好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

ジョン・コルトレーン

強面のオッサンだって、話せばイイ人の場合もある - John Coltrane 『A Love Supreme』

folder 1965年インパルスからリリースされたアルバム。いつも通り、もう何枚目なのかはわからないし、インパルスにおいても発掘で後付けリリースがいっぱいあるしで、もう何が何だか。没後40年以上経っているにもかかわらず、それだけニーズがあるのだから、Coltrane恐るべし。
 彼の中でもモード・ジャズのひと区切りとして特別な位置を占めているのと同時に、そのクオリティの高さから一般的に代表作とされているこのアルバム、アメリカの雑誌『Rolling Stone』で公開されたオール・タイム・ベスト・アルバム500において、ロック/ポピュラー系が多勢を占める中、数少ないジャズ・アーティストとしては47位にランクインしている。
 ちなみに他に100位以内に入ったジャズ・アルバムは、12位にMilesの『Kind of Blue』、95位に『Bitches Brew』くらいという有様で、圧倒的に不利である。で、これはちょっとギリギリだけど、103位にようやく『Giant Steps』が登場してくる。混戦の中で健闘した方だという見方もできるけど、ジャズという音楽の求心力がそれだけ衰えているという証左でもある。
 ついでに調べてみると、「アメリカの至宝として認定され、スミソニアン博物館にも所蔵されている」との記述。スッゴイ箔がついたよなぁと思ってさらに調べてみると、他にもParliamentの『Mothership Connection』まで入ってるのを見てしまうと、なんかビミョウ。いや、確かに悪いアルバムではないんだけど、Parliament とColtraneを等価として扱うのは、ちょっと方向性が違い過ぎる感が強い。第一、あのGeorge Clintonに畏まった場所はどこか不似合い。むしろ、そういった権威的なモノからは最も遠い存在だと思うのだけど。

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 その権威的なものに取り込まれてしまったわけではないけど、このアルバムの放つ重厚感は『Giant Steps』以上、とにかく俺俺感の強いオーラを放っている作品である。ほんとどこを切ってもColtraneなサウンドなのだけど、その彼が本作レコーディングにあたって強く影響を受けたカバラ主義について調べてみると…、さらにわけがわからなくなった。
 「カバラとは、ユダヤ教の伝統に基づいた創造論、終末論、メシア論を伴う神秘主義思想である。独特の宇宙観を持っていることから、しばしば仏教における密教との類似性を指摘されることがある」。
 以上、wikiからのコピペ。世界の始まりから終わりまでをスピリチュアルに著した教義なんじゃないか、とまではなんとなく理解できるのだけど、じゃあその詳細は何かといえば…、なんかめんどくさくなったので、調べる気が失せた。実は本筋と大きな関係はないし。
 一体どういった経緯でColtraneがこの思想にたどり着いたのか、そしてそれを音楽という手段で表現しようと思い当たったのか。
 彼が特定の宗教に深く入り込んだ、というはっきりした記録はない。だけど、一時苦しんだ麻薬中毒からの脱却を図る過程の上で、アイデンティティの確立を求めてあらゆる思想宗教を学んでいたことは充分考えられる。ただ60年代末という時代においては、次第にサイケの流れを汲むドラッグ・カルチャーの影響が蔓延しつつあり、そこからハルマゲドン的な終末思想、その対極にあるラブ&ピースなお花畑思想が並行して広まりつつあった。そんな中で物静かな読書家でもあったColtraneが、そういった思想にかぶれちゃったのは自然の流れでもある。

