268x0w 1991年リリース、19枚目のオリジナル・アルバム。オリコン・チャートでは辛うじて1位を獲得してはいるけど、実売数は197,000枚と、なんとも微妙な成績。この時代は、80年代末から確変状態に突入したユーミンが圧倒的に強かったため、アルバム・セールスも社会的な影響においても、圧倒的に見劣りしてしまう。
 このアルバムと同時期にリリースされた『DAWN PURPLE』は、初回出荷時ですでにミリオン突破、ユーミンの新譜がどこまで記録を伸ばすかがニュースで取り上げられる、そんな時代である。日経のヒット商品番付でも顔を出していたくらいだから、こうなっちゃうともう、業界全体を巻き込んだ一大プロジェクト、ヘタなことはできない。
 そんな按配だったため、80年代初頭から喧々囂々されていた「みゆきvs. ユーミン」といった対立構造は、成り立たなくなっていた。そりゃそうだよな、戦うフィールド自体が違っちゃってるんだから。

 当時のユーミンは、単なるアーティストの枠を超えて、トレンドリーダーの一翼を担った存在になっていた。ちょうど日本の経済バブルと並走するように、ユーミンのセールスも飛躍的な右肩上がりの曲線を描いていた。
 作家の山田詠美に「電通音楽」と揶揄されていたように、この時期のユーミンのアルバムは、「作品」というより「商品」といったニュアンスで語られることが多い。膨大なフィールドワークやリサーチによって、F1層のニーズを分析・把握、クリスマス商戦を狙った各メディアへの大量出稿、「すべての男と女は恋愛してなきゃダメなのよ」的なキャッチコピーやキーワードが後押しする。
 アーティストとしての純粋な表現というよりは、「ひとり広告代理店」と化したユーミン主宰・恋愛教の布教活動といった感じ。クリスマスイブは、都心の高級ホテル最上階のディナー、カルチェの三連リングをプレゼントしなければ、人間扱いさえされない―。周到なプランニングに沿った巨大プロジェクトは、バブル景気に沸く一般庶民へ向けて、そんな刷り込みを行なったのだ。大げさに言っちゃえば、当時の日本経済を回す一翼を担っていたというか。
 ただこの頃になると、バブルも弾けて、景気もちょっと下降線に差しかかる。そんな景況とシンクロするかのように、ユーミンの作風も微妙に変化している。
 もともとユーミン、恋愛教祖としてミリオン連発する前は、『リ・インカネーション』(輪廻転生)をテーマとしたコンセプト・アルバムを作ったり、あのヒプノシスにアートワークを依頼したりなど、大衆性からかけ離れた作風の人である。大衆路線のアルバムが続いてマンネリになっちゃったのか、『DAWN PURPLE』はスピリチュアル寄り、パーソナルなテーマでまとめられている。
 この辺からユーミン、トレンドリーダーとしての気負いはなくなり、恋愛教を振りかざすことはなくなった。一介のアーティストとして長い目で見れば、それが得策だったことは、時代が証明している。あのまま行っちゃえば、時代に消費されて終わりだものね。

