Innervisions  1973年発売、Stevie若干23歳にして、既に16枚目のオリジナル・アルバム。何しろ12歳でデビューしているのだから、とにかく芸歴が長い。
 レーベル全盛期を支えた多くの所属アーティストらが、まぁそれぞれいろいろあって、次々と他社へ移籍したり、またはいつの間に活動自体がフェード・アウトしてしまったりする中、Stevieはデビューから一貫して古巣モータウンに所属し続けている。活動ペースのムラはあれど、一途に浮気もせず、脇目も振らず、いまだ現役の稼ぎ頭として、老舗レーベル・モータウンの屋台骨を支え続けている。
 
 Berry GordyとSmokey Robinsonによって創設されたモータウンは、 Marvin Gaye『What's Going On』のレビュー でも述べたように、スタジオ・ミュージシャンを缶詰め状態にして、とにかく大量のバック・トラックを制作、ツアーやテレビ・ラジオ出演の合間を縫って、スタジオに飛び込んできたシンガーらがチャチャッと歌を吹き込み、熟練のエンジニアらがラジオで最適の音質で聴こえるようにミックス・ダウン、毎週月曜日の会議を経て、次々と高クオリティのポップ・ソウルをリリースしていった。ここ日本においてでも、90年代初頭に流行したビーイング・サウンドの席巻は、モータウンのノウハウが十二分に活用されている。
 
 そういったイケイケ状態の新興レーベルに所属している状況だったので、まだセールス実績もそこそこの十代で、しかも盲目というハンディキャップを背負っている少年にとって、まともな発言権などあろうはずもなかった。キャリアを重ねるに連れ、次第に表現欲求や自己主張も増えていったことだろう。ちょっと口を挟みたい時だって、数知れずあったと思う。しかし、当時の音楽業界に携わっていた者は、多かれ少なかれ山師的な胡散臭さと老獪さを持ち合わせており、デビュー間もない小僧の戯言にまともに耳を傾けることはなかった。
 社会的・音楽的にも激動の時代を迎えた60年代のまっただ中にいるにもかかわらず、いつまでたっても永遠の少年扱いのままのStevie、相も変わらず社命によって、「ちょっと音楽的に器用な黒人の少年」というレッテルのもと、お仕着せのポップ・ソングを歌い続けなければならなかった。

StevieWonder-Grover

 モータウンによる音楽的な過干渉に耐え切れなくなり、抑えきれなくなったフラストレーションのガス抜きのため、Stevieはこれまでとはちょっと流れを変えた、ほぼすべての楽器を自分で演奏したジャズ・インスト・アルバム『Alfee』を制作したのだけど、あまりにこれまでのStevie Wonderのイメージとかけ離れていたため、営業戦略上、まともな形で発売することを渋ったモータウンは、老獪な懐柔の末、『Stevie Wonder』ではなく、別名義(Stevie Wonderのスペルを逆に綴ったEivets Rednow名義)でのリリースを提案する。
 Stevieとしては、とにかくアーティスティックな一面をアピールできれば、セールスは二の次だったので、その提案にホイホイ乗ってしまう。モータウンとしても、多分大きなセールスは見込めないと判断したのか、プレス枚数は最低限度、プロモーションもほんの申し訳程度で済ませてしまったため、当然、リリースされたこともほとんどのファンが気づかず、リリース当時から幻のレア・アイテムとなってしまった。
 モータウンとしては、一時的な売り上げ減少にはなったけど、先を見越した考えでゆけば、頭に乗ってきた若手に差し出した、ちょっとしたアメ玉的プレゼントでしかなかった。結局のところ、周囲の大人にうまく丸め込まれた、というのが、ここまでの経緯。
 