 で、そういった過程の上で学んだ知識・経験を音楽として落とし込み、壮大な思想のシンフォニーとして大真面目に創り上げたのがこのアルバムである。
 ちなみに参加メンバーは「不動のカルテット」と評された、
 John Coltrane - tenor sax
 Jimmy Garrison - bass
 Elvin Jones - drum
 McCoy Tyner - piano
 の4人。
 後にColtraneのあまりのフリー・フォームへの傾倒のあまり、極端なコンセプトに着いてゆけなくなったMcCoyが抜け、次にクビ同然にElvinもバンドを去ることになるのだけれど、この頃のバンド・コンセプトは、まだ彼らの理解の範疇にあったということである。いくらメッセージ性やコンセプトがガッチガチであろうと、この頃はまだ音楽としての調性が基本としてあり、プロのミュージシャンとしてのプライドを侵食していない。この後、Coltrane は急速にアバンギャルドなスタイルを志向してゆき、次第にサウンドも無調音階が支配するようになるのだけど、それはもうすこし後の話。

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 そういった混沌の世界に突入する前、まだポピュラー音楽としての体裁が整っていた時期のこの『Love Supreme』、その抹香臭いイメージから難解と受け取られることが多く、軽く聴き流すことが許されないムードがある。確かに冒頭のテナー・サックスの嘶きなどはBGMとして向かないけど、だからと言って必要以上に崇め奉るのもいかがなものかと、俺的には思う。
 思わせぶりに暗示的な物言いの直筆ライナーノーツ、保守系ジャズ・ファンや評論家らの許容範囲に収まる哲学的なコンセプト。「ズージャを理解するのにこれは必聴」と囃し立てるメディアの論調など、もうちょっと気軽に聴いてみたいビギナーやライト・ユーザーへの敷居を上げるだけ上げてしまって、ちょっと近寄りがたい存在になっているのが現状である。
 でもね、レジェンドだって下世話な面もあるし、案外話してみると気さくな面もあるんだよ。強面のイカついオッサンがすごくイイ笑顔を見せる場合もあるように、第一印象だけで判断するのは早計、逆に後の好印象が引き立ってくることだってある。
 以前レビューしたPink Floyd 『Final Cut』もシリアスなコンセプトが前面に出過ぎていろいろ誤解されてるけど、通して聴いてみるとDavid Gilmourの音楽センスによって、いくつかの曲はまともなコンテンポラリー・サウンドとして成立している。コンセプト・リーダーであるRoger Watersの影が強すぎるせいもあって、全体的には陰鬱としたアルバムだけど、これはこれで良いところだってあるのだ。何だかんだ言っても俺『Final Cut』結構好きだし。

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 なので、この『Love Supreme』も思ってるほどには難解ではない。コンセプトがどうしたカバラ思想がどうしたというのはColtraneの勝手であって、聴く側がそれを過剰に意識する必要はない。だって、McCoy やElvinらがそこら辺を十全に理解した上でプレイしているのかと言えば怪しいものだし、第一彼ら、多少畏まってはいるけど、基本は平常運転である。
 Floydと違って歌詞がないモダン・ジャズでは、具体的なメッセージが伝わりづらい面があるため、逆にそこが断定的な印象を回避している。「あの人は取っ付きずらい人だよ」という余計な言葉には耳を貸さず、普通に聴いてみればよいのだ。
 そんな感じで先入観を抜きにして聴いてみると、冒頭の嘶きさえクリアしてしまえば、モダン・ジャズのオーソドックスなマナーに則った演奏であることがわかる。そりゃリーダーがそっち方面に行っちゃってる状態だから、メンバーも一応合わせてはいるけど、基本はモダン・ジャズの本流の人たち、ベーシックな部分は何も変わらない。
 そのオーソドックスな部分と、Coltraneが徐々に傾倒しつつあるフリー・フォームとの絶妙なバランスが拮抗し合った瞬間というのが、この『Love Supreme』である。そのバランスを微妙に維持しながら、このカルテットはもう少し生き長らえることになるのだけど、次第にColtraneのベクトルが強くなり、1人また1人とバンドを離れ、引き継ぎメンバーは次第にフリー志向のミュージシャンが多くなってゆく。