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 対してみゆき。
 従来のアルバム制作〜プロモーション・ツアーのローテーションに加え、夜会プロジェクトが大きな割合を占めるようになる。長年務めたオールナイトニッポンのパーソナリティを降板し、そのエネルギーを夜会制作へ振り向けた、とのことだけど、すぐにNHK-FMのミュージック・スクエアでラジオ復帰を果たし、その後も今に至るまで、マイクの前でおちゃらけ振りを披露している。過去のしがらみを捨て、心機一転の覚悟で夜会に挑んだのだろうけど、「やっぱラジオってライフワークだったんだ」と、現場を離れてから気づいたんだろうな。
 同じポジションだったはずのユーミンとは、セールス的にも大きく引き離され、贅を尽くしたライブ・パフォーマンスを横目に、みゆきはコンサートでも演劇でもない、夜会のコンセプト確立に腐心していた。近年こそ、しっかり構築されたオリジナル・ストーリーをベースに、多彩な共演者や、ユーミン顔負けのド派手な舞台演出が繰り広げられているけど、当時はまだ、コンサートとも演劇とも、どっちつかずのステージ構成だった。
 当初から茫漠としたビジョンはあったはずなのだけど、それがどうにも、思ってるような形にならない、または、何が足りなくて何が余計なのか、それを掴めずにいた、というのが正しいのかもしれない。
 もともとみゆき、そこまで器用なタイプではない。ご乱心期のサウンド面で見られた試行錯誤ぶりにも、それは顕著にあらわれている。
 机上の理論だけでは、物事は進まない。実際に体を動かし、これまでのフィールドとは違う分野の人間とディスカッションし、共に手を動かす。手間はかかるけど、そうしないと得られないものは、この世の中にはたくさんあるのだ。
 なので、迷走する期間もまた、彼女にとっては必要なプロセスだったわけで。

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 ライブ・パフォーマンス的な一過性のショウと位置づけていたのか、はたまたコンセプト自体が未完成ゆえ、みゆき自身が求めるクオリティに達していなかったのか、1989年に開催された初の夜会は、画質の悪い資料映像しか残されていない。
 当初掲げられていた「言葉の実験劇場」というコンセプトが、どこまで具現化できたかはみゆき次第だけど、その後も詳細に触れられることがないのは、きっとそういうことなのだろう。クオリティ云々より、まずは「始めた」ということが重要だった。
 そこで得た教訓、または改善点を検証し、ストーリーの肉付けに厚みを加えたのが、「夜会1990」になる。ここから映像作品として商品化されたため、見ている人も多くなる。俺自身、最初の夜会映像を見たのがこれだし。

 「夜会1990」では、みゆきの独白を主軸とした、現在と回想とが交差する散文的なストーリーが展開されている。物語と連動した楽曲があるかと思えば、場面転換として使われる場合もある。連続したストーリーに沿って進むのではなく、既存の楽曲をテーマとして着想が生まれ、それらをシームレスで繋いでいるといった構成なので、みゆき主演の短編映画をまとめて見ている感、と言えば伝わるだろうか。
 「既存の楽曲を、レコーディング時以外のアレンジで試してみたかった」という構想もあったため、不意を突く演出も盛り込まれている。カワイイ着ぐるみダンスをバックに歌われる「キツネ狩りの歌」や、自己批評とセルフ・パロディとが表裏一体化した「わかれうた」なんかは、「してやったり」と裏でほくそ笑むみゆきの表情が見えてくる。

 手探り状態でスタートした夜会は当初、通常コンサートのフォーマットをベースとして、緩やかな構成のストーリーに沿って楽曲をはめ込んで行くスタイルで製作された。なので、ステージ上には生バンドが配置され、舞台装置も極力シンプルなものに限定されている。
 このスタイルを掘り下げてゆくこともアリだったと思うし、回を重ねるごとに書き下ろしの新曲が多くなることも、自然の流れとしては十分あり得たはず。
 でもみゆき、「なんか違う」という気持ちが拭えなかったのだろう。
 コンサートでもミュージカルでも戯曲でもない、まったく別のスタイルの表現方法。
 夜会に足りないもの、それは、盤石として揺るぎない「ストーリー」、全編を貫く強い意志を持った「ものがたり」の不在だった。
 新しい形ではある。でも、充分ではない。
 それに気づいてしまったみゆき、ここまでで築き上げた夜会のコンセプトを一旦洗い直し、まったく違うメソッドを模索することになる。

