folder 1979年リリース、デビュー3年目にして初のライブ・アルバム。CTI時代の彼女のアルバムといえば、「Say You Love Me」を収録したデビュー作『End of a Rainbow』と、2枚目の『Habana Candy』が有名で、質の良いヴォーカル&インストゥルメンタル・サウンドが好評を博していた。
 ラブ・ソングのスタンダードとなった「Say You Love Me」効果もあって、デビュー作は70年代コンテンポラリー系の名盤として語り継がれている。近いコンセプトで製作された『Habana Candy』も同様、ファンに愛され続けている。
 クインシー・ジョーンズに誘われてCTIから移籍、彼のソロ・アルバム『Dude』では、ジェイムス・イングラムやマイケルとデュエット、大成功を納めることとなる。でも日本で一番有名なのは、そのまた後のブラコン・ナンバー「Kiss」。『アド街』の「街角コレクション」のBGMで毎週流れているので、彼女の名前は知らずとも、知名度はかなり高いはず。

 そんなコンテンポラリー期とブラコン期との狭間のリリースだったため、このライブ・アルバムは正直、影が薄い。USジャズ・チャート33位と、セールスも中途半端に終わっている。
 新人コンテンポラリー系シンガーとして、そこそこの成績を収めたパティ、その後は堅実なジャズR&Bシンガーとして、着実なキャリアを歩むかと思われていた。なのに、なぜか脈絡もなくリリースされたのが、『Live at the Bottom Line』である。
 ライブなので、書き下ろし新曲がないのはまぁいいとして、既発のオリジナル作品も収録されていない。全篇カバー曲で占められているのだけど、ジャズ・スタンダードではなく、ポピュラー系の楽曲が多い。これまでの実績とは何の関連もない、しかもその後の作風ともほぼリンクしない、ライブ感あふれる荒削りなパフォーマンス。
 なぜ、これを企画したのか。そして、それは彼女の意に沿ったものだったのか。

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 wikiを読んでみると彼女、なかなかの経歴である。
 4歳でアポロ・シアターにてステージ・デビュー、5歳でRCAとレコーディング契約している。日本語版ではこの辺はサラッと書かれているけど、英語版を読むと、もう少し詳しく書かれている。
 ニューヨークでトロンボーン奏者として活躍していた父ゴードンの導きもあって、彼女にとってショー・ビジネスとは身近なものだった。サミー・デイヴィスJrのTVショーに出演したり、ハリー・ベラフォンテのツアーに3年近く帯同したり、デビュー前からショービズ界の大物たちからの寵愛を受けている。いくらコネがあったとはいえ、持って生まれた才能がないと、ここまではたどり着けない。
 その他にも、クレジットされていないCMソングやテレビ番組のジングルを多数手がけている。「顔も名前も知らないけど、誰もが一度、耳にしたことはある」その声は、当時のアメリカ国民の間では深く浸透していた。クライアントはケンタやマックなどのファストフードから、果てはアメリカ陸軍など幅広い。日本で言えばキートン山田あたりかな。それとも野沢雅子か。
 CTIでデビューする以前のパティは、いくつかソロ名義でシングルをリリースしている。いるのだけれど、どれも違うレーベルで単発的だったため、ヒットには至っていない。
 当時のシングルをいくつかYouTubeで聴くことができるのだけれど、その後のコンサバ〜ブラコン路線とは印象が全然違っている。無難にまとめられたポップ・ソウルからは、パティのパーソナリティが見えてこない。一発狙いで大量生産された二流のノーザン・ソウルは、誰が歌っても代わり映えしない。これじゃ、別にパティである必要がない。

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 クロスオーバー/フュージョンを主に扱うCTIは、もともとA&Mから派生したレーベルである。ジャズの名門レーベル・インパルスを立ち上げたクリード・テイラーが創設し、ここからリリースされた作品は、彼の明確なコンセプトやビジョンが色濃く反映されていた。
 難解に偏りすぎたインパルスのカラーを反面教師としてか、ここでテイラーが掲げたテーマは「ジャズの大衆化」である。斜め上のアバンギャルド性や哲学を極力排し、もっとカジュアルなクロスオーバー/フュージョンの音楽性を基調としたコンテンポラリーな作風は、ライト・ユーザーには概ね好評だった。
 そんなレーベルポリシーに沿って、パティのデビュー戦略もソフィスティケートしたカラーに統一された。バラード中心のマイナー・メロディは程よく感傷的だったけど、ソウルフルさを抑えたヴォーカルがウェットさを中和していた。ブレッカー兄弟を始め、エリック・ゲイルやスティーブ・ガッドら一流どころのミュージシャンによる洗練された演奏は、既存ジャズ・ユーザーを唸らせるほど、緻密に構築されていた。
 CTIのサウンドは爆発的に売れるモノではなかったけど、自家中毒をこじらせて迷走しまくっていた既存ジャズに見切りをつけたユーザーには、好意的に迎えられた。また、その演奏クオリティの高さに魅せられたロック/ポップスのファンが、一部ではあるけれど興味を示して流入してきた。方向性が近いロバータ・フラックやミニー・リパートンのファンは、もっとすんなり受け入れたんじゃないかと思われる。

