folder 1982年リリース、12枚目のオリジナル・アルバム。前年リリースで大ヒットを記録したシングル「聖母たちのララバイ」を収録した『夕暮れから…ひとり』はオリコン最高4位だったけど、今回は知名度の高いキャッチーな曲が入っていないため、14位とそこそこの実績。
 82年といえば、明菜・キョンキョン・伊代ちゃんを始め、その後の歌謡界を担う女性アイドルが続々デビューしていた頃。なので、販促計画が若手女性アイドルに偏っていたため、意欲作『Love Letter』は、あまり話題にはならなかった。俺もリアルタイムでは聴いていない。

 当初から事務所方針がしっかりしていたこと、また本人の意向もあってか岩崎、いわゆるタレント活動・アイドル仕事には、あまり手を染めていない。当時は「出て当然」と思われていた「オールスター水泳大会」や、「新春かくし芸大会」などの出演はあったにせよ、基本は歌番組中心、または「8時だよ!全員集合」のように、独立した歌のコーナーが設けられているバラエティに絞られている。
 彼女のディスコグラフィーを見てみると、初期の段階から賞味期限の短いアイドルとしてではなく、息の長い本格派シンガーとして育てていこうとする方針が窺える。代表曲である「ロマンス」や「シンデレラ・ハネムーン」など、キャッチーなシングルでお茶の間の知名度と売り上げをゲット、片やアルバムでは、インパクト重視のシングル曲とは一転、ヴォーカルにフォーカスを絞ったメロディとアンサンブルで構成されている。
 女性アイドルでありがちの無垢な少女っぽい楽曲は少なく、歌の主人公は実年齢より少し背伸びしたシチュエーションで設定されており、歌いこなす難易度もちょっぴり高い。人生経験の少ない10代少女が感情移入して歌うには、ハードルが高い楽曲も多いのだけど、楽曲を自分の方に引き寄せられるポテンシャルの高さが、彼女には備わっていた。

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 アラフィフ世代の俺にとっての岩崎宏美とは、ダントツで「聖母たちのララバイ」。この時期のイメージが最も強い。前髪パッツンのサラサラロングヘアにロングドレスというビジュアル・イメージが、しっかり刷り込まれている。
 次に強いインパクトだったのが、コロッケのモノマネによる「シンデレラ・ハネムーン」。直接的な本人の印象じゃないけど、極端にデフォルメされた顔芸は、良くも悪くも岩崎にとってコロッケにとっても、代名詞的な役割を果たした。いまも高橋真麻がこのメソッドを受け継ぎ、知名度に寄与している。
 次に思いついたのが、「男女7人秋物語」。「夏」じゃないよ、「秋」の方。親から受け継いだ下町の釣り船店を営む、サッパリした性格の沖中美樹役は、素の江戸っ子気質と地続きだったため、自然に演じきれていた。最初の「夏物語」の評判の陰に隠れているけど、これはこれで面白い。

 せっかくなので、他にどんなドラマに出てるのか調べてみたのだけど、これが見当たらない。単発ドラマやごく初期に連続ドラマに出ているらしいのだけど、ほぼ「ない」と言っちゃっていいくらい。wikiにある以外にも、なんかあるんじゃないかと探ってみたのだけど、やっぱり目立ったものはない。
 70~80年代は、少しでもテレビでの露出を増やすため、多くのアイドルが歌に芝居にコントにグラビアに、事務所にケツを叩かれながらこなしていた。当然、岩崎にも何らかのオファーはあったはずなのだけど、事務所サイドで断っていたのか、それとも本人にやる気がなかったのか。
 思うに彼女、そこまで器用な人ではない。近年こそ、歌以外でのテレビ出演も受けていたりはするけど、量は決して多くない。
 1979年にロック・ミュージカル「ハムレット」のオフィーリア役を受けてはいるけど、その後もミュージカルに本腰を入れた様子もない。あくまでメインはシンガーである。そこにブレはない。
 他のアイドルのように、芝居もコントも歌も、バランス良くこなすタイプではないのだ。どちらかといえば、ひとつのことに地道に愚直に取り組む、そんな泥くささこそが、岩崎宏美の特性なのだろう。

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 もともとデビュー当時から岩崎のレパートリーは、アイドル・ポップスというより、大人っぽい歌謡曲テイストの楽曲が多かった。大人の鑑賞にも耐えうるテイストの楽曲群は、彼女のパーソナリティにフィットしていた。いたのだけれど、ただそこら辺できれいにまとまっちゃった分、若いがゆえのチャラさが抑えられ、優等生キャラが定着してしまったきらいがある。
 「聖母たちのララバイ」や「万華鏡」の楽曲クオリティは高かったけど、同時代にヒットしていた「青い珊瑚礁」や「少女A」とは、明らかにジャンルが違っていた。言ってしまえば「大人の歌謡曲」、演歌の一歩手前ポジションに収まっちゃったことで、アイドルの最前線にいるとは言えなくなっていた。妹の良美が現役アイドルとしてデビューした瞬間から、岩崎宏美はアイドルではなくなっていたのだ。
 かといって、既存歌謡界のルーティンに沿った、ムード歌謡的な世界へは行きたくない。だって、まだ20代前半だもの。フリルの付いたミニスカはもう履けないけど、フォーマル・ドレスばっかりじゃババ臭くなっちゃうし。