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 多くのエネルギーが夜会へ注がれるため、自然、サウンド・メイキングは瀬尾一三に委ねられることになる。彼の存在なくしては、夜会もアルバム制作も、どちらも中途半端なものになったことだろう。
 『歌でしか言えない』は、みゆきにとって、初の本格的な海外レコーディングとなっている。これまでもミックスやマスタリングを海外で行なうことはあったけど、現地へ出向いてのセッションは、これが初となる。
 「みゆき自身によるサウンドへの希求が、海外のミュージシャンやスタッフのスキルを求めた」のかと思っていたのだけど、内実はもっと単純で、瀬尾がロスで他のアーティストのレコーディングにかかりきりのため、帰国のスケジュールが取れず、「じゃあ」ということでみゆきが出向いた、とのこと。案外、実務的な理由だったのね。
瀬尾の気分が乗ってたのか、はたまたみゆきのバイブレーションがあずかり知らぬ方向へ飛んじゃったのか、新機軸として、ゴスペル・コーラスを導入した楽曲が登場している。みゆきの曲で、ここまで強くソウル・テイストが打ち出されたサウンドは、後にも先にも存在しない。このスタイルのアプローチはこれ限りだったため、本人的にも瀬尾的にも、「なんか違う」と思い直したのだろう。リリースしてから気づくんだよな、いつも。
 そこまで極端な例は抜きにして、西海岸特有のボトムの太いサウンドやリズムのクリアさに出逢えたことは、みゆきにとって大きな収穫だった。そこまで音質にこだわりはなかったと思われるみゆきだけど、やはり実際のサウンドを目の当たりにしたことによって、要求レベルが格段に上がってしまう。なので、以降はロス録音が多くなる。

 このアルバム制作と並行して、新たな夜会の準備も進行する。新規巻き直しにあたり、みゆきは従来の短編集スタイルを捨て、太い幹の如く揺るがないコンセプトで貫かれた、強靭なストーリーを夜会の柱とした。
 中国の故事「邯鄲の夢」をモチーフとした「夜会VOL.3 KAN(邯鄲)TAN」。アルバム・リリース後のツアーより先に、みゆきは新たな夜会を選んだ。アルバム→ツアーのルーティンはここで崩れ、以降、90年代は夜会を中心とした活動にシフトしてゆくことになる。





1. C.Q.
 遠く、か細い声でふり絞られる、かすかな救援信号。
 一体、誰に向けられているのか。
 いや、相手は問わない。ただ、聞いてくれる者がいれば。
 そしてまた、ここに僕が、私がいるということを、世界中の誰かが気づいてさえくれれば。
 誰かを救う、または救われること、そんな大それたことはできないけど、気づいてあげること、手を挙げることくらいなら、まだできる。その意欲さえ失くしてしまうと、人はもはや人ではなくなる。
 長くラジオに携わってきたみゆきには、それが見える。リアルタイムで反応が返ってくるネット環境と違い、ラジオの場合、リアクションはすぐには返ってこない。でも、感じることはできる。
 1人のパーソナリティと、不特定多数のリスナーとの関係は、直接的ではないけれど、距離感は近く、そして深い。
 深夜のスタジオから、みゆきは言外に、こう語りかける。
 「誰かいますか?」。

2. おだやかな時代
 本文でも触れたように、大仰なゴスペル・コーラスが導入された異色ナンバー。サビだけ聴くと和田アキ子みたいだけど、正直、あそこまでのグルーブ感やパワフルさを求めるのは、さすがにお門違い。
 たまたま瀬尾がロスにいたし、ちょうどRita Coolidgeもブッキングできたし、せっかくならゴージャスにやってみる?てなノリでアレンジされたのかね。

 おだやかな時代 鳴かない獣が 好まれる時代
 標識に埋もれて 僕は愛にさえ 辿り着けない
 目をこらしても 霧の中 レールの先は見えないけど
 止まり方しか習わなかった 町の溜息を 僕は聞いている

 喧騒の70年代を過ごしてきたみゆきから見た、マニュアル世代の無気力ぶりを、多少の励ましを込めて描かれている。メイキング仕立ての大掛かりなセット使用のPVのイメージから、強い激励の歌と受け取られがちだけど、あくまでみゆきは傍観者、女神の視点で彼らを見守る。
 ちなみに初出は1986年のニュース・ステーション内の1コーナー、その主題歌として一部だけが公開され、ここで初めて完全版として音源化された、という経緯。
 当時の俺は高校2年、リアルタイムではあったけど、聴いた記憶はまったくない。報道番組や新聞をチェックする高校生が嫌いだったし、またそうはなりたくなかったのだ。いま思えば、ちょっと意固地だったよな。
 あぁ若かりし青き春の日々よ。

