folder 2013年リリース、今はPaddy McAloonの独りプロジェクトとしてすっかり定着したPrefab Sprout、4年振りのニュー・アルバム。UK最高15位チャートインは『Andromeda Heights』以来の好成績、なぜかドイツでは92位、スウェーデン21位ノルウェー10位というデータもwikiではアップされている。なんだか中途半端なデータだな。
 4年振りとは言ってもこの人の場合、もう何十年もエンドレスで楽曲制作・レコーディング作業を続けているので、このアルバムのために新たに書き下ろしたマテリアルは少なく、過去のアーカイブを再構成した割合の方が多い。その量が膨大かつ中途半端なデモ・テイクが多くを占めているため、ひとつにまとめる労力たるや、ハンパないエネルギーを必要とする。
 もともと前世紀から寡作で知られるPaddyなので、この4年というインターバルは全然短い方、彼にしてはかなりのハイペースである。今どきメジャー第一線で活動している現役アーティストだってこのくらいのリリース・スケジュールになっているのだから、やっと時代がPaddyに追いついた感じである。いや違うな、きっと。
 リリース・スパンが短くなりつつあるのは、Paddy自身、残された時間が限られていることを意識しているせいもある。なので、これまで中途半端な仕上がりで未整理になっていた作品たちへの落とし前をつけるような、総まとめ的な作風が強くなっている。

 ただ前作『Let's Change the World with Music』リリース前にも『Steve McQueen』のレガシー・エディション・リリースに伴うリマスター+アコースティック・リメイク・ヴァージョンの制作も行なっているので、ここ近年は表に出る仕事が結構多くなっている。
 そりゃMark Ronsonや秋元康の仕事量と比べると微々たるものかもしれないけど、彼らが多くの実動スタッフを擁して流れ作業的にこなしているのに対し、Paddyの場合はほぼ単独、しかも手のかけ方が丁寧かつ細部に至っているので、作業の延べ時間は同等と言ってもいいくらい。表に出た結果と裏方仕事の比率の違いだと思う。
 オフィシャルにリリースされたアイテムが少ないため、世間的には寡作の人と思われがちだけど、制作中にフェード・アウトしてしまった作りかけのアルバムや楽曲が山のようにあることは、ちょっと熱心なファンなら誰でも知っている事実。もともと頻繁にライブやインタビューを受ける人ではないので、無為な隠遁生活を送ってるように思われがちだけど、実際はなかなかのワーカホリックである。

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 このアルバムがリリースされる経緯というのがまたこんがらがっており、そういった意味ではちょっぴり話題を集めたアルバムでもある。
 すごく端折ってまとめると、
 ① 何の前触れもなく、ほぼ完パケ状態のデモ音源集『The Devil Came a-Calling』がネット上に流出。
 ② 出どころ不明のため、ソニーは沈黙。その後、新作製作中のインフォメーション発表。
 ③ 曲順を変えただけ、ほぼそのまんまの形でオフィシャル・リリース、
 といった流れ。
 この流出がアクシデントだったのか、それとも関係者による意図的なものだったのか、その辺はうやむやにされて未だ不明だけど、Prefab Sproutという存在にニーズがあるのかどうかという市場リサーチ、ある種のアドバルーン効果を狙って流出させたものなんじゃないか、とは俺の私見。アーカイブものではない完全未発表ニュー・アイテムがどこまで受け入れられるのかを気に揉んだ末のアクションは、ネット時代を象徴したエピソードである。ファンだったらそんなの、無条件で受け入れるはずなのにね。

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 下世話な話だけど、「どうやって食ってるんだろう?」と思ってしまうくらい、今ではメジャー・シーンの喧騒からは身を引き、世俗的な所から離れて暮らしているPaddy。自宅兼スタジオのあるイギリスの古都ダラムは学生都市でもあるので、さほど生活費はかからないのかもしれないけど、スタジオの維持費だってそれなりにかかるだろうし、正直印税だって潤沢なものではないはず。
 それこそAndy Partridgeのように、デモ音源公開もビジネスとして捉え、しっかり計画立てたアーカイブものをリリースしていけば、財政的にも少しは潤うと思うのだけど、案外その辺が妙に前向きなので、ややこしくなる。自身が納得いくまでトラックに手を入れ、完成品じゃないとリリースしないのは、イギリスが誇るポップ馬鹿たる所以である。

 Paddy McAloonは世界のポピュラー界において稀代のソングライターではあるけれど、自ら行なうことが多いスタジオ・エンジニアリングの技術レベルは、お世辞にも褒められるものではない。レコーディングの使用機材が30年前のレベルで止まってしまっているため、現代の音響技術に追いついていないのが実情である。
 正直、年代物のATARIで製作された打ち込み音源は、今の視聴レベルでは古臭く聴こえてしまう。機材のポテンシャルが追いつかず、ピーク・レベルを超えて音割れしてる箇所だって目立つ。80年代に活躍したシンセポップ・ユニットの未発表アルバムと言われても、つい信じてしまいそうになるサウンドである。なので、現代のメインストリームの音楽には決して成り得ない。
 ほんとならPaddyの作った音源をベースにして、各トラックの音色だけアップ・トゥ・デイトなサウンドにコンバートしてしまえば、もう少しファン層の拡大に寄与すると思ってるのは俺だけじゃないはず。ていうかPaddy以外の誰もが多かれ少なかれ思ってることなのだけど、そうなる気配はひとっつもない。Thomas Dolbyは現場から離れて長いから難しいとして、もう少し現役感のある若手クリエイターにある程度委ねちゃってもいいんじゃないの?と余計な心配までしてしまう。