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Part 1–Acknowledgement(承認)
 冒頭、そのサックスの嘶きは『My Favorite Things』を思わせる瞬間もあるけど、それも束の間、進むにつれ不穏さが増してゆく。探るようなMcCoyのシンプルなコード・プレイ、それに乗せて序盤はアイドリング気味のColtrane。徐々にエンジンが温まるように、次第にアタックが強くなるElvinのドラム。ここはColtraneの独壇場、全知全能のシャーマンの如く、他メンバーのソロを挟む余地はない。
 有名なラストは呪詛のようなモノローグ「Love Supreme」のリフレイン。細かく刻まれるシンバルの響きの中、それは深い地の底から不気味に響く。不協和音気味のMcCoyのピアノの調べ。彼の思うところのフリーなプレイだけど、あいにくメロディを奏でてしまっている。もっと一音一音がいびつでなければならないのに。

Part 2–Resolution (決意)
 1.ではあまり出番の少なかったJimmyのソロからスタート。ここでのColtraneはメロディアスなフレーズを多用しており、アトランティック期に戻ったかのようなオーソドックスなプレイを展開している。カクテル・ピアノっぽいMcCoyのパートもここでは活きており、かなり興が乗ったのか、1人オーケストラとも言える超絶プレイを披露している。
 この曲だけ抜き出して聴くと、普通に軽快で聴きやすいモダン・ジャズなのだけど、そういった聴き方を想定して作られたアルバムではない。Coltraneとしては最初から最後まで通して聴かせることを想定して、このシンフォニーを構成している。
 でも、軽快なColtraneを堪能するのならオススメのナンバー。



Part 3–Pursuance (追及)
 1分半にも及ぶElvinの絨毯爆撃的ソロ。ここでもMcCoyは頑張っているのだけど、やはり全体のコンセプトと照らし合わせると、彼の音は軽く響いてしまう。その辺がColtrane的には物足りなく感じているのか、McCoyパートがが終わった途端、まるで「どけやコラ」とでも言わんばかりにソロを吹き始める。その響きは焦燥感とイラつき、ネガティヴな感情をむき出しにしている。悠長なBGMで満足してんじゃねぇぞ、とでも言いたげに。
 そりゃ臨界点を超えて未踏の境地に至りたいのもわかるけど、逆にメンバーに一人くらい、McCoyのようにクレバーなスタイルでプレイする者がいないと、ほんとバンド・アンサンブルは破綻へ突き進んでしまう。Coltraneとしてはそこを狙っていたのだろうけど、そうなっちゃうとこのアルバムがここまでの支持を得ることもなかったわけで。
 ナパーム弾と迫撃砲と対空ミサイルをまとめて投下するような爆音を連打するElvinソロに続き、締めるのは静寂としたJimmyの長尺ソロ・プレイ。爆撃後の焦土はとても静かで、そしてそこに救いはない。すべてを打ち壊し、焼き尽くした後に残るのは、途方もない深さの絶望。
 晩年までColtraneと行動を共にすることになるJimmy、一蓮托生の心構えで追随してきた彼はColtraneにとって最大の理解者であり、そして共に荒野をひた走る戦友でもある。弦を指で擦る響きにまで、Coltraneの意図が反映されている。



Part 4–Psalm (賛美)
 ただこの時点では、Jimmyに限らずElvinもまた良き理解者であった。呪詛とも嗚咽とも取れるColtraneの太い音色に寄り添うように、時折はるか遠くの雷鳴のような打撃音を放つ。もうひとつのリード楽器であるピアノの音色は、やはりどうしても軽い。ただ、ピアノまでオドロオドロしくなると、「愛」もへったくれもなくなってしまう。
 ここでのColtraneのプレイはゆったり、大河の流れのように緩やかである。どの辺が「賛美」なのかはわかりかねるけど、未来へ繋がる希望も見えぬまま、焼き尽くされた焦土の上で、組曲は終わりを告げる。


 本当に難解になるのはこの後、実質的なフリー・ジャズ宣言となる『Ascension』 からである。Farrell SandersやArchie Sheppらによる制御不能な集団即興演奏が延々と展開され、次第には妻Aliceまでバンドに引っ張り込んで、混沌をそのまま投げ出したようなサウンドが支配するようになる。確かにカテゴリー上はジャズではあるけれど、旧来のジャズとはまったく違った音楽への探求が始まることになり、それと並行してColtraneの健康状態も蝕まれてゆく。


