英米のみならず、ここ日本においても飛躍的に知名度を上げたヒット作『Skylarking』リリース後のXTC、にもかかわらず、リーダーAndy Partridgeのステージ・フライト(恐怖症)は回復の見込みがなかったためライブができず、苦肉の策として行なわれたラジオ局回りや日本でのサイン会という、極めて中途半端、ロー・リスク、ロー・リターンなユルい仕事しかしていないのだった。
本人いわく、ラジオ出演時にスタジオ・ライブは時たま行なったらしいけど、そのほとんどはラジオ収録のついでに行なわれたアコギの弾き語りセッションばかりで、普通の神経ならとてもライブやってますっ、と言える代物ではない。それでもそこを臆面もなく言い張る英国気質こそが、まぁAndyなのだけど。
進んでしまった時は、もう元に戻せない。
歴史に”if”は付きものだが、もしあの頃、『Skylarking』~『Nonsuch』までの間にAndyが一念発起して、せめて小ホール・クラスでもいいから、また短期でもいいからツアーを行なっていたとしたら?大ヒットまでは行かないまでも、日英米のセールスは上向いただろうし、ファン層ももう少し広がったはず。
歴史に”if”は付きものだが、もしあの頃、『Skylarking』~『Nonsuch』までの間にAndyが一念発起して、せめて小ホール・クラスでもいいから、また短期でもいいからツアーを行なっていたとしたら?大ヒットまでは行かないまでも、日英米のセールスは上向いただろうし、ファン層ももう少し広がったはず。
他のメンバー2人Colin MouldingとDave Gregoryはといえば、彼らはむしろライブ活動に前向きであったため、やはり問題はAndyである。
確かにフロントマンとしての重圧はそれなりにあったろうし、体調的な問題も結局は本人次第なのだけど、それでも一度くらいはまともなライブをやって欲しかった、というのがファン共通の思いである。
確かにフロントマンとしての重圧はそれなりにあったろうし、体調的な問題も結局は本人次第なのだけど、それでも一度くらいはまともなライブをやって欲しかった、というのがファン共通の思いである。
ファンの多くは知っていることだけど、Andyというのは非常にめんどくさい男である。前作『Skylarking』でタッグを組んだプロデューサーTodd Rundgrenとは、レコーディング中に何かと行き違いすれ違いが多く、最終的にはケンカ別れとなった。なので、今回は同じ轍を踏まぬよう備えたのか、もう少し若い世代のエンジニア系プロデューサーPaul Foxを起用している。
これだけあらゆるプロデューサーとぶつかり合いながら、なぜセルフ・プロデュースを行なわないのか、というのも、主にファン・サイトで長らく議論されている。すべての作業が終わってから、雑誌インタビューなどを通じてプロデューサーを散々こき下ろす事が、一種の恒例行事になっている。大抵は「自分の理想とするサウンドを滅茶苦茶にされた」と、皮肉な冷笑を添えて語ることが多い。
すべての作業を自分の管理下に置けば、不満も少なくなるのではないか、と思ってしまうのだけど、そう簡単なものではないのが、Andyのまためんどくさい点である。一応自己分析能力はあるのか、プロデュースの才能がない事を自覚してるフシがある。サウンド・プロデュースもそうだけど、もう少しシステム的な問題、期限とバジェットを決めたレコーディングというのが苦手なようである。もし時間が許すのなら延々とレコーディングばかりやっている男なので、いつまでも作業が遅々として進まず、完成できたものが何一つない、グタグタな状態になる事を承知しているのだろう。
自分の描くビジョン通りに事が運ぶのが理想だけど、人に委ねることによって、そう簡単にはいかず、だからといってスムーズに事が運んでもプライドが傷つけられ、やはり不満は生じる。
もともと生粋の英国人、息をするように皮肉が飛び出すお国柄である。
Oranges & Lemons
posted with amazlet at 16.02.06
Virgin UK (2004-04-01)
売り上げランキング: 22,255
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1. Garden of Earthly Delights
インド音楽調のイントロから一転、カラフルなパワー・ポップの洪水。『Skylarking』で得たポップ・サウンドをさらに金と手間をかけて磨き上げた、アバンギャルド性と大衆性との融合。気合の入り方が、これまでとはまるで違う。何しろ音の厚みがこれまでとは段違いになっている。それでいて、個々の音がきちんと聴こえる、というのは録音にもこだわったのだろう。
2. The Mayor of Simpleton
こちらも軽快なギター・ポップ。XTCとしては珍しくUSチャートでも健闘したシングルで、Mainstream Rock Tracksという専門チャートでは15位、Modern Rock Tracksでは、何と1位を獲得している。まぁニッチなチャートではあるけれど、”Dear God”に続く快挙である。