 「火曜サスペンス劇場」のエンディング・テーマとして企画された「聖母たちのララバイ」は、当初、シングル発売の予定すら立てられていなかった。ドラマのエンディング用に1コーラス分が製作されただけだったのだけど、オンエアされると多くの反響があった。
 なので日テレ、視聴者プレゼントとして200本のカセットを製作したが、その応募総数が35万通に達したため、急遽リリースが決定する。日本歌謡大賞を受賞するわ翌春センバツの入場行進曲に採用されるわで、最終的には年間3位、累計130万枚の大ヒットとなった。
 1982年のオリコン年間シングル・チャートを見てみると、1位があみん「待つわ」、2位が薬師丸ひろ子「セーラー服と機関銃」、3位岩崎に続いて、4位が中村雅俊「心の色」というラインナップ。こうして並べてみると、実に歌謡曲テイストが強くて地味なチャートだよな。
 「すみれ色の涙」以来、ベスト10ヒットとはしばらくご無沙汰だった岩崎にとって、このブレイクはセールス実績だけでなく、新たな代表曲を生み出したことで、大きな自信につながった。その自信は、これまで愚直に地道に経てきた路への確信とつながる。
 売り上げ実績に基づく発言力を得たことで、岩崎はこれまでとは方向性の違う、パーソナリティを前面に押し出したコンセプト・アルバムを企画・立案する。

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 やっとたどり着いた。で、『Love Letter』。
 タイトル文字からアルバム帯・歌詞カードまで、何から何まで岩崎本人の直筆を使用しており、細やかな手作り感を強調している。レコード・レーベルのデザインも自筆イラストを使用しており、ファンにとっては、至れり尽くせりの岩崎宏美テイストで統一されている。
 作詞はすべて岩崎自身が手がけ、作曲陣には、アーティストとしては休業中だった竹内まりや、また濱田金吾や佐藤純など、当時のシティ・ポップの精鋭らが名を連ねている。キャッチーなサビメロ重視のシングル候補曲ではなく、今回の岩崎の構想である、ニュー・ミュージック系のサウンドが多くを占めている。
 いくつかは歌謡曲テイストのアレンジだったり、AOR志向のムーディーなデュエットも収録されているけど、基本はヴォーカル&インストゥルメンタル・スタイルのシティ・ポップでまとめられている。シャレが効いた即席セッション風の「深川組曲」も、盤石なリズム・セクションに耳を持っていかれたりする。
 歌謡曲の類型パターンである、押しの強いホーン・アレンジやマイナーなストリングス・メロディを極力排除することによって、近年定番のシティ・ポップ名盤とも互角に渡り合えるクオリティに仕上がっている。歌謡曲のルートではなく、ニュー・ミュージックのルートでプロモーションしていれば、その後の方向性も違っていたんじゃないかと思うのだ。

 レコード会社と岩崎との方向性のズレもあって、大きくブレイクすることはなかった『Love Letter』。ただここでの経験は、確実な前進につながった。サウンド・プロダクションの一連の流れをつかむことによって、よりシンガーとしての可能性を広げてゆく手がかりを得ることができた。
 その後の岩崎宏美は、「火曜サスペンス劇場」の主題歌などでシングル実績を残しつつ、並行してアーティスト志向のアルバム制作を進めてゆく。


Love Letter+2(紙ジャケット仕様)
岩崎宏美
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1. 南の島の忘れもの
 サンバとカリビアンをベースとしたテンション高めのアンサンブル。シモンズ他エフェクトが適度に挿入され、音数は結構多いのだけれど、メリハリの効いたミックスによってチャカチャカした感はない。この辺は作者佐藤準のセンスだよな。
 後半で「デジタル・ウォッチ」と歌いあげちゃうのは時代を感じさせるけど、作詞経験が少ないわりには、きちんとまとまった「儚いラブ・ストーリー」として成立させている。

2. 夢のかけら
 ブランクなしで全曲アウトロより続く、ストリングスをバリバリに使った歌謡曲テイストの濃い楽曲。チェンバロの音色を奏でるシンセによる導入部、ベースがリードするリズム・セクション、泣きに泣きまくる芳野藤丸のギター・ソロなど、アンサンブル自体の聴きどころはかなりあるのだけど、それを凌駕するように覆いつくすストリングスの嵐。二者のバトルという見方をすれば、これはこれで一興。
 岩崎自身の作詞ということで関心してしまうのは、やはりヴォーカルに寄せた発語に基づいた言葉のセレクト。聴きやすくヴォーカル映えすることを見据えた作詞となっている。歌詞だけ目で追えば、中島みゆきみたいだよな、というのは触れないでおく。