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とにかく俺、俺俺俺の大洪水 - John Coltrane 『Giant Steps』

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 1960年代末のMiles Davisは、既存のジャズの枠組みの中で自分のヴィジョンを表現することに限界を感じ始め、エレクトリック楽器の導入に至った。Miles以前にも、ピアノや弦楽器をアンプ増幅させることによって、目新しさを演出したミュージシャンはいたのだけれど、彼らのどれもがジャズの話法、コード進行はそのままに音色を置き換えただけで、新たな価値の創造とまでは行かなかった。
 Milesの場合、Stockhausenに代表される現代音楽に始まり、ファンクのリズムやミニマルなアフロ・ビート、そして晩年にはヒップホップまでも取り込むことによって、「Miles Davis」 としか形容のしようがないオンリーワンの音楽ジャンルを創り上げた。
 それに対し、あくまで「ジャズという枠組み」の中において、様々な創造と変革を行なっていたのが、John Coltraneである。

 1955年にMilesのバンドに加入したことを起点として、1967年肝臓ガンで亡くなるまでをキャリアとすると、実質の活動期間はほぼ10年強と、あまりにも短い。ただ、まるでそんな短命を予知していたかのように、彼は膨大な量の演奏活動を行なっている。死後間もない頃から、その発掘プロジェクトはスタートし、今でも絶賛進行中である。

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 近年ではロックもその傾向が強いのだけど、ジャズの世界ではCharlie Perkerの昔から、過去の発掘作業が盛んである。特に1950年代から60年代、ジャズとしては黄金時代のアーカイヴは今でも需要が多く、レコード会社としても力の入れ方が強い。ていうか、現役のアーティストよりも往年のジャズ・レジェンドたちのニーズが多く、純粋な新譜よりも、過去の再発の方がアイテムが多いという状況が長年続いている。
 で、その発掘作業、世界中のレコード会社はもちろんのこと、一般的なファンの間でも精力的に行なわれている。金銭授受を目的としないファン有志らによって、ラジオ・TVの私的録音物など、ほんと「ここまでやるか」的な物まで探し当てられ、きれいにリマスタリング・リミックスされたりして、高いクオリティの物ならCDとして発売、また録音レベルが低い物は、ネットで無料で公開されたりなどしている。
 生前の発表物より、死後のアーカイヴの方が物量的に勝っているのは、モダン・ジャズのアーティストなら有りがちなことである。ただ本人としては不本意な出来のモノも白日の下に晒され、正規盤なのにブート並みのクオリティの商品も、決して少なくない。ファンにとっては、そういった不出来なモノも含めてのリスペクトなのだろうけど、もはや口出しできない本人としては、雲の上で何とボヤいているのだろうか。
 
 俺自身、Coltraneのアルバムは何枚か持っていたり音源で持っていたりしてはいるけど、そこまで熱心なファンではない。よって、別テイクや未発表テイクなど、そういった余りモノに食指は動かないのだけれど、まぁ雑誌やネットの煽り広告を見ていると、それだけでも楽しくなってしまう気持ちはわかる。
 「あの伝説的セッションの未発表ヴァージョン!!」「3テイク録られたうちのボツテイク2曲収録!!」なんて惹句を見ると、なんかそれだけでもワクワクしてしまう。とは言っても、別にわざわざ買ってまで聴こうとは思ってない。ロック/ポップスの場合にも当てはまるのだけれど、よほどの熱狂的ファンでもない限り、このような追加収録の類は、ほぼ2、3回聴いちゃうと満足して、もうそれっきりという場合がほとんどである。