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 今後のリリース・スケジュールを考えてみると、一時期よりはだいぶ健康状態も回復しているようだけど、年齢的に偏執的な凝り性は進行しそうだし、一から十まですべてをハンドメイドで行なう作業スタイルは変わらないと思われるので、基本的なペースは変わらないと思う。前述したように、今どきのメジャー・アーティスト同様、平気で4〜5年くらいのブランクを空けることは世間的にごく当たり前になっているし、締め切りに追われたケツカッチンの作業をするのは性に合わなさそう。ていうかそういった仕事をPaddyに期待するのはお門違いだし。
 幸い作りかけのマテリアルは山ほどあるし、ネタに困るといったタイプでもないので、そのへんの心配は少ない。直近の2作同様、過去のアーカイブの幾つかを基本として、そこに新たに作ったマテリアルをプラスしてゆく、というスタイルを今後も続けてゆくんじゃないだろうか。
 これまでも「Michael Jacksonの一生」や「20世紀アメリカ文化の総括」など、構想半ばのコンセプト・アルバムが過去インタビューで明らかにされているけど、正直残された時間を考えると、すべてのプロジェクトの完成はちょっと難しい。なので、地球の歴史を長大な組曲として完成させる予定だった『Earth: The Story So Far』が『Let's Change The World With Music』に取り込まれたように、これまでの大がかりなコンセプトを曲単位に凝縮して、小品集的なアルバムとしてまとめるスタイルになると思われる。実際、名言はしていないけど、長大なコンセプトの名残りを残したような作品もここでは見受けられるし。

 今後のPaddyの仕事を円滑に進めるために必要なのが、優秀なコーディネーターの存在。Thomas Dolbyとのコラボ解消後はもっぱらCalam Marcomがテクニカル・パートナーとなっているけど、彼はあくまでエンジニアであり、サウンド面のアドバイスの域を出ることはない。スタジオという閉じられた空間での音楽ファイルのやり取りのみのコミュニケーションだけでは、外に広がっていかないのだ。Paddyの作品傾向やコンセプトを理解した上で、アーティスト・イメージを保持しつつ、新たな展開を真剣に考えてくれるマネジメント、ビジネス・パートナーが必要なのだ。
 いっそオーケストラとの共演アルバムなんかは相性が良いと思うのだけど、そういった動きもない。幼少時から教会音楽に慣れ親しむ機会の多い英国人ゆえ、ストリングスとの親和性は高い。予算や時間、段取りの煩雑さに対してのリターンが少ないせいもあるのだろうけど、これまでの古臭い打ち込み音源よりはずっとマッチするはず。
 こういった新プロジェクトにまつわる交渉ごとにおいては、アーティスト本人の熱意だけでなく、きちんと損益分岐も考えたコーディネイターの存在が必要になるのだ。問題は、その適任者が誰になるのか。Kitchenwareじゃ規模的に無理そうだし、条件的には一番適いそうなソニーもアーカイブ以外には予算を渋りそうなので、これもまた難しい。
 その辺を誰かプレゼンしてくんないかな。


Crimson / Red
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Prefab Sprout
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1. The Best Jewel Thief In The World 
 直訳すると「世界一の宝石泥棒」。なので、イントロに交じってパトカーのサイレンが遠くから鳴り響いているという設定。シングル・カットも一応されているけど、まぁ取り敢えず出してみました、といった感じ。今さらシングル・チャートにこだわってる風でもなさそうだし。
 それでもシングルにしただけあって明快なリフ・フレーズは覚えやすく取っつきやすい。でも正直、ミックスがねぇ。どの音も主張が強すぎて詰め込み過ぎた印象が拭えない。もうちょっとスッキリ整理してほしかった。



2. The List of Impossible Things
 なので、このくらいのサウンドの加減の方が、Paddyのヴォーカルにはしっくり来る。間奏のギター・ソロは郷愁を誘う。ちょっとブルースっぽくもある拙い感じが今の風貌にもマッチする。
 昔のThomas Dolbyのプロダクションだと、こういった曲調の場合、もっと幽玄としたエコーをかけて奥行きを演出していたのだけど、ここではほぼノン・エコーのドライなヴォーカル・トラックに仕上げている。雰囲気重心ではなく、一音一音をしっかり聴いてもらいたいという心境の変化か、それとも技術スキルの問題なのか。