 とはいえ『Habana Candy』以降は、ちょっと雲行きが怪しくなってゆく。パティではなく、CTIの運営が。
 当時、フュージョン・ブームに乗ってボブ・ジェームスとグローヴァー・ワシントンJr.というスターを輩出したCTIだったけど、年を追うにつれ負債が増えてゆく。経営面を司るべきクリードは、多くのアルバムのプロデューサーも兼任していたため、採算面の甘さがのちに影響を及ぼすこととなる。
 確固たる理想のビジョンを追求してゆくため、質の高いサウンドを安定供給してはいたのだけど、その多くは採算の取れないタイトルだった。レーベル・ブランド維持のため、モダン・ジャズ畑からのヘッドハンティングを行なっていたのだけど、キャリアのピークを過ぎた彼らのセールスは、採算面で見ればお荷物だった。
 クロスオーバーというジャンルを世に知らしめたのは、間違いなくクリードの功績ではある。あるのだけれど、末期の作品はクオリティの落差が激しすぎたこと、また時に過剰なオーバー・プロデュースが、アーティストの個性を見えにくくしてしまったり。
「洗練されたBGM」と化したCTIのサウンド・ポリシーは、ライト・ユーザーの食いつきこそ良かったけど、その分、消費されるのも早く、そうこうしてるうちに収益は悪化、1978年に入ると破産宣告を受けてしまう。

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 経営陣の迷走によって、アーティスト戦略もブレが生じてくる。これまでジャジーなフォーマル・スタイルで統一されていたパティだったけど、ここに来て一転、『Live at the Bottom Line』はポップかつアグレッシブな側面が強調されている。
 これをイメージ・チェンジと捉えるか、はたまた手っ取り早いスマッシュ・ヒット狙いで、耳ざわりの良いポピュラー・ヒットでまとめてしまったのか。経緯はどうであれ、急造感は否めない。
 もともとデビュー前はジャズにとどまらず、キャッチーなCMソングやポップ・ソウルも歌いこなしてきた人なので、如何ようにも対応できてしまう。CTIブランドでファンになった層にはアピールしないけど、前述したように、ミニー・リパートンを受け入れる層になら、充分通じる魅力があるはずなのだ。
 バッキングを務めるのは、マイケル・ブレッカーやウィル・リーなど、当時のバカテクなミュージシャンばかり。重量級の彼らがサウンドをガッチリ固めているので、安定感とグルーブ感はハンパない。この頃の女性ソロ・シンガーのアルバムって、アンサンブルだけでも成立しちゃってるので、ハズレがないんだよな。
 CTI離脱後は大仰なブラコン方面に行っちゃうので、このアルバムのようなアプローチは、ほぼ見られなくなる。ファンキー・ディーヴァと化した80年代のパティも悪くないんだけど、こういった粗削り感を残したスタジオ・アルバムが1枚くらいあってもよかったんじゃないか、と今にして思う。


Live at the Bottom Line
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1. Jump for Joy
 ジャクソン5 → ジャクソンズと改名してから2枚目のアルバム『Goin' Places』の収録曲。1977年の楽曲だけど、シングル・カットはされておらず、グループ自体のパワーも落ちていたため、当時としても知る人ぞ知る楽曲だったんじゃないかと思われる。
 演奏・アレンジ自体はほぼオリジナルに忠実なのだけど、耳を引くのはやはりパティのヴォーカル。バラード・ナンバーからは想像もつかないアグレッシブなパフォーマンスとなっている。まだモータウン時代のポップ・ソウル色が残っていた時期の作品だけど、アンサンブルが違うと楽曲のステージ・レベルも上がった印象。



2. Let It Ride
 1978年にリリースされた、ジャーメイン・ジャクソン5枚目のソロ・アルバム『Frontiers』収録曲。こちらもジャクソンつながり、しかもシングルじゃない曲。ちなみにこのライブが収録されたのが1978年8月で、『Frontiers』発売がその年の2月。ジャクソンズ同様、当時の彼もまたゴタゴタしてたせいもあって、セールス的には不振だった。なので、これも当時は世にあまり広く知られていなかった。
 オリジナルはロックとディスコの中間みたいなアレンジで、このアルバムでも基本路線は変わらないのだけど、やはりヴォーカルのポテンシャルの違いなのか、どっしり腰の座ったファンクに仕上げられている。
 ちなみに当時のジャーメイン、オーナーの娘婿という立場もあってジャクソンズに参加できず、モータウンでは肩身の狭い立場だった。この辺を掘り下げるのも興味深いのだけど、それはまた別の機会に。