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 『Giant Steps』はアトランティック移籍第一弾、シーツ・オヴ・サウンド奏法を確立した最初のアルバムと言われている。
 『My Favourite Things』のレビューでもチラッと書いたのだけど、理論的なことはよくわからない。ただ色々な文献を読んで聴いてみて、最終的に至った結論は、「ひとつのコードをすごく細かく切り刻み、テンポはめちゃくちゃ早く、切れ目なく続く音の洪水」ということである。あくまで俺的に、ということなので、間違ってたらごめん。

 これも誤解を恐れずに言うと、この時点ではまだシーツ・オヴ・サウンドに着手したばかり、まだ最終形態には達していない。バンド・メンバーらも、どこまでColtraneの真意を理解していたのかは怪しく、Coltrane本人にも迷いというのか、自分が理想とするヴィジョンと実際に出てくる音との間に、かなりのギャップを感じていたんじゃないかと思える。
 Coltraneが独走状態で空間を音で埋め尽くしているのに対し、他のメンバーはまだ従来のモダン・ジャズの延長線上で音を鳴らしている印象。Coltraneのプレイがあまりにも暴走気味なため、バンドが必死になって追いつこうとしている状況である。
 それだからなのか、決して完璧な演奏ではないのだけれど、そのギャップという違和感、迷走具合によって、まだ完全にシンクロしていない演奏には独自の緊張感がみなぎり、それゆえ結果的に白熱したセッションに仕上がっている。

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 技術を極めた一流の野球選手が、その現役時代のピークを表現する際、「ピッチャーの球が止まって見える」と口にすることがあるけど、モード奏法確立時のColtraneがまさにその状態だったんじゃないだろうか。
 彼にとって理想のヴィジョン、脳内で日々紡ぎ出される理想の音楽とは、決してフル・スロットルではなく、ナチュラルな状態で演奏して、ちょうどこんな感じだったのでは。もしかすると、もっとテンポは速く、音符で書き表すこともできなかったのかもしれない。ただ、それを表現するためのテクニカルな問題が立ちはだかったと共に、バンド・メンバーにそのコンセプトを伝えるための言葉や手段が想いつかなかった―、その結果がタイトル曲に結実してるんじゃないんだろうかと思う。

 完璧な音楽など、この世にはない。
 優秀なミュージシャンなら、誰もがそう思うだろう。この『Giant Steps』も彼にとっては理想のシーツ・オヴ・サウンドの通過点、せいぜい甘く見て80パーセント程度の仕上がりだったかもしれない。


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1. Giant Steps
 最初のテーマに騙されてはいけない。軽快なモダン・ジャズ・マナーの冒頭ソロから30秒もすると、音の洪水。よくこれだけ吹き切れるものだと、多分当時のリスナーも感心したんじゃないかと思われる。Art Taylor(Dr)、Paul Chambers(B)による安定したリズム・セクションに乗せて、Coltraneが縦横無尽に、そりゃもう吹きまくっている。
 こうして聴いてみると、『Giant Steps』の魅力とは、鉄壁のリズム・セクションに支えられてのものだと、改めて気づかされる。この後、Coltraneはシーツ・オヴ・サウンドをとことん追求してゆき、次第にフリー/アバンギャルドの方面へ向かってゆくのだけど、言ってしまえば、まぁ聴く人を選ぶ音楽である。このアルバム以降は、メンバー全員がフリーの演奏言語を駆使することによって、既存のジャズの物差しで測ると、まとまりがなく、とっ散らかった印象のサウンドが量産されることになる。みんながみんな、好き放題にやってしまうと、焦点がブレてポイントがわかりづらい。しっかりした土台の上でないと、それはただの不協和音になってしまう。
 ちなみにリズム・セクションがクレバーに、Coltraneがマイペースであるにもかかわらず、勝手の違う音楽に振り回されている一般人という印象が、Tommy Flanagan(P)。才能の問題ではなく、ここでの彼はひどく凡庸で、演奏にやっと着いていっている、といった印象。
 