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3. トーキョー迷子
 シングルとして先行リリースされた、ちょっと懐かしいムード漂う、80年代初頭の歌謡曲テイストのナンバー。「あの娘」など、シングル・チャート常連だった頃のテーマと曲調は、郷愁さえ漂う。
 「男が帰ってくるの待っていたら、いつに間に5年も経っちゃった」という内容を、淡々と歌い上げている。さめざめと憐憫調に嘆くのでもなければ、開き直って笑い飛ばすのでもない。
 「そんな時代もあったよね」と言いたげな冷めた視点は、もう瑣末な愛だの恋だのに振り回されることのない、表現者としての重心の盤石さがにじみ出ている。

4. Maybe
 表現者であるみゆきの視点は、基本傍観者であり、詳細な観察者でもあるのだけれど、ここではそのスタンスとは違ったところ、がんばっている女性の背中を直接押す応援歌として描かれている。
 強くなりたい、また強くあろうとする女性を主人公に、旧態依然とした社会への孤軍奮闘ぶりを、時にミュージカル調の力強いタッチで歌い上げている。
 これまでのレパートリーの中では、大きな意味での応援歌として「ファイト!」が挙げられるけど、比喩表現を多用しないストレートな形は、これが初めて。表現者としての成長=女神の視点を獲得することによって、単なる傍観者ではいられなくなった、ということなのだろう。
 働く女性への具象的な応援歌となったため、ユーミンの守備範囲と大きくかぶってはいる。ただみゆき、その後はここだけには収まらず、あらゆる層へ抜けて包括的な慈愛を注ぐことになる。

5. 渚へ
 海外セッションによるレコーディングのため、ガラリと音色が違っている。ご乱心期にもこういったブルース・テイストのロック・ナンバーはあったけど、プロダクションが変わると、土台から音が変わってくる好例。
 アメリカ録音のメリットとしてよく語られるのが、乾燥した空気による楽器の音の響きの良さ、日本よりパワーのある120ボルトの電圧から生み出される音の太さが挙げられる。みゆきのように、生身のミュージシャン主体のレコーディングならまだ通用する話だけど、DTM主体の今となっては、主流のスタイルではなくなっているのが実情。海外はまだ需要があるけど、日本では次第にロスト・テクノロジー化しつつあるしね。
 「騙された」と頭ではわかりつつ、周囲には自嘲的に強がりを言いつつ、心のどこかではつい信じてしまう、というみゆき得意のフォーマットだけど、このパターンが使われるのも、次第に少なくなっている。
 まるでかつての自分をなぞっているような、妙な完成度の高さ。ある意味、みゆきとしてはステレオタイプの歌詞になっているため、サウンドのボトムの太さに気圧されている印象。

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6. 永久欠番
 リリースされた当時からいち早く、ファンの間でも名曲認定され、中学国語の教科書にも採用されるくらい話題になった、みゆきの死生観がストレートに描かれた曲。

 どんな記念碑 メモリアルも 雨風にけずられて崩れ
 人は忘れられて 代わりなどいくらでもあるだろう
 だれか思い出すだろうか ここに生きてた私を

 「永久欠番」の10年前、みゆきは老いというテーマで「傾斜」を書いた。

 歳を取るのは素敵なことです そうじゃないですか
 忘れっぽいのは 素敵なことです そうじゃないですか
 悲しい記憶の数ばかり 飽和の量より増えたなら 
 忘れるより ほか ないじゃありませんか

 この時、みゆき30歳。傍観者として描いた老後から10年、人生折り返しを経て、死というものがより身近になった。
 第三者としてでなく、当事者としてのリアルな目線、そして死生観。
 その後も折を見て、みゆきは思い出すかのように、このテーマに挑むことになる。

