folder 実質5年という短い活動期間の中、Policeは世界ツアーとレコーディングのルーティンを繰り返し行なっていた。やり手マネージャーMiles Copeland の戦略に基づき、次々とスケジュールが組まれため、『Ghost in the Machine』のレコーディングまで、ほぼ休みのない状態だった。
 明確なビジョンと行動力のあるマネジメントのおかげもあって、Policeは早い段階からワールドワイドな活動を行なっており、実際結果もついてきたわけだけど、実働部隊からすればたまったものではない。
 いま自分たちがどの国にいるのかもわからない、長く終わりなき世界ツアーの最中も、膨大な取材やフォト・セッション、当て振りの演奏を強要されるテレビ出演がねじ込まれる。訪れる国は変わっても、求められることは大体似たようなものだ。
 場所が変わっただけで、やる事は大体いつも同じ。そんな日々が長く続けば、時々フラストレーションが爆発するのも無理はない。定番の乱痴気騒ぎだったり、またはメンバー間のゴタゴタが絶えなかったり。

 そんな間を縫って、彼らは断続的にスタジオに入り、レコーディングを行なった。ライブで練り上げてきた曲もあるけど、ほとんどはスタジオに入ってから書き上げ、ほぼぶっつけ本番で演奏を組み立てる。何しろ時間が足りないので、短期間でチャチャっとまとめなければならなかった。
 メインのソングライターであるStingがハイレベルの多作家であったこと、またStewart Copeland もAndy Summers もテクニック的には折り紙つきだった上、下積みが長かったこともあって、場数を踏んでいた。なので、彼ら3人が顔を合わせて音合わせ、すぐ本テイクがレコーディングされ、それでいっちょ上がり、という具合が続いていた。
 Stonesのように、ダラダラ長時間セッションを行なうよりはずっと合理的だけど、逆に言えば、じっくり練り上げることがなかったため、若干やっつけ仕事っぽいテイクがあることも事実。「De Do Do Do, De Da Da Da」なんて、語感の勢いとインパクト勝負だけだもんな。その力技が強烈なんだけど。

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 デビューからずっと、そんなレコーディング事情だったため、意外なことにPoliceの未発表曲というのは、ほぼ存在しない。1993年にリリースされた5枚組ボックス・セット『Message in a Box』にも、シングルのみリリースの曲がいくつか収録されているけど、ほとんどは耳慣れたアルバム収録曲ばかりで、レア物といえるものはない。その後も、大物アーティストにありがちなデラックス・エディションの企画も立ち上がらないところからみると、よほど発掘ネタがないんじゃないかと推測される。
 プリプロダクションの段階でキッチリ絞り込んだおかげか、それともほんとに年末進行状態で手早く作業していたのか。まぁどっちもありえるな。
 それにもともと彼ら、長時間一室に閉じ込めて成果が上がるタイプのバンドではない。むしろ、普段はできるだけ遠ざけておいた方がよい、どいつもこいつも血気盛んな輩なのだ。
 スタジオ内やステージでのつかみ合い、または怒号。真剣さが高じて殺意が飛び交うバンド。それがPoliceだ。よく何年も一緒にやってたな。

 働きづめだった彼らへのご褒美として、彼らはモンセラット島でのバカンス休暇を与えられる。とはいえ、そこはマネジメントの抜け目ないところ、バカンスと兼ねて次回作のレコーディングもセッティングされていた。
 まぁ本人たちも、その辺は同意の上だったんだろうな。デビューしてからずっと、時間に追われたレコーディングだったし、ゆっくり手間ひまかけた作業ができる環境を用意してもらったんだし。

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 Policeの基本サウンドは、Sting × Stewart × Andyによるシンプルな3ピースが主体で、これは活動休止前まで変わることはなかったけど、このレコーディングでは時間的な余裕もたっぷりあったおかげで、メンバーそれぞれ寄ってたかって、サウンドでの実験に力を入れている。骨格のギター・ベース・ドラムのトライアングルに加え、ポリフォニック・シンセやホーンが、あらゆる曲で効果的に使用されている。最低1曲は入っていたレゲエ・ビートも一層され、シンセポップへ大胆にアプローチした楽曲が主体になっている。
 これまでと勝手が違うセッションだったせいもあって、ここに来てリハーサルやリテイクの数が多くなっている。なので、ブートで流出しているスタジオ・セッションというのは、ほぼこの時期に集中している。公式では未発表なので、聴きたい人は各自調べてみてね。
 「ケンカするほど仲が良い」とはよく言ったもので、いくら殴り合いが多かった3人とはいえ、この時期は一緒にレコーディング・ブースに入るだけ、まだマシだった。3人そろって「せーの」で音を出し(この時点でつかみ合いになることも多いけど)、ラフ・ミックスを聴きながら、あぁだこうだと意見を出し合いながら、シンセやエフェクトを加えたりして(この辺だと殴り合いだな)。基本は、従来のバンド・スタイルと大差ない。

