folder 前回の続き。
 2000年5月、予告通り『Apple Venus Vol. 2』、サブタイトル『Wasp Star』がリリースされる。もともと大量のデモ・テイクをレコーディングしていたAndy PartridgeとColin Molding、当初は40曲以上の候補があり、そこから厳選して半分に絞り、さらに営業サイドからの助言により、一気に2枚組で出すより、時期を置いて2枚に分けるという条件を飲んだ、という経緯がある。どうせなら、Guns N' Roses方式で2枚同時発売にしてもよかったんじゃないか、と思われるけど、その辺は意味不明。どうせマニアが買い支えるんだから、強気の姿勢でもよかったんじゃない?

 肝心のチャート・アクションはといえば、UK40位US108位と、前作とあんまり変わらない数字。世界中のコアなXTCファンが集結しているここのサイトでも、日本での売り上げは載ってなかった。さすがにVol. 1ほどの売上には届かなかったんだろうけど、一応、次回作が出せる程度には売れてたんじゃないかと思われる。
 考えてみればポニー・キャニオンって、洋楽部門ってあったっけ?代表的なアーティストと言えば中島みゆきやaiko、またはフジサンケイグループつながりの歌手が多いという印象で、海外部門に力を入れていたという印象がまったくない。
(追記:Paul Wellerも一時期ここだった。ご指摘ありがとうございます。)
 業界内ファンのディレクターあたりが、どさくさに紛れて新規で洋楽部門立ち上げたのか?大して売れてるわけじゃないけど、社内に洋楽営業のノウハウを持つ人間がいなかったため、お咎めもなく好き放題に営業展開していたのだろうか。
 謎は尽きないけど、コアなマニアにとっては周知の事実なのかな、これって。広く浅く雑食系の俺には知りえない世界。誰か知ってたら教えて。

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 グランジ系のラフなパワー・コードによるギターから始まる、ダルなムードの「Playground」からスタートする『Wasp Star』もまた、好意的に受け入れられた。ちょっとくたびれた感は否めなかったけど、バンド・シーンへの前線復帰という決意が感じられ、ラジオでもよくオンエアされていた。
 中期Beatlesと『Pet Sounds』~『Smily Smile』期のBeach Boysに強くインスパイアされたVol. 1も良かったけど、でも往年のファンが待ち望んでいたのは、Vol. 2のサウンドだった。大人になって一皮むけて、かしこまっちゃうのは仕方ないけど、過去の自分を完全否定することはできない。どんなに粗削りであろうと、それもまた自分、経験値の積み重ねの連続が人生なのだ。
 敢えて突っ込みどころを言えば、インディーゆえの低予算もあって、トラック数は少ない。ラウドなパワーポップ・サウンドという性質上、パーツはそれほど必要ではないけど、もう少しエンジニアリングに手間をかけて、ボトムとエッジを利かせれば、若手バンドにも十分対抗できたんじゃないかと思われる。ジャンルは全然違うけど、ほぼ同時期にリリースされたレッチリ『Californication』なんて、どのパートもぶっとい音像に仕上がってるし。

 露悪的な見方をすれば、キリがない。7年越しの活動再開だし、そんな細かいことは、どうだってイイじゃん。何はともあれ、XTCとして活動しているんだから、我々はそんな幸福な現状を素直に受け入れるべきだ。
 -俺たち(私たち)が思うところのXTCと現在のXTCとは、ちょっと方向性違ってるかもしれないけど、Andy もいるしColinもいる(この頃、Daveの存在は誰も気にもかけなかった)。オリメン2人そろってるんだし、これは誰が何を言おうとXTCに違いないんだっ。
 ぶっちゃけて言うと、2枚ともパンチの利かない音でまとめられていたため、どこか消化不良気味だったのは、誰もが思っていた事実である。低バジェットのプロジェクトだったため、メジャー在籍時よりサウンドが小粒になったのは致し方ないとして、彼ら特有の英国的な毒やペーソスまで小粒になってしまったのは、予想の範囲外だった。
 インタビューや発言において、過激な毒を発し続けていたAndyだけど、そのエネルギーを創作面に振り向けてもらえれば、サウンドや歌詞にも適度なスパイスが効いたはず。ご意見番として憂さを晴らしちゃったため、『Apple Venus』の楽曲は破綻も少なく、均整が取れている。大人のポップとしては、優秀な部類に入る。
 入るのだけれど、でも。
 手の込んだ精進料理もいいけど、それを求めてるわけじゃない。どちらかといえば俺たち、ケチャップとマスタードの利いたビッグマックが好きなんだ。大きな声じゃ言えないけどね。