2. Cousin Mary
 ほぼ1.と同じ構造、コード進行の曲。やはり30秒くらい経過すると、再びシーツ・オブ・サウンドが展開されるのだけれど、ここではもう少しテンポは緩めに、Coltraneのソロもマイルドになっている。ボスがお手柔らかにしてくれたおかげで、Flanaganのバッキングも堅実で、ソロも及第点。
 他のCDでは不明だけど、このアルバム、鍵盤のヴォリュームが小さくミックスされているため、Flanaganにとってはやや不利な状況である。リズム・セクションは相変わらず安定、Chambersも安心して聴いていられる。

3. Countdown
 ここはドラム・ソロよりスタート、すぐにColtraneの攻撃的なソロに代わり、しばらくはひたすらハイハットを叩かされるTaylor。録音の合間の肩慣らし的な、怒涛のような2分間。
 
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4. Spiral
 基本、Coltraneはソロイストである。Milesとの違いがここ。
 Milesの場合、あまり自分のソロに固執するタイプではない。どちらかといえば、トータルな音像・コンセプトで自己表現するタイプなので、自分以外のソロも積極的に対等に扱っている。逆にColtraneの場合、どうしても自分メインとなってしまうため、下手するとどの曲も一本調子となり、同じように聴こえてしまう危険性を孕んでいる。
 この曲がそういった見本。Coltrane的なアベレージは充分クリアしているのだけれど、続けて聴いていると飽きが来てしまう。こんなこと本人にはとても言えないけど、もう少しバリエーションを考えても良かったんじゃね?とさえ思ってしまう。

5. Syeeda's Song Flute
 有名なリフから始まる、このアルバムの中では比較的キャッチーでポップな曲。この時期のColtraneとしてはモード・ジャズっぽい感じで、ブルー・ノート時代のアルバムに入ってても違和感がない。悪い意味ではなく、安心して聴ける曲。
 


6. Naima
 当時のColtrane夫人に捧げた、ナイーヴでセンチメンタルなバラード。俺的にこのアルバムの中では、タイトル・ナンバーと並んでベスト・テイク。中盤のWynton Kelly(P)のソロはBill Evansそっくりだけど、彼よりもっとアタック音が弱く、ソフトな印象。Coltraneのソロも充分なタメを使い、情緒たっぷりにプレイしている。ちなみにこの曲のみ、ドラムもJimmy Cobbに交代。
 


7. Mr. P.C.
 そう、これがあったんだ。
 これはモードとシーツ・オブ・サウンドの良質な融合といった印象の、プログレッシヴとスタンダードとの奇跡的な出会い。めでたく全テイク、フル出場となったChambersの名前を冠しているが、それほど全面的にフィーチャーしているわけでもない、まぁセッション時に適当につけた仮タイトルが、そのまま正式名称に昇格したと思われる。
 この曲は後半5分くらいから始まる、ColtraneとTaylorとの掛け合いがポイント。音で埋め尽くそうとするColtraneと、雷鳴のように鳴り響くバスドラとのガチンコ・バトルが面白い。どちらもパワー全開の大勝負。




 ちなみにリリースが1960年、没年まであと7年を残すばかりとなっている。もちろんこの時点では、死ぬことなど微塵も考えてなかっただろうけど、この後の怒涛の変幻自在振りは凄まじく、最終的には万人の理解を得るには難しい世界に行ってしまうのだけれど、アトランティック時代、少なくともインパルスの初期くらいまでは、まだモダン・ジャズの領域に片足を残していた頃であり、ジャズ初心者でもまだ理解しやすいはず。

 体調が良い時でないと、なかなか最後まで聴きとおすことができないアルバムである。聴き手にもそれなりの努力を要求する、敷居の高いアルバムだけれど、聴きやすい曲、例えば1.5.6.7.あたりから試しに聴いてみるのがオススメ。



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タモリが教えてくれたColtrane - John Coltrane 『My Favorite Things』

john_coltrane___my_favorite_things__1983694168  これまでリリースされた多くのジャズ・アルバムの中でも、王道中の王道。一般紙のディスク・ガイドでも、名盤として高い確率で紹介されており、CMやTVのBGMなどでたまに使用されているので、なnとなく聴いたことがある人は多いと思う。
 1961年にリリースされているのだけれど、ジャズの場合、カウントの仕方が結構いい加減なので、何枚目のリーダー・アルバムかはわからない。