3. One More Night
 1977年に発表された、サンディ・ショウのシングルがオリジナル。初期パティを彷彿させる、抑制されたエモーションが印象的なバラード。後半に行くにしたがって興が乗ってしまうのは、やはりライブだから。
 オリジナル・ヴァージョンがYouTubeでも見つからなかったので、作曲者であるスティーブン・ビショップのヴァージョンを聴いてみたのだけど、無難なフォーク・カントリーだった。
 パティくらいのポテンシャルになると、無理に自身で作詞作曲しなくても、良い楽曲だったら自分の世界観に染め上げてしまう。それが証明されたような曲。

4. Wait a Little While
 オリジナルは、45歳以上ならだれでもご存じMr.「フットルース」、ケニー・ロギンス2枚目のソロ・アルバム『Nightwatch』収録曲。これもシングル・カットされていない。しかも発売が7月だったから、一聴してすぐレパートリーに組み込んだことになる。パティの即断即決もだけど、アレンジをまとめたデイブ・グルーシンの苦労と言ったら。
 日本では「フットルース」を始め、サントラ御用達パワーポップ・シンガーの印象が強いケニー・ロギンスだけど、もともとはフォーク・デュオからスタートした人で、ソロになってからは徐々にAORへ方向転換している。声だけで聴かせてしまう人なので、オリジナルもつい聴き入ってしまう。興味のある人は、こちらも聴いてみて。



5. Rider in the Rain
 かつては「シンガー・ソングライターの良心」と評され、いまはピクサー映画御用達サントラ請負人となったランディ・ニューマン、1977年リリース6枚目のアルバム『Little Criminals』収録。やっぱアルバム収録曲なんだな。無愛想で朴訥なカントリーの原曲を、ゴスペル・コーラスを携えて壮大なスケール感を演出している。かつてミュージシャンの間では「カバーしたくなるアーティスト」の一人として捉えられていたけど、プレイヤー心理をくすぐる楽曲なんだろうな。
 
6. You're the One That I Want
 当時大ヒットしていた映画『グリース』挿入歌。オリジナルはジョン・トラボルタとオリビア・ニュートン・ジョン、もちろん全米チャート1位。普通に考えれば、ここまで隠れ名曲ではあるけれど一般的には知られてない曲ばかりなので、ここで1曲くらいは食いつきの良い楽曲を入れたのは、営業的に正しい判断だった、と思ったのだけど、ちょっと調べるとこの曲、1979年の初リリース時には未収録だった。なんだそりゃ。
 ドリーミーなキラキラ感が漂うオリジナルと違って、パティ・ヴァージョンはもっと黒くグルーヴィーな仕上がりで、まったくの別物。まぁ、デュエット男性がちょっと無難すぎるかな。アルバム未収録も納得できる。

7. Love Me by Name
 オリジナルは1978年リリース、クインシー・ジョーンズのアルバム『Sounds....And Stuff Like That』。と言っても、ゲスト・ヴォーカルで参加しているのがパティ本人なので、実質的にはセルフ・カバー。いや単なるライブ・ヴァージョンか。
 深い深いドラマティックなストリングスてんこ盛りのオリジナルに比べ、シンプルかつスクエアなビートのあるライブ・ヴァージョンの方が、俺的にはしっくり来る。そりゃそうか、俺にとっては先に聴いたのはこっちだし。

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8. You Fooled Me
 主に80年代に活躍した男性ブラコン・シンガー、ジェフリー・オズボーンを輩出したディスコ/ファンク・バンド、L.T.D. 5枚目のアルバム『Togetherness』収録曲。これもシングル・カットされていないけど、アルバム自体がUS総合18位をマークしているので、そこそこ知られていたんじゃないかと思われる。
 後にバラード大王として名を馳せるジェフリーのヴォーカル力の高さによって、L.T.D.の楽曲は勢い優先の単純なバンプ系にとどまらず、歌いこなすには難易度の高いミドル・バラードも絶品。いくらかしこまっても、まだ20代だったパティも好んで聴いていたのか、次曲でも彼らのナンバーを取り上げている。

9. Spoken Introductions
 なぜか8分に渡って収録されたライブMC。オリジナルには収録されておらず、CDになってからボーナス・トラックとして収録された、とのこと。もともとこのアルバム、初リリース時は曲順がだいぶ違っており、CD時代になって、ライブのオリジナルの流れに沿った曲順に再構成されている。ライブの臨場感を考えれば、ラス前のこの場所が適切なんだろうけど、英語なので正直わからん。
 
10. Let's All Live and Give Together
 8.同様、『Togetherness』収録、オリジナルではラストに配されている直球バラード。ジェフリー・ヴァージョンは細かくアクセントとテクニックを駆使したブラコン路線。生音を排してシンセ主体にコンバートすれば、そのまま80年代でも通用する仕上がり。
 対してパティ・ヴァージョン、ムーディさを排した力強いバラード。中盤のコール&レスポンス、徐々に盛り上がるアンサンブル、どれも良い。スタジオでエフェクトをかけて倍音効果を強調した80年代以降も悪くないけど、もともとのポテンシャルが重量級なので、小手先の技はむしろ邪魔になる。こっちのヴォーカル・スタイルの方がずっと良い。



The Best Of Patti Austin
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