こういうヒット・ソングを引っ提げてのツアーに出ていれば、今後の状況も変わってたかもしれないけど、まぁ出なかったよね。このサウンド・フォーマットでもう2、3作続けていれば、とは思ってしまうけど、まぁ今さらか。
3. King for a Day
1.2.がAndy作曲で、これはColin作曲。性急なビートと転調がAndyの特徴に対し、彼の場合比較的オーソドックスなメロディを基調としている。スタンダードなポップ・ソングが彼の持ち味なので、驚きや刺激は少ないけど、Andyとの対比によって、アルバム全体としてはうまくバランスが取れている。
今のところColinのソロ・プロジェクトは聴いたことがないのだけど、多分これ一色だと甘ったるいんだろうな、きっと。Andyだって通して聴いてると、薬味だけ食ってるみたいだろうし。
1.同様、Mainstream Rock Tracks15位、Modern Rock Tracks38位と、スマッシュ・ヒットを記録している。
4. Here Comes President Kill Again
再び大統領を殺したい、という不穏な内容を、ダウナーっぽいポップ・ロックに乗せて気怠く歌うという、まぁいつものAndyお得意、皮肉を交えた時事ソング。甘いケーキの後には、こういったシナモン・ティーの刺激を欲するのが、やはり英国流である。
5. The Loving
スタジアム・ロックっぽいイントロから始まる、でもやはりいつものXTC。『Skylarking』では大人しめだったAndyのギターが、この『Oranges & Lemons』では爆発しているのだけれど、ギター・サウンドならこの曲がオススメ。ベタにポップなリフから、間奏でちょこっと聴けるギター・ソロまで、普通にギター・ロック好きな人なら気に入ると思う。ほんと、やりゃできるのに、どうしていつも執拗にサウンドを捏ねくり回してしまうのか。
まぁそれが英国人集団XTCの持ち味でもあるのだけれど。
6. Poor Skeleton Steps Out
アフリカン・ビートをベースとした変則リズムこそ、変態POPバンドXTCの真骨頂である。かつての彼らなら、もっとダウナーでエキセントリックなサウンドにしてしまうところを、プロデューサーPaulの判断なのか、それともXTCの変節なのかは不明だけど、聴きやすくコンテンポラリーな形に仕上げている。やはり行き過ぎは良くないのだ。
7. One of the Millions
再びColin作。前作は比較的Colin作が多く取り上げられていたが、今回のメインはAndy、Colin名義は3曲である。これが冷遇されているのかというと、どうもそういったわけではなさそうである。これ以降、急激に二人の仲が悪くなったわけでもなさそうなので、そこは音楽的クオリティーを重視して、互いに譲り合っているのか。まぁよくわからん関係ではある。
こちらもオーソドックスなアコースティック・サウンドでまとめられており、アルバム構成的にはバラエティに富んで正解。
特にこの『Oranges & Lemons』、これまでのアルバムと比べて収録曲数も多く、レコードでは2枚組だったため、かなりの長尺である。CD1枚の限界まで目いっぱい詰め込んだボリュームで、Andy一色に染めてしまうと、ちょっと胸焼けしてしまう。ちょうどいいバランスを判断できる、第三者的なプロデューサーがいないと難しいのだ、このXTCというバンドは。
特にこの『Oranges & Lemons』、これまでのアルバムと比べて収録曲数も多く、レコードでは2枚組だったため、かなりの長尺である。CD1枚の限界まで目いっぱい詰め込んだボリュームで、Andy一色に染めてしまうと、ちょっと胸焼けしてしまう。ちょうどいいバランスを判断できる、第三者的なプロデューサーがいないと難しいのだ、このXTCというバンドは。
8. Scarecrow People
よーく聴けばカントリー・タッチでもあるのだけれど、オルタナ・フォーク?ギターのサウンドが面白く、これぞXTCならでは、という楽曲。ただ単純なポップ・ソングではなく、ひと捻りもふた捻りもしてねじ曲がった変態ポップ。
歌詞は『オズの魔法使い』をモチーフにして作った、ということだけど、まぁ俺も含め日本人なら理解しづらいので、サウンドを堪能してほしい。
9. Merely a Man
ストレートなパワー・ポップ。Huey Lewisあたりがカバーしててもまったく違和感がない、それくらい王道のポップ・ソング。こういう曲も作れるはずなのに、何かにつけ余計にひと手間ふた手間かけてしまうのが、この人。
まぁそれはしょうがないとして、こういったサウンドに負けないくらい、Andyは堂々と歌っている。ちょっと神経質ながら、十分通る声質を持ち合わせているのだ。これでも少し図太ければ、チャートの常連も夢ではなかったのに。
まぁそれはしょうがないとして、こういったサウンドに負けないくらい、Andyは堂々と歌っている。ちょっと神経質ながら、十分通る声質を持ち合わせているのだ。これでも少し図太ければ、チャートの常連も夢ではなかったのに。
10. Cynical Days