 『Synchronicity』レコーディングは、『Ghost in the Machine』で培ったメソッドを、さらに深く推し進める形で行なわれた。基本、演奏は3人で行なわれ、ほぼ外部ミュージシャンを使うことなく、あらゆる機材が使用された。されたのだけど、レコーディングで3人が顔をそろえることはほとんどなく、大抵は個別のブース、スタジオを使用して別々に行なわれた。
 3人ともソロ活動を開始していたため、スケジュール調整が困難だった、というのが表向きの理由だった。シンセ機材の導入によって、特にStingの楽曲なんかは、ほぼ独りで完結させたトラックもあり、グループとしての必然性が薄い状況が垣間見える。
 当時からすでにささやかれていたことだけど、実際はグループ内の人間関係の悪化に尽きる。以前までは、せいぜい殴り合い程度で済んでいたのが、ここに来て蔓延しつつあった、シャレにならない殺気立った空気を、本人・スタッフとも按じての処置だった。
 3人そろってスタジオ入りしても、2人はそれぞれ別のブース、もう1人が調整卓の前とバラバラだったため、以前のような顔を合わせてのセッションは、ほとんど行なわれなかった。
 そんな按配だったため、『Synchronicity』のアウトテイクというのは、原則存在しない。ほとんどの楽曲はStingの手によるものだけど、彼の場合、もともと音源管理がしっかりしているのか、デモ・ヴァージョン的なものも発掘されない。30年経っても流出しないのだから、本当にないんだろうな、そういったのも。

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 言っちゃえば、Stingのソロ・アルバムの助走みたいな形となった『Synchronicity』 、初期の中心コンセプトだった「レゲエとパンクの融合」といったお題目はどこへやら、万人向けにすっきりコンテンポラリーにまとめたサウンドは、コアなロック・ユーザー以外にも強くアピールし、大ヒットを記録した。何しろ、あの『Thriller』と対等に渡り合っていたくらいだから、人気のほどが窺える。
 取り敢えず、一触即発が続きながらもレコーディングを終え、大規模な世界ツアーに出る3人。もうこの頃になると、いろいろ突き抜けてしまった挙句、ビジネスライクな関係へ変化していた。
 ちょっとした小競り合いくらいはあったけど、基本は不干渉。顔を合わせるのは最小限に抑え、貼り付けたような笑顔で人前に立ち、インタビューを受ける。もともとフレンドリーな関係ではなかったけど、えも言えぬ殺伐さは隠しきれなかった。もう隠す気もなかったんだろうな。
 『Synchronicity』プロジェクトをひと通りこなし、3人はソロ活動に入る。
 -もうしばらくは、姿も見たくなければ名前も聞きたくない。
 一旦、クールダウンの意味も含めて、バンドは暫し活動休止となる。

 それから3年ほど経過して、再度彼らは集結する。再びPoliceが動き始めた。
 長いブランクは、誰にとっても良い結果をもたらすはずだった。
 3年も経つと、大抵の悪感情は吹き飛んでしまう。わだかまりは薄れ、過去を振り返る余裕が生まれてくる。あの時ががむしゃらで気づかなかったけど、俺たちすごい事を成し遂げたんだし、考えてみれば、そんなに悪い奴らじゃなかったよな。
 誰もが、そう思っていたはずだった。ここはひとつ気持ちを改めて、もう一度バンドでやってみようじゃないか。
 そのはず、
 だったのだ、
 けど―。

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 結局、そのセッションは、何も生み出すことなく終わった。レコーディングにあたり、メインのソングライターであるはずのStingが、新曲を提供するのを渋ったのが主因だった。
 すでにソロ活動が軌道に乗っていた彼にとって、出来の良い楽曲は自分のものという認識だった。まぁ間違っちゃいない。いないのだけれど。
 かつてのように、スタジオでは怒号が飛び交い、掴み合いが始まった。それが一段落すると、延々と重い沈黙が続いた。時間だけが、無為に過ぎて行った。
 フレーズの断片や単調なリズム・トラックだけでは曲が構成できず、結局形になったのは、「Don’t Stand So Close To Me」のセルフ・カバーのみ。まぁこれが中途半端な仕上がりで、再始動のリード・トラックとして、一応は絶賛されていたけど、オリジナルを知ってる人なら「何これ?」と思っていたはず。PV制作を担当したGodley & Cremeの映像テクニックでごまかされたけど、アレンジは至って凡庸。多分、本人たちにとっても黒歴史だな。
 どうしてもキャンセルできなかったと思われるライブを3回行なった後、その後音沙汰はなく、Policeは自然消滅した。多分、アルバム契約も残っていたんだろうけど、「Don’t Stand So Close To Me ‘86」を無理やりねじ込んだベスト・アルバム発売で事態収拾した。多分、Michael Copelandがうまくねじ伏せたんだろうな。

 それからさらに20年ほど経って、3人は再々集結する。綿密な準備と段取りによる、本格的なリユニオンだ。大規模な世界ツアーを行なったけど、Stingの強い希望によって、レコーディング・セッションは行なわれなかった。
 -あんな惨劇はもうまっぴらだし、もし続けられたとしても、『Synchronicity』のクオリティには絶対追いつけない。
 そう悟ったのだろう。3人とも。