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 「Vol. 1同様、シンプルなアレンジだからこそ、メロディの良さが引き立つ」「敢えて隙間の多いサウンドに仕上げたことによって、バンド・サウンド本来のラウド感が演出されている」。
 『Apple Venus』の肩すかし感は声密かに囁かれていたけど、表だって言うことは、何となく憚られた。業界内ファンを自称する音楽ライターたちもまた、奥歯に物が挟まったかのような論調で、一応は賛美していた。
 誰に何を強制されたわけでもない、そんな強迫観念に取り憑かれたかのように、世界中のコアなXTCファンはAndyのコメントに一喜一憂した。特に従順だったのが、ここ日本。矢継ぎ早に発信される最新情報を鵜呑みにして、次々発売される『Apple Venus』アイテムを買い支えた。
 1年後の2001年5月、大方の予想通り、『Wasp Star』のデモ・テイク集『Homegrown』がリリースされる。この頃になると、もう誰も驚かない。「あぁ、やっぱりね」といった声が大多数。
 『Vol. 1』リリース時に激増したにわかXTCファンはすでに離れ、残ったのは古くからの従順なファンだけだった。もはや「嬉しい」とか「またかよ」という問題ではない。リリースされたら、入手しなければならないのだ。「買うか買わないか」で悩むのではない。頭を痛めるのは、度重なる出費に対する言い訳、そしてお小遣いの捻出手段だ。
 意思決定の入る余地もなく、惰性と義務感に急かされた、盲目的な信者の群れ。
 XTCカルトの完成である。

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 企画盤2種を含んでいるとはいえ、2年間で4枚もアルバムをリリースしているのだから、その創作意欲だけは称賛に値するものだ。ごくミニマムではあるけれど、それ相応のニーズもあるわけだし、コアな世界の中ではwin-winの関係が成り立っている。あんまりそこには入りたくはないけど。
 そんな多忙を極めるAndy、『Apple Venus』と並行してさらに2つ、アーカイブ・プロジェクトを進行させている。
 ずっとサボっていたヴァージンとの契約消化にケリをつけるため、2002年3月、アンソロジー・ボックス・セット『Coat of Many Cupboards』がリリースされる。4枚組60曲に及ぶその内容は、41曲がデモ・テイクや未発表ライブ、入手困難なレア・テイクで構成されており、「ヴァージン時代の裏ベスト」と言っても間違いない充実さだった。XTCサイドにとって不利な契約内容だったため、印税取り分は微々たるものだったらしいけど、そこはポップ馬鹿の悲しい性、不必要に張り切り過ぎてしまう。AndyもColinも積極的にお蔵出しテイクを提供するだけであく、ありったけの写真を引っ張り出してきて、60ページに及ぶ豪華ブックレットの作成協力までしちゃう始末。ヴァージンのいいカモじゃん、それって。
 で、もうひとつがAndy単独のプロジェクト『Fuzzy Warbles』。2006年まで続く、足掛け5年の壮大なプロジェクトは、これまでブートで流出していたAndy作の未発表テイクをオフィシャルな形でまとめたもの。年に1回、2枚同時発売のペースで進行し、最終的には全8枚に及んだ。後に、それらをボックス・セットにまとめた『Fuzzy Warbles Collector's Album』がリリース、特典としてつけられたボーナス・ディスクもさらに分売する、といった商魂の逞しさ。その後も『Fuzzy Warbles』プロジェクトは忘れられた頃になると突如復活し、3枚組3セットの仕様で再販されたり、「ベストFuzzy Warblesを出す」という本人コメントがあったりで、ネタ切れの際は何かと重宝されている。
 Andyからすれば、「過去の遺産で食ってる奴なんて、俺以外にもいくらでもいるじゃないか」ってことなんだろうけど、それにしてもあんた、節操なさ過ぎ。