3. 甘いせかい
 続けて聴くと、岩崎の意図をしっかり汲んでサウンド・プロデュースしたのが佐藤準だったことがわかるトラック。歌謡曲タッチな2.を挟んで聴くと、1.とこの曲の洗練されが伝わってくる。
 「ハンドル握った 私にささやかないで」というフレーズは、アイドル時代には出なかったフレーズであり、また自分で運転する経験に基づいた世界観であることが伝わってくる。自分で考え、自分で行動する大人なのだ、岩崎宏美は。
 リズムが案外凝っているのは、山本秀夫と斉藤ノブが噛んでいるから。佐藤準のエレベも含め、技の応酬、やりたい放題。

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4. 深川 その1
 2分程度の小品だけど、俺が岩崎宏美に首根っこをつかまれた曲。即興で作られた、とのことだけど、当時のセッション・ミュージシャンのレベルの高さ、そしてそれに応ずる岩崎のヴォーカルの多彩さには、俺じゃなくても度肝を抜かれると思う。
 幼少時の下町を少しコミカルに描いた歌詞から、岩崎宏美の素顔が見えてくる。

5. My Darling
 竹内まりや作曲、メロディ・アレンジともオールディーズ調にまとめられている。デュエットの相手を務める変名ルイジアナ・パパの正体は、往年のロカビリー歌手にして担当プロデューサー、飯田久彦。歌手人気が低迷後は、ビクターにアルバイトとして入社、その後は現場で着実に実績を重ね、末にはテイチクやエイベックス経営陣に名を連ねるようになった苦労人だというのは、いま調べて初めて知った。
 このレコーディング当時も、歌手として現役ではなかったため、レベル云々を問うものではないけれど、こういった現場へのリスペクトも含めて、彼女のプライベート・アルバムということなのだろう。

6. I LIKE SEIJO
 鈴木茂作曲・アレンジということで、聴いてみて何となく予感はしていたのだけど、クレジットを見ると、ギター笛吹利明、キーボード国吉良一、パーカッション斉藤ノブら、当時のナイアガラ・セッション常連組の名前がちらほら。どうりで俺にしっくり来るよなぁ、と思っていた。
 タイトル通り、岩崎自身が通っていた成城学園初等学校の思い出を、素直に綴っている。「わたしの泥んこ時代」というフレーズから、実は結構おてんばだったんだな、ということが察せられる。チャキチャキの江戸っ子だもんな。

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7. ときめき
 当時、シティ・ポップの旗手、山本達彦と並んで次世代ブレイク最前線にいた濱田金吾作曲の直球シティ・ポップ。クリストファー・クロスを思わせるアーバンな音空間は、岩崎のツボに刺さるものだったことは、ヴォーカルの細やかさからも窺える。
 あまりに流麗なメロディ・アレンジ・歌声のため、歌詞の内容は入ってこない。いいんだよ、そういうムード重視の歌なんだから。

8. ワン・碗
 ディレクター海出景広とほぼ2人で作った、ていうか海出のホンキートンク・ピアノに合わせて即興で岩崎が合わせた、箸休めの小品。最後に笑い声まで収録されているため、手作り感がここにも。

9. 今夜のあなた
 多分時代的に、ほぼフェアライトCMI一台ですべてのオケを作ってしまった、実験的なテクノ・ポップ。「こういうのもアリじゃね?」って感じで、岩崎をおだてて好き放題にフェアライトを使い倒したのか、それとも彼女本人の意向だったのかは不明。出部金時(たぶん絶対変名)の正体が、作曲の大野克夫なのか、それともアレンジ担当清水信之なのか。多分、後者だと思うけど、自信がない。情報求む。

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10. 深川 その2
 再度、アドリブ・セッション。舞台は夏祭りに移る。
 「わたしもこれから 活きのいい おかみさんになる
 深川育ちの 活きのいい あんたのおかみさんになる」
 興が乗ったのか、珍しくアンサンブルよりリズムが走ってしまい、最後は字余りっぽく強引にエンディングに持っていく岩崎。ちゃんとしたセッションならリテイクだけど、そんな茶目っ気をそのまま収録してしまうことも、『Love Letter』のコンセプトだった。

11. やさしい妹へ
 ラストはタイトル通り、妹・岩崎良美に向けて書かれた正統バラード。もうストリングスはてんこ盛りで、弦自体も泣いてるんじゃないかと思ってしまうくらい、ドラマティック。
 幼少時のエピソードや独り立ちへの寂しさなど、様々な感情が織りなすストーリーは、7分を超える大作となった。プロの作詞家ではない分、比喩や表現のテクニックには劣るけど、ストレートな感情が逆に好感が持てる。
 シングル・カットすれば、それなりに話題になったと思うのだけど、まぁ良美のキャリア形成にとって、いい影響を及ぼさないことを危惧したのかな。





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