1. Synchronicity I
 パンクでもニューウェイブでもない、その後、各自のソロでも似たようなのがない、突然変異的に生まれたPoliceオリジナルのサウンド。シンセというよりは、キーボードだな、特別音色もいじってないようだし。あとはいつもの手数の多いドラム、それと同じく手数の多いリード・ベース。あれ、ギターは?ここではAndy、鍵盤系を受け持っている。
 「意味のある偶然の一致」という哲学用語をテーマにサビを設定したことによって、発語やコンセプトは硬質となっている。サウンドは隙間なく埋められ、3ピース特有の「間」はほぼない。息が詰まる、でもあっという間の3分間。

2. Walking in Your Footsteps
 Stewartの繊細でマニアックな技が光る、ポリリズミックなパーカッションをベースとした、浮遊感あふれるトラック。アフリカ奥地のジャングルの夜、深い闇で行なわれる獣たちの宴。そんな感じ。途中、いきなりキーを上げて咆哮を上げるSting。その雄叫びは、帳を切り裂く。

3. O My God
 『Zenyatta Mondatta』期を思い起こさせる、シンプルに3ピースで構成されたチューン。こういったリズムから発展して作らてたような曲だと、ほんとStewartの貢献度が大きなものだったことがわかる。やや走り気味のドラムを制するような、Stingの効率的かつキャッチ―なリフ・プレイ。なのでAndy、ここでもあんまり存在感がない。

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4. Mother
 と思ったら、ここでAndyが覚醒。呪術的なイントロと、マッド・サイエンティストのようなヴォーカル。絶叫と嗚咽、そしてサイケなギター・プレイ。後半にはサックスとのユニゾンなのだけど、プレイするのはなぜかSting。
 アバンギャルドっぽい曲で遊ぼうぜ的な流れだったと思うのだけど、よく収録したよな、こんなの。彼らのディスコグラフィーでも異彩を放っている。

5. Miss Gradenko
 Stewart作による、1分ちょっとのブリッジ的な小品。とはいえ軽く見ることはできず、ドラム、ベース、ギターとも細かな技をこれでもかと投入している、聴けば聴くほど新たな発見の多い曲。やっぱりPoliceってリズムなんだよな。Stingのメロディも、彼あってのものだというのがわかる。

6. Synchronicity II
 3枚目のシングル・カットとして、UK17位US16位。シンプルな8ビートのロック。ベースは重く、スネアもキックもデカい。やっとAndyもまともなロック・ギターを弾いている。
 思えば、俺が生まれて初めて買った洋楽がPoliceで、しかもこの曲の12インチ・シングルだった。ラジオで聴いてカッコよさを全身で受け止め、ダイエーのレコード店でこれを買った。まだ中学生だったので、アルバムまでは手が出なかったのだ。最初に好きになったのが彼らで、結局のところ、俺にとってのロックとはPoliceが基準になっている。そりゃ並みのバンドじゃハードル高いわな。



7. Every Breath You Take
 UK・USともに1位を獲得、言わずと知れた代表曲。近年では、「大人のラブ・ソングだと思っていたけど、実は執念深いストーカーの歌だった」という評価が根付きつつある。アップライト・ベースの存在を知ったのが、このPV。この頃のGodley & Cremeは才気走っていた。

8. King of Pain
 UKは17位だったけど、USでは3位まで上昇、アルバム中、確実に3本の指に入る秀作バラード。シンプルなオープングから、徐々に音が増え、サビに入って3人そろう。B面では特にAndyの貢献度が多く、ここでも3分過ぎてのトリッキーなソロは絶品。そして4分近くになってのブレイク。音が急に薄くなり、緊張感はピークを迎える。
 激しいサウンドなのに、すごく冷たい芯を持った、そんな不思議な曲。

9. Wrapped Around Your Finger
 無数のキャンドルに囲まれた3人、静かに燃える炎越しに、軽やかに舞うSting。とことんシンプルながら、サウンドとのシンクロ感がハンパない。映像エフェクトは何も使っておらず、ひたすら手間をかけたPVは、楽曲のグレードアップに大きく貢献した。ていうか、もし映像がなかったら、地味なバラードで終わっていたかもしれない。
 UK7位US8位を記録。



10. Tea in the Sahara
 ラストはベース・ラインを主体とした地味なバラード。いやほんと地味だから。アナログではこれがラストだったのだけど、まさかキャリアのシメがこれになるとは、本人たちも思ってなかったんじゃないだろうか。かなりStingのソロ色が強い、ミステリアスかつジャジーなバラード。

11. Murder by Numbers
 というわけなので、リアルタイムでは聴いていないため、いまだに馴染みの薄い曲。StingとAndy共作による、こちらもジャジーだけど、もうちょっとテンポ感のある曲。まぁ入れる場所、なかったんだろうな。ボーナス・トラックなので、まぁCD買ったらおまけがついててラッキー、っていう程度の印象。