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 話は戻って『Apple Venus』、使えるモノは何だって無駄なく使う、アップル商法は手を変え品を変えてまだ続く。
 2002年10月、リリースされたのは、Vol. 1のインストゥルメンタル・ヴァージョン『Instruvenus』。同趣向のVol.2『Waspstrumental』も同時発売された。
 もともと彼ら、変態コード進行に基づいたメロディ・ラインと、過去のポップ・レジェンドへのオマージュと形容されるサウンド・メイキングに定評があったため、ヴォーカル抜きのトラックにニーズがあったとしてもおかしくはない。ていうか、ニーズのない所にニーズを創り出す、それこそが一流のビジネスマンだ。
 はっきり言っちゃえば、いわゆるカラオケ集であり、それこそボーナス・トラックで出す類のものだけど、それを単独販売しちゃうんだから、彼らの商魂といったらもう、それはそれは。でも、ここまで突き抜けちゃうと、逆に中途半端なファン・サービスだと納得しないんだろうな、マニア側からすれば。
 特に日本のファンには発売前から潜在的な需要があったらしく、本国イギリスでは2003年1月発売なのに、3か月も早く先行発売している。どれだけ従順なんだ日本のXTCマニア。
 ふと振り返ってみると、大滝詠一もまた、ロンバケリリース後まもなく、カラオケ集『Sing ALONG VACATION』をリリースしていた。しかもロンバケと同時発売で、第1期ナイアガラ・レーベルの6枚プラス編集盤オムニバス3枚を加えたボックス・セット『Niagara Vox』まで作ってしまうという、Andyも顔負けのラインナップ。
 そんなわけで、コレクター気質の強い日本人にとって、彼らの所業は責めるものではない。むしろ称賛されるべきものなのだ。潜在ニーズを掘り起こせば掘り起こすほど、コア・ユーザーの購買意欲はさらに高まってゆく。

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 とはいえ、さすがに一部ユーザーやメディアからの批判が高まったのか、はたまたネタ切れしちゃったのか、アップル商法は沈静化を余儀なくされる。せっかくなら大滝詠一に倣って、ストリングス・ヴァージョンでリ・レコーディングするのもアリだったんじゃなかと思われるけど、さすがにやり過ぎちゃったのかな。短いスパンで乱発し過ぎたし。
 ポニー・キャニオンとの契約も更新されず、日本では窓口がなくなってしまったXTCの活動は、この辺からフェードアウトしてゆく。当時、Andyは『Fuzzy Warbles』プロジェクトに没頭していたため、レコーディング・スケジュールは白紙となっていた。
 2005年10月、本編とデモ各2編をまとめた4枚組『Apple Box』発表。英国のみリリースのコレクターズ・アイテムであり、日本では入手困難だった。
 続く2006年12月、7インチ・アナログ・シングル13枚組の『Apple Vinyls』をもって、長きに渡ったアップル商法は終焉を迎えることになる。もちろんこれも、発売はUKのみ。コアなファンなら、個人輸入で手に入れたんだろうけど。



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1. Playground
 Marc Bolanのようなグリッターなリフからスタートする、ボトムの効いたロックンロールからスタート。テンポを落としたブギのリズムは、ラフでありながら神経質に整頓されている。間奏のアホっぽいオールディーズなコーラスには、Andyの実娘Hollyが参加している。さすがハウス・レコーディング。



2. Stupidly Happy
 Stones的にシンプルさを極めた反復リフをベースに、サウンドの主軸はとてもポップ。『English Settlement』期を彷彿させる抑えめのギターポップは、そのワイルドなリズムギターによってビターな味わいを醸し出している。コアな古参ファンにも人気の高い一曲。