3. Adolescence
 このシンセの音色は今じゃオールド・スタイルなのだけど、やはりPaddyの作る音楽にはしっくり馴染んでいる。今さらやり方を大幅に変えることもできないし、このサウンドを想定しての一連のメロディ、コード進行、そして歌詞なのだろう。
 一節にアルバム・タイトル「Crimson Red」が挿入されている。
“Adolescence Crimson/Red Fireworks Inside Your Head”
 タイトルは「思春期」の意。永遠の思春期をさまよい歩くPaddy、その秘めたる情熱は深紅の炎の如く熱く、そして自らを焼き焦がす、といった意味か。毛髪はすっかり白いけどね。

4. Grief Built The Taj Mahal
 これも直訳すると「深い悲しみがタジ・マハールを建てた」。これまでよりエフェクトも少なく、ほぼナチュラル・トーンのギターの弾き語りスタイル。曲調的には『Andromeda Heights』期のニュアンスに近く、これも壮大なコンセプトの一片と窺える。地味な曲ではあるけれど、Paddyのヴォーカルが最も映えるのはこういったシンプルなスタイル。

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5. Devil Came A Calling
 発売前にさんざん出回った流出ブートレグのアルバム・タイトルとなったトラック。「悪魔が呼び出しに来た」といった不穏なタイトルが象徴するように、サウンドもダークなテイストで統一されている。凝ったコードもそれほど使っておらず、メロディ自体はほとんどワンパターン、それが呪術性を象徴しているのだろう。
 60年代Dylanのベースメント・テープスのアウトテイクから引っ張ってきた、と言われたたら信じてしまいそうな、そんなテイストのアコギかき鳴らしナンバー。

6. Billy
 ここでも出てきた個人名シリーズ、今回はBilly、William氏。ネオアコ・テイストを彷彿とさせる、やや青さも感じさせるミディアム・チューン。バンドとしてのPrefab Sproutを思い出させてくれる曲調で、オールド・ファンには最もウケがいいと思われる。まだこういったこともできるんだなぁ、と改めて感慨に耽ってしまう。
 あぁ、これももっといい音で聴きたかった。

7. The Dreamer
 サウンド的には最もコンテンポラリーで、間口の広いナンバー。今のPrefab Sproutがどんな音楽をやってるのか?と問われた場合、この曲を聴かせればファンになること請け合いだと思う。まぁそんな機会ってまずないんだけど。
 2部構成の組曲となっていて、後半はほんと『Andromeda Heights』サウンドになっちゃってるのだけど、これもデモ自体はその時期に作られたんじゃないかと思われる。「Dreamer」なんて言葉、50近くになってからは滅多に口に出せないしね。



8. The Songs Of Danny Galway
  Danny Galwayは架空の人物。もちろんモデルは実在しており、かつて楽曲提供し、セッションまで行なってしまったPaddy憧れのアーティスト、Jimmy Webb。ここでは恐ろしく持ち上げられているDanny、いやほんとはJimmy。
 ストレートな憧憬を表現するため、ヴォーカルにも熱が入り、シンプルなバンド・セットでのサウンド・メイキングとなっている。やっぱりこうだよな、Prefabって。AORっぽいメロディアスなのもいいけど、時々こうやってアクティヴにやってくれてた方がメリハリがついてグッド。

9. The Old Magician
 老マジシャンを歌った、こちらも60年代末期Dylanをイメージさせるアコギ弾き語りナンバー。歌詞の内容もDylanっぽく老成した内容。ていうかこの人、昔から老成した歌詞ばっかり書いている。後期に入ってからは純粋なラブ・ソングを書き、そして今は年相応のテーマを歌うようになった。
 若い時に敢えて斜に構えて「老い」を歌ったかつての楽曲より、当事者として素直な視点で歌えるようになったことは、成長なのかそれとも老成なのか。まぁどっちもだろう。

10. Mysterious
 ラストは情緒的なハープが全編を彩るミディアム・チューン。アルバム前半の派手な打ち込みサウンドから徐々にアコースティック・テイストに変化してゆき、ここではゆったりした「いつもの」Prefabサウンド。音数も少ないので、変に強調されたミックスになることもなく、安心して聴くことができる。
 そうだよ、別に「進化」なんかしなくっていい。いつものサウンドで充分なんだ。変に今風に合わせなくたって、聴き続けるファンは必ずいるんだから。






 今のところのPaddy、目立った動きはない。今どきFacebookもtwitterもインスタグラムもやらないので、インフォメーションの経路は恐ろしく限られている。世界中のファンサイトが熱心に情報を上げてくれてはいるけれど、そのほとんどはアーカイブの発掘情報ばかりで、リアルタイムの状況が発信されることはほとんどない。
 多分、今もダラムの田舎で規則正しい静かな生活を送りながら、マイペースな創作活動に励んでいるのだろう。それがPaddyの望んだ環境である以上、ファンは彼が腰を上げるのを待つ他にない。
「惚れちゃった弱み」っていうんだろうな、こういうのって。



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