 二十歳の誕生日を迎えたと同時に、それまで抑圧されていたStevieの反撃は始まる。
 これまで稼ぎに稼いだ挙句、未成年という理由でプールされていた正当なギャランティを、完全に合法的な手続きに則って、管財人となっていたモータウンから、ほぼ全額奪い返す。しかも、自前のプロダクションと音楽出版社も用意し、法的武装も怠らなかった。さらには、自作のプロデュース権まで獲得することによって、最も自分の音楽を作りやすい環境づくりに成功する。
 ここまで用意周到な交渉過程の裏には、もちろん弁護士など専門家からの助言アドバイスも大きかっただろうし、いろいろ甘言を吹き込む取り巻きなどの尽力もあったのだろうけど、それにも増して、自らの音楽的信念を曲げず、進むべき道を邁進するために手練手管を尽くした、Stevie自身の手腕が大きく物を言っている。

stevie-wonder-1973

 金と自由を手にし、あとは音楽を作るだけである。
 これまでは子ども扱いされて、ミキサー卓に触れることも容易にできず、お仕着せの売れ線ソングを歌うだけだった頃と比べ、もう容易に口出しできる者はいない。今までは常に上から目線だった会社のお偉方も、今となっては、Stevieに対しては愛想笑いを浮かべるばかりである。
 もっとも、モータウン側にも、Stevieばかりに構っていられない事情があった。当時のポイント・ゲッターの椅子が、Michael Jacksonをヴォーカルに据えたJackson 5、それとSupremesを脱退してソロ活動をスタートさせていたDiana Rossらに移っていたため、正直、Stevieが勝手に事を起こしても、レーベル全体にとっては、それほど大きな脅威にはならなかった。
 というわけで、結果的に雑音の少ない状況となった中、Stevieは次々と歴史的な傑作を制作してゆく。
 
 昔から名盤扱いされていたこのアルバムだけど、俺が本当に好きになったのは、ここ半年くらいのことである。20代前半、アルバム・ガイドに載っていたモノを片っぱしから買い集めていた時期に聴いたものの一つだったのだけど、当時ロックをメインに聴いてきた耳では、イマイチピンと来なかった。
 というより、80年代のStevie自体が、アップ・トゥ・デイトな存在ではなくなっていた。
 当時の彼の代表作は、「I Just Called to Say I Love You」と「Part-time Lover」、ポップ・ソウルの基準で行けば、余裕でアベレージ超えなのだけど、かつて3部作+ 『Songs in the Key of Life』を世に問うた頃の彼と比べれば、ほんと凡人と天才ほどの格差が開いていた。80年代のStevieとは、無難なポップ・ソングを作り続ける「愛と平和の人」であり、、いわば革新的なソウル/ポップ・アーティストの基準で見れば、「とっくに終わった人」程度の扱いだったのだ。

stevie wonder 06

 ここ2、3年、自分の音楽的嗜好が、ロックやポップスなどから、レアグルーヴやジャズ・ファンク、アシッド・ジャズ、ディープ・ファンクなどに変化し、一時はマニアックなジャンルへも進んだのだけど、いろいろ聴いてきてひと回りしたのだろう。ベタな名作を再度聴き直すバイオリズムに入ったため、ほんとつい最近になって再び、『Innervisions』と巡り合った。
 すると、今まで退屈でちょっと小難しく聴こえてきてしっくり来なかったサウンドが、数十年経った今となっては、Stevie自身によって濃厚に調味されディスプレイされた記名性の高いサウンドが、驚くほどスルリと耳に馴染み、そして完全に虜になった。
 若い頃の耳では理解できなかったことが、年を経るにつれ、少しずつではあるけれど、噛みしめる度に理解が深まってゆく。
 44歳になって、初めてStevie Wonderが、本っ当に好きになった。


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1.Too High
 ムーグとスネアによる導入部、スキャットっぽい女性コーラスの後、少しEQをかけた、くぐもったStevieのヴォーカル。バック・トラックは一定ながら、曲調は結構いろいろ変化し、最後はジャズ・セッションっぽく終わる。
 最初はサビとコーラスが気持ちよくて、何となく聴いていたに過ぎなかったのだけど、通して最後まで聴いてみると、普通のアルバム一枚分のアイデアがぎっしりと詰め込まれた、かなり完成度の高い、なんかすごい、そしてなんかヘンな曲である。でも、クセになる曲。
 
 

2.Visions
 比較的ストレートなスロー・バラード。ちょっとフラメンコっぽいギターが曲調をリードしているのだけれど、時々変なオブリガードが入っており、やはり一筋縄ではいかない曲。
 