7. 笑ってよエンジェル
 オリエンタルなメロディが郷愁を誘う、懐かしさと親しみを感じさせる小品。前作『夜を往け』からのシングル・カット「with」のB面に収録されたのが初出で、このアルバムの中では最も先に世に出た楽曲でもある。
 ここではアルバム用に新たなアレンジで収録されており、ややハード目なサウンドだった前作のテイストはうまく払底されている。
 他愛ない言葉遊びを1曲分に仕立てた感じなので、深読みすることもない。同じ言葉遊びでも、「世迷い言」よりもっと軽くてポップ。ひと息つける曲としての役割を果たしている。

8. た・わ・わ
 直裁的なサビの歌詞が衝撃的だった、同性への強いジェラシーを活写したレゲエ調ポップ。「熱病」同様、ビート優先の曲なので、名詞の羅列が多く、みゆきとしてはラフなタッチになっている。
 どこまで作為的だったのか不明だけど、ここで描かれている女性、いわゆるイイ女っていうのが、すごいステレオタイプ。絵に描いたようなボディコン女性をイメージしてしまい、なんかリアリティに欠ける。もっと深読みすると、行間に何か浮き出てくるかもしれないけど、そんな感じもなさそう。
 ドラマや映画に出てくる紋切り型の美人より、ほんとに怖いのは清楚の仮面をかぶったメス。そっちの方がもっとゲスいのだけど。

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9. サッポロSNOWY
 『臨月』あたりに入ってても違和感なさそうな、とても切ない直球バラード。辛いこと・悲しいことを覆い隠すメタファーとして、みゆきは雪をテーマとして取り上げることが多いけど、ここでは珍しくロマンチックな、優しげな降り方。
 家や林を容赦なくなぎ倒す吹雪は、人命にもかかわってくるけど、ここで降る雪は感傷的。「暖かな雪」とは反語表現だけど、一周回って温もりを感じさせる。

10. 南三条
 Bruce Springsteen みたいなサウンドだよな、と思ってクレジットを見たら、ロス・セッションの楽曲だった。どうりで大味なアメリカン・ロック・テイストだと思った。ディストーション・ギターとキラキラしたシンセ、ソウルフルなコーラスとテンション高いサックスのブロウ。そんなバッキングに煽られてか、みゆきのヴォーカルも床に根を生やしたような安定感、太さが強調されている。
 当初からこういったアレンジを想定していたのか、比較的明快なストーリー仕立てとなっており、映像を想起させる言葉遣いが多用されている。当然フィクションなんだろうけど、普段多用されるレトリックや比喩が少なく、行間も詰まっているので、これ以上、解釈のしようがない。
 ファンやユーザーの思い入れの余地が少ないぶん、聴き流してしまう内容なのだ。重厚なサウンドとバランスを取って、敢えて言葉は軽く明快にしたのでは、とは深く考えすぎかな。

11. 炎と水
 で、ここまで比較的、ビギナーにも広く門戸を開いた「親しみやすい中島みゆき」を象徴した楽曲が続いたのだけど、ラストは、それらをすべてちゃぶ台返ししてしまう、長年のファンさえ置いてきぼりにしてしまう、そんな難解曲。ここまで観念的な歌詞は、「世情」以来なんじゃないだろうかというくらい、ヘビィな味わいに満ちている。
 単純に受け取ると、「炎の男と水の女、真逆でありながら惹かれ合わずにはいられない」。そんなジレンマや業を描いているのだけど、まるでギリシア神話のごとくドラマティックな筆致が、安易な解釈や理解を拒んでいる。
 みゆき自身、この曲についてはなかなか手こずるのか、ステージでは一度も披露したことがない。「うらみ・ます」同様、なかなか稀有なケースである。この曲だけで、夜会のシノプシス1本くらいの重量なので、今後、再演されることは難しいと想われる。