 Miles Davis『On the Corner』のレビューで書いたのだけど、ジャズのジャム・セッションが一度行なわれると、アウトテイクも含め、優にアルバム2~3枚分のテイクが残される。大抵はレコード会社の意向、または言い出しっぺのバンド・マスターがリーダーとなってアルバムがリリースされるけど、ごく稀に、使用スタジオやレコーディング契約の関係によって、バンド・マスターでありながら、クレジットが出せないケースもある。
 その場合、状況にもよるけれど、作曲やアドリブにやや多めに貢献したプレイヤーが、名義上のリーダーとなる。レコード会社イチ押しの期待の新人や、諸事情によって、まとまった金を稼ぎたい(大抵はドラッグの借金)者に花を持たせる場合も同様だ。
 レコーディング契約も口約束が多かったり、書面すら取り交わしてない場合も多かった、大らかな時代の話である。
 
 享年41歳ということもあって、活動期間ははなはだ短く、コンポーザーとして活躍した期間は、実質10年程度のものである。ただ、この人はジミヘンと並んで死後の発掘作業が古くから進んでおり、今でも未発表テイクやライブの音源がブラッシュ・アップされ、リーダー・アルバムは優に200枚を超えている。かつて所属していたレーベル・レコード会社はもちろんのこと、世界中の有志・コレクターによって、テレビやらラジオの放送音源もその対象となっており、公式・非公式ともども、いまこの瞬間にも続々ネットにアップロードされたり、そりゃもう収拾がつかない状態になっているのが現状。よほどのマニアックなファンでも、すべてを追い切れてないのが現状である。

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 晩年のアバンギャルドな方向性によって、「頭で聴く」小難しいジャズの代表である反面、本作を含むアトランティック期の一連のアルバムは、メロウさとテクニカルな面とが上手く拮抗して、ビギナーにとっても親しみやすいアイテムが多い。取りあえず、「最近Coltrane聴いてるんだよね」と言っておけば、何となく通ぶれる、というのも、日本における人気の高さを支えるひとつでもある。
 これがインパルス移籍後になると、末期に近づくにつれ、抹香臭く混沌としてきて、筋金入りのジャズ・ファンでもハードルが高くなってしまうのだけど、このアトランティック期の一連の作品は、普通のジャズ・ビギナーの耳でも、「なんとなく高尚だけど、一般的なジャズっぽいサウンドのイメージに近くって、耳当たりの良い演奏」として、まだ広く受け入れられている。
 ちなみに、それ以前のプレステッジ、ブルー・ノート期になると、メロウさが際立っているのと、まだアドリブ・ソロの面での迷いが見られる。
 
 Coltraneの代名詞的に語られるのが、『シーツ・オブ・サウンド』という演奏法なのだけど、そこまで突っ込んでジャズを聴いたことがない人だとピンと来ないだろうし、実は俺もそれほど詳しい音楽理論まではわかってるわけではない。
 わかってないことを前提に、誤解を恐れず、すっごく簡単に言ってしまえば、「空間をすべて音で埋めてしまう奏法」と思ってもらえればよい。
 サックスのロング・トーンを一音で表すのではなく、その間にとてつもなく早いBPMで、細かなフレーズを吹きまくることを、この時期のColtraneは徹底して行なっていた。かつて師事していたMilesによる、空間と余白とのギャップにて奥行きを演出したモード奏法が「静」なら、Coltraneの奏法は陰陽の関係である「動」にあたる。その最初の成果報告が『Giant Steps』であり、そのまた進化形が『My Favorite Things』である。