3.Living For The City
 このアルバムが紹介される際、最も取り上げられる頻度が高い曲。すべての楽器プレイをStevie自身が行なっている。一人でドラムを叩いてリズム・トラックを作り、それに上物である鍵盤類を被せて、自分でヴォーカルも乗せる。音を合わせてゆくだけでも大変なのに、若干20歳前後の少年がこんなグルーヴを作ることができたのは、やはりこの時期のStevieは神がかっていたとしか思えない。
 この時期の未発表曲は山ほどあるらしく、完成・未完成問わず含めると、その数は1000曲近く、そこから厳選されたのが、俗に言われる『Talking Book』、『Innervisions』、『Fulfillingness First Finale』、『Songs in the Key of Life』の4部作である。
 
 

4.Golden Lady
 一般的に人気の高いのは、これのひとつ前の3.なのだけど、俺的には、これがこのアルバムでのベスト・トラック。
 シンプルなピアノ・ソロから始まるInterludeの後、ミドル・テンポが淡々と続く。この時期のStevieの特徴として、ヴォーカルの緩急の付け方が上手くなった、という点が大きい。比較的抑え気味のヴォーカルが演奏の一部として楽曲に溶け込み、徐々に熱くなってくるリズム・セクションに引っ張られてゆく。終盤に差しかかるに連れて、ヴォーカルもフェード・インするように、次第に熱量が大きくなってくる。
 一聴して地味な曲だけど、非常に吸引力の強い、麻薬的な習慣性を引き起こす。
 
 

5.Higher Ground
 Red Hot Chili Peppersのカバーが最も有名。演奏・アレンジもほぼ完成の域に達しており、かなりの腕達者の集団であるはずのレッチリでさえも、この作品世界を壊すことはできなかった。手練れのプレイヤー集団が一堂に会しているのだから、いろいろ試行錯誤しながらセッションを重ねたのだろうけど、結局、新たな価値観を創造することができず、ストレートにカバーせざるを得なかった。
 ちなみにこの曲も、すべてのトラックを一人で演奏している(驚)。
 
 

6.Jesus Children Of America
 邦題が"神の子供たち"。まぁ意訳として間違ってはいない。Stevieのアンチの意見として、その博愛主義、宗教めいた教条主義に拒否反応を示す、という意見を読んだことがあるけど、80年代のほんの一時期の傾向のみを切り取って、大げさに語っているに過ぎない。
 『Innervisions』発表直前、Stevieは従兄弟の運転する車に同乗した際、交通事故に遭う。この事故の後遺症で一時味覚と嗅覚を失うのだけど、その後のリハビリが功を奏し、肉体的には、ほぼ完全に回復した。ただ、この時のボーダー体験が、彼を内的世界(Innnervisons)へと誘うきっかけになったのだと思われる。
 「究極の信仰は自分の中にある」というのなら、Stevieもその時に得た世界観に従って、このアルバムを制作したのだろう。
 
7.All In Love Is Fair
 シンプルにまとめられた、ドラマティックなバラード。ちょっとElton Johnをモチーフにした、ストレートで、しかも時代の風化を感じさせない曲。
 
8.Don't You Worry 'Bout A Thing
 Stevieの曲はジャンルを問わず、かなり多くのアーティストにカバーされているのだけど、Incognito のヴァージョンは最高!俺的には、カバーがオリジナルを上回った、稀有な例だと思っている。
 リズムの面白い曲だけど、アシッド・ジャズの基本フォーマットである、4つ打ちドラムが心地よい。
 
 

  

9.He's Misstra Know-It-All
 一聴して地味な曲調が多い『Innnervisions』、ラストを飾るこの曲も、長い間聴き流しており、魅力に気づいたのは、つい最近。
 基本は単調なメロディの反復である。流麗なピアノ・ソロで始まり、徐々にコーラスとリズム・セクションが加わり、転調の後、Stevieのヴォーカルも熱を帯びる。後半はジャズのアドリブっぽくなり、混沌がピークに達しようとしたその時、コーラスとのコール&レスポンスで締める。






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