3. In Another Life
 Colin作によるフォーキーなロック・チューン。Vol. 1では達観したかのようなポップ仙人ぶりを発揮していたけど、ここではもう少し生気が戻っている。まぁテンポは確かに良いけど、一般的なロック・サウンドからは程遠い仕上がり。やっぱ仙人だわ、これじゃ。

4. My Brown Guitar
 Prairie Prince (dr)によるリズム・アレンジが秀逸。今回のAndyの作風である、グッと腰を落としたダルなロックンロールととなっており、コメント通り、後期Beatlesのエッセンスが強い。ていうか、それに憧れたJeff Lynne = ELO的ロックンロールのテイストに近い。Beatlesマニアって、大体こんな風になっちゃうんだな。

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5. Boarded Up
 再びColin作。深い闇の奥から鳴り響くギターと声。英国ゴシック風味が強く打ち出され、全宝は浮いているため、ブリッジ的な小品と思えば腹も立たない。だから、アルバム・コンセプトと全然違うってば。

6. I'm the Man Who Murdered Love
 「Statue of Liberty」をヴァージン後期の環境でリメイクしたら、こんな風になっちゃいました的な、このアルバムの中でも飛び抜けて出来の良いトラック。かつての神経質に凝りに凝ったリズムから一転、シンプルでボトムがぶっとくなったため、いい感じで肩の力が抜けて大味になって聴きやすくなっている。全編、この感じでやってくれてたら、アルバムの評価も良かったはずなのに。

7. We're All Light
 ほとんど語呂合わせのような言葉の羅列の向こうに見えるのは、純粋なメロディの良さと、歌詞から希求された跳ねるリズムの洪水。そこかしこに思いつきという名のアイディアが散りばめられ、過去の延長線上にありながらも、確実にアップデートしたパワーポップ。

8. Standing in for Joe
 前2曲が珠玉の仕上がりだったため、Colin作になると途端にテンションが下がってしまう。いや悪いわけじゃないんだよ。コンセプトに合わないだけで。ていうかColin、絶対XTCを意識して作曲してないだろ、単なるソロ曲だもの、これじゃ。
 当初、楽曲選定の段階ではこれを収録する予定はなかったのだけど、レコーディングに入ってからColinが強硬に主張して、Vol. 2収録に至った、というエピソードが残っている。いるのだけれど、そこまで力説してまで入れなければならない曲かと言えば、ちょっと疑問。正直、俺的にはそんなに思い入れはない。

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9. Wounded Horse
 Stonesオマージュなサウンド・プロダクトになると、人はどうしてもラフで脱力した歌い方になってしまう。時々、Liam Gallagherみたいに聴こえてしまう瞬間が多々あるけど、まぁ気のせいか。

10. You and the Clouds Will Still be Beautiful
 変則リズムと転調の嵐が飛び交う、往年のニューウェイヴ風味満載のロック・チューン。変にメロディ・ラインに頼らず、力技でたたみかける饒舌さこそが、Andyの真骨頂であることがあらわれている。



11. Church of Women
 XTC久しぶりのレゲエ・チューン。ねじれたStonesの模倣より、実験性を優先していった方が、Andyは面白いものができる。全体的にいいんだけど、スロー・テンポの情緒的なギター・ソロだけはちょっと浮いている。もっとメチャメチャに、簡潔にまとめた方が良かったのに。

12. The Wheel and the Maypole
 ラストはファンのツボを余すところなく押しまくった傑作。初期のラジカルさと中期のサウンド・ディティールへのこだわり、後期の音圧の強さとがうまく絡み合い、XTCオリジナルの空間を形成している。饒舌に歌い飛ばすAndy、ひと手間かけた様々なエフェクト。試しに『Homegrown』収録のデモ・ヴァージョンも聴いてみたのだけど、これはこれでまた良い。やっぱり骨格がしっかりしてると、どんなアレンジでも観賞に耐えうるといった好例。






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