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 俺的に思い出深いのは、確かもう四半世紀も昔、NHK-FMでタモリがジャズの特番を1週間やっており、最後の最後で、自身が一番好きな曲として、このタイトル・ナンバーをオンエアした。管楽器にしては線が細く、それでいて力強さと強引さとをあわせ持ったソロが印象的だった。
 意識的にジャズを聴き始めるきっかけとなったのがこの番組であり、そしてソプラノ・サックスという楽器がこの世に存在することを知ったのも、このアルバムを通じてだった。


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1. My Favorite Things
 映画『Sound of Music』の挿入歌をモチーフとした、Coltraneといえばこれ、と言える代表作。オーディエンスの受けが良かっただけでなく、本人もお気に入りだったらしく、晩年までセット・リストに加えられていた。
 ジャズの特徴、特にColtraneの特徴として、様々なヴァージョンの"My Favorite Things"が残されており、晩年のアバンギャルド期に来日した時のヴァージョンなんかは、最初の数フレーズ以外は原形をとどめておらず、11分程度のオリジナル・ヴァージョンが延々1時間に拡大されている。
 映画版のオリジナル(と流布されてるけど、実はブロードウェイ・ミュージカル版が本当のオリジナル。映画が公開されたのは、このアルバム・リリースの後である)を聴いてもらえればわかるように、名優Julie Andrewsの表情豊かなヴォイシングと、黄金時代のハリウッドをほうふつとさせる、壮大なオーケストレーションが印象的だけど、「それ」が「こんな」風になってしまうのである。今で言えば、"Let It Go"をくるりがカバーするようなものだと思ってもらえればよい(どうも例えが難しい)。
 McCoy Tynerが、地味ながら堅実なプレイで活躍している。Coltraneの不穏なソプラノ・サックスの響きは最初の2分ほどで一旦捌け、McCoyが手堅いソロで場を繋ぐ。リズム隊の順繰りのソロが終わった後、再び御大登場、前半よりパワー・アップして、さらにアグレッシヴに吹きまくり、他メンバーも引っ張られるようにさらに熱を帯び、そして強引に幕引き。

 
 
2. Everytime We Say Goodbye
 5分程度のスロー・バラード。ほんとスタンダードなフォーマットのジャズに仕上がっている。McCoyの中盤ソロも、昔ながらのカクテル・ラウンジやジャズ・バーでいつもかかっているような、安心できる演奏。
 
3. Summertime
 有名なスタンダード・ナンバー。大抵のカバーはもっとスロー・テンポだけど、そのセオリーに反して強引に『シーツ・オブ・サウンド』を展開、アグレッシヴに吹きまくるソロを聴かせている。最初の♪Summertime~のサビの1フレーズ以外は、ほんと自由自在に展開したソロ。ていうか、ほぼ原形をとどめていない。
 途中から聴いてみると、まずColtraneのファンでもない限り、"Summertime"とわかる人はいないはず。辛うじて、やはり真っ当な普通人McCoyが、なんとなく"Summertime"らしいブリッジを聴かせている。

 
 
4. But Not For Me
 アトランティック初期の傑作『Giant Steps』を思い起こさせる、これも昔ながらのジャズ・クラブっぽい演奏を聴かせる良作。こちらも比較的有名なスタンダード・ナンバー。同じくシーツ・オブ・サウンド・スタイルだけど、もう少し肩の力を抜いたプレイになっている。軽快なアドリブが親しみを感じさせる。バックのリズム・セクションも楽しげで、やはりMcCoyは良い意味で凡庸なソロを聴かせている。
 ここまで散々、McCoyは凡庸だと書いているけど、誤解のないように。実際は、凡百のピアニストが束になっても適わないくらい、その演奏のポテンシャルは高い。
 ただColtraneが強烈すぎるのである。 




 前述したように、フリー・ジャズの台頭によって、Coltraneも情勢を無視できなくなり、次第にアバンギャルドなスタイルを志向するようになるのだけど、それはまだ晩年の話。ギリギリ、ジャズのコアなファンじゃなくても、まだ辛うじて理解できる傑作『Love Supreme』の話は、また別の機会に。



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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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