三たびColin作。曲数は少ないながらも、バリエーションに富んだ曲を提供しており、今度はメランコリックなスロー・テンポで、どこかサイケデリック。実はこの曲、ドラムがかなり健闘している曲であり、逆に言えばドラム抜きのトラックだと、何とも間の抜けた、甘ったるいだけのバラードになってしまうところを、Andyも顔負けの変則ビートが曲を支配している。
今回のアルバムはほぼ全曲、Pat Mastelottoが担当している。10代からスタジオ・ミュージシャンとして数々のセッションに参加、Mr. Misterでメジャー・デビュー後、並行してセッション・ミュージシャンとしての活動も継続、後にあのRobert Frippに見初められてKing Crimsonに加入してしまう、何とも波乱万丈なスケールの男である。
下手すると、XTCよりもミュージシャンとしてのスキルは上であり、曲によってはこのようにメインを食ってしまうこともままある男である。
下手すると、XTCよりもミュージシャンとしてのスキルは上であり、曲によってはこのようにメインを食ってしまうこともままある男である。
この曲については、そんな捻くれ者同士のよじれ切った才気が、良い方向に融合した好例。
11. Across This Antheap
珍しいスタンダード・ジャズ調のしっとりしたオープニングから一転、いつものパワー・ポップなXTC。エフェクトの使い方などが、ちょっと前のXTC、どことなく『Black Sea』あたりを連想させる。
今回のプロデューサーであるPaul、バンドにはいつも通り結構好き勝手にやらせていながら(ていうか特にAndy)、仕上がりはこれがなかなか、XTCビギナーでもすんなり抵抗感なく聴けるようになっている。意外と策士でバンドを上手く手なずけていたと思うのだけれど、結局いつものAndyのボヤキによって、今作だけのコラボになってしまったのは残念。
12. Hold Me My Daddy
典型的なXTC型パワー・ポップ。このようなアッパー系のナンバーが多いのも、このアルバムの特徴。バラード、スロー・テンポの曲は数えるほどしかないことから、当時のAndyの躁状態がうかがえる。
13. Pink Thing
というわけで、パワー・ポップが続く。アコギをメインとして使っているため、これまでよりはやや大人し眼め。全15曲というボリュームのため、こういった曲も入れてメリハリをつけないと、全部アッパー系では胸焼けしてしまうのだ。
この辺の曲は普通にシングル・カットしてもそこそこのチャート成績を収めそうなのに、切ったシングルは2曲のみ。この辺りにアメリカ進出戦略の甘さが窺える。ただ良い曲を書いていれば、それでいいわけじゃないのだ。
この辺の曲は普通にシングル・カットしてもそこそこのチャート成績を収めそうなのに、切ったシングルは2曲のみ。この辺りにアメリカ進出戦略の甘さが窺える。ただ良い曲を書いていれば、それでいいわけじゃないのだ。
14. Miniature Sun
最初Colinのナンバーだと思っていたのだけど、クレジットを確認してみたら、Andy作だった。アレンジがそれっぽかったのだけど、やはり同じバンドにいると、どこか曲調も似てくるのだろうか。マイナー調のメロディに時折入るシンセ・ブラスが印象的。
15. Chalkhills and Children
遂にBryan Wilsonの境地にまで達した、とリリース当時から各方面より絶賛された、Andyのソングライター歴の中でも、最も透徹とした美しい曲。Chalkhillsとは、彼らの故郷Swindon 近郊、『English Settlement』のジャケットにも書かれている象形画Uffington White Horseで有名な所らしい。
ここまではハイ・テンションのパワー・ポップ一辺倒だったにもかかわらず、ラストでここまで美しい曲を出してくるとは、Andyやるじゃん、と言いたくなる。ていうか、もうこれ反則の域である。感情を押し殺したヴォーカルとコーラス、薄くヴェールのように全体を覆う柔らかなシンセ・サウンド、遠い霞の向こうから響くドラム。全てが調和が取れた完璧を志向した世界。
この曲を聴くたび思い出すのが、ヘッセの『ガラス玉演戯』という小説。美しい世界の美しい音楽、それにまつわる人々の愛憎。関連性はまったくないはずなのだけど、読めば何となく共感できるはず。
UK28位US44位という、『Skylarking』に続くアルバムとしてはまずまずの成功を収めたXTC、チャート的には上昇傾向にあり、さらなる密室ポップの追求として、最も外部に開かれたアルバム『Nonsuch』をリリースすることになる。メジャー・サウンドを意識しながらも、あくまで基本は作品至上主義だった。
それは良いのだけれど、問題はやはりAndy。Stage Flight振りは相変わらずだった。
それは良いのだけれど、問題はやはりAndy。Stage Flight振りは相変わらずだった。
それはまた次回で。
A Coat Of Many Cupboards
posted with amazlet at 16.02.19
Virgin UK (2010-07-19)
売り上げランキング: 16,177
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