そんなQuestloveの男気に惹かれたJohnもまた、そういった覚悟の上でオファーを受けたのだろう。

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 今ではすっかりスターになってしまったJohnだけど、根はこういった熱い男であるというところが信用できる。
 決して上っ面ではできないこと―、音楽に嘘はつけないというのは、そういったことだ。


Wake Up!
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1. Hard Times 
 作曲はCurtis Mayfield、自身も『There's No Place Like America Today』で歌っているのだけれど、もともとは1971年、Curtomからデビューする予定だったBaby Hueyのために書き下ろしたナンバー。コッテコテのファンクに仕上げたCurtisに対し、Hueyのヴァージョンはグルーヴ感溢れるソウル・ナンバーとなっており、今回のJohnのヴァージョンもこちらに倣っている。
 不景気の嵐吹き荒れるアメリカの下町の行き詰まり感をネガティヴに表現した曲なのだけど、ダウナーになってゆくCurtisに対し、HueyとJohnのそれにはまだ希望が残されている。



2. Compared To What 
 オリジナルはEugene McDanielsという人なのだけど、今回調べてみて、あの“Feel Like Makin’ Love”の作者だということを初めて知った。この曲も後年Roberta Flackが歌うことになるのだけど、この2つのキーワードから連想される世界からは程遠い、ニクソンとベトナム戦争がテーマ。時代的にはトレンドなのだけど、まさかこんな歌詞だったとは、と思ってしまう。
 バックを務めるRootsもそういったオリジナル・テーマやアレンジに則った、攻撃的なプレイを展開する。

3. Wake Up Everybody (featuring Common & Melanie Fiona)
 オリジナルはHarold Melvin & the Blue Notes1975年のシングル。US12位UK23位はなかなかの健闘ぶり。今ではTeddy Pendergrassがメイン・ヴォーカルを務めていたグループ、と言った方が通りがいいかもしれない。
 基本、オリジナルに忠実なアレンジなのだけど、Teddyの泥臭いヴォーカルが時折往年のサザンロックっぽく聴こえてしまうのに対し、ここではカナダの女性R&BシンガーMelanie Fionaとのデュエットに仕上げたことにより、変なモッサリ感が緩和されている。



4. Our Generation (The Hope Of the World) (featuring CL Smooth)
 このアルバムのメイン・トラックとも言うべき、レアグルーヴ関連ではお馴染みErnie Hines1972年のナンバー。オリジナルよりリズムが立っている、こちらのヴァージョンの方が俺は好き。
 しかしJohn、ここまで聴いてどれもオリジナル・シンガーを凌駕する仕上がり。いやリアルタイムで聴いてる人にとっては思い入れもあって、Johnのヴァージョンがしっくり来ない人も多いのだろうけど、オリジナルをほぼ知らない大多数の人にとっては、これが充分スタンダードになりうる仕上がりになっている。



5. Little Ghetto Boy (Prelude) (featuring Malik Yusef)

6. Little Ghetto Boy (featuring Black Thought)
 でも、この曲については俺も思い入れも深く、オリジナルの方に肩入れしてしまう。こちらはDonny Hathaway、1972年R&B25位。ただこのアルバムの中では1、2を争うスタンダード・ナンバーであり、その分、Johnにとってはちょっと分が悪い。いやいいんだけどね、これも。

7. Hang On In There
 Mike James Kirklandというニュー・ソウルのカテゴリーの人で、1972年のリリース。この人については俺、ほとんどまったくと言っていいほど知らず、yotubeで調べてみたら…、演奏もヴォーカルも、まったくそのまんまだった。このダルさ加減がニュー・ソウルというよりはむしろ、ノーザン・ソウルっぽく聴こえるのは、きっと俺だけではないはず。

8. Humanity (Love The Way It Should Be)
 こちらもは初めて知った人、1979年リリース、Lincoln Thompsonという人の純正レゲエ・ナンバー。ラスタの解放された精神に対し、Johnの理性的で影のある声はちょっと合わないんじゃないかと思えるけど、後半に連れてノッてくるのがわかる。
 
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9. Wholy Holy
 曲の認知度については、このアルバムの中でもトップ・クラス。何しろオリジナルはMarvin Gaye、しかも『What’s Going On』収録と来てる。知らない方がどうかしてるし、どうせ知らない人はこのレビューなんて読まないだろう。
 こうして長くR&Bを聴いていると、ほとんどすべての男性シンガーが多かれ少なかれMarvinの影響下にあること、そして誰もが「Marvinみたいになりたい」という憧れを隠しきれない。
 実際、Johnもまた果敢にこの曲に挑戦しているのだけど、やはりオリジナルが有名であるほど分が悪くなる。ま、これは仕方がないこと。無謀ながらも「挑戦した」という事実が重要なのだ。

10. I Can't Write Left Handed
 で、ここで出てきたBill Withers。1973年リリース、やはりベトナム戦争をテーマとしたプロテスト・ソングである。ダイレクトに言葉をメッセージを伝えたいのか、ゴスペルっぽい分厚いコーラスに乗せてピアノを弾き語るJohn。Billのオリジナルもほぼ同様のアレンジなのだけど、こうなると線の細いBillよりは声量のあるJohnの方に、俺は強く惹かれる。

11. I Wish I Knew How It Would Feel To Be Free
 オリジナルは1967年ジャズ・シンガーNina Simone、公民権運動をテーマとした曲なのだけど、今も当時も、スタンダード・ジャズの住人が社会的な歌を歌うというのは、かなり珍しいことだった。
 このJohnのヴァージョンは前曲に続き、ゴスペルライクで高揚感あふれるアレンジになっている。テーマがテーマだからなのか、楽曲自体がもともと秘めたる力を持っており、それに魅かれるのかカバー・ヴァージョンも多い。
 で、今回初めてオリジナルを聴いてみたのだけど…、やばい、Johnもいいのだけれど、Ninaの方が何倍も良い。Amy Winehouseのレビューでも書いたけど、「心臓を鷲掴みにする声」とは、まさしくこのことだろう。
 カバー・アルバムには、時々こういった新しい発見がある。



12. Shine
 ラストはオリジナル、というかボーナス・トラック扱いとなっている。もともとは2010年公開の映画『Waiting for "Superman"』のために書き下ろされた曲で、このアルバムのコンセプトとはズレているのだけれど、まぁ同時期に制作されたということで。
 映画は未見、アメリカ独特の教育制度、チャーター・スクールに通う子供たちを追ったドキュメンタリーということだけど、多分曲調と映画のテイストはマッチしてるんじゃないかと思う。こういった青臭いヒューマニズムあふれる曲をサラッと歌えてしまうところに、Johnのシンガーとしてのポテンシャルの高さを感じる。
 



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